ソードアート・オンライン Escape from Real   作:日昇 光

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お 久 し ぶ り で す !

およそ二ヶ月ぶりの更新ですかね…。お待たせして申し訳ありません<(_ _)>
思っていた以上に大学生活が忙しく、思ったように書けないもので…

とにかく久々に更新です!今回はついにあの男が出てきます。少しだけ。


第14話 変革の風が、街に赤く吹き渡る。

攻略組の主要メンツに雪ノ下の攻略組加入について話をつけ、現在帰路についている。広場でのデュエルを見ていた者が多かったため二つ返事で攻略組入りが決まったのだが、その後に色々あった。まず、珍しい女性プレイヤーであるうえ容姿端麗なため、風林火山を筆頭とする女好きの男どもに絡まれて少々ばかり時間を取られてしまったのだ。これはあくまで、少々である。お返しと言わんばかりのあの絶対零度スマイルは傍から見ている俺まで死ぬかと思った。

 

次に、葉山との再開である。一応どちらにもお互いの存在を話しておいたため混乱を招くようなことはなかったが、雪ノ下は相変わらず葉山に対してどこか冷たかった。まあ、陽乃さんが発端という点においてはさすがに同情していたようだが。

 

そして、何より驚いた事がある。雪ノ下とアスナは、現実で顔見知りだったらしい。家の関係で年に一、二回ほど顔を合わせる機会があるらしく、お互い挨拶を交わす程度の関係だそうだ。そのためアスナの正体に気づくまでに少し時間がかかっていた。さすがにこの二人だと、「きゃーー!ひっさしぶりーー!」などと叫びながらぴょんぴょんする事もなく、これまた挨拶と少しの会話だけで終わってしまった。そもそも顔を合わせるというのも実に文字通りで、今まで大して言葉を交わしたことがないらしい。アスナ曰く陽乃さんと会う事の方が多いそうだ。そういえば表に出るのはあの人の方が多いって言ってたな。

 

そして今に至る。ランには宿にいるようにメッセージを残していたため、昼食は置いといてひとまず帰ることにしたのだ。

 

「そういえば聞きそびれていたのだけれど、あなたなぜ年端も行かない女の子と行動しているのかしら」

 

ギクッとした、というのが正しい表現だろうか。いや待て俺は何もやましい事はしていないぞ。ただコイツの口調が妙に棘を帯びているので、「もしかして俺何かしちゃった?」という気持ちになる。雪ノ下雪乃に警察で事情聴取させたら冤罪が増えそうだ。いや、それ以前に最初から犯人割り出すか。

 

「いや、これはアレだ。奉仕部の活動の一貫だ。人助けだ。俺はこの世界にいるっつうあいつの妹を探すのを手伝うように頼まれただけだ」

 

「あらそう、それは感心ね。てっきり小町さんのいない環境に痺れを切らして、ついに犯罪に手を染めたのかと思ったわ」

 

「お前は俺を何だと思ってんだ」

 

機嫌が良くなった途端これだ。毒舌の威力は衰えていないようだ。懐かしさと安心を感じた俺は手遅れかもしれない。マゾヒストの素養はないはずだが……いや、戸塚になら罵られてもいいかもしれない。駄目か。あの天使に罵倒などというおぞましい行為をさせるわけにはいかない。

 

「…それで、まだ見つかってはいないのね」

 

先程までと一転、真剣味を帯びた声で雪ノ下が問う。

 

「残念ながらな。でも少しずつ情報は集まってきてるから、あと少しって所か」

 

「そう……私に何かできる事があれば言ってちょうだい。手伝うわ」

 

「ああ、頼む」

 

ふと、こんな会話が自然に出来ていることに驚いた。俺にしても雪ノ下にしても、頼って頼られてなんて易々と出来たものじゃなかったはずだ。俺に至っては頼ることを覚えたのなんて、つい最近なのだ。一応少しは成長したということか。

 

 

 

 

 

