【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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7 我ら、よからぬことをたくらむ者なり

 

 

 ジニーはとても不安になった。

 ネビル、ルーナと共に、スネイプの物となった校長室から、グリフィンドールの剣を盗む話になっていた。

 決行は、合言葉の判明次第。

 

(待って、待つのよ私。流されちゃ駄目。ネビルもルーナもボケなんだから、多少なりともツッコミ属性を保有している私がしっかりしなきゃダメなのよ)

 

 ゆっくりと深呼吸をして、頬をパチンと叩く。

 

「よし」

 

 まずはそもそものきっかけから。誰もいないのを確認してから、羊皮紙に書き出す。

 

(寮の入り口を吸魂鬼が陣取っている。これをどうにかしたい)

 

 守護霊の呪文では吸魂鬼との我慢合戦には勝てない。

 そこで呪文以外の弱点を探したところ。

 

(グリフィンドールに行きついた。……こっからおかしくなったんだわ)

 

 グリフィンドールは気合で吸魂鬼を追い払ったという。だから吸魂鬼の弱点はグリフィンドール。

 

(ええ、強引ね)

 

 だからグリフィンドールの遺物である剣には、吸魂鬼が嫌う何かがあるかもしれない。

 

(やってみる価値、あるかしら)

 

 危険を冒して背中を押すか、体を張って阻止するか。

 

(でも、それ以上の対案は思いつかない)

 

 今朝の『勝負』が蘇る。ガラガラとした息遣いにも襲う冷気にも屈せず、がむしゃらにこぶしを食らわせようと突進した。

 

(あと、もうちょっとだった)

 

 ローブは触れられた。硬い手ごたえも感じた。結果は闘牛士の如く。ジニーが牛で、吸魂鬼は赤い布。天井まで飛んで、何事もなく降り立ち再び希望を吸い上げ始めた。

 

(触れるところまでは行ったのよ。あいつはローブお化けじゃない、地上で最も汚らわしい生き物。生きているのなら、きっと倒せる)

 

 グリフィンドールの剣なら、きっと。

 

(やりましょう)

 

 決意は固まった。胸に宿った炎を表すように、書き散らした羊皮紙を暖炉にくべた。

 

 

 

 まずは、目くらまし呪文を習得するところから始まった。透明マントが無い今、隠密行動には必須の呪文だ。

 かつてのDAのように、三人は『必要の部屋』で練習をした。

 

「懐かしいなあ」

 

「随分閑散としてるけどね」

 

「でも楽しいな」

 

 最終的に、目を凝らさねば見えないところまで隠れることに成功した。一流の魔法使いは目で見えないばかりか影さえ消すそうだ。まあ、短い練習期間を考えれば、まずまずだろう。

 明日から本番に移ると決め、クィディッチの試合の前の様に円陣を組み、気合いを入れた。出口に向かったネビルとルーナを、ジニーは呼び止めた。

 

「待って、もう少し話があって……」

 

「なんだい?」

 

 ジニーはポケットからガリオン金貨を出した。二人もつられて金貨を手のひらに乗せた。

 これはDAメンバーの証。ハリーたちとの友情の証。

 二人の挙動に一瞬ぽかんとなり、苦笑した。そしてポケットに手を突っ込み、もう一枚金貨を見せた。

 

「実はこれ、ハリーのなの。ほら、ハリーのだけ魔法で数字を変えられるでしょ。私たちが自由にできるようにって渡してくれたの。――実際考えてハリーを説得したのは、ハーマイオニーなんだけどね」

 

 金貨を見てつつく二人の顔を、真剣な表情で覗く。

 

「これ、ネビルに渡そうと思うの」

 

「え!僕かい!?」

 

 急な話に、ネビルはのけぞった。

 

「これって実質、DA仮リーダーの印だろう!?」

 

「だからよ」

 

 うろたえるネビルを、視線で抑えた。

 

「ルーナはリーダーって風じゃないし、私も同じ。――頭に血が上ったら、自分でも何するか分からないから。横からやいやい言う方が性に合ってるの」

 

「うん。あたしリーダーやりたくないな」

 

「……消去法?」

 

「あら、あなたが一番勇気があって頼りになる、って言った方が納得した?」

 

「うん、ネビルは勇気があって頼りになって、みんな喜ぶと思うよ」

 

「お、おだてないでよ」

 

 しかし、耳を真っ赤にしながら、受け取ってくれた。

 

