いつも通り自転車を車庫に押し込むと、玄関の扉を開く。これまたいつも通り小町が突進してきた。
「おっかえりー、お義兄ちゃん♪」
頭を撫でるとふぇへへへと可愛らしいうめき声をあげた。うん、やっぱり小町はこの世界で二番目に可愛い(確信)。ちなみに一番目は雪ノ下だ。
そんなことをしていると、ガチャリと扉が開き、ひょこっと頭が一つ飛び出した。オールバックに固められた白髪が混じった髪に、縁の黒い眼鏡。義父さん!?
「おう、帰ったか八幡」
なんでいるんだ?いつもはまだ仕事をしてるだろうに。
俺が目を見開いていると、義父さんは苦笑いし、まあ入って座れと促してきた。
靴を脱ぐとリビングに入り、椅子に座る。
「小町はご飯持ってくるねー」
すたたたっと小町がキッチンに消えると、義父さんと二人きりになる。少し緊張していると、ふっと義父さんは柔和な笑顔を浮かべた。
「ま、そう緊張すんな」
こくりと頷く。
「最近どうだ、学校は」
震える指で何とか文字を打つ。くそっ、治まれ。
そんな俺を見て、何も言わず義父さんは待ってくれていた。
『まあ、ぼちぼちやってます』
「敬語が抜けねえなぁ。たとえ義理だって息子なんだから、遠慮なんかしなくていいんだぞ?」
苦笑して義父さんがそういうが、そこは譲れない。俺にも思うことがある。
『それは、できません。俺を人の道に戻してくれた恩人に』
「そうか。ま、いつか親父って呼んでもらえるのを期待してるよ」
『善処します』
それきり、会話が途絶える。すると丁度よく小町が晩飯の乗った皿を持ってきた。いただきますと手を合わせると、もぐもぐと口に入れる。
「お義兄ちゃん、どう?」
不安そうな顔をする小町の頭を撫でてやるとあっと声をあげて、すぐにへにゃっとした顔になった。もうそのまま溶けちゃいそう。心配しなくても不味いわけがないのに。
義父さんも口に入れる。
「美味ぇ!腕上げたな小町!」
「えへへー、ありがとっ、お義兄ちゃん、お父さん♪」
義父さんと二人して顔を綻ばせる。ねえこれもう天使でいいんじゃね?大天使コマチエル、なんつって。語呂悪いか、悪いな。
「ああ、そういやな八幡」
「?」
「あれ、もうすぐできそうだ」
「!!!」
「多分夏休みまでには間に合うと思うぞ」
そうか。これでやっと……。
小町は頭にはてなマークを浮かべていた。
「?なんの話ししてるの?」
「なに、すぐにわかるさ」
ニヤリと笑って返す親父。サプライズとか大好きだからな。
ふと机の下を見ると、義父さんが開いている左手で奇妙なサインをしていた。
……そうか、今日は〝ある〟のか。
そのあと一時間ほど飯を口に運びながら、近況報告と言う名の家族の食事を楽しんだ。
ーーー
深夜。枕の下に添えつけられた携帯から出る低い音で、目を覚ます。
アラームの音を止め、すぐさま布団から這い出ると、壁の一部を押す。
すると忍者屋敷のように壁が反転し、特殊な形状をした黒いスーツが出てきた。
寝間着を脱いでパンツ一丁になり、スーツに袖を通す。手首の留め金をガチャリとロックすると、全身に走っている線や手の甲の丸い装飾に赤い光が走った。そして、全身になにかがながしこまれる。
少しすると違和感がなくなってきたので、黒塗りの鞘の刀を後ろ腰に二振り括り付ける。拳銃やナイフもだ。
最後に、顔の上半分を覆う白い仮面を被る。するとパチっという音とともに、俺の意識は暗転していった。
んじゃ、後は、たのんだ、ぞ……
はい、任されたよ。
ほぼ音を立てずに部屋の扉を開くと、薄寒い廊下を歩いていく。
ガチャ
唐突に、隣の部屋の扉が音を立てて開く。そこから、こしこしと目をこすりながら小町ちゃんが出てくる。
「おにぃ……ちゃん?」
