偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/サイパン 隷属の印

 

 

 

 串刺しになっていた竹槍をスブリスブリ―――カランコロン、抜き落とし/捨てながら、岩に縫い付けたヒエンの元へ行った。

 

 致命的なダメージは入れたが、まだ死んではいないはず。

 焦点をあててHPバーを確認しても、なんとか生きているのがわかった。……奴から色々と、尋問できるだろう。

 ポタポタと、鮮血が地面にまで垂れ落ちていくも、構わず歩いた。

 《貫通ダメージ》を取り去っても、傷口を塞がなければHPは減り続ける。今すぐにも治療すべきだが、あえてやらず放置した。……この程度なら【バトルヒーリング】で相殺できるだろう。HPにも余裕はある。

 それに―――

 

「―――あ、兄者ぁーーーッ!?」

 

 上空の笹茂みから、大猿の動揺の悲鳴。

 ほんの少し、意識だけ向けるとソレは……他の猿兵とは違う、一番先に見た門番だった。

 隠れていた場所から迫り出し、今にも飛び出そうとするのを、部下だろう猿兵に止められていた。

 居場所は割れた、指揮官だろう敵は倒した。逆転の目は潰した。もはや彼らは、脅威ではない。―――あとはトドメだけ、戦意を踏み砕くだけだ。

 ヒエンの元にたどり着いた。

 

 串刺しにされた大猿/ヒエンは、荒く苦しそうに、生死の境を彷徨っていた。

 刺さった竹槍を抜こうとするも、瞬間、激痛が脳髄を焼く。腕から力を奪った。それがまた、激痛を継続させる。胸を貫いたので、呼吸も難しくなっているはず。噴き漏れた大量の血が肺を汚染する。……ますます脱出は困難になっていた。

 色が混濁している瞳、焦点も合わせられていない。とめどなく流れ溢れる血のせいで、顔は青さを越えて漂白されていた。声にもならない苦悶を上げ続けている。……まさに虫の息、ほんの少し触るだけで、消えてしまう瀬戸際だ。

 一瞥してソレを確認すると、ポーチから一つ、アイテムを取り出した。半透明な液体が詰まった小瓶。

 

 《改復ポーション》___。プレイヤーメイドの回復ポーション、【回復結晶】に次ぐだろう回復量/回復速度の優れもの。かつては、値がはり大量生産もできなかったが、今では改善された。攻略組以外でも愛用されるほどの必需アイテム。

 指だけで蓋を―――ピンッ、開け捨てると、中身をそのまま……ヒエンにかけた、頭からドボドぼと―――

 ポーションをかけられると、すぐさま、真っ赤だったHPバーが黄色になった。僅かだったHPが急速に回復していく。同時に、死に際だった顔色にも赤味が戻っていった。

 しかし―――

 

「い……イギャアアァァアアァァーーーーッ!」

 

 ヒエンの口から、苦悶の絶叫が放たれた。

 

 コレは、治療のためじゃない。

 これから行う事のため。死なない程度に生きていてもらうための応急処置、瀬戸際の無痛の微睡みから叩き起すための呼び水だ。

 ヒエンの絶叫が竹林中に響き渡る。

 

 無視して、HPバーを確認した―――

 ポーションによって急速に回復し、レッドゾーンからイエローゾーンへと戻っていった。しかし、まだ竹槍は貫通状態、おまけに【出血】もある。回復量はすぐさま継続ダメージと拮抗し、また……減少し始めた。

 なので再び、ポーションを取り出した。

 しかし、浴びせることは無し、蓋を取りいつでもかけられる準備だけ。……意識を取り戻したヒエンの様子を、注意深く観察した。

 目から混濁は消えていた、取り戻せたハッキリとした色彩。焦点も現実に戻り、現状を映し/認識した。そして、オレの姿を目前に捉えると―――怒りと恐怖。現状は最悪だとの理解が、息を詰まらせたその顔から噴き出されていた。

 そして/ゆえにか、吹き出す全ての感情を喉元で抑え込み―――覚悟。死の絶望を越える何かを秘めた決意が、その顔/全身からもにじみ出てくる。

 

 ―――ソレはかつて、何度も見せつけられた光景だった。

 

