偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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はじまりの街 レクチャー

 突然シャシャり込んできた赤バンダナ男。その勢いにのまれ、断るでもなく了承するか考える間もなく、あれよあれよと圏外(フィールド)まで流された。そして望み通り、別に嫌々でもないが、このゲームでの戦い方のレクチャーを始めた。

 戦闘のいろはは、チュートリアルや【初心者の館】で教われる。そこでみっちりコーチを付けてもらえば十分に事足りる。ただ、実際のフィールドや戦闘の流れの感触を掴むためには、体験するしかない。チュートリアルでも館でも、ここで出現するモンスターではなく、影を立体化した真っ黒で胸にポッカリと穴があいた【擬似生物(ハートレス)】=特定箇所からほぼ無限に汲み取れる魔力(館のNPCたちは【地力(アース)】(略称アス)と呼んでいる)を【魔導核(コア)】を中心に術で練り固めた下僕が使い捨てサンドバックとして使用された。ので、初回戦闘の予習にはならない。

 ゆえに、慌ててしまうのは仕方のないことだが―――

 

 

 

「ぬおっ……、とりゃぁッ……、うえひぇぇっ!」

「ははは! そうじゃないよ。重要なのは【初動モーション】だ、クライン」

 

 巨体の割に機敏に動き回る青いイノシシ=【フレイジーボア】に四苦八苦しているバンダナ男=クライン。ソレを見て俺は、思わず笑い声を上げてしまった。

 

 【はじまりの街】周辺の平原フィールドに出現するフレイジーボアは、スライムレベルモンスターに分類されている。……いわば雑魚だ。

 直接遭遇したことはないが、現実のイノシシに酷似した姿と行動パターンで、攻撃方法は突進による体当たり以外にない。直撃しても10分の1もHPは減らないが、加味している【吹き飛ばし】効果によりランダムで【崩し】デバフを食らってしまう。一度空振りになってもすぐさま踵を返してもう一度トライしようとする。だけど、俺が知っている限り、立て続けに攻撃が空振りになると足をくじくか体をよろめかさせて倒れる。【転倒】状態の無防備を晒す。―――ソレが狙い目だ。

 短い手足をジタバタさせながら、まん丸と膨れ上がったその腹に最大の一撃を叩き込む。ソレこそがこのフレイジーボア攻略の最適解=5ツ星の【戦闘評価】を得るために必要な行動でもある。4つ星以下とは獲得できる【経験値】やレアアイテムドロップ率も一回りは上なので、ぜひとも獲得していきたい、この初期の初期ならなおさらだ。

 ただ、そんなことをしなくてもこのイノシシは倒せる。レベル1でもゴリ押しでも素手ですら、倒せてしまう。ソレほどによわい。ゆえに初めて遭遇するには/訓練には、うってつけのモンスターだったが……

 

「そんなこと、言ってもよぉ。あいつ、動きやがるし……」

 

 クラインは、決定打を与えられずに嘆いていた。

 

「当たり前だ。訓練用のカカシじゃないんだ」

 

 泣き言をぼやいているクラインに、呆れ気味で叱咤した。

 初心者だから、という言い訳はきかない。センスがない、やる気はある以上そう言うしかない。センスがない、大事なので二度言ってしまう。

 オレたちを引っ張ってきたのは、一人じゃ無理だったかららしい。だからコレは、少なくとも二度目の再チャレンジだった。コーチの補助をつけての敗者復活戦だ。

 

(ハッキリ言って、センスがないだけだな……)

 

 オレたちを(厳密にはオレだけだが)βテスターだと見抜くセンスはあったのに、戦闘のセンスはからきしだった。……もしオレたちがいなかったらコイツは、ここで財布の中身までカラになるかゲームオーバーになっていたのかもしれない。

 ログインした初日、このゲームを数ヶ月前から心待ちにしていたであろう同胞の一人だ。浮かれてその勢いのまま楽しみたい気持ちは十二分にわかる。なので……、言わないでおくことにした。

 

 クラインは、何度ものアタックの末、HPが半分ほどにまで減っていた。半減域より下がるとHPバーの色も緑から黄色に変わる、あと一撃でそうなるはず。

 返ってイノシシの方は、ほとんどHP減らしていない。体力も気力も満タン、無傷かつ連続で攻撃を当てているので【戦意】値まで上がっている、かなり【潜在能力値】を引き出せている状態で攻防力・回避率・クリティカル率まで上昇している。フゴフゴと鼻息荒く/目までギラつかせ、次の突進に備え力を貯めていた。……こんなに意気揚々と輝いているフレイジーボアは、見たことがない。

