Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

16 / 73
第十六話 This World, That World

学院の医務室にて、オールド・オスマンは戻ってきた五人の報告を詳しく聞いていた。

 

学院に着いた時、まずロングビルを衛兵へと引き渡した。

その際に衛兵たちがひどく驚いていたのは、ミス・ロングビルが盗賊の正体であったこと、そしてリウスの服が血まみれだったことが原因だったようだ。

取り急ぎリウスは事の次第をオスマンに報告をしようとしたが、リウス以外のメンバーと衛兵たちがそれに反対し、ひとまず医務室でリウスの様子を見てから報告を行なおうとしていたのだった。

 

そこへオールド・オスマンとコルベールが姿を現したため、そのままその場で報告を行なっていたのである。

 

「まさか、ミス・ロングビルが犯人じゃったとは・・・」

 

一通りの報告を聞き終えたオスマンは眉をしかめて天井を仰いだ。

 

一方のコルベールはロングビルが犯人だと知ってからというもの見るからに消沈していたが、努めて何でもないかのように表情を繕っていた。どうやらコルベールはロングビルに並々ならぬ感情を持っていたらしい。

一行もそのことに気付いていたが、あえて気付かない振りをしていた。

 

しばらくして、オスマンが「そうか」と短く呟くと、ルイズ達へと向き直った。

 

「全員、無事で良かった。まずそれが何よりの朗報じゃ。そして、よくぞ犯人の捕縛と秘宝の奪還を成し遂げてくれた。この学院を代表して君たちの素晴らしい働きに感謝するぞ。君たちは、この学院の誇りじゃ」

 

ルイズ達はこの上ない労いの言葉に表情を明るくする。

しかしオスマンはその様子を見て目を閉じると、深々と頭を下げた。

 

「そして、真にすまなかった。ロングビルが犯人だと儂は気付いておらなかった。もしやすると、君たちのいずれかが犠牲になっていたかもしれぬ。学院を代表する者として恥ずべき事じゃ」

 

ルイズ達は頭を上げてくれるよう、慌ててオスマンへと口を開いた。

しばらくしてようやく頭を上げたオスマンは生徒達へと笑いかける。

 

「君達には儂から『シュヴァリエ』の爵位申請を出そうと思う。王宮から追って沙汰があるじゃろう。ミス・タバサに関してはもう授与されているので、精霊勲章の授与を申請するつもりじゃ」

 

『シュヴァリエ』、という言葉に一行はまた表情をぱあっと明るくさせた。

しかし喜んでいたルイズが突然神妙な顔になり、オスマンに対して質問を投げかける。

 

「あの・・・、リウスには何もないのでしょうか?」

「うむ。彼女は残念ながら貴族ではないのでな・・・。すまぬの、ミス・リウス」

「いえ、私には爵位は必要ありません。なので気に病まないでください」

 

医務室のベッドに座っていたリウスは軽く微笑んだ。

念のためにと医務室のメイジに傷を見てもらったが、リウスの体には傷らしい傷は残っていなかったようだ。

そのため医務室での治療といえば、身体と髪についた血を温水で拭ってもらい、簡単な治癒呪文をかけてもらっただけである。

もちろん、血まみれだった服もルイズが持ってきてくれた替えの服に着替えている。

 

オスマンは、リウスの顔へと微笑みを返した。

 

「代わりといっては何じゃが、儂に出来ることなら何でも言って欲しい。出来る限り力になるぞ」

 

穏やかな笑みを浮かべていたリウスが、その言葉にぱっと明るい顔をする。

 

「で、では今後、図書室を使わせていただくことも可能ですか?」

 

リウスは目を輝かせながら質問を投げかけた。

その明らかに期待に満ちた様子に、オスマンやコルベールだけでなくルイズ達も思わず笑いを零すと、それに気付いたリウスは恥ずかしそうに軽く咳払いをする。

 

「あの、出来ればでいいのですが」

「もちろん良いぞ。儂から図書室の司書に話を伝えておく。いつでも利用してもらって構わんよ」

 

オスマンはそう言うと、ぽんぽんと手を打った。

 

「さて、君らも疲れたろう。今日の授業は特別休暇としておくから、どうかゆっくりと休んでおくれ。だが、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。今回の件は無事解決したため、予定通り執り行なおうぞ」

 

キュルケの顔がぱっと輝いた。

 

「まあ、そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」

「今夜の主役は何と言っても君らじゃからな。夜にはぜひとも参加してくれたまえ。無理だけはしないようにの」

 

キュルケはタバサの手を取ると、オスマンに礼をしていそいそとその場を後にした。

ギーシュも眠そうにふらつきながらそれに続いていく。

 

