【完結】ある読心術士の軌跡   作:白井茶虎

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12 断章

 

 

「おかしい」

 

「何が?」

 

「ううん、ひとりごと」

 

 ミリアは無事二年生に進級した。壊滅的な成績の教科がいくつかあった(妖精の魔法、変身術、天文学)が、それは進級に関係なかったようだ。

 夏休みが終わって、再び学校に戻って、おかしなことがあった。

 

(スリザリン、嫌われたまま)

 

 そんなことミリア以外、当のスリザリン生も含めて誰も気にしていない。

 

(事件は解決したのに)

 

 犯人はグリフィンドールのジニー・ウィーズリー。彼女はヴォルデモート卿に操られていたから、罪は彼にある。よってヘイトは全部ヴォルデモート卿が持っていったと思っていたが……

 

「ねぇレナ。去年の頭より、スリザリン嫌われてると思わない?」

 

「またそれ?何度でも言うけどそういうものだって!」

 

「納得できないよ。去年散々疑われたのにごめんなさい一つも無くて、それどころかますます怪しい嫌な寮って決めつけられて!」

 

「はいはい。元はといえば創設者のスリザリンのせいだから、あんたにはどうしようもありません。気にするだけムダムダ」

 

「元はといえば――?そっか、創設者のスリザリンさんのことを調べたら、どうにかできるかもしれないね!」

 

「えそんなこと言って――あーあ」

 

 元気に走って行ったミリアを、レナはため息で送り出した。

 

 

 

 学校はまた騒然としていた。今年は魔法界の監獄『アズカバン』から脱獄囚が出た。

 ホグワーツには“地上で最も汚らわしい生き物”と称される『吸魂鬼(ディメンター)』なるローブをかぶった何かが配置された。彼らとはとても“おともだち”になれない。『おいしい()を食べたい』、『仲間を増やしたい』という考えでいっぱいで、ミリアが入る隙など微塵たりとも持ち合わせていないからだ。

 他人の最悪の記憶を呼び起こし、幸福感を吸い取るという危険極まりない生物だが、去年習った『閉心術』――そして『守護霊の呪文』のおかげで難なく逃れている。

 

 去年の五月。ダンブルドア校長に存在を知らされた『守護霊の呪文』を、その日のうちに調べた。

 

(自らの幸福感を依り代に、縁深い動物の霊を呼び出す呪文)

 

 それを見た瞬間、何の動物に会えるか確信した。その確信のまま呪文を唱えると

 

「やっぱり――また会えた」

 

『……早かったな』

 

 臨死体験中に再会を約束し合った、カラス。

 

『でもな、あくまでも本物じゃない。ミリアの記憶の奥底から湧き出たイメージの俺だ』

 

「……そういうこと。お母さんが作ってくれたぬいぐるみみたいなものだね。でも嬉しいよ」

 

『……んま、別にそいでいいや。その嬉しさが呪文を作るからな――』

 

 そう言って、消えていった。

 

「どうして?『エクスペクト・パトローナム』!」

 

『意志無き者に此れは答えん』

 

「あ、杖さん。――集中集中っと、『エクスペクト・パトローナム』!」

 

『幸福無き者に守護霊は答えん』

 

「『エクスペクト・パトローナム』!」

 

『信念無き者に――』

 

 あの事件の後から、杖はよく語り掛けてくれるようになった。杖の教示の元、魔法を使うという概念がようやく理解できてきた。

 魔法とはイメージの具現化。ミリアの身体で血と共に流れる『魔法力』を、杖が形にする。形にするまでのイメージを杖に伝えることが、呪文を使う上で本来最も難しいことらしい(変身術でまず複雑な理論を学ぶのは、漠然としたイメージでは物質を変えるには力不足だからだ)。

 ミリアは普段から真面目に授業を聞いていたおかげで、イメージの形成は問題ない。そしてそれを杖に伝える過程は、ほぼ障害無しと言っていいくらいだ。言語を持たない動物と意思を交わす能力のお陰だ。

 魔法力を感じそれを注ぎ込むこと。イメージ構成に集中すること。イメージを杖に共振させること。杖を認めさせるまで迷いを取り除くこと――それら魔法を使う条件全てを把握した。――だから、もう魔法は自由自在だ。

『守護霊の呪文』はこれに『幸福エネルギー』を含ませるのが必要だ。

 

(これを使えば、カラスさんに助けてもらえる)

 

 そう思えば呪文を形成するのに十分なエネルギーが湧き出る。結果、三日間の練習で有体の守護霊を作り出せるようになった。

 

「カラスさん、これからよろしくね!」

 

『……ああ』

 

 

 

 図書館の中で、ミリアは内心憤慨していた。

 

(なんにものってない!)

