【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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4 スリザリンという寮

 

 

「急に呼び立ててすまんの」

 

「ポッターを退校処分にする件であれば、マホウトコロからでも飛んで参りましょう」

 

「残念セブルス。別件じゃ」

 

 セブルス・スネイプは無表情だ。ただ、舌打ちの音は校長室に響いた。

 

「まあまあレモ――」

 

「いりません」

 

「むむう。ではわしが舐めるとするかの」

 

 ダンブルドア校長は、子供っぽく頬を膨らませてからキャンディーを放り込んだ。

 

「して、(くだらん)用とは。我輩(貴様と違って)そう暇ではありませんので」

 

「待て、歯にキャンディーが――分かった分かった待たんでいい。組み分け前に倒れ、先ほどスリザリンに選ばれたミス・ミリア・セルウィンのことじゃ」

 

「……寮生の話ですか。まだ会っておりませんが」

 

 軽くダンブルドアに殺意を覚えていたが、一応仕事の話の様なので杖を抜く意志を引っ込める。

 

「彼女は、ユニークな生徒でのう……既存の言葉で表すなら“強力な開心術士”じゃ」

 

「開心術士?どの程度の」

 

「先ほどのカッコの台詞を、目を合わせずらくらく解せるほどの」

 

 開心術の原則は“目を合わせる”こと。ダンブルドアや、スネイプが知る最高の開心術士でさえ、目を合わせなければ事の真偽くらいしか読み取れない。

 

「彼女のお父上より預かった手紙によると、動物の意思まで読み取れるそうじゃ。読み取るだけでなく、通じ合う――己の意思を投げかける力もあるみたいじゃのう。おお、わしの簡単なテストの結果、魔法に込められた術士の意志も当然のように読みとっとった」

 

「…………それが本当だとして。我輩が知る開心術とは大きく隔たっていますが」

 

「言うたじゃろう、“既存の言葉で表すなら”と。組み分け帽子に(天才たるわしのオリジナル)閉心術をかけると、問題なく帽子をかぶれた。じゃから彼女の力は広義には開心術と考えられる。マグルの言葉じゃとテレパシー……いや、ここは『開心術』と対比させ『読心術』と呼ぶのがいいと思うの」

 

「好きに呼べばいいでしょう。強力な開心術だろうがテレパシーだろうが読心術だろうが、我輩には理解しかねます」

 

「そこでじゃ、セブルス」

 

 スネイプは首筋に汗が垂れたのを自覚した。絶対面倒ごとだ。

 

「彼女に閉心術を教示してもらいたい」

 

「教えるべきはセルウィンに接するスリザリン生でしょう」

 

「ちっち。わしの(まあ外れんじゃろうが)予想では、彼女が閉心術を使えば『乱れ読心術』を抑えられる。他人の思考が勝手に流れ込むのも辟易しとるそうじゃから、頼めんかの?なあに、安心せい。こちらが閉心術をしておる限り、『乱れ読心術』の餌食にはならん。きみならチョー楽ショーじゃ。――レジリメンスの呪文を唱えん限り」

 

 何もしていない状態でも、他人の心がダダ漏れなのだ。そこに開心術の呪文を足せば、どこまで読み取られてしまうのだろうか。スネイプは寒気を覚えた。

 

「分かりました」

 

 彼女を野放しにさせてはならない。

 

「憂いの篩を貸していただきたい。――それも危険ですか?」

 

「大丈夫じゃよ(たぶん)」

 

「たぶんじゃないでしょう!」

 

「別の部屋で魔法器具に紛れ込ませておけば、中身を知られる危険はほぼ消えるじゃろう。他の生徒に見られんよう、バッチリ隠すのじゃぞ」

 

「あなたはどれだけ我輩の気力を削げば気が済むのですか」

 

 さっさとこの老人(変人)から逃れたいと、背を向けた。が、至極真剣な声で呼び止められた。

 

「セブルス」

 

「……まだ何か?」

 

