ソードアート・オンライン Escape from Real   作:日昇 光

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今回からしばらくオリジナル要素多めで書いていきます。

勢いで書いた部分が多いのでかなり荒れた展開になってると思いますが、暖かい目で見て頂けると助かります。

それでは第7話、どうぞ。

※誤字修正致しました



第7話 どれだけ逃げても、現実は追ってくる。

第一層クリアから二ヶ月ほど経った。最初のボス戦でそれなりの戦績を収めてしまった俺は、キバオウをはじめとする攻略ガチ勢──通称"攻略組"──からせがまれ、毎回ボス戦に参加するハメになった。自身の経験とキリトから教わった技術のおかけで何とか死なずにここまで来れたが、毎日のようにレベリングをしなければ、とてもじゃないがついていけない。例の情報屋の協力を得ているおかげでユウキの捜索は一応進んでいるが、多忙になってしまったために俺たちが個人で動く事が以前より難しくなってしまった。

 

しかし今日は、狩場が現時点での有力ギルドの一つである《アインクラッド解放隊》のメンバーが使用するせいで、朝早くに一時間ほどの狩りだけで今日の俺の日課は終わってしまった。そのため久々にまともに情報収集をすべく、俺はランと共に最前線である第十五層の主街区を歩き回っている。

 

「…あ」

 

突然ランが呟き、足を止めた。彼女の目線の先には、女性プレイヤー御用達のアクセサリーショップがあった。

 

「なんだ、なんか欲しいのでもあんのか」

 

「あ、いえ。あそこにカチューシャ売ってるじゃないですか。現実世界で、木綿季がいつも付けてたなーって思って。今は付けてないでしょうけど…」

 

装飾重視でここまでの品揃えNPCアクセサリーショップは、今までの層にはなかった。もしカチューシャが《はじまりの街》で売っていれば、ユウキはそれを買っているはずだろう。それなら分かりやすい特徴ができて探すのも楽になるだろうと思うが、それができないから苦労している。

 

「買っておいてあげたら喜んでくれるでしょうか…あの子」

 

「おお、いいんじゃねえの?もしかしたらカチューシャにひかれて寄ってくるかもしれんし」

 

「私の妹は虫か何かですか…」

 

やべぇ、冗談で言ったのにランの声音が半分本気だ。怒っていらっしゃる…

 

「す、すまん、冗談だ……おいやめろ剣を抜くな納めろごめんなさいやめてください」

 

圏内でダメージを与える事はできないが、恐怖だけはきっちりと刻み込むことができる。ランは攻略に参加してない割に、たまに俺のレベリングについてくるため結構強い。敏捷力のステータスを優先して上げてる俺と速さが大して変わらないのだから、連続突き攻撃なんてここで受けたら俺は間違いなく腰を抜かすだろう。

 

「…お昼ごちそうさまです」

 

「…分かりました」

 

昼食は俺の奢りだそうです。

 

 

  

 

 

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「そういえば」

 

ペペロンチーノのようなものをよく咀嚼してから飲み込んだランが口を開いた。ちなみに俺はスープです。

 

「あん?どうした」

 

「私の剣、そろそろ耐久値が危ないんです。このあと鍛冶屋さんにメンテお願いしに行きたいんですけど、いいですか?」

 

「別に構わねぇよ。この層でユウキの情報を集めるのにも行き詰まってきてるし、狩場が空かないんじゃする事ないからな」

 

「……そう、ですね」

 

変な間があったのが少し気になる。デスゲーム開始から半年になるというのにまだユウキが見つからないんじゃ、無理もないか。

 

「…ユウキの事なら、こう言っちゃなんだが今は考えてもしょうがない。できる事はちゃんとやったんだ。一応こっちからも情報は流してるわけだし、見つけられないならひとまず向こうから出てきてくれるのを待つしかないだろ」

 

「……私たちに今できる事…本当にできたんでしょうか…」

 

「できてるよ。ほら、鍛冶屋行くんだろ?」

 

俺はスープを飲み干し、席を立って歩き始めた。

 

「……オクトさんは…!」

 

ガタッと音を立ててランが勢いよく立ち上がり、俺の背中に向かって言った。いつもより声量が大きい事に内心驚きつつも、俺は振り返らずに足を止めた。

 

「…オクトさんは、本当に…そう思ってるんですか…?しなきゃいけない事、本当にしたい事、できてるんですか…?」

 

「……」

 

