キングズクロス駅、ホーム
「9番線10番線――あった!ここね」
ミリアは例の如く人波をロミーに任せて、後ろで小さくなっている。
「もう立派なお姉ちゃんなんだから、しゃんとしていいのよ」
「うん……」
ロミーに押されて、カートを渡される。どうも落ち着かなくて、カートに隠れた。
「こら!前見なくちゃダメじゃない」
「……うん」
しぶしぶ影から頭を出した。
「よしよし、やればできるんだから……。あら、カート族にフクロウ族、よく見れば魔法使いさんいっぱいね」
そう、ここは非魔法界との境界。マグルも魔法使いも、入り混じっている。
「ね、入る?」
「ええ、そろそろ。……緊張するわ」
ロミーはぶるっと背を震わせた。夫の言う通りならこの強固な壁の向こうに9と3/4とやらがあるそうだ。マグルの常識は捨てたつもりだが、こんな壁が立ち塞がっていたとは。
えいっと腕を伸ばして進んだ――耳が汽笛の音を拾う。
「や、やった!ほんとに入れた!」
「そだね」
続いて入ってきたミリアは、意外にも壁に対しては恐れを抱かなかったようだ。ホームの人ごみを見て、既に顔をこわばらせている。
汽車――ホグワーツ特急は十一時発。後十分足らずで発車してしまう。
そんな焦りと勢いに任せてカートを汽車に乗せると、母と別れを告げる段階になってしまった。
「ミリア、大丈夫よ」
「お母さん……」
「新しいおともだち、作ってらっしゃい。きっとうちの周りより、たっくさんいるんだから!」
「……。うん!」
つむじをくしゃくしゃにされて、背を押される。
「い~っぱいお手紙書くから!いってらっしゃい!」
「いってきます!」
ロミーが最後に見たのは、眩しい笑顔だった。
意気揚々と汽車に入るも、急速にしぼんでいった。
(ひと、ひと、ひとがいっぱい……)
ミリアは人見知りを絶賛発揮中だ。誰もいないコンパートメントを見つけても、素早く誰かが滑り込んでしまう。上級生らしき人に席を勧められても、あわあわと首を横に振って、駆けていくのが関の山。汽笛が鳴って列車が進みだすと、もうどこも満席、一人になれる場所などどこにも無い。
意気消沈とカートを押していると。
「ここ、空いてる?」
「あんたがそう見えるんなら」
「じゃあいいわね。一緒に座りましょ」
「はわぁ!」
長い間後ろで席を探していた女の子に、手首をつかまれてしまった。
コンパートメントには、(ミリアが見る限り)雑誌を読みふける女の子が一人。それとミリアを引っ張った子。その子の勢いに呑まれ、雑誌の子の正面である窓際に座っていた。
「引っ張ってしまってごめんね。あなた、新入生?」
「うん……」
「あたしもよ」
燃えるような赤毛の彼女は、右手を出した。
「あたし、ジニー・ウィーズリー」
少しだけ躊躇して、恐れを抑えて握り返した。
「ミリア・セルウィン、です……」
「そう、ミリア――よろしくね。そうだ、あなたも座らせてくれてありがとう。あ――何年生?」
「一年だよ。あんたたちと同じ」
彼女の興味は雑誌一点だけ。それでもジニーは話しかける。
「お名前は?」
「ルーナ・ラブグット」
「あ、うちの近所のラブグットさんの?よろしく、ルーナ」
「うん」
ルーナはちょっとだけ雑誌を下ろし、目を覗かせた。
それからは、妙な空気が流れた。ルーナはぶつぶつ何かを唱えながら雑誌から意識を離さない。ジニーはこっちを見たり外を覗いたり、ため息ついたり取り繕って今日の晴天について話したり……とりあえず、何か心配事があるのと、きらきら輝く黒髪の男の子の映像がミリアのガードを抜けて入ってきた。そんなジニーの話し相手がミリアだが、それも碌に返せず自己嫌悪が渦巻くばかり。
「あんた、誰を探してるの?」
相変わらず雑誌で顔を隠す、ルーナのくぐもった声が聞こえた。
「ハ――じゃなくて、兄さんと、兄さんの友達。ホームに着いたのぎりぎりだったから、列車に乗ったとこ見てないなぁって……」
「じゃあ乗り遅れたんじゃない?」
ルーナはさらりと言ってのけた。
「まさか!でもそうかも、どうしよう!」
「ねえきっとだいじょうぶ!何がって……なんだろ。ど、どうしよ!」
ジニーとミリアがそろって慌てふためく。二人は動揺という名の下意気投合し、無意識のうちに手を握り合っている。
「お兄さんたちってどんな人!?わたしもぎりぎりだったから、もしかしたら見てるかも!」
「兄さんはのっぽであたしと同じ赤毛、お友達はくしゃくしゃの黒髪にきれいな緑の目にメガネ、モフモフのシロフクロウ連れた人!ねえ、見た!?」
「見てないごめん」
「あーもう!あ、あなたに怒ってんじゃないから!きっとうちのバカ兄貴が転ぶかなんかして」
「だったら平気だね」
「「へ?」」
ルーナは顔を隠して、何でもないように言った。
「フクロウで連絡すればいいんだもン」
「「あ」」
なんたってホグワーツだ。ジニーは兄たちから学校の様子を聞いて、かなりハチャメチャな校風とイメージしていた。汽車に乗り遅れる生徒が全くいないはず、ない。
「ルーナちゃん、すごい。えらいね」
ミリアの感心した声に答えるかのように、雑誌を下にずらした。
(照れてる)
彼女は嬉しいという感情を生んだ。自分の言葉でそれを引き出せると、ミリアはもっと嬉しくなる。
「本当。ルーナはレイブンクローなんかに向いてるのかもね」
「古き賢きレイブンクロ~♪」
ルーナは明るい声で歌った。
「あたしの母さんがそこだった」
「へぇ!じゃあ本当にレイブンクローかもね。うちの家族はみ~んなグリフィンドール。ミリアは?」
「わたしは、お母さんはマグルで、お父さんがハッフルパフだったって」
「お見事にばらばらね」
寮の選択は重要だと、父が母伝えで言っていた。寝る場所が別なら授業も別、寮対抗のクィディッチに寮対抗の優勝杯――友人関係も必然的に寮内で収まるのが多いそうだ。
「こんな縁だし、どこの寮に入っても友達でいましょ?」
ちょっとの不安を、ジニーが吹き飛ばしてくれた。
「うん!ともだち!」
意外にも、ルーナは雑誌を放り出した。初めて全身を見たが、カブのイヤリングにコルクのネックレスを付けている。
が、そんなことはどうでもいい。彼女は本心から喜んでいるから。
「わたしも、うれしい。……おともだち作るの、初めてだから」
人間の、おともだちを。こんなに早くできるなんて、思わなかった。
「み、ミリア……泣かないで!」
「へ?あ、ほんとだ……」
気づくと、大粒の涙がぽたぽた落ちていた。自分でもなんでこんなに嬉しいのか、よく分かっていない。
「あげる。ともだちだもン」
「あり、がと……」
ルーナはポケットからハンカチを取り出した。一角獣だろうか、一本の角を生やす四つ足の生物が刺繍されていた。これできつく目を抑えると、かすかにインクのにおいがした。
丸くなって涙を拭いていると、ジニーとルーナが背中やら頭やらをぽんぽんとなでてくれた。これは、車内販売の魔女が来てびっくり飛び上がるまで続いた。何せ彼女は人間ではなかった。