声を失った少年【完結】   作:熊0803

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二十四話です。


24.声を無くした少年は、悩める少年の依頼を聞く。

 中間試験が目前まで迫っている。

  つい数時間前までファミレスで由比ヶ浜たちと勉強していたが、それでもまだ足りないと思ったので家に帰ってからもやっていた。

  ふと顔を上げると、時計の針は十二時近くを指している。俺は一度伸びをした。あと一、二時間くらいだったら頑張れるか。

  眠気覚ましのためのコーヒーを飲もうと思い、部屋を出てトントントンと階段を踏み鳴らしながらリビングへと向かう。勉強で脳を酷使したので、糖分を補給する必要がある。すなわち、MAXコーヒーの出番だ。

  それにしてもカフェインが入っていて、しかもミルクたっぷりで甘いとかMAXコーヒーは擬人化したらさぞエロかろう。まず間違いなく巨乳だ。「今夜は寝かせないゾ☆」とか言い出しそう。今度材木座にでも描いてもらおうか。

  そんな超くだらないことを考えながらついにリビングに行き着き、扉を開けると、義妹の小町がソファで爆睡していた。

  ……こいつももうすぐ中間試験だったはずだが、相変わらず図太い精神を持っている。

  買い置きのMAXコーヒーをごそごそと捜しつつ、ついこないだひと箱開けてしまったのを思い出して、俺は仕方なくお湯を沸かす。

  ティ◯ァールの湯沸しポットに水を流し込み、そのまま後ろのスイッチをかちりと押し上げた。湯が沸くまでの手持ち無沙汰な時間、義妹が寝こけているソファの端に座って待つ。

 小町は大胆にも腹を出して寝ていた。

  白い肌はすぅすぅという寝息に合わせて規則正しく波打ち、その度に可愛くへそが動く。んっと身じろぎすると、勝手に持ち出したのであろう、だるだるに伸びきった俺のTシャツからブラジャーが覗いて見えた。小町が丸まってるせいで気づかなかったが、なんでこいつ下着姿なんだよ。風邪引くぞ。

  とりあえず、手近にあったバスタオルをかけてやる。小町はそれに反応して、むにゃむにゃと何事かむにゃった。

  そうこうしているうちにこぽこぽと音を立ててお湯が湧き始め、カチッと湯沸かし完了を告げた。

  マグカップにインスタントコーヒーをぶち込んでから、そこにお湯を注ぎ込む。コーヒーのいい匂いが立ち込めてきた。濃いめのコーヒーに牛乳と砂糖をたっぷり加え、ティースプーンで四回ほど回す。すると、俺好みの甘々コーヒーの出来上がりだ。

  ミルクの芳醇な香りとコーヒーの馥郁たる香りとが混じりあい、何とも良い感じ。

  すると、小町がくんくんと匂いを嗅ぎつけたのか、がばっと跳ね起きた。

  まず、ばっと俺を見つめて二秒静止。次に、シャッターとカーテンを開けて三秒停止。そして、くわっと目を見開き時計を見て五秒静止。都合十秒かけて現状を把握したようだ。

  それからすうっと大きく息を吸うと、馬鹿でかい叫び声をあげた。おい、今深夜。

「しまったぁ!寝過ぎたぁっ!一時間だけ寝るつもりが……、五時間寝てたぁっ!」

  あーあるある。って、寝すぎだろ。もしかして帰ってきて即寝たのか?

「あ、そういえばお義兄ちゃんお帰りー」

  と、そこで思い出したように俺に笑顔を向けてくる。ひらひらと手を振ると、ずずっとコーヒーを啜った。

  一息つき、小町に視線を戻す。そして服とパンツを指差した。するとすぐに気づいたのか、みるみる顔を赤くする。

「んもうっ、お義兄ちゃんのエッチ!」

  えー、俺が悪いの?ていうか、いつも俺の前で平気で脱いでるじゃん。羞恥するポイントがわかんねえ。

「っていうか、お義兄ちゃん、こんな時間に何してんの?」

  キッチンにあったメモ帳を取り、試験勉強、休憩と書く。小町は驚いたような顔をして頷いた。

「休憩ってことはまだやるつもりなんだ。……小町もやろうかな」

 おう、そうしろそうしろ。

  ちょこっとやる気を出した義妹のために、残っていたお湯でもう一杯コーヒーを作って差し出す。小町はそれを両手で受け取ると、ふぅふぅと息を吹きかけ始めた。

  それを視界の端に捉えながら、一気にコーヒーを煽る。マグカップをシンクに入れメモ帳をもとに戻して席を立ち、部屋に戻ろうとすると、くいっと服の端が引かれた。振り返ると、小町が小首をかしげている。

「お義兄ちゃん、一緒にやろ?」

「………」

  まぁ、俺の勉強は一応ひと段落しているし、別に良いか。

  小町の頭を二、三回撫でると、再び階段登り始めた。そのあとを小町が付いてくる。

  さあ、「義妹と夜のお勉強会」だ。や、別にエロい意味じゃないからな?

