人気でろでろ~
親衛隊の活動は、新校長と共にグダグダとなっていった。
きっかけは花火のウィーズリー兄弟の大脱走。そのド派手な逃亡劇が、いたずらの歯止めを吹っ飛ばした。
いたずらの矛先は、当然のように新校長と親衛隊に向いた。自由の中にあった秩序を壊しまわったアンブリッジがやられるのも分かる。その権威を傘に好き勝手やりまわった親衛隊たちも分かる。
その勢いで、特に何も危害を加えていないはずのキースやセルウィンにまで火の粉は降りかかった。そこそこ仲良くしていたスリザリンの仲間も自衛に精いっぱいで、積極的に火の粉をかぶって助けてくれる者はいない。少しでも危険を避けるため、アンブリッジの前以外ではIバッジを懐にしまう毎日だ。
いたずらという名の攻撃を躱し、防ぎ、呼び出されたと思えば有害なグッズの処理に追われ、それが終われば新校長の愚痴につき合わされ……反ダンブルドア筆頭のマルフォイでさえ、うんざりしてきたようだ。
夏休みが待ち遠しい。『防衛術』の一年ジンクスの発動を毎夜願う。
願いが叶ったのは、期末試験最終日。
その日も、キースはセルウィンと一緒だった。親衛隊同士降りかかる火の粉は同じで、安全を確保するためだ。
「ちょうどいいところに。来なさい」
上級生を何人も引き連れて、アンブリッジは廊下を小走りで進んでいた。よく見ると、一人は後ろ手に縛られ引きずられている。
向かっている先は新校長室。首絞めガスが流されているとの噂が立った場所だ。
「半分は向こうから、残りはわたくしに着いて来なさい」
「首絞めガスですか?」
引きずられている赤毛は、犯人か?
「いいえ、侵入者よ。ウィーズリーがいるということは、さあて……」
舌なめずりしたのが、今見えた。
問題の廊下には、奥に一人、手前に一人。手前の赤毛は、同学年のジニー・ウィーズリー。奥の金髪は同じく同学年の変人、
「かかりなさい!」
「アンブリッジ!?」
大人しくお縄にかかるラブグッドとは反対に、ジニー・ウィーズリーは暴れ杖を振り抵抗する。しかし多勢に無勢、一分もかからず拘束された。
「ジニーに何するんだ!」
ここは現実。ヒーローがたった一人現れても、数の暴力には勝てない。ロングボトムというらしい上級生も、あっさり捕まった。
ラブグッドはキース、ジニー・ウィーズリーはセルウィン、ロングボトムはクラッブが抑えつけ、悪夢のピンク部屋に入った。
「全部捕らえました」
ワリントンがもともと捕まっていた赤毛――彼もウィーズリーらしい――を前に突き出した。
「あいつですが、こいつを捕まえるのを邪魔しようとしたんで。それで一緒に連れてきました」
ヒーローを指して言った。グリフィンドールらしく勇敢で、無謀だ。
「結構、結構」
アンブリッジにつられて、キースもジニーとセルウィンを見る。彼女は必死でセルウィンの足を蹴ろうとしているが、空ばかりを蹴っている。キースの位置からは、わざと当てていないように見えて不自然だ。アンブリッジは気付いていないようで、『主犯』に向き直ってニタリと笑った。
「さて、ポッター」
捕虜が大人しいのもあって、キースはあくびが出そうだった。
(どいつもこいつも、馬鹿だ)
ポッターは、彼自身が敬愛するダンブルドアを追い出す原因を作った張本人だ。どうして、もう少しじっとしていられない?
アンブリッジもそうだ。抑えつけて圧制を敷くには力不足だと、何故まだ分からない?ちょっと権限が上の生徒を引き連れても、反乱因子の殲滅どころか摘発にも事欠く有様だ。
「いいでしょう。――スネイプ先生を呼んできなさい」
あくびをかみ殺す内も、状況は刻一刻と変わる。『真実薬』を飲ませるかどうとかこうとかで、スネイプは停職を言い渡された。
(なぜそうなる)
ポッターは肉球がどうのこうの叫び出し、今まで意識していなかったが、本当に狂っているのではないかと疑う。
連鎖的に『ザ・クィブラー』のインタビュー記事を思い出した。一応禁止されたが、スリザリン全員に雑誌は回ってきた。
(『例のあの人』が復活……か)
ポッターが正気で、もしそれが本当なら。現実に、配下の集団脱獄もすでに起きていて、信じ始めた者も少なくないだろう。
親が『死喰い人』と名指しされたのは、やはりスリザリンが多かった。闇の陣営が表に出た時、彼らはどうするのだろう。その時スリザリンは?自分は?