先ほど受けた診療によると、彼らの傷は軽い打ち身や擦り傷などで大したことはなかったようだ。

ギーシュがふらついているのは、例によって魔法の使い過ぎである。

 

ルイズもリウスと一緒に退出しようとしたが、リウスは首を横に振った。

 

「悪いけど、ルイズは先に戻って休んでおいて? ・・・オールド・オスマン。少し聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「おう、ちょうど儂らも君達に話したいことがあったんじゃ。しかしミス・リウス、体の調子は問題ないのかの?」

「ええ、私は問題ありません。ですが私の件は、出来れば二人きりで話したいのですが・・・」

「であれば、儂の用件から話そう。すまないが、二人とも学院長室まで来てくれるかね?」

 

ルイズとリウスは不思議そうな顔をしながら、オスマン、コルベールと共に学院長室に向かった。

 

 

 

 

四人が学院長室に入ると、オスマンは自身の机から一冊のぼろぼろに古ぼけた本を取り出した。

 

「話したいことというのは、ミス・リウスの左手にある使い魔のルーンのことじゃ。ほれ、ここのページじゃよ」

 

ルイズとリウスの二人が開かれたページの絵を覗き込むと、そのページには複雑な模様のルーンが描かれていた。

二人はリウスの左手に浮き出たルーンと見比べる。確かに同じものであるようだ。

 

「この書物は『始祖ブリミルの使い魔たち』という名じゃ。そしてそのページに描かれているのは『ガンダールヴ』のルーン。そうじゃな、コルベールくん」

「ええ、オールド・オスマン。その通りです。ミス・ヴァリエールは知っているかもしれませんが、ミス・リウスはご存じないでしょう。説明いたします」

 

ガンダールヴ。その名前を聞いたルイズは息を飲む。

リウスにも、その名前には聞き覚えがあった。

 

「始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』は主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在だと伝え聞きます。言い伝えによると、始祖ブリミルは呪文の詠唱に長い時間を要していたそうです。その間、己の身を守るために用いていた使い魔が『ガンダールヴ』です。

 その強さは千人の軍隊をたった一人で壊滅させるほどの力を持ち、並のメイジではまったく歯がたたなかったとか」

「・・・そんな凄いルーンだったんですね」

 

リウスが呑気な声を上げる。

しかしその言葉とは裏腹に、頭の中でどうすべきかを考えていた。

この場でこのルーンについての情報を共有すべきか、隠すべきか。

 

オスマンがコルベールの説明に言葉を継ぎ足す。

 

「そして、この伝説の使い魔はありとあらゆる武器を使いこなしたそうじゃ。どうかね、ミス・リウス。心当たりはあるかの?」

 

リウスは情報を共有すべきだと考えると、左手のルーンに向けた視線をオスマンへと戻した。

実際の現物がここにあるのだ。隠していても意味がないだろう。

 

「ええ、心当たりはあります。千人の軍隊を、というほどではないですが・・・。

 私が何らかの武器を持つと、筋力や五感が強化されるようです。それに、魔法の威力や詠唱の速度も上がっていました。扱ったことのない武器が使えるようになっていることも確認してあります」

「なるほどの。君や君の魔法が特殊だとばかり思っていたが、そういう訳かね」

「な、何でそんなルーンがリウスに・・・?」

 

興味深げにリウスの説明を聞いていたオスマンに対して、今まで固まっていたルイズが問いかけた。

 

「うむ、それが儂にも分からんのじゃ。ともあれ、この件は儂とミスタ・コルベール以外は誰も知らぬ。むやみに王宮へ伝えて、騒ぎになるのは避けたいからの」

「そうでしたか。お心遣い、感謝いたします。オールド・オスマン」

 

リウスはほっと胸を撫で下ろした。

どうやらこの老人は王宮といった権力の場にそこまで興味が無いようである。

 

始祖ブリミルはこのハルケギニアにおける一般的な宗教、ブリミル教における崇拝の対象だったはずだ。

そんな人物の使い魔が現れたとなると、国内外問わず政治的ないざこざが生まれるに決まっている。

 

そしてリウスは、目の前のオスマンやコルベールを信用に足る人物ではないかと思い始めていた。

少しだけ逡巡したが、意を決して口を開く。

 

「お二人ともにお伝えしておくべきことがあります」

「何かね、ミス・リウス」

 

目の前のオスマンとコルベールは不思議そうな表情を浮かべている。

 

「私は東方のメイジではなく、異世界からこちらへやってきたようなのです。私のいた場所には、月が一つしかありませんから」

 