 

(それに比べて―――)

 

 隣に目を向けた。―――ソレを見て、思わず唸ってしまった。

 広々とした草原の中に一人、コウイチは立っている、彼の主武器である槍を構えながら。両手でしっかりと握りほどよく腰を落とした構えは、無駄な力みがなくゆったりとし、それでいて/ゆえに隙が見えない。気が滞りなく充填している自然体。コレが初めてだとは、クラインと同時期だとはとても思えない熟練があった。

 その視線が向いているのは頭上、相手にしているのはイノシシじゃない。バタバタと中空を飛びながら、攻撃の隙を伺っている長い嘴をもつ暗灰色の鳥=【プレーリークロウ】。この初期でなくてもかなり厄介な/迷惑なモンスターだ。

 飛行型モンスター―――

 この世界では、銃や魔法のようなほぼ必中の遠距離攻撃手段は存在しない。遠距離攻撃自体少ない。手に持った武器を振りまわすだけで中距離が限界だ。ただ唯一、【投剣】という遠距離攻撃手段は存在している、モノを投げて攻撃する。この初期であっても使えるソードスキルだ、どこにでも落ちている【小石】でも使えるので金も手間もかからない。だけどコレだけでは決め手に欠ける、牽制かヘイト稼ぎ程度にしか使えず、かなりのレベル差がなければ追撃での仕留めもできない。必要だけど十分な機能を持ち合わせていない不満が残るスキル。遠距離攻撃ゆえに空を飛ぶ敵にも使えるが、攻撃力が足りず命中率も不安定おまけにアイテムを使用するので金もかかる。ゆえにこの初期において、飛行型の敵はどれだけ弱かろうとも強敵になってしまう。他のモンスターと組まれたら、逃げることも考えに入れないといけなくなる。

 幸いなことに今、コウイチが相手にしているのは鳥一匹、殺されることはない。が、倒すことも難しい、槍の間合いであっても空に逃げられたら攻撃を当てられない。ヒット&アウェーでくるところをカウンターをブチ込むしかない。ただしソレは、慣れているオレであっても5回に1回以下でしか成功したことがない。【小石】をぶつけて撃ち落としたところを狙うのがセオリーだ。ただしその小石が当たりしかも落とせる確率も、同程度より少し上といったところ。……用がなければ/二人以上で連携できなければ、無視して逃げるのが吉だ。

 

 互いに視線の鍔迫り合い。鳥はガーガーと騒がしく喚き挑発する、かえってコウイチは静かに狙いを定めていた。その手に小石はない。両手でしっかりと槍だけを構えている。

 【投剣】のやり方は、既に教えた/覚えた、鳥の攻略法も教えた。クラインとは違いトントン拍子で2段階は先に進んでしまった。ので次のレッスンより、クラインの遅れを正す補習に付き合うため自習してもらっていた。その時点でもう、チュートリアルレベルより飛行型対策ぶん問題なく独力攻略に勤しんでもらって構わないほどだが、もう一つだけとっておきがある。ソレができれば、オレから教えられるものは何もない、パーティーとして協力し合うことができる。クラインを仕上げたら、そっちに取り掛かるつもりだった。だが―――、その必要はなくなった。

 なかなか地上に降りてこない鳥、バタバタと中空で羽ばたくだけ。無視して背を向ければその隙を狙ってくるいやらしさ、HPだけ減らされて腹が立つから相手をするも持久戦を強いられる。【スローイングダガー】でも持っていれば一撃で仕留められるも、そんなモノも買う金もない現状、我慢するしかない。業を煮やして暴れてもHPを持っていかれるだけだ。

 そんな飛行型モンスターにコウイチは、手に握っている槍の穂先を向けた。同時に、さらに腰を落としほんの少し前へ重心をずらした。猛獣が今にも獲物へと飛びかかるような姿勢=ソードスキルの初動モーション、繰り出す技は槍単発重攻撃の【パイルバンカー】、クリティカル以上の攻撃力とほんの二割増しほど射程が伸びる/技の後の硬直時間(クールタイム)も長いのではずしたら狙い撃ちにされる。ソレを鳥に―――、放った。ソードスキル発生/成立の、淡い光のライトエフェクトが武器から溢れでた。