 オレを/オレ達プレイヤーをここまで導いた、道しるべ。金よりも力よりも命よりも、尊いものがあると教えてくれた、刹那にして永遠の輝き。

 なぜ戦うのか/戦わなければならないのか? この鋼鉄の城を、駆け上がり続けなければならないのか? ……その答え/原点でもある。

 そして今、オレを、ここに立たせている、原動力/元兇だ。

 

 ゆえに/直後、オレは行動していた。

 重心を落とし拳を腰だめに構える、呼気を鎮めると―――全身が光に包まれた。

 

 ソードスキル発動、体術単発打撃技【崩撃】___。

 ゼロ距離から/全身の捻転力を集約した拳の一撃。カウンターや追撃としてよく使う技の一つだが、普通に使っても充分威力がある優れもの。レベルや体格が一回り低い相手なら、吹き飛ばして距離を引き離すこともできる。

 ソレを、ヒエンの口に向けて―――放った。……正確には、今まさに噛み合わせられようとしている、奥歯まで。

 

「ガバァ――― ッ!?」

 

 システムの強化を受けた拳は、剥き出された奴の前歯を砕き、上あごを押し上げ―――()()()()()()が押されるのを、阻止した。

 

 欠けた犬歯に腕の皮膚を切れ、血が滴る。反射なのか最後の抵抗のなのか、噛み付かれてもいた。

 構わずそのまま、生ぬるい口内、まさぐりながら探すと―――見つかった。

 自爆スイッチ___。思っていたとおり、奥歯に仕込まれていた。摘んで引き抜き……ガギィッ、砕いた。

 

 くぐもった呻き。口内で起こった違和感を察したのだろう、焦りを滲み出しながらオレを睨みつけてきた。

 ソレにも構わず/無言の応答、舌らしき柔らかい肉の塊をグッ……掴むと、静かに告げた。

 

「―――【蜘蛛猿衆の長・ヒエン】。お前はこの、黒の剣士【キリト】の【使い魔】になることを、承諾するか?」

 

 驚き訝しり、気づくと―――戦慄した。

 

 【使い魔】契約の文言___。などというモノは、システム上存在しない。モンスター側からの無言?の提案がされ、コマンドが立ち上がり、『yes』と答えるだけだ。プレイヤー側からできることはない。

 それでも―――目の前にコマンドは展開された。ただし、【使い魔】ではなく【従士】という表記で。……NPCを/()()()()()()()()M()o()d()を味方に雇い入れる際と、同じ表記。

 名前が違うだけで、本質はどちらも同じ。ただ【従士】の場合は、プレイヤー側からの提案をシステムが許可してくれる。例え外見が/おそらく元々モンスターであろうとも、この『契約』の拘束力を保証してくれる。……生半可な知性を持ってしまったがゆえの、落とし穴。

 

 ヒエンも、ソレの恐ろしさを熟知していたのだろう。すぐさまハッキリと、拒絶の意を示そうとする―――寸前、掴んでいた舌ベロをギュッと、引っ張った。

 すると―――「ウゲェッ!」、自然と頭が上下に振られた。無理やり嘔吐かされた結果。

 亜人種といえども、二足型歩行生物、プレイヤーや人間型NPCと身体構造は大差ない。摂取した毒物を吐き出させる応急処置、舌ベロ奥にある【緊急リリースボタン】は同じく、存在した。

 ハッキリと/どんな相手にも伝わる身体言語=yes。ゲームシステムは無機質にそう判断すると、ヒエンとオレの前に展開されていたコマンドに『契約成立』を伝達した。

 すると、さらなるコマンド。自動的に展開された自分のステータス画面の隣に、ヒエンのだろうステータスが表記されていた。右上隅にある自分のHPバーの下にも、ヒエンのHPバーが浮かんでいた。……【従士】とのカテゴリーが嵌められた状態で。

 

 目だけで確認、おおむね納得/少し意外だった。先に従わせた猿兵は、ちゃんと【使い魔】カテゴリーだったが、このヒエンは【従士】扱いになっていた。……どちらであろうとも、大差は無いだろうが。

 握っていた舌ベロを解放してやった。

 

「―――契約は成された。

 これでお前はもう、オレの【使い魔】だ」

 

 そう言うと、口内からも腕を引き抜いた。

 ヒエンはただ、茫然自失と蒼白に、我が身に起きた呪わしき契約に言葉を失っていた。

 

 入れていた腕をパッパッ、軽く振ると、コートの端でゴシゴシ拭った。……別に、唾液や血糊で汚れたわけではない/ここではその手のリアルな不快物質は即座に自動的に洗い流してくれるが、気分だ。

