Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第二十三話 アルビオンへ続く道

「グリフォンってのは、タフなものね」

 

リウスは学院の図書室で見たハルケギニアの地図を思い浮かべながら、少し疲れた顔をしてそう告げた。

 

最初の目的地であるラ・ロシェールは、トリステイン学院から早馬で二日ほどの距離にあったはずだ。

だが学院を出発してからというもの、ワルドはグリフォンをひたすら駆り続けさせていた。

馬でも追いつける程度のスピードではあるものの、グリフォンは空を飛んでいるために地形を無視することができる。

そのため、馬でその後を追うにはどうしても無理な速度で走り続ける必要があった。

 

「いえ、幻獣といってもあんなに飛び続けられるのは、そうそういないはずですよ・・・。

ミス・リウスも、何で疲れていないんですか・・・」

 

リウスの横を走るギーシュは疲労が随分と溜まっているようで、ぐったりと倒れ込むように上半身を馬に預けている。

リウスは少し心配そうな顔でギーシュの様子を見てから、「そんなことないわ」と小さく苦笑した。

 

「私も流石に疲れてきてるわよ。それにしても、相変わらずペース速いわね」

「もう、半日近くも走りっぱなしだ・・・。まだ、ラ・ロシェールには着かないのか・・・」

「ほら、頑張れギーシュくん。これだけ走れば大分来たでしょ」

「そうだぜ、貴族の小僧っ子。もっとしゃんとしたらどうだい」

「言ってくれるね、デルフリンガーくん・・・。僕は君と違って生身の人間なんだから、しょうがないだろう・・・」

 

馬の後ろに括り付けていたデルフリンガーが、鞘をかちゃかちゃ鳴らしてけらけらと笑っている。

 

リウスはぐったりとしたギーシュから視線を外すと、羽根を広げて悠然と飛んでいるグリフォンを見上げた。

 

既に、途中の駅で馬を二度ほど交換している。

明らかにラ・ロシェールまでは休まずに行ける距離ではないのだが、それにも関わらず先頭を行くワルドは強行軍を続けていた。

 

ギーシュも最初は張り切った顔をしながら馬を走らせていた。

一度目の馬の交換の際にも、まだまだいける、と笑顔を見せていた。

二度目の交換の際には、かなり疲れた顔をしながらも弱音を吐かずに頑張っていた。

 

・・・頑張ってはいたのだが、流石にここまで来るとげっそりした顔をしながら弱音を吐き始めている。

 

リウスが指先ほどの大きさになっているグリフォンを見上げていると、ルイズがこちらを振り向いているように見えた。

すると、グリフォンが少しばかり速度を落とす。

 

多分、少しするとまたすぐに元の速度へと戻るのだろう。

こうしたことが学院を出発して以降、何回も起こっていた。

 

(重要な任務ってのは分かるんだけど・・・。何か、引っかかるわね)

 

一応気にはしているのか、こちらが振り切られるほどの速度ではない。

国の一大事なのだから、つい力が入ってしまうことも頷ける。

 

だがワルドは魔法衛士隊というエリート部隊の人間だ。

しかもその部隊を率いる隊長だというのに、気が急いて後続を無視するというヘマをするものだろうか。

 

ヘマでないのだとしたら、最初っから私達二人はこの任務の頭数に入っていないのかもしれない。

それとも、もっと何か思惑があるのか・・・・。

 

 

 -疑ってかかるのは良い事じゃ。しかし、リウスくん。 自ら視野を狭くせよなどと、誰が教えたのかね?

 正解を求め、それに固執するのは仕方のないこと。しかし何においても、真実と虚偽は得てして混じり合っているものなのじゃよ。その中で唯一つ、君の持つ『目的』だけは、君が信じ続ける限り真実であり続けるじゃろう。

 だからこそ、常に自分自身へ問い続けなさい。君はいま何をするべきなのか、とな。

 

 

リウスは、魔術師ギルドに入ったばかりだった時によく聞かされていた言葉をふと思い出した。

 

(そうでしたね、先生)

 

今重要なのはワルドの真意を想像することではない。

先頭を駆けていくワルドから、距離を離されないことだ。

 

「ギーシュくん、このままじゃ置いてかれちゃうわ。少しだけスピード上げるわよ」

 

リウスはそう言うと背筋を伸ばし、ギーシュの様子を気にしながらも馬の速度を少しだけ上げるのだった。

 

 

 

 

「ちょっとペース速くない?」

 

抱かれるような恰好で、ワルドの前に跨ったルイズが言った。

 

ワルドとの雑談を交わす内に、ルイズの喋り方は昔のような丁寧なものから今の口調に変わっている。ワルドがそうしてくれと頼んだせいでもあるが。

 

「なんか、へばってるみたいだけど」

 

ワルドは後ろを向いた。

後ろを走る馬の片方、ギーシュが半ば倒れるような恰好で馬にしがみついている。

一方のリウスは速度を落とさずに付いてきているものの、余裕があるとは言えない状況だった。

 

「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに向かいたいのだが・・・」

「無理よ。普通は馬で二日はかかる距離なのよ?」

「別に置いて行く訳じゃないよ。ただ速度をそこまで落とすことは出来ない」

「でも、無理させる訳にもいかないじゃない」

「どうしてだい?」

 

ルイズは困ったように言った。

 

