【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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5 授業・ア・ラ・カルト

水曜日(初日) 1,2時間目 妖精の魔法

 

「ハイ、一年生の皆さんおはようございます。私はフリットウィック教諭。どうぞよしなに」

 

 積まれた本の上に立つ小さな先生が、ぺこりとお辞儀した。

 一度目は、ボールを転がす魔法だ。唱える呪文と杖の動きだけを教わり、後は練習時間となった。

 

「モビリス、動け!」

 

 動かない。周りの生徒半分は同様に落胆している。残りの半分は動いているのだが、杖で突っついているのが今見えた。

 

「モビリス!」

 

 成功したらすぐに分かるように、杖で突かないよう唱えた。やはり動かない。

 周りが(本当か突いたかはともかく)全員成功する中、ミリアは一度も転がらなかった。

 

 

 

3,4時間目 飛行訓練

 

 この授業はグリフィンドールと一緒だった。グリフィンドール生は、なぜか不機嫌だ。ミリア以外のスリザリン生も同様に。

 

「あ……ミリア」

 

「ジニー?」

 

「スリザリンに入ったんだ……」

 

「うん、朝帽子かぶったんだ」

 

「そう、元気そうでよかったわ」

 

 そう言って、ふいと目を逸らしてグリフィンドール生の中に入って行った。

 どこか様子がおかしい二寮の生徒を疑問に思っていると、その理由がすぐに分かった。

 

(嫌い合ってる)

 

 はっきりした何かをではない。漠然とした集まり――お互いの寮を、それぞれが嫌っている。

 

(なんで?)

 

 それはさっぱり流れてこない。そのまま授業が始まった。

 

「何をボヤボヤしているんですか!さあ、箒の横に立って!」

 

 フーチ先生が厳しい声を出した。はっきり言ってこわい。ミリアはひっそりぶるっと背中を震わせた。

 少し小さくなって、一番すみっこの箒を選んだ。

 

「手を横に出し、『上がれ』というのです!さあ!」

 

(?)

 

 皆が上がれ!と叫ぶ中、ミリアは箒の声が聞こえた。

 

『行きたい、行きたい』

 

(うん、いいよ)

 

 ミリアが頷いた途端、箒はミリアを乗せず、ビューンと飛んで行った。

 

「こら!誰ですか!待ちなさーいっ!」

 

 フーチ先生も飛んで行った。みんながクスクス笑い、ミリアが赤くちっさくなる。飛行訓練を中断させた犯人は、あっという間に判明した。

 

 

 

昼食

 

 ミリアは大広間の隅で、一人でしょんぼり食事していた。あれから戻ってきたフーチ先生にがみがみ叱られ、さんざん笑い者になってしまった。

 レナを初めとするスリザリン女子には、戻ってきてから慰められた。が、記憶の端々に叱られているミリアが映り、慰められるほど涙が浮かんでしまう。彼女らを振り切って、みじめな気分で独りでいた。

 大広間の向こうのグリフィンドールでは、誰かがミリアの噂話を披露していた。食事用ナプキンで目頭を押さえていると。

 

「君。なんで泣いてるんだ?」

 

「……」

 

 隣に、ブロンドの先輩が座った。

 

「僕はドラコ。ドラコ・マルフォイだ。こっちはクラッブ、こいつはゴイル」

 

「うっす」

「うっす」

 

「わ、わたしは……ミリア・セルウィンです」

 

「セルウィン?『聖28一族』の?あの一族に君くらいの女の子はいたかな……」

 

「せい――何ですか?」

 

「『聖28一族』。純血の名家のことだ。君の親戚にダスティ・セルウィンという人はいるかい?」

 

「聞いたことないです」

 

「なんだ、ただの同姓か。お父上はどんな仕事をしている?」

 

「セールス魔ンです」

 

「じゃあ僕は知る由もないな。どんな物を扱ってるんだい?」

 

「よく、知らないんですけど……ツボとかじゅうたんとか、輸入品って聞いてます」

 

