Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第十三話 筋書きと、焦りと

秘宝奪回の一行は案内役のロングビルと共に、目的地である廃屋に向かっていた。

 

魔法は目的地まで温存すべきだということで一行は学院の馬車に乗っていた。襲撃が会った時にすぐ動くことが出来るよう、馬車の荷台は屋根が外されている。

なお、タバサの使い魔であるシルフィードは雲近くまで上昇して周囲を監視中だ。

 

ちなみにキュルケとギーシュの使い魔は学院でお留守番である。

キュルケの使い魔は機敏な動きができないためで、ギーシュの使い魔であるジャイアントモールでは土系統のメイジであるフーケに接近を気付かれる恐れがあった。

 

馬車はゴトゴトと音を立ててゆっくり進んでいく。

出発してから一時間、既に暇を持て余していたキュルケが思いついたように口を開いた。

 

「ミス・ロングビル、何で面倒な案内役なんて自分でかって出たんですの?」

 

今現在、ミス・ロングビルは案内役なのだからと馬車の手綱を操っていた。

しかし、そんなことは学院の平民にでも場所を教えて馬車を引かせればいいだけである。

キュルケはそう考えて質問すると、ロングビルはにこりと笑って答えた。

 

「いいのです。わたくしは、貴族の名を無くした者ですから」

 

キュルケはきょとんとする。

 

「だって、貴方はオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」

「ええ。でもオスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方です」

「差支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 

キュルケは興味深そうに身を乗り出した。

ロングビルは優しい微笑みを浮かべるだけで、答えようとしない。

 

「いいじゃないの。教えてくださいな」

 

そんなキュルケの肩をルイズが掴んだ。

 

「なによ、ヴァリエール」

「よしなさいよ。昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」

 

リウスの夢を思い出したのか、ルイズは若干険しい顔で言った。

リウスはその様子を微笑ましそうに眺めている。

 

「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの」

「あなたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを無理やり聞き出そうとするのは、トリステインじゃ恥ずべきことなの」

 

二人はいつものように火花を散らし始めた。

タバサはというと、相変わらず読書にふけっている。

ギーシュは出発当初から気を張り過ぎていたようで、少し疲れた顔をしながら大きな欠伸をしていた。

 

「いい天気ねえ」

 

眩しい光に目を細めたリウスは馬を引くロングビルをちらっと見てから、ごそごそと持ってきた道具の確認を始めるのだった。

 

 

 

 

「こんなところにフーケがいるの?」

「ええ、わたくしの調査によれば」

 

一行は茂みの中から目的の廃屋を観察していた。

 

周囲は鬱蒼と茂った森になっていて、日中にも関わらず薄暗い。

目の前の広場は直径50メイル程もあり、その広場の中央には朽ち果てた廃屋がひっそりと立っているだけだ。

 

「ここからじゃ中が分からないわね・・・」

 

キュルケがぽつりと口にすると、一行は目を見合わせた。

 

確かに、ここで見ていても仕方がない。

ロングビルの情報が正しければ廃屋の中に秘宝があるはずだが、もしかしたらフーケも一緒にいるかもしれない。

 

「誰かに偵察をしてもらう必要がありますね」

 

ロングビルがキュルケの言葉に継いで発言をする。

ロングビル、『土くれ』のフーケは内心舌舐めずりをしながら、頭の中で次の手を思い返していた。

 

ここから彼らを人質に取るために、自分に有利な状況を作っていく必要がある。

偵察の候補としては、風竜を使い魔とするタバサか、ヴァリエールの使い魔であるリウスのどちらかだろう。

 

今現在、タバサの使い魔である風竜がはるか上空から周囲を監視している。

いざとなれば秘宝だけでも回収し、風竜に乗ってこの場を脱出する、と事前の打ち合わせで決めているのだ。

 

フーケに悟られないようにと風竜には相当高い所で飛んでもらっているため、生徒達が逃げるまでには若干の猶予がある。

そしてタバサと他のメンバーを分断しておきさえすれば、彼らの逃げの手を更に遅らせることができるだろう。

初手の人質確保が失敗した上に、何も出来ずに逃げられてしまうという事態は防ぐことができる。

 

もう一人の候補、使い魔のリウスはこの中で一番の脅威として考えるべき存在だ。

 

流石に全力の巨大ゴーレムであれば何も出来ないだろうが、以前の決闘騒ぎを見る限りではほぼ無詠唱で強力な魔法を繰り出してくる。

万が一自分の存在が悟られた場合には、避ける間もなく攻撃を受けてしまうかもしれない。

そう考えると、出来る限り自分とは離れた場所にいてもらいたいのが正直なところであった。

 