 

 ホグワーツの創設者、純血主義、蛇語使い、湿原から来た――

 サラザール・スリザリンその人の情報は、それくらいだった。

 

 それでも調べ続けた。

 

 

 

 スネイプ先生との『閉心術』の授業は、今年度初めてにして最後の授業だった。

 

「『レジリメンス(開心術)』!」

 

 心の中で十を数えて、右手を上げる。

 

「見事だ、セルウィン。君は我輩の開心術を完全に無効化した。これで閉心術を完全習得したと見做す。帰ってよろしい」

 

「先生、少しお話したいのですけど……」

 

「残り二十五分は君との授業の時間だ。それまでで済ませろ」

 

 時計を見て「はい」と頷いた。

 

「先生は、スリザリンが嫌われ者になっているの、どう思いますか?」

 

「どうとは?」

 

「友達も、他のスリザリンの人も、みんな当たり前だって気にしないんです」

 

「我輩も同様だ」

 

「気にするだけムダと、思うんですか?」

 

「そうだ」

 

 その回答が、胸をもやもやさせる根源だ。

 

「そんなのって間違ってないですか?スリザリンは嫌われるための寮じゃないんです」

 

 純血主義の人はマグル生まれを見下すが、一番表の感情は自分に流れる血に対する誇りだ。

 そして純血主義でない大勢のスリザリン生は、未来を見据えている人たち。レイブンクローほどではないが多くいる勉強家は、その勉強の先にある何かを追っている人たちで、漫然と授業を受けている他寮の生徒よりずっと好感を持てる。

 他の寮も、スリザリン生も、そんなそれぞれ異なる思想を持つ全員を一括りにし、嫌われるものとして扱っていた。

 

「そうだな――」

 

 しかし、スネイプ先生は。

 

「馬鹿馬鹿しい。君が間違っている。恐らく組み分けの時点から」

 

 仲良しごっこに興じたいなら、ハッフルパフかグリフィンドールに入るべきだった――そう冷たく言い放った。その奥の感情は、毎度の様に強固な閉心術で守られていた。

 

「か、カバです……」

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ。――話を聞いてくれて、ありがとうございました。失礼しました」

 

 一礼して、スネイプ先生の研究室から出た。

 

(みんなみんな、スリザリンをなんだと思ってるの?)

 

 たった一年、されど一年。スリザリン独特の暖かさを、ミリアは心地よく思っていた。

 あてに出来るのは、自分だけだ。

 

 まだまだ未熟なミリアは気付いていない。

 彼女が感じる暖かさとは縄張りの中の安心。それは他寮から隔たりがないと生まれない。

 そして無関心の真意を。他人に多少嫌われても、非難されても、自らの意志を突き通す――スリザリン生は全員、多かれ少なかれそのような“身勝手な”気質を持っているのだ。

 身勝手なのは、その気質を見て見ぬふりして、勝手に地位向上に努めようとするミリアも同様だ。

 

 

 

 魔法薬の授業の後、目当ての人物に声をかけた。

 

「ジニー、ちょっと話できる?」

 

「何?――あ、先行ってて」

 

 去年の『ちょっとした話』はジニーを追い詰める結果となったが、幸い今回も応じてくれた。

 

「あの――ミリア、春のこと、ありがとう」

 

 ミリアは首を傾げた。唐突な謝礼に出鼻をくじかれた。

 

「ほら、あたしおかしくなって『秘密の部屋』に入った時。――あなた、あたしの様子が変って気づいて、追いかけてくれたんだよね」

 

 少し苦い顔をして、答えを受けた。今思うと、先生と一緒に探せば死にかけることはなかったかもしれない。――でも、そのおかげで成長できた。

 

「あなたにちゃんとお礼言えてなかった。どうも、ありがとうございました」

 

「いいよ。――その、どうしても気になるなら」

 

 少しずるいかな、と思いながら続ける。

 

