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急に襲い掛かってきた【ヤン】を捕えると、そのままゾンビ達の街から脱出した、誰一人も欠けることなく―――。
街の外で待機していた救出隊と合流。
中で何が起きたのか説明、街の外ではどうなっていたのかも。情報の共有、内と外の別視点を総合して何が起きたのか考察した。
その結果、敵のイカレ具合を上方修正した。油断はしていなかったが、想像以上だったことを認めざるを得ない。
思い返すだけでも戦慄させられるが、気合いを入れ直す。目を逸らすわけにはいかない、しかと見据えなければならない。……これから先も、こんな罠が仕掛けられているはずだ。
そして話題が、次の目的地についてになった頃合い/ちょうど、死んだはずの男が目を覚ました。
◆ ◆ ◆
「―――ようやくお目覚めか、クソ野郎」
寝起きの男は、最悪の目覚めとばかりにぼんやりとした顔つきながらも、周囲と自分の状態を把握した。
その結論―――ため息、肩をすくめた。
【麻痺】に陥らせながら、両手を後ろにきつく縛り上げている厳重さ。おまけに、首には《傀儡の首枷》をガッチリと嵌めさせてもいる。……これでいつでも/気に入らなければ【気絶】させられる、不快な目覚め付きで。思い通りに体を動かせてもやれる、まるで自分の体ではないかのように。
逃がさないため/捕え続けるために必要な処置。しかし……レッド達と同じだ。理由はどうあれ本質は変わらない。そう思うと、自分に嫌気がさす、コレにしか至れなかった力不足に。
だけど……仕方がない。今できるのはコレだけだ。
自罰感は腹に留め冷徹を装うと、尋問を開始した。
「……いちおう確認するが、お前は【ヤン】じゃないな」
どうかな……。口には出さず、オレを試すかのよう不気味に笑うのみ。
予想はできる。直感は答えを出していたがいちおう、エイジ達に確認させると―――クロ/絶句していた。【ヤン】とは明らかに別人の振る舞いらしい。
「それじゃ、自己紹介してくれないか?」
『ソレ』の返答は……無言の嘲笑。しかし目だけは、こちらの死角/弱みを探るよう、悪意を蠢かせていた。
喋れないのかもしれない。との考えは浮かんできたが、こちらの言葉はちゃんと聞こえている。声では無いがちゃんと応答もして見せている。……ただ、おちょくっているだけだ。こちらの微かな不安を大きく膨らまそうとしている。
なので、無言を貫こうとするソレに、今度はこちらが試すように告げた。
「……そうかい。
それじゃ、勝手に呼ばせてもらうよ―――【ジョニー】」
その名前に、救出隊の面々の方が驚きをあらわにした。
『ソレ』自身は、無言を貫くのみだったが……無表情ではいられなかった。かすかに眉が動いたのが見えた、動揺させられた険しさがあわれてしまっていた。……ビンゴだ。
沈黙こそ答えだとばかりに、続けて煽り文句をぶつけた。
「このあと、どういった三文芝居を用意してくれていたかは、知らない。が、ここで終わりみたいだな。お粗末なクソ脚本のせいでな。
残念無念、はいサヨウナラ―――」
『おいおい、そんなわけないでしょうが』
……やっと口を開きやがった。
ただ、声が奇妙だ。ジョニーの声に似ているも、少々こもって聞こえる、まるで電話越しに話しているかのよう。加えて、口の動きと声音が微妙にズレてる。口の形が決まってから声が出るのが通常、しかし、声に口が追随しているかのようだった。……上手く誤魔化しているのか、ただの錯覚か。
視線でエイジ達に確認を求めると……正しかった。【ヤン】の声ではない。
『……ちょっと調子乗りすぎでしょ、ビーター様。
ゲームはまだまだ始まったばかりだよん♪ ―――。ジョニーからの煽り文句/正真正銘の奴だ。くわえて死者への冒涜、救出隊/Kobの面々が怒気をあらわにした。
気持ちはわかるが、爆発されると面倒なことになる。そのための交渉役だ。なのですぐ、轡をたぐった。
「喋れるのならさっさと喋れ。前にも言ったはずだったよな? お前の遊びはウンザリするだけだって」
『仕方ないでしょ、君とボクだけじゃないんだから。他の皆さんにもちゃぁんと伝わるように、手順を踏まないとね♪』
そう言うと、お茶目……だと思われる表情を向けてきた、イタズラは冗談だったと甘えてくる子供のように。
Kobの面々はさらに怒りたけるも……堪えてくれた。
十二分に身勝手に振舞うと、今度は司会者にように/道化師のように、大げさに賞賛/宣言してきた。
『おめでとうございます、救出隊の皆さん♪ あの第一の関門を、
思わせぶりな不穏なセリフ、拘束されてなかったら大げさにジェスチャーも加えたであろうほど。
ハッタリか悪ふざけか、それとも……。何かあるのだろう。
わからないが、ジョニーの一手だ。乗ってはいけない/乗ってやるものか、一緒に破滅してやれるほどオレの懐はデカくない。……本当にコイツには、ウンザリさせられる。
「……それで、『第二の関門』とやらはどこにあるんだ?」
『焦らない焦らない♪ ボクが答えを言っちゃったら、つまらなくなるでしょ?』
「ヒントぐらいでも……とでも期待してるのか?
