声を失った少年【完結】   作:熊0803

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初投稿。第一話です。


【第一章】〜物語は動き出す〜
1.声を無くした少年は、かつて救った少女との再会を果たす。


 …あら?

 

 

こんにちは、皆さん。ようこそ、この世界線へ。私?私は…そうね、白とでも呼んでちょうだい。

 

 

 

 さて。それじゃあそろそろ始めるわ。

 

 

 見に来たのでしょう?ある世界では二人の少女へ踏み出した少年。その、あるいはあったかもしれない別の物語を。

 

 

 

 これから話すのは、傷ついて傷ついて、多分心を見ることができればボロボロでなんとか繋がっている状態の、そんな少年の物語。

 

 

 声を無くした彼は、かつてある一人の少女と出会う。その少女と再会したところから、始めましょうか。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「高校生活を振り返って」

 青春とは嘘であり、悪である。

 青春を謳歌せしものたちは常に自己と周囲を欺く。

 自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

  何か致命的な失敗をしても、それすら青春の証とし、思い出の1ページに刻むのだ。

  例を挙げよう。彼らは万引きや集団暴走という犯罪行為に手を染めてはそれを「若気の至り」と呼ぶ。

  試験で赤点を取れば、学校は勉強をするためだけの場所ではないと言い出す。

  彼らは青春の二文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。彼らにかかれば嘘も秘密も、罪科も失敗さえも青春のスパイスでしかないのだ。

 そして彼らはその悪に、その失敗に特別性を見出す。

  自分たちの失敗は遍く青春の一部であるが、他者の失敗は青春ではなくただの失敗にして敗北であると断じるのだ。

  仮に失敗することが青春の証であるのなら、ひとりぼっちの人間が失敗したとしてもまた青春ど真ん中でなければおかしいではないか。しかし、彼らはそれを認めないだろう。なんのことはない。すべて彼らのご都合主義でしかないなら、それは欺瞞であり逃避だろう。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾されるべきものだ。

 彼らは悪だ。

  それならば、逆説的に青春を謳歌していないものの方が正しく正義である。結論を言おう。

 青春を謳歌せしものどもよ、

 砕け散れ。

 

  国語教師の平塚静は額に青筋を立てながら、俺の作文を大声で読み上げた。

 

  こうして聞いていると、自分の文章力がまだまだだということに気づかされる。

 

 小難しい単語を並べれば頭が良さそうに見えるのではないかという、どこぞの売れない作家が考えそうなこすい思考が見透かされる気分である。

 

 さて、なぜ俺は呼び出されたのだろうか。

 

 はい、わかってます。この作文についてですよね。

 

平塚先生は読み終わると額に手を当てて深々とため息をついた。

 

「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題は何だったかな?」

 

 ポケットから携帯を取り出すと、アプリを開いてそこに文章を書き、ボタンを押した。すると機械的な声が職員室に響く。

 

『高校生活を振り返って、というテーマの作文でしたが』

「そうだな。それでなぜ君はこんなことを書き上げてるんだ?私を舐めているのか?それとも単純にバカなのか?」

 

 平塚先生はため息を吐くと悩ましげに髪を搔き上げた。

 

  そういえば、女教師という漢字はじょきょうしよりも、おんなきょうしとルビを振った方が色気があるような気がする。

 

 そんなことを考えていると、ギロッと睨まれた。

 

「真面目に聞け」

「ー」

「君の目はあれだな、腐った魚の目のようだな」

『DHA豊富で賢そうですね』

 

  変換に少し時間をかけてそう言うと、平塚先生の口角がひくっとつり上がった。だが次の瞬間にははあ、とため息をつく。

 

「君と会話するのは一苦労だな」

 

  それに対して俺は肩をすくめる。

 

 なぜ先ほどからこんな面倒くさいやり取りをしているかというと、とある事情で俺は喋れないからだ。

 

 そのため、いつでも書き込んだ文章をそのまま発声できるアプリを開けるよう、携帯を持ち歩いている。

 

「普通こういうときは自分の生活を省みるものだろう。それがなぜ男子高校生の生態を書き上げている」

『でしたらそういう前置きをしておいてもらえますか。そうすればその通り書くので』

 

  そう言うと、平塚先生は不機嫌そうな顔をする。ちなみにこのアプリは書いたことを一括削除できるので、ある程度やりとりをする時間は短縮できる。

 