毎回毎回気配を消しているというのに、なぜ気づくんだろう。もしそれが曲がりなりにも兄弟の絆だというのなら、僕も彼も少し嬉しい。
小町ちゃんは僕の格好を見て、眠たげだった目を見開く。そして、すぐに悲しげに顔を伏せた。
「……そっか、今はそっちなんだ。……〝仕事〟。行くんだね」
こくりと頷く。小町ちゃんは下唇を噛み締めて、その小さな拳をきゅっと力一杯握りながらも、悲痛な笑顔を浮かべた。
「…そっか。行ってらっしゃい」
不安だろう。また僕が、怪物に戻るのではないか。もしかしたら、死んでしまうのではないか。
不安に押しつぶされそうになりながらも、それでも送り出してくれる可愛い義妹を、なるべく力加減をしながら抱き締めた。
恐る恐る僕の背中に手が回される。
胸に水滴が溢れる感触がした。
「絶対……絶対、無茶なことしちゃダメだからね……?」
「ー」
フードを外し、自分なりに優しい笑顔を浮かべながら、小町ちゃんの頭を撫でてやった。
このままだと間に合わなくなるので、フードを被りなおすと、天井の隠し扉から屋根の上に跳び上がる。
いつも通りの場所に向かうと、そこには既に僕と色違いの仮面を被った男と亜麻色の髪の女の子がいた。
「む、遅いぞ相棒」
「オクタセンパイ、二分遅刻ですよー?」
背中に背負っている黒いケースを担ぎ直しながら、少女が僕のコードネームを呼ぶ。軽く頭を下げると、仮面の男と亜麻色の髪の女の子は満足したように頷き、手短に〝仕事〟の概要を伝えた。
「13区。南西にある港。アメリカの支部から通達されたマフィアと、以前から〝処分対象候補〟に登録されていた組の取引です。取引される商品はコカイン。構成員総勢53、星が2です」
端的な言葉ですぐさま理解すると、頷き合い、ビルの上から跳躍した。
さあ、今宵も悪を裁きに行こうか。
ーーー
辺り一面を闇夜が覆い、さざ波の音が小気味良く響き渡る。
ターゲットが来る港は、貨物などを集積し蓄積、排出する役割を持つ貿易に置ける重要施設。そんな所には、得てして『害虫』が集まるもの。
世の中の汚い部分を担う者たちが悪だくみを行うのは、こういった人目に付かない場所だ。
今夜も、そのような世界の害虫が集まり、また一つこの国に悪を忍び込ませる。
唐突に、仮面に仕込んだ小型の通信機にノイズが走った。
『こちらウッド。準備OK。オクタ、応答頼む』
カチ。
小さく歯を鳴らし、応答する。
もう一度、ノイズが走った。
『こちらオンリー。スタンバイ完了です、センパイ』
カチ。
歯を打ち鳴らし、ボタンを押して通信機を切る。
そのまま後ろ腰から刀を二本とも引き抜き、片方の柄尻を回転させた。するとカチンッという音とともに柄と同じ長さの鉄棒が飛び出る。
それをもう片方の柄の穴に差し込み、百八十度回転させて固定した。
しっかりはまっていることを確認すると、足元に凄まじい摩擦で起きた煙を残し、僕は影と一体になった。
「ほら、注文された品だ。こんだけ売り捌けば相当な金になるぜ?」
てらてらと脂ぎった禿頭の男が英語でそう言うと、スーツを着た男たちは欲望に濡れた視線をアタッシュケースの中のそれに注いだ。
男たちにとって、これは非常に大きな商談だった。うまくいけば莫大な金が手に入り、千葉に拡散すればさらに金のなる木になる。
もっとも、その確率はとても高い。
彼らはすでに、3桁を超える回数千葉に同じような違法な薬物を売り捌き、巧妙な手口で警察から逃れては被害者を拡大し続けていた。
中には数度逮捕され、刑務所に拘留されたものもいるが……この場にいる時点で、その人格は知れるだろう。
その様を想像した男たちは、一瞬警戒を緩めた。
普通ならば、取るに足らない秒数。しかし、〝彼ら〟にとっては十分すぎる時間。
