Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第二十二話 出発の朝

アンリエッタ姫が訪れた次の日、ルイズとリウス、そしてギーシュは学院の正門前に集まっていた。

 

まだ日が昇ってからそれほど時間が経っていないので、正門の広場にははうっすらと霧が立ち込めている。

ルイズとギーシュは長旅に備えたマントを着用し、リウスは目立たないようにと平民の恰好をしていた。

ルイズに買ってもらった中でも丈夫な、所々を皮で保護している男物の服装である。

 

「やっと俺っちの出番だな! わくわくしてきたぜ!」

「ふわあ・・・。そう、良かったわね」

 

リウスの馬に積み込まれたデルフリンガーが上機嫌な声を上げると、ルイズは大きなあくびで返した。

 

結局、昨晩のリウスとルイズの議論は眠る寸前まで続いたのだった。

途中でリウスが無理やり言い合いを終わらせたものの、興奮したままだったルイズはなかなか寝付けなかったのである。

隣で寝ているリウスの背中をぽこぽこ叩いたりしている内にいつの間にか眠ってしまったのだが、それでも若干の寝不足感は否めなかった。

 

「ルイズ、僕の使い魔も一緒に連れて行っていいかい?」

 

馬に鞍を取り付けながらそう言ったギーシュも少し眠そうな様子だ。

どうやらギーシュは緊張のし過ぎであまり眠れていないようである。

 

そして、ギーシュの問いかけに合わせて地面がモコモコと盛り上がったかと思うと、そこから細い鼻とつぶらな瞳の巨大モグラが姿を現わした。

そのモグラはちょっとしたクマ程の大きさであり、リウスはその姿を興味津々といった様子で見つめている。

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

しかしジャイアントモールが顔を出すか出さないかのタイミングで、ルイズはにべも無くそう告げた。

 

「ど、どうしてだい? 僕の使い魔ヴェルダンテは馬と同じスピードで地面を掘り進めるんだ! 決して邪魔にはならないはずさ!」

 

ルイズはギーシュに向き直ると、仏頂面のまま腕を組んだ。

ヴェルダンテはその頭をリウスに撫でられながら、つぶらな瞳でギーシュとルイズの顔をきょろきょろと見回している。

 

「だからダメなのよ。行き先はアルビオンなのよ? ジャイアントモールなんて連れてちゃ危なっかしいわ」

 

はっとしたギーシュは、わなわなと震えながらヴェルダンテに抱きついた。

 

「ヴェルダンテ! 君が来れないなんて、何という悲劇なんだ!」

 

しかしこのヴェルダンテ、ルイズの指をじっと見つめたかと思うと、主人のギーシュを無残にも振り払ってからルイズへ猛然と突進した。

 

「きゃあ! ちょ、ちょっと! 何なのよ!」

 

ヴェルダンテはルイズが尻餅をついたことを気にも止めずに、ルイズの指目掛けて鼻を近づけている。

ルイズは足をばたばたさせながら何とか巨大モグラを振り払おうとしていた。

 

「何よ、このモグラ! きゃあ! ちょっと止めなさい!」

 

「ギーシュくん。これはあなたの指示? 一体何のつもりなのかしらね?」

「ち、違うんです! こら、ヴェルダンテ! 止めないか!」

 

しかし、ヴェルダンテはギーシュの制止も無視してルイズの指に夢中の様だ。

というよりも、どうやらルイズが嵌めているアンリエッタから貰った指輪に興味があるらしい。

 

「ああ! ルイズ、その指輪だよ! ヴェルダンテは珍しい鉱物に目が無いんだ!」

「へえ、そういう習性なのね。面白いわね」

「言ってる場合か! ちょっと、ギーシュ! リウス! 何とかしてよ! ちょっと、きゃはは! お、お腹をまさぐらないでったら!」

 

どたばたしてる内にルイズのスカートがお腹辺りまでめくり上がっていた。

完全にモロ見えであるが、見ようによっては巨大モグラと戯れている少女に見えないこともない。

 

しかしルイズの痴態を見たギーシュは顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

リウスはため息をつきながら、再度ギーシュを促すことにした。

自分の魔法ではこのヴェルダンテを傷つけてしまいかねない。

 

「ギーシュくん。早く何とかしたら?」

「そ、そうでした。ほら、ヴェルダンテ! こっちに来ないか!」

 

そう言って、ギーシュが指輪に夢中のヴェルダンテを徐々に引きはがしていく。

すると突然強い突風が巻き起こり、ギーシュ共々ヴェルダンテを吹き飛ばした。

 

「うわっ! あいだっ!」

 

ギーシュが思わず悲鳴を上げるが、ヴェルダンテがクッションになったようで怪我などはしていないようだ。

 

「だ、誰だっ!」

 

飛び起きたギーシュが周りを見回しながら喚く。

仰向けになったヴェルダンテは何とか起き上がろうと手足をどたばたさせていた。

 

