Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
第一話 予期せぬ出会い
あまりの眩しさに目を開けると、深く青い空が目の前に広がっていた。
まるで長い間暗い場所にいたかのように目の前がチカチカする。
いつの間に外で寝ていたのだろうか、青臭い草の匂いと優しくそよぐ風が心地良い。
「あの! もう一度召喚させてください!」
少女の声が聞こえてくる。
「お願いします!」と、まるで子犬が喚くかのように甲高い声でしきりに誰かへ訴えていた。
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
今度は落ち着いた中年男性の声が聞こえてくる。
「どうしてですか!」と訴える少女の声に対して、中年の男はゆっくりと諭すように続けた。
「決まりなんだ。春の使い魔召喚は二年生の進級に必要なだけでなく、神聖な儀式だと君だって知っているだろう。望む使い魔が召喚されなかったからといって、やり直すことは出来ない」
「だ、だからって人間なんて」
「確かに動揺するのはもっともだ。しかし、まずは彼女を介抱しなくては」
リウスは彼らが近づいてくるのを感じた。
痛む頭を押さえながらゆっくりと上体を起こすと、頭上から声をかけられる。
「おお、気が付かれましたかな」
「・・・あなた達は?」
頭だけでなく身体中がズキズキと痛んでいる。
ここの連中か、もしくは近くのモンスターに何かされたのだろうか。
しかし、自分の体を見ても傷一つついていない。
どうやら寝ていたのではなく気絶していたようだ。
ここに来る前に何をやっていたのか思い出そうとしても、頭に霧がかかったようでうまく思い出すことができない。
リウスが痛む頭に手をやると、背中まで伸びる自分の薄桃色の髪が三つ編みのように結わえられていた。
この結わえ方は冒険に出る時のものだ。傍らには、同じく冒険時に持ち歩いている傷だらけの荷物袋が転がっている。
ふと自分の装いを確認してみると、冒険者としてのセージ(賢者)の正装をしていた。
胸元には布の胸当てしかなく、肩には二の腕までしかないローブがかかっていた。
下半身には前掛けのような布きれと、背後からの攻撃を防ぐ分厚い布でできた防具。
脛まで伸びる革製の靴は遠出する際のお気に入りだ。
セージになったばかりの頃は恥ずかしい恰好だと思っていたが、今はもう恥じらいなど残っていなかった。
この恰好は、見た目よりも戦闘を主軸に据えられているのだ。
ほんの少し思索にふけった後、見上げると中年男性と少女がすぐ近くに立っていた。
先ほどの声の主だろう。男性は丸いフレームの眼鏡をかけており、額から頭頂部にかけて禿げあがっている。
少しこけた頬に小さい耳。しかしその顔には彼自身の優しさがにじみ出ており、心配そうにこちらを窺っている。
その隣には鳶色の瞳と濃い桃色の髪をした少女がいた。
十二、三歳だろうか。両腕を胸の前で組み、半目でこちらを睨み付けている。
友好的には見えないが、随分と端正な顔立ちだった。私の淡い桃色の髪とは違い、鮮やかでウェーブのかかった濃い桃色の髪が彼女の雰囲気になじんでいる。
「あんた誰?」
ぶすっとしていた少女がぶっきらぼうにそう告げた。
モンスターに襲われていたのだとしたら、彼らに助けられたのかもしれない。
「冒険者のリウスと言います。助けていただいたようで、ありがとうございます。貴方方は?」
「ボウケンシャ? 何よそれ、どこの平民かって聞いてるのよ。しかもアンタ、凄い恰好してるわね」
リウスは質問を無視されたことをさほど気にした様子もなく、目の前の桃色髪の少女の装いをざっと見る。
この少女は白い服にひらひらした黒いスカートを着て、そして上等そうな黒いローブを羽織り、首元には五芒星の紋章があった。
その姿はゲフェンの魔法使い達とは随分と違う恰好だった。
ゲフェンとは、『剣と魔法の王国』ルーンミッドガッツ王国における最大の魔法都市だ。
言い伝えによると魔法都市ゲフェンははるか昔に存在していた巨大な王国の様相を受け継いでおり、その王国によって生み出されたありとあらゆる魔法が連綿とゲフェンのウィザード達に語り継がれているという。
過去の魔法はその大半が失われているが、かつて失われた魔法を基にあらゆる新しい魔法が生み出され続けている。
そして今もなお、強大な魔力を操るウィザード達のギルドを中心に、数多くのウィザードや見習い魔法使いであるマジシャン達が暮らしている。
リウスもほんの4,5年前までマジシャンとしてゲフェンで暮らしていたため、ウィザードやマジシャンの装いをよく知っていたのだった。
それにしても、冒険者のことを知らないとは。
つまり今いる場所はルーンミッドガッツ王国のみならず、シュバルツバルド共和国ですらないようだ。