 

  部屋から自分の勉強道具一式を持ってきてリビングのテーブルに広げた。今日は日本史を重点的にやると決めたので、問題集と解説書、そしてノート。

  一方の小町は、『中学英語ターゲット1800』を開いている。ふむ、英語か。

  お互い、無言で勉強に励む。俺は問題を解いては答え合せをし、間違えたものを問題と答えと解説をまるまるノートに写す。それを何度も繰り返す。試験範囲文を一周し終えたころ、小町がぼーっと俺を見ていることに気づいた。どうした?

「お義兄ちゃん、真面目だね」

  そりゃまあ、試験前だったらこれくらいするだろ。

  お前もやれという意味で英語のテキストを指すと、元気に返事をしてやり始めた。

 

  それから約二十分後、今日はこれくらいにしとくか、と思い勉強道具を片付け始める。隣を見れば、もう限界っぽい顔をしていた小町も嬉々としてテキストを片付けた。

「真面目っていえばね、これは小町の行ってる塾の友達の話なんだけど。お姉さんが不良化したんだって。夜とか全然帰ってこないらしいよ」

  どうやら気分転換に会話をしたいようだ。まだあまり眠くはないし、付き合ってやろう。

「でもねでもね、お姉さんは総武高通ってて超真面目さんだったんだって。何があったんだろうねー」

  うちの学校なのか。世の中いろんな奴がいるもんだ。

「まぁ、その子のお家のことだからなんとも言えないけど。最近仲良くなって相談されたんだけどさー。あ、その子、川崎大志くんっていってね、四月から塾に通い始めたんだけど」

  大志くん、か…もしかして、この前ファミレスで見かけたあの男子だろうか。こりゃ、義父さんが聞いたらキレるかもな。「そのガキとどんな関係だ!」とかいって。

  …自分で考えおいてなんだが、本当に言いそうで怖い。

「?お義兄ちゃん?」

『何かあったら相談しろ。奉仕部にも入ってるしな』

  ノートの端にそう書くと、小町はうん!と元気に返事をした。

 

 ーーー

 

  小町と勉強会をした翌日。

  結局小町が寝落ちするまで話し続け、一時間目の現国は結構危なかった。担当が平塚先生じゃなかったら間違いなく寝ていた。

  そんなわけで二時間目が始まるまでの休み時間うつらうつらとしていると、突然ガラッと教室前方の扉が開かれる。思わずビクッとして目を覚ました。

  そのどこか見覚えのある女子生徒は肩に鞄をかけ、今まさに登校したという風だった。

「おや、川崎。重役出勤かね?」

  まだ教室にいた平塚先生が苦笑しながら問いかけるが、川崎と呼ばれた女子は一瞬の間を置いて、黙ってぺこりと頭を下げた。そして、そのまま教壇の前を通り過ぎ自分の机に向かっていく。

  長く背中にまで垂れた青みがかった黒髪、余った裾の部分がゆるく結びこまれたシャツ、蹴りが鋭そうな長くしなやかな脚。印象的なのが遠くを見つめるような覇気のない瞳。そこまで確認して、ついこのあいだの屋上での出来事が思い出される。あ、もしかしてあの時の女子か。

  へー、同じクラスだったのか。合点がいって長いポニーテールの揺れる背中を見ていると、不意に川崎がゆらりとこちらを振り返る。

「…?」

「……ふん」

  そして、何を言うでもなくあの時と同じように鼻を鳴らし、また歩き始めた。

  椅子を引いて座ると、川崎はぼーっとつまらなそうに窓の外を見る。

  それはむしろ、教室の中をあえて見ないようにするために外を見ているようだった。

  遅刻して目立ったというのに、そんな彼女に話しかける者は誰一人としておらず、『話しかけんなオーラ』がばしばし出ている。

  だが、川崎は一般的にに見て美人といって差し支えないので、そんな気だるげな様子も絵になっている。

 

