【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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6 裏庭には二羽ニワトリがいた

 

 

 十月が、終わろうとしていた。

 授業の束には慣れてきたが、呪文はうまくいかない。初めての変身術で一度だけ成功(?)したきりだった。

 閉心術の方は、上々だ。心を空にするというのも、なんとなく分かった。

 

(でも、それってさびしいことじゃないかな)

 

 感情を切り離すというのは、嬉しいことや悲しいことを、心ではなく頭で感じるようなものだ。それをすると自然と周りが静かになるが、ミリア自身も心の声を出せなくなってしまう。感情が消えてしまったように。

 スネイプ先生に進歩したことを褒められても、作り笑いしか返せないのなど、嫌だ。だから結局、特にうるさい時以外は閉心術を使っていない。いやむしろ、閉心術を使わなくても、だんだん学校生活を楽しめるようになっていた。

 新しい“おともだち”が、たくさん増えたのだ。

 

 今日は日曜日。

 

「おはよ!ルーナ」

 

「ミリアおはよう」

 

「くつ、はいてないけどどしたの?」

 

「誰かが持ってったんだ」

 

「じゃあ半分こ」

 

「ありがとう。くつってあったかいなぁ」

 

「いたっ!」

 

「やっぱり返すよ。あんたってどんくさいんだもン」

 

 ルーナは、レイブンクローの中で友人がいないそうだ。ミリアも、レナなど授業で組んでくれる人はいるが、休日を共に消化できるような人はいない。だから違う寮でも、ほとんど毎週日曜日に一緒に過ごしていた。

 向かう先は、大抵ふくろう小屋。

 

「おはよう!」

 

『ああ、セルウィンあんたか。んで手紙は』

 

「今日は無い。ルーナも」

 

『意味ねーじゃん。帰った帰った』

 

「えー、お話ししようよー!」

 

「お話し?じゃああたしがルンタタキエフのこと話したげる」

 

 人の心の声が聞こえるのは話していないが、動物の言葉が分かることはひと月前に言った。その時の目の輝き方は、今でも鮮明に思い出せる。

 ルーナの話(今日は鳴き声が“ルンタッタールンタタッター”のロシアの魔鳥について)を聞くと、半分は耳を背けるが半分は笑いながら聞いてくれる。次々と重なる茶化しをさばくのに精一杯になるが、ミリアもルーナも楽しくて仕方がない。

 話がひと段落するころ(ルーナはよく話しきっていないと文句を言う)、もう一人の“おともだち”がやってくる。

 

「おー、今日も来とったか!」

 

「おはよう、ハグリッド」

 

「ルンタタキエフはキジバトじゃないもン!」

 

「ん、何の話かは知らんが、ハトに豆ガトリング食らわしちゃあいけんぞ」

 

 ハグリッドは、ミリアが動物の話が分かることを信じていない。大笑いして頭をガンガン叩いて(なでたつもりだったらしい)それもあるかもしれんなぁ、と言っただけだ。しかし、彼は思ったことをそのまま口に出す。ルーナもそれなのだが、そういう人がミリアにとって好ましい人だった。

 巨体でのそのそ、ふくろう小屋を歩き回る。それは怪我をしたフクロウがいないか探しているということを、ミリアは知っている。ハグリッドが来ると、ミリアたちが来た時よりもみんな嬉しそうにする。だから彼はとてもいい人だ。

 

「怪我してんのはいないようだ。さあミリアにルーナ、俺んちに来るか?」

 

「行く!」

 

「あたしも」

 

 フクロウたちとおしゃべりして、ハグリッドの家に訪問するのが日曜日の日課だ。

 

「おんやルーナ、おめえさん靴下だけじゃねえか。俺んちにサンダルがあるから、それまで肩に乗せてやろう」

 

 と言って、ひょいとルーナを持ち上げた。

 

「わ、高い」

 

「いいなぁ」

 

「ミリアはまた今度な」

 

 ハグリッドの小屋は、暖かい。たくさんの動物の『気配』がするから。それは毛皮だったり尾の毛だったり……ハグリッドに対する怨念は感じられず、彼自身の愛情がふんわりと覆っていた。

 ここに来てするのは、彼の愛犬ファングと遊ぶこと。のんびり屋で、臆病で――どことなくミリアに似た性格の彼が好きだ。同じ空気を感じ取っているのか、ファングもミリアを好いてくれている。

 

「遊びに来たよ」

 