ルーンミッドガッツ王国が『剣と魔法』を主軸とする一方、シュバルツバルド共和国は『科学』という技術の開発を中心にしている巨大国家である。
ルーンミッドガッツ王国の北にあるミョルニール山脈を国境として隔てており、この二大国家は表向き友好関係にあたるため、交易も盛んに行なわれていたはずだ。
つまり、今いるこの場所はこれら二つの大国とすら交易を結んでいない異国なのかもしれない。
リウスがなんとなく嫌な予感を巡らせていると、少し遠くから野次のような声が飛んできた。
「ルイズ、サモン・サーヴァントで平民を呼び出すなよ!」
「どっかの踊り子か何かかしら? 凄い恰好してるわね、お腹といい足といい、丸見えじゃない」
「しかも、ちょっと髪が桃色じゃないか? ルイズとお似合いだな!」
リウスが声の方向を見ると、遠巻きに少年少女たちがこちらを見て笑っていた。
彼らは皆、このルイズという少女と同じような恰好をしている。
「う、うるさいわね! ちょっと間違えただけよ!」
ルイズと呼ばれた少女はリウスから視線を外すと、キッと彼らを睨み付け怒鳴り散らしている。
リウスは『呼び出す』という言葉が気になった。
また、これは予想通りではあるが、ジュノーに暮らすセージの正装も見たことがないようだ。
セージたちが住む都市ジュノーはシュバルツバルド共和国の首都であり、強大な魔法の力によって空中に浮いているため観光地としても有名である。
「間違えたって、ルイズはいっつもそうじゃん!」
「さすがはゼロのルイズだ!」
遠慮なんて考えもせずに大きな声で爆笑する少年少女たち。
ルイズと呼ばれた少女は怒りを堪えプルプルと震えていたが、リウスは目の前のあまりにも平和な光景に思わず目を細めた。
「失礼、ミス。私はこのトリステイン魔法学校で教師をしているコルベールというのですが、失礼ながら少々お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
様子を窺っていた中年の男、コルベールが声をかけてくる。
魔法学校というとゲフェンで言うところのマジシャン(魔術師)ギルドのようなものだろうか。
少年少女らは若すぎる上に戦闘経験もそれほど高くないように見えるので、彼らは見習いのマジシャン達だと考えると納得が出来る。
実力者といえる力を持っているのは遠目に見える子供らの数人と、そしてこのコルベールくらいのものだろう。
「それは構いませんが。ええと、コルベールさん。すみませんが、ここがどこなのか教えてもらってもよろしいですか?」
いいですよ、とにこやかにコルベールは話し始めた。
「ここはトリステインです。ハルケギニアにある国の一つ、トリステイン。貴方は彼女、ルイズ・フランソワーズに召喚の儀式で呼び出されたのです」
やはり私が知っているシュバルツバルド共和国やルーンミッドガッツ王国、アルナベルツ教国、それらの周辺国や、アッシュバキュームといった異世界のいずれにも属してないようだ。これもおおよそ予想通りである。
しかし『召喚の儀式』というのはどういう意味だろう。
「あのう。召喚、とは?」
「ああ、気を悪くされないで下さい。何せ誰もこんな事が起こるなんて思っていませんでしたからね。使い魔の儀式で人間が呼び出されるなんて。貴方を呼び出した彼女は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言います。ここトリステインでは名門と名高いヴァリエール公爵家の三女なのです」
使い魔の儀式。リウスはどんどん強くなる嫌な予感に眉をしかめた。
「コルベールさん。シュバルツバルド共和国、ルーンミッドガッツ王国、といった言葉に心当たりはありませんか?」
「シュバルツバルド、ルーンミッドガッツ、ですか。いえ、聞いたことはありませんね」
つまり、このルイズとかいう小さい子に、使い魔として、ルーンミッドガッツ王国を聞いたことすらない異国へと呼び出されたと。
しかもこのルイズとやらは貴族のおエライさんの子供のようだ。
貴族とか王族とかいう奴らは信用ならない、それがリウスの見解である。
今まで会ってきた地位のある人たちを思い浮かべると、事あるごとに、アレを持ってこい、ココに行ってこい、と使いっ走りのように扱われてきた気がする。
指定の場所に行ったら、いきなり見知らぬ人にナイフを投げつけられたこともあった。
もちろん立派な人もいたが、大体がとんでもない連中である。
ふと遠目に見える少年少女らに目をやった。
コルベールの言う通り、自分のような人間らしき使い魔は見当たらない。彼らの傍らには召喚されたと思われる見たことのない生物がいる。
「シュバルツバルド? ルーンミッドガッツ? どこの田舎よ! ミスタ・コルベール! やっぱりもう一度使い魔の召喚をやり直させてください!」
黙って聞いていたルイズがもう我慢できないとばかりに声を張り上げた。コルベールは眉間にシワを寄せてルイズに振り返る。