「だって・・・仲間じゃないの」

「やけに二人の肩を持つね。あのギーシュとかいう生徒、彼がきみの恋人なのかな?」

 

ワルドが笑いながら言った。ルイズは慌てながらそれを否定する。

 

「違うわよ。ギーシュは恋人なんかじゃないわ」

「そうか、それならよかった。婚約者に恋人がいるなんて知ったら、ショックで死んでしまうからね」

 

ワルドがおどけたように肩を竦めると、ルイズは頬を赤らめた。

 

「こ、婚約者なんて。親が決めたことじゃないの」

「おや? ルイズ! 僕の小さなルイズ! 君はぼくのことが嫌いになったのかい?」

「も、もう小さくないもの。失礼ね」

「僕にとっては、まだ小さな女の子だよ」

 

ルイズは先日見た夢を思い出した。

 

生まれ故郷であるラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。

忘れ去られた池に浮かぶ、小さな小さな舟。

 

幼い頃、私はよくそこに逃げ込んでいた。

そして本当に辛い時にいつも迎えに来てくれるのは、ワルドだったのだ。

 

小舟に差し出される大きな手。

ワルドは事あるごとに、いつも私を助けてくれていた。

昔はあの池のほとりで家族とピクニックを楽しんでいたのに、ワルドはいつも家族よりも早く、私があの場所にいることに気付いてくれていたのだ。

 

 -あるべきものを、あるべき場所に。

 

ふと、誰かに言われた言葉を思い出した。

確かにどこかで聞いたはずなのに、どこで聞いたのかいまいち思い出すことができない。

かつての晩餐会でそういった言葉が出てきたのだろうか。

 

かつての晩餐会。

父さまとワルドの父親はとても気が合ったようで、よくヴァリエール家の晩餐会へワルドと共に招待していた。

 

そして親同士で決めた結婚・・・。

 

幼い日の約束。婚約者。こんやくしゃ。

 

あの頃は、その意味がよく分からなかったけれど・・・、今ならはっきりと分かる。

結婚するのだ。

 

「嫌いなわけ、ないじゃないの」

 

物思いに耽っていたルイズは、俯いたままちょっと照れたようにワルドへ言った。

 

「よかった、それじゃあ好きなんだね」

 

そのルイズの様子に微笑んだワルドは、手綱を握った手でルイズの肩を抱いた。

 

「僕は君を忘れたことはなかったよ。君は覚えているかな。父がランスの戦で戦死して、母もずっと昔に死んでしまった。爵位と領地を相続してからすぐに、僕は魔法衛士隊に入った」

「あの頃は、ほとんど領地にも帰ってこなかったわね」

「軍務が忙しくってね。未だに屋敷と領地はジャン爺に任せっぱなしさ。僕は、立派な貴族になりたかったんだ。家を出る時に決めていたことがあったからね」

「決めていたこと?」

 

ワルドは笑ってルイズの顔を見た。

 

「立派な貴族になって、君を迎えにいくってことさ」

 

ルイズはその朗らかな顔を真っ直ぐ見ることが出来ずに顔を背ける。

 

「でもワルド、あなたは魔法衛士隊の隊長だもの。他にも婚約の話が出たこともあるんじゃないの? わたしみたいな、ちっぽけな婚約者なんて相手にしなくても・・・」

 

ワルドのことは、先日の夢に見るまでずっと忘れていた。

現実の婚約者なんて実感はなくって、遠い思い出の中の憧れそのものだったのだ。

 

婚約の話も、とっくの昔に反故になっていたと思っていた。

二人の父によって戯れに交わされた、あてのない約束。

私はそれくらいにしか思っていなかったのだから。

 

十年前、最後に会って以来、ワルドとは会うこともなくなっていたし、その記憶もすっかり思い出の中へと埋もれていた。

 

だからこそ昨日のワルドの姿に、今日こうして目の前に現れたワルドに、私は激しく動揺したのだ。

ただの思い出が不意に現実となって、どうすればよいのか分からないのだ。

 

「旅はいい機会だ」

 

ルイズの動揺をよそに、ワルドが落ち着いた声で言った。

 

「いっしょに旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」

 

ルイズは思った。

 

自分は本当にワルドのことが好きなんだろうか?

 

嫌いな訳はない。確かに憧れていた、それは間違いのない事実だ。

 

しかし今はどうなのだろう。

あの憧れは、あくまで思い出の中での話だ。

 

それがいきなり、婚約者だ、結婚だ、と言われても・・・。

ずっと離れていた分、自分がワルドを本当に好きかどうかなんて、分かる訳もない。

 

ルイズは後ろを向いた。

二頭の馬は、先程よりもずっと近くの距離まで追いついてきている。

 

ワルドが婚約者だと告げた時、リウスは「安心した」と言っていた。

 

安心したらリウスはどうすると言うのだろう。

もしかして、ひとりで元の世界に帰ってしまうのではないか。

 

ワルドと結婚しても、リウスと共にいられるのだろうか・・・。

 

ルイズは先日、リウスと共にトリステイン城下町まで馬を走らせたことを思い返した。

 

今グリフォンに乗っているだけの自分と、馬を駆けているリウス。

ルイズは、出来れば自分も好きな馬でリウスと走りたかったと、小さく溜め息をつくのだった。

 

 

 


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