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―――大人しく、従ってもらえるよね? そうしてくれたら、解放してあげるよ♪
さもなければ―――。彼らを殺す。
捉えた団員たちの首元に、鋭利な刃をあてがいながら。ジョニー・ブラック以下仲間たちによる卑劣な脅し。……子供っぽい楽しげな口調とは裏腹。残酷な悪魔の顔も見せてくる。
ここは【圏内】だから安全……。そんな常識が、対応を遅らせた。
なんで『彼ら』が裏切ったの……。そんな想定外に、全てが食われた。
何もかもが突然で/異質すぎて/意味がわからなくて、ただ、見ていることしかできなかった。
チャンスを伺うも……できなかった。隙も見当たらない。
舌打ちが顔にまで出た。脅しではなく本気だからこそ、退かざるを得ない。奴らは一切躊躇わないことは知っている。
だから、
―――副団長! 俺たちに構わず倒し―――ッ!?
団員の一人、最後まで言い切る前に―――首をかき切られた。
真っ赤な鮮血のライトエフェクトが、傷口から噴出する。
瞬間、現れた感情は……怒りではなかった。
まるで、赤い光で煌く花火のようで、綺麗ですらあったから。『無残に殺されたのだ』という現実は、遅れてやってきた。……猛烈な後悔とともに。
噴き出す激情のまま、吼えようとするも―――となりの女子団員の悲鳴に、遮られた。
喉から飛び出る寸前、唇を噛み締める/何とか抑え込んだ。……とどめた怒りが我が身を焼く。
しかし無理やり、頭だけでも冷静さへとパージ/今日まで前線で生き残ったことで身につけざるを得なかった精神コントロール技術、観察させる。
現れた違和感。ソレをやった男には……なんの変化も見られなかった。無抵抗な他人の首を掻き切るおぞましさへの無頓着然り、なぜ【圏内】で攻撃できるのか然り、頭上のカーソルまで変色していない異常事態。
なんで―――。すぐに自答、相手は
―――従ってくれるよね♪
……返事は、持っていたレイピアを投げ捨てるしかなかった。カシャカシャンと、愛剣が虚しく地面に転がる。……なぜか、酷く非難されたような、失望させられたように感じた。
地面に組み伏せられていた瀕死の団員たちは、「ダメだ……」と悔しげに漏らしてくれた。
だけど……仕方がない。今はこうする他に、名案が浮かばない。
黒ずくめの『あの人』なら、もっと上手くできたんだろうけど……。心の内で助けを求めるも、来るわけがない。幾らなんでも期待しすぎ。そしてすぐさま、頼ってしまう甘さを叱咤した。
そんなことで【
―――よかったぁ、話が早くて助かるよ。さすが『閃光』♪
―――どこへ連れて行くの?
着いてからのお楽しみ……。期待はしていなかったけど、やっぱりはぐらかされた。
完全に武装解除すると/そもそも【圏内】なのでどうしようもないけど、仲間だろう男の一人が進み出てきた。
その手に、眉をしかめざるを得ない結晶アイテムをかざしながら、
―――へへ、それじゃ早速―――『ドレイン・アスナ』!
【吸魂の灰晶石】―――。他プレイヤーの経験値を奪う/『レベルドレイン』を引き起こす結晶アイテム。
捕まえた犯罪者が逃亡しないようにするため、基本的な拘束処置の一つ。【麻痺】や【石化】よりも先に行う/免疫力を落としてからの方がかかりやすくなる、といった意味合いもある。……話には聞いていたけど、まさか体験することになるなんて。
でも―――ソレは想定内。ちゃんと対策はしている。
呪文とともに飛び出た悪霊らしき黒い霧が、私に飛びついてきた。そして、めいいっぱい経験値を奪って結晶の中に戻っていくのだけど……違う反応。
予めしていた『対策』による防御の光膜が―――バチンッ、悪霊を弾き返した。
そして逆に、術者本人へと跳ね返った。
―――ほえッ! あ…………あれぇッ!?
な、なんで俺にかかんだよッ!?
―――ぷはッ! あっはははは!
