Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第十二話 盗賊はどこへ?

翌日、学院は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 

堅牢な城壁を突破した盗賊が、幾人ものメイジがいるこの学院から秘宝を奪い去っていったらしい。

緊急会議が招集されて宝物庫に集まった教師たちは、宝物庫に開けられた大穴を見て、信じられない物を見たというように唖然としていた。

その後は慌てふためいたり憤慨したりと、今更のように大騒ぎしている。

 

オールド・オスマンも眉をひそめながら、無残に破壊された床の隠し扉を確認していた。

どうやら宝物庫の端にある茶色い棚の下に、盗まれた秘宝を隠していたようだ。

床下に隠された扉はまるで腐食したかのようにボロボロになっている。

 

宝物庫の扉近くにいたルイズとリウスは、そんな教師たちの様子を見守っていた。

 

昨日の夜に見た巨大な人影をコルベールへ報告した際、教師達への詳しい報告も含めて宝物庫に立ち会って検分するようにと連れてこられたのだった。

 

「この宝物庫の大穴。巨大な人影というのはゴーレムに違いありません。『土くれ』のフーケでしょうか」

「『土くれ』のフーケだと・・・。ええい! 下賤な盗賊風情が、魔法学院にまで手を出すとは! 我々をナメくさりおって!」

「衛兵は何をしていたのだ! むざむざと賊に入られるとは!」

「いや、相手はメイジだ。衛兵ごときではどうにもなるまい。それよりも、当直の教師だ!」

 

「そうだ、当直の教師は・・・。確か、ミセス・シュヴルーズ。貴方だったのではありませんかな?」

 

どうやら教師たちは、秘法の奪還や犯人の捕縛よりも責任の所在ばかり追求しているようだ。

 

その矛先を向けられたシュヴルーズは顔を青くしたまま震えあがった。

シュヴルーズは多くのメイジがいる学院が襲われる訳がないと考え、宝物庫が破られた時間は自室でぐっすりと寝ていたのだった。

 

ただ、それはたまたま昨夜の当直が彼女であったというだけである。

 

学生ばかりとはいっても、ここはメイジが数多くいる場所なのだ。

教師たちは、そんな場所に賊など来るはずがない、そもそも貴族である自分が居心地の悪い窮屈な詰所にいる必要などない、と日頃から当直をサボっていたのだった。

 

オールド・オスマンがそういった日頃からの教師の態度を指摘すると、教師たちは皆きまり悪そうに押し黙った。

 

「つまり、そういうことじゃ。責任の所在など追及しておっても埒が明かん。わしも含めて、油断しておった皆の責任だとしか言えぬからのう。それよりも、今話し合うべきは犯人をいかにして捕え、奪われた秘法を取り返すかじゃよ」

 

教師たちは真剣な顔をして頷き、オスマンの次の言葉を待った。

窮地を救われたシュヴルーズは感激のあまりオスマンへ抱きついていたが、当のオスマンはやんわりとそれを引きはがしつつ、ルイズへと目を向ける。

 

「ではまず、昨夜ゴーレムらしき物を見たという者に話を聞こう。ミス・ヴァリエール、話を聞かせてもらえるかの」

「は、はい」

 

ルイズは緊張した面持ちで一歩前へ出る。リウスはルイズの後ろでおとなしくしていた。

 

「目撃したのは私と、私の使い魔のリウスです。目撃したといってもほんの少しだけですが・・・。まず、窓がかすかに震えているのをリウスが見つけました」

「サイレントの呪文じゃの。サイレントで音を消しても、空気の震えは止められぬからのう」

「はい。私たちが見たのはゴーレムが立ち去る瞬間でしたが、音は全くしていませんでした。巨大なゴーレムはあちらの方、森の方角へと歩いて行きましたが、途中から暗闇に紛れて見えなくなりました。私たちが見ていたのは、それだけです」

 

ルイズが壁の大穴から見える森に向かって指を差した。

そこには確かに一部の木々が倒れた跡と、こんもりとした土の塊があった。

 

「ありがとう、ミス・ヴァリエール。盗賊はあそこでゴーレムを崩して逃げて行った訳じゃな。他に、何か気になる点はあったかの?」

「いえ、真っ暗だったので私には何とも・・・。私の使い魔のリウスも、暗くてよく見えなかったと言っていました」

「そうか。ふむ、犯人を捕らえるのには手がかりが足りぬの。・・・後は、ミス・ロングビルの調査を待つしかないか」

 

オスマンは思案気に髭をなでながら呟いた。

 

昨夜のことである。

彼の秘書であるミス・ロングビルは事態を把握すると、夜も明けきらぬ内からこの事件についての聞き込み調査へと向かっていたのだった。

近隣の農家を手当たり次第に当たってくる、ということだ。

 

オスマンが呟くのとほぼ同時に、ミス・ロングビルが帰ってきた。

 

