ソードアート・オンライン Escape from Real 作:日昇 光
これで晴れて自由の身だ!やりたいことやるぞ!
約2週間、お待たせしました。そういうわけで第6話です。ボス戦一気にやっちゃいます。
飛び込んだ先は真っ暗闇だった。しかし、俺たち全員がボス部屋へと入り、扉が閉ざされたのと同時に、壁に備えられた松明が燃え始めた。明るくなった視界には、あたり一面ガラス細工のような大きな部屋が広がる。そしてその奥に立つ、やたらとデカい獣。どうやらあれが、第一層のフロアボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》のようだ。その足元には俺たち余り組が標的とする《ルインコボルド・センチネル》が数体。その全てが、侵入者を確認するや否や武器を構えて突撃して来る。
「武器に取り巻きの数、全て情報通りだ!行けるぞ!俺に続け!」
ディアベルの掛け声を受けて、剣士たちが一斉に駆け出した。
「みんな、俺たちも行こう。昨日確認したように動けば大丈夫だから、下手に焦るなよ?」
「了解」
「ああ、行こう」
「おう」
俺たちもキリトを先頭に、敵陣へと繰り出した。と言っても、俺達の仕事は前衛が取りこぼしたセンチネルどもの後始末だ。前には出ないし、その分仕事も少ない。しかしそんな俺の考えを嘲笑うかのように、一体のセンチネルがその身長ほどありそうなメイスを構えながらこちらに向かってくる。思わず身構えるが、奴が俺の前まで来る事は無かった。凄まじい速さでキリトが剣を振るい、その動きを止めたのだ。呻き声をあげる怪物に構わず、キリトは斬撃を続ける。いや、あれはもう剣舞と言ってもいいか。そこらのプレイヤーは不格好にひたすら剣を降っているだけだが、目の前のコイツに関しては次元が違う。器用なステップと腰の回転から生み出される攻撃は、美しく、強烈だ。しかし、最後に重い一撃を食らわすキリトだが、僅かに敵のHPが残る。
「スイッチ!」
キリトが叫ぶ。あの体力なら俺でも行けるだろう。そう思った瞬間、俺の隣を掠めてセンチネルに突っ込んだのはアスナだった。通常の攻撃だが、細剣を器用に急所に突きつける。その結果、消え入るような悲鳴とともに、センチネルは青白い光となって砕け散った。僅か数回の突きだったが、その動きはとても素人とは思えない。訓練の時も思ったが、こいつは本当にビギナーなのだろうか。
「ナイス、アスナ」
「ええ」
パンッといい音を出して二人がハイタッチを交わした。
「…キリトはもちろんだけど、アスナも凄いな…」
「…だな。バケモノかあいつら」
葉山も俺も、ただ呆然とその様を見ているだけだった。実際、俺たちの出る幕はなさそうだ。一方凄まじい活躍を見せたキリトたちは、周りのプレイヤーの目を引きつけていた。その中には例のキバオウもいるのだが、奴がキリト日近づいてボソボソと何か言っている。当のキリトは完全に無視しているが。
そうこうしている内に、また次の取りこぼしが流れてきた。仕事はしたくないが、昨日一日かけて特訓した成果を発揮できないのも勿体ない。俺は剣を構え、葉山、もといハルトに視線を向ける。俺と同様に戦闘態勢に入っているという事は、癪だが同じような事を考えていたのだろう。
「行くか?」
「当然だ。このまま任せているのは申し訳ないし、何より待っているだけというのもつまらないよ」
お互いに視線を元に戻し、センチネルへと走り出す。キリトとアスナもその気のようだったが、俺たちを見て動きを止めた。
「せあぁッ!」
ハルトより先に敵まで届いた俺は、下段に剣を構えて前傾姿勢のままそれを降りあげた。思ったより深く斬り込んだらしく、データの塊と言えども肉の感触が剣から伝わってくる。もう戦闘経験二ヶ月にもなるが、未だにこのこの感じは気持ち悪い。続けたくないが、続けないと終わらない。俺は先程振り抜いた剣を斜め下に振り下ろしてまた肉を削ぎ、最後に水平に斬り払った。合計三連撃。キリトの剣舞じみた攻撃には劣るが、これでもなかなか決まっていると思う。