お馬鹿な奴♪ 対策ぐらいかけてるのに、決まってんじゃん♪
先に言ってくださいよ……。私のレベルドレイン対策=体に直接刻んだ《呪法反射の聖痕》により、自分自身の経験値を抜き取ってしまったマヌケな男は、戻そうと/落とした結晶を拾い上げようとするも―――仲間に阻まれた。寸前で踏まれた。
ポカーンとするも、すぐに「おい、この足どかせ!」とドスを効かせるが……横合いから、割り込んできた仲間から蹴り飛ばされた。
突然できごとに、衝撃のまま倒れ尻餅。何が起きたのか/なぜこんなことをしたのか見上げると、他の仲間も参加し始めた。―――袋叩きにされた。
みな笑いながら、楽しそうに、仲間だった男を容赦なく痛めつけていく。まるでただ、遊んでいるだけのように、無邪気な狂気の儀式……。
異常過ぎる光景に慄然とした、目を奪われてしまった。
なんでそんなこと、仲間のはずでしょうが……。非難虚しく。袋叩きにされた男は、徐々に、動かなくなっていった。恨みの悲鳴すら聞こえなくなる。むしろなぜか、楽しげな笑い声が聞こえてきたような……。
改めて、彼らの異常性を認識させられた。……コイツらは本当に『人でなし』だ。
―――さてさて! これで『メッセンジャー』は決まったね♪
つぎは誰がやってくれるの?
―――はいはーい! 俺がいきまーす♪
―――? 何するつも―――ひゃぃッ!?
強気に振る舞い返そうとするも、奴の仲間から……汚い手で触られた。身動き取れないように縛り上げてる最中に。
思わず振り返り、睨みつけると、「へへ、けっこう可愛い声で鳴くじゃん♪」。ニヤニヤと下劣さを隠さぬ笑みを向けてきた。
生理的に拳を握り締めた。そして反射的に振り上げ、振り抜こうとまですると……沸いた疑問が止めた。
なぜハラスメントコードが発動しないの?
―――ちゃんとした身体チェックはね、NPCにしかできないんだよ♪ 知らなかった?
こちらの心を察したかのように、ジョニーが答えた。
本当かどうかはわからないが、納得だ。【圏内】同様、ハラスメントコードもプレイヤーにのみ作動するメタ的な処置だ。
と同時に、新たな疑問。そうなるとコイツは……
―――ただし、
―――……そういうことに、なるわよね
あれ、驚かないんだ? ……キョトンとした、イタズラが不発に終わったかのようなムクレ顔を向けてきた。
残念ながら、すでに知ってた。『先の事件』から、こんなこともあるだろうとは、想像できた/心構えだけはできていた。……ただ、実際に向き合ってみると、ゴ○ブリに触れられた並みの不愉快さだけど。
そんなことを思っていると、また不快な手が差し込まれてきた。今度はもっと、大胆になって、「ちゃぁんと調べないとなぁ♪ 女は隠すところがいっぱいあるし」と……。
あまりの露骨さに/その感触の気持ち悪さに、理性が振り切れそうになる―――寸前、
―――おい! 続きは後にしろ。先がつかえてる。
―――……ちッ。わぁったよ!
仲間から忠告に、舌打ちながらまさぐりを止めた。……不愉快な晒し者も、最後の臨界点を越えずに数分のみで終わった。
そして、ただの身体チェックだったと言わんばかりに、下衆な笑みを向けながら離れていった。……コイツの顔は、しっかりと覚えた。
―――それじゃ、出発進行♪
―――ちょっと、約束が違うでしょ! 彼らは解放するって―――ぐッ!?
最後まで言い切る前に―――首枷を引っ張られた。
―――そんな約束、した覚えはないよ。……そうだよね?
