【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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3 歌

 

 辺りはもうすっかり暗い。列車は、ゆっくり音を立てて停車した。

 押し合いへし合いの中、ジニーが気兼ねせず立ち上がった。

 

「行かないの?」

 

「う、ううん。いく」

 

 ルーナに促されて、ジニーの後を追った。そのまま彼女の背に隠れてしまいたかったが、母の言葉を思い出して横に並ぼうと、必死で体を前に出す。

 

「無理しなくていいのよ」

 

 しかし、やっぱり小さくなって隠れた。ジニーに言われたのだから、仕方がない。

 

「――ッチ年生、イッチ年生!イッチ年生はこっち!」

 

 涼しい外に出ると、そんな声が聞こえた。三人は目くばせし合って、声を発する大男を目指した。

 

「もういないか?足元に気を付けるんだぞ。いいか、イッチ年生、ついてこい!」

 

「あの人は森番のハグリッド。とってもおもしろい人だって、兄さんが言ってた」

 

 暗い小道を行きながら、ジニーが囁いた。だが、あまり耳に入らなかった。息は出来るが、水に潜ったような感覚に囚われていたからだ。

 道を進むごとに、その感覚は濃くなっていった。朦朧としたまま、手を引かれて小舟に乗った気がする。大きな生き物の気配が、真下を通り抜けていった。それだけははっきりと認識できた。

 小舟から降り、石の道を登り、樫の門を潜った途端――

 

「ミリア!?ミりぁ――」

 

 古い歴史が波となって――ミリアの意識を浚った。

 人と、呪文と、人外と、記憶と――全て城に宿る“気配”だ。

 拒まれ、受け入れ、迎えられ、拒絶し――波に翻弄されるままに、どこへ流れる?

 

 やがて流れ着いたのは、岸辺ではなく闇。闇と言っても、恐ろしい牙や思いを秘める暗闇ではなく、ふわふわと包む優しい夜の闇。

 闇の中、歌が聞こえてきた。

 

     私は帽子、古い帽子

     手はない足もない体もない

     でも私には、頭がある。思いを引き継ぐ記憶がある

     あなたに記憶を伝えよう、私が目にした遠き思いを

 

     今を去ること一千年。共に学び舎造ろうと、四天王が立ち上がる

 

     勇猛果敢なグリフィンドール、ここに要石積み上げる

     賢明公正レイブンクロー、ここの守りを張り巡らす

     温厚柔和なハッフルパフ、ここに学徒を迎え入る

     俊敏狡猾スリザリン、ここへの敵を追い散らす

 

     かくして学び舎つくりけり。ここに学び舎建ちあがる

 

     あつまり集いし生徒たち、四天王が四分割

     望む気性を持ちし子を、手元に寄せて教示する

 

     グリフィンドールが選ぶのは、騎士道持ちし勇者たち

     レイブンクローが選ぶのは、機知と学びの賢者たち

     ハッフルパフは選ばない、全ての者を別け隔てず

     スリザリンが選ぶのは、思考続ける知恵者たち

 

     四天王たち死せるあと、代わりに私が選びたもう

     かぶってごらん、恐れずに!

     私は間違えたことのない。何故なら四天王の記憶継ぐから!

 

(かなしい、歌だな)

 

 なぜだか、ミリアはそう思った。歌詞の中ではなく、たぶんその奥の――歌い手の『記憶』が。もう少し続きを求めれば、破綻が訪れそうな――

 

 だが、ミリアは疲れ切っていた。ここでなら、ぐっすりと眠れそう――思いを閉じて、深い眠りについた。

 

―――――

 

 まぶたの裏に、柔らかい光が映っている。ゆっくりと目を開くと、繊細な石細工の天井が真っ先にミリアを迎えた。目をこすりながら上半身を起こすと、遠くの椅子で一人の魔女がまどろんでいた。

 

(ここは、えーと……)

 

 肌触りのいい真っ白なシーツが、体から滑り落ちた。手をつくと、柔らかい枕がかすかな音を鳴らした。ここはベッドの上、医務室だろう。

 門をくぐってからの記憶は無い。とても気分が悪かったから、恐らく倒れて運び込まれた――と考えた。

 

「あら、おはよう。今年度一号さん」

 

「お、おはよう、ございます……」

 

 頭を抱えて状況整理しているうちに、魔女が起きて声をかけられた。

 

「ミリア・セルウィンさん?お薬です」

 

「あの、わたし……」

 

「びっくりしたでしょう、でも心配ないわ。ただの『魔法酔い』だから」

 

「まほうよい?」

 

 とりあえず、渡された液体を飲む。苦いが、なぜか妙にすっきりとした後味だ。

 

「ホグワーツの色んな防護魔法に、体がびっくりする症状よ。マグル生まれの、とっても優秀な子が時々なるのよ」

 

 それでも、めまい吐き気を通り越して倒れるのは、珍しいを通り越し前例が見当たらない。しかし、この困惑している新入生にわざわざ言うことはないと、胸に秘める。

 秘めた概念を無意識のうちに読み取ってしまい、ミリアは顔を蒼くする。魔女は慈しみと少しの呆れが混ざった感情で、頭に軽く手を置いて、杖を振った。すると机の上に食べ物が出現した。

 

「朝ごはんですよ。おなかすいたでしょう」

 

「はい。いただきます!」

 

 

 

「――ごちそうさまでした」

 

「よく食べたわねぇ」

 

 山盛りの朝ごはんを、全て平らげた。何しろ昨日の列車でお菓子をつまんでから、何も食べていなかったのだ。

 

「ミス・セルウィン、こちらマクゴナガル教諭です」

 

「おはようございます、ミス・セルウィン」

 