「小僧、屁理屈を言うな」

『そりゃ確かに先生の年齢からすれば俺はまだまだ小僧ですが』

 

 風が吹いた。

 

  グーだ。ノーモーションで繰り出されるグー。これでもかというくらいに見事な握り拳が俺の耳を掠めていった。

 

「次は当てるぞ?」

『すみませんでした。書き直してきます』

 

 謝罪と反省の意を表すのに最適な単語のみを並べる。

 

  だが、平塚先生は満足しなかったようで、ガタッと勢いよく背もたれに体を預けた。

 

「私はな、怒っているわけじゃないんだ」

 

 ……あー、出たな。

 

  もっとも面倒臭いパターンの一つ、「怒らないから言ってごらん?」である。そう言いながら今まで怒らなかった人間を見たことがなかった。

 

  だが、意外にも平塚先生は本当に怒っているわけではないようで。少なくとも歳の話以外は。俺は恐る恐る平塚先生を見る。

 

  平塚先生はこれでもかと服を押し上げる胸元のポケットからセブンスターを取り出すと、フィルターをトントンと机に叩きつける。おっさん臭ぇ。

 

  葉を詰め終わると、百円ライターでかちっと火をつける。ふうっと煙を吐き出すと、至極真面目な顔でこちらを見据えた。

 

「君は部活やってなかったよな?」

『はい』

「………友達は、いるのか?」

 

 少し気遣わしげな声で聞かれる。

 

『こんなんで、友達ができると思いますか?』

 

 まあ、実際は片手で数えるくらいはいるけど。

 

  俺が返した回答に、平塚先生は顔をしかめた。しばらく黙りこんでいたが、やがておもむろに口を開く。

 

「…とりあえず、レポートは書き直しだ」

 

ですよね、わかってます。

 

「それと、私への暴言の罰として奉仕活動をしてもらおう」

 

 …奉仕活動?

 

 ついてきたまえ、と言って平塚先生は職員室から出て行った。

 

 俺はもう一度肩をすくめると、おとなしくその後を追った。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

  この総武高校は、少し歪な形をしている。

 

 上空から見ると丁度「口」のような形をしていて、この下にちょろりと視聴覚棟の部分を突き出してあげれば我が校の俯瞰図が完成する。

 

 道路側に教室棟、それと向かい合うように特別棟がある。それぞれは2階の渡り廊下で結ばれており、これが四角形を形成するのだ。

 

 そして校舎で四方を囲まれた空間がいわゆるリア充どもの聖地、中庭。

 

 彼らは昼休みにここで男女混合で昼食をとり、腹ごなしに運動をする。放課後は暮れなずむ校舎をバックに愛を語らい、潮風を浴びて星を見る。

 

 舐め腐ってんだろ。

 

  俺からすれば青春ドラマの配役を頑張って演じているような、そんな薄ら寒さしか感じない。その場合の俺の配役は「木」くらいだろうか。

 

平塚先生がリノリウムの床をかつかつ言わせながら向かうのはどうやら特別棟のようだ。

 

…嫌な予感がする。

 

まあ、一人でやるのならそこまで悪くはない。心のスイッチを切ってひたすら「自分」を排せばいいのだから。最終的には工場のロボットくらい無心になるまである。

 

「着いたぞ」

 

先生が立ち止まったのは何の変哲もない教室。

 

 プレートには何も書かれていない。

 

俺が不思議に思って眺めていると、先生はからりと戸を開けた。

 

その教室の隅っこには机と椅子が無造作に積み上げられている。倉庫として使われているのだろうか。他の教室と違うのはそこだけで何も特殊な内装はない、いたって普通の教室。

 

 だが、そこがあまりにも異質に感じられたのは、一人の少女がそこにいたからだろう。

 

 

 

少女は、斜陽の中で本を読んでいた。

 

 

 

  世界が終わりを告げても、きっと彼女はこうしているんじゃないか、そう錯覚させるほどに、その光景は絵画じみていた。

 

 それを見た時、俺の中の時間が止まった。

 

 ーー不覚にも見とれてしまったのだ。

 

 彼女は来訪者に気づくと、文庫本に栞を挟み込んで顔を上げた。

 

「平塚先生。入る時にはノックを、とお願いしていたはずですが」

 