『こんちは、ミリア』

 

 ルーナがハグリッドと魔法生物談義をしている間、時々興味がある話に口を挟む以外、ほとんどファングと遊んでいた。

 

「よだれがくさいよ、ハミガキしたげようか?」

 

『気にすんな、気にすんな。別にいいんだ』

 

「虫歯は痛いよ。わたし、なったこと無いけど」

 

『じゃあ、おれもならない。ならないったらならない』

 

「そういうものかなぁ……あれ?」

 

 ミリアは小屋の外を覗く。やっぱりいた。

 

「ジニー!」

 

「あ、本当」

 

「ルーナ、……ミリア」

 

「おお、ウィーズリーの末っ子じゃないか!」

 

 ジニーがハロウィン用の大きなカボチャに隠れて、この小屋をうかがっていた。

 

「……。なかなか、会えないね」

 

「うん。やっぱり寮が違うし……」

 

 スリザリンは悪い寮だから――そう、ジニーは言わなかった。

 汽車の中の約束を気にして、ミリアが属するスリザリンが嫌いとははっきり言えないのだ。授業でも、反目さえできないほど避けられていた。

 他の寮も同じくスリザリンを嫌っている。スリザリンだって嫌われるような発言ばかりしており、特にグリフィンドールとの衝突は日常茶飯事だった。そこに個人は無く、寮と言うだけでそうなっているのだ。生徒の中ではルーナだけが、緑色の紋章に偏見を持っていない。

 

「ええと――ハグリッド、大きいカボチャね」

 

「そうだろうさ!」

 

 ジニーは嘘をついた。なぜだろうと彼女に意識を向けかけるが、咄嗟に心を閉じる。嘘は、暴かれたくないから嘘だ。避けられていても、汽車で友達だと言ってくれた彼女と、まだ“おともだち”でいたい。こんな形で心に踏み入るのは、友達のすることではない。

 微妙な空気のまま、ジニーは城へ戻って行った。

 微妙な空気を察したのか気まぐれか、ハグリッドは『せすとらる』の餌やりに誘ってくれた。

 

「ローブが汚れるかもだけどな」

 

「行きたい!」

 

「あたしも」

 

「ほんじゃ行くか。ついてこい!」

 

 ハグリッドは小屋から出て、大量の生肉を背負った。行き先はどこかの小屋と思ったが、森のようだ。

 森の少し進んだ薄暗いところを、生肉のにおいをまき散らしながら歩く。森を進むと、自然と感覚が鋭くなる。そこに住むのは友好的な“おともだち”だけじゃないからだ。

 

「よぅし、呼ぶぞ」

 

 そう前置きしてから、ハグリッドは叫んだ。甲高く意味をなさない、動物の遠吠えに似た音だ。

 三度叫ぶころ、多くの『気配』が見えるくらいまで近づいてきた。

 それは、羽の生えた骸骨みたいな骨と皮の馬だった。

 

「おお、おめえさんたち見えるのか?」

 

「『せすとらる』さんを?」

 

「いっぱいだね」

 

「セストラルはな、目の前で死を見て、その悲しみを受け入れないと見えねえんだ。――いんや、何も言わなくてもいい」

 

 死を見て、受け入れる――人ではないが、カラスの『彼』の体験だろうか。ルーナは……いつか話してくれるだろうか。

 

「見る条件はちょいと怖いかもしれんが、どえらく役に立つんだ。学校の馬車引きは全部こいつだし、目的地を言やあどこんでも連れてってくれる!ダンブルドア先生の『姿くらまし』を使わんお出かけも、こいつらに乗ってくんだ」

 

「わぁ、本当に賢いんだ」

 

 ミリアは、生肉を頬張るセストラルの背中を、慎重になでる。

 

『なんだい?』

 

「こんにちは、お肉はおいしいですか?」

 

『まあまあ』

 

 ルーナは食事を終えた一頭の鼻面をなでている。不快そうではないので、真似をして触れようとすると――

 

(……!)

