Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第二話  最初の夜

「異国から、ねえ」

「もしくは異世界かもしれないわね」

「異世界なんてある訳ないじゃない、バカバカしい」

 

二人は、魔法学院内の学生寮の中、だだっ広いルイズの部屋のテーブルに向かい合って座り、メイドに持ってこさせた紅茶を啜っていた。

どうやらこのルイズという子は私のことを東方の国から来たと思い込んでいるようだ。

 

学院へ向かう途中、リウスはルイズからの情報収集に努めていた。

 

むやみやたらに自分の情報を明らかにする訳にはいかない。

まだ使い魔になると決めた訳ではないし、この土地における自分の優位性はここには無い自分の知識と魔法だけなのだ。

まず情報収集をしてからでも遅くはないだろう・・・。

 

そのような思惑もあり、ハルケギニア大陸における5つの王国であるトリステイン王国・ガリア王国・帝政ゲルマニア・アルビオン王国・ロマリア皇国について、人里に現れるオーク鬼やコボルド等のモンスターについて、一般的な宗教であるブリミル教について、ここでは魔法を使えるメイジが貴族となっていること等々を聞き出すことに成功していた。

 

サモンサーヴァントという魔法で召喚された生物を、逆に元の場所に戻す魔法が存在しないと聞いたときは、心の内で、なんつー魔法だ、と思ったものだ。

 

そして何よりも驚いたのが空に浮かぶ2つの月だった。間違いなくここは異世界である。

リウスの世界には、月は1つしか存在しないのだ。

 

「それで、肝心の使い魔の件なんだけど」

 

ここまで使い魔とはあまり関係のない説明を続けていたため、ルイズは少しイラついた様子で口を開く。

リウスは道中渋りながらもきちんと説明をしてくれるルイズの様子を思い出していた。

最初見た時はちょっとキツめの性格をしていると思っていたが、根は真面目で優しいのかもしれない。

 

「契約はするんでしょうね!」

 

使い魔のことついては説明していないことを忘れているんだろうか。

ルイズの言葉にリウスは内心呆れていたが、余計な質問をしていたのはこちらの方なので顔には出さないで尋ねる。

 

「使い魔が何をやるのか教えてもらってもいいかしら」

「もー、手間のかかる!」

 

そう言いながらもちゃんと説明しようとするルイズ。

やっぱりこの子は優しい子なんだろうなぁと思う。

少なくとも自分が育ったところではこういう子はいなかった。

 

「いい? まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力が与えられるわ。つまり、使い魔が見たものは主人も見えるようになるの」

「へえ、それは凄い。でも使い魔のプライバシーはどうするの?」

「普通は人間が呼び出されることなんてないのよ。はい次。使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬の材料とか」

「秘薬というと、植物とか鉱物を取ってくればいいのかしら。形と場所を教えてくれれば出来ると思うわ。これでもセージなんだから」

「セージ?」

「賢者のことよ。学者と言い換えてもいいかもしれない。元いた場所だと薬の材料をよく自分で取ってきてたし、たぶん大丈夫」

「平民の学者のことを賢者って言うなんてずいぶん生意気ね。ふーん、学者だったんだ。踊り子とかかと思った、そんな恰好してるし」

 

リウスは「まあ、確かにね」と苦笑した。

冒険者でもない限り、こんな恰好をした学者はいないだろう。踊り子のような服であるのも否定できない。

 

「次。使い魔は主人を守る存在であること。一番重要だけど、これはいいわ。アンタ、女の人だし」

 

リウスは学院への道中に聞いたオーク鬼やコボルド程度なら多分問題は無いだろうと思っていたが、これは言わないことにした。

 

私の魔法、つまりルーンミッドガッツの魔法を使うのは、もっとこの世界の魔法について調べてからにしなければならない。

この世界の国々が魔法を軸に据えた社会制度を取っている以上、体系の違う魔法を使ってしまうと身元を調べられる恐れがある。

いずれ帰るための手段を探るときに、組織立って追われでもしたら目も当てられない。

 

ふと見るとルイズがもじもじと何か言い辛そうにしているのが目に入った。

さっきまで流暢に喋っていたのに、急にどうしたのだろうか。

 

「それから、ね。アンタ昼間に、コルベール先生に、滞在でいいのなら使い魔をやってもいいって言ってたじゃない?」

 

それでね、とルイズは視線を泳がせている。

 

「確かにそう言ったわね。聞いている限り使い魔の仕事には問題なさそうなんだけど・・・。もしかして、契約ってのは一年や二年の話じゃないのかしら?」

「・・・あのね。その、一度行なった契約は、どちらかが死ぬまで一生続くの」

 