  端正な顔立ち。流れる黒髪。クラスの有象無象の女子たちと同じ制服を着ているはずなのに、まるで違って見えた。

 

「ノックをしても君は返事をした試しがないじゃないか」

「返事する間もなく、先生が入ってくるんですよ」

 

 平塚先生の言葉に、彼女は不満げな視線を送る。

 

「それで、その目の腐った男は?」

 

 ちろっと彼女の冷めた瞳が俺を捉えた。

 

 俺はこの少女を知っている。そして、覚えている。

 

 

 二年J組、雪ノ下雪乃。

 

 

  総武高校には普通科9クラスの他に国際教養科というのが一クラスある。このクラスは普通科よりも二〜三偏差値が高く、帰国子女や留学志望の連中が多い。

 

 その派手、というか自然と注目を集めるクラスの中でひときわ異彩を放っているのが雪ノ下雪乃だ。

 

 彼女は定期テストでも実力テストでも常に上位5位に鎮座する成績優秀者。

 

 そして、もうひとつ加えるならばその類い稀なる優れた容姿で常に注目を浴びている。

 

  まぁ、端的に言うと学校一と言っても過言ではないくらいの美少女で、誰もが知る有名人というところだ。

 

 

かたや俺は校内でも知る人はほぼいない、孤独な一般生徒。

 

  だから、彼女が俺のことを知らなくても、いや覚えていなくとも傷つく要素はどこにもない。だが、目の腐ったという表現にはちょっぴり傷付いた。

 

「彼は比企谷。入部希望者だ」

 

  平塚先生に促されて、俺は会釈をする。多分このまま自己紹介でもさせられる流れなのか。

 

『二年F組、比企谷八幡。 それと、初対面のやつに目が腐ったとか失礼なやつだな』

 

俺の書いた文章にぴくっと眉を上げ、こちらを睨み据える雪ノ下。

 

「…あなたこそふざけているの?人と話す時はちゃんと自分の口で喋りなさい」

 

  この手の反応は手馴れたものだ。そう思い再び手を走らせようとしたが、その前に平塚先生が口を開く。

 

「こいつは喉が潰れていてな。声帯が機能しなくなってるんだ。許してやってくれ」

 

 その言葉に、雪ノ下は目を見開く。おい、普通そういうことサラッと言うか?

 

 ……ま、いいや。

 

  今しがた言った通り、俺は喉が潰れている。そのため他人との会話もまともにできないのだ。

 

 

  何も今更動揺することもない。昔のこいつを除いて皆同じ反応をした。

「…その、ごめんなさい。あなたの事情も知らないで」

 

  すると驚いたことに、雪ノ下は頭を下げてきた。今まで気味悪いと言い罵る奴は山ほどいたが、謝られたのは初めてだ。

 

 

 ふるふると頭を横に振って、メモ帳に単語を継ぎ足す。

 

『気にするな。もう慣れてるから』

 

  とは言ったものの、二人の間には気まずい雰囲気が流れる。

 

  永遠に続くかと思われたそれだが、再び口を開いた平塚先生によって沈黙は終わった。

 

「まあそういうわけで、こいつはろくに他人とコミュニケーションをとれない。だから少しでもこの部屋で他人と意志を疎通するということを覚えてもらいたい」

「…そういうことでしたら、承ります」

 

  未だ目尻を下げながらも、雪ノ下は頷いた。それに対して平塚先生は満足げに微笑む。

 

「そうか。なら、後のことは頼む」

 

  とだけ言うと、先生はそのまま部屋をさっさと出て行ってしまった。

 

  またしても気まずい雰囲気が、部屋の中に溢れた。

 

 いつまでも突っ立ってるわけにもいかないので、近くにあった椅子に座り込む。カバンの中から本を取り出そうとしたが、ふと気になったことがあったのでメモ帳を開いた。

 

つらつらと短い文を書くと、コツコツと爪で机を叩く。

 

  幸いにしてそれで気づいてくれたようで、雪ノ下は何?という視線を投げかけてきた。携帯に指を走らせ、ボタンを押す。

 

『ここってなんの部活なんだ?』

 

  奉仕活動とは聞いたが、いかんせんなぜそれで部活に入部させられるのかが理解しがたい。

 

  俺の問いに対して、少し考え込むような素振りを見せた後、文庫本から手を離すと何事か考え始める。

 

 

