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定刻になり、開催された攻略会議/レッドギルド殲滅会議。しかし、主要人物の何人かは欠席。
憶測やら疑念が沸いている中、主催者の【
「―――なんかコソコソやってると思ってたら、そういうことかよ」
腹立ち紛れにそうこぼすと、睨みつけた。自分と同じように、知らされていなかった者たちの気持ちを代弁してでもある。
何時だってお前たちは、勝手をやって振り回してくれるよな……。【聖騎士連合】の横暴ぶりには、嫌気が差してくる。いつも頭ごなしに無理やり従わされている、癪に障る。しかし―――
「必要な処置です。それに、時間との勝負でもあります」
黙念としている騎士団長殿の代わりに、副長のアリスからの説明。
その通りだ。攻略組の一員として、その判断は理解できる。だけど―――
「全員で助けに行くことは得策じゃない。むしろ、それこそが敵の狙いだろう。彼らだけに任せるのがベストだ」
「本当にそうか? もっと人数割いてやっても良かったと思うがな」
代わりに詰問してくれた。
先走りしすぎたんじゃねぇのか? ……こうやって場を設けて、メンバーを選抜してからのほうがよかったはず。
『閃光のアスナ』は、それだけ攻略組に不可欠な存在だ、プレイヤー全体にとってと言っても過言じゃない。彼女を失うリスクは大きすぎる。……個人的な心情からも、助けたいと思う。
「アホなこと抜かすなや。
知っとったのに、即座に助けに行けん。そいなのにこうやって、わいらが説明会開いてやるまでボーとしとっただけ。そんなおまはんらじゃ、お話にもならへんな」
ミイラ取りがミイラになるに決まってる……。キバオウの煽り文句に、皆が一斉に睨みつけたが、キバオウは気にせずどこ吹く風。
相変わらずムカつくいがぐり頭だ。だが……言い返せる言葉はない。
攻略組にはチームワークなんて存在しない。ソレは個人プレーの結果生じる偶発的なものだ。誰にも従う必要がない代わりに、自分の確信を信じ切らなくちゃならない。必ずしも【連合】の音頭に従う必要はないし、本当に助けたいのなら強行すべきでもあった。……危機感が足りなかったのは、俺たちの方だ。
「救出に向かうのは罠に飛び込むのと同じだ。覚悟が足りない者達が行けば、必ず犠牲がでる」
覚悟が足りない……。耳に痛い言葉だ。
アスナ達を助けることは、重要なことだ。攻略組としてもひとりの人間としても、付き合いが長ければなおさら。しかし、自分やダチの命を危険にさらしてもやることかと言われれば……頷ききれない。
加えて、復讐……。レッド達への報復のチャンスと天秤にかけられたら、躊躇いが生じてしまう。リアルの現実社会と違う。馴染み深い死者の弔い合戦は、馴染み薄い生者の救出よりも優先されることがある。相応しい弔いをしてやらない限り、俺たちは頂上を目指せない。
「―――とは言われても、援軍は必要だな。助けることができても、こちらと無事に合流できなければ無意味。
だからわざわざ、こんな説明会を開いてくれたんだろう?」
プレイヤーが黙らされていると、傭兵NPCの一人が訊いてくれた。
「その通りです。さすが【ヤンパン】の《黒鬼衆》だけありますね」
「元だよ
プレイヤーからすれば皮肉にも取れる褒め言葉。NPC本人にとっても、あまり気分の宜しくない過去なのかもしれない。……その胸中、どう推し量ればいいのか、未だにわからない。
あまり考え込みたくない問題が頭に登ってくる前に、騎士団長殿が仕切りなおしてくれた。
「『第二陣の救出隊の選抜』。ソレが、今会議の題目の一つでもある。
いちおう、我々【連合】と【Kob】それに【軍】の派遣遠征隊で、推薦するメンバーは固めている。だが、立候補者がいれば優先して編入させる」
どうして【軍】のやつらが、しゃしゃり出てくるんだ……。【連合】とはまた別の横暴要因。不満げな視線が集まると、【軍】の代表/コテコテの重武装の男が説明してきた。
