Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
三十メイル程の巨大なゴーレムがキュルケとタバサを見下ろしていた。
ロングビルを放り投げた後、何故か動きを止めていたゴーレムがゆっくりと腕を上げていく。
次の瞬間、目にも止まらぬ速さでその腕を振り下ろした。
振り抜かれた腕は轟音と共に地面に深々と突き刺さり、辺りがもうもうと土煙に包まれていく。
リウスは土で作られたゴーレムを見上げ、ひとり歯噛みした。
ゴーレムが既に作られてしまっては、もう破壊する他ない。
リウスには、ハルケギニアのメイジに対して非常に効果的な魔法がいくつかある。
『ディスペル』という魔法もその一つで、この魔法は構築・固定化された魔力を強制的に分解する魔法だった。
供給が見込めない今、貴重品である魔法石の触媒は必要だが、どんなに強力な魔法であっても維持が不可能なレベルまで魔力を霧散させることができる。
しかし魔力によって物質を形作られてしまうと、ディスペルの効果が魔力そのものにまで届かなくなってしまう。
ディスペルは、宙に漂う魔力を利用することで『対象の魔力を分解する』魔法なのだ。
ゴーレム生成の初期段階ならともかく、既に岩でゴーレムを形作られてしまうとその内部にまではディスペルも届かなくなってしまう。
ともあれ何者かにゴーレムを作られてしまった以上、仕方がない。
キュルケとタバサの安否を確認する隙を作るため、リウスは急いで魔法の詠唱を開始した。
「アーススパイク!」
地面から突如生えた五本の石柱が、地面に刺さっていた腕を粉々に破壊する。
すると、土煙の中から二人の人影が見えた。
「二人とも、無事ね」
リウスはほっと息を吐く。
彼女たちは先ほどの攻撃を上手く避けたようだ。
キュルケはリウスの顔を見るなり、険しい顔のまま笑いかけた。
タバサは表情を変えないままでゴーレムの挙動を見つめている。
「やっぱり貴方の魔法は凄い威力ね。私達の魔法じゃちょっとしか効いてないみたいだわ」
「強度はそこまでじゃない。だけど大きすぎるし、修復してる。逃げた方がいい」
見ると、先ほど破壊した巨大ゴーレムの腕がまるで巻き戻るかのように修復されていく。
「打ち合わせ通り、シルフィードで脱出しましょう。秘宝はルイズが持ってるから早く・・・。
避けてっ!!」
リウスがキュルケを突き飛ばすと、巨大ゴーレムの胸から撃ち出された石の塊がキュルケのいた場所に突き刺さった。
続いて飛来する石の弾丸は、タバサが風を操って軌道を逸らす。
突き飛ばした時に飛来した石がリウスの左脚を少しかすったようで、少しばかり肉が抉れて血が流れていた。
「あ、ありがとうリウス。助かったわ。足は平気?」
「平気よ。そこまで深くない」
キュルケは少し顔を青くしながら、それでも負けじと目の前のゴーレムを睨み付けた。
「行かせない、って訳ね」
またゴーレムの胸から岩が弾き出された。
タバサが一瞬強い横風を吹かせると、岩は数メイル横の地面をバウンドしていく。
「聞いて」
タバサが目の前のゴーレムから目を離さずに口を開いた。
「あのゴーレムは、リウスと私で足止めする。そうしないとシルフィードが狙われかねない。キュルケはルイズとギーシュの所に」
巨大ゴーレムは修復し終わった右腕を自らもぎ取ると、残る左手でもぎ取った腕を思いっきりぶん投げた。
「伏せて!」
タバサの叫びに合わせて、三人ともその場に伏せる。
頭上を通り過ぎた巨大な岩の塊が、背後の廃屋を吹き飛ばした音がした。
「キュルケ、行って!」
リウスのその言葉に振り向いたキュルケは、駆け出そうとした足をふと止めた。
「・・・嘘でしょ。何で、あそこから」
キュルケの呟きにリウスも一瞬だけ振り返った。
そこには、ルイズとギーシュの元へ向かう五体の人型ゴーレムの姿があった。
「くそっ! 何でこっちからゴーレムが!」
出来る限りあの巨大ゴーレムから離れようとしていたギーシュが、焦ったように叫んだ。
廃屋の斜め後方にある森から五体の人型ゴーレムが姿を現したのだ。
それぞれが黒光りする光沢をしているため、相手のゴーレムは鉄製かもしれない。
もしそうだとしたら、同じくらいの大きさといえども青銅で出来た自分のワルキューレでは防ぐことができない。