 それでも、まだ取れた気はせず。嫌な気分に胸の内でため息をつくと、張り詰めていた気まで抜けかけた。

 なので、仕切り直すように/ヒエンに現実を自覚させるために、もうひと押しした。

 

「お前の新しい名は、そうだな…… トビ、【トビ】だ」

 

 使い魔の名前変更……。元々、個体名など持っていないモンスターには、新しく名付ける。NPCの【従士】であっても、同じNPCを仲間にした別プレイヤーと分けるためにも、名づけ直す必要がある。

 今回も、そのケースが適応されるだろうと言ってみたが……当たった。

 システムはオレの言葉を拾うと、すぐさま変更許可を認めた。展開されていたステータス画面も、【ヒエン】から【トビ】へと書き換えられた。

 茫然自失だったヒエンの顔が、突然―――針に刺されたかのような痛みにしかめられた。そして、何が起きたのか確かめ―――目を剥いた。

 奴自身にも、システム的な何らかの強制力が働いたのだろう。顔を上げ、オレを睨みつけてきた。

 歪んだ嗤い顔……で、応えてやることはせず。ただ事務的に冷徹に、感情がこもっていないような低音で、告げた。

 

「【トビ】、はじめての命令だ。

 お前が知っている情報、オレが知りたい情報を全て、()()()()()()()()

 

 先までの仲間を裏切れ……。あるいは、ソレ以上の存在なのかもしれない。進んで自爆を決断できる精神は、生半端な繋がりでは鋳造できない。……オレの知ったことではないが。

 なので、当然―――

 

「……ふ、ふざけるなッ!? 

 誰が! この俺がそんな裏切りを――― いぎぃッ!?」

 

 再び、鋭い頭痛に顔をしかめた。

 

「無駄だよ。いちど契約を交わしたら、モンスターからの破棄は不可能だ」

 

 【使い魔】/【従士】の情報公開義務___。いわば、スパイ防止処置。使えるべき主人は、契約を交わしたプレイヤーだけ。それまで別の組織/人に仕えていたとしても、システム的には最優先される、思考や感情を備えているが故に矯正力を働かせる。

 契約システムの悪用法___。通常、契約成立の段階で、『互いに良好に近い関係に達していた』とも判断されている。今のオレと奴のように、敵対関係から無理やり成立させるのは想定の範囲外/無視されている。なので、通常なら使われないだろう、システムによる矯正力が発動してしまう。……システムにとっては、『矯正』だと思ってはいない。

 激痛に耐えながらも拒絶しているヒエン/使い魔トビ、とは裏腹に、欲しい情報がメニュー画面に自動送信されてくる。ここのマップ情報や敵の情報その他が、更新されていった。

 

 

 

(―――よし! だいたい知りたいことはわかった)

 

 まだ穴はあったが、概ね埋まった。アスナ達を救出するには、充分すぎるぐらいだ。……さすが、敵の幹部は違う。

 

(後はこれを、ほかのやつらにも、送信―――)

「う……うがあァァァーーー―――」

 

 不意の襲撃―――。情報に気を取られている隙に、串刺し状態から抜け出し、鋭いカギ爪をオレに差し向けようとした。

 目を向ける、今からでは対応はギリギリか……。深手ではないがダメージは負う。体勢も崩されるので、次に『逃げ』を選択されたら厄介なことになる。……なかなかに抜け目のない奴だ。ソレだけ必死ということでもあるのだろう。

 しかし―――

 

「――― ィッ!?」

 

 寸前/オレの目と鼻の先―――無慈悲にも止められた。

 まるで、空間そのものが凍りついたように、ピタリと、突き出した手刀のまま固められた。……そこから指一本/毛筋すらも、微動だにできない。

 

「―――ソレは正しい。

 【使い魔】はパーティーメンバーではなく、装備品の一つみたいなものだ。だから、パ-ティーでは適応されてる同士討ち禁止には、当てはまらない」

 

 自傷行為と同じ扱いに、なるからな……。だから、こちらの意識が向いていない隙を狙えば、殺害できる。契約を強制的に終わらせることもできる。

 しかし、気づかれてしまえば、ほんの少し意識しただけで、止められる。力量差が歴然だった/おそらく心理的にも圧倒していたならば、なおさら。……【調教】なるスキルが存在しない代わりに、ステータスメニューに明記されている値とされていない何かの値が、関係してくる。

