偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/ウルムチ 孤独の追跡者

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 指揮官と仲間の大半を失った猿兵たちは、実に素直だった。オレたちの疑問に、ペラペラと答えてくれた。

 

 この【ウルムチ】について、指揮系統について、かつての有様と今との違いについて。どうしてオレ達が転移してくることを知っていたのか、ほぼジャストのタイミングで? レッドたちとの関わりは? 何より、拉致されたオレ達の仲間の居場所について―――。

 いわゆる一般兵である彼らが知り得る範囲では、満足いく答えは得られない。特に、どうして人間種ではなく、彼らのような猿人/()()()()()()()()()()()()()()()()ような者たちが、この街の中を自由に闊歩しているのか。あまつさえ、人間のように道具や武装を使いこなし、言葉まで使い社会を作れているのか、は。

 オレ達にとっては非常事態。しかし、彼らにとって日常であるため、説明できないのだろう。ただ首をかしげるだけだ。

 

(……指揮官は、生かしておけばよかったかな)

 

 少し後悔した。緊急時だったとはいえ、早まった判断だったのかも。

 ただ、おそらくは、あまり大差なかったと思う。知能を持った以上、猿も人も変わらない。こんな危険な現場には、『知らないからこそ』進んで派遣された/立候補もしたはず。

 

 聞きたいことは聞き出し終えると―――最後に、選ばせた。

 炎を鎮火させた【転移門】、ソレを指し示しながら、

 

 

 

 ―――あそこに飛び込むか、それとも、オレ達の【使い魔】になるか。

 

 

 

 どちらかを選べ―――。無慈悲な二者択一に、猿たちは、青ざめた。

 

 聞き出した情報の一つと、オレ達もよく知っているこの世界のルールの一つに、合致しているものがあった。

 『モンスターは、フロア間を移動することができない』___。つまり、転移ができない。

 ただし、無効化される、わけでもない。【圏内】における『不可視の盾』とは違う。【転移】をもたらすアイテムや設置型の罠等の効果は、有効だ。【転移門】をくぐれる。ただし、その先には……。

 どうして、外見や知能レベルが上げられたのかは、不明。ここでは判断できない。しかし/だからといって、『モンスター』とのカテゴリーは健在だった。……転移門はまさに、奴らにとって鬼門になる。

 そしてもう一つ、モンスターであるのなら/言葉が通じるのなら、【使い魔】にさせることは難しくない。

 契約に必要なのは『互いの了承』のみ。通常のモンスターなら、ほぼ逃走か闘争しかないが、知能を持たされた奴らには『服従』の選択肢が生まれる。使い魔の強制は、可能なはずだ。何より猿兵たちは、【使い魔】を知らない。ソレが意味する重大さを理解していない。

 さらに致命的なのは、自分たちこそ『人間』だと思っている。決して『モンスター』ではないと。……ソレは、目の前のオレ達のことだと。

 

 不平等な選択。強いることに若干良心が痛むも、オレ自身の選択。彼らよりもプレイヤーを、仲間を助けると……。

 生き残った猿兵たちは皆、【使い魔】になることを選んだ。

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆ 

 

 

 

「―――それって……俺たちの中に裏切り者がいる、てことだよな?」

 

 

 事後処理を終え、直接な脅威が消えると、降りかかった出来事を省みる余裕ができた。

 予想していた/あえて無視させてきた恐れ……。誰もが抱えていた恐れでもある。

 だから当然、皆の注目が集まってきた。オレに答えを求めている。

 だが……オレが答えられるのは、

 

「……かもしれないな。

 で、これからのことだが、まず部隊の編成については―――」

「て、おいッ!? 無視するつもりかよ!」

 

 無視したら、食い下がってきた。

 あらためて周りを見渡すと、やはり同調していた。

 大きく、ため息をこぼした。

 どうしても、避けられないらしいな……。詰問してきた男に、向き直った。

 

「……それで、どうしたいんだ? 

 まさか、()()()()()()なんて下らないこと、するつもりじゃ……ないよな?」

 

 ギクり―――。言い当ててしまったのだろう、オレを問い詰めてきた男が顔をこわばらせた。周囲の幾人かにも、同じような反応。

 またため息をついた。……当然だと思っていたことを改めて説明するのは、辛い。

 気を引き締め直すと、厳しく言い返した。

 

「―――オレ達は、友達じゃない。このゲームも遊びじゃない。

 自分の腕っ節と度胸と、何よりも幸運に恵まれてここまで生き延びれた。()()()()()()()()()()()()()()()、その決意と行動の対価としてだ」

 

 攻略組としての心構え。最前線で戦うプレイヤーには、最低限にして最も必要不可欠な、当たり前のモノだ。

 だから本当は、こんな説教など言いたくない。常識をあらためて口にするなど、恥ずかしいいし何より、相手を猿扱いしているようなものだ。……すぐそばに猿がいるとなれば、なおさらだ。

 でも今……ソレが必要だ。身に受けた手痛くも見えざる衝撃は、オレたちの芯の部分にまで響いていた。ソレを鎮める必要がある。

 

「『この中に裏切り者がいるかも?』 ……そもそも、その考え方が間違ってる」

「……どういうことだよ?」

「簡単なことだ。

 裏切り者などいない、オレ達は全員()()だから。()()()()()()()()()()()()()()ような奴が、こんな最前線にいるはずがないからだ」

 

 もちろん、その中にはお前も含まれているぞ……。視線とともに投げかけた指摘に、詰問してきた男はぐっと、黙らされた。

 なので続けて、止めの言葉を放った。

 