「落ち着きなさい、ミス・ヴァリエール。何度も言うようですが、もう召喚は行われたのです」
なおもルイズは反論をしようとしたが、コルベールはリウスの方へ再度向き直った。
「ミス・リウス。先ほどもお伝えしたように、貴方はミス・ヴァリエールに彼女の使い魔を呼ぶ呪文『サモン・サーヴァント』で呼び出されてしまったのです。そして、この春の使い魔召喚の儀式は昔からの伝統で、呼び出された生き物を使い魔として契約せねばなりません。
どうやら貴方はこの地ではない異国、例えば東方の出身などかと思われますが、彼女と使い魔の契約を結んでいただけませんでしょうか。当然、貴方の衣食住は主人となるミス・ヴァリエールが負担いたします」
丁寧に説明しているが、凄まじい言い分である。
どこの誰とも分からない人間を勝手に召喚するという誘拐まがいのことをしておいて、更に使い魔とやらになれ、ということのようだ。
ちなみに、コルベールもその事に気付いていたので少し気後れする部分があった。
しかし使い魔というものは貴族の大事なパートナーである。
そのため、いかに小さなネズミであったとしても周りの者からその主人に近い身分として扱われる。
しかも、ミス・ヴァリエールはあのヴァリエール公爵家である。一介の平民にとって、その使い魔という地位はこの上ない身分だといえるだろう。
ただ順を追って説明している内に、ダメかもしれない、という気持ちが大きくなってきた。
この呼び出された女性は表情が分かりやすい。最初は感謝の笑みを見せていたが、ミス・ヴァリエールが召喚したことを告げたあたりから悩んだように顎に手をやっている。
一方、コルベールの説明を受けたリウスは少し不快感を思いつつも、セージとしての知識欲がムズムズと刺激されるのを感じていた。
互いに契約もしていない相手を無作為に呼び出す呪文、見たことのない生物たち。ここの魔法使い達の魔力の流れもちょっとおかしい。
もしかしたら、彼らの魔法は私の知らないものなのではないか。
「私は冒険者なので、滞在という形であれば別に構わないのですが・・・。使い魔というものが何なのか、もう少し詳しく聞いてからでもよろしいでしょうか」
「おいおい。ルイズの奴、使い魔の平民に契約を渋られてるよ!」
「さすがゼロのルイズ! 平民にもルイズがゼロだって分かるのかしら!」
「暇になってきたよ。早く契約してくれよー」
暇を持て余していた生徒らの間から、また野次の言葉が漏れ出した。それを聞いたルイズの頬にかあっと赤みが差す。
「うるさいわね! 黙って待ってなさいよ!」
ルイズがきゃんきゃんと喚いている時、リウスの要望を聞いていたコルベールは、やはりどうやらまだ時間がかかりそうだと内心ため息をついていた。
これが普通の使い魔であればさっさと契約をすれば済む話である。
しかし、今回呼び出されてしまったのは人間なのだ。もちろん彼女にも意思があり、家族だっていることだろう。
人間を相手にあれよあれよと契約まで済ましてしまうのは、後々の問題に発展しかねない。
しかし、ずっと失敗続きだったミス・ヴァリエールにとっては初めて成功した魔法である。しかもこれは大切な使い魔召喚の儀式なのだ。
彼女が呼び出した使い魔に拒否されるような事態だけは避けなければならない。
「確かに、もっと話し合う必要がありますね。私は人間が召喚されたことを学園長にお伝えしなければなりません。授業の時間も押してしまっていますので、後はミス・ヴァリエールに詳しくお聞きください。ミス・リウス、それでよろしいですか?」
ルイズが口を挟もうとするが、リウスはちらりと彼女を見るだけでコルベールに答える。
「ええ、ではそれで」
「分かりました。ではミス・ヴァリエール。彼女に説明をしてもらえるかね。今日の授業は公欠扱いとするから、ミス・リウスと納得のいくように話し合いなさい。契約を済ましたら私に伝えるように」
そう言うと、コルベールは他の生徒達へ次の授業に出席するよう伝えた。
ルイズは横目でこちらを睨みながら、使い魔が契約を渋るなんて、とブツブツ言っている。
コルベールの指示を聞いた生徒たちは互いに談笑しながら呼び出したばかりの使い魔を連れ、ふわりと宙に浮かび上がると、遠目に見える建物へ飛んで行ってしまった。
ルイズとその使い魔とのやり取りを囃し立てていたものの、実のところルイズの失敗に付き合わされ、内心退屈しきっていたのである。
リウスは少し遠くに見える建物へ文字通り飛んで行った生徒達を、目を丸くして見つめていた。
「なにあれ、何かの魔法?」
「はあ? レビテーションも知らない訳? もう、私たちも行くわよ。歩きながら説明するから」
やっぱり私の知っている魔法と全然違う。
未知の土地に、未知の魔法。
リウスはワクワクする気持ちを抑えつつ、さっさと歩いていく目の前の少女についていくのだった。
※一部の文章が読みづらくなっていたので、段落やレイアウトを修正しました。