 

「……今後、オレを殺したいのなら、もっと慎重に狡猾にやった方がいい。お前にはまだ、思考できるだけの頭と知識が、残っているらしいしな」

 

 もっともソレも、今後どうなるかわからないが……。使い魔にしたことで、現状の異常はフォーマットされるのかもしれない。先に使い魔にした猿兵はそうなった。ならば、このトビもまた元のモンスター/【シーフズブラックコング】に戻るはず。

 

「それと……もう気づいているかもしれないが、お前の能力値は全体的に向上している。オレの【バトルヒーリング】の影響で、傷口もほぼふさがりかかっているしな」

 

 自分よりも高レベルの主人を持つと、使い魔は飛躍的に能力が向上する___。【バトルヒーリング】まで伝導するのがわかったのは、先の猿兵のおかげだ。

 ソレは、外見にも影響をおよぼしてもいた。契約前に見た時と比べて、金毛の割合が増えていた。前はうっすら見える程度だったが、今はハッキリと遠目でもわかる。……別種に進化した、とまではいかないだろうが、レベルが格段と上がったのは読み取れた。

 そしてそのことは、やつ自身も実感していたのだろう。

 致命傷なはずの胸の貫通痕があるのに、まだ生きている。意識も保ち、少し不自由があるものの体は動く/むしろ力がみなぎっている。明らかに、先までの自分の能力を超えた力が、この身に宿っていると。

 

「…………ならば!」

 

 オレを刺し殺そうとした爪を、今度は自分の胸/心臓があるだろう左胸に向け始めた。

 そしてそのまま、自害しようとしたが―――

 

「――― ぐぅッ!?」

 

 その爪先は、先と同じ、寸前で停止させられた。

 ただ今度は、意識してはいなかった。あえて止めようとせず、どうなるか確かめた。……システムは、使い魔の自殺を封じてくれるのか、否か?

 結果は、止めた。少なくとも今回は、そう見える。オレの無意識に呼応してしまったのかもしれない。……判断は保留しなければならないが、関与してくれることはわかった、何らかの条件を満たせば。

 

 自害までできない……。もはや自分には、自分の意思で行動できる権利が、何もない。

 全てを実感させられると……諦観。罵倒や呪詛すら上げられずに、意気消沈。……完全に敵意も崩れたのか、システムの拘束は解除されていた。

 そしてガックシと、その場にへたり込むと、何もかも放りだすように、うな垂れた。

 

「………… 殺せ、殺してくれ」

 

 そして絞り出せたのは、そんな懇願/負け惜しみ。首まで差し出してきた。……ひと思いにやってくれ、という意味だろうか。

 

 その姿を見せられると、初めて……憐れみが浮かんできた。

 自然と手が、愛剣に伸びていく。その首に振り下ろしてやろうかと、思った。暗に/オレにもわかるように示されたように、ひと思いに……。これ以上をコイツに要求することは、オレにとっても大事な何かを、傷つけるような気がした。

 しかし―――止めた。グッと堪えた。せき止めた感情が胸の内を焼くのを、耐える。

 

 そして……全て押さえつけてみせると、睨みつけた。

 

「―――四神将とやらは、その程度だったのか?」

 

 つぶやくように言うと、トビの襟首を掴み―――グィ、掴み上げた。

 そして、絶望に染め抜かれたような顔へ、ぶつけるように近づけると……囁いた。

 

「トビ、オレが次に命令しようとしたことを、教えてやろう。

 お前に、お前自身の手で、ここにいる蜘蛛猿衆とお前の弟【ウエン】を、()()()()

 

 ビクンッ……。その仮の命令に顔を上げると、そこには―――恐怖の色がにじみ出ていた。

 唾を飲み込み息を止め、起こるだろう見えざる矯正力に、戦慄。オレに何かを懇願しようと口を開きかけ……止めた。

 何も起きなかったことに、隠しきれずに安堵。しかし、震えはもはや止められず。オレに怯えた視線を向けてくる。

 

「……お前たちが力を借りた奴らなら、そうする。何のためらいもない、()()()()()()で、だ」

 

