声を失った少年【完結】   作:熊0803

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四話です。感想お待ちしてます。


4.声を無くした少年は、孤独な少女の心を聞く。

  ホームルームを終えて教室から出た俺を待ち構えていたのは平塚先生だった。

  腕を組み、仁王立ちになった姿はさながら看守のようである。もうなんか軍服着て鞭持たせたら似合いすぎるんじゃないかと思う。

  まあ、学校なんて牢獄みたいなもんだからこの想像にさして飛躍はないだろう。アルカトラズとかカサンドラとかそんな感じだ。早く世紀末救世主が来てくればいいのに。

「比企谷。部活の時間だ」

  そう言われて脳裏に浮かんだのは、あ、これ連行されるなというものだった。

 別にそんなことされなくても行くのに。

  そういう意味を込めて肩をすくめれば伝わったのが伝わってないのか、フンと鼻を鳴らすと行くぞと言って歩き出した。

  そのあとを昨日のようにペタペタと歩いていく。

  何だか教師とこうして歩いてるって不思議な気分だな。これから拷問されたり、狭い部屋で尋問させられたりとか、そんな気分。

「ところで、昨日はどうだったかね?」

 こちらに目線を合わせることもせず、平塚先生がそう聞いてくる。

『まあ、ぼちぼち楽しんでますよ』

 相手が誰よりも見知っていた相手ですしね。

  心の中でそう付け足しながら、歩きながら書いた文章を変換し、ボタンを押す。すると平塚先生はどこか嬉しそうな顔をした。

「そうか。やはり思っていた通りだな」

 え、何が?

  先生がこぼした言葉に疑問符を浮かべる。いったい俺のどこが思っていた通りなのだろうか。特別何かしたわけではないが。

  俺の雰囲気に気づいたのか、苦笑を浮かべながら先生は髪を掻き上げる。

「君はただ単にひねくれているわけではなく、誰にも受け入れられていなかっただけだということだ。だから今まで君が楽しんでいる姿を私が見ることはなかった」

 ははあ、なるほど。

  まああの事件でPTAの耳に入ったことで俺はある意味時の人となり、転校した後の約二年間は悲惨なものだった。

  俺が話せないのをいいことに机の落書き、上履き隠し。下駄箱はゴミ箱代わりで当たり前。

  挙げ句の果てには花瓶まで持ってくるというもはや呆れ返るしかない毎日を送っていた。

  まあ中三時代一人だけ悪友以上友達未満のアホが絡んできたが、最近ではそんなに会ってない。どちらかというとあいつはこちらの事情ガン無視でグイグイ入り込んでくるやつだったが。

「君の目から見て雪ノ下はどんなやつだ?」

『孤独なやつ』

 即答した。

  それしか今のあいつの現状を表せる単語は存在しないだろう。

「そうか」

 平塚先生は苦笑した。

「非常に優秀な生徒ではあるんだが……。まぁ、持つ者は持つ者でそれなりの苦悩があるのだよ。けれど、とても優しい子だ」

 知ってますよ、と心の中で同意する。

「きっと彼女も受け入れられなかったんだろうな。優しくて往々にして正しい。だが世の中が決して優しくも正しくもない。さぞ生きづらかろう」

  わかっている。どれだけ残酷でも、悲しくても、恐ろしくても、苦いものでも。それを心の底から受け入れられる人間は、この世にはあまりいない。

  もしそんな人間がクラスに一人ずつでもいたならば、それはそれは優しい世界だろう。

  そんなことがありえないからこそ、そんな受け入れ受け入れられた関係は、きっと〝本物〟とでも呼ぶのだろうな。

 

 ーーー

 

  特別棟の一角はしんと静まり返り、ひんやりとした空気が流れていた。

  他にも活動をしている部はある筈なのに、その喧騒もここまでは届かないらしい。それが立地条件による者なのか、それとも雪ノ下雪乃の放つ雰囲気が成している業なのかはわからない。

  扉を開けようと手を掛ける。正直昨晩あんな夢を見たので非常に顔を合わせづらいが、どうせ相手は覚えてはいない。なら覚悟を決めろ。

  部室の扉を開くと、雪ノ下は昨日と寸分たがわぬ姿勢で本を読んでいた。

「ー」

  とりあえず会釈をして近くに進むと、ようやく彼女は気づいたようだった。

「こんにちは、比企谷くん」

  彼女の挨拶を確かに受け取ると、カバンの中から教科書とノートを取り出す。学校にいても勉強以外やることなんて一人でできる遊びしてるくらいだし。

 …自分で考えて悲しくなってきた。

 とりあえず目の前の問題に集中する。

  数学だけはどうも苦手だから毎日やらなきゃいかん。

 

