「おかしい」
「何が?」
「ううん、ひとりごと」
ミリアは無事二年生に進級した。壊滅的な成績の教科がいくつかあった(妖精の魔法、変身術、天文学)が、それは進級に関係なかったようだ。
夏休みが終わって、再び学校に戻って、おかしなことがあった。
(スリザリン、嫌われたまま)
そんなことミリア以外、当のスリザリン生も含めて誰も気にしていない。
(事件は解決したのに)
犯人はグリフィンドールのジニー・ウィーズリー。彼女はヴォルデモート卿に操られていたから、罪は彼にある。よってヘイトは全部ヴォルデモート卿が持っていったと思っていたが……
「ねぇレナ。去年の頭より、スリザリン嫌われてると思わない?」
「またそれ?何度でも言うけどそういうものだって!」
「納得できないよ。去年散々疑われたのにごめんなさい一つも無くて、それどころかますます怪しい嫌な寮って決めつけられて!」
「はいはい。元はといえば創設者のスリザリンのせいだから、あんたにはどうしようもありません。気にするだけムダムダ」
「元はといえば――?そっか、創設者のスリザリンさんのことを調べたら、どうにかできるかもしれないね!」
「えそんなこと言って――あーあ」
元気に走って行ったミリアを、レナはため息で送り出した。
学校はまた騒然としていた。今年は魔法界の監獄『アズカバン』から脱獄囚が出た。
ホグワーツには“地上で最も汚らわしい生き物”と称される『
他人の最悪の記憶を呼び起こし、幸福感を吸い取るという危険極まりない生物だが、去年習った『閉心術』――そして『守護霊の呪文』のおかげで難なく逃れている。
去年の五月。ダンブルドア校長に存在を知らされた『守護霊の呪文』を、その日のうちに調べた。
(自らの幸福感を依り代に、縁深い動物の霊を呼び出す呪文)
それを見た瞬間、何の動物に会えるか確信した。その確信のまま呪文を唱えると
「やっぱり――また会えた」
『……早かったな』
臨死体験中に再会を約束し合った、カラス。
『でもな、あくまでも本物じゃない。ミリアの記憶の奥底から湧き出たイメージの俺だ』
「……そういうこと。お母さんが作ってくれたぬいぐるみみたいなものだね。でも嬉しいよ」
『……んま、別にそいでいいや。その嬉しさが呪文を作るからな――』
そう言って、消えていった。
「どうして?『エクスペクト・パトローナム』!」
『意志無き者に此れは答えん』
「あ、杖さん。――集中集中っと、『エクスペクト・パトローナム』!」
『幸福無き者に守護霊は答えん』
「『エクスペクト・パトローナム』!」
『信念無き者に――』
あの事件の後から、杖はよく語り掛けてくれるようになった。杖の教示の元、魔法を使うという概念がようやく理解できてきた。
魔法とはイメージの具現化。ミリアの身体で血と共に流れる『魔法力』を、杖が形にする。形にするまでのイメージを杖に伝えることが、呪文を使う上で本来最も難しいことらしい(変身術でまず複雑な理論を学ぶのは、漠然としたイメージでは物質を変えるには力不足だからだ)。
ミリアは普段から真面目に授業を聞いていたおかげで、イメージの形成は問題ない。そしてそれを杖に伝える過程は、ほぼ障害無しと言っていいくらいだ。言語を持たない動物と意思を交わす能力のお陰だ。
魔法力を感じそれを注ぎ込むこと。イメージ構成に集中すること。イメージを杖に共振させること。杖を認めさせるまで迷いを取り除くこと――それら魔法を使う条件全てを把握した。――だから、もう魔法は自由自在だ。
『守護霊の呪文』はこれに『幸福エネルギー』を含ませるのが必要だ。
(これを使えば、カラスさんに助けてもらえる)
そう思えば呪文を形成するのに十分なエネルギーが湧き出る。結果、三日間の練習で有体の守護霊を作り出せるようになった。
「カラスさん、これからよろしくね!」
『……ああ』
図書館の中で、ミリアは内心憤慨していた。
(なんにものってない!)
