【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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12 決戦の末に

 

 

「みんな仲良く、医務室に送ってあげる!」

 

 杖先の光球はどんどん膨れ上がり、教室全体を覆った。

 

(これは――『灯火の呪文(ルーモス)』!?)

 

 体は何ともない。が、咄嗟に目を閉じたネビル、そしてパドマ以外の三人は目を抑えてうずくまっている。

 セルウィンがまた杖を振るのを見て、ネビルはジニーを、パドマはパーバティをそれぞれ突き飛ばした。

 

「一人だけかぁ」

 

 ラベンダーに『武装解除』が当たり、壁際まで転がっていく。間髪無く赤い閃光の『失神呪文』を放ち、ラベンダーはぐったりした。

 

「後でゆっくり『磔』して――」

 

「『エクスペリアームス』!」

 

 ジニーが声の方向に杖を向けた。セルウィンは『盾』を展開し、パドマの『武装解除』も一緒に跳ね返す。ネビルは慌ててジニーを抱え、反射光から逃れた。向こう側のパドマも上手く避けていた。

 ジニーがネビルの手をそっと外す。

 

「ありがとう。目、見えるようになってきたわ」

 

「ねえ、なりふり構ってられないんじゃない!?」

 

 パーバティも視力を回復させたようだ。

 ネビルは『盾の呪文』でセルウィンの呪詛を跳ね返しつつ、苦い顔で頷いた。

 

「『エイビス・オパグノ(鳥よ襲え)』!」

 

 パーバティがさっきのお返しと言わんばかりに叫んだ。教室の隅から色とりどりの鳥たちが飛んできて、『盾の呪文』を越えてセルウィンに突進する。

 

「きゃっ、鳥さんひどいよ、もう」

 

 杖を大きく一振りして、セルウィンに届く寸前に消し去られた。

 その動きと同時に、ネビルは『全身金縛り術』、ジニーは『妨害の呪い』、パドマは『くらげ足の呪い』を放つ。盾は鳥を消す呪文を使うため無くなっている。

 

「当たっちゃったよ……」

 

 ネビルの術は避け、ジニーの術はかき消し、パドマの術だけが通った。足がふにゃふにゃにもつれ、へたり込んだ。

 

「怒った。えい」

 

 閃光も何もない。パーバティが『盾の呪文』を唱えた。

 が。

 

「ぐにゃ」

「キャッ!」

「ひゃぁ!」

「うんっ!」

 

 全員の頭上から鍋が降ってきた。凶悪な打撃に、危うく意識が飛びかけた。

 

「仕返し」

 

 パドマが縛られ、更に杖がセルウィンの手元まで飛んだ。

 

「次は、こうしよう!」

 

 めまいと戦っていると、ガタガタという音が四方から迫ってきた。気付くと、机が飛びネビル、ジニー、パーバティを囲っていた。

 

「ふう、足治った」

 

 周りも上も机のバリケードに塞がれて真っ暗な中、セルウィンの声が聞こえた。

 

「みなさーん、降参をおすすめしまーす。何か呪文当てたら下敷きだよー」

 

 仮に降参しても、待っているのは『磔の呪文』。目が慣れてきて、ネビルは閉じ込められた二人の顔を見た。

 

「崩すしかないわ」

 

「こ、怖いけど、『磔の呪文』よりはマシ、マシ……」

 

「ジニーは『粉々呪文』で前に道を作って。僕は『盾の呪文』で上を守る。パーバティはセルウィンにトドメを」

 

 小声で伝え、頷いたのが見えた。

 

「どうするのー?白旗呪文教えてあげよっかー?」

 

「三、二、一」

 

「今!」

 

「『レダクト』!」

「『プロテゴ』!」

「『ステューピファイ』!」

 

 セルウィンの声が聞こえた方向の影に、『失神呪文』がさく裂したが、それは立てた机だった。

 

「だからばればれ――」

 

「『コンフリンゴ(爆発せよ)』!」

 

 机の山に向かって、ジニーが唱えた。積み重なった机が雪崩れ落ちて、セルウィンに襲い掛かる。

 

「危な!」

 

 巨大な盾を出して、降ってくる机の雨を防いだ。セルウィンは一歩下がり、背後に倒れる机に足を取られた。

 

「『エクスペリアームス』!」

 

 それをネビルは見逃さなかった。後ろに転ぶセルウィンの手から、三本の杖が離れていく。

 セルウィンの杖は、ネビルの手に移った。

 

 

 

「『アクシオ(来い)、パドマ』!『プロテゴ』!」

 

 パーバティが机の下敷きになりかけていたパドマを間一髪救出した。この惨状を作ったジニーは慌てて教室の隅を確認した。ラベンダーはぎりぎり無事だ。

 

「あいたたたたた……負けちゃったね、危ないことしちゃって」

 

『武装解除』を受けて吹っ飛んだセルウィンが、頭をさすりつつ上半身を起こした。

 

「馬鹿。あんたが『磔の呪文』かけまくるから、あたしたちがこんなことしなくちゃいけなかったのよ」

 

「カバだよ」

 

「関係ないこと言わないで!……ルーナがあんたのこと、どれだけ心配してたか分かってるの!?」

 