「インド製の毒蛇が出る壺は、僕の家にもあるよ。スリザリンに相応しいインテリアだってね」

 

 ドラコはひとしきりの間、その壺を初めとする家のインテリアについて語り出した。家の中も垣間見て、なんだかお金持ちらしいことは分かった。

 

「そろそろいいかい?なぜ泣いていたかを聞いて」

 

「……。わたしが悪いんです」

 

 飛行訓練であったこと――箒だけを飛ばしてしまい、笑い者になったことを、話した。

 ドラコと、その横の大きい人たち(名前を忘れてしまった)が、大笑いした。

 

「確かに、面白い話だ。――でもだからと言って、君が泣くと、笑う連中の思う壺だ。ここはハッフルパフじゃない。スリザリンならスリザリンらしく、胸を張ればいい」

 

 何がスリザリンらしいかは、まだいまいち分からない。しかし“気にするな”と言いたいのは、分かった。

 

「そう、ですね。ありがとうございます」

 

 泣き腫らした情けない顔で、にこりと笑った。

 

 

 

5,6時間目 魔法薬学

 

 涙をぬぐって、気を持ち直して。次は魔法薬学、寮に近い地下牢での授業だ。またグリフィンドールとの合同授業だが、ドラコに励まされた通りなるべく気にしないようにした。

 先生は、突然入ってきた。バタンという大きな音には、入ってくると事前に気配を察知していたにもかかわらず、びくりとなった。

 

「出席を取る」

 

 先生の声は呟くようだったが、よく聞こえた。それほどまでに、教室は静まり返っていた。

 

「ミリア・セルウィン」

 

「はい」

 

「……」

 

 ミリアの後には、少しだけ間が空いた。なぜだろうと先生を見たが、全く何も読み取れなかった。

 

(校長先生と同じだ)

 

 怖そうな先生だが、それだけで安心できた。

 先生が魔法薬の授業がいかに繊細で危険で科学的で芸術的かを演説した後、おできを治す薬の調合が始まった。

 干しイラクサに蛇の牙、角ナメクジや山嵐の針……切ったりゆでたりしていると、なんとなく魔法なんだなと納得した。

 一つ一つの材料に、僅かずつ『気配』が宿り、移り変わる時間や工程で微妙に変化していく。この微妙さの重要さに気づき、最大限注意深く、先生の言葉や黒板に従った。それでも先生に

 

「蛇の牙が砕かれすぎだ」

 

 と、指摘されてしまった。

 集中した甲斐あって、クラスで一番と紹介され、スリザリンに十点貰った。

 授業が終わり、意気揚々と教室から出ようとすると、先生に呼び止められた。

 全ての生徒が出ていったのを見てから、先生が口を開いた。

 

「校長より話を聞いた。我輩は君に閉心術を教示する」

 

「閉心術?校長先生の話?――えっと、人の心の声が聞こえるっていうお話ですか?」

 

「その通りだ。校長は閉心術を学べばその現象を止められるとお考えだ」

 

「ほんとに!?」

 

 勢い込んで、目を輝かせた。しかし先生は目を逸らす。

 

「確証はないが、覚える価値はある。――土曜日の十七時、魔法薬の補習として隣の教授室に来るように」

 

「分かりました。ありがとうございます――えっと」

 

「スネイプだ」

 

「スネイプ先生、よろしくお願いします」

 

 

 

木曜日 1,2時間目 薬草学

 

 ミリアたちは城から温室へ移動した。合同授業のようで、青いローブを着たレイブンクロー生も同じ方向へと歩いている。その中からルーナの姿を探す。

 

「ルーナ!」

 

「あ、ミリア。ついてなかったね。あんたの周りで飛んでたのは、ラックスパートだけじゃなくてペガルニュンペーもいたみたい」

 

「ぺ、ペガラニュンプゥ?」

 

「通称殴り妖精。目には見えなくて、ぼーっとした人を殴り飛ばすのが趣味の妖精だよ」

 