ホグワーツの創設者、純血主義、蛇語使い、湿原から来た――
サラザール・スリザリンその人の情報は、それくらいだった。
それでも調べ続けた。
スネイプ先生との『閉心術』の授業は、今年度初めてにして最後の授業だった。
「『
心の中で十を数えて、右手を上げる。
「見事だ、セルウィン。君は我輩の開心術を完全に無効化した。これで閉心術を完全習得したと見做す。帰ってよろしい」
「先生、少しお話したいのですけど……」
「残り二十五分は君との授業の時間だ。それまでで済ませろ」
時計を見て「はい」と頷いた。
「先生は、スリザリンが嫌われ者になっているの、どう思いますか?」
「どうとは?」
「友達も、他のスリザリンの人も、みんな当たり前だって気にしないんです」
「我輩も同様だ」
「気にするだけムダと、思うんですか?」
「そうだ」
その回答が、胸をもやもやさせる根源だ。
「そんなのって間違ってないですか?スリザリンは嫌われるための寮じゃないんです」
純血主義の人はマグル生まれを見下すが、一番表の感情は自分に流れる血に対する誇りだ。
そして純血主義でない大勢のスリザリン生は、未来を見据えている人たち。レイブンクローほどではないが多くいる勉強家は、その勉強の先にある何かを追っている人たちで、漫然と授業を受けている他寮の生徒よりずっと好感を持てる。
他の寮も、スリザリン生も、そんなそれぞれ異なる思想を持つ全員を一括りにし、嫌われるものとして扱っていた。
「そうだな――」
しかし、スネイプ先生は。
「馬鹿馬鹿しい。君が間違っている。恐らく組み分けの時点から」
仲良しごっこに興じたいなら、ハッフルパフかグリフィンドールに入るべきだった――そう冷たく言い放った。その奥の感情は、毎度の様に強固な閉心術で守られていた。
「か、カバです……」
「何か言ったか?」
「いいえ。――話を聞いてくれて、ありがとうございました。失礼しました」
一礼して、スネイプ先生の研究室から出た。
(みんなみんな、スリザリンをなんだと思ってるの?)
たった一年、されど一年。スリザリン独特の暖かさを、ミリアは心地よく思っていた。
あてに出来るのは、自分だけだ。
まだまだ未熟なミリアは気付いていない。
彼女が感じる暖かさとは縄張りの中の安心。それは他寮から隔たりがないと生まれない。
そして無関心の真意を。他人に多少嫌われても、非難されても、自らの意志を突き通す――スリザリン生は全員、多かれ少なかれそのような“身勝手な”気質を持っているのだ。
身勝手なのは、その気質を見て見ぬふりして、勝手に地位向上に努めようとするミリアも同様だ。
魔法薬の授業の後、目当ての人物に声をかけた。
「ジニー、ちょっと話できる?」
「何?――あ、先行ってて」
去年の『ちょっとした話』はジニーを追い詰める結果となったが、幸い今回も応じてくれた。
「あの――ミリア、春のこと、ありがとう」
ミリアは首を傾げた。唐突な謝礼に出鼻をくじかれた。
「ほら、あたしおかしくなって『秘密の部屋』に入った時。――あなた、あたしの様子が変って気づいて、追いかけてくれたんだよね」