  しばらく数式の世界に没頭していたが、ひと段落するとぐぐ、と背筋を伸ばす。あー、とりあえず予習は終わった。

 さて次は、と。

  あ、そういえば聞きたいことがあったんだった。

  携帯を取り出し、アプリに文字を書く。昨日と同じような動作をすると雪ノ下に質問をした。

『お前、友達いるの?』

  それを聞いて、雪ノ下はふっと視線を横に逸らした。

「……そうね、まずどこからどこまでが友達なのか定義してもらっていいかしら」

  あ、うん、もういいわ。今の台詞だけでなんとなく友達いないな、というのは分かったから。

 ソースは俺。

  だが真面目な話、どこからどこまでが友達かなんてわからんよな。知り合いとどういう違いがあるのか誰かに説明してもらいたい。

  たまに週末に遊んだら友達なの?それとも定期的にメールのやり取りするのが友達なのか?いや、そうすると俺とあいつは友達ということに……

  いや、待て待て。それは無い。あれは単に振り回されているだけだ。あんな半分鳥頭のようなやつが友達なわけがない。

  ナチュラルにひどいこと考えてるな、俺。

  しかし雪ノ下は俺の表情がお気に召さなかったようで、じとっとした目をこちらに向けてくる。

「別に友人がいないからといって何か不利益があるわけではないわ」

 はいはい、わかってるから。

  友達がいないやつは揃って同じような言葉を発するものだ。

「だいたい、そういうあなたも友達いないでしょう」

  不機嫌そうに頬を膨らませながら、雪ノ下が反撃をしてくる。何それ可愛い。だが、残念だったな、その質問に俺は負けない。携帯に文字を打ち込む。

『一応、いることにはいる』

 はちまん には むこうなようだ !

  非常に、非常に癪だが、悪友以上友達未満のあいつも一応友達と言えるのであろう。悪友以上友達未満だが(大事なことなので二回)。

  ていうか教室で寝てる時にいきなり脇腹こちょこちょとかやめてね。俺喉潰れてるから変な声で飛び上がるとかできないよ?

  他にもあれやこれや思い出していると、雪ノ下になぜか憐れみの視線で見られていることに気づく。

「…ごめんなさい、話せないから頭の中で架空の友達を作ってしまったのね。悪いことを聞いてしまったわ」

 しっつれいなやつだな。

 ていうか本気で言ってるよこの子。

『ちげえよ。中学時代に一人だけ絡んできたやつがいたんだよ』

「わかった、わかったから。そんなに自分を追い詰めないで、ね?」

 うぜえ…。

  おかげでその生暖かい目をした顔もいいなとか死ぬほどどうでもいいことがわかった。

  でもこいつ昔から可愛かったし、経験則からして友達がいなくとも男に好かれることは多そうだ』

「っ、え、ええ。まあ近づいてくる男子はたいてい私に好意を寄せてきたわ」

 は?

  頭の中で言ったはずのセリフに返答が返ってきたことに驚き、慌てて手元を見る。すると途中から思ったことがそのまま書いてあった。あー、時々あるんだよなぁ。思ったことを無意識に書いちゃうこと。

「小学校高学年くらいからかしら。それ以来ずっと…」

 この話まだ続けるの?

  小学校高学年という言葉に一瞬どきりとしたが、話している雪ノ下の嫌に陰鬱な表情を見てはっとする。

  今までずっととすると足掛け五年くらいか。常時、異性からの好意にさらされる気分というのは一体どういうものなのだろうか。

  正直、本当に小さい頃から嫌悪と侮蔑の視線にさらされ続けた俺には理解できない。義母からしかバレンタインチョコをもらえない俺ではわからない世界だ。異性に好かれ続けるという部分だけ聞けば人生勝ち組の自慢話のようにも聞こえるが、けど、そうだよな。