「オクト!スイッチだ!」
後から聞こえた声を受けて、俺はその場を空け渡した。ハルトが上段に剣を構えながら突っ込む。振り下ろして一撃。体を一回転させつつ横に払ってまた一撃。そしてその勢いを殺さず、剣に眩しいライトエフェクトを纏わせて、刺突型のソードスキルである《レイジスパイク》を繰り出す。
「はぁッ!」
見事に決まったその攻撃により、センチネルはポリゴンの欠片と化した。
「なんなんだ、あのパーティー…」
「全員すげぇ動きするな」
周囲から驚きと賞賛の声が聞こえてきた。認められている事に嫌な気はしないが、あまり目立ちたくないのになぁ…。なんかこう、むず痒い。
「やるな、二人とも」
キリト教官からもお誉めの言葉を頂いた。それなりに動けていたという事だろう。
「教官に恵まれてるからな」
「そうだな、君のおかげだよ」
俺とハルトがそう返すと、「からかうなよ」と言いながらキリトは苦笑した。何にせよ、この調子ならこのボス戦、大して苦労すること無く終わりそうだ。ふとコボルドロードの方を見ると、前衛組の奮闘の甲斐あって既にHPバーが最後の一本のみとなっていた。
「副武装のタルワールが来るぞ!スキル変化は覚えているな?基本はさっきまでと同じだ!決めるぞ!」
ディアベルが全体を鼓舞する。情報屋の攻略本によると、今回のボスの《イルファング・ザ・コボルドロード》は、HPバーがラスト一本になると武器を斧から湾刀に持ち替えるらしい。聞いた通り、斧を捨てたコボルドロードが腰に手を回し、副武装を構え始めた。…ところで、たるわーるって何?俺知らない。
「情報通りやな」
どこかから勝利を確信したような声が聞こえてくる。どこかっていうか、関西弁だからキバオウか。
「みんな下がれ!俺が出る!」
ディアベルがスキルモーションを起こし、コボルドロードに向かって走り出した。…おいおい大丈夫なのか?ここは総攻撃でカタをつけるとかの方が…
「駄目だディアベル!全力で後ろに飛べ!」
突然キリトが大声で叫んだ。何だ、どうしたのだ。ハルトも驚いたようで、キリトの方を振り向いて目を見開いた。
「どうしたんだキリト!?」
「あれはタルワールじゃない!野太刀だ!ベータの時と違う!」
「…ッ!」
ベータ時代と使用が変わっている。つまりあの攻略本の情報が役に立たないという事だ。タルワール対策用の動きをしたままではいけない。だが、キリトの声が届いているはずのディアベルはその足を止めない。何故だ…?どうして引き返さない…?忠告をよそにソードスキルを放とうとするディアベルの頭上に、ボスが飛び上がった。そして、天井と壁を素早く飛び回り、勢いをつけてディアベルに突っ込んできた。既に発動してしまったソードスキルで何とか防ごうとするも、その体に野太刀の重い攻撃が加わる。
「うあぁぁぁぁぁぁッ!」
「ディアベルはん!」
誰もいない地面に叩きつけられたディアベル。そこへ、容赦なく追撃の魔の手が差し掛かる。キリトが猛スピードでその間に入ろうと駆け出したが、惜しくも間に合わなかった。またしても深い傷を負ったディアベルが、キリトのもとに転がった。
その頭上に浮かぶ彼のHPは、数ドットの欠片も残さず空白となっていた。
「ディアベル…!」
キリトが慌ててポーションを飲ませようとしたが、ディアベルの手によって制される。もう遅い、という事だろうか。みるみるとその身体が青白く光り出す。その最中で託すように何かをキリトに喋ったようだったが、それが終わると同時に、今まで見てきたモンスター同様にディアベルの身体が四散した。
あらゆる蘇生手段はない。HPが0になった時、世界から永久退場。つまり今、ディアベルというプレイヤーは、誰よりも攻略に全力を尽くそうとした男は、死んだのだ。
「な…」
