イブにお気に入り50人突破!
プレゼントありがとう!
十月が、終わろうとしていた。
授業の束には慣れてきたが、呪文はうまくいかない。初めての変身術で一度だけ成功(?)したきりだった。
閉心術の方は、上々だ。心を空にするというのも、なんとなく分かった。
(でも、それってさびしいことじゃないかな)
感情を切り離すというのは、嬉しいことや悲しいことを、心ではなく頭で感じるようなものだ。それをすると自然と周りが静かになるが、ミリア自身も心の声を出せなくなってしまう。感情が消えてしまったように。
スネイプ先生に進歩したことを褒められても、作り笑いしか返せないのなど、嫌だ。だから結局、特にうるさい時以外は閉心術を使っていない。いやむしろ、閉心術を使わなくても、だんだん学校生活を楽しめるようになっていた。
新しい“おともだち”が、たくさん増えたのだ。
今日は日曜日。
「おはよ!ルーナ」
「ミリアおはよう」
「くつ、はいてないけどどしたの?」
「誰かが持ってったんだ」
「じゃあ半分こ」
「ありがとう。くつってあったかいなぁ」
「いたっ!」
「やっぱり返すよ。あんたってどんくさいんだもン」
ルーナは、レイブンクローの中で友人がいないそうだ。ミリアも、レナなど授業で組んでくれる人はいるが、休日を共に消化できるような人はいない。だから違う寮でも、ほとんど毎週日曜日に一緒に過ごしていた。
向かう先は、大抵ふくろう小屋。
「おはよう!」
『ああ、セルウィンあんたか。んで手紙は』
「今日は無い。ルーナも」
『意味ねーじゃん。帰った帰った』
「えー、お話ししようよー!」
「お話し?じゃああたしがルンタタキエフのこと話したげる」
人の心の声が聞こえるのは話していないが、動物の言葉が分かることはひと月前に言った。その時の目の輝き方は、今でも鮮明に思い出せる。
ルーナの話(今日は鳴き声が“ルンタッタールンタタッター”のロシアの魔鳥について)を聞くと、半分は耳を背けるが半分は笑いながら聞いてくれる。次々と重なる茶化しをさばくのに精一杯になるが、ミリアもルーナも楽しくて仕方がない。
話がひと段落するころ(ルーナはよく話しきっていないと文句を言う)、もう一人の“おともだち”がやってくる。
「おー、今日も来とったか!」
「おはよう、ハグリッド」
「ルンタタキエフはキジバトじゃないもン!」
「ん、何の話かは知らんが、ハトに豆ガトリング食らわしちゃあいけんぞ」
ハグリッドは、ミリアが動物の話が分かることを信じていない。大笑いして頭をガンガン叩いて(なでたつもりだったらしい)それもあるかもしれんなぁ、と言っただけだ。しかし、彼は思ったことをそのまま口に出す。ルーナもそれなのだが、そういう人がミリアにとって好ましい人だった。
巨体でのそのそ、ふくろう小屋を歩き回る。それは怪我をしたフクロウがいないか探しているということを、ミリアは知っている。ハグリッドが来ると、ミリアたちが来た時よりもみんな嬉しそうにする。だから彼はとてもいい人だ。
「怪我してんのはいないようだ。さあミリアにルーナ、俺んちに来るか?」
「行く!」
「あたしも」
フクロウたちとおしゃべりして、ハグリッドの家に訪問するのが日曜日の日課だ。
「おんやルーナ、おめえさん靴下だけじゃねえか。俺んちにサンダルがあるから、それまで肩に乗せてやろう」
と言って、ひょいとルーナを持ち上げた。
「わ、高い」
「いいなぁ」
「ミリアはまた今度な」
ハグリッドの小屋は、暖かい。たくさんの動物の『気配』がするから。それは毛皮だったり尾の毛だったり……ハグリッドに対する怨念は感じられず、彼自身の愛情がふんわりと覆っていた。