「やめてー!」
女の金切り声で、目の前の出来事に引き戻された。ブルストロードが抑えつけている――確かグレンジャー。
「やめて――ハリー――白状しないといけないわ!」
状況が動き出したらしい。キースはグレンジャーの――どこか薄っぺらい――悲痛な告白に集中した。
なんでもダンブルドアの指示を受けて作成していた『武器』が、完成したと。
「武器のところへ案内しなさい」
「見せたくないです……あの人たちには」
グレンジャーは自分たちを見回した。その『武器』は今存在を知ったばかりの親衛隊にも扱える物なのか?
「おまえが条件をつけるわけじゃない」
「いいわ……みんなに見せるといいわ。みんながあなたに向かって武器を使うといいんだわ!」
アンブリッジが言うところ、魔法省に対して使う武器。分かりやすく建物を崩壊させられる物理的な武器か、それとも『省』という概念に傷をつけられる武器か……
とりあえず、アンブリッジは今のホグワーツ体制に傷をつけられるものと判断したようだ。身内の帯同は許さず、グレンジャーとポッターを連れて、武器とやらの在りかへ出発した。
(武器か……俺が手に入れたら……)
何に使おう。グレンジャーが言った通りアンブリッジを城から追いやるか?武器を交換条件に魔法省と交渉して、希望の職に就けるように取り計らうのもいい。それとも――
「ギャー!」
思考の邪魔をしたのは、品の無い悲鳴。見ればマルフォイの顔に臭い物体が大量にこびりついていて――
「やめろっ!」
振り返るとセルウィンが倒れていて、ジニー・ウィーズリーが杖を手に、そこら中に呪文を撃っていた。
大人しい虜囚を離して、今使えそうな呪文を探る。
(武装解除しかないか!?)
一年の時、たった一度の『決闘クラブ』で習った魔法。きっと今なら使える。暴れる彼女に向けて杖を向けると――
「ジニーに手を出すなッ!『
ヒーローは今度こそ仕事をした。体の動きが完全に止まった。
止まっている間に、親衛隊たちは杖を取り上げられ、あるいは気を失って倒れた。起きている親衛隊は、自分たちを巻いていた縄でまとめて一括りにされた。
「ハリーはどこへ?」
「見えた、森だ!」
「よし、急ごう!」
絶対逃がさないようにと言いつけられたが、こうしてあっさり撃退されてしまった。この余りに情けない有様に、ふつふつと怒りが煮えたぎってくる。
「『
急に体が解放された。床に投げ出されると
「大丈夫?よく効いたね」
そう、白々しく手のひらを出された。
「セルウィン……お前!」
ピシャリと弾いた。
「お前がちゃんと捕まえてれば――!いいや、もしかして、わざと――ッ!」
ジニー・ウィーズリーのやる気のない蹴り、真っ先に倒れたセルウィンが順番に過ぎった。
セルウィンは杖を振り、他の隊員たちを解放しだした。
「『
「テメぇ!何のつもりで裏切った!」
「『
「俺たちをだッ!」
キースの詰問は、セルウィンの手を止めさせなかった。意識を取り戻した親衛隊たちも、彼女を睨む。
「あなたたちもアンブリッジ先生にうんざりしてたから――『
縄で縛られていた親衛隊が、解放された。セルウィンを取り囲んで、クラッブなどは胸ぐらをつかんだ。
「このまま一生こき使われるんじゃないかって、みんな思ってたでしょ?」
「クラッブ、離せ。――セルウィン、君のせいで僕がこんな屈辱を受けることになったんだぞ?」
マルフォイがクラッブの代わりに詰め寄った。
「どの道、遅かれ早かれそうなることは分かってました。――だってグレンジャーさんは、アンブリッジ先生をまんまと罠にかけたんだから」
「罠?なぜそう言い切れるんだ?」
「ブルストロードさんのローブが濡れてないから。あの人、ウソ泣きだったんです。勝算があったとしか思えません」