「嘘だろ…」
俺もハルトも、そして他のプレイヤーたちも、突然の事態に動けなくなった。目の前で、リーダーが、死んだ。その事実を受け入れたのか受け入れられないのか、いずれにせよこれからどうすれば良いのか分からない。それに、あの男の動きにも疑問が残っている。どうしてキリトの忠告を無視したのか。
「…どうする、オクト」
不意に、ハルトが声をかけてくる。
「…どうするって、決定権のない俺に聞かれてもな…。だが、リーダーであるディアベルがああなっちまったんじゃ、ここは一旦引いて…」
体制を立て直して再挑戦するしかない。そう言おうとした矢先、目の前に《ルインコボルド・センチネル》がポップした。馬鹿な、もう既に情報にあった数は倒したはずだ。
…いや違う。もうあの情報はアテにならない。こう言ってしまっては製作者に失礼だが、あれはあくまで「参考」の情報なのだ。
「おい、なんだよ!こんなに出るなんて聞いてねぇぞ!」
「こ、こっち来るな!」
さっきまではそれなりに戦っていた連中も、立て続けに起こる予想外の出来事に困惑してろくに動けない。まずいな…やはり撤退か…。こちらの動揺をよそに攻撃してくるセンチネルの相手をしながら、ふとキリトたちの方を見る。
まだ、諦めていない。
キリトとアスナ、二人はボスに立ち向かい、未だ攻撃を続けていた。手練二人で見事相手をしているように見えるが、明らかな疲労感が漂い、実際は防戦一方だ。
「て、撤退や!撤退!」
ようやく状況を理解、分析したのか、キバオウが声を上げる。
「で、でも、まだあいつらは戦って…」
「あれはLAが取りたいだけや!アイツらの強欲にワイらが付き合う必要はあらへん!」
LA──ラストアタックボーナス──とは、ボスモンスターに最後の一撃を加えたプレイヤーに与えられる報酬だ。アホか。今さっきフィニッシュを決めようとした奴が死んだのに、まだゲーム感覚でそんな事をする馬鹿がどこにいる。
「そ、そうだ!あいつらでどうにかなるなら、ディアベルさんは死んでない!」
「死にたいなら勝手にやらせておけ!」
「嫌だぁぁぁ!俺は死にたくねぇぇぇ!」
散々に批難の声が飛ぶ。それが戦い続ける者に送る言葉か。
しかし、今は引くのが懸命だろう。キリトたちに加勢する連中も数人いるが、もうこのレイドに残る戦意はほとんど無い。
「ハルト、あいつら止めに行くぞ。今この状態では長く持たない」
「…認めたくないが…負けたな」
「とにかく人命が優先だ。ザコどもを適当に斬り払いながらなら、向こうまで行って連れ戻すくらい、俺たちにもできるはずだ。さすがに置いてはいけん」
「ああ」
俺とハルトは走り出した。センチネルの集団まであと数十メートルだ。その時──
「ちゅうもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉく!!」
思わず足を止めてしまった。ふと前方奥を見ると、アスナがフードを脱ぎ捨て、天井に向かって叫んでいた。初めてあいつの素顔を見たが、そこにいるのは紛れもない美少女だった。年下だろうが、その割に大人びた顔つきだ。アスナは、凛とした表情でこちらに目を向け言葉を続けた。
「これから、騎士ディアベルの最後の指示を伝えます!……彼は言ったわ。ボスを──倒せと!そしてもう一つ──」
「次のリーダーは、彼だと!」
彼、そう言って彼女はキリトの肩にレイピアの先をのせた。それが、あの男の指示…
「…俺も聞いたぞ!それにアイツにはボスのスキルの知識がある!ディアベルを信じるなら、指示に従うべきだ!」
加勢していた巨漢、確かエギルといったか、が、ボスの攻撃を巨大な斧で防ぎながら続けた。当のキリトは豆鉄砲でも喰らったかのような顔だ。
…なるほどな。恐らく今の言葉、完全にとは言わないが真実ではないのだ。だが、このレイドを鼓舞し、また戦意を呼び戻すには充分だ。
「…ディアベルさんがそう言うなら…」