「『読心術』の最も恐ろしい点は、可能性の多様さじゃ。善くも悪くも、その影響の振れ幅は大きい。――幸か不幸か、彼女はスリザリンに選ばれた。力を伸ばす道を選んだのじゃよ。新たな闇の魔法使いが誕生しないよう、くれぐれも注意を払ってくれ」

 

 ミリア・セルウィンを敵方に回してはならない。それはこれから深く接する生徒やスネイプのためだけではない。納得せずとも理解はして、今度こそ校長室を後にした。

 

―――――

 

 大広間でマクゴナガル先生からスリザリンの監督生に引き渡され、ミリアはスリザリンの談話室へと案内された。湿ったむき出しの岩の中、感触が違う岩の前で監督生は止まった。

 

「ペベレル――これが今の合言葉。よく覚えておくんだ」

 

「はい」

 

 鈍そうだし、期待できないな――と監督生が思ったので、いっそう強く頭に刻む。

 スリザリンの談話室は、全体的に緑色の細長い洞窟のような場所だ。夏の終わりにしては涼しく、奥の大きな暖炉が部屋を暖めている。真上をゆったりと大きな動物が“流れて”いる。それは小舟の上で感じた気配と同じなので、ここは湖の下なのだろう。

 

「一年生の女子寮はあそこ。名前が張ってあるからそこを見て入ってくれ。――もうすぐで一時間目だ。急いだ方がいい」

 

「ありがとうございました」

 

 無事迷わず辿り着いた寮室は、不思議と明るい。窓があり、湖が見えるのだ。

 

「こんにちは、おおきい誰か」

 

『おーおー、呼んだかー?』

 

 吸盤だらけの触手が、ゆっくりと伸びてきた。

 

「タコさん?イカさんですか?」

 

『ひとじゃないなー、タコはくそー。わたしゃイカだぞー』

 

「ここに住むことになった、ミリアといいます。よろしくお願いします」

 

『ひとにしては礼儀正しいじゃなイカー。ひとまずよろしくですなー』

 

 湖に住む大イカは、ペタペタと吸盤を窓に張り付けた。そこに手を置き、にこりと笑った。

 

「イカさんは――あ、誰か来ます。また今度、ゆっくりお話ししたいです」

 

『ひとはあわてんぼうだのー。まー湖おちたら助けてやるーるるー』

 

 吸盤を窓からはがし、視界から消えた。そしてミリアが感じた『誰か』は、迷いながらこの部屋に入った。

 

「きゃっ!……あんた、だれ?」

 

「ミリア・セルウィンです。お城の入り口で倒れて、さっき組み分けでスリザリンに選ばれました」

 

「ああ、あの……。私はレナ・アンダーウッド、このベッドで寝るの。よろしく」

 

 彼女――レナはきびきびと入り口に一番近いベッドに近付き、教科書を取り出した。軽く部屋を見回すと、窓際のベッドで目を止める。

 

「――ああ、荷物増えてるわね。あんたはそこ、窓際みたいよ」

 

「ほんとだ……わたしの荷物」

 

 母と揃えた学用品と、入れた覚えのないお気に入りのカラスのぬいぐるみと。『彼』を模して作ってくれたぬいぐるみをきゅっと抱きしめてから、教科書を探る。

 

「えっと……次はなんの授業?」

 

「世話が焼けるわね。時間割はここ」

 

「あ、張ってある……妖精の魔法?かわいいね」

 

「ただのちっさな魔法を勉強する軟弱な授業よ」

 

「そうなの?」

 

「……。って、母が言ってたわ。真に受けるのはバカよ」

 

「そうなんだ……わたし、バカになりかけた」

 

「あんたって人は――さあ、早く用意しなさい!」

 

「はぁい」

 

 レナの号令の下、『基本呪文集』を引っ張り出した。

 

(親切なひと)

 

 面倒臭がっているふりをして、心配してくれたからだ。

 ミリアはかすかな笑顔を浮かべながら、レナの後を追った。

 

 

 

 


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