「今会議の主眼である『狩り』について、我々【軍】は傍観の立場を取らせてもらっている。が、『救出』ならば話は別だ。ぜひとも協力させてもらう」
言外に、「割り込んでくれるな」と釘を刺しているのだろう。お前たちには他にやるべきことがあるだろう、とも。……テメェらの勝手は棚に置いて、よく言ってくれる。
誰もが沸いてきたであろう不満を、誰もが各々飲み込んでみせるも……このままでは飲み下しきれない。あえて、誰も口にしてこなかった疑念を口に出した。
「……さっきから黙り続けてるが、アンタはこれでいいのかい、Kobの団長殿?」
【血盟騎士団】団長、ヒースクリフ……。今回の騒ぎで一番慌てなければいけない男が、最も落ち着いている。まるで、自分こそ傍観者だとでも言うかのように、いつものように泰然とまで。
いつもなら、その姿勢は大人物然としたものに映る、頼りになる守護者とも。が、今回については逆だ。ただ無関心なのかどうか、聞かずにはいられない。
俺の詰問に、皆も同意なのだろう。全員からの注目が集まると、ようやく重い腰を上げた。
「私たちが優先すべきなのは、一刻も早く仲間の身の安全を確保することだ。援助は多いに越したことはない」
簡潔にそう言い切ると、再び泰然と黙した。
プライドよりも効率を優先すべき……。彼なら言いそうな決断で、たった一言で全て解決させられた。これ以上は何も問い詰められない。
Kobが【軍】の援助を認めてる……。もはや、外野がどうこう喚いても仕方がない。あとはただ、救出隊に立候補するかどうかだ。
どうするか迷うも、この場に立ち会ったのが運の尽きだ。
ため息一つ、立候補しようと手を上げようとする寸前、
「―――頭、情に流されるのは、悪い癖だぜ」
ダチの【ユキムラ】が止めてきた。
コイツ、俺の心でも読んでるのかよ……。機先を制されてしまい、上げられなくなっていた。
「アスナさん達のことは、任せていいことですぜ。わざわざ俺たちが手を貸す必要はない」
「わぁってるよ! 前線にいくならチャンスもあるが、後詰じゃ見逃すだけだ」
キチンとお礼参りしないとな……。ダチの前で言葉にしてしまうと、先までの考えとは一転、再び復讐の道へ。最初にそう決めていたように、最後までやりきらないと終われない。
(……すまん、キリト。アスナさん)
俺はやっぱり、復讐を選ぶ。こっちのダチを優先させてもらうわ……。改めて踏ん切りをつけた。上げようとした手は、そのまま握りこむ。
「それでは、救出についてはここまでにしよう。
ここからは、『狩り』についての話だ―――」
今会議の主眼、本来の目的。
先までとは違う。迷いに揺れていた目や空気は、何処かに消えてしまっていた。……あるのはただ、仄暗い狩人たちの目。
◆ ◆ ◆
一歩踏み出した瞬間―――世界が変わった。
今まで静止していた住民NPCが、一斉に視線を向けてきた。
その無機質すぎる威圧に、ゴクリ……つばを飲み込まされた。総合戦力では負けないはずなのに、言い知れぬ不気味さが足を止めようとする。
しかし、立ち止まるわけにはいかない。
さらにもう一歩、踏みだす―――その前に、
「―――悪いがエイジ、ソレは置いていけ」
すでに動かなくなってしまった仲間/【ヤン】だったモノを運び出そうとするエイジとデネブを、窘めた/眉をひそめられた。……あえて物扱いしたことに、嫌悪感を隠しきれず。
「……仲間の遺体の回収は、我々の優先事項の一つです」
「
《認識票》―――。攻略組に属してるほぼ全プレイヤーが持ち合わせている自作アイテム。自分のリアルの名前等が刻み込まれている小さな金属板。リアルの現実世界の軍隊で使われているアクセサリと同じ。いつ・どこで・どうやって野垂れ死んでもいいように、生きた証を記録して、他の誰かに伝えてもらう。
誰が始めたかは、わからない。不吉だと/盗まれたらどうする/誰がそんなお人好しなことするのかと、険悪されたこともあった。しかし、『最悪の事態』を想定しなければならないのが、最前線で戦い続けることでもあった。どんなプレイヤーであっても、そうならないのは運次第だ。……効率優先のプレイヤー達から生まれた、不可侵の絶対ルール。