あいかわらず往生際が悪いな。お前が
気絶していた間、【ヤン】の体からすでに情報は抜き出していた。死んだ直前と直後のできごと。あたりは付けている。……死体は多くを語ってくれる。
これは尋問ですらない。ただの確認、よしんば追加情報を漏らすのではないかとの余剰。もしくは百億万に一つ、奴が抱くかもしれない罪悪感と改心だ。手間の悪さはセンスの悪さ/ダサいは格下の証明、共犯者たちから見下されないためには話すしかない。……主導権はこちらがずっと握っていた。
何より、拉致の主犯もジョニーだと判明した今、アスナたちの救出はオレ達だけの仕事ではなくなった。攻略組全体の事業になった。もうがむしゃらに突っ走る必要はない。オレ達はここで止まって、後続を待つだけでいい/報告するだけでクエスト達成だ。
ジョニーもソレを察したらしく、少し眉をひそめるも……まぁいいか♪ 『コレ』を捕まえたボーナスもあるし。
『コレのお腹の中に、《フラッグ》が入ってるんだ。その先に行けばわかるよ』
瞬間、軽口も返せなかった、顔をしかめる。
やられた、そう来たかのかよ……。すみずみまで調べたつもりだったが、甘かった。腹の中までは調べていない。本来の/ただのプレイヤー相手ならありえない隠し場所、盲点だった。
「…………吐き出せ」
『無理だよん♪ 生きてたのなら、お腹殴って無理やりひねり出せるけど、死んでるんじゃ、帝王切開するしかないね』
もちろん、そんなことすれば壊れるけど……。ニヤリ、口の端を歪めた、死体だとは到底思えないほどの憎たらしさ。攻略組にとって、死体は生者よりも繊細だ。
死体操作―――。腕の傷口からも想像はできたけど/時間経過でも治る気配すらなかった、まさか本当だったとは……。おぞましい技術だ。レッド達の気など知りたくもないが、もっと知りたくなくなった、できれば近寄りたくもないほど。
そんなジョニーの横暴さに、ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
進み出てきたエイジは、オレが止める間もなく、
「―――お前らは、絶対に許さん。必ず見つけ出して、報いを受けさせる!」
臓腑からの怒りをぶつけた。おそらくは、Kobの面々の総意も込めた。
ぶつけられたジョニーは―――ニンマリ、ただ嗤うのみ。そして、「頑張って、応援してるよ」……。無言の煽りを返した。
憤怒が明確な殺意へと変わった。
胸の内でため息をこぼした、ため息で一杯だったので。
胸糞悪いが……仕方がない。この期に及んで嘘はないだろう。くまなく身体検査をしたので、腹の中というのにも信ぴょう性がある。
今は少しでも時間が惜しい……。速攻の直通で行きたい。《フラッグ》は魅力的だ。
いいぜ、やってやるよ帝王切開―――。不愉快な役回りは、オレがやるべきだろう。……オレは彼らの/誰の仲間でもない、ビーターだ。
いつも通り。もはや決心するもなし、職務のような惰性のままに汚れ役を引き受けた。
そしてそのまま、手を伸ばしかけると―――寸前
「―――キリト殿、
蜻蛉から忠告がなった。手を止める。
水を差されたが、できた空白。止まっていた思考が回る―――
奴はこうなることを、予測していたはず。オレ達に囚われてしまうことも、どうしようも抜け出せない結末を、全てがご破算になる最悪を。しかし、それでは終われない、まだまだ続けたい/続けさせたい、用意した終着まで引きずり込むまでは。
ならば、いったいどうすべきなのか―――
思考が推理を紡いでいく中……ふと、異音が耳に伝わった。続いて、ジョニーの顔が視界に映って……舌打ち?