怒ったような、それでいて悲しさを含んだような声が、俺の耳から入り込み、無いはずの心臓に突き刺さるようだった。なぜ偽りの身体に、こんなにも痛みが走るのか。

 

「…俺は依頼をこなすだけだ。受けた以上は完遂するまで仕事はするし、その妨げになるような事をしている暇は無い」

 

「もう現状で私のためにできる事は無いって、さっきそう言いましたよね?だったら…」

 

「…人の事情に無闇に首突っ込むなよ」

 

「……ッ!」 

 

思ったより低い声が出た。しまった、と思いつつも、それが本音である以上弁明の余地もない。頼むから、これ以上思い出させないでくれ。

 

「…でも……でも!」

 

それでもなお、ランは言葉を繋ぐ。その表情は、悲しみの色に染まっている。この世界での感情表現はややオーバーになると聞いたが、それにしてもどうして、そんな顔を浮かべるのか。

 

「…悪い。武器屋には一人で行ってくれ。俺は先に戻ってる」

 

俺は再び歩き出し、店のドアを開けた。まだ何か言ってくるかと思ったが、それ以上は何も聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

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宿に戻ると、部屋の前にまた例の情報屋がいた。昨日の晩に三日分の成果を伝えに来たはずだが、なぜいるんだ?

 

「お、帰ってきた。あの子はどうしたの?あ、もしかして喧嘩でもした?」

 

「別に…鍛冶屋に行くっつってたから別行動してるだけだ」

 

「ふーん。まあいいや」

 

一瞬ビクッとしたが、なんとか冷静さを失わずに返答する。それにしてもこの女、聞いてきた割には興味が無さそうだ。

 

「で、何の用だ?定期報告は昨日しに来ただろ?」

 

「んー、用ってほどの用はないよ。ただ、君が今どうしてるのかなーって思ってね」

 

「はぁ?」

 

意味がわからない。俺の様子だけ見に来たと?何こいつ俺のこと好きなの?頼んでもいないのに様子見に来るヤンデレなの?

 

「だって、忙しいんじゃないの?探す人が二人にもなって」

 

「…!」

 

ちょっと待て。俺たちはこいつにユウキの事しか話していないはずだ。"彼女"の事など、ランに軽く話したぐらいで、葉山にすら言ってないんだぞ。

 

「……何の話だ」

 

「ありゃ、とぼけるんだ。いいの?後悔するよ?今この時、こうしている間にも、死んじゃうかもしれないよ?」

 

「…黙れよ。そもそも名前が一緒なだけで、別人かもしれんだろ」

 

…また余計なことを言ってしまった。イライラしてくるとどうにも口が滑べる。

 

「…ほらやっぱり。嘘は良くないぞー?ま、私は君が何考えてるのかなんて知らないけどさ、やっぱり逃げるのは良くないと思うなぁ」

 

いちいち俺の神経を逆撫でする声に、俺は何を言っていいかわからず歯ぎしりをする。イラつくのはこの女に対してもそうだが、何より自分にだ。

 

逃げている。その通りだ。俺は現実から逃げてここに来た。それでも、俺の現実は容赦なく追いかけてくる。頭では逃げずに戦わなければならない事は分かっている。だが実際はどうだ。俺は、やれレベリングだ、やれ依頼だ、やれボス戦だとひたすら堀を作って、自分の城に立て篭もっているだけだ。そんな、結局何もできない自分に腹が立つ。きっとあの名前は別人だ、偶然同じだったのだと無意識に自分に言い聞かせているのも、自己満足の脆い鎧だ。本当に戦場ならば、今俺の目の前にいるのは堀を難なく超えて城に潜り込んできた敵兵で、そいつが連投してくる石ころに俺の鎧は穴だらけになっている。

 

「ほーら怖い顔してるよ?分かってるんでしよ?仕事増やさなきゃいけないって。ていうか、君が動いてくれないと、私がわざわざここに来た意味がなくなっちゃうのよ、正直な所」

 

「…残念だったな、無駄な骨折って」

 

俺は精一杯の虚勢をはった。何だか呆れたようにわざとらしく溜息をつかれたのでまた苛立ちが込み上げてくる。そっちが勝手に俺の部屋まで来たんだろう。俺に何を期待したのだ。

 

「…無駄かどうかは私が決めるよ。私はこれで失礼するから、次に何をどうすればいいか、考えておいてね?」

 

