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指揮官と仲間の大半を失った猿兵たちは、実に素直だった。オレたちの疑問に、ペラペラと答えてくれた。
この【ウルムチ】について、指揮系統について、かつての有様と今との違いについて。どうしてオレ達が転移してくることを知っていたのか、ほぼジャストのタイミングで? レッドたちとの関わりは? 何より、拉致されたオレ達の仲間の居場所について―――。
いわゆる一般兵である彼らが知り得る範囲では、満足いく答えは得られない。特に、どうして人間種ではなく、彼らのような猿人/
オレ達にとっては非常事態。しかし、彼らにとって日常であるため、説明できないのだろう。ただ首をかしげるだけだ。
(……指揮官は、生かしておけばよかったかな)
少し後悔した。緊急時だったとはいえ、早まった判断だったのかも。
ただ、おそらくは、あまり大差なかったと思う。知能を持った以上、猿も人も変わらない。こんな危険な現場には、『知らないからこそ』進んで派遣された/立候補もしたはず。
聞きたいことは聞き出し終えると―――最後に、選ばせた。
炎を鎮火させた【転移門】、ソレを指し示しながら、
―――あそこに飛び込むか、それとも、オレ達の【使い魔】になるか。
どちらかを選べ―――。無慈悲な二者択一に、猿たちは、青ざめた。
聞き出した情報の一つと、オレ達もよく知っているこの世界のルールの一つに、合致しているものがあった。
『モンスターは、フロア間を移動することができない』___。つまり、転移ができない。
ただし、無効化される、わけでもない。【圏内】における『不可視の盾』とは違う。【転移】をもたらすアイテムや設置型の罠等の効果は、有効だ。【転移門】をくぐれる。ただし、その先には……。
どうして、外見や知能レベルが上げられたのかは、不明。ここでは判断できない。しかし/だからといって、『モンスター』とのカテゴリーは健在だった。……転移門はまさに、奴らにとって鬼門になる。
そしてもう一つ、モンスターであるのなら/言葉が通じるのなら、【使い魔】にさせることは難しくない。
契約に必要なのは『互いの了承』のみ。通常のモンスターなら、ほぼ逃走か闘争しかないが、知能を持たされた奴らには『服従』の選択肢が生まれる。使い魔の強制は、可能なはずだ。何より猿兵たちは、【使い魔】を知らない。ソレが意味する重大さを理解していない。
さらに致命的なのは、自分たちこそ『人間』だと思っている。決して『モンスター』ではないと。……ソレは、目の前のオレ達のことだと。
不平等な選択。強いることに若干良心が痛むも、オレ自身の選択。彼らよりもプレイヤーを、仲間を助けると……。
生き残った猿兵たちは皆、【使い魔】になることを選んだ。
◆ ◆ ◆
「―――それって……俺たちの中に裏切り者がいる、てことだよな?」
事後処理を終え、直接な脅威が消えると、降りかかった出来事を省みる余裕ができた。
予想していた/あえて無視させてきた恐れ……。誰もが抱えていた恐れでもある。
だから当然、皆の注目が集まってきた。オレに答えを求めている。
だが……オレが答えられるのは、
「……かもしれないな。
で、これからのことだが、まず部隊の編成については―――」
「て、おいッ!? 無視するつもりかよ!」
無視したら、食い下がってきた。
あらためて周りを見渡すと、やはり同調していた。
大きく、ため息をこぼした。
どうしても、避けられないらしいな……。詰問してきた男に、向き直った。
「……それで、どうしたいんだ?
まさか、
ギクり―――。言い当ててしまったのだろう、オレを問い詰めてきた男が顔をこわばらせた。周囲の幾人かにも、同じような反応。
またため息をついた。……当然だと思っていたことを改めて説明するのは、辛い。
気を引き締め直すと、厳しく言い返した。
「―――オレ達は、友達じゃない。このゲームも遊びじゃない。
自分の腕っ節と度胸と、何よりも幸運に恵まれてここまで生き延びれた。
攻略組としての心構え。最前線で戦うプレイヤーには、最低限にして最も必要不可欠な、当たり前のモノだ。
だから本当は、こんな説教など言いたくない。常識をあらためて口にするなど、恥ずかしいいし何より、相手を猿扱いしているようなものだ。……すぐそばに猿がいるとなれば、なおさらだ。
でも今……ソレが必要だ。身に受けた手痛くも見えざる衝撃は、オレたちの芯の部分にまで響いていた。ソレを鎮める必要がある。
「『この中に裏切り者がいるかも?』 ……そもそも、その考え方が間違ってる」
「……どういうことだよ?」
「簡単なことだ。
裏切り者などいない、オレ達は全員
もちろん、その中にはお前も含まれているぞ……。視線とともに投げかけた指摘に、詰問してきた男はぐっと、黙らされた。
なので続けて、止めの言葉を放った。
「だから、今後の発言には気をつけたほういいぞ。そんなことを臆面もなく言ってしまう
「……ッ!?」
男の顔に、怒りと焦りが浮かんだ。
論破されたことと、オレの忠告への危機感。プライドのせめぎ合いでギリギリ、視線キツく眉間のしわが寄るのみ。……オレにわかるのは、ソレだけだ。
(もしもここに、【蜻蛉】がいてくれたのなら……)
そう考えずにはおられない。
蜻蛉の超嗅覚___。
この脅しだけで、残っているかもしれない裏切り者を炙りだす/嗅ぎ分けることができた、かもしれなかった。……いないのが悔やまれる。
(……まぁ、過ぎたことは仕方がない)
これからのことに、集中しなければならない……。まだ罠の渦中、そしてこれからもっと、突っ込んでいくのだから。
危険だからこそ、懐深く入り込む。拉致された仲間を無事に救い出すためには、相手が仕掛けた『ゲーム』に乗ってやらねばならない。
「さて、この話はコレで終わりだよな?
