偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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色々とオリ設定ありです、お気をつけて


66階層/トルファス 暴食の街 前

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“―――今からそっちにワープするぞ”

 

 予告のメールを送信すると、《転移結晶》を使った。

 蜻蛉に渡した自分の《フラッグ》の元へ、救出隊と合流する―――……。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――転移した先。

 転移先に体感覚が一致しきるとそこは、圏外の荒野。遮るものもなければ草木も少ない、黄土色の岩と砂が広がる枯れた大地の上。そして、目の前のオアシス街を見つめながら、険しい顔つきと雰囲気を漂わせている救出隊たちがいた。

 状況が読めず、一瞬どうすべきか迷うも……皆の注目が集まってしまっていた。

 仕方がないので/おそるおそるも、傍らにいた蜻蛉に尋ねた。

 

「……悪い、遅かったか?」

「構わんでござるよ。

 ちょうど、キリト殿の意見を聞きたかったところでござる」

 

 そう言われて、あらためて皆の顔つきを見渡し、周囲を確認してみると……なんとなしに、これまでの経緯を察した。

 

「あの街をアスナ達が、通ったのか?」

「はい。【ロブノール】から続く痕跡と、転移によるこのフロア内の空間歪曲反応からも、間違いないかと」

 

 エイジのよどみない答えに、驚きを隠しつつも頷いた。……『空間歪曲反応』て、そんな微妙で面倒なものまで観測してたのかよ、それもこの最前線で。

 想像以上のKobの力に驚くも、ビーターとしては平然としていなければならない。『そんなことは当たり前』との態度を保っておいた。

 

「奴らが《転移結晶》を使うわけもないしな。予め《回廊結晶》のポータルを作っておいた、てところか」

「単独なら《フラッグ》で事足りるでござろうな。しかし集団で、しかも捕虜を連れてとなれば、そうするほかないでござろう」

「確かに、《転移結晶》はないでしょうね。各フロアの転移門は、全てマークしていますし」

「事が起きてからか?」

「予めです。転移門の周辺には、雇った観測手NPCと、近くの建物に設置した監視カメラがあります」

 

 いつ・誰が・どこの転移門を使ったのか、どういうルートでも……。みなさんやってることでしょ? とも。

 恐れいることだ、全て監視していたとは……。きっとKobのトップは、病的な心配性だ。全てコントロール下に置かないと気がすまないタイプなのかもしれない。……オレとは気が合いそうにない。

 

「ちなみに、歪曲反応の観測も、事の前から?」

「いえ……すぐ後からです。しかし、追跡してきた道すがらには、反応の残響はありませんでした」

 

 つまり、二手だかに別れた可能性を、確かめる方法がない……。もっと広域を調べれば判断はつくが、時間も人手もない。蜻蛉の追跡である以上、本体は捕虜をつれてここまで来たのだろうが、一部は抜け出した可能性は残る。援軍を呼びに行ったのか、伏兵として潜んで罠に嵌めようとしているのかも、わからない。

 ただ、そこまで目くじらを立てる怖れでもないだろう。心構えさえあればいい/奇襲でなければ伏兵の価値は激減だ。そうすれば、わざわざ少ない戦力を分散したとの、相手の戦略ミスになる。

 別れたかもしれない別働隊は、今は棚に置いて、本隊について。転移していないということは、まだこのフロアにいる、ということだろうか? 情報を信じれば、そう考えるしかない。

 しかし……何か引っかかる。本当にそうだろうか?

 【階層門】を使った可能性/かつて自分がそうした経験から、再考してみたが……蜻蛉の嗅覚がある。ここまで連行したと言うのなら、ソレは除外でいいだろう。

 

「……なんで、街中なんだ? ポータルを設置するなら、もっといい場所があるだろうに」

 

 というか、ここまで捕虜を連行する必要もなかった……。【ロブノール】から少し離れた圏外で、ポータルを展開すればいいだけだ。時間と危険をかける必要がない。

 ここ最前線の圏外は、レッドの奴らには/攻略組であっても、危険地帯だ。それも、NPCに偽装しているのならば、何らかのレベルダウンを受けてるはずだ。一匹でもモンスターに遭遇したら、捕虜の連行などできるわけもなし。そのスキに逃げ出すか、何かしらの抵抗をしてくれるはず。アスナなら、レッド達と立場を逆転させることまでやったかもしれない。