リウスは朝もやに隠れた広場をじっと見ていた。

その朝もやの中から羽帽子を被った長身の貴族が姿を現わすと、リウスは王女が来訪した時に見た隊長格の貴族だと気付く。

 

「貴様! 僕のヴェルダンテになんてことを!」

 

ヴェルダンテは未だに起き上がれていないようで、今もなお手足をどたばたさせている。

ギーシュと同じく怪我などはしていないようだが、ギーシュは関係ないとばかりに薔薇の造花を羽帽子の貴族へと向けた。

 

しかし、一瞬早くその貴族が杖を引き抜いたかと思うと、ギーシュの手に持った薔薇の造花が吹き飛ばされた。

 

「僕は敵じゃない。枢機卿猊下より、君達に同行することを命じられた者だ」

 

羽帽子の貴族はつかつかと三人の元に歩み寄ると、羽帽子を取って一礼する。

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ」

 

まだ文句を言おうとしていたギーシュは、余りにも相手が悪いと口を噤まざるを得なかった。

魔法衛士隊といえば、トリステイン貴族の憧れである。その隊長ともなれば、彼の実力は言わずもがなだった。

 

「すまない。婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りは出来なかった。許してくれたまえ」

 

(・・・婚約者? へえ、そうだったのね)

 

リウスは少し驚いた表情でルイズを見た。

 

ワルドの姿を見たルイズは更に驚いた顔をして、急いで立ち上がり身なりを整えている。

王家直属の部隊長ともなれば、その身分も実力も保障されていると思っていいだろう。

公爵家の三女であるルイズの婚約者としては、妥当なところだろうか。

 

「ワルドさま・・・」

 

立ち上がったルイズは頬を染めて恥ずかしそうに俯いている。

 

「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」

 

ワルドは羽帽子を被り直すと、人懐こい笑顔を浮かべた。

小走りにルイズへ近付くと、ルイズをひょいと抱き上げる。

 

「お久しぶりでございます」

 

ルイズは頬を染めたまま、ワルドに抱きかかえられていた。

 

「相変わらず軽いな君は! まるで羽根のようだね!」

「お恥ずかしいですわ・・・」

「いや、本当に久しぶりだね。さあ、彼らを紹介してくれたまえ」

 

ワルドはルイズを地面に下ろすと、ギーシュとリウスを交互に見ながら言った。

 

「あ、あの・・・。ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のリウスです」

 

ルイズもまたギーシュとリウスを交互に指差して言った。

ギーシュとリウスは深々と頭を下げる。

 

「君がルイズの使い魔かい? 東方のメイジだと聞いているよ。女性だとは思わなかったけどね」

 

リウスは顔を上げると、ワルドに向かって簡単に自己紹介をする。

 

「初めまして、ルイズの使い魔のリウスと言います」

「君は優秀な使い魔だそうだね。僕の婚約者が世話になっているよ」

「いえ、とんでもない。こちらこそルイズにはいつもお世話になりっぱなしです」

 

ワルドはにこりとリウスへ笑いかけた。

横に立つルイズは、婚約者、という言葉に頬を染めて恥ずかしそうにしている。

 

「ルイズの婚約者なのですね。この子はそういった事に疎そうだったので、ちょっと安心しました」

「ちょ、ちょっとリウス! アンタそんなこと思ってたの!?」

 

ルイズが更に顔を赤くしながら慌ててリウスに言う。

それを聞いたワルドは上品な笑い顔を浮かべると、少しおどけたような態度で声を出した。

 

「やあ、よかった。学院の男子生徒にルイズを取られていたらどうしようかと思っていたところだよ。ミス・リウス、ルイズの使い魔である君とはこれから長い付き合いになりそうだからね。どうか今度ともよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ」

 

ワルドのにこやかな笑い顔に、リウスも微笑んで返した。

 

柔和な表情に、精悍な顔付き。

多分この国における美男子と呼ばれるような人なのだろう。

がっしりとした体や魔力の密度から、相当な実力者だとも見て取れる。

 

(それにしても、嬉しそうによく笑う男だわ)

 

リウスは別に浮ついた気持ちなど欠片も持っていなかった。

信頼を丸投げなどせずに、ただただ目の前のワルドを観察しているだけである。

枢機卿から遣わされたであろうこの貴族は信頼のおける人物なのだろうが、重要な任務を前にやけに笑顔が多いのが気になった。

単にルイズと久しぶりに会えて嬉しいだけだろうか。

 

「さて。君がグラモン元帥の嫡男、ギーシュ君だね。僕は姫殿下より君が随行できるかどうかを見極めるように仰せつかったのだが」

 

ワルドが朗らかな笑顔をギーシュへと向けると、ギーシュは緊張した面持ちでワルドを見た。

 

「この任務は危険なものだ。かの国では君の家柄などお構いなしに襲われる可能性もあるだろう。もしかしたら死ぬことだってあるかもしれない。君にはその覚悟があるのかい?」

 

ギーシュは手に持った薔薇の造花を握りしめると、はっきりとした口調で口を開いた。

 