「しょうがねぇ、やってやる!」
先程まで弱気になっていた奴らが、また息を吹き返したように志気を取り戻し、走り出した。もう、撤退なんて考えはない。目的はただ一つ。
ボスを、倒す。
「…ハルト」
「ああ、分かってる」
俺たちは再び走り出し、目の前にいるセンチネルの集団のど真ん中に斬りかかる。ハルトは右に、俺は左に思いっきり剣を振り、ありったけの力でその間に空間を作った。
「道は俺たちが空ける!お前らはそのまま突っ込め!」
少しテンションが上がってたせいか、俺は普段は出さないような大声で告げた。…おお、今のなんかかっこいい。
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
大勢のプレイヤーが、《イルファング・ザ・コボルドロード》に向かって突撃する。有り得ないのだが、ボスの顔が怯えたように見えた。
「B隊、範囲攻撃来るぞ!D隊後退!流れてきたセンチネルをB隊から引き離すんだ!A隊はいつでもリカバーに入れるように、ボスのパターンをよく見てくれ!」
指導者モードに入ったキリトが的確な指示を出す。やっぱり、ああいうの上手いなあいつ。これなら、いける。
と思ったが、E隊の一人が体制を崩し、ボスの足元によろける。
「アホ!そこに立ったらアカン!」
キバオウの忠告の意図が読めないようで、そのプレイヤーは場から動かない。だがそれは「動けない」に変わった。ボスの範囲攻撃のフラグを建ててしまったのだ。
五人のプレイヤーが薙ぎ払われ、各々のHPがレッドゾーンに突入する。あれを喰らってしまうと、状態異常により動けなくなる。このままボスの追撃が来たら、ディアベルの二の舞だ。しかも、今度は五人。何とかしなければ…と言っても、俺が目の前の最後のザコを倒してから向かっても、確実に間に合わない。それはハルトも同じだ。今はアイツらに、キリトとアスナに賭けるしかない。
「アスナ!最後の攻撃、一緒に頼む!君とならやれる!」
俺たちの騎士が叫ぶ。そうだ、お前らが決めてくれ。
キリトとアスナ、二人がそれぞれの剣に光を纏わせ、同じスピードでボスに突進する。…やはり化け物だな。あいつら速すぎる。だが、あれなら絶対に間に合う。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「せやあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
二人の攻撃が、技を繰り出す直前のボスの身体に刻み込まれる。野太刀をその手から離し、大きな叫び声をあげた《イルファング・ザ・コボルドロード》は、その姿を光の欠片へと変えた。散々俺たちを手こずらせた割に、その死に様は呆気なかった。
最後の一撃を終えた二人の頭上に、クリアを告げるシンプルな文字列が表示された。それを確認すると、ここまで戦い抜いたプレイヤーたちが、喜びの声をあげる。やっと終わった…
「とりあえず、やったな」
こちらに歩いてきたハルトが軽く手を上げながら言った。え、ハイタッチをご所望なんですか?えぇぇこいつと…?
ふとキリトたちの方を見ると、エギルが「Congratulations!この勝利はあんたのもんだ」とか言っていた。確かにキリトの活躍は目覚しかった。だが、あんたも凄かったよ。実際、これはここにいる全員が力を出しきった結果だ。なら、今は目の前の優男と喜びを少し分かち合うくらいはしておこう。そう思って俺もハイタッチの体勢に入る。
「なんでだよ!」
突如、怒りに満ちた声があがった。聞こえてきた方に目を向けると、肩を震わせて立ち尽くすプレイヤーがそこにいた。
「そこで讃えられているべき人はディアベルさんだったはずだ!なのに…よりにもよってなんでソイツなんだ!?ソイツは──」
「ディアベルさんを"見殺し"にした張本人じゃないか!!」
…………は?