 

「それは、拙者も気になっていたでござるが……エンカウント率を下げる薬剤の臭いもあった。今ここでも、残り香がプンプンしてるでござる」

 

 ……わざわざここまで来るだけの価値がある、ということか。

 

「そして、ソレに気づかれるのは、奴らも重々承知のはずでござる。

 なので必ずや、罠を張っている」

 

 だろうな……。それも、オレ達を殲滅できるだけの罠が。

 

「心構えだけあれば充分です。大事なのは、時間ですよ」

 

 自分たちの戦闘力なら、食い破ってみせる―――。エイジが、救出隊に選出されたKobのメンバーを代表して言った。

 ここで足踏みするつもりなら、自分たちだけで突破するだけです……。ただの猪とは違う、実力と経験に裏打ちされた自信だ。自分の力だけでなく、仲間の力をも信頼しての力強さを感じさせる。頼もしい限りだが……今ここでは、厄介なだけだ。

 なので、ただの諌めでは聞かないだろう。

 居住まいを正し、向かい直した。

 

「―――先に、ハッキリさせておくぞ。

 オレと蜻蛉は、お前たちのアドバイザーだ。Kobの団長殿から協力を要請されて、ソレを受諾した形になる。だから、最終決定権はお前たちにあるだろう。

 しかしだ。同時にオレ達は、攻略組全体からの要請でも動いている。『アスナ他、捕虜になったメンバー達は、これからのゲーム攻略に必要な人材』、そう判断されたからだ」

 

 つまり、オレ達を蔑ろにするつもりなら、今後は攻略組からの援助は期待しないほうがいい。お前たちのみならず、【Kob】も連帯責任として……。オレ達のバックには、攻略組全体の意思がある。わかりきっている立場を、もう一度鮮明に/言葉に表してみただけ。

 しかし、効果はあった。

 エイジの後ろに控えているメンバーから若干、先走りの熱を冷やせた。勢いが減じる。……ただアスナを救出すればいい、だけではなく、やり方も問われている。オレと蜻蛉は余分な付属品ではなく、厄介な監視者でもある。そのことを思い出してくれた。

 

「そいつを踏まえて、オレの意見は―――『進め』だ。

 ただし、オレと蜻蛉だけでな」

 

 お前たちは、街の外周を囲んで待機だ……。そう指示すると、当然のことながら/あからさまに不満げをぶつけられた。

 予期していたことなので、無視して説明を続けた。

 

「あの街には、確実に何らかの罠が張ってある。追跡してくるだろうオレ達のような奴らを撃退、あるいは充分な時間足止めするほどのだ。

 あのアスナを、苦労して捕えたんだ。腕の立つ奴をそれなりに揃えてくることは、想定されているはずだ。あの街には何か、『複数人を一気に殲滅出来るだけの罠』が仕掛けられている。全員で進むことは、必ずしも安全だとは言えない」

「だからと言って、斥候を選抜して、ただちょっかいを出すだけならば、食われるだけでござる。

 閃光殿達を助けることは大事でござるが、我らの命もまた大事でござる」

 

 だから、対応力があるオレ達だけがベターだ……。もっと人数と物資があれば、別の/より安全な方法はあったが、今できる最高はコレだけ。

 

 オレ達の冷静な説得に、エイジ達は言葉をつぐんでいた。

 自分から毒見役を立候補し、なおかつソレが当然とばかりのプロフェッショナルな態度には、胸に来るものがあったのだろう。オレ達の、『アスナ達を救出したい』との心意気の強さが、自分たちと比べても劣らないものだとも、理解してくれたのかもしれない。

 厄介な選抜がまとまりそうになると、意義ありとばかりに、メンバーの一人が押し出てきた。

 

「―――気に入らないですねぇ。

 まるで、アナタたちの方が、私達より強いみたいな言い振りじゃないですか」

 

 進み出てきたのは、団員その一。細身長身のKob特有の白騎士姿だけど、差し向けてきた三白眼の視線には黒いモノが混じって見えた。

 隊長のエイジに目線で釘を刺されるも、言わないでは引けないと、居座った。

 そしてソレは、他の団員も同じ気持ちだったのだろう。先までの空気が、男への同意の後押しへとひっくり返っていた。

 