 歪みすぎたレッドたちの心……。口にするだけでも吐き気がする。わかってしまう自分の精神構造には、奴らと同じ病がとりついている気がして、ゲンナリしてしまう。

 加えて言うなら、上の命令は、レッドでなくてもできる。力と効率を求めている攻略組ならば、同じようにできてしまうはず。実際、自意識らしい思考能力を持ち合わせていない普通雨の使い魔になら、命じられてきた。……そうすれば、使い魔の能力が上がるから。どれだけ使えるのか/力が上がったのか、テストにもなる。

 愉しみながら強要するのと、事務的に強制する。どちらが残酷なのか? ……五十歩百歩なのかもしれない。

 

 だから―――それでも、確かな違いはある。大切な差異。

 だから―――トビに向けて、それ以外の何かに向けても、宣言した。

 

「オレは、オレの仲間を助け出す。邪魔する奴らは容赦しない! どんな手を使ってでも、必ず―――」

 

 ソレは、()()()()()も同じだ……。どちらも、障害という点ではかわりない。この危機的な現状を理解していない/妥協を選択する者は、全て足でまといだ。

 『テロリストとは交渉しない』、かつて某国の誰かが言ったセリフ。まさに、今のオレの行動原理を端的に表してくれる言葉だ。……妥協と交渉は同じだ。

 

 わかったな……。言い切ると、突き放した。

 トビはなされるまま、その場で尻もちをつくと、力ない目でオレを見上げる。……その姿にはもう、威厳と呼ばれるものはなかった。

 

「……全て済んだら、考えてやる。それまではオレに従え」

 

 静めた声でそう命じると、是とも否とも言わず、俯かれた。

 

 

 

 戦意は完全に挫いた。もう、自害することもないだろう……。消沈し続けるトビを見て、これ以上の言葉はいらないと判断。

 背を向け少し離れると、メニューを展開した、得た情報をもう一度確認する。これからのプランと対応策を、今のうちにできるだけ想定しておく。……考えうる限り、最悪なことも。

 ポーションも取り出しゴクゴク、飲みながら/HPと体を回復させながら、これからについて考えていると、

 

「―――あなた、たぶん良い死に方、しないわよ」

 

 傍に寄ってきたフィリアが、皮肉げにそう言ってきた。

 思わず眉をひそめた。

 ギリギリの死闘に、心を麻痺させての隷属化。これからもう一人、潜在的な敵を抱えながら進まなければならない苦労を思うと、普段なら耐えられることも敏感になってしまう。

 

「アンタだけには、言われたくないセリフだ」

 

 そう愚痴を返した後、目を丸くさせているフィリアを見て、迂闊さに気づいた。

 そしてさらに、舌打ちまでこぼしてしまい、確信までさせてしまった。……あまりの自滅ぶりにドッと、自嘲のため息をこぼした。

 

「それで、他の猿たちはどうするの? まさか……全部使い魔にする?」

「……コイツだけで十分だ」

 

 というか、できないしな……。プレイヤーが使い魔を保有できる数は、限られている。ただ、システム的な絶対ではない。調伏できるだけの能力差があるか、離反させずに維持できるだけの財力があるか、指揮能力の限界値などなど。自分が主要な戦闘要員なら、多くても3匹が限界だ。……ちなみにオレの場合、一匹でもかなり負担なので、先の猿兵君はお役御免にするつもりだ。

 プレイヤー自身の能力値が高く、ソレ以上の/大量のモンスターを捕獲・操縦する『魔法』が存在しないココでは、魔獣使い(モンスターテイマー)はお呼びじゃない。少なくとも、前線では活躍できない役どころだ。

 

 知りたい情報は得られたし、有効戦術も破ったので脅威も少ない。何より、指揮官を欠いた部隊など、烏合の衆だ。その指揮官/トビを、案内役兼できたら人質としても使える。

 なので―――()()は余ってしまう。

 

 

 

「――― 話は、聞こえたはずだな。

 オレは、こいつをお前たちに()()()のを、止めてやったんだぞ?」

 

 オレ達の前で正座している、竹上に潜んでいた猿兵たち/蜘蛛猿衆一同に、「邪魔だから退け」と言った。……できるだけ優しく。

 

「……頼む、お頼み申すッ!!