会話しているうちに宿屋の近くまで来たのだが、そこで俺はあることに気がついた。ここから数十メートル先、宿屋の入口に、赤いローブのような衣服に身を包んだ男が立っている。焦点を合わせ続けるとグリーンのカーソルとともにHPバーが表示されたため、NPCではなくプレイヤーのようだ。男はこちらに気づくと、微妙な笑みを浮かべながら近づいてきた。

 

「先刻のデュエルを見せてもらった。二人とも素晴らしい剣技だったよ」

 

落ち着いた深みのある声で男が話しかけてきた。どうやら、さっきのギャラリーの中にいたらしい。知らない人に話しかけられたら逃げろと昔言われたが、話を終わらせないことには宿屋に入れなさそうなので、とりあえず聞きたいことを聞いてみる。

 

「あんたは?」

 

「ああ、これはすまない。まだ名乗っていなかったな。私の名はヒースクリフ。ギルド《血盟騎士団》のギルドマスターを務めている者だ」

 

「血盟騎士団…?聞いたことないな」

 

「それは当然だろう。我々が本格的に動き始めたのはつい最近なのだからね。今は、この層からボス戦に参加すべく団員をスカウトして回っているところだ」

 

「それで私たちにお声がかかったと?」

 

「飲み込みが早くて助かる。あと数人は欲しいのでね。君たちが加入してくれれば、我々の戦力は一気に増大すると思うのだが、どうだろう?少なくとも、現行の二大ギルドよりは居心地のいい場所にするつもりなのだが」

 

「………」

 

確かに、《アインクラッド解放隊(ALS)》も《聖龍連合(DDA)》も、その間の勢力争いに頭を悩ますメンバーがいるらしい。リーダー同士が顔を合わせる度に大なり小なり衝突するのだから、その気持ちは分からないでもない。その渦中にいない新勢力となる《血盟騎士団》とやらは、それなりにきちんと統率の取れたギルドになるのだろう。しかし───

 

「悪いが、遠慮させてもらう。集団行動は苦手なんでな」

 

「……そうか、それは残念だ。では、君はどうかね」

 

そう言って、ヒースクリフは雪ノ下に視線を向ける。当の雪ノ下は、少し考える素振りを見せた後、ちらっと俺に目を向けた。何で俺を見るんですかね…

 

「……私も遠慮させて頂きます。申し訳ありませんが、その…私も大所帯での行動は得意ではないので」

 

「……なるほど。DDAなどのような規模の人数を集める気は無いのだが、大所帯である事に変わりはない。そういう事ならば、ひとまずここは引くとしよう」

 

言って踵を返したヒースクリフは、俺たちから遠ざかって行った───と思ったのだが、数メートル進んだところで立ち止まり、表情が見えない程度に顔をこちらに捻った。

 

 

「君の《抜刀術》スキルは、確実に力になってくれると思ったのだがね」

 

 

「………!」

 

隣で雪ノ下が驚いたような声を出す。それに釣られて俺がヒースクリフから視線を外した隙に、奴はどこかへ去ってしまっていた。

 

「おい、あの男が言ってたのって…」

 

「……あなたには言っておいた方がいいわね。中に入ってから話すわ」

 

そう言うと、雪ノ下は足早に宿屋へと入ってしまった。それを追うように俺も屋内へ向かうと、食堂に下りていたランに、迷惑をかけた、と泣いて謝られた。どちらかというと俺が悪いんですけどね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランが雪ノ下にありとあらゆるお礼の言葉を申し上げた後、例の刀スキルについての話になった。あまり他人に聞かれない方がいいということで、話が執り行われているのはランが借りている部屋だ。

 

「エクストラスキル《抜刀術》が修得可能覧に現れたのは、私が二十層を突破したあたりだったわ」

 

「ちょっと待て。色々聞きたいが、まず『私が二十層を突破した』ってどういう意味だ」

 

「言葉通りよ。あなたの伝言をアルゴさんから聞いた次の日から、迷宮区を一人で突っ走ってきたのよ。もちろん、現れた敵を無視せずに倒しながらね。転移門なんてしばらく使ってないわ」