「勝算?――そうか、アンブリッジは『武器』にやられるのか!?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかも……」
キースは思わず顔がにやけた。『武器』の存在が現実味を帯びてきたからだ。
「アンブリッジ先生が無事に帰ってきたら、私が逃がしたと正直に申し出ます。でも、帰ってこなかったら……逃がした恩で、あなたたちに『武器』を使わないように交渉できます」
行動を起こしてリスクを背負うのは、全部セルウィンだ――包囲していた輪は、徐々に解けていった。
「では、あの人たちを追いかけてきます」
危険だから寮に戻るように――そう言い置いて、セルウィンはするりと輪から抜け出した。
学期が終わり、ホグワーツ特急は夏休みに向かって疾走している。キースは貸し切りのコンパートメントで新聞を広げていた。
新聞は復活した『例のあの人』に関する記事で今日も賑わっている。次いでハリー・ポッターについて。彼は狂人などではなく、真実を孤独に叫び続けた勇敢なる『選ばれし者』と報じられるようになった。
(たっく、調子のいいやつらだ)
初めて記事を見た時は、その見事な手のひっくり返しように、笑いで腹が痛くなった。
新聞を畳んで、外の景色を見る。のどかな田園風景の奥に、色の濃い森が見えた。
(『禁じられた森』に、本当にあるんだろうか……)
『武器』が本当に使われたのかは、明るみになっていない。他の『元』親衛隊も、武器の存在も含めてハッタリだったのではないかと囁き合っていた。
だが、あの日を境に、ポッターを取り巻く環境が激変した。アンブリッジは失脚し、ダンブルドアは帰ってきた。『例のあの人』の復活さえ、見方によってはポッターにとって都合のいい出来事だ。『武器』を起動させたのかもしれない連中は、揃って医務室に送られた。
それもこれも『武器』が引き起こしたのではないか、とキースは疑っていた。森番が戻り、この半信半疑はずっと確かめられていなかった。
と、
「イングロッド君、お仕事だよ、お仕事」
ダンブルドアが戻ってきてから、ホグワーツの治安は劇的に良くなった。だからこの声を聞くのも久しぶりだ。
「仕事ってなんだよ、セルウィン」
「『親衛隊』、最後のお仕事」
「もう思い出させんな。まだアンブリッジのしもべ妖精ごっこに執着してんのか?」
「じゃあお仕事じゃなくてもいい。とにかく来て」
そう言って、むんずとローブを掴まれコンパートメントから引きずり出された。
文句を言いつつも、気になってセルウィンに続いた。
「うげッ、気持ち悪!」
足を止めて指さした荷物だなでは、ホグワーツの制服を着た巨大ナメクジが三匹、うねうねしていた。
「マルフォイさんと、クラッブさん、ゴイルさん」
「こ、これが……?」
周りの人間が騒ぎ出した異臭は、彼らが垂らす粘液が元だ。
「うん。減点しまくった仕返しに、呪いかけたって言ってたよ。――言った通りだったでしょ?やった分は全部返ってくるって」
親衛隊に選ばれた直後の忠告を思い出す。アンブリッジ失脚も含めて、二人で出した予想はおおよそ当たった。
先輩に恩を売っておくのはマイナスにならない。キースはため息とともに杖を出した。
「何の呪文か聞いたか?」
「色んな魔法だって。ナメクジ化の呪いじゃないから、反対呪文も無いよ」
「……聖マンゴ送り。以上、解散」
「待ちなさい。『みんなに好かれる親衛隊』最後のお仕事は、この人たちをスリザリンの車両に運ぶことです。あと親御さんに事情を説明するのも手伝ってください。『ウィンガーディアムレヴィオーサ』――ほら、ドア開けて」
別に好かれるために大人しくしていたのではない――と釈明するのも何故か面倒臭くなり、黙って指示通り車両外へのドアに手をかけた。
(次こそまともな教師来ますように)
ミリア・セルウィンという名の疫病神と、関わり合いにならずに済むように。