偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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『鬼リト』、降臨!


66階層/ウルムチ 開幕の鬼火

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 ―――どうして、こうなった?

 

 自問せざるを得ない。

 ……が、答えはすぐに沸いてきた。

 

 ―――奴らを滅ぼすと決めた時、こうなるのはわかっていたことだ。

 

 全ては自業自得、己の力量不足。そこに帰ってくる。

 でも……だからと言って、だ。愚痴はこぼれる。

 

 ―――オレに『万能』を、求め過ぎてはいないか?

 

 オレはどこにでもいる、プレイヤーの一人でしかない。特別な力もチートもあるわけではない、ログインの始まりから平等だ。……そう見せかけてるだけ、みなを騙しているだけだ。

 ただ、その嘘はもう、暴かれている。

 もはや誰も、オレが『ビーター』だと信じている者はいない、少なくとも攻略組の中では。―――知らぬフリをしているだけだ。

 これから降りかかってくるかもしれない、崩壊の危機。ゲームクリアは絶望的だと痛感し、現実に戻ることを諦める怠惰。ソレを退けるためのセーフティネットとして、オレは『ビーター』の役柄を背負っている/背負わされている。その共犯関係を成立させるために、まだ信じている者達を信じ抜かせるために、『ビーター』に相応しき力が与えられている。

 だからもう、オレの意志は関係ない。かつてそう志した想いが、今とおそらくこれからも矯正してくる、オレ自身だけでなくその志を信じた者達によっても。オレは万能で常に正しく、『ビーター』でなければならない。

 

 だから今、この目の前の事実/()()()()()()N()P()C()()()()()()()()非現実感も、受け入れなければならない。【ウルムチ】の転移門へとワープした直後に、あらかじめ仕掛けていたであろう()()()()()で焼き殺されんとしているのも、当たり前のものと余裕の笑を浮かべなければならない。……戸惑って誰かに助けを求めるのは、ビーターの役目ではないから。

 だからオレは、この逆境を/ゼロの瞬間を突き破らなければならない。オレだけでなく、救出隊のみなも共に、マイナスではなくプラスへと転じさせるために―――

 我が身が燃えるまま、一目散に炎の壁を突き破り、包囲していた敵NPCの一人に突撃を/【ヴォーパルストライク】を叩き込んだ。

 

 

 

 炎で塞がれた視界では、細かなことは見えない。誰にどうヒットしたのかは/そもそもヒットしたのかすら、運任せだ。……ほぼ反射的に、突撃しただけなのだから。

 でも、ソレが功をなしたのだろう。

 まさかいきなり、反撃してくるなど思ってもみなかった。突然の火攻めに慌てるはず、その混乱に乗じて攻め滅ぼすなり捕縛なりするつもりだった。……その一拍が、なかった。

 見えないながらもわかった、愛剣から伝わって来る感触からも。突き飛ばされていった敵兵の姿が、その光景に驚愕し呆然としている敵兵たちも。

 

 ―――ありえない……。

 

 彼らの心の悲鳴が、聞こえてきた。

 

 生じた間隙、起死回生のチャンス。……救出隊の皆はまだ、突然の火攻めに混乱させられているまま。炎の壁も勢いを増してくる。

 さきほどの突撃から感じた、奇妙だがよく知っている違和感。ソレに舌打ちする間も放下して、全身全霊を研ぎ澄ませた。

 

(司令官はどこだ―――)

 

 まだ燃やされている視界は、当てにできない。さきほどの反撃で起こったどよめきを頼りに、探っていると、

 

「―――う、狼狽えるな!? 

 我らには《神の盾》があるぞ! 例え悪魔(ガラン)であろうと、破れはせぬ―――」

 

 ―――見つけた!