「ルイズ、僕の後ろに! ワルキューレ!」
ギーシュは既に作っていた三体のワルキューレに加えて、更に四体のワルキューレを作り出した。
七体のワルキューレ達はいつかの時とは違い、それぞれ武器と盾を携えている。
ワルキューレ達が密集隊形で隊列を組むと、鉄製の人型ゴーレム達がこちらへ向かって走り出した。
ルイズは自分の体がいつの間にか震えているのを感じていた。
周りの音が遠ざかり、なぜか自分の心臓の音だけがやけに大きい。
ルイズは助けを求めるような目で巨大ゴーレムの方を見た。
そこではリウスとタバサが巨大ゴーレムの撃ち出す岩を避けつつ攻撃を加えている。
そしてキュルケは何とかこちらへ向かおうとしているが、なかなか向かうことが出来ないでいるようだ。
目の前のギーシュがこちらへと何か叫んでいるが、ルイズには何を言っているのかよく分からない。
気付けば鉄製のゴーレムを一体破壊したようだが、ワルキューレはもう三体ほど破壊されていた。
「・・・ズ! ルイズ、しっかりしろ! もう持ち堪えられない! フーケの狙いは君の持ってる秘宝だ! 逃げろ!」
その言葉にルイズはハッと我に返るが、脚が動かなかった。
鉄製のゴーレムは残り三体になっていたが、ついにワルキューレは一体となり、最後のワルキューレも鉄のゴーレムの持っているメイスでばらばらに破壊された。
邪魔者を片付けた三体の鉄製ゴーレムがルイズとギーシュの元へ走ってくる。
向かってくるゴーレムにギーシュはおろおろと動揺していたが、ルイズはキッとそのゴーレム達を睨み付けた。
「私は、貴族・・・。そうよ、私は貴族よ! お前になんか、背を向けるもんですか!」
ルイズはそう叫ぶと、思いっきり杖を振った。
一番先頭にいた鉄のゴーレムが特大の爆発に巻き込まれてバラバラになる。
残る二体の鉄製ゴーレムも吹き飛ばされていたが、破壊はできていない。
すぐさま立ち上がった二体のゴーレムは鉄の剣を構え直すと、そのままスピードを上げてルイズへと突っ込んでくる。
ギーシュは驚いたようにルイズを見ていたが、次の瞬間には歯を食いしばり、何とかゴーレム達を止めようと自ら突進する。
だが、その甲斐もなく大きく突き飛ばされてしまった。
地面を転がるギーシュを尻目に、ルイズはもう一度呪文を唱えるため何とか後ずさろうと足を動かす。
しかしそれを阻止しようと、ゴーレム達はルイズの足へ向けてその鉄の剣を薙ぎ払った。
「そろそろ、シルフィードが来る」
タバサは普段よりもかなり大きめの声でそう告げた。
タバサが飛来する岩の塊を風で逸らし、リウスの持つ魔法で最も破壊力の高い『アーススパイク』の最大レベルを用いて巨大ゴーレムの体を吹き飛ばす。
それを五回ほど繰り返したところで、巨大ゴーレムは修復が追い付かなくなってきたようだ。
この巨大ゴーレムはキュルケを目標に切り替えている。
キュルケが背を向けてルイズ達の方向へ向かおうとすると、風で軌道を変えられないように自身の体をもぎ取っては投げつけてくるのだ。
そのせいで、キュルケはなかなかルイズの元に駆けつけられていない。
すると、突然巨大ゴーレムが頭から順にぐしゃぐしゃと崩れ落ちていった。
急な出来事にそこにいた全員が一瞬呆けたようになるが、次の瞬間には三人ともルイズ達の方向へ振り向いた。
既に、ギーシュのワルキューレはいなくなっていた。
ルイズの魔法が当たったのか、巨大な爆発によって一体のゴーレムが粉々に吹き飛ばされる。
しかし残る二体の人型ゴーレムが体を起こして、二人の元へと向かい始めていた。
リウス達三人が一斉にルイズ達の元へと走り始めた時、リウスは頭の奥で何かが弾ける音が聞こえた気がした。
胸の奥が熱くなると同時に、気が昂ぶり、体に力が満ちていく。
足に力を溜めて駆け出すと、まるで自分が風になったかのようだ。
―担い手を守れ。なんとしても。
頭の中で声が聞こえた気がしたが、そんなことに気を止めている場合ではない。
リウスは胸の奥から湧き上がる怒りの感情に身を任せながら、ルイズの元へと駆けていく。
一瞬で、前を走るタバサとキュルケを追い抜いた。
(ふざけるな! こんなところで、こんな場所で、あの子を殺させるか!)