 

マジかよ。こいつ八層から二十五層までの迷宮区でレベリングしながら上がってきたのか。しかもご丁寧にあのひたすら長いだけの階段を駆け上がって層を移動したそうだ。相変わらず恐ろしい神経をしていらっしゃる。

 

「出現条件は分かっているんですか?」

 

ランが尋ねると、雪ノ下は静かに首を振った。

 

「分からないわ。気がついたら出現していたから。だから、事細かに公開しようにもできないのよ」

 

「情報屋のリストにも載ってないしな…。ベータ時代には確認されていなかったんだろうな」

 

「一応メッセージでアルゴさんにも相談したのよ。そうしたら、公開は極力控えた方がいいと言われたわ」

 

「…俗に言うユニークスキルってやつなのかもしれないからな」

 

ユニークスキル───まだ噂でしかないのだが、このSAOにおける全プレイヤーのうち一人だけが持てるスキルが存在するというのだ。もしコイツの《抜刀術》とやらがユニークスキルなのであれば、色々と面倒な事になる。他のプレイヤーから恨めしさのこもった眼差しを向けられる可能性もあるし、ギルドからの勧誘も絶えないだろう。だから黙っていた方が懸命なのだが、先ほどのデュエルで、雪ノ下は大衆の前でそれを披露してしまった。

 

「しばらくは騒がれるだろうから覚悟しとけよ」

 

「仕方ないわね。あれを使ったことは後悔していないから、そこは我慢するつもりよ。だけど…」

 

雪ノ下が口ごもる。俺もそうだが、先ほど宿屋の前で交わされた言葉に、引っかかるものがある。

 

「…ヒースクリフっていったか…あの男はなんで《抜刀術》の存在を知っていたんだろうな…」

 

「情報屋さんから買った……わけじゃないですよね」

 

絶対とは言わないが、それは有り得ないだろう。キリト曰く、アルゴはプレイヤー間のバランスが大きく崩れるような情報はあまり売らないらしい。それ以前に、ただでさえ情報が少ないスキルなのだ。そう易々と売り物にはしないだろう。

 

だがそうなると、ヒースクリフはどこからその情報を手に入れた?確かに《抜刀術》は多くのギャラリーの目に晒されたが、その名称は雪ノ下のスキルスロットを見ない限り分からない。情報屋アルゴが知らないスキルとなればユニークスキルである確率が高いわけだが、それ以外に他人のスキルを確認する手段があるとでもいうのだろうか。

 

「…まあ、今ここで考えてもしょうがないだろ。情報が少なすぎる」

 

「そうね。《血盟騎士団》とやらが本格的に動き出せば、いずれ分かるでしょう」

 

宛もなく考え続けるのをやめ、俺たちは目の前にあるティーカップに手をつけた。花や草などからエキスを抽出した飲み物なので、紅茶と言っていいだろう。ちなみに、これはランが淹れたものだ。紅茶といえば雪ノ下がよく淹れていたが、コイツは料理スキルをとってはいるものの迷宮区連続突破作戦を開始してからは全く上げていないらしく、熟練度が低い。今何かを作ると、由比ヶ浜といい勝負の作品が完成するらしいから恐ろしいものだ。あ、料理といえば、忘れていた。

 

「ラン、お前昼飯食べられそうか?」

 

あんな目に遭ってさぞ精神的なショックを受けているだろうと思い、尋ねる。食べられないのであれば一人で適当に済ますつもりだが、コイツはどれほど回復したのだろうか。

 

「はい、大丈夫です。さすがに朝は食べられなかったんですけど、少しでも口に入れておかないと、あとで苦労しますから」

 

どうやら杞憂で済んだようだ。

 

「そうか。なら、下の食堂あたりで食うか」

 

「はい!ユキノさんも一緒ですよね?」

 

「え、私は…」

 

いいの?という感じで雪ノ下は俺に目線を向けた。

 

「別に気にしなくていいだろ。ご指名されてんだから」

 

「そうですよ。せっかく同じパーティーになったわけですし、遠慮しないでください」

 

