声を失った少年【完結】   作:熊0803

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二話です。


2.声を無くした少年は、孤独な少女と戯れる。

 日が傾きかけた頃、ペタンと俺がカードを置く音が部屋に響いた。

 

 それに対して凄まじく悔しそうな顔をして、雪ノ下がうなだれる。

 

「……負けたわ。とても癪だけれど、あなたの勝ちよ」

 

 ここ一時間ほど遊んだ結果思い出したこと。

 

 それはこいつが滅茶苦茶負けず嫌いと言うことだ。さっきから勝つ負けるの繰り返しをしているが、負けるたびにすげえ悔しそうな顔をしやがる。神経衰弱で負けた時なんか涙目でプルプルしてた。

 

 ま、あれだけ優秀なのだ。挫折や敗北を味わったことがあまりないのだろう。

 

 こう言っては失礼だが、見ていて非常に楽しかった。家の外で楽しいと感じたのは二年ぶりくらいだろうか。

 

 その事実と先程見た光景を思い出してヒュ、ヒュと思わず声にならない笑い声を上げるとギロッと雪ノ下に睨まれた。

 

「……そんなに私が負けた姿が滑稽かしら」

 

 怖えよ。あと怖い。

 

 ひどい勘違いをしている雪ノ下に首を振り、手元に置いた携帯に文字を書いてボタンを押す。

 

『いや、意外と可愛いところもあるんだな、と思って』

「なっ……」

 

 俺の思ったことを読んだ瞬間、声を上げて真っ赤になり始める雪ノ下。あ、すみません。キモかったですよね。

 

 数分間罵倒され、少しげんなりとする。

 

 まあまあ、とジェスチャーをして宥めていると、不意に雪ノ下が不思議そうな顔をした。

 

「あなた、別に口下手じゃないじゃない。何故他人と関わろうとしないの?」

 

 うん、その質問も中学時代教師に散々されたわ。

 

 苦笑を浮かべながら、また考えを伝えるために指を走らせる。

 

『ほら、俺の目かなり死んでるだろ?それに話せないときたもんだ。だから俺が関わらないんじゃなくて誰も関わりたくないんだよ。所謂腫れ物扱いってやつだ』

「っ……」

 

 何を思ったのか、雪ノ下は悲しそうな表情を浮かべる。他人との区別っていうのは、俺もこいつも嫌という程味わったからな。

 

 それからは耳が痛くなるような静けさだった。実際、耳が痛くなる重い話をしてしまったので仕方がない。

 

 その静寂を打ち破るように、ドアを荒々しく引く無遠慮な音が響いた。

 

「雪ノ下。邪魔するぞ」

「ノックを……」

「悪い悪い。まあ気にせず続けてくれ。様子を見に寄っただけなのでな」

 

 ため息交じりの雪ノ下に応用に微笑みかけると、平塚先生は教室の壁に寄り掛かった。そして、俺と雪ノ下を交互に見る。

 

「良い感じにコミュニケーションは取れているようだな」

 

 あんたが入ってくるまで重苦しい空気だったけどな。

 

「その調子で他人と関わるということを続けてみたまえ。では、私は戻る。君たちも下校時刻までには帰りたまえ」

 

 いや、ちょっと待ってください!

 

 引き止めようと俺が先生の手を取った。その瞬間、

 

「〜〜〜っ!?」

 

 いたっ、いたたたたたっ!ギブッ!ギブギブッ!

 

 俺の腕が捻られていた。必死でバシバシと手を叩きタイアップをしているとようやく離してくれる。

 

「なんだ比企谷か。不用意に私の後ろに立つな。しっかり技をかけてしまうだろう」

 

 あんたはゴルゴかっ!後そこはうっかりだろ!しっかりすんな!それにあんた俺が喋れないの知ってるだろうが!

 

 抗議の視線を向けていると、ため息をついて平塚先生が折れる。

 

「それで、どうかしたか?」

 

 つかつかと机の上から携帯をとり、ここがなんなのかより詳しい説明を求める。概要は聞いたがもう少し何をしたらいいのか知りたいからな。

 

 俺が問うと平塚先生は「ふむ」と顎に手をやってしばし思案顔になる。

 

「雪ノ下は君に説明してなかったか。この部の目的な端的に言ってしまえば自己変革を促し、悩みを解決することだ。私は改革が必要だと判断した生徒をここに導くことにしている。精神と時の部屋だと思ってもらえればいい。それとも少女革命ウテナといったほうがわかりやすいか?」

『余計わかりにくいし、例えで年齢がばれますよ』

「……ほう」

 

 いえなんでもないですすいませんでした!