  帰り際、平塚先生に注意された(どうやら寝かけていたのが見えていたらしい)後、俺は最近の日常である雪ノ下たちとの勉強会を開いていた。

  場所は複合商業施設のマリ◯ピア。そこに入っているカフェの一つに入り、学生客で混み合っている中なんとか席を確保してやっている。

  いつも通り、雪ノ下がちょこちょこ由比ヶ浜に質問を出し、俺はそれを視界の端に収めながら問題集を解き続ける。

  だが、そこに一つだけいつもと違うところがあった。

「比企谷くん、この問題はどうやって解くの?」

  俺の隣に座っている少女ーー戸塚彩加が身を乗り出し、こちらにノートを見せてくる。

  何でも由比ヶ浜が誘ったらしく、今日は戸塚が参加していた。ちなみにうちはジャージと制服どちらで登校してもいいが、今は教室の時と同じように制服姿だ。うむ、可愛い。

「………」

  っと、やべえやべえ。

  慌てて戸塚にヒントを与えて、すぐに座らせる。なんでかって?だって雪ノ下がめっちゃ睨んでくるんだもん。比率は戸塚に六、俺に四くらいだけどすげえ怖い。なんでか戸塚も時々雪ノ下ににこっと笑顔を向けて挑発するし。

  …毎度のごとく考えるが、これが思い出したことによる嫉妬なのかはわからない。でも、もしそうだとしたら後が怖い。怖すぎる。ほら、奉仕部に入ったばっかりの時言ってた追求とか…だ、抱きしめるとか。

  思い出して赤面し、さらに雪ノ下と戸塚の間で散っている火花で居心地悪くしていると、唐突に救いの手が差し伸べられる。

「あ、お義兄ちゃんだ」

  その少女は俺の義妹、比企谷小町だった。中学校の制服のまま、嬉しそうな笑顔を浮かべてを振ってくる。

『こんなところで何やってるんだ?』

  近寄ってきた小町にアプリを起動して問いかけた。

「や、大志くんから相談を受けてて」

  言って小町は向かいの席に振り返る。そこには学ラン姿の中学生男子が座っていた。

  その少年は俺にぺこりと一礼する。とりあえず会釈し返した。って、あれってこの前の男子じゃん。

「大志くん、こっちきて座りなよ」

「えっと、お邪魔するっす」

  大志くんと呼ばれた男子はこちらの席に移動してきて、ちょうど余っていた隣の机をくっつけて座る。

「あ、自己紹介してなかった。お義兄ちゃんの義妹の比企谷小町でーす。義兄がいつもお世話になってます」

  思い出したようにそう言って、小町は雪ノ下たちを見る。今、なんでわざわざ『ぎまい』って言った?

  すると、三人は何故かはっとした表情をし、何事か考え始めた。雪ノ下は難しい顔をしてぶつぶつと呟き、由比ヶ浜は目を逸らしながらだらだら汗をかき、戸塚は決意したような顔をする。わけがわからん。

「…そう。ならこちらも名乗らなくてはね。比企谷くんの部活の部長をしている雪ノ下雪乃です」

  やがて顔を上げ、雪ノ下はそう名乗る。続いて由比ヶ浜がぎこちない挨拶をして、戸塚が真剣な表情で自己紹介をした。

「………」

「うふふふふ…」

「あ、あはは……」

「………」

  え、なにこの空気。さっきよりもっと怖いんですけど。特に満面の笑顔の雪ノ下と小町が。

「…ふぅ。この人、川崎大志くん。昨日話したでしょ?お姉さんが不良化した人」

  小町が仕切り直すように言ってこちらを見る。こいつがそうなのか。…ん?川崎?川崎って確か…それに、不良化したお姉さん。もしかして…

『大志くん、つかぬ事を聞くが、お前のお姉ちゃんは黒髪ポニーテールか?』

  そう聞くと、俺と一緒に硬直していた大志くんは驚いたような顔をする。

「あ、そうっす。もしかして、姉ちゃんのこと知ってるんすか?」

  知ってるもなにも、実はクラスメイトだったんだよな。まさか、同い年だとは思わなかった。

「で、どうしたら元のお姉さんに戻ってくれるか相談されてたんだけど。あ、そだ。お義兄ちゃんも話聞いたげてよ。何かあったら相談しろって言ってたし」

  そういえばそんなことも言った気がする。まぁ、可愛い義妹の頼みだ、聞いてやろう。まず最初に…

『家族とは話したのか?』

「それが…両親は共働きだし、下に小さい弟と妹がいるんで中々家族会議っていうのが開けなくて」

  大志くんは力なくうなだれる。彼なりに色々と悩んでいるようだ。つーか、四人兄妹とか頑張ったな川崎の両親。

「最近ずっと帰りも遅いし、両親が何言っても姉ちゃん全然聞かないし。俺が聞いてもあんたには関係ないの一点張りで…あ、今更ですけど姉ちゃんは川崎沙希っていいます。総武校の二年生です」