雪ノ下の目は少し困ったようだったが、それでも微笑み頷いた。それを確認したランの表情は一気に明るくなった。なんだか、まるで由比ヶ浜のような反応だ。本心から嬉しい時に浮かべる、あの笑顔。ランもおそらく無理をしてこんな表情でいるのではないのだろうが、昨夜の出来事がこいつに何の影響も与えていないはずがない。というかそもそも、あのPK未遂事件の原因は一体何なのだろうか。

 

「…なあラン、こんな事は今聞くべきじゃないかのかもしれんが…お前、昨日襲われた理由に心当たりはあるか?」

 

もしもランの存在そのものが原因なのだとしたら、これからも似たような状況が続くかもしれない。とはいえ、別にランがGMだとかそんな事実はないので、このセンはほぼありえないだろう。だとしたら、なんだというのか。

 

「…ゾンネさんが、木綿季を殺そうとした三人組がいたって言ってましたよね。おそらく、それが昨夜の男の子たちです。……リアルで同級生だったんです、彼らは」

 

「同級生…?それがなんでお前ら姉妹を襲う必要があるんだ」

 

「……まあ、色々あったんですよ」

 

なんとなく、答えがわかってしまった。理由は知らないが、ランとユウキは「いじめ」の類の被害者だったのだろう。そして、あの連中が加害者というわけだ。この手の話の渦中にいた俺としては、わざわざ人に話す気になれないというのも分からないではない。俺は「そうか」と短く返し、それ以上は何も聞かなかった。いくらこの異世界の中とはいえ、この歳で殺人にまで発展するいじめというのは普通ではない。何か大きな理由があると思えたが、口を閉ざしたランにそれを聞く気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

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~side Kirito~

 

オクトとユキノさんと別れた後、俺は約束通りアスナにケーキを献上することとなった。エギルの店で運良く買えたのはいいが、お姫様は場所を変えて食したいそうだ。俺自身は場所なんてどうでもいいのたが、自分の店を除外された店主の残念そうな表情を思い出すと、少しばかり吹き出しそうになる。

 

「…ねぇ、さっきからその変な顔は何なの?」

 

「え、ああ。いや、さっきのエギルの顔が面白くてつい。というか、俺そんなに変な顔してたか?」

 

「ええ。エギルさんが見たら笑うでしょうね」

 

今のは完全に皮肉だな、うん。何だか最近、アスナの俺に対するあたりが強くなっている気がする。俺は何かしたのだろうか。

 

街中の共用スペースに手頃なテーブルと椅子を見つけたので、俺たちはそこに腰を下ろした。ケーキをオブジェクト化し、さらに道中で買った紅茶を添える。簡易的だが実に優雅なアフタヌーンティーの完成だ。

 

「じゃあ、いただきます」

 

そう言ってフォークを手にしたアスナは、眼前のショートケーキの端を切り込み、二センチ角くらいの大きさにして口に運び込んだ。満面の笑みがその味を語っている。俺も自分のケーキを大きめの一口で食べ始めた。すると、程よく甘い生クリームの味と柔らかいスポンジの食感が伝わってくる。なるほど、これはうまい。まだゲームが始まって一年も経っていないというのに、ここまでのものが作れるプレイヤーがいるとは驚きだ。スキル上げには地道な作業が必要なため、趣味スキルを本気で極めようとする人は多くない分、なおさらである。以前、NPCレストランでうまいがクソ高いケーキを食べたことがあったが、あれよりも俺はこっちの方が好みだ。そういえば、あのケーキを食べたときもシチュエーションが今回と似ていた気がする。確かあれは第二層だったか、ドロップアイテムの取れ高でアスナと競い、負けた方のおごりということであのケーキを食べたのだ。

 

「…前にもこんな感じでキミとケーキを食べたっけ」

 

「奇遇だな。俺もそれを考えてたところだよ。そういえばあの時、お前俺に半分もくれなかったよな。四分の一くらいしか食べた覚えがないぞ」

 