 

 思わずぺこぺこと頭を下げていると、髪を掻き上げながら平塚先生は口を開いた。

 

「それともう一つ伝え忘れていたが、君たち二人には勝負をしてもらう」

「(勝負?)」

 

 俺は心の中で、雪ノ下は声に出しながら首を傾げた。するといきなり平塚先生はハイテンションになり、

 

「そうだ。ただ奉仕活動をするというのもつまらないだろう?一体どちらが多く迷える子羊を救えるか勝負だ。ガンダムファイト・レディー・ゴー!!」

「『嫌です』」

 

 二人揃って即答する。雪ノ下はさっきまでのしおらしい態度は何処へやら、冷たい視線で平塚先生を見る。ていうかGガンとか世代古い。

 

 俺たちの意思を確認すると先生は悔しげに親指の爪を噛む。

 

「くっ、ロボトルファイトのほうがわかりやすかったか……」

 

 そういう問題じゃねえだろ…………

 それにメダロットとかマニアックすぎだから。

 

「先生、年甲斐にもなくはしゃぐのはやめてください。酷くみっともないです」

 

 雪ノ下が氷柱のように冷え切った鋭い言葉を投げる。すると先生もクールダウンしたのか、一瞬羞恥に頰を染めてから取り繕うように咳払いをした。

 

「と、とにかくっ!勝負しろと言ったら勝負しろ。君たちに拒否権はない」

 

 横暴すぎる……

 

 この人完全に子供だ。胸だけは例外だが。

 

 まあ勝負なんて適当にやって負けちゃいましたーてへへっ☆でいいんだけどな。

 

 だが、頭の中が幼女の嫌すぎるロリババア巨乳はなおも妄言を吐き続ける。

 

「全力で戦えるように君たちにもメリットを用意しよう。勝ったほうが負けた方になんでも命令できる、というのはどうだ?」

 

 いや、それ言っちゃダメなやつだから。最近の男子高校生は卑猥なことばかり考えてるやつ多いから。俺?俺は特にそんなことは考えてない。ほ、本当に考えてないぞ。ハチマンウソツカナイ。

 

「そもそも話せない人が相手ではこちらが有利になってしまいます」

「なんだ、さしもの雪ノ下も怖気付いたか?」

 

 意地悪そうな顔で平塚先生が言うと、雪ノ下はいささかムッとした表情になる。

 

「……いいでしょう。その安い挑発に乗るのは少しばかり癪ですが、受けて立ちます。比企谷くんには悪いですが全力で」

 

 おい変なとこで負けず嫌いスイッチ入れなくていいから。

 

「決まりだな」

 

 にやりと平塚先生は笑い、雪ノ下の視線を受け流す。その肩をトントンと叩き自分の顔を指差した。俺の意見は?

 

「これもコミュニケーションの一つだと思いたまえ」

 

 さいですか……

 

「勝負の判断は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。あまり意識せず、適当に……適当に妥当に頑張りたまえ」

 

 そう言い残すと、先生は教室を後にした。

 

 残されているのは呆れた顔の俺と、あらかさまに不機嫌になっている雪ノ下。

 

 その静かな空間にじーっと、壊れたラジオの放つような音がする。チャイムがなる前兆だ。

 

 いかにも合成音声っぽいメロディが流れると、雪ノ下はガタッと立ち上がる。完全下校時刻を知らせるチャイムだったらしい。

 

 それを合図に雪ノ下はさっさと帰り支度を始める。手元の文庫本を鞄に丁寧にしまうとそれを肩にかける。俺も机の上に散らかっているトランプを片付け始めた。そんな俺をちらりと見た雪ノ下は。

 

「それじゃあ、また明日。鍵は私が返して置くわ」

 

 それに対して片手を挙げることで応じる。返答をしっかりと見ると、雪ノ下は部屋を出て行った。荷物をまとめ終わると俺は静かにため息をついた。

 

 明日から面倒な毎日が始まりそうだ。

 

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

 自転車を車庫に押し込み、我が家の扉を開ける。すると入った瞬間、軽い衝撃を胸のあたりに受けた。

 

「おっかえりー、お義兄ちゃん♪」

 

 自分の胸を見下ろすと、そこには小さな太陽と見紛うような笑顔を顔につけた天使がいた。

 

 比企谷小町。我が最愛の義妹にしてどこに出しても文句一つないレベルの天使。むしろ嫌いというやつがいたらそいつをボコボコに殴り殺すまである。おいそこ、シスコンとか言うな。

 

 何がそんなに嬉しいのか、俺と同じようなアホ毛も頭のてっぺんでぴょこぴょこ揺れている。いつも思うがこれどういう原理なんだろう。

 

 とりあえず義妹の頭をなでなでとする。うむ、小町パワー充電完了。

 

 挨拶のできない俺は、こうして笑顔を浮かべながら頭を撫でることで帰ってきたぞという合図にする。最初はなんか気恥ずかしかったが、やり始めて半年もすれば慣れた。

 

 うん?なんかいい匂いがするな。小町の匂いかな(気持ち悪い)?

 

「あ、今日はお義兄ちゃんの大好きなハンバーグだよ!」

 

 なぬっ、小町の作ったハンバーグだと!