 セルウィンは表情を変えず、緩い笑みだ。感情が全く読めない。

 

「知ってる。でも筋違いの心配だから、無視してた」

 

「あんた――ッ!」

 

「これは何の有様ですかッ!」

 

 派手な物音を聞き駆けつけたのだろう、マクゴナガルの烈火のような声が入ってきた。

 

「何の有様に見えますか?」

 

「……セルウィン、あなたの罰則に彼らが抵抗したように見えます」

 

「正解です」

 

 笑みを崩さないセルウィンに、マクゴナガルの眉間のしわが深くなった。

 

「前々から言おうと思っていたのですけどね、監督生でもないあなたに生徒を罰する権限はありません。規律係のお気に入りだとしてもです」

 

「はぁーい、以後気をつけます」

 

「本来ならスリザリンからありったけの点を引きたいところですが、やめておきましょう。生憎規律係に報告せねばなりませんから。パチル、あなたの妹を医務室まで連れて行きなさい。ウィーズリーはブラウンを。ロングボトムは私の部屋へ。それと――セルウィン」

 

 マクゴナガルのあんな冷たい瞳を、ネビルは一度も見たことが無かった。

 

「あなたは大好きなカローに泣きつきなさい」

 

「別に泣きたい気分じゃないですけど」

 

 セルウィンの口答えに、マクゴナガルはふんと鼻を鳴らした。

 

 

 

 マクゴナガルの研究室は、いい思い出が無い。心身ともにかなり成長したと自負していても、どうしても委縮してしまう。

 

「それで、何があったんですか」

 

「……カロー達に言いますか?」

 

「場合によります」

 

 そして、にっこりと笑った。言うつもりは無いのか?

 

「僕は、わざと罰則を食らって……セルウィンを止めたかったんです。ルーナが友達だったみたいですから」

 

「そうですか。そして机をぐちゃぐちゃにした他には?」

 

「ええと……まずは『磔の呪文』をやめるように説得しようとしました。でもそれを言う前に、好きでやってる、説得は無駄だと答えました」

 

「はい。そしてあなたの仲間が駆け付け、乱戦になったのですね?」

 

「なりました。ラベンダーはたぶん失神の呪文、パドマは縛られただけだと思います。あと彼女たちは『武装解除』を受けて……」

 

 二本の杖をマクゴナガルに見せた。

 

「彼女たちの物ですね。後で返しに行きましょう。それで、その二本は――?」

 

「こっちは僕の、こっちはセルウィンのです。あの……『武装解除』出来て……ああなりました」

 

「そうですか……」

 

 マクゴナガルはセルウィンの杖を受け取り、しげしげと見つめた。

 

「ロングボトム」

 

「はい」

 

 戦慄が走る。

 

「ジンジャークッキーをどうぞ」

 

「ごめんな――え?」

 

「これを食べなさい」

 

 クッキー缶をネビルの前に出した。

 

「は、はい……」

 

 もしゃもしゃとかじる。

 

「ロングボトム、ウィーズリー、パチル姉妹、ブラウン――グリフィンドールに四十点、レイブンクローに十点」

 

「あの……外でカロー達を引き付けてもらってるので、呼びに行ってもいいですか?」

 

「後で彼らの分も加算せねばなりませんね。私も行きましょう」

 

「はい!」

 

 禁じられた森前の戦いは、もう終わっていた。数分前に突然いなくなったらしい。

 ポケットの金貨が熱くなったのを、ネビルはついぞ気づかなかった。

 

 

 

 スネイプは、はるか下の戦いを無表情で見守っていた。ダンブルドアの肖像画が『幻視呪文』に気づき、早々と解除していた。

 戦いは唐突に終わった。カロー達が一瞬止まったかと思うと、全速で離脱したのだ。

 不審に思い、アミカスの部屋を目指した。途中、自分を尾行しているらしいスリザリン生に、マクゴナガルに手紙(中は白紙)を渡すように用事を託した。

 

 

 

 この日から、ミリア・セルウィンが姿を消した。

 そのほか、変化が三つあった。

 マグル学の授業は、マグルがいかに間抜けで汚いか、今の魔法界の動きが自然の秩序を取り戻す崇高なものだと強調する授業になったこと。

 闇の魔術に対する防衛術の授業は、今までなら『セルウィン部屋』に送られた生徒が、授業の“教材”として生徒の闇の魔法の練習台になったこと。

 そして――どこか虚ろだったカロー兄妹の目が、生徒が苦しむ姿を見ると特に、爛々と輝くようになったこと。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 DA(ダンブルドア軍団)と戦っていたカロー兄妹は、突然ここホグワーツへやって来た目的を思い出した。

 巧みな防御で自分たちの“甘く優しい戯れ”をいなし続ける生徒たちを、徹底的にいたぶって地獄へ落とすのは後だ。

 互いの目を見て怒りを確認し合い、今やるべきことを優先させるためにその場を後にした。

 

「……あのガキが――!」

 

「殺す、殺ス、殺シテヤル――!」

 

 兄妹の様子は、さながら地獄の悪鬼。

 二人は『闇の魔術に対する防衛術』の教室の壁を破壊して中に入った。

 