 やがて何か考え付いたのか、雪ノ下は口を開く。

 

「そうね、ではゲームをしましょう。逆に何をする部活だと思う?」

 

 俺は天井を見上げて頭の中で情報を巡らせる。

 

  自慢ではないがこんななりなので一人でやるゲームはかなり得意だ。ゲームブックや謎々の類は一定の自信がある。

 

  何もない部室、おそらく一人だけであろう部員、そして読書をする少女。

 

 とりあえず頭に浮かんだ単語を書いて、さっきと同じことをする。

 

『文芸部的なことか?』

 

 俺の回答に雪ノ下は目を細める。

 

「へえ…その心は?」

 

  ちょいちょい、と指を動かす。

 

『特殊な環境、特別な機器を必要とせず、頭数がいなくとも廃部にならない。つまり、部費が必要でない部活ということだ。そしてお前は本を読んでいる。だから答えは文芸部だ』

 

  長い文章なので、数分時間がかかった。いかんな、もっと素早く文字を打てるように訓練しなければ。

 

  真実はいつも一つ!とかいうメガネの小学生ばりの立論。この回答にはそれなりの自信がある。

 

 さすがの雪ノ下も感心したのか、ふむと小さく息をつく。

 

「不正解」

 

 あら、間違えちゃった☆

 

 うん、キモいわ。だがそれだと何になるんだろう?

 

 降参、という意をこめて両手を挙げふるふると頭を横に振ると、雪ノ下は質問の続行を告げた。

 

「あなた、人と話したのは何年ぶり?」

 

 質問に対する質問が返ってきた。

 

  俺は記憶力にはそれなりの自己評価をつけている。誰もが忘れるような些細な会話でも覚えていて、親にさえ少し引かれたほどだ。

 

  俺の優秀なる海馬によれば、俺が最後に誰かと会話したのは二年前の七月。

 

 ■■「ねえ、今度みんなで一緒に遊びに行かない?」

 俺 『嫌に決まってんだろ。だいたい話せない俺が行ったところで遠慮されるだけだ』

 ■■「何それ、ウケる」

 俺 『や、ウケねえから』

 了。

 

 ………だめだ、あのアホのことしか浮かんでこねぇ。

 

 面倒な記憶が呼び起こされた事によって俺が頭を抱えていると、雪ノ下は思いの外あっさりと回答を教えてくれた。

 

「持つものが持たざるものに慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」

 

  いつの間にやら雪ノ下は立ち上がり、自然、俺を見下ろすような形になる。

 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」

 

  なんとも奇妙なネーミングである。それだけ見ればいかがわしい部活にしか見えない。

 

「平塚先生曰く、優れた人間は憐れなものを救う義務がある、のだそうよ。あなたの場合少し特殊なようだけど、部の方針上一応責務は果たすわ」

 

 ノブレス・オブリージュと言いたいのであろうか。確か日本語では貴族の務め、という意味だったと思う。

 

腕を組んだ雪ノ下の姿はまさに貴族。実際、雪ノ下の成績やら容姿やらを考えればその称号は過剰なものでもない。

 

  面倒なことこの上ないが、すでに強制入部させられている身。こういう時は諦めが肝心なのだ。これのせいでそのことはよくわかってる。

 

 顎に手をやりふむふむ、理解したという顔をすると満足したのか雪ノ下は再び椅子に座る。

  

 十数分ほど互いに本を読んでいたが、ふとカバンの中にいいものがあったのを思い出してあさり始めた。

 

 しばらくごそごそとやっていると指先にコツン、と硬いものが当たる感触がする。それをひっつかんでカバンの中から引っ張り出す。

 

それは古来から暇つぶしの道具として最適な遊具、トランプであった。

 

  またコツコツと爪で机を叩き、雪ノ下に気づいてもらう。すっとこちらを見たところで、机の上にトランプが入った透明なケースを置いた。

 

「トランプ?」

 

 訝しげな雪ノ下を見ると、携帯に文字を書きこむ。

 

『俺がここにいる理由は他人とのコミュニケーションだ。なら、喋れない俺が他人と意思を疎通させるためにはこれが最適なんだよ。だから付き合ってくれ』

「…そうね、それならお相手するわ。では何をしましょうか?」

 

 

 案外ノリはいいようだ。

 




どうでしたでしょうか。矛盾点や、要望があればお願いします。

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