「だから、今後の発言には気をつけたほういいぞ。そんなことを臆面もなく言ってしまう()()()()が、『裏切り者』だと疑われてしまうからな」

「……ッ!?」

 

 男の顔に、怒りと焦りが浮かんだ。

 論破されたことと、オレの忠告への危機感。プライドのせめぎ合いでギリギリ、視線キツく眉間のしわが寄るのみ。……オレにわかるのは、ソレだけだ。

 

(もしもここに、【蜻蛉】がいてくれたのなら……)

 

 そう考えずにはおられない。

 蜻蛉の超嗅覚___。

 この脅しだけで、残っているかもしれない裏切り者を炙りだす/嗅ぎ分けることができた、かもしれなかった。……いないのが悔やまれる。

 

(……まぁ、過ぎたことは仕方がない)

 

 これからのことに、集中しなければならない……。まだ罠の渦中、そしてこれからもっと、突っ込んでいくのだから。

 危険だからこそ、懐深く入り込む。拉致された仲間を無事に救い出すためには、相手が仕掛けた『ゲーム』に乗ってやらねばならない。

 

「さて、この話はコレで終わりだよな?

 これからのことについて、詰めていこうか―――」

「―――いいえ、まだです!」

 

 切り替えを遮ってきたのは……予想外の相手。エイジだった。

 驚きに目を見張るも、すぐに睨み返した。

 

 何が問題だ? ―――。

 無言で尋ねると、その威圧を弾き返すように答えた。

 

「アナタと俺達は、決定的に違う。

 アナタの言い分は全て、ソロプレイヤーの……いや、()()()()としてのものだ!」

 

 第二の驚き。品行方正そうなエイジの口から、その単語がでてくるとは……。

 黙って聞いていると、続けて言った。

 

「俺達は、アナタほどには……強くない。強くないから手を取り合った、徒党を組むことにした」

 

 オレから顔を逸らしそうになるのを、堪えながらの答え。

 その伝わってくる苦しさに、また驚かされた。ソレを知っていながらも、共感する側にいない/対立までしている自分の立ち位置に……。オレ自身の、芯にある何かが、揺さぶられた。

 言い知れぬ不安に、我知らず戸惑わされていると、

 

「俺達がアスナさんを、副団長を助けようと危険を犯しているのは、()()()()()()()()を守るためです、彼女が必要不可欠だからです。

 けれど―――アナタは違う」

 

 アナタにとって、彼女は必要じゃない―――。エイジの糾弾じみた断言に、オレは……押し黙らせれてしまった。

 そんなことはない……。その一言が、口から出てこなかった。

 できたのは、ただ一つ、その不安を『ビーター』の仮面で覆い隠すだけ……。

 

「アナタは独りでも戦える、生き残れるし生き残ってきた。誰も必要とはしていない……。だから、俺はこう疑っています―――

 ()()()()()()()()()()()()()、のではないかと?」

 

 オレの嘘を裁くように、判決を下してきた。

 

 その言葉に周囲も、目を見張りながらも、同調した。そしてオレに、疑いの眼差しを向けてくる。

 思い返せば、どうして奴はこんなにも―――。察せられる次の詰問、オレがビーターであれる所以への追求。かつてはβテストで乗り切ったが、折り返し以上にも階を進めた今回は、もっと現実的かつ最悪な方法が、自然と浮かんでくる。

 オレが、()()()()()()()なのでは、ないかと……。

 

 反論はできる。冗談にしては笑えないとも、思う。腹を立ててしかるべき邪推だ。その疑いは今すぐ/【決闘】してでも、払拭すべきだ。

 しかし―――やらない。

 そもそも、できないだろう。エイジ以外の者たちが求めているのは、『裏切り者』のレッテルを引き受けてくれる生贄だから。そして、ビーターたるオレの役目は、ソレを飲み込んでこそ果たされる。

 だから今、やるべきことは……一つだけ。

 

「―――そいつをこの場で口に出した、てことはだ。()()がこれからのお前()の方針、てことでいいんだな?」

 

 エイジの顔から、白く、血の気がひいた。……オレの返事を、理解してくれたのだろう。

 彼の察しの良さに、少しだけ、救われた。

 

 エイジの理解は、他の数名にも伝播したのだろう。何人かの顔色に、やましさからの揺れ/目の泳ぎが見えた。

 ある程度に伝わったのなら、オレから言うべきことは、もう無い。

 

「……わかった。

 それじゃ、オレは先に行かせてもらう。……後からノコノコついてくるといい」

 

 捨て台詞のように付け加えると、くるり……背を向けた。彼らとの縁を断ち切るように、これから独りで、この先を突き進むために。

 その決意とともに、【使い魔】にした猿兵を先導させ、立ち去ろうとすると―――

 

「キリトさんッ!! ……独りじゃ、死にますよ」

 

 エイジの言葉に引き止められた。

 立ち止まり、少しだけ自問。……確かに、そうかもしれない。この選択は間違っているかもしれない、ただ意固地になっているだけ。いや、おそらくそうだろう。

 だけど……もう止まれない。

 

 顔だけ振り返ると―――ニヤリ、不敵に告げた。

 

 

 

「そいつはお前だけだ、オレには当てはまらない。『ビーター』のオレにはな」

 

 

 

 そう、捨て台詞を置き去りにすると、もはや振り返らず。

 救出隊の皆の下から、立ち去っていった―――……。

 

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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