 

 これは絶対に食べなくては。いや、逆に食べなきゃ明日から生きていけねぇ。

 

 そんなアホなことを考えてニヤニヤしていると、若干小町が引いた。

 

「お義兄ちゃんキモいよ。それとお風呂わいてるから先に入ってきたら?」

 

 こくんと頷くとたたとリビングに向かって階段を上がっていく。俺は靴を脱ぎ捨てると風呂場に直行した。

 

 ポイポイと洗濯機の中に制服を投げ入れ、少し肌寒さを感じながらシャワーを出す。うおっ、あっつい。

 

 ものの十数分で体を洗い終えると、足の指先からゆっくりと湯船に浸かった。あぁ〜、生き返る。

 

 おっさん臭いため息を出しながら体から疲れを追い出していると、ふっと頭に雪ノ下のことがよぎった。

 

 あいつ、今どうしてるだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 チャポン。

 

 

 

 

 

 髪の先から湯船に水滴がしたたる音を聞きながら、膝を抱える。

 

 頭に思い浮かぶのは今日部屋に来た一人の男のことだった。

 

 最初に見たときは、ただ何となく目が腐っていて気持ち悪いというお世辞にも綺麗とは言えない印象だった。

 

 だが今日見た限りでは、何気に気さくでよく話す第一印象とはかけ離れた人物で。平塚先生以外の人間と話したのは久しぶりだったので、思わずトランプなんてしながら楽しんでしまった。

 

 そしてちょうど今思い浮かべているのは彼が携帯に綴った自分の境遇。

 

 

 

『ほら、俺の目かなり死んでるだろ?それに話せないときたもんだ。だから俺が関わらないんじゃなくて誰も関わりたくないんだよ。所謂腫れ物扱いってやつだ』

 

 

 

 彼の境遇に、別に同情したわけじゃない。

 

 本人もいう通り、比企谷君の目は随分と腐っているというか、死んでいる。まるで何かに疲れたかのような。

 

 この世の不条理に対して全て諦めをつけたかのような。

 

 そんな目だった。

 

 ふっと、何かが頭の片隅に引っかかる。

 

 自分の記憶の中に、彼に似た人物が浮かび上がるのだ。

 

 思い出したくもない忌まわしい小学校高学年時代。今では朧げで、途中からはあまり覚えていない。

 

 けれどその中で唯一印象に残っている、その時に私を救ってくれたはずの少年。

 

 

 

 ──ー『俺には、理解してくれる人は、いないから』──ー

 

 

 

 私が唯一、好きで好きで仕方がなかった男の子。確かその子も──ー

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「そういえばお義兄ちゃん、学校どう?」

 

 夕飯を食べていると、小町が話しかけてきた。

 

 口に運びかけていた箸を置き、苦笑いと共にふるふると首を横に振る。何も変わってないぞと。だがたった一つだけ変化したことを思い出し、机の下にセットされていたメモ帳に伝えたいことを書き始めた。

 

 この家のいたるところに、このようなものが配置されている。義父さんが俺に配慮して作ってくれたのだ。おかげで家のどこにいてもスムーズに会話ができる。充電使うのも勿体無いし。

 

『部活に入った』

「へえ〜そうなんだ〜って部活!?!?」

 

 バンと机を叩いてこちらに乗り上げる義妹。

 

 おいおい、いきなり机を叩いたりしてびっくりしただろ。食事中に大声を出すなんてマナー違反だぞ。

 

 だが俺の変な方向への心配はどうでもいいらしく、こちらに詰め寄ったまま心配げに瞳を揺らして小町は問いかける。

 

「……その、大丈夫、なの?」

『心配ない。それに、俺以外に一人しか部員いないしな』

 

 今日一日であったことを事細かに書いて聞かせる。俺が何か書くたびにほうほう、とかほへーとか間の抜けた反応を返す我が義妹。

 

『そんなわけで、そいつは悪い奴じゃねえから心配すんな』

「そっか。小町はお義兄ちゃんが傷つかないならそれだけで十分だよ。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

 最後のがなければ本当にな。

 

 ぴしっとデコピンをくれてやると、あうっと大げさなリアクションで仰け反り、ぐおんと一瞬で顔をこちらに戻すとキラキラと目を輝かせる。

 

「それで、その女の人はなんて名前なの?」

『雪ノ下雪乃だ』

 

 それを聞いた瞬間。

 

 俺でさえぞくっとするほど、小町の目から光が消え失せた。

「……何であの人が、お義兄ちゃんと同じ学校にいるの?」

 

 おい、小町?

 

 しかし俺の目線は届いていないようで、ブツブツと何かを垂れ流す小町。慌てて肩を揺さぶる。

 

 数回肩を揺さぶると正気に戻ったのか、しっかりと焦点があった目でこちらを見つめる。それを確認するとまた言葉を継ぎ足した。

 

『気にするな。さっきも言った通り悪い奴じゃない』

「っでも!」

『本当に、もう大丈夫だから。そもそも相手側は俺のこと覚えてないみたいだったからな』

「……お義兄ちゃんがそう言うなら、別にいいけど」

 

 そう言って大人しく椅子に座る小町。

 

 しばらく俺が飯を咀嚼する音だけがリビングに響き、やがてそれさえも消える。ちゃんと自分の使った皿を洗ってシンクの中に置いておき、洗面所に向かった。

 

 自分の死に腐った目を見ながら歯を磨き、小町にお休みのなでなでをしたら自分の部屋に入りそのまま電気を消して布団の中に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 なんか今日は変な夢見そうだな。

 

 

 

 

 




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