「『秘密の部屋』の場所、教えてほしい」

 

 ジニーの顔が、少し蒼くなった。そこを根源とする恐怖が九割、怪訝と幻滅が残り。

 そして、蛇と巨大な男の石像が立つ暗い部屋の映像。そこが『秘密の部屋』らしい。

 

「どうして?」

 

「わたしはスリザリンだから。スリザリンを知りたい」

 

「あたし……あなたがそういう人だと、思わなかったわ」

 

 鳶色の目が細まった。見損なった、と彼女は思った。“スリザリン生らしく”栄光を求めているのだと思われている。

 釈明が口から飛び出そうになったが呑み込んで、代わりに深呼吸した。

 

「わたしは、そういう人を辞めたことなんてない」

 

 自分の道に妥協などしたくなかった。欲しているのが栄光か、それともスリザリンの名誉回復か――ジニーにとってはどちらも同じだ。どちらにしても『秘密の部屋』が開くという、彼女にとっての最悪の結果が待っている。自分は『秘密の部屋』の中へ行きたい。

 

「わたしはもう一度『秘密の部屋』を開けたい。でも、もし怪物が他にいたら、絶対に解放したりしない。これでどう?」

 

「そ……それでも駄目ったら駄目!」

 

 整った顔の男、ニワトリの羽、血まみれのハリー・ポッター、石化した猫、巨大な蛇の死骸――映像は次々と切り替わる。

 

「『秘密の部屋』の入り口はどこ?」

 

 映像は一つに止まった。――女の子のゴーストが浮かぶ、トイレの手洗い台。

 学校でトイレに女の子のゴーストが住む場所は、一つ。もう場所は分かった。

 

「ジニー、辛いこと思い出させて、ごめん」

 

「……ええ、とっても気分が悪いわ」

 

 ジニーは蒼白な顔を向けた。じわじわと、涙があふれてきている。

 

「あたしね、スリザリンでもあなたとだけは友達になれると思ってた」

 

「わたしも。あなたと友達でいたかった」

 

 今さら友達面などできない。彼女の意思を踏みつけ、自分のための情報を奪い取ったのだから。

 

「さよなら」

 

「……ばいばい」

 

 二人は背を向け合ったが、ジニーが叫んだ。

 

「餞別に!――餞別に、教えてあげる。三階の女子トイレ。『嘆きのマートル』のトイレがそうよ。そこから先へ行く方法は、自力で探して……あたしも知らないから」

 

 彼女に振り返る気はない。それでよかった。――今さら泣き顔など見せられないから。

 

「ありがと」

 

「何泣いてんのよ」

 

 声の調子で、あっさりばれてしまった。それきり、ジニーの足跡は遠ざかって行った。

 

 

 

 何がスリザリンの名誉回復だ。言い出した自分がこの(ザマ)だ。

 もっとジニーを傷つけないで探る方法はなかったのか?

 

(あった)

 

 途中でやめていれば。いや、そもそも今聞かなければ。もっと彼女の傷が癒えてから、もっと彼女と仲良くなってから聞いていれば……

 

(なんでそうしなかったの?)

 

 それは一刻も早く知りたかったから。数秒でも早く『秘密の部屋』に入りたかったから。

 

(どうして?)

 

 義憤に後押しされた好奇心。

 その義憤は『嫌われる覚えのない自分まで一緒くたにされる不満』から。完全なるエゴだ。紛れもなくミリア自身の利己心によって、最悪の一線を踏み越えてしまった。

 

 だが、もう後戻りはできない。

 ここは三階の女子トイレの前。

 

「お邪魔します、マートルさん」

 

「だれ?私をからかいに来たの?」

 

「違います。わたしはミリア」

 

「ミリア。じゃあ何しに来たの?私にゴミをぶちまけに来たの?」

 

「『秘密の部屋』を開けに来ました」

 

「へえ~~~~~ぇ!」

 

 ひゅるる、と女の子の霊が回転しながら飛んできた。さっきまでのネガティブな言葉に反して、少し意地悪そうな笑みを浮かべている。

 

「あんたスリザリンね。いつかは来ると思ったわ。私は『秘密の部屋』の全てを知ってるけど、教えてあげられないわね~!」

 

「開け方も知ってるんですか?」

 

「もちろん!でもひ・み・つ♪」

 