「この中で僕が一番年上だから、借りるんだからな」

 

「あら、意外と決断早かったわ」

 

「仮リーダーとしての責任カンが芽生えたんだよ、きっと」

 

「よっ大将、男前!」

 

「ひゅーひゅー」

 

 からかい過ぎて、ネビルは周りも見ず一目散に逃げて行った。

 

 次のステップは、スネイプの行動を把握すること。

 時にはさりげなく、何も企んでいない善良な生徒として。時には覚えたての目くらまし呪文を駆使して。

 それと並行して、元DAメンバーの再結集を図った。新体制に歯向かった生徒はすぐに連れ去られ、医務室に送られるのが現状だ。元メンバーのほとんどが二つ返事で答えてくれた。

 ネビルが仮リーダーであることに、表立って反論する者はいなかった。グリフィンドールの七年生が率先して賛成してくれたのもあるが、以前の顛末からリーダーにどれほどのリスクがあるかが思い知らされたからだろう(真っ先に文句を言いそうなザカリアス・スミスが招集に応じなかったからでもある)。

 一つ突き当たった問題は、金貨を持っていない(家にある、無くした、捨てた、使ったなど)メンバーがいたことだった。

 

「僕がやってみる」

 

 名乗りを上げたのは、テリー・ブート。

 

「変幻自在術なら、練習してたんだ。これのコピー、作れると思うよ」

 

 彼は宣言した通り、一日で複製をやってのけた。これで全員に連絡が行き渡るばかりか、新メンバーを募ることも可能だ。

 

「新メンバー募集は、今の計画の後でだね。隠密行動なんだから」

 

 数週間後。DAの現総力を駆使した情報収集の結果、分かったのは。

 

「スネイプはほとんどの時間校長室にいる。校内の見回りも不定期。でも日曜日の午後五時から二時間くらい、学校の外へ行く」

 

「その時間、カロー兄妹は大体自分の部屋にいるわ。誰かに見張っといてもらいましょう」

 

「カロー達と近しい生徒が……ミリア。ミリアも見張っとくの?」

 

「ええ。そういう闇の輩の右腕は、マルフォイたちが務めると思ってたけど。スリザリンを特に重用したり、使いっ走りさせてる様子もないみたい。でも見つかったら密告しかねないから、セルウィン以外のスリザリンの連中にも気をつけないとね」

 

「見張りは、個人にはカロー兄妹とミリア・セルウィン。場所には校長室付近と校門。実行は僕たち三人。他の見張りに立ってくれるみんなは、ばれそうになったら自分の身を優先させること」

 

「それと……校長室の合言葉は『ダンブルドア』――伸び耳がイカレてなかったらね。スネイプは合言葉の変え方を知らないのかしら」

 

 大体の作戦は立った。グリフィンドール生の疲弊も無視できない段階まで来ている。決行は次の日曜日だ。

 

 

 

 ハリーのコインを渡したアーニーから、合図があった。皆のコインが熱くなるのは、スネイプが門をくぐった時だけ。

 すなわち、作戦開始だ。

 

「廊下に人影無し」

 

「カロー達もいない」

 

「よし、行こう」

 

 自分たち以外誰もいないが、つい足音を殺して身を縮めてしまう。

 今からやろうとしていることは、れっきとした盗みなのだから。

 

「『ダンブルドア』!」

 

 ガーゴイルが軽やかに跳んだ。奥の自動階段は、やけにゆっくりに感じた。

 

「罠とか、無いかなぁ」

 

「大丈夫よネビル。スネイプがいちいち解除しなくちゃ入れないじゃない」

 

「まだつかないかなぁ。なんだかねむい」

 

 余りにものんきなことに、ルーナはあくびした。呆れて緊張でこわばった肩が、少しだけゆるまった。

 やっと上について、三人は顔を見合わせた。するとルーナがおもむろにノッカーを握り、扉を叩いた。

 

「ちょっと!」

 

 焦った二人はルーナを抑えつける。

 

「スネイプはいないけど、他の校長先生はいるよ」

 

 しれっと言い放ち、躊躇なく開いた。

 校長室の中は、記憶とほとんど変わらない。繊細な銀細工の置物、主のいない止まり木、歴代校長の肖像画群、組分け帽子――

 卵大のルビーがはまった美しい長剣――グリフィンドールの剣は、校長室の一番見えやすい位置でガラスケースに収められていた。

 三人が入って、部屋はざわつきだした。起きていた校長が他の肖像画の校長たちを起こし回っているのだ。ネビルがダンブルドアの肖像画の前に立った。

 