だが、万が一を気にしていては意味がない。

ここは逃げの手を潰しておく意味でもタバサを選ぶべきだ。

 

「ミス・タバサは風のトライアングルでしたよね。偵察にはうってつけだと思うのですが、どうでしょうか?」

 

それとなくロングビルが提案する。

一行はその提案に納得したようで、タバサが偵察へと向かうことになった。

 

「では、その間に私は周囲の森を偵察してきます。風竜では見えない場所にフーケがいる可能性もありますので、一か所に集まっていては危険でしょう。もしフーケを発見し、捕縛が無理だと悟った場合には、森の入り口に停めてある馬で脱出しますのでご安心を」

 

頷く一行を更に誘導するため、続けてロングビルが発言する。

 

「ミスタ・グラモン、貴方も馬には乗れますよね。わたくしと一緒に来ていただけますか?」

 

タバサが廃屋への偵察に向かうのなら、残る標的は、キュルケ、ルイズ、ギーシュである。

キュルケは火のトライアングルメイジであり、ルイズには使い魔が付いている。

そのため、ロングビルは最も御しやすそうなギーシュを人質として選択した。

 

「貴方もわたくしも土のメイジです。フーケも土のメイジなので、私達であればフーケにも対抗しやすいかと思うのですが」

 

ロングビルがもっともらしい説明を加えると、ギーシュは口元をきっと結んだ。

 

「分かりました。一緒に向かいましょう」

 

ロングビルはギーシュへ優しく微笑む。

しかし、その内心では彼らを嘲笑っていた。

 

よし、これで問題は無い。

タバサの偵察中に、広場へ巨大なゴーレムを作り出す。そのままタバサに対してゴーレムで二、三の攻撃を加える。

その後、一行の目がゴーレムに向いたことを確認してから、ゴーレムを自動操縦にしつつギーシュを捕らえるのだ。

 

そして、秘宝奪回の冒険はミス・ロングビルとギーシュが捕えられるという最悪の結果で終わる。

本物の秘宝を引き換えにギーシュは返されるが、最終的にミス・ロングビルは人質のままどこかへ消えてしまう。

そして、本物の『繋がりの秘宝』は戻ってこない。

 

(この件で、あのジジイは罪に問われちまうかもしれないねえ)

 

ロングビルは胸の内でほくそ笑んでいた。

人の胸や尻をさんざん触りやがって。当然の報いだ。

 

しかしそんなロングビルの想像とは違い、ルイズの横にいる使い魔が口を出した。

 

「それなら私が行きましょう。私も土を得意とするメイジなので、ミス・ロングビルが気付けないことにも気付けるかもしれません」

 

「うーん。そうね、それならリウスが行った方がいいわ。ギーシュよりも強いってことは決闘で証明されてるし」

「適任だと思う」

 

キュルケとタバサがリウスの言葉に賛同する。

ギーシュは少しばかり悩んだようだが、確かにそうだと賛成した。

使い魔が離れることが不満なのか、唯一ルイズだけが反対している。

 

そして、ロングビルもこの発言には賛同せざるを得ない。

今や、あの時の決闘を知らない者など学院にはいないのだ。

 

しかし、こいつが主人の元を離れるとは思わなかった。

『土系統のメイジ』かもしれないのは分かっていたが、決闘の発端を聞く限りだと主人にべったりくっついていると思っていたのに。

 

「それでもよろしいのですが・・・。失礼ですが、ミス・リウスは馬に乗れるのでしょうか?」

 

ロングビルは唯一の抵抗としてそう発言するも、先日城下町まで馬を走らせたことをリウスが告げた。

そう言われてしまうと、これ以上反対するのは得策ではない。

 

(くそっ、使い魔ごときが余計なことを! せっかく上手く行きそうだったってのに!)