これからのことについて、詰めていこうか―――」
「―――いいえ、まだです!」
切り替えを遮ってきたのは……予想外の相手。エイジだった。
驚きに目を見張るも、すぐに睨み返した。
何が問題だ? ―――。
無言で尋ねると、その威圧を弾き返すように答えた。
「アナタと俺達は、決定的に違う。
アナタの言い分は全て、ソロプレイヤーの……いや、
第二の驚き。品行方正そうなエイジの口から、その単語がでてくるとは……。
黙って聞いていると、続けて言った。
「俺達は、アナタほどには……強くない。強くないから手を取り合った、徒党を組むことにした」
オレから顔を逸らしそうになるのを、堪えながらの答え。
その伝わってくる苦しさに、また驚かされた。ソレを知っていながらも、共感する側にいない/対立までしている自分の立ち位置に……。オレ自身の、芯にある何かが、揺さぶられた。
言い知れぬ不安に、我知らず戸惑わされていると、
「俺達がアスナさんを、副団長を助けようと危険を犯しているのは、
けれど―――アナタは違う」
アナタにとって、彼女は必要じゃない―――。エイジの糾弾じみた断言に、オレは……押し黙らせれてしまった。
そんなことはない……。その一言が、口から出てこなかった。
できたのは、ただ一つ、その不安を『ビーター』の仮面で覆い隠すだけ……。
「アナタは独りでも戦える、生き残れるし生き残ってきた。誰も必要とはしていない……。だから、俺はこう疑っています―――
オレの嘘を裁くように、判決を下してきた。
その言葉に周囲も、目を見張りながらも、同調した。そしてオレに、疑いの眼差しを向けてくる。
思い返せば、どうして奴はこんなにも―――。察せられる次の詰問、オレがビーターであれる所以への追求。かつてはβテストで乗り切ったが、折り返し以上にも階を進めた今回は、もっと現実的かつ最悪な方法が、自然と浮かんでくる。
オレが、
反論はできる。冗談にしては笑えないとも、思う。腹を立ててしかるべき邪推だ。その疑いは今すぐ/【決闘】してでも、払拭すべきだ。
しかし―――やらない。
そもそも、できないだろう。エイジ以外の者たちが求めているのは、『裏切り者』のレッテルを引き受けてくれる生贄だから。そして、ビーターたるオレの役目は、ソレを飲み込んでこそ果たされる。
だから今、やるべきことは……一つだけ。
「―――そいつをこの場で口に出した、てことはだ。
エイジの顔から、白く、血の気がひいた。……オレの返事を、理解してくれたのだろう。
彼の察しの良さに、少しだけ、救われた。
エイジの理解は、他の数名にも伝播したのだろう。何人かの顔色に、やましさからの揺れ/目の泳ぎが見えた。
ある程度に伝わったのなら、オレから言うべきことは、もう無い。
「……わかった。
それじゃ、オレは先に行かせてもらう。……後からノコノコついてくるといい」
捨て台詞のように付け加えると、くるり……背を向けた。彼らとの縁を断ち切るように、これから独りで、この先を突き進むために。
その決意とともに、【使い魔】にした猿兵を先導させ、立ち去ろうとすると―――
「キリトさんッ!! ……独りじゃ、死にますよ」
エイジの言葉に引き止められた。
立ち止まり、少しだけ自問。……確かに、そうかもしれない。この選択は間違っているかもしれない、ただ意固地になっているだけ。いや、おそらくそうだろう。
だけど……もう止まれない。
顔だけ振り返ると―――ニヤリ、不敵に告げた。
「そいつはお前だけだ、オレには当てはまらない。『ビーター』のオレにはな」
そう、捨て台詞を置き去りにすると、もはや振り返らず。
救出隊の皆の下から、立ち去っていった―――……。
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