そして今では、誰もが身に付けることになった。ギルドによっては、ギルドホームの金庫に厳重に保管するまでしているが、Kobはそうではなかったらしい。
タグだけと譲歩するも……エイジたちは引かず。「……軽量化させますので、ご心配なく」と運び出すことを固持した。いそいそと、ヤンの遺体に処置を施していく―――
胸の内でため息をついた。
気持ちは凄くわかる。自分が同じ立場なら同じことをしただろう。しかし、現状ではその余裕がない。ほぼ無関係な死人よりも、生きている自分たちを優先したい。
助け舟と、蜻蛉に視線を送るも―――我関せずの沈黙。
繊細な問題なので、口出しを控えているのだろう。エイジ達の運び作業も、手馴れてる様子があった。背負い込んでいける程度だとも判断したのかもしれない。……オレだけが嫌な役回りか。
「―――お待たせしました。いつでも行けます」
先までの議論は黙殺。
こちらも無かったことと、いちおう飲み込んでやった。
「……それじゃ、行くぞ―――」
仕切りなおして/意を決して、踏み込んだ。
すると、一斉に―――襲いかかってきた。
まるで、ゴングでも鳴らされたかのようだった……。
たったそれだけの合図。
ただのそれだけで、今まで案山子然としていたNPC達が、一斉に動いた。ただの肉弾頭にでもなってしまったかのように、爆走してくる―――
……まるでゾンビ映画だった。
恐ろしさがこむら返りして、引きつった笑いがこみ上げてくる。
そのゾンビ達の一体が、オレに触れる/ぶつかってくる……手前、ゾワリと首筋の毛が逆立った。本能的な危険を感じた。
アレに触れられるのはマズイ―――。流れるような/慣れた動作で、太もものポーチから投擲用の《ピック》を取り出すと、『ソレ』に投げた。
人の形をした、かつてNPCだったもの。オレの投擲攻撃が当たれば一撃だろう。しかし……ためらいなく/躊躇する暇もない。
投げたピックは、真っ直ぐに。NPCの額へと―――刺さった。
ここ/【トルファス】は圏内だった。
圏内のルールとして、プレイヤーのHPにはダメージを与えられなくなる、例え自分自身の手であっても/それまで継続ダメージを受けていたとしても。……このデス・ゲームの中で、安全なシェルターとして機能し続けてくれている。それは、NPCにも適応されているが、少し事情が違う。
『プレイヤーからNPCへの攻撃ははじかれるが、逆はありえる』―――。機能としては一方的な攻撃ができる。ただ、彼らに組み込まれたルーティーンゆえ、そもそもそんな気が起きないだけ。しかし今、そんな万が一が起きている。
ただ、今ここは、圏内であるとは必ずしも言えない。クエストのイベントによって、強制的に飛ばされた【一時空間】は、場所は同じでも圏内ではなくなることが多い。……おそらくこの場所も、そうなっているはずだ。
予想は……的中した。
見事、一番乗りゾンビの額に刺さって、仰け反らせた。爆走してきた勢いにも足を取られ、その場にくるりと転んだ。
ズデンと、背中から思い切りコケたゾンビは、そのまま動かなくなった。
一連の反射行動に、皆から目を丸くされた。法律的に/倫理的にもアウトな事案だったが、今は許される……はずだ。……そう願う。
全て棚上げにすると、そのまま通り過ぎようとした。
その寸前―――異常事態発生。
コケたNPCの体は、カクカクと動きが鈍くなっていた。まるで、壊れたからくり人形のように。
そして、人間と全く区別が付けられなかった外見まで粗くなり、輪郭も崩れていくと……ポリゴンの塊になった。
耐久値が0になって崩壊するアイテムの有様と同じだ。あとは、ガラス塊が砕けたような光の破片になって、空気に溶けていくのみだろう……。しかし、次の光景は初めてだった。
ゾンビの体内から、虹色が散りばめられた漆黒の塊がせり出してきた。まるで殻を破るように、ポリゴンの崩壊とともに溢れ出て―――その場に定着した。
見たことのない異常事態に、目を丸くした。いったい何だこれは……?