出来る限り端的にそう述べると、オスマンとコルベールの二人は驚愕の表情を浮かべていた。

そして何故か、以前伝えていたはずのルイズも驚いた顔をしている。

 

「へ、変なこと言ってんじゃないわよ」

「ルイズには言ってなかったっけ? 最初の夜に」

 

ルイズははっとした。

確かにリウスを呼び出したその日の夜、リウスは異世界から来たかもしれないと言っていたはずだ。

ただ、その時は何かの冗談とばかりに思っていた。

 

リウスはもう一度オスマンに向き直った。

 

「ただ、異世界から来た等と言ってしまうと必要のない混乱を招いてしまいます。そのため、私は東方のメイジだとしてきました。黙っていて申し訳ございません。今後も、私を東方のメイジだとして扱って頂ければと思います」

 

そう言うと、オスマンはいつの間にか面白そうに笑っていた。

 

「なるほどのう。いや、興味深い」

「オールド・オスマンは、その、確信があるのですか?」

 

コルベールがそのオスマンの様子を見て問いかける。

なるべくオブラートに包んだ発言だったが、コルベールは未だに半信半疑なのだろう。

 

「伝説上のガンダールヴが召喚されたのじゃ。普通と違うことが起きたとしても不思議ではなかろう。

 それに、ミス・リウスの使う魔法は儂も知らぬ。そして魔法の使い方も、じゃ。違う魔法の体系を持つ異世界から来たと考えると納得もいく。東方の魔法という説も捨てがたいがの」

「気付かれていたんですね」

 

やはり、あの時の決闘の様子を見られていたらしい。

リウスはそれに苦笑しつつ、内心では目の前の老人に舌を巻いていた。

この老人は外見とその魔力の密度の通り、凄腕のメイジであるようだ。

 

きょとんとしているコルベールとルイズに対してリウスは説明をする。

 

「貴方方の精神力という力を、私の世界では魔力と呼んでいます。私達の魔法と貴方方の魔法で最も違うところは、私達の魔法は自分の魔力だけでなく、宙に漂う魔力も利用している点です。それに私は宙にある魔力を常に吸収し続けているため、魔法の使い過ぎで倒れることもありません。たぶん貴方方よりもずっと少ない魔力の消費で済んでいるはずです」

 

その内容にコルベールは興味津々のようで、しきりに頷いたり相槌を打ったりしている。

しかし話が少し逸れてしまったので、リウスは軽く咳払いをしてから続けた。

 

「それで本題なのですが、今回盗まれた『繋がりの秘宝』についてです。オールド・オスマンがどのようにしてあの本を手に入れたのか、もしよろしければ聞かせて頂けますか?」

 

オスマンは真面目な顔をしたまま、やがてその重い口を開いた。

 

「あれは、先々代のトリステイン国王から譲り受けた物じゃ」

 

そしてどこか、遠い昔を思い出すようにリウスへ語りかけた。

 

「本来であれば、あれは王宮の宝物庫で管理されるべき代物じゃ。王宮に伝わる『始祖の祈祷書』と同じく、始祖ブリミルに関係しているものだと聞いておる。先々代の国王は、何故だか知らんが儂にその管理を任されていたのじゃよ。先々代国王は『決して使われるべきではない』と仰られていたの」

 

そうでしたか、とリウスは考え込んだ。

コルベールとルイズは息を殺してリウスが口を開くのを待っている。

 

「何か、知っておるのかね?」

 

オスマンが静かに語りかけると、リウスは思い悩んだように口を開いた。

 

「あの本の序文の一部は、私の世界の文字で書かれていました。何故かその序文の一部しか読めなかったのですが・・・。

 その内容は、私のいたシュバルツバルド共和国という国の首都にある、シュバイチェル魔法アカデミー図書館にて厳重に保管されている本と似た内容です。古代遺跡より発見された著書ですので、執筆者が誰かも分かっていません」

 

リウスは一瞬黙ってから、もう一度口を開いた。

 

「私の世界では、あの本は『ユミルの書』と呼ばれています。ユミルとは私達の世界にある宗教で、世界を構築するありとあらゆる物の基となった神だとされています。

 そして、ユミルは別名で『ブリミル』と言われているのです」

 

その言葉を聞いたコルベールとルイズは口をぽかんと開けている。

一方で、オスマンは眉をひそめて何かを考えているようだ。

 

「ハルケギニアが君の世界と何か関係しているかもしれない、ということかね」

「分かりませんが、そうなのかもしれません。それに先ほどの話に出てきたガンダールヴも、私の世界では『魔法の心得のある妖精』、ドワーフという亜人の別名として伝わっています。ユミルの肉体である大地から生じた、特殊な亜人であると」