 ため息をついた。……せっかくすんなりいけると思ったのに、足を引っ張られる。

 ただ、それも仕方がないことだ。

 実力で相手を測るのが攻略組、コネや小賢しさだけで居座れるほど生ぬるい場所じゃない。衆を使うことはあっても、最終的には個の強さで軍配は決まる。そしてそれこそが今、オレ達とKobメンバーの間に埋めがたい溝を作っている。

 いつもなら/どちらが強いかを知らしめたいのなら、【決闘】で白黒つけて終わりだ。けど、今ここではできない。所詮は感情論だ、理や利で説き伏せることは逆効果でしかない、攻略組の本能を呼び寄せるだけだ。

 なので、別のやり口で返した。

 

「……わかった。

 それじゃ―――エイジ、お前だけついて来い」

 

 更に指示を追加。

 あまりに唐突だったのか、蜻蛉までもが眉を動かした。

 

「!? ……僕が、ですか?」

「そうだ。

 お前は、エイジの代わりに隊の指揮をしろ」

「え……はぁッ!? 

 ふ、ふざけんな! 何で俺じゃくて、隊長を―――」

「【クラディール】! もういい加減にしとけ」

 

 さらに突っかかってきそうになったところ、別のメンバーが/文明化した猪型の獣人のような大男が諌めてきた。

 本人にしたらただの注意でしかないだろうが、聞いてる周り、特に向けられたクラディールには一喝に聞こえるほどの声質だった。……突っかかろうした勢いは、萎められた。

 

「隊の指揮は、俺が取るよ。いいだろ?」

「アンタは?」

「【ヴォルゴ】だ、この隊の副隊長を任されてる。

 隊長にもしものことがあったら、副の俺が引き継ぐ。そういう決まりなんでな」

「……そういうことなら、アンタに任せるよ、ボンゴさん」

()()()()だ。……以後お見知りおきを、ビーター殿」

 

 やべ、婉曲的な皮肉だと思われたかな……。スマン、本当にただの言い間違いだった。心の内で謝った。

 ちらりと確認するも、苦笑すらせず面白そうにしてるだけ。あまり気にしてる様子は無し。大らかな性格なのかもしれない。……よかったぁ。

 

 

 

 ―――それじゃ、あとは任せるぞ。

 

 安全を確保した際のサインを取り決めると、蜻蛉とエイジをつれて、街へと侵入した

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 結論として―――……なんの異常もない。

 

 

 

 警戒しながら街に入って今まで、何の障害もなく、待ち伏せもなかった。ただの安全な/どこにでもあるような【圏内】の町並みそのもの。レッド達が紛れ込んでいるとは到底思えない長閑さだ。

 

「―――なにも、起こらないですね?」

「……今のところはな」

 

 気が緩みそうになっているエイジを諌めた。

 嫌な感じは続いている。街の外よりも、中に入ってからもっと強く、ジワジワと締めつけられているような気持ち悪さがまとわりついている。

 ただ、ソレをわかりやすく説明してやれない。直感でしかなく、共感できない人間にはパラノイアと疑われても仕方がない。エイジには信じて付いてきてもらうしかない……。

 だが、今ここにはもう一人、共感してくれる奴がいる。

 

「油断はしない方がいいでござる。

 この街に入った時から、凄まじく―――臭う。奴らの穢れた腐臭が、そこかしこから漂ってきてるでござる」

 

 言葉遣いも様子もいつもどおりだったが/ゆえにか、ピリピリと張り詰めているのが伝わって来る。何か少しでも異変を感じたら、背中の忍者刀で斬りつけるほどに。

 

「…………本当に、そんな臭いが―――あるんですか?」

 

 そう言うとクンクンと、周囲を嗅いでみていた。……オレも蜻蛉に言われた時、同じ反応をしてしまったが、今は知らぬ素振り。

 

「オレも、臭いはわからないし、ハッキリと言い切れないが……首筋あたりにな、ピリピリする感じがある。『首の毛が逆だってる』ていうやつだろうな。危険なことが降りかかってくる前に、よく起きる反応だ」

 

 お前にも、そんな直感あるだろう……。同意を求めると、肯定のような否定のような沈黙。

 断言できない/そもそもオレに訪ねてきた以上、直感よりも論理型なのかもしれない。……ますますヒースクリフに似てる。

 