シュッ
「え?」
唐突に、一つの生首が宙を飛んだ。
次の瞬間には、頭のない首から大量の血を吹き出した体が地面に倒れる。
あまりの光景に呆然としている間に、新たに三つ丸い影が月夜に晒された。
ようやく再起した男たちが辺りを見渡すと、そこにはーーー
ーーー〝死神〟が佇んでいた。
フードの奥から覗く顔の上半分を覆う白い仮面に、血の一滴すら付いていない美しい日本刀型の両剣。
月光に反射してぎらぎらと輝くそれは、まるで魂を刈り取る死神の鎌を幻視させる。
「てめぇっ、よくもやりやがったな!」
「ぶっ殺してやる!!!」
クツクツクツクツ。
不意に、白仮面の口から声にならない哄笑が漏れ出た。
直接心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた男たちは、思わず一歩後ずさる。それが命取りになった。
ザジュッ
後ろから聞こえた生々しい声に振り返れば、そちらには対照的に、闇に溶け込むような黒い仮面を被った男が刀を振り抜いていた。
「むぅ、たった七人斬っただけで血がこびりついてしまった。オクタに追いつくにはまだまだということか」
黒仮面は不満そうに口をもごもごとさせながら、ノイズ混じりの加工された声を漏らす。
犯罪者たちは恐怖した。偽装されている声なのでわかりにくいが、黒仮面の声には殺すことに対して全くの感情を持っていなかったからだ。自分が人を殺してしまったという恐怖も、格下をいたぶる快感すらもない。ただ食べ物を口に運ぶが如く、どこまでも機械的な声。
「ー」
「わかっておる。まずは害虫駆除、であろう?」
男の呟いた声にお互いのボスは体を震わせる。今の少しのやりとりで、完全に心を折られてしまったようだ。
「ひ、ひゃああああ!?」
だが、犯罪者たちにも死することに対しての恐怖がある。少しでも生き残る確率を上げるために生存本能が働き、一人の男が白仮面に拳銃を向けた。
ドパァンッ!
ーーしかし、また新たに一つ、絶望を呼ぶ音が増える。
拳銃を構えたまま、金髪だった男の頭がぐちゃぐちゃに吹き飛び、脳漿が辺りに飛び散る。
『こちらオンリー。援護射撃を開始します。残り三スタックと5発です、どうぞ』
『了解。こちらウッド。あと41。任務を遂行する。オクタ、そちらは大丈夫であるか?』
カチ。
死神たちは言葉を交わすと、その刃を害虫に向けた。
「さあ」
唐突に黒仮面が、高らかに声を上げる。
「「(ーーー塵掃除の時間だ)」」
「撃てぇぇぇぇぇ!?」
なけなしの恐怖心を振り絞り、ボスが絶叫を上げる。再びそれに生存本能を刺激された構成員たちは、反射的に銃の引き金を引いた。
常時ならばそれは、即死は免れない銃弾の嵐。しかして、ここにいるのは不死の名を冠する組織に与する異形の怪物たち。
叩き斬り、あるいは避け、仮面達が足を地面につけるたび、一つ首が地面に落ちる。ただ、その繰り返し。
また、あるいはーーー
「オボェッ」
口の中にナイフを突き込まれ、
「いぎゃぁあぁああぁ」
鼻、両目、両耳、唇、頭皮、両頬、少しずつ顔を削がれ、
「あがぁぁああぁあああぁあ!?」
肩や脛、両太ももを一ミリもぶれずに何度も撃ち抜かれ、ショック死させられる。
「し、死ねぇぇぇぇぇ!」
唐突に、構成員の一人がナイフを手に、剣を振り抜いた姿勢のまま背を向けている白仮面に突撃する。その光景に、犯罪者側の人間は誰もが希望を持っただろう。
ーーーしかし、絶望は終わらない。
グジュッ
「はぇ?」
ナイフを持った男の首に、ナニかが沈み込んだ。それは半円形で、まるで口の中にあるーーー
ビジャッ、バギャギャギャ。ブヂヂヂヂヂッ!!!!!!
「あびゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
絶叫を上げて、男は転げ回る。抑えている首元からは、ごっそりと肉が削げていた。しばらく痙攣していたが、唐突に糸が切れたように男は動かなくなる。
白仮面は血だらけの口元から、ぷっと何かを吐き出した。
ビチャっと音を立てて落ちたそれは、もとは
″何か〟の一部だったもの。
手の甲で血を拭い、ニヤアァッと死神は嗤った。
社会の裏に潜む者たちが見た明瞭な光景は、それが最後だった。
ーーー
十分後。
僕の周りには、血の海が広がっている。
不思議なことに、真っ白な仮面には一滴も血はついていない。
ぼーっと月を見上げていると、ストンと隣にオンリーがコンテナから飛び降りてきた。
「センパイ、死体と麻薬の処理終わりました。帰りますよ」
こくりと頷くと、体を反転させ、ゆっくりと歩き出す。
鉄錆の匂いが支配するコンテナ群の中を進んでいると、隣に黒仮面が並んだ。
「今回も無事に達成、であるな」
僕はふるふると首を振る。黒仮面は訝しげな顔をし、白い仮面に唯一空いている穴から俺の目を覗き込んだ。
そして、空虚な穴を見る。
彼はマスクの下でぐっと唇を噛んだ。
「…まだ、足りないというのか?」
そうだね。
この虚ろな眼に映る悪は全て、滅さなければならない。それが彼の望みだ。これくらいじゃまだ足りない。僕たちを人の道から外した塵どもを、命が続く限り殺し続ける。
黒仮面は……いや、材木座くんは、そんな僕を見て強く肩に手を乗せた。
「……ついていこう。いつか、お主の心が安寧の時を迎えられるまで」
……ありがとう。
もう、あの人に胸は張れない。
血で薄汚れた僕の手では、雪ノ下雪乃の白くて綺麗な手は取れない。
それでも、彼と一緒にこんな化け物が生まれてきた理由は、これだけだと思うから。
ーーこの世の悪は、絶対悪でしか消せない。葉山隼人のような仮初めの笑いでも、雪ノ下雪乃の持つ理想でも、決して僕たちは報われはしない。ただ増え続け、奪われ続けるだけだ。それならば、僕たちは絶対悪になろう。無慈悲に、笑顔で命を奪う死神になろう。それが、僕たちに残った最後の存在意義だ。
ーーー日本国政府直属対犯罪組織殲滅集団『ノスフェラトゥ』ナンバーズ〝2〟、比企谷八幡の、ね。
本編では説明するつもりはないので、一応装備の詳細を。
緋羅刹ver25号
強化外骨格スーツ。全身の神経に直径五ミリの針を刺し、特殊なエネルギーを流して肉体能力の底上げと補助をする。ただし、八幡のスーツは特別製になっており、逆に過負荷を起こさないよう肉体能力をセーブしている。見た目は劇場版ソードアートオンラインのエイジのスーツを想像してください。
貌無し
顔の上半分を覆う仮面。通信機、暗視スコープ、声帯加工など、様々な機能を持つ。また、敵に捕まった際凄まじい爆発を起こし、同時に体内に雷と同じ威力の電気を流し込み、ズタズタに破壊し尽くすことにより、証拠を残させない。ただし、八幡の仮面は特別製になっており、脳内の化学物質に命令を出すことによってもう一つの人格を呼び覚ます。
矛盾点や要望があればお願いします。