声を失った少年【完結】   作:熊0803

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十一話です。


11.声を無くした少年は、面倒なクラスの様子を見る。

  チャイムが鳴り四限が終わった。一気に弛緩した空気が流れ始める。あるものはダッシュで購買に走り、あるものは机をがたがた動かして弁当を広げ、またあるものは他の教室へと向かう。

 

 昼休み、二年F組の教室は今日もいつもと変わらない喧騒に包まれていた。

  今日のように雨が降っていると、俺は行くところがない。普段なら昼食にぴったりなベストプレイスがあるのだが、さすがに濡れながら飯を食う趣味はない。

  仕方なく教室で一人、自分で作った弁当をもっしゃもっしゃと食んでいた。

  こんな雨の日の昼休みは、小説なりマンガなりを読んで過ごすのだが、読みさしの本は昨日、部室に置いてきてしまった。十分休みの間に取りに行けばよかったな。

 そう思ったところで後の祭り。英語で言えばアフター・ザ・フェスティバル。それは後の祭りじゃなくて祭りの後じゃねえか!

 自分でボケて自分でつっこむ。それくらい暇だった。

 いや、しかしいつも思うんだが、一人で過ごす時間が長いと、自然といろんなことが自分の中で完結してしまうものである。

 家にいると考え込むことが多くなる。なまじ話せない分、様々なことを何かで補わなくてはならないため、次は何の練習をするか、と思わず考えてしまうのだ。

 だから、余計に考え事が多くなる。

  言ってみれば、独りぼっちとは思考の達人だ。人は考える葦であるというように、気づけば何事か思案している。

  中でも独りぼっちは他人に思考のリソースを割く必要がないぶん、その思索はより深いものになる。したがって我々ぼっちは余人とは違う思考回路を持つに至り、時に常人の枠を超えた発想が飛び出たりするのだ。

  膨大な情報を会話という限られた表現手段によって伝えるのは難しい。俺はそもそも喋れないけど。

 莫大なデータをサーバにあげたりメールで送ったりするのには時間がかかる。だから、ぼっちは会話が少々不得手になりがち、というただそれだけのことだ。

  俺はそれが必ずしも悪いことだとは思わない。メールするだけがPCの全てではない。ネットだってフォトショだってあるだろうよ。要するに、一つの価値観だけで人を図るなって話。

 まあ、パソコン関係の話を引き合いに出しはしたが、別に俺はそこまで詳しいわけではない。そういうのに詳しいのは今教室の前方で固まってる彼らとかだ。

  彼ら、というのは今、PSPを持ち寄ってアドホックで狩りをしている彼らである。確か小田とか田原とか言ったか。

「ちょおま、ハンマーとか!」

「ガンランスでジェノサイド余裕でした^^」

 実に楽しそうである。あのゲームは俺もやってるし、正直言って交ざりたいくらいだ。

 漫画、アニメ、ゲームは一昔前ならぼっちの独壇場だったのだが、最近は一種のコミュニケーションツール化していて、彼らのような人々に交じるのにもコミュ力を要する。

 そして、悲しいかな話せないせいで、彼らに交じるととても気まずい雰囲気になる。そんな中一人で平然としてられるほどの度胸は持ち合わせてない。

  中学のとき、強制的にあいつにグループの中に引っ張り込まれたが、女子どもの質問責めに耐えきれず即逃走した。

  だいたい俺ってば小さい頃から協調性が皆無だったから、なおさらだよ。クラスのレクリエーションでフットベースやるとき、男子の中心的人物二人がじゃんけんして勝ったら、自分のチームに入れたいやつを先に選んでいいというルールがあった。そのとき俺が入るとワンサイドゲームになるからみんな怖がって最後まで残ってたんだぜ?「ああ、またですかそうですか」って感じで隅っこでうずくまってたわ。

  おかげで運動自体は得意なのに、スポーツというものが苦手になってしまった。野球とか好きなんだけど、やる相手がいない。なので俺はひたすら壁当てや一人シートノックをし、全力で体を動かしてランナーと守備陣を一人でこなしていたこもある。