「「セルウィン!」」

 

「あ、お疲れさまです」

 

 ミリア・セルウィンはゆったりと、倒れた机に腰かけていた。

 

「ヘマしちゃって、杖さん取られちゃいました」

 

 にっこりと、杖腕の右手を振った。

 

「『アバダ――」

 

「待て!」

 

「ケダブラ』!」

 

 緑色の閃光は、スネイプがアミカスの腕を弾いて、天井に突き刺さった。

 

「待て。これは一体何事だ?」

 

「ありがとうございます、スネイプ先生」

 

「カローに質問しているのだ。黙っていろ」

 

「殺させろッ!このガキは!俺たちに『服従の呪文』をかけていたんだッ!」

 

 スネイプは驚いてセルウィンを見た。

 

(ぬるいホグワーツ統治は、全てセルウィンが――!?)

 

 セルウィンはぼーっと、よそを向いていた。

 

「異存は無いな、殺る」

 

「殺ス、殺ス――!『アバダ――」

 

「待て、待て。アレクト」

 

 スネイプはアレクトの腕を抑える。道を外れていないのなら、全力で守らねば。

 

「『闇の帝王』はどう仰っていたか。我々は家族、この印の下に――だ。セルウィンも印を刻まれている。殺すにはお伺いを立てねば」

 

 今『闇の帝王』は外国で活動しており、ポッター以外のことでは呼ばないことになっている。数週間は時間を稼げるかと思ったが――

 

「立てたら殺っていいんだな!アアン!?『サーペンソーティア(蛇出でよ)』ッ!」

 

 ボトリと、アミカスの杖先から蛇が落ちた。蛇を拾い、何事か呪文をかけて、数分待った。

 

「何事だ。俺様は忙しい、そう伝えたはずだが」

 

 紛れもない『闇の帝王』の声を、蛇が出した。カロー兄妹、スネイプは蛇に跪いた。――セルウィンも。

 

「申し訳ございません、我が君。わたくしめどもは、重大な過ちを犯してしまいました」

 

「言うがいい」

 

「この裏切り者のセルウィンに気を許し、あまつさえ『服従の呪文』をかけられ、ホグワーツ統治に重大な遅れをとってしまいました」

 

「ほう」

 

 蛇がチロチロと舌を出した。

 

「セルウィン」

 

「はい」

 

「自らに『磔の呪文』をかけろ」

 

「杖がありません」

 

「ならばそこにいる誰かに借りよ」

 

 三人は顔を見合わせて、フーフー興奮して今にも『死の呪文』を発射しそうなアレクトの手から、杖をもぎ取ってセルウィンに渡した。

 

「『クルーシオ』」

 

 数秒少女の悲鳴を聞き、

 

「もうよい」

 

 止まってくれた。

 

「俺様の『服従の呪文』は途切れていないが」

 

 確かに、自分で自分に『磔の呪文』をかけて維持するなど、『服従の呪文』で命令されない限り不可能だ。『磔の呪文』は拷問から意識を逸らさない、高度な集中力が必須だ。

 

「そ、そんな――!」

 

「バカナ――!」

 

「カバです」

 

「裏切り者は、どちらか……?」

 

 展開に後れを取り気味のスネイプだが、希望が見えてきたかと内心ほくそ笑んだ。

 

「セルウィン、何故二人に『服従の呪文』をかけた?」

 

「主命に反したからです」

 

「主命とは何だ?」

 

「スリザリンの威光を、生徒たちに知らしめることです」

 

「その為に何をした?」

 

「我が君の思想に最低限反しないよう、彼の思想に則った授業を二人にさせました。逆らう者には、我が君と彼両方の意を汲んで」

 

 蛇が身をくねらせた。何かを深く考えているように。

 

「おまえの言うサラザール・スリザリンの思想とは、どこで見知った?」

 

「『秘密の部屋』、あの部屋で」

 

 蛇は、シューシューと音をたてた。それが、しばらく続いた。

 

「正直に答えよ。『スリザリンの継承者』に相応しいのは、誰だ?」

 

 片膝をつくセルウィンは、熱に浮かされた目で、にこりと笑った。

 

「私です」

 

 スネイプ、カロー兄妹、恐らく『闇の帝王』までも、絶句した。

 

「私こそ、『スリザリンの継承者』に相応しい――そう思います」

 

 沈黙に、追い打ちまでかけた。

 

(何故、何故だ。あそこで闇の帝王と言えば、逃れられたというのに!)

 

 スネイプの動揺は、どうにか閉心術で抑え込んだ。セルウィンは服従の呪文にかかっているのか、いないのか?

 蛇はたっぷり数分かけて、立ち直った。

 

「『秘密の部屋』で俺様を待て。殺してやる……!」

 

「分かりました、我が君」

 

 蛇に一礼して、部屋を出た。

 ミリア・セルウィンは従順に、廊下の奥に消えた。

 

 

 

 





 ということで、2章終了です。
 大体の進行は決まっているので、1章との間ほどは空かないと思います。

 前より読者さんが増えた分、プレッシャーが半端ないですぞ……


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