何言ってんだあの男は。見殺し?忠告を聞かなかったのはディアベルだし、あいつが倒れた時に真っ先に駆け寄っていたのはキリトだろう。
「そういえば…アイツ、ボスの技を見切ってたよな?なんでディアベルさんに教えなかったんだ…?」
「確かに…知ってたらあんな事には…」
「…きっとアイツ、元ベータテスターだ!だからボスのスキルを知ってたんだ!知ってて隠してたんだ!!」
周囲がざわめき始める。…そうか。あいつらは武器が変わっていることを知らないのだ。タルワールだの野太刀だの、余程詳しくなければ気にもならないだろう。だから、キリトがボスのスキルを隠していたと、そう思ったのだのだろう。ここで妙な誤解があってはまずい。いつだったか、誤解は既に解が出ているから解けないと俺は言った。なら、解が出る前にヒントを出さねば。
「待て、落ち着け。ベータテスト時代の情報は、攻略本のおかげで俺たち一般プレイヤーにも公開されているだろ。俺たちが今回のボスに関して持っていた知識は全員同じだ。だが、実際はベータの時と使用が異なっていた。取り巻きの数が変わっていた事にアンタらも気づいただろ?それにキリト曰く、ボスの副武装も違っていたらしい。そんな異常事態に、アイツはこの先で得た知識を応用して対処法を示した。違うか?」
「そ、そうよ!私たちはあの情報だけが真実だと信じすぎていた。でも、今考えればそなはず無かったのよ。過去問がそのまま出るなんて、あるはずがない。いざ本番になって始めて異変に気づいた彼に、ディアベルさんにボスのスキルを詳しく伝える暇なんてないじゃない!」
俺の反論に、アスナが続けてくれた。正直かなり助かるな。俺一人の言葉でこの集団を動かすのは難しいが、あと一人増えるだけで可能性は上がる。それが美少女なら尚更だ。
だが、俺達の言葉は届かなかった。
「…アンタら、随分とあいつの肩を持つな。まさか、アンタらも元ベータテスターなのか…?」
「…そういえば、あいつらもかなりの手練だったよな…」
「おい答えろよ!どうせお前らもグルなんだろ!」
どうしてこうなった。ますます状況が悪化している。もう元ベータテスターに対する悪意をぬぐい去ることは出来なさそうだ。…ならせめて、その悪意をキリトから移し替える事が出来れば。誰に?もちろん俺──
「あなたのやり方、嫌いだわ」
「人の気持ち、もっと考えてよ」
元の世界に残してきた未練が、俺の思考を止めた。あいつらが何を望んだのかはまだよく分からない。でも俺は、あのやり方はもうしないと、そう決めたのだ。ここにあいつらはいないが、ここで決意を曲げる事が、許されるはずがない。もし元の世界に帰れたとして、俺に彼女らに顔を合わせる資格など残されるわけがない。
なら、どうすればいい?
俺は別な案を考える。だが、もう遅かった。
「……ははは…ははははは……はははははッ!」
あからさまに悪意を帯びたような笑いが響いた。この声、どうやらキリトから発せられているもののようだ。
「冗談だろ?そいつらは正真正銘のビギナーだぜ?俺がわざわざ教えてやったからあんな戦い方出来たんだよ。そらにお前らもお前らだ。ベータテスター?俺をあんな素人共と一緒にしないでくれ。千人もいたベータテスターのほとんどは、レベリングのやり方も知らない初心者ばかりだったさ。だが俺は違う。俺はあのベータテストの間、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスの刀スキルを知っていたのは、そこで刀を使う敵と散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ?情報屋なんて、問題にならないくらいにな…!」
……本心ではない。そんな事、二日も共に行動していれば分かる。見たところそれを理解している連中もいるようだが、そうでない奴らがまたしてもざわめく。
「…なんだよそれ、そんなのチーターじゃねえか…」
「ベータテスターなんてもんじゃねえよ…」
「最低だな」
「ベータテスターでチーター…だから、《ビーター》だ!」