そこにはチラと、険を浮かべた残滓・舌打ちの残像があった。思わず隠しきれなかったのだろう、見抜いた蜻蛉への険悪感/焦りがにじみ出ていた。
そして、「あと少しだったのに!」―――ギリリ、奥歯を噛み締めもした。
瞬間、全身に電撃が走った。
ようやく気づけた、なんて遅い。ヤバイやばい、やばい―――
直後、降ってきた直感のまま/生存本能のまま、叫んだ。
「離れろッ!!」
皆に叫びながら、後ろに飛び退いた。
反応できたのは……嗅ぎ取っていた蜻蛉のみ。他のメンバーは、オレの突然の奇行に驚くのみ、訝しりの
そして―――ガチンッ。
離れているはずなのに、鼓膜が直接叩かれたかのように、聞こえてきた。ジョニーの口元から何かが噛み合わされた音、噛み合わされてはならないナニカが……押された。
(だめだ、間に合わない―――)
飛び退きながら、着ていた外套を盾にした。
直後、ジョニーから/【ヤン】の体から、爆発が起こった。
目がくらむような閃光/鼓膜を破るような爆音とともに、強烈な爆裂が放たれる。囲んでいた皆を吹き飛ばすほどの強範囲攻撃。
自爆―――。
奥歯に仕込んでいたであろうスイッチを機に、自らの体を爆散させた。
爆風に押されるまま/飛び散ってきた何かの圧迫を外套越しに感じさせられながら、後ろへと叩き押されていった。
ゴロゴロごろごろと、転がされる。地面にもみくちゃになる―――……。
―――……ようやく止まると、顔を上げた。
同時に急いで、確認した。
「みんな、無事か!?」
叫びながら、瞠目させられた。
先ほどいたところには、巨大な爆発痕。半径10メートルはあるだろうクレーターが、現出していた。
救出隊の面々は、その外円まで吹き飛ばされていた。各々ウンウンと、うめき声をあげながら倒されている。
ただし……無事だ。
見た目は煤けたりしてひどいが、HPへのダメージは軽傷。動けなかったり返事もおろそかなのは、軽い脳震盪でも起こしているだけだろう。どれだけレベルを上げても/装備を整えても食らう、システム的に保護されるのはHPと身体の耐久値のみ、どんな爆発現象でも油断できない理由だ。
ホッと、いちおう安堵。とりあえず犠牲者はいなかった……。
しかし、すぐに疑念。本当にそうなのか?
これでは自爆損だ、ただの嫌がらせにしかならない。瀕死でもない相手にそんなことをすれば、こんな結末は目に見えているはず。くわえて、ここにいる全員は攻略組だ。対個人用の接触自爆ですら耐え切ってみせるのに、対複数への範囲自爆などでは……。
「くそッ! 最後にやってくれた―――て、うぉッ!?」
救出隊の一人が、自分の有様を見て驚いていた。体に付着した『モノ』に。
【ヤン】だった体の一部が、コベリついている様に……。
彼だけではなく、大なり小なり皆同じ。オレも、外套にべっとりと、表現したくないナニカがついていた。
吐き気を催すような光景だ。
おそらく現実世界だったら、当たり前の悲惨さだろう。ずっと晒されていたら、胃の中のものを吐き出さずにはおられなかっただろう。
しかし、その悪夢はつかの間だった。
飛び散ったモノは、すぐさま消えていった。耐久値が0になり、存在を保てなくなったのだろう。ココではシステムが、すぐに/自動的に洗浄してくれる。……頼もしすぎる掃除屋だ。
無理やり漂白された自爆現場。残るは爆発痕のクレーターのみ。
異常の重ねがけに、不快感と倫理観は置いてけぼりだ。
なので、不満は全て棚上げにした。
汚れてしまった外套はそのまま、特別枠/未鑑定品用のストレージへと投げ込んだ。気にせず着れる勇気も、捨ててしまう大胆さもないので。……コレ、着れなくなったら絶望しそうだ。
「敵ながらあっぱれな最後、と言ってやりたいが……。虚仮威しにしかならなかったでござるな」
「そうだな。……そうであればいいんだが」
本当にそう願う……。これ以上のサプライズはいらない。腸が煮えくり返りすぎて、盲腸になりそうだ。
自爆のグランドゼロへ―――。
……いちおう、約束通りだった。
腹に収まっていたであろう《フラッグ》は、そこにあった。あんな爆発があったというのに、損傷もない。しかし……見慣れぬもの/布切れらしきものが巻かれていた。
警戒して視認、【鑑定】と【索敵】で罠の有無を。なんともなかったが、それでもおそるおそるも、手に取って確認した。
本当に《フラッグ》だ……。コレに罠はない。何かが仕掛けられてるわけでもない。