その言葉を聞いたリウスは納得のいったように、うーむ、と天井を仰いだ。

 

言いにくそうにしていたのはそういうことか。

私がコルベールに滞在なら構わないと言っていたことで、契約が一生続くことを伝えると、契約そのものを断られると思ったのだろう。

そして昼間にコルベールが言っていたように、契約が行えない、使い魔がいないとなるとルイズは進級することができない。

 

「・・・まるで誘拐ね」

 

心の内で思ったことを思わず口に出してしまうと、ルイズがハッとした顔をして俯いてしまった。

 

「・・・ごめん。何を呼び出すか分かっていなかったんだし、しかも人間が出てくるなんて思いもしなかったんでしょ? 貴方は悪くないわよ」

「・・・」

 

ルイズは顔を上げずに俯いたままだ。

その様子を見たリウスは居心地の悪い気分になりながらも、腕を組んで今後どうするかを考える。

 

リウスは、使い魔との契約のことをルーンミッドガッツにおけるモンスターペットのようなイメージで考えていたのだった。

 

ペットというと語弊があり、実際のところは協力、共存といった方が正しい。

モンスターペットとは、主人がモンスターに食糧や住居の提供を行なう代わりに、モンスターが主人へモンスター自身の能力の一部を譲渡する、という互いの利益を重視した契約に近いものだ。

そのため、主人はそのモンスターを他の人に譲り渡すことが出来るし、モンスター側が不当な扱いを受けたと感じた場合には半ば一方的にその契約を破棄することができる。

 

「私とは契約をしないで、もう一回使い魔を呼び出すことはできないの? それまでなら使い魔としての仕事もやるわよ」

 

もちろん衣食住は確保してもらうけれども、とリウスは続けた。

これは私が呼び出された際にルイズ自身がコルベールへ訴えていたことだ。

しかし、ルイズは俯きながら答える。

 

「・・・本当は、もう一度使い魔を呼び出せるかどうかは分からないの。使い魔が死んでしまうことで契約が切れるのは間違いないんだけど、少なくともここの図書室には呼び出した使い魔が生きてる内にもう一度召喚して成功した記録が無かったわ。呼び出した使い魔が契約を拒否すること自体起きないことなの」

 

リウスは一度死ぬことで契約が切れるのであれば問題ないのではないか、と思ったが、自身の道具袋の中身を思い返すと考えを改めた。

 

学院へ移動する時、ざっと道具袋の中身を改めたが、死者蘇生の効果を持つアイテム、イグドラシルの葉は持っていなかったはずだ。

 

もしかしたらこのハルケギニアの世界にも死者蘇生のアイテムがあるかもしれないが、ルイズの言い分だと死者蘇生のアイテムがあったとしても簡単に手に入る代物ではないのだろう。

それに、そもそも異世界から来た私を蘇生させる効果があるかどうかは判らない。

 

リウスの世界においても、イグドラシルの葉により死者蘇生を行なえるのは戦女神ヴァルキリーの祝福を受けた者のみである。

女神ヴァルキリーはルーンミッドガッツの主神オーディンに連なる神の一柱であり、地上に生まれてくる一部の人間にその祝福を授けるという。

 

また、祝福を受けた者は生まれつき祝福を受けた記憶を持っている。

リウスもその一人であるため今まで死んだ経験は数知れない。何度経験しても死ぬことには慣れないものであるが。

 

ともあれ、一回死んで契約を切ってから蘇生する、という手法は出来ないと考えた方がいいだろう。

 

(そういえば、私は何で元いた世界に帰りたいんだっけ)

 

元の世界に戻る手段については何も分かっていないに等しい。

使い魔を拒否したところで、身元不明の女性がこの世界で生活の基盤を作るというのは相当な労力がかかるだろう。

そのためリウスは、使い魔になりつつ元の世界へ帰る方法を探し、場合によってはこの世界で骨を埋めてしまっても仕方がないかとまで考えていた。

 

しかし元の世界で何かやり残してしまっているような、そんな気持ちが頭の奥でぐるぐると回っている。

いまだに呼び出される前のことは思い出せていないが、そのことが関係しているのかもしれない。

 

そう思い悩んでいるとルイズが俯いたまま口を開いた。

 

「ごめんなさい・・・」

 

ふと見ると大粒の涙がテーブルにこぼれている。

リウスは慌てて声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと。大丈夫よ、貴方のせいじゃないわ。言ったでしょ、私は冒険者よ。帰る手段くらいどうにかなるって」

 

そう言うとルイズはびくりと身を震わせる。どうやら『帰る』という言葉に反応したようだ。

 

