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―――ボトリ……。
突如、地面に落ちた右腕が、私の正気をギリギリで保たせてくれた。
レッド達が押しつけてくる狂熱に、水が差された。
その首魁にして元凶の狂人は、ただ、己のちぎれた肩・落ちた腕を見下ろし―――ニンマリと、哂った。
不気味な含み笑いが、響き渡る。
まるで気がふれたかのような振る舞い。同じ狂人であるはずの部下たちですら理解不能な/共感が及ばない、男の行動。
どうすればいいのか、判断に迷った部下たちがオロオロ、手を止めていると―――
「―――あれ、何で止めちゃってるの? チャッチャとやっちゃいなよ♪」
「え……あ、はい。そうっスが……」
何事でもないと、普段通り過ぎる男にチラリと、問題へと視線を向けると……ようやく気づけさせれた。
しかし―――
「
僕らが今やるべきことは変わらない、この『ゲスト達』の結末も変わらない。僕らの計画は、順調そのものさ♪ ただ―――」
少しだけ、面白くなっただけ……。強気でもハッタリでもない、ありのままの事実の一つとして。聞かれた部下達だけでなく、囚われた私たちに向けても。
そう言い切った男はまた、その『何か』を思い出してか哂う。
男の哂いに、今度は部下たちも追笑した。……自分たちのリーダーのイカレ具合に、安堵したのだろう。
「それじゃぁ、改めて。
イッツ・ショウ・ターイム! と行きましょうか―――」
手を止めていた部下が、器用にクルクル、メスを指先で回すと、『作業』を再開しようと捕虜の一人に/頭に、手を伸ばした―――
その寸前、
「やめて! もうやめてぇッ!」
お願い―――。今まで耐えに耐えてきた悲鳴が、溢れ出た。……懇願していた。
もう耐えられない、見るに耐えない……。もう限界だった。
例え『ソレ』が、命に別条はないとしても、今後に甚大な後遺症など残らないとしても、痛みなどほとんどないとしても、この借り物の体はすぐに元通りにしてくれるとしても……壊れてしまうものがある。
自分達が、
それは、取り返しのつかない一線でもあった。例えゲームクリアしても、現実世界に帰れなくなってしまうような、致命的な背徳。……後で振り返ってみれば、ソレが理由だったのだろう。
泣きながらの懇願。頬には、絶対に人前では出さないと誓っていた涙が一筋、『閃光』にあるまじき情けなさ……。しかし、ソレが功をなしてくれたのだろう。
奴らが欲しがっていたモノの一つ/私のプライドがズタズタになること。だからか/面白い見世物が、ギリギリで作業を中断させた、ニヤニヤとした嘲笑いとともに。―――私とともに囚われたKobのメンバーへの、解体手術が。
四肢を切断した次、頭蓋を開頭しようとあてがわれていたノコギリを。
狂気の手術/拷問が執行されている同僚からは、一時的にでも止まった安堵か私の軟弱さへの叱責か……。目隠しと猿轡がされているので、分からない。……分かりたくもない。
私にはそれだけで十分過ぎた。遅すぎるぐらいだった……。
感情の堤防は、一度決壊すると止まらない。
「こんなの、こんな所業は……人間のすることじゃないッ!」
「―――だから、
狂人たちの傍らに控えていた/監督していたかのような、初老の男性。
しかし、影から進み出てきたその姿は―――着飾った猿。豪華そうな外套と軍服らしき衣服で身を引き締めた大猿。
ソレはまさに、
「君たちのような【
だが、恐れ多くも―――『
亜人種特有の高い身体能力が乗った重低音と、厳父のような重々しさを込めて凄んできた。……着ている衣装がなければ、獰猛な亜人以外の何者にも見えない。
彼もソレを心得ていたのだろう。出した凄味はすぐにしまった。
「私は、学究の徒でもあるが、敬虔な信徒でもあるとは自負している。君らのような、
叩きつけるような宣言、意志の強さに気圧される。だけど……自分を鼓舞しているようにも、聞こえた。
この異常すぎる拷問風景/壊されようとしている同僚達を前にしては、彼の大義は泣き言にしか聞こえない。もはや共犯者としか見えない。
その怒りのまま、ゴリラに罵倒を浴びせようとする手前、狂人たちを束ねていた男/ジョニー・ブラックが、口を挟んできた。
「ご安心ください、【アルフレッド総督】閣下♪ あなた様は正しい。
この頭蓋を開き中をご覧になられたら、たちまち、ご納得されることでしょう。彼らがヒムトではありえないということが。それ以前に、ケムトですらないということが!」
外見だけは似ている、全くの別物/おぞましい悪魔だと……。悪魔の囁きのように、ゴリラに吹き込んでいく。
ジョニーの演説に唖然としてしまっていると、
「そしてこれから、この聖都【ウルムチ】に、このような者たちが大量に押し寄せてくるでしょう、もう幾泊もしないうちに……」
ご決断を―――。『戦い』に備えるための。
それを聞かされうぬぬと、厳しい表情を浮かべるゴリラ。自分だけでなく、大多数の命運を決断しなければならない者の顔だ。
それを見て、ようやく理解した。そして戦慄させられる。
コレが、ジョニーの策略か―――。ここのNPC達を、私たちの争いに巻き込む。
圧倒していたはずの彼我の戦力差は、コレで逆転することになる。……この情報を知らずに挑めば、返り討ちに遭ってしまうことだろう。
しかし……肝心のゴリラはまだ、迷っている。戦争を渋っている様子。
そんな彼にジョニーは、さらに、優しげながら決断を即してきた。
「……やめるなら、今しかありませんよ閣下。
コレを見て、知ってしまえば貴方はもう、戻れない」
戦う以外の選択肢は無い、初めから……。悪魔のような微笑、運命を握っている者の残酷さを滲み出していた。
突きつけられた選択にゴリラは、まるで見えない巨人に押しつぶされているかのように、後ずさりしそうになっていた。……ギリギリで押し止めようと、歯を食いしばって睨み返す。
そんな彼の逡巡を嘲笑うように、煽り続けた。
「そのままただ、彼らを受け入れればいいだけですよ♪ この聖都の主として、不思議な客人達をもてなすだけ、
彼らがどれだけ、《聖書》の記述に反した危険な存在であろうとも、先君たちが代々伝えてきた警句を無視すればいいだけです。その報いとしてやがて、ケムトたちに支配されていた古代に戻るとしても、
「そんなことはッ!
…………それだけは、あってはならんことだ」
激昂を押しとどめて、絞り出した言葉。すると、その目からもスっと、堪えていた迷いも薄れていく。
ジョニーはそれを見抜くと、最後のダメ押しをした。
「閣下をご納得させられる証拠が、確かにこの中にございます。この者たちが、如何に異形なる存在かが♪」
どうか、勇気をお奮いくださいませ……。そう言うと、深々と頭を下げてもみせた。部下たちもジョニーに倣う。
ゴリラから、最後の歯止めが消えていった。
馬鹿げだ芝居。現実とは思えない/思いたくない、大切な何かが抜け落ちてしまった異空間。そんなものに私の懇願は、飲み込まれてしまった……。
繋がなければならない言葉/制止は出ず。ただ焦燥だけが口からこぼれる。
止まっていた拷問者の手が、おぞましい行為を再開する。それをただ、黙って見送るしか……なかった。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴が、私を切り刻んでいった。
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