「ソロのオレや、単独任務専門の蜻蛉とかだと、自分のこの身体と武装だけが頼りだからな。ほんのわずかな反応でも、気になるんだよ」

 

 直感を信じて育てて、確かな『直観』にしたてた……。蜻蛉の場合は、また別のやり方/不慮の呪いを自分の才能に変えたのだろうが、オレはそうしてきたつもり。

 

「……凄いものですね。さすが、『ビーター』を名乗るだけあります」

 

 エイジからも言われた……。苦笑。『ビーター』はオレ自身が名付け親なわけでないものの、名乗ってはしまった。……それが良かったのか悪かったかは、未だにわからないままだ。

 そう胸の内で思っていると、訂正。オレもまた、呪いを祝福に変えただけだったのかもしれない。ビーターの重責が、こういった危険察知能力を引き寄せたのだろう。蜻蛉と違うのは、呪いの対象が明確な個人じゃないことだけ。

 

 あてどない考察を浮かべながら、そのまま大通りを進む、【転移門】の広場まで進んでいった―――

 すると、門前に、異常なオブジェがそびえ立っていた。

 

 

 

 二人のプレイヤーが、巨大な十字架にかけられているのが、見えた。

 

 

 

 ソレが目に映ってしまった瞬間―――固まってしまった。吐き気をもようしそうな光景だ。

 

 手足を縄で縛り上げられ上で、荒削りな杭で縫い付けられていた。腹には、【貫通継続ダメージ】つきであろう槍まで差し込まれている。打ち込まれたそこから、真っ赤な液体がとめどなく流れ出ている。黄土色の地面には、赤い血だまりができていた。

 悲鳴や助けを叫ぼうにも、猿轡のような粗布まで口に押し込まれていた。かすかな嗚咽だけが、呼気/赤いものが混じったヨダレとともに漏れ聴こえてくる。

 しかも、ソレは太った騎士風の一人だけ。もう一人/軽装の浅黒い男の方はグッタリと、動きがなかった。頭が下げられているので様子も見えないが、となりと比べると静かすぎる。おそるおそるも、彼らのHPバーに目を向けると……全て察せた。

 

 まだ息がある太った方が、オレ達を/救助にきた者たちの姿を目に止めると―――見開かれた。そして同時に、何かを叫ぼうとした。

 ソレで金縛りが解けると、エイジが声を上げた。

 

「【デネブ】、【ヤン】!? 

 待ってろ! 今助けて―――」

「待てエイジ!」

 

 駆け出される寸前、エイジをとどめながら/睨みつけられるのを無視しながら、蜻蛉に確認のアイコンタクト。

 

「―――大丈夫でござるよ。狙撃手はいない」

「爆弾等の罠は?」

「その手の悪意の臭も無いでござる」

 

 自分でも【索敵】で探るも、同じ結論だった。蜻蛉の嗅覚で裏が取れた。

 とりあえずほっと一息、警戒を解くと、留めていたエイジを放した。共に救助にむかう―――

 ただ、先を急ぐエイジを追いかけながらも、頭の片隅では疑問がのこっていた。

 どうして狙撃手がいない? なぜ罠も仕掛けられていない? まだ首筋はピリピリとしているのに……。こんな趣味の悪いモノを見せたかっただけか?

 最大限注意を払いながら、仲間を十字架から下ろすエイジを手伝った。

 

 

 

 まだ無事な太め騎士を、十字架から下ろした。

 少なくなりすぎたHPが怖いので、槍と杭は後回し。まずは【回復結晶】にてHPを全快させると、猿轡を解いてやった。

 すると、ようやく解放された太めの騎士の口から出てきたのは、

 

「……遅くなってすまない。ヤンはもう―――」

「なんで、来ちゃったんですかッ!?」

 

 非難だった。唾まで飛ばしてきた勢いの、溜めに溜めた怒号。

 

 突然のことでアポーんとし、直後あまりの無礼さに腹を立てそうになるも―――気づいた。直観の現象化。

 すぐに、周囲に注意を配ると―――そこにあったのは、紛れもない異常事態だった。

 

 おそらく『ソレ』は、当たり前のことだろう。

 むしろ、今まで反応しなかったのがおかしかった。なぜ素通りし続けることができたのか? なぜ気にせず普段通りの行動を取ることができたのか? 疑問に思うべきだった、もっと探り込むべきだった。