「ただいま戻りましたわ」

「おお、ミス・ロングビル。ちょうど良いところに戻ってきたのう。思ったよりも早かったが、調査はもう済んだのかね?」

「いえ。まだ途中だったのですが、気になる情報があったのです。そのため、早急にお知らせしようと調査を切り上げて戻ってきたのですわ」

 

皆がロングビルに注目する中、彼女はその情報について簡潔に説明する。

 

何でも、ここ最近、近くの森の廃屋に怪しげな人物が出入りしていたのを目撃していた農民がいたとのこと。

農民は森で山菜を集めていたらしいのだが、その怪しげな人物はまるで人目に避けるかようにローブを着込んで顔や姿を隠しており、頻繁にその廃屋へ荷物を運び入れたり、逆に持ち出したりしていたそうだ。

その荷物の中には、大きめの絵画や装飾品が見えたこともあったという。

 

「まだ断定はできませんが、仮にその不審人物がフーケだとすると、件の廃屋へと盗品を隠していたのかもしれません。そうなのであれば、盗まれた秘宝もそこに運び込まれた可能性が高いと思いますわ」

「ふむ・・・、なるほどの。よくやってくれた、ミス・ロングビル」

 

確かに、その人物は不審である。

フーケの可能性は充分にあるし、フーケでなかったとしても別の犯罪者なのかもしれない。

 

オスマンは目を細めて、ロングビルに尋ねる。

 

「その場所は近いのかね? 君か、もしくは話を聞いた農民に、その廃屋へ案内してもらうことはできるかの?」

「はい。馬を飛ばせば2、3時間ほどで到着できる距離です。場所は聞いておきましたので、私が案内できます」

「よし、それだけ分かれば十分に調査できますぞ! 学院長、すぐに王室へ報告しましょう。その場所へ衛士隊を差し向けてもらわなければ!」

 

オスマンはそう提案したコルベールに顔を向けると、目を剥いて一喝した。

 

「馬鹿者! 王室なぞに報告して決定を待っておっては時間がかかりすぎるわ! 捕らえられるものも捕えられぬじゃろうが! 仮に助力を仰ぐにせよ、その場所が犯人の隠れ家なのかも分からん。助力など論外じゃ!

 ・・・そもそも、これは魔法学院の問題じゃろう。身に降りかかる火の粉も払えずに王室へと問題を丸投げしておるようでは、貴族としての面目が立たぬではないか!」

 

普段の好々爺とした姿からは想像もつかないような迫力と威厳だった。

コルベールに同調しようとしていた教師たちも困ったように顔を見合わせたり、恥ずかしそうに俯いたりしている。

 

「・・・何度も言うようじゃが、これは魔法学院の問題じゃ。そのため、今から調査に赴く有志を募ろうと思う。我こそはと思うものは、杖を掲げよ」

 

しかし、しばらく待つも誰も杖を掲げない。

気まずい沈黙が宝物庫に漂う。

 

その様子に、ルイズがすっと杖を掲げた。その光景にその場にいた誰もが驚いた顔をする。

 

「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです、貴方は生徒ではないですか! ここは教師に任せなさい!」

「でも、誰も杖を掲げないじゃないですか!」

 

ルイズが声を上げると、その言葉に教師たちは顔をしかめて口を閉ざした。

 

彼らは、教師である自分が危険な盗賊であるフーケと戦うなんて有り得ない、と思っていたのだった。

そしてルイズが杖を掲げた後でも、彼らはざわざわと教師同士で話し合うだけである。

 

その様子にオスマンが呆れていると、宝物庫の扉が開いた。

扉の外にいた衛兵が困った表情を浮かべている。

 

「私も一緒に向かいますわ」

 

入ってきた人物、キュルケが杖を掲げてそう宣言した。

その後ろから姿を現したタバサ、ギーシュも同様に杖を掲げる。

どうやら、今までの話を扉の前で盗み聞いていたようだ。

 

「貴方たちまで何をやっているのです!」

 

シュヴルーズが声を上げると、キュルケは赤髪をかきあげた。

 

「ヴァリエールには負けていられませんもの。でもタバサ、あなたはいいのよ。関係ないんだから」

 

そう言われたタバサはキュルケを見上げると、「・・・心配」と一言呟いた。

その様子に感激した様子のキュルケはタバサに抱きついてお礼を言っている。

 

その横に立つギーシュの杖はかすかに震えていたが、ますます真剣な顔をしたかと思うと口を開いた。

 

「わ、私、ギーシュ・ド・グラモンも志願させていただきます! 少しでも彼女らの身の安全を守れるように!」

 

一方でリウスはその様子を黙って見ていたのだが、正直な所このメンバーでは危険だと考えていた。

 