 わしらの長を、兄者を、解放してくだされ―――」

 

 そう訴えかけてくると、門番だったゴリラ兵/トビの弟は、地面を陥没させる勢いで()()()してきた。……弟に続いて、猿兵たちも同じく土下座する。

 

「何でもするでござるッ! どんな恥辱だろうと受けます、わしらの財は全てお譲りします! この命を欲するのであれば、この場で腹カッ捌いてご覧に致しまする―――」

 

 なのでどうか、どうかお情けを――― 。そして続いて、猿兵たちも訴えてきた。

 

 地面に向けているのに、それでも響き渡るデカい声。混じりけのない悲痛な懇願、いや哀願だ。もはやオレの情けに縋るしかないと、重々承知しての頼みごと。……顔は見えないが、嘘ではないとは、わかる。

 驚き戸惑う。それ以上に、怯えた。オレの方が後ろに、ヨロめきそうになった。

 モンスターだと思っていた奴らが、こんな人間らしいことをしたこと、然り。オレを含めたプレイヤー達の誰が、ここまでできるのか? 誰かの為に土下座を/命まで差し出せるのか? 少なくともオレには……できそうにない。そもそも、やれるだけの何かを/誰かを、オレは知らない。……オレは()()()()なのだと、突きつけられたような気がした、よりにもよってゴリラと猿たちに。

 何も答えず/内心の動揺を必死に隠していると、

 

「……やめろウエン、お前たちも! これ以上俺に恥をかかすな」

 

 代わりにトビが、彼らを黙らせた。

 それでも、言い募ろうと口を開きかけるも……堪えていた。歯を食いしばる。

 なので、ただ黙って、オレに土下座を向けてくるのみ。

 

 膠着状態……。

 破るのは簡単だ。なのに、その一歩を躊躇ってしまう。オレが大切にしてきた、レッドたちとの明確な差異が崩れてしまう、瀬戸際だから。

 それでも、もう()()()()()()()()()()()()()。オレがやるべきことは、ただ、突き進むのみ/立ち止まらないこと。……迂回路を選んではいけない。

 なので後は―――祈るのみ。

 コレでオレが、潰れませんように、走り抜けられるように……。この道の先、皆が納得できる大団円がありますように、と。

 

(……退かないのなら、踏み砕くだけだ)

 

 ビーターの義務に、覚悟を追いつかせた。

 

 意を決した。

 背負わなければならない重罪に、立ち向かおうとすると―――寸前/突然、着信音が鳴った。

 特定プレイヤーからの通話通知___。オレの脳内にし聞こえない音、しかし直後、通知コマンドが視界に浮かんできた。

 訝しるも、その名前が映ると反射的に、通話をオンにしていた。

 

「―――なんだよ? 今取り込み中だ」

『その件で、私の力が必要だと、思ってね』

 

 普段以上に苛立っているオレとは違い、いつも通り平静なコウイチの声が、聞こえてきた。……聞こえてきたその声に、フィリアが目を丸くしていた。

 またまた、完璧すぎるタイミング/横槍。どうやってオレの現状を監視しているのか、是非とも聞き出したいが、フィリアがいる。あまり親密に話しているところを、見られたくない/臭わせる程度で済ませたい。……また次にするしかない。

 そう判断すると、してしまうこと/させられる状況に、ため息をついてしまう。……これもまた、アイツの意図なんだろうなぁ。

 

『ちょうど、子供達の戦力強化がしたかったんだ。色々と、話も聞いてみたい。もし彼らが了承してくれるのなら、【使い魔】になってもらいたいと思う―――』

 

 そう一方的に要望してくると……さらに通知がきた。

 【フレンド】からの【メッセージ】___。すぐに通知コマンドをクリックし、中身を確認した。

 そこには……意味不明な文字が羅列されていた。

 日本語でも英語でもイスラム語でもない、現実世界に存在するであろうどの言語とも違う、このSAO/浮遊城アインクラッド独自の言語。しかも、一般通用語でもなく、古代にあったとされる言語だ。

 特徴的なのは、一つ一つの文字ではなく、文章の書き方だ。縦書きでも横書きでもなく円形、渦巻き状に文字を連ねていく。しかも、一つの渦にまとめるだけでなく、幾つもの渦を作り連ねるときもある。なので必然、そんな特異な文章フォーマットが用意されていない【メッセージ】では、何を書いているのかサッパリわからなくなっていた。所々エラー表示にまでなっている。……そもそも、実物を見せられても、カタコト程度にしかわからない。

 細かい内容はわからない。しかし、()()()()()()()はわかる。

 