リウスは誰に言うでもなく心の中で叫んだ。
ルイズの目前に迫るゴーレム達は、後ろへ下がろうとするルイズの足に向けて剣を振りかぶっている。
リウスは手に持ったバゼラルドを投げ捨て、勢いよくカウンターダガーを引き抜いた。
残りの距離は、10メイルもない。
(大丈夫、間に合う! 大丈夫よルイズ! もう二度とあんなことにはならない! なるはずがない!)
そう確信したリウスはその勢いのまま右手でルイズを突き飛ばし、残る左手に持つ短剣で手前のゴーレムの腕や首を切り裂いていく。
(よし! これで、あともう一体を!)
そう思った時、リウスは自身の右足に、冷たい剣が食い込んでいくのを感じたのだった。
ルイズは何者かに突き飛ばされた後、近くに誰かが倒れ込む音を聞いていた。
「痛・・・。な、何が・・・?」
ルイズが痛む体を起こそうとしていると、近くでゴーレムの動く音がした。
そして何かの地響きと共に、ギーシュの短い悲鳴が聞こえてくる。
はっとしたルイズは両足ともさほどの痛みが無いことに気付いた。
確かに足を切られたと思ったが・・・。
するとすぐ近くから肉を突き刺すような音と、苦悶に満ちた呻き声が聞こえてきた。
この声は、リウスの声だ。
「やっとだわ。やっと、捕まえた」
聞いたことのある声を耳にしながら、ルイズはようやくその身を起こした。
ルイズの視界には、左腕と右足が血に塗れて横たわっているリウスと、岩の手で捕えられているギーシュの姿が映されていた。
そして、リウスをその足で押さえつけている鉄のゴーレムと、冷たい笑みを浮かべている擦り傷だらけのミス・ロングビルが。
「ミス・・・ロングビル・・・?」
ルイズが呟くと、ロングビルはルイズの顔を見てにやっと笑った。
「ヴァリエール、アンタの使い魔は本当に厄介だったわ。本当、殺したいくらい」
そう言うと、ロングビルはリウスへ顔を戻す。
すると、鉄のゴーレムが血に塗れた剣を高く掲げた。
剣の切っ先は倒れ伏すリウスへと向けられている。
リウスは激痛に顔を歪めながらも地面に転がる短剣へ手を伸ばそうとするが、鉄のゴーレムに身体を押さえつけられているため身動きが取れないようだ。
「動くな、ヴァリエールの使い魔。あと、今後口を開くんじゃないよ。グラモンのガキがどうなったっていいってのかい?」
リウスはぐっと歯を食いしばり、ロングビルを睨み付けている。
「え・・・、何で・・・」
ルイズはあまりの状況に言葉を失った。
まさか、まさかこの人が、フーケか。
「や、やめて。秘宝は私が持ってるから。これは返すから。だから、やめて。お願い」
弱々しく訴えるルイズにロングビルが顔を向ける。
「じゃあ、秘宝と杖をこっちに投げな」
ルイズは抱えていた二冊の本と自分の杖をロングビルの足元に放り投げる。
その金色に光る装飾の本は、間違いなく盗み出した『繋がりの秘宝』だった。
ロングビルは秘宝の本を一瞥すると、足元に転がる秘宝を拾いもせずに廃屋のあった方向を見た。
「タバサとツェルプストー、あんたらもだよ。杖を遠くへ放り投げな。
あとタバサ。風竜に私を襲わせようとなんて思わないことだね。拍子にグラモンのガキを握り潰しちまうかもしれないよ」
いつの間にかすぐ近くまで来ていた二人は悔しそうに唇を噛みながら、杖を遠くの方へと放り投げた。
シルフィードもすぐ近くを飛んでいるようだが、一向に近付いてくる様子はない。
ロングビルはにんまりと笑うと、歌うように言葉を吐いた。
「良い子だ。正直に言うとね、あんたらを一人も殺したくはなかったんだ。顔を見られちまった今でもそれは変わってない。グラモンのガキも人質にするだけさ。用事が済んだら、お家に帰してやるよ。
