偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/ウルムチ 境界線の生贄

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 ―――ボトリ……。

 

 突如、地面に落ちた右腕が、私の正気をギリギリで保たせてくれた。

 レッド達が押しつけてくる狂熱に、水が差された。

 その首魁にして元凶の狂人は、ただ、己のちぎれた肩・落ちた腕を見下ろし―――ニンマリと、哂った。

 

 不気味な含み笑いが、響き渡る。

 

 まるで気がふれたかのような振る舞い。同じ狂人であるはずの部下たちですら理解不能な/共感が及ばない、男の行動。

 どうすればいいのか、判断に迷った部下たちがオロオロ、手を止めていると―――

 

「―――あれ、何で止めちゃってるの? チャッチャとやっちゃいなよ♪」

「え……あ、はい。そうっスが……」

 

 何事でもないと、普段通り過ぎる男にチラリと、問題へと視線を向けると……ようやく気づけさせれた。

 しかし―――

 

()()()()()()()()()()()()()()、なんてことには、ならないんだよ♪ 

 僕らが今やるべきことは変わらない、この『ゲスト達』の結末も変わらない。僕らの計画は、順調そのものさ♪ ただ―――」

 

 少しだけ、面白くなっただけ……。強気でもハッタリでもない、ありのままの事実の一つとして。聞かれた部下達だけでなく、囚われた私たちに向けても。

 そう言い切った男はまた、その『何か』を思い出してか哂う。

 

 男の哂いに、今度は部下たちも追笑した。……自分たちのリーダーのイカレ具合に、安堵したのだろう。

 

「それじゃぁ、改めて。

 イッツ・ショウ・ターイム! と行きましょうか―――」

 

 手を止めていた部下が、器用にクルクル、メスを指先で回すと、『作業』を再開しようと捕虜の一人に/頭に、手を伸ばした―――

 その寸前、

 

「やめて! もうやめてぇッ!」

 

 お願い―――。今まで耐えに耐えてきた悲鳴が、溢れ出た。……懇願していた。

 もう耐えられない、見るに耐えない……。もう限界だった。

 例え『ソレ』が、命に別条はないとしても、今後に甚大な後遺症など残らないとしても、痛みなどほとんどないとしても、この借り物の体はすぐに元通りにしてくれるとしても……壊れてしまうものがある。

 自分達が、()()()()()()()()()だと、突きつけられて/突き放されてしまうから。

 それは、取り返しのつかない一線でもあった。例えゲームクリアしても、現実世界に帰れなくなってしまうような、致命的な背徳。……後で振り返ってみれば、ソレが理由だったのだろう。

 

 泣きながらの懇願。頬には、絶対に人前では出さないと誓っていた涙が一筋、『閃光』にあるまじき情けなさ……。しかし、ソレが功をなしてくれたのだろう。

 奴らが欲しがっていたモノの一つ/私のプライドがズタズタになること。だからか/面白い見世物が、ギリギリで作業を中断させた、ニヤニヤとした嘲笑いとともに。―――私とともに囚われたKobのメンバーへの、解体手術が。

 四肢を切断した次、頭蓋を開頭しようとあてがわれていたノコギリを。

 

 狂気の手術/拷問が執行されている同僚からは、一時的にでも止まった安堵か私の軟弱さへの叱責か……。目隠しと猿轡がされているので、分からない。……分かりたくもない。

 私にはそれだけで十分過ぎた。遅すぎるぐらいだった……。

 感情の堤防は、一度決壊すると止まらない。

 

「こんなの、こんな所業は……人間のすることじゃないッ!」

 

 

 

「―――だから、()()()()人間であるかどうか、調べてるんじゃないかね?」

 

 

 

 狂人たちの傍らに控えていた/監督していたかのような、初老の男性。

 しかし、影から進み出てきたその姿は―――着飾った猿。豪華そうな外套と軍服らしき衣服で身を引き締めた大猿。

 ソレはまさに、()()()()の異様。無理のない直立体勢・二足歩行だけは人間らしい、黒々とした猿人/ゴリラだった。

 

「君たちのような【無毛種(ケムト)】が、言葉や道具まで扱えるのは、実に興味深い。世紀の大発見だよ! どのような環境が・教育が、それを可能とさせたのか……是非とも知りたい。