「ほう。ちなみに、君は人間なのじゃな?」

 

リウスが頷くと、オスマンは髭に手をやってしばらく黙り込んだ。

 

「謎が謎を呼ぶ、じゃな。何故君にガンダールヴのルーンが現れたのかも分からんし、君の世界との関係があるのかも分からんの」

 

では一つ聞いておきたいことがある、とオスマンは続けた。

 

「今回の盗賊騒動で関わった皆が知っておるように、あの書物は『繋がりの秘宝』と呼ばれておる。この名前がどういう意味なのか、予想はつくかね?」

「そうですね・・・。私には分かりませんが、あの『繋がりの秘宝』にはこう書かれていました」

 

リウスは思い出すように少し考えると口を開いた。

 

「『人間として資質を持ちし者、その魂はヴァルキリーの導きにより、聖戦ラグナロクのためにヴァルハラへと向かうであろう』。

 ヴァルキリーとは、人間界を見守りながら、彼ら神々と共に戦える人間を導く神だとされています。ヴァルハラとは私の世界における神々が住む宮殿のことです」

「ふむ、あの本が異国の神々と繋がっているということか。それとも、単に君の世界との繋がりを示しているのか・・・? むう、これもやはり分からんの」

 

学院長室が少しの間沈黙に包まれる。

 

色々と話をしたが、結論として分かったことはそこまで多くは無い。

あまりにも分からないことが多すぎるのだ。

今までの情報の共有以外に、これ以上有用な情報があるとは思えなくなってきた。

 

「儂の方でもいくつか調べてみる。何か有益な情報があれば共有しよう。先ほど医務室でも言った通り、ミス・リウスは図書室を自由に利用して良い」

「ありがとうございます。私も同様に調べてみます」

 

「つい長くなってしまったの。貴重な時間をありがとう。最後になってしまったが、君は医務室で聞きたいことがあると言っていたね。それについて聞こう」

「ええ。では申し訳ありませんが・・・、ミスタ・コルベールにも話を聞いてもらいたいと思います」

 

そう言ってコルベールを見ると、彼は驚いた顔もせずに頷いた。

それを見たオスマンがルイズへと顔を向ける。

 

「では、ミス・ヴァリエール。疲れているところに長々とすまんかったのう。申し訳ないが、退室してもらえるかね?」

「で、でも・・・」

「ごめんねルイズ。貴方に共有しなくちゃいけないことは、後々ちゃんと教えるから」

 

そう言われたルイズはしぶしぶ席を立ちあがると、一礼してから学院長室を退室していった。

 

静かに扉が閉められるのを確認してから、リウスがオスマンへと向き直る。

 

「では、話を聞こう。ミス・ヴァリエールのことかね?」

 

どうやらオスマンもコルベールも予想がついていたようだ。

リウスは重々しく頷く。

 

「仰る通りです。彼女の魔法について伺いたいことがあります」

 

 

リウスはそう言うと、先日ミス・シュヴルーズの授業で起きたこと、そしてリウスが確認したルイズの魔法についての詳細を、事細かに二人へ説明した。

 

 

「・・・ここまでが私の確認したことです。ルイズの魔力は異常なまでに強力ですが、その魔法は他のメイジ達とは根本から違うように感じています。何か、心当たりはありますか?」

 

その言葉にオスマンとコルベールが顔を見合わせる。

そしてオスマンが軽く頷くと、コルベールが口を開いた。

 

「貴方のルーンが『ガンダールヴ』のルーンと酷似していると気付いた際に、オールド・オスマンと話し合いました。もしかしたらですが、ミス・ヴァリエールは虚無の魔法を扱えるのではないかと」

 

リウスは、シュヴルーズの授業で虚無の魔法について軽く触れていたことを思い出していた。

 

魔法の系統は大きく分けて『火』『水』『土』『風』の4つであるが、『虚無』という5つ目の系統は伝説にしかない失われた系統であったはずだ。

 

ガンダールヴは始祖ブリミルの使い魔であり、ブリミルは四系統の魔法の祖であると同時に、虚無の魔法を操っていたとルイズから以前聞いていた。

あながち的外れでもないかもしれない。

 

「ハルケギニアには5つの王国があると聞いているかね? 帝政ゲルマニアを除く4つの国々は、始祖ブリミルの子孫が興した国だとされておる。そして、ヴァリエール公爵家はトリステイン王族との血の繋がりが特に濃いのじゃよ。そう考えた場合、始祖ブリミルの使った虚無の資質をミス・ヴァリエールが持っていても、何の不思議でもないのじゃ」