 答えは―――NPCだから。

 ただ決められた行動をするだけの人形だから。目の前で人が磔にさせられ、地面に血だまりができても/今にも死にそうな人間を横目にしても、何事でもない。本気でそうだと『日常』を過ごせる存在だから。……プレイヤーとは、本物の/魂がある人間とは違うから。

 でも、そんなことはありえない/ありえないはずだった。製作者のリアリティの追求度/緊急時の対処法に、今日まで何度も驚かされてきた。

 そんな異常が起きれば、NPCであっても普段とは別の行動をとり始める。動揺し混乱し恐慌状態に陥ると、散り散りに家屋や街角に逃げ込み消える、外には誰もいない状態になる。ほとぼりが冷めるまで/プレイヤーが全員一定期間抜けるまで、街はフリーズし続ける。……コレが、大概の街で起きる対処法。

 しかし今、目の前で起きている現象は、全く違う。

 

 

 

 住人たちが一斉に、立ち止まり、オレ達を見つめていた。

 

 

 

 正確には、オレ達の傍だ。まだ聳えていた十字架と、磔にさせられているプレイヤーを凝視していた。

 老若男女子供さえも。まばたきすらせず、何の感情すら浮かべない無機質さ。まるで、【トルファス】の街全てが、オレ達を見つめているかのよう……。その異物が突然現れたかのように、最大限の警戒を向けている。

 

 あまりの異常事態/静かすぎる重圧に、声も出せない。身動ぎですら命取りになりかねない緊迫感に、息まで飲まされていた。がなり立てている無音のアラームが、音を塗りつぶしていた。……街からの威嚇による金縛り。

 

 

 

 締め上げられた硬直効果は、しかし……数秒足らずだったのだろう。

 解けると同時に/解くように、声を搾りだした。

 

「―――この街に、こんなイベント……あったか?」

 

 誰に向けてでもない自問だったが、ソレで他の硬直も解けたのだろう。

 解放されたのを確かめるように、エイジが答えてきた。

 

「……なかった、はずです。い、いえ! あったとしても、です。ここまでのことは―――」

 

 ありえない……。そうだ、今までの経験からも、ありえないことだった。

 こんなホラーじみた演出を、こんな長閑な町並みで突然始めることなど、ありえなかった。あの茅場がこんな、仮想世界のリアリティをぶち壊すような/メタ的な所業を仕込んでいたとも思えない。……あるとしてもそれは、最後の最後だけだろう。

 

「や、奴らの攻撃スイッチは、『戻ろう』とした時だ。ここから一歩でも、外に向かって戻ろうとしたら……」

 

 一斉に襲いかかってくる……。太っちょの騎士/デネブが、レッド達から教えられたであろうルールを説明してきた。

 一人や数人だけではなく、街の住民全てを操っている……。信じがたいことだが、鼻で笑い飛ばすには命が危なすぎる。そもそもこの異常な重圧感、コレが明確な敵意に変質して、オレ達にぶつけられると考えただけでも……ゾッとしない。爆発するだろうパニックが生み出すものが、オレ達にハッピーな結果をもたらすなど、決してないだろう。

 

(……いや、むしろ()()!?)

 

 いくら何でも、住民すべてを操作するなどおかしい。逆ならば/磔た二人の()()()()()()()()()()だけの方が、実行可能だ。

 

 それに思い至ると、すぐさま調べた。この場に残っているだろう、トリックの残滓を。ストレージから取り出した、高レベルの【鑑定】アイテム/特殊なレンズをもって、見極めていく―――

 

「―――やられた、【偽装の虹晶石】だ!」

 

 露わになったのは、地面に転がっている微小な結晶片。おそらくはオレ達が接触したことで、魔法が解けた際に砕けた残滓。ほとんどは砂地に混じって見えづらくなっていたが、血だまりの中では虹色の燐光は目立つ。

 【偽装の虹晶石】―――。対象者に偽りの姿をもたらす/相手の認識を変えることができる結晶アイテム。モンスターに偽装することで、エンカウント率を下げることもできる。

 今回使われた偽装は、周辺ともに不可視化で、対象者はこの街の住民だろう。通常は他プレイヤーの認識を変えるものだけど、NPCにも適応は可能だ。全対象から限定対象することで効果時間を延ばせるし、『看破』条件を難しくもできる。『看破』されたことに偽装処置を施せるのも、その一つだ。