―――ええ、全く記憶にございません♪
ニヤニヤと笑い合う、あからさまに約束を反故にしてきた。
歯噛みするも……理解が降ってきた。
『約束』は対等な者同士だから守る。強者は、あとで幾らでも塗り替えることができる。そして今の私は……そうじゃない。今私が対峙しているのは、決闘やスポーツじゃなく『戦争』だ。
だから、悔しさは全て飲み込んだ。今だけは、奴らが定めたゲームに従うしかない。……来るだろうチャンスのため、臓腑の底にしっかりと貯めておく。
科せられた身体束縛の鎖に引っ立てられながら、奴らのアジトまで連行されていった―――……
◆ ◆ ◆
救出隊から別れた後、『例のブツ』を取りに急いだ。
55階層の主街区【グランザム】―――。通称『鉄の都』。
その名のとおり、全体がほぼ金属でできている機械の街並み、街路樹すら金属製との徹底ぶりだ。現在【Kob】の本拠地が置かれている街でもあるが、今はそちらに用事はない。
向かったのは、この鉄の都にホーム/『工房』を据えている職人達の一人だ。
良質な金属素材が格安で手に入り、加工するための竈も一級品、おまけに雇える職人NPCの腕もいい。職人/特に鍛冶屋を志しているプレイヤーならば、誰もがここに工房を持ちたがる。……そんな憧れを叶えた者の一人/あまり嬉しくない腐れ縁の男の工房だ。
【転移門】から先、本通りから外れ、裏路地へと。狭い道を縫うように進む―――……
「―――くそ! やっぱりダメか……」
急いでるってのに……。あるはずの目的地にはたどり着けず、つい先ほど通ったはずの道に戻されていた、いつの間にか。……前回来た時よりも、さらに徹底してやがる。
ホームの《迷宮化》―――。訪問者の選別/侵入者を追い返すための、プレイヤーメイドの防壁。
建物だけでなく、周囲の土地や道路まで買い取ることで、そこに簡単な『迷宮』を敷設できる、訪問者を限定し簡単には出られないようトラップを仕掛けることまで。HPにダメージを与えたり状態異常を引き起こすなどの直接攻撃は【圏内】の制約にて不可能だが、それ以外の邪魔は可能だ。特にこの【グランザム】のような、ほぼ完全な人工の街だと、改築は簡単かつ効果抜群。
今回奴が仕掛けた罠は……残念ながら、解明しきれていない。あと何回か試さないと見えてこないだろう。ただ、一般論としてわかっているのはある。《道路のエスカレーター化》だ。
よぉく目を凝らして地面を見てみると……うっすら、継ぎ目のようなモノが浮かんできた。構成素材も少し違っている。
プレイヤー全員に標準装備されている/このゲームを運営するために必要な演算力を最小化するためのディティールフォーカス機能=注目しなければ細部は視覚野に映らない。さらに、ステータスの感覚値による情報制限で、ある一定の数値に達していない者には見えない二段構え。ただそこを通るだけでは、周囲の特徴のないのっぺりとした風景も相まって、微速過ぎる誘導処置に気づくこともできないだろう。……これだけでも、かなり選別されてしまう。
大きくため息をつくと、予め教えられた所定の行動をとった。渡されていた指輪/奴のホームに入るための許可証/迷宮に嵌めてくるAIを作動させないための印に、はめ直す。まずはコレからだ。
今まで装備した指輪と交換した―――途端、体に見えない重荷が乗ったような感覚。実際視界にも、装備変更によるステータス変動値が表示されていた。
自重が重くなった=敏捷値が下がった分、防御力が上昇している。ただし……それまでの指輪の効果とは雲泥の差、そもそもそんな交換条件など無い。低階層でも手に入れられる/NPCの店でも買えるほどの安い指輪だ。ソレを改造して、入場パスを組み込んだプレイヤーメイド品。
工房に入ってくるプレイヤーの力を削ぐための処置だ。【圏内】では防御力などほぼ無意味だが、敏捷値のマイナスは大いに効く。加えて、貴重な指輪装備枠を一つ潰すこともできる。さらに他にも何か、仕掛けてるのかもしれない、前回は小型爆弾が組み込まれていた。ダメージは無効だったが、猛烈に臭かった。……相変わらず、病的を疑ってしまう心配性だ、ぜひ見習いたい。
指輪の他にも、まだある……。頭の装備を特性のゴーグルに、ヘッドホンのような耳あてにも付け替えた。……迷宮の欺瞞誘導から目的地までの正しいルートを示してくれるナビ/入場者の感覚値を削ぐための枷だ。
準備を整えると、再度挑戦。戻された道を行く―――……。
ナビを頼りにようやく、玄関らしき場所までたどり着いた。……今度こそ間違いないはず。
ドアノブに手を伸ばすと……中から怒鳴り声が聞こえてきた。中にいる誰かが、いがみ合っている声……?
何事か!/まさかレッドの手がここまで伸びてたのかと警戒。
ノックもせず押し開けるようにして、急いで入ってみると―――
「―――信じられない……。どうして君はそう、いつも適当なんだよ。
もっと精密にさ、設計通りにできないの?」
「いちいちうるさいわね……。ちゃんとできたんだからいいじゃない!