 だが、恐れ多くも―――『人間(ヒムト)』を主張するともなれば、話は違う」

 

 亜人種特有の高い身体能力が乗った重低音と、厳父のような重々しさを込めて凄んできた。……着ている衣装がなければ、獰猛な亜人以外の何者にも見えない。

 彼もソレを心得ていたのだろう。出した凄味はすぐにしまった。

 

「私は、学究の徒でもあるが、敬虔な信徒でもあるとは自負している。君らのような、()()()()()()()()()()()()()を見過ごすことは……できん!」

 

 叩きつけるような宣言、意志の強さに気圧される。だけど……自分を鼓舞しているようにも、聞こえた。

 この異常すぎる拷問風景/壊されようとしている同僚達を前にしては、彼の大義は泣き言にしか聞こえない。もはや共犯者としか見えない。

 その怒りのまま、ゴリラに罵倒を浴びせようとする手前、狂人たちを束ねていた男/ジョニー・ブラックが、口を挟んできた。

 

「ご安心ください、【アルフレッド総督】閣下♪ あなた様は正しい。

 この頭蓋を開き中をご覧になられたら、たちまち、ご納得されることでしょう。彼らがヒムトではありえないということが。それ以前に、ケムトですらないということが!」

 

 外見だけは似ている、全くの別物/おぞましい悪魔だと……。悪魔の囁きのように、ゴリラに吹き込んでいく。

 ジョニーの演説に唖然としてしまっていると、

 

「そしてこれから、この聖都【ウルムチ】に、このような者たちが大量に押し寄せてくるでしょう、もう幾泊もしないうちに……」

 

 ご決断を―――。『戦い』に備えるための。

 

 それを聞かされうぬぬと、厳しい表情を浮かべるゴリラ。自分だけでなく、大多数の命運を決断しなければならない者の顔だ。

 それを見て、ようやく理解した。そして戦慄させられる。

 コレが、ジョニーの策略か―――。ここのNPC達を、私たちの争いに巻き込む。

 圧倒していたはずの彼我の戦力差は、コレで逆転することになる。……この情報を知らずに挑めば、返り討ちに遭ってしまうことだろう。

 しかし……肝心のゴリラはまだ、迷っている。戦争を渋っている様子。

 そんな彼にジョニーは、さらに、優しげながら決断を即してきた。

 

「……やめるなら、今しかありませんよ閣下。

 コレを見て、知ってしまえば貴方はもう、戻れない」

 

 戦う以外の選択肢は無い、初めから……。悪魔のような微笑、運命を握っている者の残酷さを滲み出していた。

 突きつけられた選択にゴリラは、まるで見えない巨人に押しつぶされているかのように、後ずさりしそうになっていた。……ギリギリで押し止めようと、歯を食いしばって睨み返す。

 そんな彼の逡巡を嘲笑うように、煽り続けた。

 

「そのままただ、彼らを受け入れればいいだけですよ♪ この聖都の主として、不思議な客人達をもてなすだけ、()()()()()()()()()()()()

 彼らがどれだけ、《聖書》の記述に反した危険な存在であろうとも、先君たちが代々伝えてきた警句を無視すればいいだけです。その報いとしてやがて、ケムトたちに支配されていた古代に戻るとしても、()()()()へと戻るとしても―――」

「そんなことはッ! 

 …………それだけは、あってはならんことだ」

 

 激昂を押しとどめて、絞り出した言葉。すると、その目からもスっと、堪えていた迷いも薄れていく。

 ジョニーはそれを見抜くと、最後のダメ押しをした。

 

「閣下をご納得させられる証拠が、確かにこの中にございます。この者たちが、如何に異形なる存在かが♪」

 

 どうか、勇気をお奮いくださいませ……。そう言うと、深々と頭を下げてもみせた。部下たちもジョニーに倣う。

 ゴリラから、最後の歯止めが消えていった。

 

 馬鹿げだ芝居。現実とは思えない/思いたくない、大切な何かが抜け落ちてしまった異空間。そんなものに私の懇願は、飲み込まれてしまった……。

 繋がなければならない言葉/制止は出ず。ただ焦燥だけが口からこぼれる。

 止まっていた拷問者の手が、おぞましい行為を再開する。それをただ、黙って見送るしか……なかった。

 

 

 

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が、私を切り刻んでいった。

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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