 証拠をつまみ上げて、見せた。

 

「……迂闊。

 スマンでござった」

「お前だけの責じゃないさ。それに、【虹晶石】使われちゃ仕方がない」

 

 特殊な嗅覚であっても、システム的に/認識そのものを曲げられてしまったらどうしようもない。……結晶アイテムの怖いところだ。

 

「だ、だから、来るなって言おうとしたのに……」

 

 もはや後の祭りだ。太っちょ/デネブには伝える術はなかったし、オレ達も読みきれなかった。

 なので、起きてしまったことはしょうがない。後はただ、この危機を乗り切るのに集中するだけだ。

 

 意識を切り替えると、おそらくは不愉快極まるだろうレッドの意図は脇に置いて、蜻蛉がルールの精査をしてくれた。

 

「デネブ殿、でござったな。

 『戻ろうしたら発動』であるならば、前に進む分には問題はない、ということでござるよな?」

 

 このまま、あの転移門を通ればいい……。罠の可能性しかないが、ルール上はそうなるだろう。ここまで何事もなく来れたことからも、『進む』方角になるのだから、襲われることはないはず。

 

「……わからない。僕はただ、そう聞いただけだから」

「重要なことだぞ、問いただしてなかったのか?」

「いいさエイジ、ソレだけでも。

 奴らにとって『ゲーム』は神聖なものだ。だから、ルールもあやふやなものじゃないし、まして曲げたりもしない」

 

 意味不明なこだわりだけど……。奴らはソレを美学というのだろうけど、オレからしたらカルト以外の何物でもない。勝手に自惚れていればいい。

 

 確認がとれると、あらためて自分たちの目的を思い出した。アスナ他囚われたプレイヤーの救出、できれば一刻も早く。ソレを加えての結論は―――『別にかまわない』。

 罠ごと食い破るだけ、問題はない。あとはどうにかして、包囲してくれている仲間に伝えるだけだ。全くもって簡単な話になってしまう、そもそも現状は罠ですらなかった。……よほど、次の罠で仕留められる自信があるのだろう。

 肩透かしな気分で、警戒まで解きそうになると、

 

「…………《メッセージ》が送れない、です」

「? どういうこと―――」

 

 直後、目の端で捉えた。この異常現象の、核たる異常が。

 

 

 

 空が、止まっていた―――。

 

 

 

 自然に流れていた雲が、止まっていた。風が止まっていた。圏外の自然風景まで、止まって見える。まるで、天球にピッタリと貼り付けられた写真を見せられているかのように……。

 地面を見渡しても、異常があった。ゆらゆらと揺れていたはずの草花も、ピタリと/不自然に固まっている。一瞬で凍りついてしまったかのように、空間に縫い止められたしまったかのように……。それまでは繋がっていた何かから、絶たれていた。

 この異常現象には、見覚えはあった。

 

「―――【インスタント・領域(フィールド)】で、ござるな」

「ああ……。切り離されたようだな」

 

 【インスタント・フィールド】―――。共有フィールドから一時的に切り離された、見えない密室空間。

 圏内やダンジョン内/囲われた一区画内で、クエストが開始される時に起きる現象。共有フィールドから固有の/他プレイヤーからは見えない一時フィールドに送られることで、クエストの専有や渋滞を防いでいる。MMORPGには必須な処置だ。

 ただ、今回のコレは、用意されたクエストによるモノではないはず。プレイヤーによる混乱行為ならば、共有フィールドのままでもいいはず。今までも対処しきってきたように、同じような処置だけですませられるはず。

 それでも今回は、このような切り離し処置が断行された。それはつまり―――

 

「『プレイヤーによる、この世界への過干渉による波及被害を防ぐため』……ですよね。あの【バニッシャー】と同じような防衛処置、だと思われます」

「だろうな……。全く! やってくれたよ」

 

 【バニッシャー】―――。【圏内】において、プレイヤーによる過度な犯罪・異常行為がなされた際、何処からともなく現れる特殊な警察。そのプレイヤーを圏外へと放逐して、街が修正されるまで立ち入り禁止してくる。