 どよめきを押しのけ鼓舞してくる、一際大きな掛け声。

 その声を端緒に、導き出した。全開にしていた【索敵】と【鑑定】が、位置のみならずその姿すら割り出してくれた。……奴が司令官だ。

 知ると同時に、跳んだ。踏み込む。

 奴の元まで駆け抜ける―――

 

 戸惑い乱れている隊列の隙間を、縫うように走った。

 遅れて腰を抜かすか、叫んだり武器を構えるのを横目に、走り抜け―――たどり着いた。目の前には、先に見えた標的、司令官だろう毛もくじゃらの大男。

 

 相対した直後、大男は目を見開いた。突然現れたオレの姿に、驚いているのだろう。

 同時に、腰に刷いていた武器を抜いた。豪華な飾りつけがされている両手剣のような武器を、片手で鞘から抜こうとした。

 良い反射神経だ。さすが、雑兵とは違う反応をする。

 しかし―――遅い。

 

 完全に抜刀される寸前/すでに、オレは彼の脇から背後へとすり抜けていた。

 死角でもあったので、大男はオレを見失う。視界からいきなり消えたように見えたことだろう、オレがいた正面に顔を向け続けているのがその証拠だ。

 背後へと滑り込むと、オレの倍はあるであろう背中を蛇のように駆け上った。そこでようやく、大男はオレが背後にいたことに気づき、振り返ろうとする。―――その回った首を、片手で固めた。

 同時に目隠しもすると、もう片手に握っていた愛剣を逆手に持ち直した。そして振り上げ、鋒をガラ空きにした首筋へ向けると、そのまま―――突き刺した。

 

 しかし―――ガキンッ!

 首を貫こうとした鋒は、寸前、()()()()()()に遮られた。

 

(チッ! ……やっぱりか)

 

 先の違和感の正体は、コレだったのか……。この頃の予感は、必ず悪い方があたる。

 すぐさま切り替える。まだ大男は混乱の最中、先制奇襲の効果は続いている。

 

 首を捻って、捩じ切るか? 

 できるかもしれないが、時間がかかる。それに、かなり太くて頑丈そうだ、人のソレとは思えないほどに。オレの筋力値では難しいかも知れない。……暗殺はもう、選択肢に入っていない。

 

(だったら―――)

 

 目隠しから大男の襟元を掴むと、そこを支点に/大男の背中から―――前転した。足を伸ばしての、宙に大きな弧を描くようにして。

 大男は、体幹を崩されよろめいた、前倒れしそうになる……。その手前、地面に着地すると、倒れこむ大男を背負い込む形へ。

 地面から足が浮く、重量あるだろう体が一時、無重力状態になった。そのタイミングでおもいきり―――投げた。

 

「おぉ……りゃぁぁァァ―――ッ!!」

 

 【体術】対人格闘技《回天投げ》―――。

 吼えた気合と同時に大男を、宙に投げ飛ばす。

 向かう先は……火攻めの罠だ。オレ達を焼き殺すため、自ら仕掛けた罠の中。

 大男を炎の中へ。そして、救出隊が待っているであろう敵陣内へと―――投げ飛ばした。

 

 墜落した、地鳴りが響き渡る。

 敵陣内に一人残されたオレ。技の発動直後で硬直もさせられている、非常に危険な状況だ……。しかし、周りの敵兵たちは襲いかからず。自分たちの司令官の有様に目を奪われていた。

 その直後、野太い悲鳴が響き渡った。

 大男が、炎に焼かれ踊らされているのが目に映る。苦しみ悶え、それでも逃れられない炎熱地獄。―――それを端に、敵兵から恐慌が噴出した。

 

 理想的な展開だ。窮地は好機になった。

 だけど……まだ足りない。あともうひと押しだ。

 

 硬直が解けるとすぐさま、大きく息を吸った。体を弓反らせるほど、限界まで空気を詰め込む。

 そして、臨界のさらにもう一息まで吸い込むと……一止。所定の初動モーションを取った。そして、システムアシストを/ソードスキルの発動を感じると―――吼えた。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

 

 

 オレの口から、猛獣の雄叫びが放たれた。

 

 【体術】範囲特殊攻撃技《鬼士戦吼》―――。

 周囲の敵のヘイトを一気に集める技。こちらを警戒していない状態だと《混乱》の追加効果もあり、敵の隊列を乱すことができる。自分より低レベルだったり耐性が低い場合は、《怖気》に陥らせることも。戦意を喪失させ、逃走を促すこともできる。

 放たれた直後、こちらの意図通り、敵兵たちは一様に《怖気》に陥っていた。ヘナヘナとその場に座り込んでしまう、武器を落としてしまうものまでも。……司令官を失った直後でもあり、戦意までも喪失していた。

 

 通常なら、これ以上の攻撃/こちらから攻めることはしない。ソロであってもチーム戦であっても、さして変わらないだろう。

 《鬼士戦吼》は、強がりでしかない。

 手札が弱いからこそ大きく見せる詐術だ。敵が縮み上がってくれたのなら、さっさと逃げるに限る。撤退戦にこそ有効な技だ。

 だけど……今は少々、違う。逃げるわけにはいかない。ここまで準備万端に待ち構えていた敵が、見逃してくれるとも思えない。これからの先も見据えないといけない。―――追手は必ずくる。

 

 

 

 ―――禍根はここで、断ち切らないといけない。

 

 

 

 湧き出てきた考えに/今にも果たそうと力がこもる手足に、憂鬱になる。我が事ながら怯える。

 

(……いつからオレは、そんなことができるようになったんだ?)