そう言って、俺の前に突如として現れた敵兵は去っていった。俺は攻撃的な姿勢は崩さなかったが、本当の所は、首元まで突き付けられた刃に怯えるしかなかった。

 

なぜ俺の事情を知っているのかは分からないが、これで俺に、もう逃げる場所はない。選択肢は二つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦うか、死ぬかだ。

 

 

 

 

 

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あの後すぐにベッドに倒れ込み、行き場のない怒りを声にしてひたすら身体から追い出そうとした。しかしどうにも力が入らず、いつの間にかそのまま寝てしまったようだ。

 

目が覚めるともう深夜だった。眠ったせいかもう理不尽な怒りはない。あるのは、情けない自分を純粋に責める気持ちだ。テーブルに目をやると、「作ったので良かったら食べてください」と書かれた置き手紙とともにサンドイッチが置かれていた。どうやら寝ている間にランが置いていってくれたようだ。

 

どうして、こんなにも俺の事を気にかけてくれるのだろうか。自分の厚意を切り捨て、突き放した人間に、なぜここまで優しくなれるのだろうか。俺があの名前について、雪ノ下雪乃の存在についてランに話をしたのは、本当に些細な事だった。彼女に余計な心配をさせたくなかったというのもあるが、何より自分が無意識に逃げようとしていたから、暇つぶしの無駄話程度にしか話さなかったはずだ。ここまで気を遣われることなんて──

 

 

 

 

 

 

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石碑に"Yukino"の名前を見つけてからしばらく経ったある日、写真を見返していたランが俺に尋ねてきた。

 

「オクトさん。この写真見て思い出したんですけど、これを初めて見た時、オクトさん何か驚いてませんでした?」

 

「え…いや別に、そんなことなかったと思うが」

 

「……本当ですか?あの時もなんでもないって誤魔化してましたけど、知ってますよね?この世界で感情は隠せないって」

 

「……あー」

 

バツが悪くなり思わずガシガシと頭をかいた。一方のランはというと、ふふん、と勝ち誇ったような顔をした。うぜぇ。

 

「…笑うなよ?その、なんだ、知り合いと同じ名前が《生命の碑》に刻まれててな。まさかこっちに来ちまったのかと思って一瞬びっくりしたんだよ。まあ有り得ないけどな。あいつゲームとかしなさそうだし」

 

それを聞いたランは、先程までの勝利に酔いしれた(言い過ぎ)表情から一転、深刻な顔つきになった。

 

「それ…大丈夫なんですか?一応確認した方が…」

 

「そうは言ってもな…、確認のしようもないし」

 

「それはそうかもしれませんけど…」

 

「まあ、お前は気にすんなよ。まだユウキも見つかってない事だしな」

 

「はあ…あ、じゃあ、もし良ければその人のお話聞かせてくれませんか?」 

 

「は?なんで?」

 

何だよ唐突に。リアルのお話はしちゃダメっていったでしょ?ホントにもう、何度言ったらわかるのかしら…。嫌になっちゃうわ。…うん、自分で言ってて吐き気がするほどキモイな。やめよう。

 

「だって、オクトさん変わった人だから、お友達も個性的な方が多いのかなって思って。ほら、ハルトさんもなんか普通の人とは違う感じじゃないですか」

 

「おい待てあいつは知り合いだが友達じゃない。つーか変わった人って酷くね?」

 

「あ…すみません。悪気はなかったんですが…」

 

シュンとしてしまった。ごめん俺が悪かった。何も間違ってないよ俺は変人だよ…。どうせ俺なんか…

 

何か二人してテンションが下がってさながら地獄兄弟ならぬ地獄兄妹のような絵面になってしまった。

 

「あー、まあいいよ。ちょっとだけ話してやる」

 

 

 

 

 

 

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根負けというかその空気が何となく耐え難かった俺は、結局雪ノ下の事を話してしまったのだった。その間のランの表情変化が面白かったのは、今でも覚えている。何が面白いのか笑ったり、たぶん内心ではドン引きしたであろう所を苦笑いで済ませたり、尊敬したように感嘆したり。俺の話はそんなに濃かっただろうか。そういえば、何をどこまで話したのか詳しく覚えていない。

 