疑問が吹き出ると同時に、連想/不穏。さきほど見ていたモノと重なった―――【転移門】の有様と。
さらに推察/危惧。ならばアレは、空間の歪だろう。触れればどうなるかは……先程検証済みだ。
そして結論/ヤバイ。直感は正しかったが、少し訂正だ。『アレ』は、触れただけでアウトな
「―――これは……かなり、マズイですね」
「ああ……。ただ、触れなきゃ問題はないだろう。動きはあの程度だしな」
「それはそうですが、この数は――――ッ!?」
おしゃべりしている間に、接近してきたゾンビ一匹。
慌てて迎撃しようと手を動かすエイジの前に、蜻蛉が手裏剣を飛ばしてくれた。
手裏剣はゾンビの額に刺さり、そのまま倒した。
「―――お喋りしてる暇も、ないでござるな」
ここはさっさと、走りぬけるしかない―――。同感だ。
ただし、まっすぐ行くだけが脳じゃない。
取り出していたピックを左手に持ち替えると、メニューを展開しアイテム/《縄束》を取り出した。縄先にカギ爪がつけてある特殊な投げ縄。
結わえてあるカギ爪ごとグルグル、その場で回転させる。力を貯めていきながら構え、狙いを定めた。
標的/活路。地上を走り抜けるのは危険すぎる、全員が無事に抜け出せるルートは他にもある。
1ブロックほど離れた建物の屋根に向かって―――投げた。
ヒュんっ―――と、真っ直ぐ投げ飛ばすと、カギ爪が建物の縁にひっかかった。ガチリッと爪が噛む。
縄をグッと引っ張り伸ばし、ピンと張り詰めさせた。その状態を保ちながら、先に取り出していたピックを地面に差込み、巻きつけた。―――《簡易縄橋》。
「―――《イム蜘蛛の糸》より強度はないが、あそこまで走りぬける分には保つ」
さっさと走れ―――。誰かが不満を垂れる前に、即した。
綱渡りの曲芸を要求。装備重量やら【敏捷値】はあまり関係ない、《綱渡り》なんて便利な/ありそうな【体術】技も存在しない、度胸と運と滑らない靴だけだ。
落ちたら助からないだろうが、攻略組ならできるはずだ。……たぶん。
即すやいなや率先して、蜻蛉が縄ハシゴに飛び移った。そしてそのまま、タッタッタ―――と、走り抜けていった。……外見そのもの、忍者そのものだ。
その姿に後押しされてか、他の二人も意を決した。綱橋に飛び乗る―――
オレは彼らの最後。無事の到着を見守りながら、近づいてくる/狙える範囲のゾンビたちに投擲/ピックを打ち込みつづける。空間の歪みがそこかしこで爆生する。
エイジはヤンを抱えてか、デネブはポッチャリな外見通り曲芸が苦手なのか、覚束無い足取りながら/落ちないよう慎重に進んでいった―――……。
全員が渡りきったのを確認すると、オレも綱渡りに飛び乗った。綱の上を全力疾走―――。
この程度の曲芸なら、忍者でなくてもできる。……できなきゃビーター失格だ。
しかし……ゾンビを倒しすぎた。
近寄ってしまったゾンビの一匹が、空間の歪みとなった他のゾンビに誘発されて、破裂。ピックで止めていた伸したワイヤーが、その歪みに巻き込まれてしまった。歪みに飲み込まれた瞬間―――パツンッと、弾けた。
途端/踏み落ちる寸前、上空へジャンプした。
飛んだ上空で、目を見開く面々を見下ろせた。
このままだと落ちる、下のゾンビ沼に飲み込まれてしまう―――。最悪な展開だ。そんな結末なんて嫌だ。
コレが他の面子だったら、確かにそうなってしまったのだろう。この縄ハシゴの持ち主である、オレ以外だったら―――
「蜻蛉ォォォーーー―――!!」
叫ぶと同時に/即座に、腕に仕込んだワイヤーつきクナイを、投げた。
皆がたどり着いた建物の屋上へ/蜻蛉の元へ―――
突然の指名に驚愕されるも、応じてくれた。
投げた命綱は、蜻蛉へと届くと―――ガシリ、掴まれた。しっかりと両手で絡ませ、その場で踏ん張る。
それが目に映るやいなや、巻き取り機を起動した。
途端ギュルルと、空に投げ出されていた体を引っ張り飛ばしていく。弾丸のように/吸い寄せられるように、皆がたどり着いた屋上へ―――……
―――シュタリと、ひと回転しての受身で勢いを減じさせると、屋上の確かな感触が伝わってきた。……無事に着地できた。
ほっと胸をなでおろすも、ソレを悟られぬように/服についたホコリをパンパン、払いながら立ち上がった。 残ったワイヤーも回収する。
「……随分な無茶ぶりをしてくれたでござるな」
「ん、そうだったか?」
呆れられるもスルー、周囲の状況を確認した。
