【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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2 列車と、おともだち

 キングズクロス駅、ホーム

 

「9番線10番線――あった!ここね」

 

 ミリアは例の如く人波をロミーに任せて、後ろで小さくなっている。

 

「もう立派なお姉ちゃんなんだから、しゃんとしていいのよ」

 

「うん……」

 

 ロミーに押されて、カートを渡される。どうも落ち着かなくて、カートに隠れた。

 

「こら!前見なくちゃダメじゃない」

 

「……うん」

 

 しぶしぶ影から頭を出した。

 

「よしよし、やればできるんだから……。あら、カート族にフクロウ族、よく見れば魔法使いさんいっぱいね」

 

 そう、ここは非魔法界との境界。マグルも魔法使いも、入り混じっている。

 

「ね、入る?」

 

「ええ、そろそろ。……緊張するわ」

 

 ロミーはぶるっと背を震わせた。夫の言う通りならこの強固な壁の向こうに9と3/4とやらがあるそうだ。マグルの常識は捨てたつもりだが、こんな壁が立ち塞がっていたとは。

 えいっと腕を伸ばして進んだ――耳が汽笛の音を拾う。

 

「や、やった!ほんとに入れた!」

 

「そだね」

 

 続いて入ってきたミリアは、意外にも壁に対しては恐れを抱かなかったようだ。ホームの人ごみを見て、既に顔をこわばらせている。

 汽車――ホグワーツ特急は十一時発。後十分足らずで発車してしまう。

 そんな焦りと勢いに任せてカートを汽車に乗せると、母と別れを告げる段階になってしまった。

 

「ミリア、大丈夫よ」

 

「お母さん……」

 

「新しいおともだち、作ってらっしゃい。きっとうちの周りより、たっくさんいるんだから!」

 

「……。うん!」

 

 つむじをくしゃくしゃにされて、背を押される。

 

「い~っぱいお手紙書くから!いってらっしゃい!」

 

「いってきます!」

 

 ロミーが最後に見たのは、眩しい笑顔だった。

 

 

 意気揚々と汽車に入るも、急速にしぼんでいった。

 

(ひと、ひと、ひとがいっぱい……)

 

 ミリアは人見知りを絶賛発揮中だ。誰もいないコンパートメントを見つけても、素早く誰かが滑り込んでしまう。上級生らしき人に席を勧められても、あわあわと首を横に振って、駆けていくのが関の山。汽笛が鳴って列車が進みだすと、もうどこも満席、一人になれる場所などどこにも無い。

 意気消沈とカートを押していると。

 

「ここ、空いてる?」

 

「あんたがそう見えるんなら」

 

「じゃあいいわね。一緒に座りましょ」

 

「はわぁ!」

 

 長い間後ろで席を探していた女の子に、手首をつかまれてしまった。

 コンパートメントには、(ミリアが見る限り)雑誌を読みふける女の子が一人。それとミリアを引っ張った子。その子の勢いに呑まれ、雑誌の子の正面である窓際に座っていた。

 

「引っ張ってしまってごめんね。あなた、新入生?」

 

「うん……」

 

「あたしもよ」

 

 燃えるような赤毛の彼女は、右手を出した。

 

「あたし、ジニー・ウィーズリー」

 

 少しだけ躊躇して、恐れを抑えて握り返した。

 

「ミリア・セルウィン、です……」

 

「そう、ミリア――よろしくね。そうだ、あなたも座らせてくれてありがとう。あ――何年生?」

 

「一年だよ。あんたたちと同じ」

 

 彼女の興味は雑誌一点だけ。それでもジニーは話しかける。

 

「お名前は?」

 

「ルーナ・ラブグット」

 

「あ、うちの近所のラブグットさんの?よろしく、ルーナ」

 

「うん」

 

 ルーナはちょっとだけ雑誌を下ろし、目を覗かせた。

 それからは、妙な空気が流れた。ルーナはぶつぶつ何かを唱えながら雑誌から意識を離さない。ジニーはこっちを見たり外を覗いたり、ため息ついたり取り繕って今日の晴天について話したり……とりあえず、何か心配事があるのと、きらきら輝く黒髪の男の子の映像がミリアのガードを抜けて入ってきた。そんなジニーの話し相手がミリアだが、それも碌に返せず自己嫌悪が渦巻くばかり。