「こ、こわい……。殴るのが趣味なら、本業はなあに?」

 

「仕事なんかしないもン、人間じゃあるまいし」

 

「あ、それもそうだね」

 

「ペガルニュンペー避けには、一か月冷凍したレーズン入り蛙チョコレートをタランテラ踊りながら食べるのがいいんだよ」

 

「おいしそう。でものどつまりそう」

 

「凍ってるからつまらないよ。刺さるだけ」

 

「そうならないように食べなきゃね。――あ、でもわたしが倒れたのはただの魔法酔いって、医務室の先生が言ってたよ」

 

「ふぅーん。でもまだいるかもしれないから気をつけて」

 

「ありがとう」

 

 そんな話をしているうちに、団体から遠く離れていた。大変だと、二人は走った。

 

「レイブンクロー、スリザリンの皆さん、薬草学へようこそ。私はスプラウトです。さあ、出席を取りますよ」

 

 授業は、強烈なにおいを発するピンク色の花『スティンスティングラス(クサクサ草)』の花びらを摘む作業だ。これがいくつかの作業で消臭薬に変身するというから驚きだ。

 何人かは気分を悪くしていたが、外で動物たちと遊んでいたミリアは平気だった。ナールの糞が、時々こんなにおいがしたなぁと懐かしくなった。

 

 

 

3,4時間目 魔法史

 

 黒板から何か出てきた。魔法史はゴーストの先生なのだ。

 

「授業を始めます」

 

 と言って、教科書の一ページ目を読み始めた。

 

(……)

 

 隣のレナが、大あくびをした。周りを見回すと、七割方眠っていた。残りの三割は、教科書をぺらぺらめくっていたり内職をしていたり。

 

(…………)

 

気が付くと、授業が終わっていた。

 

 

 

5,6時間目 変身術

 

 次は変身術の授業だ。教科書を見ても、呪文よりも他のことの方が多く一番ややこしい。教えるのはマクゴナガル先生だ。

 初めの流れは、スネイプ先生の魔法薬学と似ていた。変身術がいかに危険で理論的な学問かを、先生の圧力で静まり返る教室で演説し、出席を取る。今日はマッチ棒を針に変える魔法だが、妖精の魔法の様にすぐ練習とはいかず、黒板写しから始まった。

 マクゴナガル先生の教え方は、厳しいが分かりやすい。教科書の複雑な文言が、丁寧な図で見事に解説している。

 やっと理論が終わり、実践となった。

 妖精の魔法と同じく、いくら呪文を唱えても何の変化もない。それでも諦めずに理論を反芻して杖を振ると

 

『已むを得ん』

 

 手の中からそんな声が聞こえた。杖先からぼわんと灰色の煙が出現し、マッチ棒を覆った。

 

「何事ですか」

 

 マクゴナガル先生がやってきて、教室中の視線が集まる。ふーふーけほけほ煙を吹き払い、出てきたのは――

 

「……」

 

「まあ、上出来ですね。点数は与えられませんが」

 

 鋼鉄のマッチ棒。ぴかりと光った。

 

 

 

金曜日 1,2時間目 闇の魔術に対する防衛術

 

「さぁ、みんな集まって!私の授業が始まるよぉ!」

 

 ロックハート先生は、苦手だ。心の声が注目されたいというのでいっぱいで、正直うるさい。その奥にどろどろとした“秘密”を抱えているが、あまりにもうるさいので暴く気にもなれない。

 楽しそうにはしゃぎながら出席を取り、いきなりのテスト。彼の本心からの欲からできた代物だった。

 

(よかったねー)

 

 先生の頭を覗くという究極のカンニングに駆られそうになったが、他の生徒もうんざりしているので、一緒に付き合った。

 テストの後は、劇を見て終わった。残ったのは一つの疑問。

 

(なんで恥ずかしくないんだろ)

 

 

 

夜 天文学

 

 正直、ダメだった。

 

(ね、ねむい……)

 