少し苦い顔をして、答えを受けた。今思うと、先生と一緒に探せば死にかけることはなかったかもしれない。――でも、そのおかげで成長できた。
「あなたにちゃんとお礼言えてなかった。どうも、ありがとうございました」
「いいよ。――その、どうしても気になるなら」
少しずるいかな、と思いながら続ける。
「『秘密の部屋』の場所、教えてほしい」
ジニーの顔が、少し蒼くなった。そこを根源とする恐怖が九割、怪訝と幻滅が残り。
そして、蛇と巨大な男の石像が立つ暗い部屋の映像。そこが『秘密の部屋』らしい。
「どうして?」
「わたしはスリザリンだから。スリザリンを知りたい」
「あたし……あなたがそういう人だと、思わなかったわ」
鳶色の目が細まった。見損なった、と彼女は思った。“スリザリン生らしく”栄光を求めているのだと思われている。
釈明が口から飛び出そうになったが呑み込んで、代わりに深呼吸した。
「わたしは、そういう人を辞めたことなんてない」
自分の道に妥協などしたくなかった。欲しているのが栄光か、それともスリザリンの名誉回復か――ジニーにとってはどちらも同じだ。どちらにしても『秘密の部屋』が開くという、彼女にとっての最悪の結果が待っている。自分は『秘密の部屋』の中へ行きたい。
「わたしはもう一度『秘密の部屋』を開けたい。でも、もし怪物が他にいたら、絶対に解放したりしない。これでどう?」
「そ……それでも駄目ったら駄目!」
整った顔の男、ニワトリの羽、血まみれのハリー・ポッター、石化した猫、巨大な蛇の死骸――映像は次々と切り替わる。
「『秘密の部屋』の入り口はどこ?」
映像は一つに止まった。――女の子のゴーストが浮かぶ、トイレの手洗い台。
学校でトイレに女の子のゴーストが住む場所は、一つ。もう場所は分かった。
「ジニー、辛いこと思い出させて、ごめん」
「……ええ、とっても気分が悪いわ」
ジニーは蒼白な顔を向けた。じわじわと、涙があふれてきている。
「あたしね、スリザリンでもあなたとだけは友達になれると思ってた」
「わたしも。あなたと友達でいたかった」
今さら友達面などできない。彼女の意思を踏みつけ、自分のための情報を奪い取ったのだから。
「さよなら」
「……ばいばい」
二人は背を向け合ったが、ジニーが叫んだ。
「餞別に!――餞別に、教えてあげる。三階の女子トイレ。『嘆きのマートル』のトイレがそうよ。そこから先へ行く方法は、自力で探して……あたしも知らないから」
彼女に振り返る気はない。それでよかった。――今さら泣き顔など見せられないから。
「ありがと」
「何泣いてんのよ」
声の調子で、あっさりばれてしまった。それきり、ジニーの足跡は遠ざかって行った。
何がスリザリンの名誉回復だ。言い出した自分がこの
もっとジニーを傷つけないで探る方法はなかったのか?
(あった)
途中でやめていれば。いや、そもそも今聞かなければ。もっと彼女の傷が癒えてから、もっと彼女と仲良くなってから聞いていれば……
(なんでそうしなかったの?)
それは一刻も早く知りたかったから。数秒でも早く『秘密の部屋』に入りたかったから。
(どうして?)