「建物の屋上はまだ、大丈夫みたいだな」
かといって、絶対じゃない。立ち止まったら逃げ場がなくなるだけだろう。
さっさと行こうか―――。戸惑われるのもつかの間、すぐさま先導した。
屋上越し、屋根の上を走りながら/飛び移りながら、街の外を目指していく―――
屋上では、ゾンビ達に邪魔されることもなかった。
順調に障害なく走り抜けていくと、ゴールが/圏外フィールドが見えてきた。
「―――あと少しで、抜けられそうですね」
「かもな……」
何かトラブルでもなければ……。レッドの仕掛けた罠だ、このままタダで返してくれるとは思えない。
不安に思った矢先―――気づいた/気づけた。
直後、すぐに急ブレーキした。
「ッ!? ……どうしたでござるか?」
皆の足も止めると、振り返って確認する。
「―――この空間が消滅したら、奴らの痕跡は……どうなる?」
消えてしまうんじゃないのか? リセットに巻き込まれて……。言葉にしてみせると、皆も青ざめた。その可能性に気づいてくれた。
今ココから逃げ延びてしまったら、奴らの後を追えなくなる。アスナ達の救出ができなくなってしまう……。コレは、自分たちの痕跡ごと消し去れる、最悪の罠だった。
「そ、そうだったとしても、ここに長居しては……」
死ぬだけ……。厳密にはどうなるかわからないが、何事も起きないなんてことはないはず。オレ達はすでに、この仮想世界に取り込まれてしまっているのだから。
任務は失敗、途中放棄せざるを得ない……。追跡は断念、アスナ達を見殺しにするしかない。
焦りを隠しきれず舌打ちを鳴らすと、すぐさま踵返した。
まだこの空間に/あの【転移門】付近には痕跡/記録が残っているはず。現場まで行ければ、その情報を吸い出せるかも知れない。……このどうしようもないミスを挽回できる。
その寸前―――肩を掴まれた。
「―――離せよ、蜻蛉」
「無理でござる」
何がだ―――とは、問わなかった。
どちらもだった。もはやゾンビだらけの場所に戻って痕跡を探ること、制限時間内に/無事にこの街から抜け出すこと、ソレらを両方やり遂げることは、今のオレ達には不可能だった。
人には、できないこととできることの限界がある。その見極めを誤れば/できないようなら、この世界に食われるだけ、命がいくらあっても足りない。……命はたった一つだけなのに。
「……ココを生き延びた後、他の方法を探るのが上策、ではござらんか?」
「違うな。『なりふり構わない速攻』だからこそ、奴らの計画に食らいつくことができた。奴らが人質に危害を加える余裕を与えさせなかった。……そいつを捨てたら、全部終わりだよ」
オレたちは今、ギリギリの/人質たちの無事を確保できている瀬戸際にいる。実感しづらいが、だからこそやらなければならない。なぜなら敵であるレッドたちは、統計なんかでは動いていないから。自分たちの妄想で、新しく行動を/クエストを生み出しているのだから。……実に腹立たしいことに。
蜻蛉の手を振り払うと、エイジ達も止めてきた。
「待ってください!
そもそも、ココがリセットされたからといって、痕跡まで消えるとは限らないじゃないですか。直前までのセーブデータがあって、ソレを再現してくれるのかもしれない。……わざわざ危険を冒してアナタを失うほうが、よほど痛手ですよ!」
「かも知れない。だが、そうじゃないかもしれない。どちらになるか、やってみないとわからないだろ? なら……保険をかけておくのは当然のことだ」
「だけど、あそこはもう虫食いだらけになってるはずだろ? 戻ったところでどうせ、飲み込まれてるだけだって。何か痕跡が残ってることなんか……」
無駄骨に終わるだけ……。一番最悪な展開だ。痛いところを突いてくれる。
だけど、現状ではソレを確定できない。確かめなければならないことには変わらない、アスナ達の無事を確保し続けるためには。
議論は平行線、どちらも曲がらない。
なので改めて、皆に向き直ると―――
「決断してくれ。このまま蜻蛉とともに街の外に出るか、それとも、オレと一緒に痕跡を取りに戻るか」
時間はない、今すぐにだ……。あえて、蜻蛉の行動だけは決めつけた。
全員で戻る必要はないし、誰かは確実に戻らなければならない。どうせ二者択一ならば、答える人数も減らす。
二人は息を飲まされ、戸惑い迷うも……エイジはすぐさま切り替えてくれた。
「―――デネブ、お前はヤンを連れて戻れ」
「ッ!?