それでもやっぱり彼女が俺に気を遣う理由は思い当たらない。もしかしたら、あのやり取りには理由がないのかもしれない。ただ、自分の妹探しに手を貸している俺への、俺が言うのもアレだが恩返しのつもりだとか、そんな事かもしれない。もしそうなのであれば、それは不要な気遣いだ。俺が探そうとしていないんだ。それでいいじゃないか。彼女に手を貸しているのは、初めて会った時に彼女を危険な目に合わせた事への罪悪感があるからだ。全部俺自身のためだ。俺の勝手。俺の自己満足。俺の行動を決めるのは俺だ。

 

 

 

いや、決められていないじゃないか。向き合わなきゃいけないと考えながらもズルズルと問題を先延ばしにして、ずっと逃げてきたのは誰だ。面と向かって話をするわけでも、完全に諦めて逃げ去ってしまうわけでもなく、今はまだその時じゃない、いずれ解決できる、そもそも最初から人との繋がりに興味はなかったのだと適当な事を言い続けてきたのは誰だ。

 

生徒会役員選挙の一件で俺が動けたのは、小町が理由をくれたからだ。奉仕部が無くなるのは嫌だと、そう言われたからだ。あの時俺は、確かに奉仕部の分裂を恐れ、繋ぎ止めたいと、そう思ってはいたはずだ。だが、誰かの後押しがないと、少しも動けなかった。

 

信じていたものから見放されることで勝手に絶望して、しかしもうそれ以上見放されたくなくて自分の思いをぶつけられない。突き進むも逃げ去るも決められず、前を向きながら徐々に後退する。結局一人では、独りでは何も出来ない。

 

 

そんな弱い生き物が、俺だ。

 

 

 

 

 

 

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考え込んでいたらいつの間にか外が明るくなってきていた。時計を見ると、今は朝の五時半。机の上には相変わらずサンドイッチがある。それをどうしていいか分からずにいると、部屋のドアがノックされる音が聞こえてきた。

 

「…オクトさん、起きてますか?」

 

分かっていたが、ランだ。俺がこの時間に起きている事は少ないが、あいつはいつもこんなに早く起きているのだろうか。

 

「…ああ、起きてる」

 

「……入りますね」

 

静かにドアが開き、戦闘装備を外した簡素な服装のランが部屋に入ってくる。その途中で俺の前にあるテーブルを見ると、少し残念そうな顔をした。何というか、申し訳なくなる。

 

「昨日は…すみませんでした。出過ぎた事を言って…オクトさんがどう思っているのか、考えもせずに…」

 

いきなり謝り始めた。待ってくれ。今回ばかりは本当に俺が悪い。謝るな。

 

「…いや、お前は悪くない。むしろ聖人かってくらいだ。今回の非は、全部俺にある。すまなかった。……なあ、一つ聞いていいか?」

 

「え?」

 

「何で、お前はそんなにも俺を気にかけるんだ?あの石碑の名前についても、昨日の事にしても、この食事にしても、お前にとっていい事なんて何も無いだろ。なのに…」

 

そう言って俺が俯いていた顔を上げると、ランはキョトンとした顔でこちらを見ていた。

 

「…何でってそれは…」

 

「これは俺の勝手な想像だが、もしユウキを探すのを俺が手伝ってるからその恩返しみたいな事を考えてるなら…」

 

「違います!!」

 

昨日レストランで聞いたよりも大きな声で、ランが俺の言葉を遮った。いつもは怒った時でも声を荒らげることは無いので、思わず怯んでしまう。

 

「違います……ただ…私は…私は──」

 

涙を流しながら、ランは言葉を繋げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの…心から笑った顔が…もう一度見たいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…は?」

 

今俺はものすごく失礼な返答をした気がするが、本当に分からない。心からの笑顔?もう一度?

 

「…やっぱり、自分では分かってないみたいですね。オクトさん、ユキノさんの話を聞かせてくれた時、ほんの数回ですけど、とても穏やかな笑顔を浮かべてたんですよ。特に、部活動でもう一人の方も合わせて三人で経験してきた色んな事を話しくれた時に」

 

「…え?ちょっと待て。俺あの時、部活の事までそんなに喋ったか?」

 

「忘れちゃったんですか…?奉仕部っていうんですよね。たくさん話してくれたじゃないですか。クッキーを作ったりテニス部の特訓をしたり合宿をしたり…」

 

おいおいおいおい待て待て待て待て。全部詳らかに喋ってんじゃねぇか。まさか、もしかして入部させられた時から生徒会選挙まで全部話したのか…?