「そうなのですか・・・。ガンダールヴの件も考えると、そう考えてもおかしくないかもしれませんね」

「ミス・ヴァリエールが虚無の資質を持つのであれば、可能性として彼女が他の魔法を扱えない理由となるのかもしれません。そもそも、ヴァリエール家の人間が魔法を扱えないなど有り得ないことですから。

 しかしながら、我々魔法学院では『虚無』の魔法を扱う方法など分からないのです。あくまで伝説上の魔法でしたから、虚無がどのような魔法だったのかすら分からないのが現状なのです」

 

コルベールの言葉に、リウスは顎に手をやって少しの間考え込んだ。

 

「魔法の研究施設などでも難しいのでしょうか。そういった施設なら研究が進んでいるものだと思うのですが」

「難しいじゃろうな。確かに、トリステインにはアカデミーと呼ばれる魔法研究の施設が存在する。しかし、アカデミーの虚無研究で行なっているのは『虚無』の魔法の研究ではなく、あくまでブリミル教に関わる聖具などを再現している程度じゃ。

 先ほど伝えたように、トリステインには『始祖の祈祷書』といった始祖由来の宝物があるにはある。しかし、そういった国家に伝わる秘宝の研究はタブーなのじゃよ。国の正当性を疑うことになってしまうからの」

「では、虚無がどのようなものかを確かめる方法はないのですね・・・」

「残念ながら、そうじゃな」

 

実際のところ、ルイズの魔法が何なのかはリウスにも分からないままだ。

その上、ヒントとなるかもしれない『虚無』については、ハルケギニアであまり研究が行なえていない。

 

そうなると、ルイズが魔法を使えるようになるためには、結局ルイズ自身に魔法を使う方法を見つけてもらうしかなさそうだった。

 

「何故、ミス・ヴァリエールの魔法について知りたいのだね?」

 

オスマンは柔らかな表情のまま、そう尋ねた。

リウスはその言葉を聞いて困った顔で笑う。

 

「あの子は今までずっと魔法が使えなかったことに悩み苦しんできたようでした。そろそろ、報われてもいい頃だと思うでしょう?」

 

リウスは本心からそう口にした。

その本心がオスマンにも伝わったのか、目の前の老人はにこやかな笑みを浮かべる。

 

「そうじゃな、彼女も辛かったじゃろう。今、儂とミスタ・コルベールのみでどうにか確かめる術がないか調べておる。ガンダールヴの件と同様に、王宮などの政治が絡む所にこの事を伝えるべきではないからの」

「そうでしたか・・・。ご配慮いただき、重ね重ねありがとうございます」

 

リウスが頭を下げると、オスマンが「最後に一つ聞かせてほしい」と問いかけた。

 

「君は、元の世界に帰りたいかね?」

 

リウスはそう問われて少し思い悩んだ。

 

リウスには、帰らなければならない理由があるはずだ。

しかしハルケギニアで目覚めてからというもの、未だにその理由も、そして何故このハルケギニアに自分がいるのかも思い出せてはいないのだった。

 

「そうですね・・・、いつかは帰らなければなりません。ですが、今はルイズと共にいます」

「そうか、分かった。ではいつか必要になった時のために、我々も君が元の世界へ帰る方法を調べておこう。

 願わくば、ミス・ヴァリエールと共にいる時が長くあって欲しいものじゃ」

 

話が終わり、リウスが一礼して学院長室から出ようとした時、オスマンが手をぽんと叩いた。

 

「そうじゃ、ミス・リウス。君さえ良ければ、今夜の『フリッグの舞踏祭』に出席してもらえないかの。君も今夜の主役の一人なのじゃからな」

「え、ええ。ですが、私はそのような場に出たことがないのですけれども・・・」

「よいよい。服装なども君の持っているもので構わぬよ。それに、学院には万一のための予備のドレスもある。ぜひ、参加してくれたまえ」

 

そこまで言われてしまうと出席しなくちゃならないのかしら、とリウスがどぎまぎしている時、コルベールはじとりとオスマンを見据えていた。

 

「オールド・オスマン・・・、貴方、まさかまた眼福がどうのとか言うつもりじゃ・・・」

 

コルベールがそこまで言うと、オスマンは見た目に反した素早い動きでコルベールの口を塞いだ。

コルベールの言葉がよく聞こえていなかったリウスは小首をかしげている。

 

「と、ともかく! ぜひ参加してくれたまえ!」

 

事情がよく飲み込めなかったが、取り急ぎ準備だけはしないと。

そう思ったリウスは改めて一礼してから、学院長室を後にするのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。