 

ロングビルは一人ごちるが、こうなると予定を変更するほかない。

 

この使い魔が一緒に付いてくる。

それは、当初想定していたように容易くゴーレムを出す訳にはいかなくなったということだ。

 

ギーシュ相手なら見られずにゴーレムを出すことも出来るし、見られたとしても特に問題なく捕えられただろう。

しかし、この使い魔にゴーレムを出すところを見られでもしたら、一瞬で行動不能にさせられるかもしれない。

 

まさか、一番近くに置いておきたくない相手と共に行動することになるとは。

 

もちろん、この事態を想定した策も考えてある。

しかし、そうなるといくつかの危険を伴うのだ。

 

ロングビルは内心焦りながらも次の段取りを頭の中で思い返す。

そうしている中、ルイズはリウスによる森の捜索についてしぶしぶ納得した様子だった。

 

「ルイズはここに隠れてて。ギーシュくん、皆を守ってあげてね」

「あらリウス。ツェルプストーの女は自分の身くらい自分で守れましてよ」

 

ギーシュがリウスの言葉に緊張した顔をして頷き、その様子にキュルケは茶々を入れている。

ルイズは不貞腐れたように、ぷいと横を向いた。

 

「話は後。フーケがいたらここに一旦戻る。いなかったら合図を出す。フーケがいた場合は全員で廃屋を囲んで、ギーシュのゴーレムを突入させる。フーケが出てきたら一斉攻撃。

 じゃあ、私は偵察してくる」

 

タバサがそう告げると、一行はもう一度顔を引き締めた。

 

ここからの策は一度たりとも失敗が許されない。

ロングビルは必死に頭を回転させながら、居もしないフーケを警戒しつつ歩を進めるのだった。

 

 

 

 

「どうやら廃屋にフーケを見つけたようです」

 

広場が見える茂みに隠れていたロングビルとリウスは顔を見合わせた。

 

廃屋を覗いていたタバサが、音を立てないようにしながら作戦を立てた茂みへと戻っていく。

それを見届けてから、ロングビルとリウスの二人も先ほどの茂みへと向かった。

 

「フーケが、いたんですか?」

 

ロングビルが緊張した面持ちで尋ねると、タバサは頷きもせずに口を開いた。

 

「廃屋にあるベッドが人の形に膨らんでいるのを見た。隙間も無くてドアも窓も閉められていたから、風を使って調べることもできない。

 もしかしたらフーケかもしれないし、フーケじゃないかもしれない。もしくは人じゃないのかもしれない」

 

沈黙の中、誰かの息を飲む音が聞こえた。

 

「罠かもしれない、って訳ね」

 

リウスが顎に手をやりながら呟いた。

タバサがその言葉にこくんと頷く。

 

「フーケの可能性もある訳よね。じゃあさっきタバサが言ってたように、廃屋を取り囲んでギーシュのゴーレムを突入させる、ってのが一番良いんじゃないかしら」

 

一行がルイズの提案に賛成すると、今度は全員で廃屋へと向かっていく。

 

廃屋の入り口付近にギーシュ、ルイズ、リウスが陣取り、反対側はタバサ、キュルケ、ロングビルが廃屋の背後を見張っていた。

 

ギーシュは青銅製のゴーレムを三体作り出すと、その内の一体を廃屋へと突入させた。

 

次いで二体目も突入させると、ベッドの上の膨らんでいる塊を飛びつくように押さえこむ。

仮にフーケであれば、この時点で勝敗は決したようなものだ。

 

しかし、ベッドの上にある塊は微動だにしない。

様子がおかしいとギーシュはゴーレムに命じて、ベッドの布団をめくらせた。

 

そこには、岩で出来た人形が転がっているだけだった。

 

「つまり、罠って訳ね・・・」

 

ルイズはそう呟くと、辺りを警戒するようにきょろきょろとし始めた。

 

ギーシュのゴーレムは事前の取り決め通り、廃屋の中の椅子や棚を動かしている。

しかし、物を動かすことで動き出す罠がある訳でもないらしい。

 

廃屋の向こう側にいた三人にこちらへ来るよう手招きすると、三人は恐る恐る小屋へと近付いてきた。

 

「フーケはいたの?」

「いや、ベッドの上にあったのは岩でできた人形だったんだ」

「罠なのか、保険なのか。何か思惑があるはず」

 

一行は部屋の中を覗き込んだ。

そこには汚く散らかった跡があるのみで、特に怪しいものはない。

 

「じゃあ、わたくしとミス・ツェルプストー、ミス・タバサは、森も含めて周囲を警戒しています」

「いえ、三人とも散らばらないで近くにいた方がいいです。小屋の入り口からちょっと離れた場所で、周りを見張っててください。互いの位置も確認し続けるように」

 

ロングビルの提案にリウスが反論する。

それを聞いたロングビルは少し背中に冷や汗をかいていた。

 

(こいつ、まさか勘付いてるんじゃないだろうね)

 

ロングビルはそう思いながらも、リウスの発言通りに行動する。

しかしその頭の中では、次の手までは焦ってはいけない、と何度も自分に言い聞かせていた。

 