 蛇口の一つに、シューシューという音で『開け』と唱えるハリー・ポッターが見えた。十分だ。

 その蛇口を調べると、小さな蛇が刻まれていた。この蛇に囁く。

 

「開け」

 

『蛇語を認定。防衛口を解除する』

 

 蛇口が光りながら回り、やがて手洗い台が沈んでパイプがむき出しになった。

 

「マーリンの(ひげ)

 

 マートルが呆然と呟いたのをしり目に、ミリアは躊躇なくパイプの中に身を躍らせた。

 

 

――――――――――

 

 

 冬。ルーナは寂しい日々を送っていた。ここのところずっと、ふくろう小屋にミリアが来なかったのだ。

 冬休み直前のある日、意を決してミリアに声をかけた。

 

「こんにちは、ミリア」

 

「あ、ルーナ……久しぶり」

 

「あんた最近どうしてる?あたしは何も。退屈だな」

 

「わたしは……図書館で勉強したり、いろいろ。忙しいんだ、ごめんね」

 

「忙しいなら仕方ないね――じゃあね、また」

 

「うん、またね」

 

 ハグリッドのヒッポグリフが処刑されそうだ――言いかけたのを、黙った。

 

 

 

 冬休み。ハグリッドは久しぶりのお客さんを迎えた。

 

「おお、ミリア。ずいぶん顔見てなかったなぁ。ファングも寂しがってたぞ」

 

『ミリア、ミリアだ!』

 

「こんにちは、ハグリッド。久しぶり、ファング」

 

 初めは信じていなかった『動物の言葉が分かる』という夢のような能力も、今では疑わない。ファングの懐き方が本当だと語っている。

 

「最近どうしちょる、ん?ルーナが寂しがってるぞ」

 

「ちょっと、ね。忙しいの。勉強とかが。――ところで、何か最近困ってること、無い?」

 

 真っ先にバックビークの事が頭に浮かんだ。彼女に相談しようかと思ったが、やめた。ハーマイオニー、ハリーとロンが裁判を手伝ってくれている。ルーナと遊べないほど忙しいミリアの手は煩わせられない。そもそも彼女は、この件とは無関係だ。

 

「いんや」

 

「そう。――じゃ、帰る。ばいばい」

 

「バイバイだ。たまにはルーナと遊んでやれよ」

 

 答えは聞こえなかったが、優しいミリアのことだ。頷いたに決まっている。

 

 

 

 春。レナは三年生に取ることになる選択授業を悩んでいた。

 

「ねーミリア、魔法省に入るのに有利なのは、どれか知ってる?」

 

「知らない」

 

 あっさりとつれない答えが返ってきた。

 

「ミリアが選んだのは何かな?どれどれ」

 

 ミリアの手元を覗いてみると、『古代ルーン文字』にチェックがついていた。

 

「それと『魔法生物飼育学』?あんた動物好きだもんね」

 

「ううん、これだけ。別に一科目でもいいんでしょ?」

 

「うーん、確かに。どこにも『二科目取れ』なんて命令書いてないからね。でも意外ね」

 

「なるべく自由時間が欲しくて」

 

 ミリアは去年の冬ごろから、授業や寝る前しか姿を見ていない。時々図書館にいると聞くが、本の貸し借りくらいで図書館にこもって勉強はしていないらしい。

 

(別にどーでもいっか。それより、うーん……)

 

 レナは結局、『占い学』と『古代ルーン文字』を選んだ。

 

 

 

 ミリアのホグワーツ二年目は、静かに――どこか不気味に、終わった。

 

 






お久しぶりです。この調子で2章をどうぞ――と言いたいのですが、ムリです。進捗度30%といったところでしょうか……
ぼちぼち書いていきます。どうかお待ちください。


断章のオマケ ミリアの成績表と、先生方のコメント(一年)

妖精の魔法 P(不可) …… 来年も頑張っていきましょう

変身術   P     …… 努力は認めます

薬草学   O(優)  …… 素晴らしい!世話をした子たちはみんな喜んでいますよ!

魔法薬学  O     …… この調子で来年も精進するように

魔法史   A(可)  …… まあまあ

闇の魔術に対する防衛術 ― …… 僕は誰かな☆

天文学   T(トロール) …… 早寝早起き良い子ですね



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