「え、えー、そうだっけ?お、覚えてないなー」

 

「あーはい、そうですか」

 

「……あの頃はまだ、攻略なんて夢のまた夢だろうって思いが残ってたけど、もう二十五層まで来たんだね」

 

何かを懐かしむかのような声でアスナが言う。そういえば、初めて会った時の彼女は事態に絶望し、ほとんど死ぬつもりで戦っていたのだった。それが今ではトップ中のトッププレイヤーである。その変化の過程で経験したことを俺はほぼ全て共有していたんだと思うと、ちょっと光栄な気分だ。何だかまんまと話をすり替えられたような気がするが、まあいいか。

 

「色々あったけど、俺にしても君にしても、よくここまで来れたもんだよな」

 

「そうだね……本当に、色々あった」

 

まだケーキは半分弱残っていたが、アスナはフォークを持っていた手を止めた。そしてしばらくケーキを見つめたあとで、俺に顔を向けゆっくりと口を開いた。

 

「キリトくん、今までありがとう。私がここまで生きてこられたのは、キミのおかげたよ」

 

「え?」

 

突然の素直な感謝の言葉に、なんと返していいか困惑する。急にしんみりしないで欲しい。

 

「別に、君が生き残ってこれたのは俺だけの力じゃないさ。オクトやラン、ハルト、エギル、アルゴ、それから攻略組のみんなのおかげ、そして何より、アスナ自身が頑張ってきたからだよ」

 

「そっか…私、頑張れてたのかな」

 

「ああ。じゃなきゃ、攻略組のトップを担うほどの実力者にはなっちゃいない」

 

「……ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいんだけどね、私、まだ何か足りない気がするの」

 

「足りないって……何が?」

 

「…分からない。ただ、みんなに頼ってばっかりじゃ、見つけられないと思うの。もしかしたら、向こうの世界にいた時と環境が違うせいで、自分に違和感があるだけなのかもしれない。だとしても、今の私のままだと、帰れる気がしなくて……」

 

「………」

 

目の前の女の子が、現実ではどんな人で、どんな生活を送っていて、どんな未来を見ていたのかなんて、俺には分からない。ただ、この仮想世界に生きるアスナという人間は、元の自分と同じであろうとしている。もしかしたら、それを越えようともしているのかもしれない。今の彼女は大きな分岐点に立っているのだということが、よく知っているわけでもない俺でも分かった気がする。

 

「それで……どうしたいんだ…?」

 

俺が尋ねると、アスナは一度目を閉じた。そして決意のこもった力強い目つきとともに、答えた。

 

「私……《血盟騎士団》に入るわ」

 

やっぱりか、というのが正直な感想だった。俺のところにも以前ヒースなんとかという男が勧誘に来たが、俺はその誘いを断ったのだった。その話を以前アスナにしたあたりから、アスナの様子が徐々に変わっていったのだった。残念ながらそれに気づいたのはたった今だが、おそらく俺の前後で勧誘を受けており、その時には既に入団を検討していたのだろう。確かに、ギルドに入れば生活環境は嫌でも変わるだろうし、いわゆる「自分探し」のいいきっかけにもなるだろう。それが彼女の選択だというのなら、俺に止める権利はない。

 

「……そっか。まあ、頑張れよ。アスナなら大丈夫だ」

 

寂しくなるな、なんて言おうと思ったが、少しでも彼女の決心を揺らがせてしまうような言葉は言うまいと思い、やめておいた。これは少し自意識過剰だっただろうか。その結果、随分と簡略的な返答になってしまったが、まあ、俺らしいといえば俺らしいかもしれない。しかし、あまりに素っ気ない俺の激励の言葉が不満だったのか、アスナは一瞬きょとんとしたあとで、やや不機嫌そうになった。

 

「それじゃあ、私はもう行くわ。みんなにはキミから言っておいてもらえる?」

 

「あ、ああ。分かった」

 

素早く立ち上がって席を離れたアスナを、俺はその場から動かずに見送った。すぐに人ごみに紛れて見えなくなったため、軽くため息をついて姿勢を戻す。ふと視線を落とすと、アスナが美味そうに食べていたケーキは、まだ少し残ったままだった。