アンタこそ、それでも職人の端くれなの? もっと自分の勘を信じなさいよ」
僕はそんなものになった覚えなんかないよ……。諦め混じりの嘆息。噛み合わなさにガックリと肩を落としていたのは、この工房の主人=【コペル】。
対しているのは、
「……それで? ノックもしないでさ、何の急用なのキリト?」
「へ? キリトって―――…… ッ!?」
入る前から気づいていたかのようなコペルと対照、いがみ合っていた少女=【リズベット】は今ようやく気づいたかのようで、慌てていた。
『魔剣』制作の素材集めの際、紹介してから今日まで、付き合いを深めていった二人。
互いに一級の鍛冶屋と細工師であり、仕事仲間として協力するようになった。『魔剣』制作の依頼があのような結末を迎えてしまった傷心からも、より仕事に入れ込むようになったリズベットは、積極的にコペルとの共同作業を請け負ってきた。奴が攻略組御用達の発明家でもあることから、リズベットがほぼフリーの凄腕鍛冶屋であることからも。
なので、仕事仲間以上にも発展してそうに見えるが……憶測でしかない。本人たちには聞くこともできない。コペルの特殊すぎる性格に首を傾げざるを得ないし、リズベットの癇癪に至っては、触らぬ神に祟りなし。
実に間の悪い時に割り込んでしまった。
どうしたものか……! 閃いた。
「今日の迷宮がヌルかったのは、痴話喧嘩してたからか?」
「ち、痴話喧嘩なんかじゃないわよ!?」
慌てて/怒るようにリズの方が訂正してきた。
そんな早過ぎる返事だと、否定じゃなくなるだろうに……。とは返さず、勘違いでズレた調子を整えると、急用をつげた。
「『攻略会議』が早く終わったんだ。だから、先に取りに来ようかと思ってな」
「あと3時間と4分経てば、届けてあげたのに、わざわざ?」
「直接仕様を訊きたかったからな、できれば微調整もやってもらいたくて」
あと、お前を驚かせたくてな……。当たり障りのない/真実も織り交ぜた言い訳に、一応は納得された。リズに至っては、『攻略会議』との婉曲表現に引っ掛かったのか、黙って眉をしかめていた。
まだ二人は、何が起きたのか知らないのか……。当然といえば当然だろう。【聖騎士連合】以下攻略組全体での情報規制だ、【軍】とてそれなりに協同歩調をとっている。口さがない情報屋とて、事の重大さに口をつぐんでくれるだろう/喋ればレッドと関わった罪で問答無用で犯罪歴がついてしまう。なので、今日限りは皆、『いつも通りの日常』に留まってくれるはずだ。
「もしかして……まだでき上がってなかったのか? それで痴話喧嘩してた?」
「もうでき上ってるよ。……先のことは、コレについてさ―――」
それとなくプライドの刺激誘導に乗らせると、奥の作業台に乗っているものを示した。
「……なんだ、そのぉ……変なベルトは?」
「『変な』とは失礼ね! めちゃくちゃカッコイイじゃない!」
リズの鼻息の荒い激オシに、若干引いてしまった。
何事かと思いコペルに目を合わせると……肩をすくめていた。
「あの腕時計の改良版さ。
あっちは一回限りの消耗品だけど、コレは装填したクリスタル分の『強化』ができる。腰元についてる弾倉に新しいクリスタルを込め直せば使える」
「私はバックルにつけるべき、て言ったんだけど……」
変なこだわりをみせてきたが、無視。新しい発明品/オモチャに目を光らせた。まさか、そんな物まで作ってくれていたとは……。
「面白そうだけど……装備とタブらないか? 下半身がそのベルトだけになるなんて嫌だぞ?」
「大丈夫よ、システム的には問題なし! ズボンの付属品になるように調整したから」
「むしろ下半身装備で守ってもらわないと、すぐ壊れる。耐久性に難あり。……これからの研究課題だよ」
クールに説明するも、端々からいつもの特殊性癖がにじみ出ていた。オレにテストさせて早く次に進みたいと、もっともっと新しいモノを作りたいと鼻息荒く……。まさかリズが、図らずもだろうが、だれかの抑え役になれるなんて。
新しい人間模様に感心するも……現実は忘れず。これから行かなきゃならない危険地帯のことに切り替えた。……少しでも、使えるものはあった方がいいかも、
「―――よかったら、そいつも使わてもらっていいか?
使い方は、前のモノと同じだろ?」
「え……? ちょ……だ、ダメよ!? 絶対ダメ!