「僕は父から、命を惜しむな、名を惜しめ、と教えられてきました。だからこそ姫殿下のためにこの任務に随行したく存じます」

「そうか、ならいい。一緒に来ることを許可しよう」

 

あっさりとワルドはそう言うと、ギーシュの肩にぽんと手を置いた。

 

「ただし、付いてこれない場合は置いていくよ。全ては君次第さ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

ギーシュが感極まったようにそう叫ぶと、ワルドは上品そうににこりと笑いかけた。

 

「さて、馬の準備も出来ているようだね。そろそろ出発するとしよう」

 

そう言ったワルドが口笛を吹くと、朝もやの中から羽ばたく音が聞こえてくる。

やがて見覚えのあるグリフォンが姿を現わすと、ワルドはひらりとそのグリフォンの背に跨った。

 

「おいで、ルイズ」

 

ルイズは恥ずかしそうにちょっと躊躇うようにして、ワルドから差し出された手を取った。

ルイズはワルドに抱きかかえられるようにしてグリフォンに跨り、リウスとギーシュも用意された馬へと跨る。

 

「では諸君! 出撃だ!」

 

ワルドが手綱を手に取り、杖を掲げてそう宣言をする。

そしてグリフォンが駆け出すと、ギーシュはいささか感動した面持ちでその後に続いていく。

 

リウスはワルドのグリフォンをじっと見つめてから、馬に拍車を入れ、後に続いていった。

 

 

 

 

アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめながら、祈りを捧げていた。

 

「彼女たちに加護をお与えください。始祖ブリミルよ・・・」

 

隣には、オールド・オスマン、そして枢機卿であるマザリーニが立っていた。

 

「これで杖は振られましたな。まあ、ワルド子爵がいれば滅多なことにはならないでしょうが」

「ええ、彼女達ならきっと成し遂げてくれるでしょう」

 

マザリーニの暗い口調にアンリエッタは毅然とした言葉で返した。

マザリーニは口髭を撫でながら、なおも憂鬱そうな言葉を出す。

 

「殿下、私はまだ許しておりませぬぞ。ヴァリエール家の子女を使いに出すなど。しかもかの者に水のルビーを渡すなどとは」

「どこに裏切り者がいるか分からない以上、ルイズは私が最も信頼できる人物です。

 それに、水のルビーは身分を証明するには必要なものでしょう。文書だけでは不十分ですわ。私は彼女たちが帰ってくることと信じていますし、彼女たちの命を救うのであれば国宝といえども惜しくはありません」

「しかしですな・・・」

 

アンリエッタの言葉には、いつもの拗ねた口調や弱々しい言い訳など欠片も見えなかった。

その決意に満ちた様子にはマザリーニも気付いてはいたが、大貴族であるヴァリエール家の娘を使いにした挙句に、売り払ってもいいと言って国宝を渡すなど、とマザリーニは気が気ではない表情を浮かべている。

 

「今さらじたばたしても始まらんじゃろう。杖は振られた、と先ほど君も言っていたのではないかの?」

 

そうオスマンが声をかけた時、学院長室の扉がどんどんと叩かれた。

オスマンが入室を促すと、慌てた様子のコルベールが飛び込んでくる。

 

「いいい、一大事ですぞ! オールド・オスマン!」

「またかね、君はいつも一大事ではないか。どうも君はあわてんぼでいかん」

 

アンリエッタ姫やマザリーニ枢機卿の姿に気付いたコルベールが一瞬固まったようになるも、オスマンに続きを促されると、コルベールは慌てたように声を出した。

 

「城からの知らせです! なんと、チェルノボーグの監獄からフーケが脱獄したそうです!」

「ほう・・・」

 

オールド・オスマンは口髭をひねりながら唸った。

 

「門番の話では、さる貴族を名乗る怪しい人物に『風』の魔法で気絶させられたそうです。魔法衛士隊の留守の隙をつき、何者かが脱獄の手引きをしたのですぞ! つまり、城下に裏切り者がいるということです!」

 

オスマンは手を振り、焦るコルベールに退室を促す。

 

「知らせは分かった。詳しい話は後ほど聞こう」

 

コルベールが退室すると、アンリエッタが不安そうな声を出した。

 

「やはり、城下に裏切り者が・・・。アルビオン貴族の暗躍でしょうか」

「そうかもしれませんし、そうではないかもしれませんな。しかし、タイミングが良すぎます。偶然であればいいのですが」

 

マザリーニが眉間に皺を寄せながら呟くと、オスマンが柔らかな微笑みを浮かべながら声を出した。

 

「儂も不安がないわけではないですがの。姫の人選は正しい。ミス・ヴァリエールとその使い魔は、この任務にふさわしい人物ですじゃ」

「ええ、私もそう信じておりますわ。いずれにせよ、我々には待つことしかできません」

 

オスマンとアンリエッタの言葉にマザリーニは疑問符を浮かべていたが、やがて観念したかのように小さく呟いた。

 

「ならばせめて祈りましょう。始祖ブリミルが、アルビオンの猛き風から彼らを守ってくださるように」

 

 


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