口々に批難の声が飛ぶ。キリトがやった事は、俺のやろうとしていた事と変わらない。アイツが移し替えたのは、一般プレイヤーが持つ元ベータテスターへの憎悪だ。ベータテスターをも超える存在になる事で、その憎悪の全てを自分に向かせたのだ。それどころか、下手をすればベータテスターからも憎まれるかもしれない。いや、憎まれようとしているのだ。共通の敵を作ることで、一般プレイヤーと元ベータテスターの間にある垣根を取り払うために。
「…《ビーター》!!いいなそれ!気に入ったよ!そうだ、俺は《ビーター》だ。今後はテスター如きと一緒にしないでもらおう」
そう言ってキリトはLAボーナスなのであろう黒いロングコートを身に纏った。これで、悪役《ビーター》の完成だ。結局、誤った解を出してしまった。
「……まるで君を見ているようだな」
俺にしか聞こえないくらいの声でハルトが、葉山が呟いた。こいつにだけは言われたくなかったが、本当にそうだ。自己嫌悪にでもなりそうだ。
しかし、嫌悪とはまた違った痛みが胸に走った理由は、俺には分からない。
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「へぇ、そんな事があったんだ。大変だったね〜」
ボス戦が終わり街に戻ると、ちょうど宿に例の情報屋が来ていた。あの後キリトは第二層の転移門を有効化しに行き、エギルとキバオウに伝言を頼まれたアスナはそのあとを追って行った。葉山と帰る気にもなれなかった俺は、一人でスタスタと帰ってきたのだ。
「やっぱり集団を一致団結させるのは共通の敵なんだね」
「…まだ団結したかは分からないがな」
「あはは、まあそうだけどね」
はぁ…なんでこの女こんなにテンション高ぇんだよ…。そりゃそちらさんは何も見てないけどさ?もう少し気を使おうね?
「あの…そろそろ本題に入ってもらってもいいですか?」
痺れを切らしたのか、ランが会話に割り込んできた。ほんと早く話してくれ。
「ああ、ごめんごめん。えーっと、とりあえず今日手に入れた情報だと、妹ちゃんは少なくとも《はじまりの街》からは出ていると考えていいと思うよ。それらしい女の子が街から出て行くところは目撃情報があるんだけど、それ以降に見たって人がいないのよね」
「……」
街にいない。あまり嬉しい知らせではないな。街にいれば、金は減るがひとまず安全だ。しかしフィールドに出てしまえばその逆だ。
「それとこれね。《はじまりの街》にある"黒鉄宮"の中に設置された、《生命の碑》の一部を撮った写真だよ。リアルネームのまま"ユウキ"って名前だとすると、綴りがそのまま"Yuuki"になるか、英語っぽく長音は省略して"Yuki"になるのが一般的じゃない?それがどっちもいたのよ。とりあえず確認用に二枚ね」
俺とランはそれぞれ写真を手に取った。一番上が"Yolko"になっているから、俺のは"Yuki"の方だな。
「…確かにありました。こっちのユウキはまだ生きているみたいですね」
ランの声には僅かに安堵が含まれているようだった。
「こっちは…おお、あるな。こっちもまだ生きて……」
その"Yuki"という名前を確認した瞬間、俺は目を見開いた。
「あれ?どうしたの?」
「…オクトさん?」
「…ああ、いや、すまん。何でもない」
二人の声で我に返った。何でもないと言ったが、俺の困惑は止まらない。…まさか…そんなはずは…
「そっかー何でもないかー。じゃ、お代は次回に合わせて貰うから、私はこれで失礼するよ。今後ともよろしくね~」
そう言って情報屋の女は出ていった。ランがまだ俺の方を心配そうな目で見ているが、俺の頭はそれどころじゃない。俺は再び写真に目を落とし、"Yuki"という名前のすぐ下を見た。
"Yukino"
知らないようで知っている名前がそこにあった。
別人であってくれ。俺はそう祈った。
だんだん字数が増えてってー
時間がどんどん過ぎるだろー
書いてると寝る時間が減っていきます…楽しいからいいですけど。
やっとここで雪乃(?)が登場です!(名前だけ)
さて、次回はどうなるのでしょうか…?
ところで、まだ第6話であるのにも関わらずサブタイトルを俺ガイルっぽく書くのに限界が来ました…
もしかしたら今までの話数も含めて、SAO風に直すかも知れません。ごめんなさい<(_ _)>
それでは、私は寝ます。