 

 ……わからない。いつも考えているのに、答えは出ない。

 ただ、わからないはずなのに……衝動だけはある。そうしなければならない、それこそが『オレ』だと、脳みその深淵に潜んでいる虫が、駆り立ててくるかのよう。

 だから、だろうか……。迷いとは裏腹、愛剣を握り締めた手は/腕は/全身は、()()()()()をとっていた―――

 

 近くでヘタリこんでいた敵兵のもとへ行くと―――むんず、襟首をつかみ上げた。

 外見からの想定でしかなかったが、オレの片手でも持ち上げられてしまうほどには軽かった、あの大男/司令官だけは別格だったのだろう。

 急に近づき、しかも片手で持ち上げてみせた腕力に/締まる首に、敵兵は怯えた。逃れようとパタパタ手足を動かし、暴れる。意味がわからない言葉の悲鳴を出した。……その声はなぜか、猿の鳴き声に聞こえた。

 先までとは違い、ひどく冷えて/落ち着いている頭。改めて観察してみると……人ではなく猿に似た姿の何かだと、ようやく見えた。

 似たモンスターを見たことがあったが、思い出せない。ただこんな、人間らしい服やら武装を身につけてはなかったはず。……あとでしっかりと、検証しなければならないだろう。

 

 掴み上げた敵兵をそのまま、無造作に振り回し、かぶると―――投げた。

 力任せの投擲。彼らの司令官と同じ、燃え盛る炎の中へと……。

 悲鳴の尾を引きながら、敵兵は、炎の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――事が全て収まったのは、始まりから数分も経たないほどだった。

 

 

 

 

 

「―――き、キリトさん!? 何を……してるんですか?」

 

 オレの手を止めたのは、救出隊の誰かの声だった。……誰だったかは、しばらくしてから思い出せた。

 転移門に仕掛けられた火攻めの罠から焼け出され、体についた炎を転がりながら消火した後。先に飛び出していたオレの姿を見かけ、声を掛けようと……絶句していた。

 オレ達を罠に嵌めようとした猿兵たちを、炎の中に/自分たちが仕掛けた罠の中へと投げ入れている姿に。泣き喚き懇願されている傍ら、ただ無機質に無慈悲に、掴み持ち上げ炎にくべていく姿に……。

 

 手を止め声の主を確認し、また周囲も見渡した。……ほかにも、罠から脱出した仲間がいたのが見えた。

 とりあえず、危機は去ったか……。ほっと一息、張り詰めていたモノを緩めた。ついでに、今にも投げようとしていた猿兵も下ろした。

 

「……悪いエイジ。こいつらの司令官は、あの火の中だ。たぶんもう……焼け死んでるだろう」

 

 オレ達とは違って、あの炎に耐え切るだけのHPと耐火性能を持っているとは、思えない。ここ【ウルムチ】のあるフロアは、攻略組のオレ達が【下層病】を患い始める中堅層でしかない。

 まだ炎は燃え盛り、中にはまだ救出隊の面々が残っているはずだ。その彼らのHPは、半減域にまでになっている者もいるも、全員まだ生存している。……この猿兵たちの基本能力値は、そこまで弱く、装備も貧弱だ。

 

 簡単ながらの説明にエイジは、納得してくれるかとおもったが……さらに声をなくしていた。信じられないモノを見たかのように、見つめてもくる。

 首を傾げるも……心当たりはない。たぶん何かに驚いているのかもしれないが、ソレがわからない。まだ頭が、状況についてきていないだけかもしれない。

 わからないものは、気にしても仕方がない……。いつものスタンス/棚上げ。ここはまだ非戦闘区域/安全地帯じゃない、考えるよりも決断だ。

 