 送られてきたメッセージを全文、ホールドしながら、自分のアイテムストレージに移動。スクロールして、目的のアイテムへ―――

 【空白の鏡晶石】___。何の効力もない結晶アイテム、ただの透き通った大きな水晶。このままでは、観賞用か投擲用・換金用にしか使えない。実際、()()に気づくまでは、そういうハズレアイテムだと認識されてきた。

 だけど、先ほどのメッセージを【備考欄】/ストレージに入れたアイテムを分別するためのメモ帳に貼り付けた。あの意味不明な文章が【備考欄】を埋め尽くす。【メッセージ】に在った時よりもさらに、文字たちが紙面を圧迫、もはや()()()()が何らかの文字にみえてくる。その文字列にも規則性らしきものが見えてくる。まるで、()()()()()()()()()()()()ような…… 。

 

 すると突然、【鏡晶石】が消えると―――目の前に、強制的にストレージから出てきた。

 しかも現れたのは、透明な水晶/【鏡晶石】では、なかった。同じ結晶アイテムではあるものの、色と形が違うモノ。それもよく見かけるモノ。レア過ぎて滅多にお目にかけられないが、それゆえにそのアイテムの外見を知らない者はいない。

 【回廊結晶】___。任意の場所に転移ポータルを設置できる、モンスタードロップでしか手に入らない激レア結晶アイテム。……似たようなことは【フラッグ】を活用すればできるが、コレでしかできないこともある。

 

『今贈った【回廊結晶】を使ってくれ。その先で、契約を交わさせてもらう』

 

 モンスターの転送___。モンスターはフロア間を移動できない。もっと言えば、特定のエリア外にもでられない。【使い魔】登録していれば問題ないが、通常のモンスターには制限が掛かっている。それでももしも、無理やり転移させれば……消滅してしまう。どんなモンスターでも一撃即死で倒せる。

 しかし【回廊結晶】は、そんな無理を通してしまえる。モンスターを別のフロア/エリアに送っても、消滅しない。……ただし、通ってきた転移ポータルが存在する限り。ポータルが閉じれば即座に消滅する。

 彼らにもソレが適応されるかは、わからないが、用心に越したことはない。

 

「……随分と、用意が早いことだな」

『君なら、そうしてくれるんじゃないかと、思ってね』

 

 嘘か真か、見透かしたように言われた。……奴の手のひらの上で踊ってただけ、てことか。

 思わずムッと顰めた。

 なので、お返しにひとつ、皮肉をぶつけてみたが、

 

「これで、()()()()()()()()()貸しは、チャラか?」

『そうなるね。……残念なことに』

 

 よく言う! ……チャラだと思わせるために、そうしたんじゃないか。

 オレの性格を熟知している、コウイチならではの配慮。いや……少し違うか。『ビーター』という役柄を熟知しているから、だろう。守るべきはオレよりもソレ、プレイヤー/特に攻略組の分裂を防ぐためのセーフティ。今はオレにその配役を充てがわれているが、他のどのプレイヤーでも構わない、複数ある条件を全て満たせれば。

 一人を犠牲にしてでも、大勢の命を救う……。誰もが『正義』と理解しながらも、実行は躊躇ってしまう合理性。ソレを自他ともに徹底してしまえるところが、妹に/アスナに嫌われてしまう……のかもしれない。

 

「……わかった。後はアンタに任すよ」

 

 でも/だからこそ、奴は信じられる。

 『ビーター』にとっては、不可欠な裏方。運命共同体ならぬ、共犯者だから。

 

 

 

 通話を切ると、【回廊結晶】を発動させた。

 すると、オレと猿兵たちの間に、七色を秘めた黒い渦孔/転移ポータルが発生した。

 

「―――飛び込め。全員、今すぐに」

 

 突然の、魔法じみた現象に戸惑っている彼らへ、端的に命じた。

 ゴクリと、唾を飲み込む音/顔をこわばらせると、恐る恐るも尋ね返してくる。

 

「……あ、兄者の、解放は?」

「オレの目的が無事に済んだら、逢わせてやろう」

 

 信じて飛び込め……。対等でないので、保証など必要ない。

 マフィアとの取引と同じ。後で良い条件を思いつけば、足していけばいい。……これから一生、足抜けできないように。

 

 理解されると……瞑目。躊躇いを飲み込むと、部下たちにも合図。

 そして、意を決すると―――飛び込んでいった。

 猿たちは次々と、黒の渦孔へと落ちていった。

 

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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