  一方、そうしてコミュニケーションが実にスマートで得意な人種もこのクラスにはいる。

 教室の後ろにいる連中がそうだ。

 サッカー部二人とバスケ部の男子二人、女子三名。その華やかな雰囲気から一目で彼らがこのクラスの上位カーストにいることがわかる。ちなみに由比ヶ浜もここに属している。

 その中でもひときわ眩い輝きを放つのが二人いた。

 葉山隼人。

 奴こそが連中の中心にいる人物だ。サッカー部のエースで時期部長候補、長時間眺めていると吐き気がしてくる。

 まあ、つまりオサレ系イケメン男子である。相変わらず高スペックなことで。

「いやー、今日は無理そうかな。部活あるし」

「別に一日くらいよくない?今日ね、サーティワンでダブルが安いんだよ。あーしチョコとショコラのダブルが食べたい」

「それどっちもチョコじゃん(笑)」

「えぇー。全然違うし。ていうか超お腹減ったし」

 そう声を荒げているのが、葉山の相方・三浦優美子。

 金髪縦ロールに、「お前花魁なの?」ってほどに肩まで見える勢いで着崩した制服。スカートなんて「それはく意味あんの?」ってくらい短い。

  三浦の顔立ち自体は綺麗で整っているのだが、その派手な格好と頭の悪そうな言動のせいもあり俺は好きではない。というか、もう純粋に怖い。何言われるかわかんないし。本当の意味で言い返せないし。

  だが、葉山にとっては恐怖の対象ではないらしく、様子を見てる限りじゃ、むしろノリのいい話が合う相手、という認識のようだ。これだからカーストの高い男子の考えることはわからん。あいつ、どう見ても葉山が相手だからノリがいいだけだぞ。俺が相手だったらずっとしかめっ面してんじゃないの?

 まあ、俺とはなんの接点もないからこちらからは接触しないのでいい。

 葉山と三浦はなおもじゃれ合っていた。

「悪いけど、今日はパスな」

 葉山が仕切りなおすように切り出した。三浦はきょとんとした顔で見る。すると、傍らの金髪が髪を搔き上げ、声高に宣言した。

「俺ら、今年はマジで国立狙ってっから」

 は?国立?くにたちじゃなくて?中央線でいける東京都国立市の国立じゃなくて国立競技場のこと言ってんのこいつ?

「クヒュッ…」

 思わず声にならない笑いがこみあげてくる。もうね、なんかかっこいいこと言っちゃったみたいな雰囲気出てるのがもうね。ダメ。絶対。許さない。

「それにさー、ゆみこ。あんまり食い過ぎると後悔するぞ」

「あーしいくら食べても太んないし。あー、やっぱ今日も食べるしかないかー。ね、ユイ」

「あーあるある。優美子スタイルいいよねー。でさ、私ちょっと今日予定あるから……」

「だしょ?もう今日食いまくるしかないでしょー」

 三浦が言うと、追従するようにどっと笑いが起きた。まるでバラエティ番組で付け足したような空虚な笑い声だ。音だけはやけにでかくて、テロップがつけられてるような感じ。

  別に聞こうとして聞いているわけではないのだが、彼らの声がでかいのでよく耳に届いて来る。というか、基本集団になったオタクとリア充は声がでかい。教室の真ん中に鎮座する俺は周りに誰もいないのに周囲がうるさいという、台風の目状態になっていた。

  葉山はみんなの中心で、誰からも好かれるような笑顔を浮かべていた。

「食べ過ぎて腹壊すなよ」

「だーかーらー、いくら食べても平気なんだって。太んないし。ね、ユイ」

「やーほんと優美子マージ神スタイルだよねー足とか超キレー。で、あたしはちょっと…」

「えーそうかなー。でも雪ノ下さんとかいう子のほうがやばくない?」

 何言ってんだ当然だろあいつの方がお前なんかより何万倍も美しいわ。

 って、何思ってんだか俺は。

「あ、確かに。ゆきのんはやば」

「…………」

「……あ、や、でも優美子のほうが華やかというか!」

 三浦が黙って眉根をぴくっと動かすと由比ヶ浜が素早く言葉を継ぐ。もうなんというか、女王と侍女みたいだ。

 しかし、そのフォローも女王の損ねた気分を取り戻すには不十分だったらしく、三浦は不機嫌そうに目を細めた。

「ま、いいんじゃない。部活の後でいいなら俺も付き合うよ」

 ギロッと視線を投げる。葉山も張り詰めた空気を察したのか、ビクッと小さく怯えると軽いノリでそう言った。すると、女王のご機嫌も直ったのか「おっけ、じゃメールして?」なんて笑顔で会話が再開する。