まだ会ってから半日も経っていないが、ルイズが、彼女の言う平民に対してこうして謝ることなんて思ってもいなかった。

何度かリウスに『平民のくせに』と言っていたのを思い出す。

リウスにはよく分からなかったが、きっとルイズには自分が貴族であることに誇りがあるのだろう。

 

昼間の広場で『ゼロのルイズ』と笑われ、怒りに震えるルイズを思い浮かべる。

目に力を溜めて必死に何かに耐えようとしているルイズ。

その昼間の様子から、彼女の心中はなんとなく想像できた。

 

かつての自分も、周りから笑われていたのだから。

 

ルイズが口を開くと更に涙がこぼれていく。

 

「わ、私は、あなたのことを、へ、平民のくせにとか言っちゃって。あなたの言う通りよ。私がやったことは、ゆ、誘拐と同じことだわ。あ、あなたにだって家族はいるのに」

 

リウスはゆっくりと席を立つと、ルイズの横にしゃがみこんで何とか慰めようとする。

しかしルイズは顔を見られまいと、ぷいと顔を背けた。

その様子は見た目よりも幼い子供に見える。

 

ひっくひっく、と泣き声だけが部屋に響く。

 

ルイズは自分がやったことが「誘拐のようだ」と言われた時、大きなショックを受けていた。

 

去年の今頃、数多くの平民が誘拐されて殺されるという事件が多発していた。

誘拐された平民はその半数が見つからなかったが、残る半数は殺された挙句に道端に打ち捨てられ、その身体には生々しい拷問の後が数多く残っていたという。

民間人による拷問はハルケギニアでは重罪である。

事態解決に動き出した魔法衛士隊は犯人をあっという間に発見し、犯人は衛士隊に抵抗したことによってその場で処刑された。

 

その犯人は、家を追われた下級貴族だった。

 

ルイズはその事件を知った時も大きなショックを受けると同時に、その貴族を許せない、と怒りに溢れていた。

杖を持って平民を守らなければならない貴族が、よりにもよって自分の快楽のために平民を殺すなど。

 

しかし今の自分はどうだ。

故意ではなかったとはいえ、それが何だって言うのだ。

平民を笑いながら拷問で殺していく下級貴族を思い浮かべる。

自分がもし彼女、リウスと同じように、見知らぬ土地にサモン・サーヴァントで呼び出された挙句、使い魔になれと言われたらどう思うか。

猛然と拒否した上で、なんとしてでも自分を元の場所へ帰すように要求するだろう。

その上で召喚した者を恨むだろう。

何てことをしてくれたんだと。

 

「ご、ごめん、なさい・・・」

 

泣き続けるルイズがぽつりと口にする。

リウスはどうしよう、と焦ったが、覚悟を決めて頭をガシガシとかいた。

 

「あーもう! メソメソしない! あと謝らないの! アンタは悪くないし、私はアンタを恨んだりしちゃいないから!」

 

リウスは泣き止まないルイズの頬を両手で挟むと無理やり自分の顔へ向かせた。

 

「使い魔になってやるわよ!」

 

ルイズはきょとんとした。

てっきり憎まれているものだと思っていたのだ。しかも、使い魔になってやる? 何で? 無理やり呼び出されたのに?

 

ルイズの頬から両手を話すと、リウスがルイズの目を見たままゆっくり語りかけてくる。

 

「ルイズは立派だよ。貴族とか平民だとかは馴染みがないから分からないけどね。あたしはアンタが気に入ったんだ。だから使い魔になってやる」

 

ルイズは立派、とそう言われてもピンとこない。

ただ今はそれよりも聞かなければならないことがある。

 

「で、でも帰りたいんじゃないの?」

「帰りたい理由も思い出せないし、別に急ぐ訳でもないからね。ルイズがビービー泣いたりしなくなるまで付き合ったら、帰るか帰らないかゆっくり考えるとするわよ」

 

少し間を置いてから、ルイズが口を開いた。

 

「そう、なの。あの、ごめんなさい」

「だーかーら、謝ったらダメだって」

 

笑いながら、よいしょ、と立ち上がるリウス。先ほどのやり取りが恥ずかしかったのか、その頬は少し赤らんでいる。

ルイズはその様子をじっと見て、ふふっと小さく笑った。

 

「どうしたの?」

「リウスってさ、本当はなんか男っぽい口調なのね」

 

そう言われたリウスは照れたようにそっぽを向きながら、頭をがりがりとかいた。

 

「うるさいなあ、昔っからこうなのよ。せっかく人が立派なセージに見えるように気を付けてたっていうのに」

 

小さく二人で笑いあうと、思い出したようにリウスが尋ねる。

 

「それで。契約ってのはどうやるわけ?」

 

 


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