 

 

 

 

 

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~side Oct~

 

昼飯の間は、はっきり言って地獄だった。雪ノ下とランが何故か俺のいらん情報ばかりを交換し合うので、もう恥ずかしいのなんの。羞恥に耐えられなくなった俺は、妙に話が弾んでいる彼女らを宿に残して一人抜け出してきた。もともとメンテのために鍛冶屋に行く予定だったので、これは決して無駄足ではない。むしろ効率的である。メンタルがゴリゴリ削られる空間から脱出し、鍛冶屋に行く。一石二鳥だ。そうでなければ部屋で寝入っていたところだろう。

 

俺の通う鍛冶屋が店を構える場所は、細い路地を抜けた先にある裏通りだ。最近ではプレイヤーの鍛冶屋が増えてきたが、俺は未だにNPCの店を利用している。数ヶ月前に問題になっていた強化詐欺事件の影響か、それとも長年の経験がそうさせるのか、どうやら悪意の入る余地がないNPC鍛冶屋に信頼を寄せるようになってしまったらしい。決して対人スキルが欠落しているからではない。

 

誰に言うでもなく言い訳を考えながら細い路地を歩く。すると、人が二人分くらいの狭さなので一人で歩いていてもかなり窮屈な感じがするというのに、前方には俺の通行を妨げるかのように壁に寄りかかっているプレイヤーがいた。見慣れたフーデッドコートに感じるのは、基本的には安心の類ではない。

 

「ここ数日はよく会うな」

 

「そうかもねぇ。まあ、君たちには色々と興味があるから」

 

「そうかよ。で、今度は何の用だ?」

 

そのプレイヤー、ゾンネは軽く笑い、こちらを向かずに答えた。

 

「……人殺しと食事をした感想…とか?」

 

「………ッ!」

 

人殺し………該当する人物は一人しかいない。だがそれは、適当な表現ではないはずだ。

 

「知ってるよー?君が今日デュエルをしてた女の子、昨日の夜プレイヤーを三人も殺したんでしょ?」

 

「……どうしてそれを知っている」

 

敢えてとぼけてみても良かったかもしれないと思ったのは後の話だ。理解が追いつかず、素直に返答してしまった。これでは、この女の言う「人殺し」が誰なのかを特定したようなものだ。幸いと言うべきか、カマをかけられたわけではなく本当に知っているようだったので、これは余計な心配だが。

 

「そりゃあ、見てたからだよ。あの子が見たことない技で三人の首をはねる瞬間をね」

 

……見ていた……?

 

「おい……『見ていた』ってなんだよ。お前は、あの場所にいたのか…?」

 

「うん、いたよ。気づかなかった?私の隠蔽スキルも上がってきたなー」

 

まるでいつもと変わらない陽気な口調で話すこの女に、徐々に怒りが込み上げてくる。昨夜あの場所に、遅くとも《抜刀術》スキルが使われる瞬間にはいたというのなら、ランが襲われたという事実も目の当たりにしたはずだ。なのになぜ、愉快そうに話すうえに雪ノ下を人殺し呼ばわりするのか。

 

「色々聞きたいことはあるが……ランが襲われたってのに随分と楽しそうに喋るな」

 

不機嫌な声で口に出してみたが、ナーヴギアによる感情の過大表現のせいか、一段と不機嫌に聞こえる。

 

「それはそれ、これこれよ。それにランちゃんは助かったんだからまあ良かったじゃない。私が問題にしてるのは、あの三人を刀使いの女の子が殺した事だよ。知ってる?SAO内では、まだ完遂されたPKはないのよ。少なくとも確認されている範囲内ではね」

 

「………言いたいことは分かった」

 

つまり、雪ノ下の行動が公になれば、彼女は世間から《SAO初のプレイヤーキラー》として認識されるわけだ。間違っているとは言えない。しかし、あれは悪意のもとで起きた殺人ではない。それこそ、本来《SAO初のプレイヤーキラー》になるはずだったその名に相応しい者達がいたわけで、その犠牲者を救うための最終手段だったのだ。