 隠れるようにしながら、ほっと胸を撫で下ろす由比ヶ浜。

 おいおい、すげー大変そうじゃん。封建社会かよ。あんな風に気を使わなきゃリア充になれないなら、俺ずっとぼっちでいいよ?もともとなる気ないけど。

 と、顔を上げた由比ヶ浜と目があった。俺の顔を見てから、由比ヶ浜は何かを決意したようにすぅーっと深呼吸をする。

「あの……あたし、お昼ちょっと行くとこあるから……」

「あ、そーなん?じゃさ、帰りにあれ買ってきてよ、レモンティー。あーし、今日飲みもん持ってくんの忘れてさー。パンだし、お茶ないときついじゃん?」

「え、けどほら、あたし戻ってくるの五限になるっていうか、お昼まるまるいないからそれはちょっとどーだろみたいな……」

 由比ヶ浜がそう言うと、瞬間三浦の顔が硬直する。

  三浦は飼い犬に手を噛まれたような表情をしていた。これまで三浦の言うことに口答えしたことがないであろう由比ヶ浜が、こともあろうに自分の頼みを聞いてくれなかったのだ。

「は?え、ちょ、なになに?なんかさー、ユイこないだもそんなん言って放課後ばっくれなかった?ちょっと最近付き合い悪くない?」

「やー、それはなんて言うかやむにやまれぬというか私事で恐縮ですというか……」

 しどろもどろになりながら答える由比ヶ浜。サラリーマンかお前は。

 だが、それが却って逆効果だったらしく三浦はかつかつといらだたしげに爪で机を叩く。

 女王の突然の爆発にクラス中が静まり返る。前にいた小田だか田原だかもPSPの音量をぐっと絞っていた。葉山もまわりの取り巻きの連中も気まずげに視線を床に落としている。

 三浦の長い爪が気忙しく机を弾く音だけが響く。

「それじゃわかんないから。言いたいことあんならはっきり言いなよ。あーしら、友達じゃん。そういうさー、隠しごと?とかよくなくない?」

 由比ヶ浜はしゅんと俯いてしまう。

  三浦の言ってることは字面こそ美しいがその実、仲間意識の強要でしかない。友達だから、仲間だから、だから何を言ってもいいし、何をしてもいい。三浦はそう言っているのだ。そして、その言葉の裏には「それができないなら仲間ではない。したがって敵である」という意図が隠然と込められている。こんなものはただの踏み絵や異端審問と変わらない。

  友達ってのは、そうじゃないだろ。もっと純粋な、何があっても心から笑いあえる関係。それが友達だ。発言一つでヒビが入るものなんて、所詮仮初めにすぎない。

「ごめん…」

 下を向いていた由比ヶ浜は、恐る恐る口にした。

「だーからー、ごめんじゃなくて。何か言いたいことあんでしょ?」

 そう言われて言える奴なんていない。こんなのは会話でも質問でもない。ただ謝らせたいだけで、攻撃がしたいだけなのだ。

 三浦は完全に萎縮してしまった由比ヶ浜を上から見下ろす。

「あんさー、ユイのために言うけどさ、そう言うはっきりしない態度って結構イラっとくんだよね」

  由比ヶ浜のためと言いながらも最後は三浦の感情や利害のためになっていた。一文の中ですでに矛盾している。

  しかし、そのことは三浦の中では矛盾ではない。なぜなら彼女はこのグループにおける女王だからだ。封建社会においては支配者こそが絶対のルール。

「……ごめん」

「またそれ?」

 はっ、と三浦が呆れと怒りを混じらせながら高圧的に鼻で笑った。それだけで由比ヶ浜はさらに萎縮してしまう。

 あほくさ。なにこの無限ループ。見てるこっちがイラつくわ。

  もうやめろよ、めんどくせぇな。こちとらお前のせいで友達って言葉を汚された気がして気が立ってんだよ。

 

 ……まぁ、なんつーの?このままではせっかく早起きして作った弁当が不味くなる一方だ。どうせ俺の存在なんか誰も認識しちゃいない。なら、リスクゼロの楽勝なゲームだ。

 俺が立ち上がり二人の元へ向かおうとするのと、由比ヶ浜が涙に濡れた目で俺を見るのは同時だった。その瞬間を狙いすましたように、三浦は冷ややかな声をかける。

「ね、ユイー、どこ見てんの?あんたさぁさっきから謝ってばかりだけど」

 

「謝る相手が違うわよ、由比ヶ浜さん」

 