 

 

ルイズ達は廃屋の捜索を入念に行なっていた。

リウスはカビ臭い部屋の中で秘宝を探しつつ、頭の中では別のことを考えていた。

 

ロングビルが考えている通り、リウスはロングビルを疑っていたのである。

 

宝物庫がゴーレムに突破されて秘宝を盗まれた。

それだけなら納得できるのだが、問題はその秘宝の隠し場所にある。

 

あんな分かりにくい場所にある秘宝をいとも容易く見つけ出した理由は何か。

それは隠し場所を知っていたからだと考えられるのだった。

 

ただでさえ、あんなに巨大なゴーレムを使っているのだ。

下手をしたらあっという間に発見されていてもおかしくはないだろう。

そもそもメイジが多くいる学院に侵入するのだから、事前に秘宝の場所を調査していない訳がない。

 

あの時間よりももっと早い時点から宝物庫に侵入していた可能性も無くはないが、宝物庫の錠前は破壊されていなかった。

そして、極め付けはあの大穴である。

あの壁の瓦礫には秘宝のあった隠し扉と同じような、まるで腐食させられたかのようなわずかな跡が残っていたのだった。

 

つまり、宝物庫に何度も足を運ぶことのでき、その行動を怪しまれない人間が事前に細工していたということだ。

要は、学院の内部に犯人に近しい人物がいると当たりを付けたのだった。

 

また、奪われた秘宝は読めない本である。

他の物は盗まれていないのだから、元々その本を狙っていたのだろう。

売れるかどうかも分からないそんなものを狙う理由は、たぶん何者かに依頼されたのだと考えられた。

 

しかし犯人がいざ盗んでみると、箱からは二冊の本が出てきた。

『もし私が犯人ならば』、せっかく盗んだお宝のどっちが本物なのか、危険を冒してでも知りたくなる。

 

宝物庫に足を運べる人物、つまり学院での地位が確立されている人間。

そして、図ったかのようなロングビルの情報。

しかもその情報は、凄腕の盗賊にあるまじきアジトの場所についてだった。

そう考えると、ロングビルが犯人に近しい人物であることが予想できたのである。

 

とはいえ、それはあくまで今リウスが知っている情報での仮説だった。

 

犯人が偶然隠し扉を見つけたから盗み出した可能性もあるし、そもそも犯人がどこかから隠し扉の場所を知り得た可能性もある。

犯人が単に農民に目撃されるマヌケである可能性もあるのだ。

 

なので、念のためにロングビルの動向には注意しておく必要があると、リウスはそう考えていたのだった。

 

一つ気がかりだったのは、その考えを他のメンバーには伝えられていないことである。

 

ロングビルを監視するには、常にロングビルの近くにいなければならなかった。

そのため筆談をしようにも、ロングビルに気付かれないようにしながら他のメンバーへ自分の考えを伝えるタイミングがなかなか無かったのだ。

 

「もしかして、これじゃない?」

 

思索にふけっていたリウスが振り向くと、ルイズが二冊の本を抱えていた。

 

ルイズの声が聞こえたのか、タバサやキュルケも入り口近くまで歩いてきている。

そんなキュルケとタバサの様子にも気付かずに、リウスはその本を見て目を見開いた。

 

「それって・・・」

「きゃあああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

不意に聞こえたロングビルの叫び声に、リウスは後ろを振り向いた。

窓の外には巨大な影がある。

 

急いでリウス達が廃屋の外に出ると、巨大なゴーレムの腕に掴まれたロングビルが悲鳴を上げていた。

 

「た、助けてくださぁぁぁ・・・」

 

力なく叫ぶも届かず、ロングビルはそのまま巨大ゴーレムに思いきり投げられてしまい、廃屋の向こう側にある森の中へと落ちていった。

 

「リ、リウス」

「お、大きすぎる・・・」

 

ルイズとギーシュが呆気に取られたように呟いた。

小屋から少し離れた場所では、キュルケが火の玉、タバサは氷の槍でゴーレムを攻撃しているが、いかんせん大きすぎるために効果が薄いようだ。

 

「ルイズ! その本を持って離れてなさい! ギーシュくん! ルイズを頼んだわよ!」

「リウス! 私も一緒に・・・」

「何言ってるの! いいから離れてなさい!」

 

そう叫んだリウスは腰につけていた短剣、バゼラルドを引き抜くと、脱出の隙を作るために巨大ゴーレムへと駆けだしたのだった。

 

 


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