「川崎沙希さん……」

  下の名前は沙希っていうのか。雪ノ下は小首をひねっている。まあ、別のクラスだしな。だが、由比ヶ浜はさすがに同じクラスなのでぽんと手を打った。

「あー。川崎さんでしょ?ちょっと不良っぽい。確かに、人を寄せ付けない感じだよねー」

  由比ヶ浜が明確にそういうことを言うときは、多分あまり関係が良好じゃない時だ。

「川崎さん、いつもぼーっと外見てる気がする」

  戸塚も目を瞑りながら頷いた。おそらく教室での川崎を思い出しているのだろう。

「お姉さんが不良化したのはいつぐらいからかしら?」

「は、はいっ!」

  雪ノ下に話しかけられて大志くんはびくっと反応をする。一応、注釈しておくと雪ノ下が怖いというわけではなくて、美人のお姉さんに話しかけられて緊張しているのだ。これが中学生男子的正しい反応。ちなみに俺の場合だと恥ずかしすぎてずっと黙ってるまである。あ、元から喋れねえわ。

「え、えっと……、姉ちゃん、総武校行くぐらいだから中学の時とかはすげぇ真面目だったんです。それに、わりと優しかったし、よく飯とか作ってくれてたんす。高一んときも、そんな変わんなくて……。変わったのは最近なんすよ」

 高校二年になってからってことか。

「でもさ、帰りが遅いって言っても何時くらいなん?あたしもわりと遅かったりするし。高校生ならおかしくないんじゃない?」

「でも、五時過ぎとかなんすよね」

  むしろ朝じゃんそれ…そりゃ遅刻もするわ。寝れても二時間とかそこらだろ?

  それに、18歳以下の人間は十時までしかバイトはしちゃいけないはずだ。とすると、川崎は年齢詐称してバイトしていることになる。これはちょっとまずいな。

「そ、そんな時間に帰ってきて、ご両親はなにも言わないの、かな?」

「さっきも言ったすけど、両親は共働きなので時間がかみ合わなくて、滅多に顔を合わせないんすよ」

  戸塚が心配そうに話しかけると、大志くんは困ったような顔をした。

「しかも、それだけじゃないんです……。なんか、変なとこから姉ちゃん宛に電話かかってきたりするんすよ」

  大志くんの言葉に由比ヶ浜が疑問符を浮かべる。

「変なところ?」

「そっす。エンジェルなんとかっていう、多分お店なんですけど……店長って奴から」

「それの何が変、なのかな?」

  戸塚が問うと、大志くんはバンッと机を叩いた。

「だ、だって、エンジェルっすよ!?もう絶対ヤバイ店っすよ!」

「え、全然そんな感じしないけど…」

  若干引いた様子の由比ヶ浜が言うが、俺としてはわからんでもない。中学生なら、いや、男ならエロい方向に考えてもなんら不思議ではないからな。

  大丈夫、全て分かっていると言う優しい顔で大志くんの肩に手を乗せると、この場で唯一の男である俺に分かって嬉しいのか感激したような顔をする。

「お、お兄さんっ!」

  おっと、まだお兄さんは早いんじゃねえか?そう呼ぶのならまず義父さんを倒すことだな。いや、倒しちゃダメだけど。

「だいたい何を想像したのかは予想がつくけれど…ともかく、どこかで働いていると言うのならまずはそこの特定が必要ね。比企谷くんたちが想像したいかがわしいお店でないとしても、朝方まで働いているのはまずいわ。突き止めて早く辞めさせないと」

「んー、でもやめさせるだけだと、今度は違う店で働き始めるかもよ?」

  由比ヶ浜の言葉に、小町がうんうんと頷く。

「いたちごっこになっちゃいますねー」

「つまり、対症療法と根本療法、どちらも並行してやるしかないということね」

『そんな気はしていたが、やっぱりやるのか?』

 俺がそう聞くと、雪ノ下はこくりと頷く。

「川崎くんは本校の生徒、川崎沙希さんの弟よ。ましてや、相談は彼女自身のこと。奉仕部の仕事の範疇だと私は思うけれど」

「でも、部活停止期間だよ?」

『ばれなきゃ犯罪じゃないんだよ』

  某這い寄る邪神様の言葉を借用しながら、最終的には鶴見さんに頼ろうと考える。

「そ、それじゃあ…」

「川崎大志くん、あなたの依頼受けるわ」

「っ、ありがとうございます!」

  勢いよく頭を下げる大志くんを見ながら、さてどうしようかと方法を考え始めた。

 

 

 

 




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