  その声は、ともすれば三浦の声よりもよほど冷酷に響いた。聞く者の身を竦ませる、極北の地に吹きすさぶ風のような、けれどオーロラのごとく美しい声。

  教室の端、ドアの前にいるのに、まるでそこが世界の中心であるかのようにみんなの視線が引きつけられていた。

  そんな声を発するのは、雪ノ下雪乃以外ありえない。

 俺は金縛りにあったように、立ち上がりかけの中腰の姿勢で固まってしまった。これに比べればさっきの三浦の威嚇など子供騙しもいいところだ。だって、雪ノ下を相手にしたら怖がる余裕もないんだぜ?怖いを通り越して、美しいだなんて感想が浮かんじまうんだから。

  その存在に教室の誰もが見惚れていた。いつの間にか三浦が机を鳴らす音も消えていて、完全な無音。それを切り裂くのは雪ノ下の声だけだ。

「由比ヶ浜さん。あなた、自分から誘っておきながら待ち合わせ場所に来ないのは人としてどうかと思うのだけれど。遅れるなら連絡の一本くらい入れるのが筋ではないの?」

 その言葉を聞いて由比ヶ浜は安心したように微笑みを浮かべ、雪ノ下の元 へと向かう。

「……ご、ごめんね?あ、でも、あたしゆきのんの携帯知らないし……」

「……そう?そうだったかしら。なら、一概にあなたが悪いとも言えないわね。今回は不問にするわ」

 雪ノ下は周囲の空気などまるで読まずに、自分勝手に話を進める。清々しいまでにマイペースである。昔と変わんねぇな。

「ちょ、ちょっと!あーしたちまだ話し終わってないんだけどっ!」

 ようやく硬直から解けた三浦が雪ノ下と由比ヶ浜に食ってかかった。

  炎の女王は先ほどよりもさらにその篝火を強く焚き、轟々と怒りを燃え盛らせる。

「何かしら?あなたと話す時間も惜しいのだけれど。まだ昼食をとっていないのよ」

「は、はあ?いきなり出てきて何言ってんの?今、あーしがユイと話してたんだけど」

「話す?がなりたてるの間違いじゃなくて?あなた、あれが会話のつもりだったの?ヒステリーを起こして一方的に自分の意見を押し付けているようにしか見えなかったけれど」

「なっ!?」

「気づかなくてごめんなさいね。あなたたちの生態系に詳しくないものだから、ついつい類人猿の威嚇と同じものにカテゴライズしてしまったわ」

 滾る炎の女王も、氷の女王の前では凍てついてしまう。

「〜〜っ」

 三浦が怒気も露わに雪ノ下を睨みつける。だが、雪ノ下はそれを冷ややかに受け流した。

「お山の大将気取りで虚勢をはるのは結構だけど、自分の縄張りの中だけにしなさい。あなたのメイク同様、すぐに剥がれるわよ」

「……はっ、何言ってんの?意味わかんないし」

 負け惜しみじみたことを言うと、三浦はがたっと倒れこむようにして椅子に座った。縦ロールみたいなものをぴょんぴょん揺すりながらイライラと携帯をいじり始める。

  そんな彼女に話しかける人間は誰一人としていない。調子を合わせるのがお得意な葉山ですら、ごまかすようにふあっと欠伸をしていた。

  そのすぐそばで、由比ヶ浜が立ち尽くしていた。何か言いたげに、きゅっとスカートの裾を握る拳に力を入れる。由比ヶ浜の意図を察したのか、雪ノ下は先に教室を出ようとした。

 その際に、不意に俺と目が合う。すると雪ノ下はーー

「〜〜っ!」

 ぷいっと顔をそらすと、つかつかとドアから廊下へ出て言った。……俺何かしたっけ?

  慌てて雪ノ下を追いかけようとするが、何かしたいことがあるのか、すぐに立ち止まる由比ヶ浜。それを見て、周りのクラスメートは押し黙っている。

  おいおい、なんだよこの空気……。今やクラスの居心地の悪さは尋常ではなく、普段よりもなお居づらい。気づけば、クラスの大半の人間が喉乾いただのトイレ行くだの言って教室から出ていた。残っているのは葉山・三浦グループと、物見高い野次馬じみた連中だけだ。

  俺も乗るしかない、このビッグウェーブに!というか、これ以上深刻な雰囲気になったら呼吸できん。死ぬ。

  なるべく気配を遮断して由比ヶ浜の横を通り過ぎる。そのとき、ぽそっと小さな声が聞こえた。

「ありがと、さっき立ち上がってくれて」

 

 ーーー

 