まだ実戦で使えるかどうか―――」
「「やってみなくちゃわからない!」」
ハモった……。おもわず、顔を見合わせてしまった。
気恥ずかしい空気になりそうになる前に……コホン、
「……コイツが、オレの目につくところに新しいオ……発明品を置いておく場合はさ、誤作動なんて起きない代物ってことなんだよ」
「そういうこと。キリトの手癖の悪さは、もうどうしようもないからね」
ひどい言い草だな……。苦笑するしかない。前歴がないわけでもないから、強くは否定できない。それに、テスターとしても、余すところなく使い切らなきゃならないし。
「装填数は3発で、予備はこの2発だけ。
弾は消耗品だから、すぐに新しいのは作れるけど、ベルトはそうじゃないよ。十分注意してくれ」
「『すぐに』てのは、まだ手元にある、てことだよな?」
「……ご期待には沿えずさ。中身を詰めてないのしかないよ」
「いいよ、それでも。中身は他のやつに頼むよ」
これから『攻略』するなら、できる奴がいても自然だ……。やり方は心得ているし、オレの他にも『コペル印』を使ってる奴もいるから、話は通りやすい。……救助隊の中にも、【瞑想】や【車輪】を使えるプレイヤーはいた。
こちらの意図は悟られず、呆れ気味に肩をすくめられると……残していた空弾/《改造記録結晶》もゲットした。
予期せぬ切り札を手に入れると、用意してもらった方も確かめた。
オレの切り札の一つ、今のところユニークスキルな【二刀流】のための、二本目の愛剣。仄かに燐光を煌めかせる、雪色の直刀型の片手剣《アビストレイサー》。作者はもちろん名工リズベットだ。
一級品の業物、だけど……古株の愛剣には及ばず、『魔剣』じゃない。60階層以上の敵に使えば、すぐに磨耗し切るか折れてしまう。現状で持ち得る最高の素材で打ち出すも、コレが限界だった。……残念ながら、これからの死闘にも使えそうにない。
だからこそ、改造を施した。柄頭から、オートマチック拳銃のカートリッジのような金属棒が見える、スライドして抜き出せる。
《擬似魔剣》―――。まだ正式には決まっていないので仮名、でも効果はわかりやすく示している。
新しく取り付けた/中を空洞化した柄に入れ込んだ金属棒には、武装用の《修理粉》を液状化したモノを詰め込んでいる。刃が破損し耐久値が一定数に減少したら、すぐに/自動的に注入して回復させる。魔剣の不死身じみた耐久値を擬似的に再現してみせた。……ただし、あくまで擬似的だ。
自動回復によって耐久力は大幅に増大するも、戦闘継続数が2・3体から10体ほどにあがっただけ。一回分の《修理粉》の限界。交換すればまた使えるも、通常の《修理粉》とは違う特殊かつ液状タイプなので、ダンジョンの中で自作して補給することができない。加えて、柄を空洞化ほか色々と削ったので、そこの耐久値は限りなく減衰している。激しい鍔迫り合いや高硬度の物体への攻撃などを行えば、すぐに全壊してしまう。柄が壊れれば、《修理粉》の注入も止まる。……攻勢の時しか使えない。
だけど……構わない。メリットに見合うリスクだ。【二刀流】で防勢などありえない。ただ目の前の敵を殲滅するのみ、攻勢しかないソードスキルだから。
「―――うん、こっちもいい感じだ。
二人とも、いい仕事してくれたじゃん!」
「私としては、あんまり褒められたくないけど……。次までの繋ぎとしては、マシなものができたと思うわ」
「『繋ぎ』とは失礼な言い方だね。コイツの可能性は素晴らしいよ、まだまだ改良することもできる。それに、何よりさ、魔剣がなくて苦渋を舐めさせられた奴らが、待ってた武器だと思うけどね」
そうだろうけど、気に食わないの……。鍛冶屋としてのプライドだろうか、完璧な魔剣でないことにリズベットは不満げだ。が、オレとしてはコペル寄りだ。理想の魔剣よりも、現実的な魔剣だ。
「それじゃ、試し斬りでもする? 微調整したいんだろ?」
「え? あ! あー……やっぱり、いいよ。
【二刀流】自体、そう使う場面もないだろうし」
例えレッド相手でも、他に頼れる猛者たちがいるのだから、わざわざ無理する必要もなし。……その猛者たちにもできれば、見せたくないし。
誤魔化ように言い訳すると、追求される前に/早々に退散した。
「それじゃ、いつもどおり、使用データは《記録結晶》に保存しておくよ」
喧嘩せずに、仲良くやれよ……。つけたした軽口に、リズの恥じらいともとれる憤慨が反射。それを背で受け流しながら、コペルの工房から退出した。……少し強引だったけど、現状がバレるよりはマシだ。
もらったアイテムを《指輪》のストレージに保管すると、一路、救出隊のもとへと向かった。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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