 

 ビリッとした気配が全身を駆け抜ける。

 

(怒ってる)

 

 セストラルがではない。もっと遠く、森の奥から大勢やってくる。

 

「ハグリッド、帰ろう――!誰か来るよ!」

 

「だいじょうぶだ。俺がいりゃあな~んも怖くねえ」

 

「そうじゃない!」

 

 説得する間もなく、彼らはやってきた。

 矢という形で。

 

「ひゃ!」

「なんだ!」

「うん?」

 

 矢は、ミリアの足元に刺さった。外れたのではなく、初めからそこを狙っていた。

 あつまったセストラルは

 

『面倒ごとか?』

 

『離れて見とけ』

 

『生徒は守ろうか?』

 

『よせよせ、ハグリッドがいる』

 

 と、素早く場を後にした。

 

 入れ替わって、樹々の間から下草を鳴らしつつ、人の上半身と馬の下半身を持つ――ケンタウルスが、見える分は三人(?)奥に隠れて数十人現れた。

 

「ごきげんよう、ハグリッド」

 

「ベイン!何をしちょるッ!」

 

「我々は仔馬に手をかけたりしない。しかし歓迎しない」

 

 弓を射たケンタウルス――ベインは、ミリアに目を向けた。その目は、怒りでもなく、恐れでもなく――ミリアには理解できない色の光を湛えていた。

 

「ミリアをか!?一体どうしたんだ!この子はただの生徒だ!今まで生徒に弓をかけるなぞ、なかっただろう!」

 

「我々が下した決定だ。その生徒とは関わりを持たない。次は射てでも、出て行って貰う」

 

 それはただの最後通告だった。こちらの言い分など、端から聞くつもりもない。ケンタウルスたちは言うだけ言ってその場を離れた。

 いや、一人だけ残った。

 

「フィレンツェ!何がどういうこっちゃ!」

 

「申し訳ありません、ハグリッド」

 

「謝るんならこの子にだ!」

 

「重ね重ね無礼を、ミリア・セルウィン」

 

「……いえ」

 

 ケンタウルスは人の言葉をしゃべるが、動物の様に一つの声しか聞こえない。それは閉心術ではなく、動物たちの『誠実さ』だ。

 

「我々は結論を下したのです。彼女は森を乱す、と。僕に異議を唱える力はありませんし、今後も覆ることは無いでしょう。これからは森に近付かないよう。彼ら――いいえ、我々は本気です」

 

「一体どうなっとる!この子は俺の友達で、俺とおんなじで動物が好きで、なーんも悪いことしちょらんのに!」

 

「彼女に罪はありません。――ただし、意味なくこの結論を下した訳でもないのです。僕はこれ以上何も言えません。どうか理解してください、ハグリッド」

 

「分かった。わたし、もう近づかないから……ね、ハグリッド、帰ろう」

 

「……おう。俺はおめえさんたちのこと、見損なったぞ!」

 

 ハグリッドがどすどす森の外に向かい、ミリアとルーナが続く。フィレンツェは一礼して、見送っていた。

 

 小屋が見える辺りまで帰ってもまだ、ハグリッドは腹を立てていた。

 

「たくッあいつらときたら、星ばぁっかり眺めとって、近くのこの子は見ようともせん!」

 

「もういいよ。あの人(?)たちにとって、きっととっても大事なことなんだと思う」

 

「あたしは、ちょっとスリルがあったな。珍しいことなんでしょ?」

 

「おうともさ、こんなこと一度もなかった。やっこさんたちの様子だと、ルーナは大丈夫のはずだが」

 

 ケンタウルスたちに半ば無視されていたルーナ。彼女の肩を、ハグリッドがゴンと撫でた。

 

「痛い」

 

「おお、すまんすまん――ん?」

 

「何かあったみたい」

 

 小屋に近づくにつれ、ファングのただ事じゃない咆哮が大きくなる。

 急いで走ると、ファングが駆けてきて、ハグリッドに抱き着いた。

 

『裏庭!こわい!裏庭!』

 

「裏庭行ってみよう!」

 

「俺が見てくる!ちょいとファングを頼む!」

 

 ハグリッドはファングをつまみ、ミリアに押し付けた。

 

『こわいよ、こわいよ!』

 

「だいじょうぶ、もうだいじょうぶだから……」

 

「あんた、本当に怖がりみたいだね」

 

 ルーナも言いながら、ミリアでは抱えきれないファングを抱いた。

 やっと吠え声が収まってきたころ、ハグリッドが帰ってきた。

 

「何があったの?」

 

「鳥小屋のニワトリが逃げた。オスの方が殺されちょった」

 

 ルーナが目を丸くし、ハグリッドが肩を落とした。ミリアはファングを強く抱き寄せた。

 

 

 

 





ルンタタキエフはロシアの魔法使いに召喚された末、たくましく野生化したキジバトなのです
るんたったーるんたたったー

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