  教室を出たところに、雪ノ下がいた。

  ドアのすぐ真横に寄り掛かり、腕を組んで目を瞑っている。雪ノ下が放つ雰囲気がえらく冷たいせいか、周りには誰もいない。とても静かだった。

 そのせいで、教室の中の会話がここまで届く。

『……あの、ごめんね。あたしさ、人に合わせないと不安ってゆーか……つい空気読んじゃうっていうか…、それでイライラさせちゃうこと、あった、かも』

『………』

『やーもうなんていうの?昔からそうなんだよねー。おジャ魔女ごっこしてても、ほんとはどれみやおんぷちゃんがいいんだけど、他にやりたい子がいるから葉月にしちゃうっていうか……。団地育ちのせいかもだけど、周りにいつも人がいてそれが当たり前で……』

『何言いたいか全然わかんないんだけど?』

『だ、だよねー。や、あたしもよくわかんないけどさ……。けどさ、ヒッキーとかゆきのん見てて思ったんだ。周りに誰もいないのに、楽しそうで、本音言い合ってお互い合わせてないのに、なんか合ってて……』

 ぐすっと嗚咽を漏らすような声が途切れ途切れに聞こえる。そのたびに雪ノ下の肩がぴくっと反応し、そーっと薄目を開けて目だけで教室の中の様子を伺おうとしている。アホ、そこからじゃ見えねーよ。素直じゃねえ奴。

『それ見てたら、今まで必死になって人に合わせようとしてたの、間違ってるみたいで……、だってさ、ヒッキーとかぶっちゃけマジヒッキーじゃん。休み時間とか一人で本読んで笑ってて……、キモいけど、楽しそうだし』

  キモくて悪かったな。

それを聞いた雪ノ下がクスッと笑う。

「あなたの奇癖、教室でも変わってないのね」

 え、部室でもそんな顔してたの?

  今度からマジで気をつけよう。こいつにはその、嫌われたくないし。もう学校で邪神が出るラノベは読まない。

『だからね、あたしも無理しないでもっと適当に生きよっかなーとか、……そんな感じ。でも、べつに優美子のことが嫌だってわけじゃないから。だから、これからも仲良く、できる、かな?』

『……ふーん。そ。まぁ、いいんじゃない』

 パタンッと三浦が携帯電話を折りたたむ音がした。

『……ごめん、ありがと』

 それきり、中での会話はなく、ぱたぱたと由比ヶ浜が上履きを鳴らして歩く音が聞こえる。その音を合図にしたように雪ノ下が寄り掛かっていた壁から身体を離した。

「……なんだ。ちゃんと言えるんじゃない」

 その一瞬、わずかに見せた笑顔に思わず見惚れた。

 自嘲でも罵倒でも悲哀でもなく、ただただ純粋な笑顔。

 だが、それは一瞬で搔き消えて、またいつもの冷たい、氷の結晶のような顔に戻ってしまう。雪ノ下の笑顔に見入っていると、彼女はちらりと俺の方を見てまたすぐに顔を背け、さっさと廊下の向こうへ消えていく。きっと由比ヶ浜との待ち合わせ場所へ向かったんだろう。

 ……さて、俺はどうするかな。と、足を進めようとした時だった。

 がらっと教室の戸が開く。

「え?な、なんでヒッキーがここにいんの?」

 俺は固まった身体でぎぎぎっと右腕をあげ、うす、とごまかしてみた。由比ヶ浜の顔が見る間に真っ赤になる。

「聞いてた?」

 な、何をでせう……。

 すっと視線を逸らすと、由比ヶ浜が激昂する。

「聞いてたんだっ!盗み聞きだっ!?キモい!ストーカー!変態っ!えとえっと、あと、キモい!信じらんない!マジでキモい。や、もうほんとマジキモいから」

 少しは遠慮しろやコラ!

 流石の俺もそこまで直接的に罵倒されるとちょっと悲しくなっちまうだろうが。や、そういうのに対する耐性はめっちゃ高いけどさ。

 じろりと睨むも、由比ヶ浜はどこ吹く風といった様子だ。

 んべっと桜色の小さな舌を出して、可愛らしい挑発をするとそのまま走り去る。おい、廊下走んな。

 ……なんか、色々疲れて喉乾いたな。スポルトップでも買ってくるか。

 購買へと向かう途中、ふと思い返す。

 オタクにはオタクのコミュニティがあり、あいつらはぼっちじゃない。

 リア充になるには上下関係やパワーバランスに気を使わなくちゃいけないので大変。

  結論、ぼっちなのは俺一人。平塚先生に心配されるまでもなく、既に俺はクラスで隔絶されていた。これじゃあ奉仕部にいる意味ないじゃん。

 ………何この悲しい結論。




長くてすみません。矛盾点や要望があればお願いします。

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