義憤に後押しされた好奇心。
その義憤は『嫌われる覚えのない自分まで一緒くたにされる不満』から。完全なるエゴだ。紛れもなくミリア自身の利己心によって、最悪の一線を踏み越えてしまった。
だが、もう後戻りはできない。
ここは三階の女子トイレの前。
「お邪魔します、マートルさん」
「だれ?私をからかいに来たの?」
「違います。わたしはミリア」
「ミリア。じゃあ何しに来たの?私にゴミをぶちまけに来たの?」
「『秘密の部屋』を開けに来ました」
「へえ~~~~~ぇ!」
ひゅるる、と女の子の霊が回転しながら飛んできた。さっきまでのネガティブな言葉に反して、少し意地悪そうな笑みを浮かべている。
「あんたスリザリンね。いつかは来ると思ったわ。私は『秘密の部屋』の全てを知ってるけど、教えてあげられないわね~!」
「開け方も知ってるんですか?」
「もちろん!でもひ・み・つ♪」
蛇口の一つに、シューシューという音で『開け』と唱えるハリー・ポッターが見えた。十分だ。
その蛇口を調べると、小さな蛇が刻まれていた。この蛇に囁く。
「開け」
『蛇語を認定。防衛口を解除する』
蛇口が光りながら回り、やがて手洗い台が沈んでパイプがむき出しになった。
「マーリンの
マートルが呆然と呟いたのをしり目に、ミリアは躊躇なくパイプの中に身を躍らせた。
――――――――――
冬。ルーナは寂しい日々を送っていた。ここのところずっと、ふくろう小屋にミリアが来なかったのだ。
冬休み直前のある日、意を決してミリアに声をかけた。
「こんにちは、ミリア」
「あ、ルーナ……久しぶり」
「あんた最近どうしてる?あたしは何も。退屈だな」
「わたしは……図書館で勉強したり、いろいろ。忙しいんだ、ごめんね」
「忙しいなら仕方ないね――じゃあね、また」
「うん、またね」
ハグリッドのヒッポグリフが処刑されそうだ――言いかけたのを、黙った。
冬休み。ハグリッドは久しぶりのお客さんを迎えた。
「おお、ミリア。ずいぶん顔見てなかったなぁ。ファングも寂しがってたぞ」
『ミリア、ミリアだ!』
「こんにちは、ハグリッド。久しぶり、ファング」
初めは信じていなかった『動物の言葉が分かる』という夢のような能力も、今では疑わない。ファングの懐き方が本当だと語っている。
「最近どうしちょる、ん?ルーナが寂しがってるぞ」
「ちょっと、ね。忙しいの。勉強とかが。――ところで、何か最近困ってること、無い?」
真っ先にバックビークの事が頭に浮かんだ。彼女に相談しようかと思ったが、やめた。ハーマイオニー、ハリーとロンが裁判を手伝ってくれている。ルーナと遊べないほど忙しいミリアの手は煩わせられない。そもそも彼女は、この件とは無関係だ。
「いんや」
「そう。――じゃ、帰る。ばいばい」
「バイバイだ。たまにはルーナと遊んでやれよ」
答えは聞こえなかったが、優しいミリアのことだ。頷いたに決まっている。
春。レナは三年生に取ることになる選択授業を悩んでいた。
「ねーミリア、魔法省に入るのに有利なのは、どれか知ってる?」
「知らない」
あっさりとつれない答えが返ってきた。
「ミリアが選んだのは何かな?どれどれ」
ミリアの手元を覗いてみると、『古代ルーン文字』にチェックがついていた。
「それと『魔法生物飼育学』?あんた動物好きだもんね」
「ううん、これだけ。別に一科目でもいいんでしょ?」
「うーん、確かに。どこにも『二科目取れ』なんて命令書いてないからね。でも意外ね」
「なるべく自由時間が欲しくて」
ミリアは去年の冬ごろから、授業や寝る前しか姿を見ていない。時々図書館にいると聞くが、本の貸し借りくらいで図書館にこもって勉強はしていないらしい。
(別にどーでもいっか。それより、うーん……)
レナは結局、『占い学』と『古代ルーン文字』を選んだ。
ミリアのホグワーツ二年目は、静かに――どこか不気味に、終わった。
お久しぶりです。この調子で2章をどうぞ――と言いたいのですが、ムリです。進捗度30%といったところでしょうか……
ぼちぼち書いていきます。どうかお待ちください。
断章のオマケ ミリアの成績表と、先生方のコメント(一年)
妖精の魔法 P(不可) …… 来年も頑張っていきましょう
変身術 P …… 努力は認めます
薬草学 O(優) …… 素晴らしい!世話をした子たちはみんな喜んでいますよ!
魔法薬学 O …… この調子で来年も精進するように
魔法史 A(可) …… まあまあ
闇の魔術に対する防衛術 ― …… 僕は誰かな☆
天文学 T(トロール) …… 早寝早起き良い子ですね