・・・本当は、使い魔のガキ、てめえも殺さないはずだったんだよ。今は違うけどね」
ロングビルは仰向けに倒れているリウスを睨み付けると、吐き捨てるように言った。
「ヴァリエールの使い魔、お前は危険すぎる。こうしてる間も、どうにかしてグラモンのガキを助けられないか考えてるんだろう? 呆れた良い子ちゃんだ。今から死ぬってのにさ」
リウスの左腕と右脚からは絶えず血が流れていた。
そのためか呼吸も浅く、顔色も悪くなってきている。
先程まで強張っていた身体からも、力が抜けていた。
その様子を無表情に眺めていたロングビルが軽く杖を振るうと、鉄のゴーレムがリウスに向けて剣を構え直した。
「いやだ、やめて。やめてやめてやめて!」
「やめろ! その人を殺すな!」
「やめてちょうだい! お願いやめて!」
ルイズやギーシュ、キュルケが悲痛な叫び声を上げ続ける。
タバサは黙って刺すような目でロングビルを睨み付けていた。
「・・・嫌だね」
眉をしかめたロングビルがそう言い放つ。
すぐさまゴーレムが剣を振り下ろし、肉を突き刺す音と共に、リウスの胸へ鉄の剣が突き立てられた。
「いやああああああああああ!!!!」
ルイズの悲痛な叫びが辺りにこだました。
リウスの体が小さく仰け反り、その口から短く吐息が漏れる。
次の瞬間には、ごぼり、と生々しい音が聞こえてくる。
ギーシュも泣きながら叫び、キュルケは呆然と地面に膝をついた。
タバサは微動だにせず目を見開き、力なく動かないリウスを見続けている。
しばらく、ロングビルはその様子を何の感慨もない顔で眺めていた。
「さて、後はこの本とグラモンのガキを運ぶだけだ。この使い魔は、余計なことをしたからこうなったんだ。あんたらもこれ以上、私を追いかけるんじゃないよ」
子供たちの叫び声が辺りに鳴り響く中、ロングビルは剣を突き立てられたリウスから目を逸らして泣きわめくギーシュを見る。
その時、ガリッという音が聞こえた気がした。
「・・・ソウル、ストライク」
瞬間、ロングビルの目の前にいくつもの光の球が浮かび上がったかと思うと、その光の球がロングビルと鉄のゴーレムに激突した。
大きく吹き飛ばされたロングビルはそのまま地面へと打ち付けられる。
「がはっ! な、何」
「アーススパイク」
どがん、という音と共にギーシュを掴んでいた岩の手が根元から吹き飛んだ。
先ほどまで泣き叫んでいた子供達も呆然とした顔をしている。
これは。この魔法は。
はっとしたロングビルは剣が刺さったままのリウスを見る。
すると、力無く倒れ伏していた、死にかけていたはずのリウスが、体に刺さった剣の刃を両手で掴んで勢いよく引き抜いていた。
「な、な。ば、化け物・・・!」
ごぼっ、という音と共に血を吐いたリウスは、鉄の剣を杖にしながらゆっくりと立ち上がった。
みるみる内に、リウスについた全ての傷がふさがっていく。
「死んだかと、思ったわ。イグドラシルの種が無かったら、終わりだったわね」
「ひ、ひいっ!」
「『ファイアーウォール』」
ぼうん、という音と共に、森へ逃げようとしたロングビルの目前で身の丈ほどもある巨大な火柱が立った。
「ほ、炎の魔法・・・!?」
「今更、逃げようっていう訳?」
振り向くと、ヴァリエールの使い魔がしっかりとした足取りでこちらを睨みつけていた。
怪我をしていたはずの左手には既に短剣が握られており、右手の指をこちらへと向けている。
「『ナパームビート』」
がこん、と左頬に強い衝撃を受けたことにロングビルは気付いたが、そこまでだった。
目の前は真っ暗になり、ロングビルの意識は暗闇の中へと消えていったのだった。