嫌な予感がしながらも、布切れを解いた。
そこにも、罠はなかったが……もっと最悪なものが刻まれていた。
“救出隊の皆さまへ―――
これより先、死なないようにご注意を。死神は、アナタ方の魂を守ってはくれないでしょう”
警告文。何かを仄めかしているような……。
意味を考察していると、救出隊の面々も集まってきた。そして覗き込んでは、顔をしかめて困惑を浮かべる。
「『死ぬな』て……お前に言われんでもそうするさ」
「死神? 魂を守る? ……なんのことだ?」
「これは……どういうことですか?」
いや、オレに聞かれても……。オレはレッド達の専門家なわけではない。そんなのになりたくもないし、縁を切りたくてたまらない。
ただふと、思い浮かんでしまった。
奴の自爆の意味、誰も殺せないはずなのに実行した。嫌がらせ以外の意図とは……
「もしかして……
それでもう、
陰鬱になった。ただの憶測だから口にすることでもない/したくもない。
しかし……言わざるを得ないだろう。
確証はないが可能性は高い。心構えだけは、今からしておくに越したことはない。それだけでも未来は/悲惨は回避できる。
口を開きかけると―――思わぬ割り込み。
「ぼ、僕たちも、ヤンみたいになる……のか?」
青ざめ/震えながらのデネブが、オレと同じ結論に至っていた。
その怖れに皆、困惑/驚愕するも……すぐ同じように、戦慄。
理解した/してしまった。すでに/もう/たったのアレだけで、致命的な病にかかってしまったと、少なくとも疑いは濃厚に。
沈鬱な空気、押し黙らされた。……無理もないだろう。
だが、そんな気分に浸っても意味はない。慰めよりも解決策だ。
「……少なくとも、生きている間は何もないだろうさ」
「だが! そんな保証はどこにも―――」
ないだろうが―――。最後は声に出せず、己の内を引っ掻き回された。
自分でも信じたくない苦悶、毒づきながら顔をそらした。
「本当に
アスナの救出―――。その過程に、ジョニーの抹殺が追加された。
いや……元々そうだった。奴はここのフロアボスなのだから。順序が正されただけだ。
「……僕たちは、死ぬこともできない、てことか」
「もともと、そのつもりはないでござるがな。このゲームをクリアするまでは」
もちろん、その後もでござるが……。強気でもハッタリでもない、単なる事実として。これまでそうだったように、これからもそうするだけだと、思い出させた。
オレ達の大目的、ゲームクリアだ。そして生きて、現実世界に帰還することだ。……こんなところで野垂れ死ぬつもりなど、毛頭ない。
「行こう、時間が惜しい。……これ以上無理な奴は抜けてくれていいぞ」
煽り文句だが、真実も含めた。
ここは分水嶺、おそらく最後の休息地だ。ここを逃せば、もうレッド達との対決だろう。……殺すか殺されるかの修羅場になる。
心が挫けてしまった者から、殺される。そして、奴らの手駒にされる。文字通りの操り人形。残った者たちは、吐き気をこらえながらも止めを刺さないとならない。すると、さらに心挫ける者が生まれる、悪循環……。ここで抜けてくれた方がありがたい。
言いたいことは伝わったはずだが……効果なし。
むしろ、戦意が高まった/眼光が引き締められていた。「ソレがどうした?」と、頼もしいまでのタフさを湛えながら。……誰も降りてはくれなかった。
複雑な気分だ。自分で焚きつけておきながら申し訳ないとも思う。もしも誰かが殺されたとしても、責任などとりようもないのに……なんて身勝手だ。
皆の決断に、どんな顔をすればいいのか迷ったが―――ニヤリ、不敵に笑いかけていた。おそらくは梟悪な、まさしく『ビーター』らしいタフガイoftheタフガイ。……オレ自身の意思は、追いかけるだけで必死だ。
でもたぶん、コレが扇動した者の務めだろう。……そうあってくれることを、切に願うのみ。
改めて意志を一つにすると、各々《転移結晶》を取り出し―――唱えた。
次なる目的地を。
「転移、【ウルムチ】」
直後、全身が光に包まれた。転移特有の空間の歪みと光波が、幾柱も立ち上る。
そして視界から、砂漠とトルファスの光景が消えると―――目的地へと転移していった。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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