 

「あんた、誰を探してるの?」

 

 相変わらず雑誌で顔を隠す、ルーナのくぐもった声が聞こえた。

 

「ハ――じゃなくて、兄さんと、兄さんの友達。ホームに着いたのぎりぎりだったから、列車に乗ったとこ見てないなぁって……」

 

「じゃあ乗り遅れたんじゃない?」

 

 ルーナはさらりと言ってのけた。

 

「まさか!でもそうかも、どうしよう!」

 

「ねえきっとだいじょうぶ!何がって……なんだろ。ど、どうしよ!」

 

 ジニーとミリアがそろって慌てふためく。二人は動揺という名の下意気投合し、無意識のうちに手を握り合っている。

 

「お兄さんたちってどんな人!?わたしもぎりぎりだったから、もしかしたら見てるかも!」

 

「兄さんはのっぽであたしと同じ赤毛、お友達はくしゃくしゃの黒髪にきれいな緑の目にメガネ、モフモフのシロフクロウ連れた人!ねえ、見た!?」

 

「見てないごめん」

 

「あーもう!あ、あなたに怒ってんじゃないから!きっとうちのバカ兄貴が転ぶかなんかして」

 

「だったら平気だね」

 

「「へ?」」

 

 ルーナは顔を隠して、何でもないように言った。

 

「フクロウで連絡すればいいんだもン」

 

「「あ」」

 

 なんたってホグワーツだ。ジニーは兄たちから学校の様子を聞いて、かなりハチャメチャな校風とイメージしていた。汽車に乗り遅れる生徒が全くいないはず、ない。

 

「ルーナちゃん、すごい。えらいね」

 

 ミリアの感心した声に答えるかのように、雑誌を下にずらした。

 

(照れてる)

 

 彼女は嬉しいという感情を生んだ。自分の言葉でそれを引き出せると、ミリアはもっと嬉しくなる。

 

「本当。ルーナはレイブンクローなんかに向いてるのかもね」

 

「古き賢きレイブンクロ~♪」

 

 ルーナは明るい声で歌った。

 

「あたしの母さんがそこだった」

 

「へぇ!じゃあ本当にレイブンクローかもね。うちの家族はみ~んなグリフィンドール。ミリアは?」

 

「わたしは、お母さんはマグルで、お父さんがハッフルパフだったって」

 

「お見事にばらばらね」

 

 寮の選択は重要だと、父が母伝えで言っていた。寝る場所が別なら授業も別、寮対抗のクィディッチに寮対抗の優勝杯――友人関係も必然的に寮内で収まるのが多いそうだ。

 

「こんな縁だし、どこの寮に入っても友達でいましょ?」

 

 ちょっとの不安を、ジニーが吹き飛ばしてくれた。

 

「うん!ともだち!」

 

 意外にも、ルーナは雑誌を放り出した。初めて全身を見たが、カブのイヤリングにコルクのネックレスを付けている。

 が、そんなことはどうでもいい。彼女は本心から喜んでいるから。

 

「わたしも、うれしい。……おともだち作るの、初めてだから」

 

 人間の、おともだちを。こんなに早くできるなんて、思わなかった。

 

「み、ミリア……泣かないで!」

 

「へ?あ、ほんとだ……」

 

 気づくと、大粒の涙がぽたぽた落ちていた。自分でもなんでこんなに嬉しいのか、よく分かっていない。

 

「あげる。ともだちだもン」

 

「あり、がと……」

 

 ルーナはポケットからハンカチを取り出した。一角獣だろうか、一本の角を生やす四つ足の生物が刺繍されていた。これできつく目を抑えると、かすかにインクのにおいがした。

 丸くなって涙を拭いていると、ジニーとルーナが背中やら頭やらをぽんぽんとなでてくれた。これは、車内販売の魔女が来てびっくり飛び上がるまで続いた。何せ彼女は人間ではなかった。

 

 

 

 


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