ここに来てするのは、彼の愛犬ファングと遊ぶこと。のんびり屋で、臆病で――どことなくミリアに似た性格の彼が好きだ。同じ空気を感じ取っているのか、ファングもミリアを好いてくれている。
「遊びに来たよ」
『こんちは、ミリア』
ルーナがハグリッドと魔法生物談義をしている間、時々興味がある話に口を挟む以外、ほとんどファングと遊んでいた。
「よだれがくさいよ、ハミガキしたげようか?」
『気にすんな、気にすんな。別にいいんだ』
「虫歯は痛いよ。わたし、なったこと無いけど」
『じゃあ、おれもならない。ならないったらならない』
「そういうものかなぁ……あれ?」
ミリアは小屋の外を覗く。やっぱりいた。
「ジニー!」
「あ、本当」
「ルーナ、……ミリア」
「おお、ウィーズリーの末っ子じゃないか!」
ジニーがハロウィン用の大きなカボチャに隠れて、この小屋をうかがっていた。
「……。なかなか、会えないね」
「うん。やっぱり寮が違うし……」
スリザリンは悪い寮だから――そう、ジニーは言わなかった。
汽車の中の約束を気にして、ミリアが属するスリザリンが嫌いとははっきり言えないのだ。授業でも、反目さえできないほど避けられていた。
他の寮も同じくスリザリンを嫌っている。スリザリンだって嫌われるような発言ばかりしており、特にグリフィンドールとの衝突は日常茶飯事だった。そこに個人は無く、寮と言うだけでそうなっているのだ。生徒の中ではルーナだけが、緑色の紋章に偏見を持っていない。
「ええと――ハグリッド、大きいカボチャね」
「そうだろうさ!」
ジニーは嘘をついた。なぜだろうと彼女に意識を向けかけるが、咄嗟に心を閉じる。嘘は、暴かれたくないから嘘だ。避けられていても、汽車で友達だと言ってくれた彼女と、まだ“おともだち”でいたい。こんな形で心に踏み入るのは、友達のすることではない。
微妙な空気のまま、ジニーは城へ戻って行った。
微妙な空気を察したのか気まぐれか、ハグリッドは『せすとらる』の餌やりに誘ってくれた。
「ローブが汚れるかもだけどな」
「行きたい!」
「あたしも」
「ほんじゃ行くか。ついてこい!」
ハグリッドは小屋から出て、大量の生肉を背負った。行き先はどこかの小屋と思ったが、森のようだ。
森の少し進んだ薄暗いところを、生肉のにおいをまき散らしながら歩く。森を進むと、自然と感覚が鋭くなる。そこに住むのは友好的な“おともだち”だけじゃないからだ。
「よぅし、呼ぶぞ」
そう前置きしてから、ハグリッドは叫んだ。甲高く意味をなさない、動物の遠吠えに似た音だ。
三度叫ぶころ、多くの『気配』が見えるくらいまで近づいてきた。
それは、羽の生えた骸骨みたいな骨と皮の馬だった。
「おお、おめえさんたち見えるのか?」
「『せすとらる』さんを?」
「いっぱいだね」
「セストラルはな、目の前で死を見て、その悲しみを受け入れないと見えねえんだ。――いんや、何も言わなくてもいい」
死を見て、受け入れる――人ではないが、カラスの『彼』の体験だろうか。ルーナは……いつか話してくれるだろうか。
「見る条件はちょいと怖いかもしれんが、どえらく役に立つんだ。学校の馬車引きは全部こいつだし、目的地を言やあどこんでも連れてってくれる!ダンブルドア先生の『姿くらまし』を使わんお出かけも、こいつらに乗ってくんだ」
「わぁ、本当に賢いんだ」
ミリアは、生肉を頬張るセストラルの背中を、慎重になでる。
『なんだい?』
「こんにちは、お肉はおいしいですか?」
『まあまあ』
ルーナは食事を終えた一頭の鼻面をなでている。不快そうではないので、真似をして触れようとすると――
(……!)