 

「…なあ、俺最初何を喋った?」

 

「え、えっと…先生に強制的に変な部活に入らさられたって…」

 

「…最後は?」

 

「生徒会の…」

 

「分かった、もういい」

 

やっぱり全部話してたよ……。道理でランが表情をコロコロ変えてたわけだ。それなら話も濃厚になるだろう。

 

「…その最後なんですけど…」

 

「…?」

 

「オクトさん、すごく悲しそうな顔してたんですよ。ユキノさんとは、ちゃんと話せないままこの世界に来てしまったって。それでも、今どうしていいか分からないって。それからしばらくして、疲れたのか寝ちゃいましたけど」

 

「………」

 

俺は、本当に全部話していたのか。隠していたつもりでも、俺の本音が、希望が、このアバターを通してランに伝わってしまっていたらしい。 

 

「この人はこんなに幸せそうに笑う事もあるんだって思った矢先にそんな顔を見てしまったので…うまく言えないんですけど…仲直り、してほしいなって。ただそう思ったんです。それが…私があなたを気にかける理由です」

 

瞳に涙を残しながらも、いつもの優しい笑顔でランはそう言った。

 

「私の勝手かもしれません。オクトさんが何でユキノさんを探すのを拒むのか、私には分かりません。でも、それでも、あんな笑顔を見せてくれる人が、もうこの先の人生で心の底から笑ってくれる事がないんじゃないかって思うと、そんなの…認めたくなくて…」

 

人生とは大袈裟な、と思ったが、本当にそうなる気がした。このままでは、いつまでも過去を引きずって生きていくことになりそうだ。そして、毎晩のように後悔するのだろう。そんな人生で俺は笑えるだろうか。

 

否。笑えない。俺はきっと、今以上にダメな人間になる。

 

そう感じさせるほどに、人生まで持ち込んだランの言葉は重く感じられた。

 

やっぱり、もう逃げられないな。

 

「…ラン、俺は…」

 

俺は、自分の弱さを、虚勢の一つもない自分自身を、初めて他人にさらけ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっと、ちゃんと話してくれましたね」

 

「…ああ…初めてだな、こんなに話したのは」

 

言ってみるとスッキリするもので、今までの自分が本当に馬鹿らしくなった。ならば、俺がこれからすべき事はもう決まっている。

 

「…オクトさん。私がこんな偉そうな事言っていいとは思いませんが、敢えて言います」

 

 

 

「ぶつからなきゃ、伝わらない事もあるんですよ」

 

 

 

真剣な眼差しと共に俺に届いたその言葉は、しっかりと俺の頭に、心に刻み込まれた。

 

「ああ…そうだな…」

 

探し出す。俺の心を彼女にぶつけるために。それで今までみたいに戻れるか、あるいは破滅するか、どちらにせよ決着がつく。俺が他人との間に求めるものは、確かにある。人との関わりに対する興味は失われてなどいない。それは、中途半端な足掻きでは絶対に手に入らないだろう。もしかしたら一生手に入らないかもしれない。それでも俺は、この偽物の世界で見つけ出してみせる。嘘のない、馴れ合いじゃない──

 

 

 

 

──俺が求める、『本物』を。

 

 

 

 

決意を新たにした俺は、テーブルに置かれたサンドイッチにようやく手を伸ばす気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乾いた音が部屋に響いた。俺の手が届くまであと数センチのところで、サンドイッチがポリゴンの欠片となって消えたのだ。

 

「「…あ」」

 

作られてから随分と時間が経ったせいで、耐久値が切れてしまったようだ。

 

「…あー、えーっと、その、すまん…」

 

俺がよく分からない謝罪をすると、今度こそ涙のない、いつもの笑顔をランは浮かべる。

 

「大丈夫ですよ。また新しいの作ってあげますから」

 

そう言って備え付きの簡易キッチンに向かった。

 

こいつは将来、いい嫁になりそうだ。

 

 




あくまで八雪ストーリーを書いていくつもりです。

そのつもりですが…おかしいな…ランがヒロインにしか見えないよ…

書いている自分で言うのも何ですが、雪乃がまだ出せていないために本当にそう思います。

あと、たった一話で色々詰め込んでサクッと終わらせてしまいましたが、SS執筆初心者の力ではこんな物しか書けませんです(^_^;)

どうかお許しください…

しかし、そんな中でもたまに評価してくださる方がいてくれるのは本当に支えになります。ありがとうございます!<(_ _)>

それではまた次回、お会いしましょう。

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