 通常、彼らが出張ってくることはない。その前に、NPC達が街の何処かに隠れきってゴーストタウン化してくれる。だけど、積極的にテロ行為をしようとの意思をもち、ソレを遂行出来るだけのレベルと武器の持ち合わせのあるレッド達の場合は、違う。逃げようとするNPC達を捕まえて、隠れられないようにしてしまえる。『壊れる』ことで消えることすら防がれる。そういったレッドな輩のために、【バニッシャー】が出張ってくる。

 今回は、そんな彼ら/防衛処置ですら対処しきれない悪影響、ということだろう。避難誘導が実行される前に/【パニッシャー】の対応能力を超えるほどの大規模なテロ行為を爆裂させることで、召喚させた。……名付けるなら、【インスタント・監獄(ジェイル)】か? あまりにも強制的なので、『領域』とは呼べない。

 

 ここはもう、共有フィールドじゃない。切り離された亜空間の中だ。しかも、【インスタント・フィールド】と同じものならば、閉じる条件も同じになるはず。

 となると、もう一つ……恐ろしすぎる懸念が出てきた。

 

「『制限時間』があったら、この空間は拙者らごと消去されてしまう……ので、ござるよな?」

 

 できれば否定したいが……その可能性は、ある。

 クエストによって生まれる亜空間は、次へのフラグを回収しきるか消失してしまうことで、消えてしまう/共有フィールドへと自動転送してくれる。そのフラグ回収条件として、制限時間が設けられている。明記されていない場合でも、他のクエストとの兼ね合いで、自然消滅してしまうことがある。

 今回のこの『監獄』は、発生条件が『プレイヤーによる大規模なテロ行為』。【バニッシャー】と似たような/拡大した防衛処置。であるのなら、消失条件は自ずと見えてくるだろう。……自主的に出て行かなければ、街ごと消滅させることも辞さないはず、そのために共有フィールドから切り離しているのだから。……もしもそうなら、『監獄』では生ぬるかった。

 

「この【転移門】が出口、ではない……ですよね?」

 

 ほぼ絶対、違うだろう。共有フィールドであったのならいざ知らず、本当に【転移門】なのかどうかすら不明だ。何より、レッドの奴らがそんな安易さに仕立ててるとは思えない。だけど……惹かれてしまう答えだ。

 

 なら、試してみるか……。そうエイジを茶化そうとしたら、蜻蛉が腰のポーチからアイテムを取り出してきた。手のひらサイズの、穴の空いた円盤に十字の刃ついた投擲武器=【手裏剣】を。

 輪に指を入れると、構えながら高速回転させて力を溜めた。そして、一定上のスピードに達するとそのまま―――投擲した。

 シュッと、軽い擦過音とともに手裏剣が転移門に投げ込まれた。黒光する虚の中に、溶けていった―――……。

 そしてそのまま、なんの反響もなし。

 

「―――やはり、戻ってこないでござるな。ダメージを与えられなかったら絶対、手元に戻ってくるモノであったのでござったが……」

 

 オレが、袖内に仕込んだワイヤー付きのピックでやろうとしたことを、代わりにやってくれた。

 無線のヨーヨーでは、まだ確信しきれないところはあるが、今はそれで充分だろう。あの転移門の危険性は証明された。むしろ有線だったら、ワイヤーを伝ってオレ自身にも伝染した可能性があった。……先に試してくれて、助かった。

 そうなるとアレは、出口というよりはむしろ、球体型のシュレッダーだろう。時間とともにどんどん膨張することで、プレイヤーを追い立てる、この一時的な空間を消去するブラックホール。その先で、命を保ち続けることは……難しいだろう。

 

「つまり……戻るしかない、でござるな」

 

 あえて、地雷を踏まなくてはならない……。爆発して足が吹き飛ぶ前に、駆け抜ける必要があるが、足でまといがいる。最小限になるようにしながらも、耐え続けなければならない。絶望的な縛りだ。

 全員がソレを理解し、青ざめかけると、

 

「後ろ向きなのは頂けないな。進むだよ、()()

 

 あえてニヤリと、不敵に笑った。

 そう、こういう絶望的な状況こそ笑うのだ、笑い飛ばしてやる。ただの面白いイベントなのだと、仕掛けた輩を鼻で哂ってやる。……そうやって今日まで/ここまで、可能性をつなげてきたのだから。

 

 オレの焚きつけが伝わってくれたのか、皆の顔にも色が戻ってきた。

 その、空元気ながらの勢いを背に、不安な心を叱咤すると、前へと一歩―――踏み出した。

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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