犯人が『土くれ』のフーケとやらであった場合、相手は熟練のメイジとなるかもしれない。

戦いの経験があるならともかく、半人前の学生を現地に向かわせるなどもっての外である。

 

教師たちからも「何を馬鹿な」「危険すぎる」という声が上がるが、彼らの誰も杖を掲げる様子はない。

それを見たオスマンが教師らに向かって重々しく口を開いた。

 

「では何故、彼らよりも先に杖を掲げなかったのだね? そして、今になっても何故杖を掲げないのだ?」

 

教師らがぐっと押し黙ると、オスマンは更に続けた。

 

「その様子では、今さら杖を上げられてもいささか頼りないのう。それに我々は皆、犯罪者の捕縛などに関しては専門外じゃ。このような状況では教師も生徒もさして変わらぬ。

 それに彼らは並のメイジではない。勝手に盗み聞いていたことは、褒められたことじゃないがの」

 

オスマンはルイズ達に向き直ると、その深い瞳をタバサに向けた。

 

「まず、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いておる」

 

その言葉に、キュルケやルイズ、ギーシュだけでなく、教師たちですら驚いている。

リウスには何のことだかよく分からないが、周りの反応を見るに実力があるということだろうと解釈した。

 

『シュヴァリエ』の称号は、純粋に自身で行なった偉業に対して与えられるものである。

最下級ではあるが、それをこんな年端もいかぬ少女が持っていることに周囲は驚きを隠せないでいた。

 

「そして、ミス・ツェルプストー。ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身も優秀なトライアングルのメイジである。

 ミスタ・グラモンは元帥である父を持ち、彼もまた高名な軍人を数多く輩出している家系の出じゃ。ドットではあるが、儂はラインに近い力を持つと思っておる。ちと危なっかしいがの。先ほどの宣言を聞くに、十分な働きをしてくれるじゃろうて」

 

キュルケが自慢げな顔をしている一方、ギーシュは感激した様子でオスマンを見つめていた。

 

「ミス・ヴァリエールは、かのヴァリエール公爵家の息女であり、将来有望なメイジだと聞いておる。そしてその使い魔は、東方のメイジじゃ」

 

その言葉を聞いた教師からざわついた声が上がった。

ふと、オスマンはルイズの後ろに立つリウスを見つめる。

 

「ミス・リウス。儂は学院長としてこの学院に留まらなければならぬ。すまぬが、儂の代わりにこの子達を守ってくれるかの?」

 

リウスは自分を見つめるオスマンの目を、じっと見つめ返した。

どうやらこのメンバーで大丈夫だと本当に思っているようだ。

 

「もちろん、私も行かせていただきます。この身に代えてもこの子達を守りましょう」

 

そのリウスの言葉にオスマンは満足そうに微笑んだ。

 

教師たちは未だにざわざわと何かを話し合っているようだった。

その中には、「使い魔如きに何が出来るのか」「何故、あんな訳の分からないメイジを頼りにする必要が」と不平不満を呟いている教師もいるようだが、オスマンがそんな教師たちに鋭い目を向けると、ざわついた教師陣は一様に口をつぐんだ。

 

「教師の諸君。異論のある者は、前に出たまえ」

 

しばらく待って誰も名乗りを上げないのを確認すると、オスマンは再度ルイズ達に向き直った。

 

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族としての義務に期待する」

 

ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人は直立すると、杖にかけて誓ってから恭しく一礼する。

リウスは一礼をしただけだったが、彼女たちを守ると胸の内で誓った。

 

「では、ミス・ロングビル。この子らの案内をよろしく頼む」

「はい、お任せください。ところで、出発の前に一つお伺いしたいことが」

 

ミス・ロングビルは軽くお辞儀をすると、上目遣いにオスマンを見た。

 

「秘宝について、詳細を伺ってもよろしいでしょうか。今朝お話しした際には箱だと言われていましたが、その箱には中身が入っているのですか?」

「ふむ・・・、そうじゃな」

 

確かに、あの箱が開けられていては秘宝を奪回することなど出来ないだろう。

そう思いつつもオスマンはしばし躊躇ったが、少し考えた後に重々しく口を開いた。

 

「箱の中身は、本じゃ。二冊入っておるが、一冊は偽物となっておる」

「その、偽物かどうかの区別はつくのでしょうか」

「・・・いや、儂でなければ分からないじゃろうな。二冊とも金の装飾がついておって、読めない字で書かれているはずじゃ」

「かしこまりました。それでは行って参ります」

 

ロングビルはそう言うと、ルイズ達を促しつつ宝物庫を後にした。

 

(クソジジイめ・・・。用心深いのにも程があるわ)

 

その道中、ロングビルは胸の内で毒づいていた。

 

(仕方がない、こいつらを人質に使うしかないか)

 

このミス・ロングビルこそ、魔法学院の『繋がりの秘宝』を盗んだ『土くれ』のフーケなのであった。

 


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