「こいつらを全員拘束する、知ってることは洗いざらい吐いてもらおう。……少しでも逃げようとしたら、あの火の中に投げ入れてやればいい」

 

 だから、ちょうどこの辺りでまとめて、拘束しよう……。淡々とそう提案/はんば命令気味に言うと、エイジは眉をしかめた。

 

「……まだ、全員の無事を確認してませんよ?」

「そうだな。同時並行でやろう。

 アイツとアイツ、それに……アイツもだ。こいつらの拘束に手を貸してもらう。他は、まだ残っている奴らの救助に当たってくれ」

 

 救助の方は、お前が指揮してくれ……。人手が増えたことで、やれることも増えた。代わりに、やらなきゃならないことは減ってくれた。

 さらなる指示に、エイジはまだ不満を残すも……瞑目、呑み込みやるべきことに切り替えた。脱出できた仲間へ指示を伝えようとする。

 

 その振り返った背に、ふと、違和感が浮かんできた。

 おかしい、何かが足りない。今ここにいるべき何かが、欠けている。居てもいいはずの何かが、()()()―――

 沸き上がってくる不安から、さらに連想。そしてすぐに、確かめた。

 メニューを展開し確認する。先は無事だと思っていたが、もしかしたら―――

 

「―――エイジ! 気をつけろよ」

「? ……何をです?

 あのぐらいの炎なら、耐火処置も必要ないですよ、心構えさえあれば。こちらが手を出さずともみな、すぐに抜け出してくれるは―――」

「人数が()()()()()()()。死んだわけは無いのにだ」

 

 オレ自身の驚愕は押し殺し、示唆を伝えた。

 メニュー画面に映っている、パーティー登録されている救出隊の名前とHP。誰一人欠けていなければ、HPも0になっているわけでもない。ただ、そのHPの減少具合が違っていた。―――一部の者のHPは、()()()()()()()()()()

 比較的少なめの焼かれ具合だったオレよりも、残っている。まるでオレ達とは違い、()()()()()()()()()かのように。あるいは、炎の中ですぐに転移して、別の場所へワープしたのかもしれない。……その中には、オレが最も頼りにしていた男/忍者、【蜻蛉】もいる。

 

 言われて、目を丸くするも……すぐに理解してくれた。

 自分たちが陥っている危機的状況に、青ざめる。声を失う。

 

「平静でいてくれ。余計なことは考えずに、ただ、今いる仲間の無事だけに集中してくれ。……できるよな?」

 

 念を押して確認した、言外の意味を。……自分のことだけでなく、気づいた部下たちの不安も同時に飲み込め、と。

 ココはまだ、敵地の中だ。司令官は倒し、兵たちの戦意もくじいたが、それでもまだ征服しきってはいない。いつまた、反逆されるかわからない。コチラが不安になり怯えれば、猿たちにも伝わる、ソレを隙だとみるはず。

 理解してくれたのかどうか、返事のかわりにゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。

 

「心配するな、まだ最悪には程遠い。

 してやられちまったが、そんなことはハナから織り込み済みだ。どうということは無い、オレ達にはいつものことさ。それに、何よりだ……お前がいる」

 

 オレ一人だけだったら、最悪だったよ……。落ち着かせついでに、弱音混じりの苦笑をこぼした。こんなことはビビる悲惨でもない、笑ってやり過ごすが吉のドッキリでしかない、と。……パーティーレベルはほぼビギナーのオレ、これ以上の上手い言い回しは、思いつけない。

 その努力はいちおう……叶ったのだろう。

 エイジの顔から、不安の色が薄れていった……ように見えた。

 

「それじゃエイジ、そっちは任せたぞ」

「はい!」

 

 心なしか、色良くなった返事とともに、救出へと向かっていた。―――

 

 

 

 そんなエイジの背中を見送ると、オレはようやく……ため息をこぼせた。

 

 そして次には、抑え続けていた怒りが、全身を沸かしてきた。

 先までの機械的な衝動とは違う、頭で抑える必要のない怒り―――

 

(ジョニー。お前の三文芝居など、すぐに食いつぶしてやる!)

 

 沸き立つ怒りを言葉にすると、心も定まった。……ずっとそうだったことが、さらに強固になった。 

 

 目的は定まった。だから今は、やるべきことに集中するのみ―――。 

 エイジに指示された救出隊の面々が、オレの元に集ってきた。

 

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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