ビリッとした気配が全身を駆け抜ける。
(怒ってる)
セストラルがではない。もっと遠く、森の奥から大勢やってくる。
「ハグリッド、帰ろう――!誰か来るよ!」
「だいじょうぶだ。俺がいりゃあな~んも怖くねえ」
「そうじゃない!」
説得する間もなく、彼らはやってきた。
矢という形で。
「ひゃ!」
「なんだ!」
「うん?」
矢は、ミリアの足元に刺さった。外れたのではなく、初めからそこを狙っていた。
あつまったセストラルは
『面倒ごとか?』
『離れて見とけ』
『生徒は守ろうか?』
『よせよせ、ハグリッドがいる』
と、素早く場を後にした。
入れ替わって、樹々の間から下草を鳴らしつつ、人の上半身と馬の下半身を持つ――ケンタウルスが、見える分は三人(?)奥に隠れて数十人現れた。
「ごきげんよう、ハグリッド」
「ベイン!何をしちょるッ!」
「我々は仔馬に手をかけたりしない。しかし歓迎しない」
弓を射たケンタウルス――ベインは、ミリアに目を向けた。その目は、怒りでもなく、恐れでもなく――ミリアには理解できない色の光を湛えていた。
「ミリアをか!?一体どうしたんだ!この子はただの生徒だ!今まで生徒に弓をかけるなぞ、なかっただろう!」
「我々が下した決定だ。その生徒とは関わりを持たない。次は射てでも、出て行って貰う」
それはただの最後通告だった。こちらの言い分など、端から聞くつもりもない。ケンタウルスたちは言うだけ言ってその場を離れた。
いや、一人だけ残った。
「フィレンツェ!何がどういうこっちゃ!」
「申し訳ありません、ハグリッド」
「謝るんならこの子にだ!」
「重ね重ね無礼を、ミリア・セルウィン」
「……いえ」
ケンタウルスは人の言葉をしゃべるが、動物の様に一つの声しか聞こえない。それは閉心術ではなく、動物たちの『誠実さ』だ。
「我々は結論を下したのです。彼女は森を乱す、と。僕に異議を唱える力はありませんし、今後も覆ることは無いでしょう。これからは森に近付かないよう。彼ら――いいえ、我々は本気です」
「一体どうなっとる!この子は俺の友達で、俺とおんなじで動物が好きで、なーんも悪いことしちょらんのに!」
「彼女に罪はありません。――ただし、意味なくこの結論を下した訳でもないのです。僕はこれ以上何も言えません。どうか理解してください、ハグリッド」
「分かった。わたし、もう近づかないから……ね、ハグリッド、帰ろう」
「……おう。俺はおめえさんたちのこと、見損なったぞ!」
ハグリッドがどすどす森の外に向かい、ミリアとルーナが続く。フィレンツェは一礼して、見送っていた。
小屋が見える辺りまで帰ってもまだ、ハグリッドは腹を立てていた。
「たくッあいつらときたら、星ばぁっかり眺めとって、近くのこの子は見ようともせん!」
「もういいよ。あの人(?)たちにとって、きっととっても大事なことなんだと思う」
「あたしは、ちょっとスリルがあったな。珍しいことなんでしょ?」
「おうともさ、こんなこと一度もなかった。やっこさんたちの様子だと、ルーナは大丈夫のはずだが」
ケンタウルスたちに半ば無視されていたルーナ。彼女の肩を、ハグリッドがゴンと撫でた。
「痛い」
「おお、すまんすまん――ん?」
「何かあったみたい」
小屋に近づくにつれ、ファングのただ事じゃない咆哮が大きくなる。
急いで走ると、ファングが駆けてきて、ハグリッドに抱き着いた。
『裏庭!こわい!裏庭!』
「裏庭行ってみよう!」
「俺が見てくる!ちょいとファングを頼む!」
ハグリッドはファングをつまみ、ミリアに押し付けた。
『こわいよ、こわいよ!』
「だいじょうぶ、もうだいじょうぶだから……」
「あんた、本当に怖がりみたいだね」
ルーナも言いながら、ミリアでは抱えきれないファングを抱いた。
やっと吠え声が収まってきたころ、ハグリッドが帰ってきた。
「何があったの?」
「鳥小屋のニワトリが逃げた。オスの方が殺されちょった」
ルーナが目を丸くし、ハグリッドが肩を落とした。ミリアはファングを強く抱き寄せた。
ルンタタキエフはロシアの魔法使いに召喚された末、たくましく野生化したキジバトなのです
るんたったーるんたたったー