  プラスマイナスの違いこそあれ、剥き出しの感情をぶつけられるというのはきつい。俺の場合はコミュニケーションが取れないからうまく捌くこともできない。

  吹き荒れる嵐の中を全裸で突っ立っているようなものだ。まるで学級会で吊るし上げられた時のような。

 ……あの時はいろんな意味でやばかった。クラス全員とは言わないがほぼ半数くらいでで円を作られ、その中心で延々と「くーちなし、くーちなし」とやられるのは。思わず昔のことを思い出ししてキレかけた。危うくまた手を出してたレベル。

 いや、俺の過去は今はどうでもいい。

『まあ、ひたすら嫌われるよりかはましだろ』

  トラウマが頭をよぎったせいでふとそんなことを書く。

  すると、それを聞いた雪ノ下は短くため息をつく。それは笑顔のようにも見えたが、明らかに違った。

「別に、人に好かれたいだなんてほとんど思ったことはないのだけれど」

  そう言い切った後に、ほんの僅かばかりの言葉を付け足した。

「もしくは、本当に、誰からも好かれるならそれも良かったかもしれないわね」

「?」

  消え入りそうな声で呟かれたので思わず首をかしげると、雪ノ下は真剣な表情で俺に向き直った。

「あなたの友達で、常に女子に人気のある人がいたらどう思う?」

『俺の前から取り除く。害悪でしかないから』

  あまりにも冷たく、しかし力強い答え。

  今までで一番早く手を動かしボタンを押した瞬間、更に目が死んでゆく。空虚な眼窩を見た雪ノ下は、短く息を呑んだ。

 だがすぐに言葉を紡ぐ。

「ほら、そうやって排除しようとするじゃない?理性の無い獣、いえ禽獣にも劣る……。私のいた学校にもそういう人が数人いたわ。そういう行為でしか自分たちを確立できない憐れな人たちだったのでしょうけれど」

  知っている、とは言えずになんとか頷き返す。なんかこの話をしているのは危ない気がしてきた。

「小学生の頃、60回ほど上履きを隠されたことがあるのだけれど、うち五十回は同級生だったわ」

『残りのうち三回が男子。教師が買い取ったのが二回。犬に隠されたが五回、か』

  全神経を右腕に総動員させ、畳み掛けるように機械音声を鳴らせる。

  続けようとしていたであろう言葉に、雪ノ下はまた目を見開いた。

「あなた、なぜ…」

『俺も似たようなことをされたからだ』

  まあ俺の時は七十回がクラスの上位カーストグループに、二十回がギャルっぽいやつらに、残り十回が犬にだが。百回もやられるとか俺どんだけ嫌われてたんだよ。それにしてもボロボロに犬に噛みちぎられた上履きを見た時はさすがに泣きそうになった。あ、もちろん俺の上履きを隠した奴らは社会的に叩き潰させてもらいました。

「そう。けれど、私には理解者がいたわ」

 ドクン。

  理解者?自惚れが過ぎていなければ、それはもしや昔の俺のことだろうか?だとしたら正念場だ。何か一つでも書き間違えればこのあやふやな、しかしどこか居心地のいい空間が崩れる。それだけは避けなくてはいけない気がする。

「よく覚えていないけれど、その子は何も言わなくてもずっと私のそばにいてくれたわ。いつも一緒にいて、おそらく安心させようとしてくれていた」

  先ほどの暗い顔から百八十度反転し、僅かに頬を染めながら話し出す雪ノ下。コロコロと表情が変わる顔だな。

『…そいつはさぞお前のことが好きだったんだろうな』

「それはわからないわ。けれど、私は彼のことが大好きだった。そのあと二年ほど海外に留学して、帰ってきた時にはどこにもいなかったけど」

  即答で、さらに気づいてないとは言え明確に好意を伝えられ頭の中がヒートアップする。だがそれは許すまいとギリギリのところで表情に出すのは押しとどめる。

『…もし、もしもだ』

  打ち明けられない代わりに、俺の大嫌いな逃げの質問をする。

『もしも、今そいつが現れたとしたら、どうするんだ?』

「…そうね、まずはなぜいなくなったのかじっくりと聴かせてもらうわ。そのあとは私が満足するまで抱きしめる」

  うん、よしわかったもうしばらくは隠しておこう。

  前半分の時点でもう怖いし、そのあとにそんなことをされたら俺の心臓がもたない。

「ごめんなさい。関係無いあなたにこんな話をしてしまって」

『気にするな』

 書けたのは、それだけだった。

 




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