 

だが、それが世間にどう理解されるのか?果たして、この浮遊城の中に何千人といるプレイヤーたち全てに、正しい情報が伝わるのか?絶対とは言わないが、それは難しいだろう。どこかで必ず情報は曲げられる。本物のプレイヤーキラーにでも聞き渡ったら、確実に悪い方向に向かうはずだ。それは絶対に防がなければならない。

 

「で、俺に口止め料でも払えと?」

 

まったく、少し見直したと思えばこの有様だ。俺はやはりこの女を好きになれそうにない。もちろん、人としてである。異性としてなど以ての外だ。

 

「……ふうん、払えって言ったら払うの?」

 

「あいつと割り勘でいいなら払うかもな」

 

「………ぷっ、あはははは!」

 

俺の返事がどうおかしかったのか、ゾンネは腹を抱えて急に笑い出した。あーうぜぇ。

 

「はぁ、はぁ、あーもうだめっ、お腹痛…くはならないか。でもやっぱり面白いよ君」

 

「……あっそ。そんで、いくら払えばいいんだ」

 

イライラと妙な恥ずかしさで頭をガシガシと掻きながらぶっきらぼうに尋ねた。しかし返答が遅いので逸らしていた視線を前に戻すと、目の前の女は豆鉄砲でも喰らったかのような顔をしていた。いや、していたように見えた。ほとんど隠れているのだから、どんな顔をしているのかなど分かるはずがない。それでも何となく、そんな雰囲気に見えた。

 

「何言ってんの?私は別に口止め料払えなんて言ってないけど?」

 

「…は?」

 

え、何それ。何か払わされそうな流れになってなかった?違うの?

 

「口止め料の話は君が勝手に始めたんでしょ。そんなに払いたいなら貰うけど、私が聞きたかったのはそういう事じゃないの」

 

「じゃあ何なんだよ」

 

紛らわしいからさっさと本題を話してほしい。俺とて暇ではないのだ。いや、今はほぼ暇か。

 

「私が聞きたかったのは……ううん、もう分かったからいいや」

 

「おい待て、一人で納得するな。こっちがなんか落ち着かないだろ」

 

「いいのいいの、君は気にしなくて。私そろそろ行かなきゃいけないから、また話し始めるのも面倒だし」

 

クソが…ほとんどこいつの都合じゃねえか。こいつこれでよく情報屋で食っていけてるな。まともな客がいるか怪しいところだ。

 

「まあ、代わりにアドバイスだけしておいてあげるよ」

 

「アドバイス?」

 

「昨夜の一件を見ていた人が、私の他にもいるかもしれないって事は考えておいた方がいいよ。いなかったに越したことはないけど、万が一目撃者が出てきたら、あの子に何かしら起こるのは分かるでしょ?」

 

「だろうな。できればそうなって欲しくないんだが」

 

「……その時に君が何をするか、楽しみにしてるから」

 

最後にそう言って、ゾンネは姿を消した。正確には、隠蔽スキルを使用したのだ。看破のスキルは一応取っているが、あの女の姿を特定できない。確かに、なかなかの熟練度だ。

 

それで結局、あの女は何が言いたかったのか。というか、あれはアドバイスなのだろうか。分かったような分からなかったような、何とも曖昧な気分だが、もう確認のしようがない。この謎はまた後ほど解くことにして、俺は再び路地を歩き出した。




はい、ヒースクリフさん出てきましたね。一体どうして抜刀術のスキルを知っているんだ…(棒)

それと、前回から少しずつキリトとアスナの絡みを混ぜています。タグでキリアスとか言ってる以上、単に原作通りくっつけるだけでもいいんですがちょっとくらいは書かないとなーと思った次第です。

さて、次回の更新はいつになるのか…
出来るだけ早くしたいとは思いますが、気長に待っていて頂けると嬉しいです。

それでは、また次回でお会いしましょう。

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