隊長 でも―――」
「キリトさん一人には、任せておけない」
Kobの誇りがある―――。言外の意思。アスナを/副団長を助け出すのは、俺たちでなければならない。どんな危地であっても、誰にも頼らない/おもねらない強さがあることの証明。
ニヤリと、笑みで返した。……そのぐらいの気概は、持って欲しかったんだ。
「……襲われても、助けてやれないぞ?」
「ソレはこっちのセリフです」
互いに強気なセリフ/覚悟はあるとの確認。……修羅場に挑む際の儀式のようなもの。
気合だけは充填させた。準備万端だ。
「それじゃ蜻蛉、あとは頼んだ―――」
「その前に、確認したいことがあるでござる」
? この期に及んで何を……。寸前チラリと、アイコンタクトのようなもの。何かを伝えてくる。……なんだ?
意図を解き明かそうとしていると、さらに蜻蛉は続けた。
「別に、後で確認しても良いことではござった。が、キリト殿の言うことにも一理あり。わずかな可能性に賭けるのも、現状では必須―――」
そう言うやいなや、手品のように手裏剣を表した。手に握られている。
そして瞬時に/流れるようなワンモーションで、投擲した。デネブへと渡された、ヤンの死骸へ向けて―――
オレも含めて皆が、不意の異常行動に驚愕した。蜻蛉の投げた手裏剣は、ヤンの額に突き刺さる―――
その寸前、
死んでいたはずのヤンが、背負われているデネブを引っ張り、盾にした。
投げた手裏剣は、デネブの肩へと突き刺さった。
「え―――痛ッ!?」
ソレは、蜻蛉の急襲を防ぐとすぐ、デネブを蹴り飛ばしてきた。
ほぼ同時に、飛びつこうと駆け出していたオレにむかって―――
デネブが邪魔になってソレまで届かない、捕まえられない……。反撃は封じられた。
そのまま一目散、ソレは逃げようと踵返す―――かと思いきや、追撃。
まだ呆然と固まっているエイジに向かって、片手斧を投擲してきた。デネブの腰に装備されていた武器。
投げつけられたソレが目に映ると、さすがは攻略組だろう、反射的に防御姿勢をした。投擲を防いでみせた。
ガキン―――と、重い衝突音が鳴り響いた。
防ぎきるも、ぶつけられた衝突で動けなくなる。
オレとエイジは封殺された。このままでは奴を取り逃がしてしまう……。
しかし、詰めが甘い。まだ蜻蛉がいる。
蜻蛉は、手裏剣が防がれるとすぐに奴に向かって飛び出していた。背中の忍者刀を抜き放ちながら、一直線に走る。ソードスキルの光とともに―――。
ソレは、奴も承知だったのだろう。迎え撃つように身構えていた。格闘家然と、ヤンの腰元にあった短剣を抜きながら。
たがいの攻撃が交錯する―――
走り抜けると―――スパンッ、血しぶきとともにヤンの腕が舞い上がっていた。
得物の長さと、何よりソードスキル。スピードも攻撃力も蜻蛉が上だった。……もしコレをさばききって見せていたら、ビーターの名はソレにくれてやったことだろう。
腕が斬り飛ばされて驚くも/崩された体勢を整えるも、追撃に備えようとした―――
つかの間、蜻蛉はすでに背後に回っていた。
即座に反撃/裏拳をお見舞いしようと、振り抜くも……遅かった。
蜻蛉の手刀が、首筋に落とされるのが早かった。
「――――――がァッ!?」
うめき声が一つ、吐き出されるとともに、奴はその場に倒れた。まるで糸が切れた人形のように……
【
瞬間、首筋のある一点に強い衝撃を受けると、どんなプレイヤーであれ【気絶】してしまう。どれだけレベルを高めても無意味、プレイヤーに与えられた仮想の肉体の弱点、あるいはプレイヤー自身に由来する何かだ。NPCや人型のモンスターでは必ずしも【気絶】することはない。
見事にきまった【断絶】。
たまらずソレは【気絶】に陥ると、地面に崩れ落ちた。
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