 朝食に夢中になっているうちに、また一人の魔女が増えた。この人の前では、自然と背が伸びた。

 

「おはようございますっ」

 

「寝巻きから着替えたのち、共に校長室へ参りましょう。貴女の組み分けを行います」

 

「はいっ」

 

 と、急いで脱ぎ掛けて、赤面する。マクゴナガル先生は苦笑し、ベッドの周りのカーテンを閉めた。

 待たせたら怖いと、ベッドから落ちそうなくらい慌てて着替える。最後にローブをすっぽりかぶって、足を滑らせ真っ逆さまに落ちてしまうも、頭部の激突は免れた。

 

「じゅ、準備できました……」

 

「落ちるほど慌てなくてよろしい」

 

「はいっ――すみません」

 

「謝ることでもありません。どこも怪我していなければ、行きますよ」

 

「はい……」

 

 口の端にだけ笑いを出し、マクゴナガル先生は歩き出した。本当に恥ずかしい。その笑いが嘲笑ではないと分かっても――それ故に。

 とぼとぼ後を追っていると、マクゴナガル先生が突然切り出した。

 

「貴女はミス・ウィーズリーと友人ですね?貴女が倒れたのを、とても心配していました」

 

「はい。あとルーナ……ラブグットさんとも」

 

「彼女たちの寮を、お教えしましょうか?」

 

「はい、ぜひ!」

 

「ミス・ラブグットはレイブンクロー、ミス・ウィーズリーはグリフィンドール――私の寮です。私はグリフィンドールの寮監をしています」

 

「そう、ですか……」

 

 列車の中で話した通りの寮に振り分けられている。では、自分はハッフルパフだろうか……いや、関係ない。どの寮になっても、三人は友達だから。

 三人で交わした約束を思い出すと、胸が暖かくなった。暖かい気持ちの中、先生がガーゴイルの像の前で止まり、ミリアも同様にした。

 

「わたあめ羽ペン!」

 

 その言葉に像が反応し、ぴょんっと跳んで脇に寄った。同時にその奥の壁も左右に割れる。壁の向こうでは螺旋階段が緩やかに上昇していた。

 

「お行きなさい。私はここで待っています」

 

「はい」

 

 一礼して、とたとたガーゴイルの向こうへと走った。

 

 グリフィンのノッカーを叩くと、お入り、と穏やかな声が聞こえた。

 

「失礼します……」

 

 背筋がこわばり、口がからからになる。ここが校長室なら、待っているのは校長先生なのだ。

 

「よく来た、ミス・ミリア・セルウィン。レモンキャンディーはいかがかの?」

 

「え、えと……おなかいっぱいなんです、すみません……」

 

「ではポケットにしのばせておくがいい。歯にくっつくから注意して食べるのじゃぞ」

 

「ありがとう、ございます……?」

 

 疑問でいっぱいになる。何が一番不思議かというと、とても話しやすいことだ。普通は無数の『思い』の中からこれという言葉を口に出すものだが、彼は思いをそのまま口に出しているようで、ミリアは言葉通りの概念しか受け取れない。何も考えていないのか?

 

「お父上から手紙を受け取った。なんと、動物や人の心が分かるそうじゃの。あっぱれ、あっぱれじゃ」

 

「はい……」

 

「実はわし、今口パクで声は出してないのじゃ」

 

「へ!?」

 

 ミリアは人との会話で耳は使わない。そういう癖が幼少時についてしまったからだ。口の動きに合う概念を探し出すので、精いっぱいになる。

 

「一つほど、実験に付き合ってくれないかの」

 

 耳を澄ますと、楽しそうに弾んだ声が聞こえた。校長先生は次こそ声を出したようだ。

 勧められた椅子に座ると、校長先生は銀の道具に杖を振った。すると道具から三つの白い煙がぽっぽっぽっと吐き出された。

 

「今から三つの煙のうちの一つが変化するのじゃが、どれがどうなるか分かるかの?」

 

 ミリアは煙を睨んだ。すぐに答えは分かった。

 

「右……わたしから見て右の煙が、黄色いキャンディーの形になります」

 

「おお、正解」

 

 先生はにっこりとほほ笑むと、ミリアが言った通りの変化が起きた。

 合計三回同じ“実験”を繰り返し、ミリアは全て正答した。先生は興味深そうに何度もうなずくも、何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 

「それでは、お待ちかねの組み分けじゃ。――大丈夫、組み分けの歴史すべてが頭に入ってくるなど、無いからの」

 

 先生が古い黒い帽子を持ってきて、ミリアの頭にすっぽりとかぶせた。帽子のふちで、前が見えなくなった。

 

『フゥーム、最後のお嬢さんは、またまた難しい』

 

(この声、どこかで聞いた……)

 

『おや、あの場に居ずとも私の歌が聞こえたのかね?』

 

(うた……?夢だと思ってました……)

 

『大音響で歌ったのだから。ミリア・セルウィン、きみなら城のどこからでも聞こえただろう。――さて、どこがいいか』

 

(……)

 

『きみは誰よりも優しい。ハッフルパフなら間違いないが……しかし思慮深く才能もある。臆病だが、それを自覚して尚進みだせる勇気も持っている。さて、はて……』

 

(……これが、心を読まれること、なんだ)

 

『嫌かね?』

 

(嫌だと思ってました……わたしはお母さんが言うほど、いい子じゃないから。でも、あなたならいいって思えます。――なんでだろう)

 

『これから、その理由を知りたいかね?』

 

(理由を知りたい……ちょっと違うような、気がします。わたしは……お父さんと話せるようになりたい。力から逃げたいんじゃない、乗り越えたい)

 

『確と聞いた。ならば』

 

 

 

「スリザリン!」

 

 

 


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