「ダンブルドア先生。グリフィンドールの寮の前に、今吸魂鬼がいるんです。何とかしないと僕たち、おかしくなります。お願いですから黙っていてください」

 

「どうするつもりじゃ?」

 

「グリフィンドールの剣で吸魂鬼を倒します」

 

「校長室で盗みを働くというのか!?不届き者め!」

 

 陰気そうな校長が叫んだ。他の校長は彼をなだめたり、盗みは良くないと肯定したり、だがそれ以外どうすればと思案に暮れたり、様々だ。

 

「確かにかの剣ならば可能じゃろう。しかしやめておきなさい。今ならばまだ引き返せる」

 

 ダンブルドアは目を閉じた。今校長室から去れば、スネイプには言わないという意味か。

 

「僕たちはやります。可能ならなおさら」

 

 後ろの二人も、頷いた。

 ネビルは深呼吸をして、ガラスケースを睨んだ。

 

「割ったら警報が鳴るかも」

 

「僕がやる。二人は先に帰っていいよ」

 

「何よ、三人でやるって言ったじゃない」

 

「そうだよ。捕まる時も三人いっしょ」

 

 心強い言葉は、二人にとっては良くないのかもしれないが、ネビルに勇気をくれた。

 

「ありがとう。じゃあ、いくよ――『レダクト(粉々)』!」

 

 ケースが砕けて、剣がゴトンと落ちた。すぐさま拾って、校長室から駆け出す。

 自動階段は無視して滑り降り、ガーゴイルを突き飛ばすように退かせた。

 

「このまま寮へ!」

 

 まだ金貨は熱くなっていない。他の合図も無い。油断はできないが、時間はあるのかもしれない。必要の部屋へ急いで自分の身を隠すより、吸魂鬼を追い払ってから寮に隠れることを選んだ。

 だが。

 

「うわあっ!」

 

「きゃっ!」

 

「足縛りの呪文だね」

 

 階段を下りる寸前、三人の足がもつれすっ転んだ。

 こつこつと足音が響く。そちらに顔を上げると、黒いローブがはためいている。

 

「よりにもよってその剣を――」

 

 冷たいが、内に炎を感じさせる。スネイプは(当たり前だろうが)かなり怒っている。

 

「おまえなんかに渡すものか」

 

「くだらない」

 

 これはハリーが手に入れた、真のグリフィンドール生しか手に出来ない特別な剣。スリザリンに――ダンブルドア校長を手にかけた殺人犯にだけは、触れられたくない。

 スネイプは杖を振った。剣ばかりか、杖までネビルたちの手から離れてしまった。

 

「スネイプ!何があった!」

 

「校長と呼べ」

 

「俺たちの仲じゃねえか」

 

「ならば様をつけるか?」

 

「おーやセブルス、あんたにジョークを言える口があったとはねえ。これっぽっちも笑えないけどな」

 

 カロー兄妹まで来た。不幸中の幸い、誰かを捕まえている様子はない。

 

「で、スネイプ校長。何があった?早く答えろ!」

 

「見れば分かるだろう」

 

「こいつらがそれを盗もうとしたってか?ハッ、何のために!」

 

「今からじっくり尋問しようとしていたところだ」

 

「そりゃあ楽しみだねぇ。あたしらも混ぜてくれよ」

 

 アレクトがこれ見よがしに杖を見せびらかす。

 

「こやつどもが盗みを働いたのは校長室だ。校長室は我輩の敷地だ」

 

 アミカスの表情が変わった。

 

「俺たちは規律係だ。全ての生徒の罰則は俺たちが仕切る」

 

「テメェはすっこんでなって言わないと分からないかい?」

 

「そちらこそ我輩の管轄に口を出すな」

 

 両者の間に、静かな火花が走った。どれだけ睨み合ったのか――先に視線を外したのは、カロー兄妹だった。

 

「フン、好きにしろ」

 

 心底つまらなそうな声と共に、彼らはこの場を後にした。

 

「さて」

 

 強制的に立たされて、足が動くようになった代わりに手を紐で縛られた。

 

「現場に戻るがいい。我輩の気が済むまで、じっくり聞かせてもらおう」

 

 




 グリフィンドールの剣なら、吸魂鬼退治(物理)が出来そうと思うんです。ほら、バジリスクの毒を含んでいるじゃないですか。


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