 太陽と同じ生活をしていたので、元々夜は苦手だ。その上呪文の練習や宿題に、エネルギーを注ぎ過ぎた。もうゼロだ。

 

(こうもりさん、あなたはなんでこうもりさん……)

 

 こうもりの甲高い話し声は、この上ない子守歌だ。

 

 翌朝。どうやって寮に戻ったのかさえ、憶えていなかった。

 

 

 

土曜日 午後五時

 

 この授業は、どの授業よりも待ち遠しかった。そして、どの授業よりも受けるのが怖い。もし、何にもならなかったらと――

 

(だいじょうぶ、だいじょうぶ……)

 

 杖と、新しい羊皮紙と筆記用具、それと一応魔法薬の教科書と書きかけの宿題。カバンを握りしめ、五時のチャイムと同時に戸を叩いた。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 色んな色の薬瓶に、小動物の死体や一部、あらゆる物が混ざり合った何とも言えないにおい……魔法の気配でいっぱいの部屋だ。その中で、スネイプ先生は大鍋の前で立っていた。

 

「閉心術とは」

 

 いきなり始まった。慌てて羊皮紙と羽ペンを掴み出す。

 

「外部からの心的干渉を防御する術であり、本来君の心を読む能力から自らを守る魔法だ。世に知られていない故、会う者全員が取得するのは非現実的だ。しかし『君が読んだ意思を遮断する』という逆転の発想で、心を読む能力は緩和されると考えた。習得せねば、セルウィンは声なき声に一生悩ませ続けられるだろう」

 

 ごくりと唾をのんだ。これを習得するしないで、人生が大きく変わるのだ。

 

「閉心術は、克己心を持ち、感情を捨て心を空にし、気持ちを集中させることで成る。正常に働いているかどうかを確かめるには『開心術』――閉心術の反対魔法をかけるのが手っ取り早いが……君にはまだ早いと見受けられる。そこで、だ」

 

 スネイプ先生は大鍋を指した。

 

「授業で作った『おできを治す薬』を、再び煎じてもらう。授業で見せた集中力を思い出せ。あの時は他人の声を遮断していたように見えたのだが」

 

「そう……でした。あんまり気になりませんでした」

 

「その集中力を常時、何をせずとも発揮できるのが理想だ。今この時は感情を無にする感覚、自らの欲を標榜する感覚を意識せよ。――では、始めるがいい」

 

「はい」

 

 感情を無にする感覚とはどんなものだろう。自らの欲を標榜する感覚とはどんな意味だろう。とにかく授業の写しと教科書を引っ張り出し、材料を見ながら机に並べた。

 刻んで、ゆでて、計って、砕いて――時と共に流れる微細な変化を感じ取る。

 

(そういえば……)

 

 授業の時に他人の声が聞こえなかったのは、『材料の気配』に感覚を研ぎ澄ませていたからだ。そこに感情や欲は存在しない。

 

(ちょっと分かったかも……)

 

「集中力散漫だ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 こうしている間にも変化は続く。なんとか流れを取り戻し、作業に追いつかせた。

 そして、完成した薬は――

 

「二度目と考えれば、出来が悪い」

 

「……ごめんなさい」

 

 手探りだった一度目とほぼ同じ完成度。

 

「だが、閉心術に関しては、まずまずと言えよう。次の授業での進歩を期待する」

 

(ほめ、てくれた?)

 

「雑音が気になる時に、この訓練を思い出せ。目標がこれの常時発揮だという事を、ゆめゆめ忘れるな」

 

「――、はい!ありがとうございました!」

 

 きっと、出来る。普通の子と同じように、なれる。嬉しくて、ミリアは先生に勢いよく頭を下げた。

 

 

 

 




以下、別に読まなくてもいい補足

スネイプ先生は、未知の能力に内心ビビっています。見られたくないものを抱え過ぎなので。
だからハリーの様にいきなり本番『レジリメンス』!はやりません。万が一跳ね返されでもすれば、と。

読んでくださりありがとうございました。
これからもどうぞ、ミリアとこのSSをよろしくお願いします

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