 しかし鳥は、背丈の倍以上の頭上で滞空、届かない。ただ隙を差し出すだけ/無意味なソードスキル、彼もイラついて冷静になれなくなったのか……、そのはずだった。握っていた槍が勢いのままスルリと抜け、鳥の腹の真ん中まで発射されたのが、この目に映るまでは―――

 コウイチの槍は、まるで流星のように真っ直ぐと飛び出し、鳥を刺し貫いた。

 避ける暇なく驚く間もなくドテッ腹を貫かれ、そのベクトルにも耐えられず墜落した。そしてボトリと、地面に落ちる前に絶命していた。

 

「―――ふぅ……。何とか、成功したかな」 

 

 オレが言葉も出せず驚愕していると、先までの緊張を解いて一連の体験を反芻していた。忘れないうちに記憶にとどめておこうと、勝利よりも技の練り具合を気にしている職人の有様。

 ありえない事が目の前で、起こった。コウイチが繰り出したのは上位ソードスキルの【投槍】、ソレと酷似させた裏ワザ。【投剣】と基本ソードスキルを織り交ぜた複合技、プレイヤースキルである【急制動(ストップ&ゴー)】を用いた【擬似投槍】スキルだ。

 

 【投槍】―――

 エクストラスキルの一つ、【投剣】の上位版。片手で軽く振り回せるようなモノしか使えないソレとは違って、片手剣や曲剣や槍や両手斧まで何でも、持てて投げれる限りのモノを武器としてソードスキルの力を付加させることができる。今ゲーム最大の遠距離攻撃手段だ。発生条件は、【投剣】と【槍】を鍛え続けることだと言われているが、検証しきる前にβテストは終わってしまった。

 【急制動】―――。

 システムに登録されているスキルではなく、プレイヤー同士で勝手につけた裏ワザ=プレイヤースキルの一つ。システムから付与されている異能にほんの少し手を加えることで、強化・変化あるいは弱体化させることができる。ソードスキルが発動している最中/コンマ数秒間、システムの補助を邪魔せず/キャンセルされるギリギリの境をつかみ『押す』ことで、ダメージ量とスピードを上昇させる【加速(アクセル)】もその一つ。逆に『止める』ことで、方向転換させたりフェイントとするのがコレ。モンスター達との戦闘よりも、複雑な駆け引きが必要なプレイヤー同士の戦いでよく使われる技術。

 【擬似投槍】―――。

 プレイヤースキルの一つ、スキルスロットルに【投槍】を装備していなくても同じ効果をもたらす攻撃を繰り出す裏ワザ。装備している武器にソードスキルの力を付与させて投げる技。単発重攻撃や突進攻撃のソードスキルの最中、【急制動】で一時停止させ急発進する僅かな瞬間、ほんの少し手首を捻りながら手を離すと武器は―――、弾丸のように発射される。失敗すると、手からスッポ抜けての【武器取りこぼし】+ソードスキルのキャンセル+【強制一時停止(キャンセルペナルティ)】+クールタイムで、丸腰をさらしてしまう。刹那の/極めてシビアなタイミングで一連の動きをすると、ソードスキルはキャンセルされずしかし武器は手から離れた状態でゆえに【投槍】だと、システムが誤認してくれる。武器を発射させられる。

 こんな初期の初期ではありえないはずだが、コンマ数秒以下の刹那で正しい判断を導き出すのはどんな演算装置でも不可能だ。それに必要もないだろう。戦闘時に使われるのは一度だけ/装備している武器だけ、使えばソレを手放すことになるのだから、トドメでなければ逆襲にあう。

 

 落ちた鳥の下まで近づき槍を引き抜くと、付いた血を払うようにぶんと横振りした。そして、体に巻いていて襷を絡めて片方の肩で背負うと、振りかえった。

 

「……ん? どうしたキリト、何をそんなに驚いているんだ?」

「いやいや、お前こそ何言ってるんだよ? アレを見せられて驚かない方が、どうかしてるっての」

「そんなにおかしなことを……、したかな?」

 

 目をパチクリさせながら首をかしげるコウイチに、力強く首を縦に振った。

 

「さっきやったの、かなりの高等技だぞ。βでもできた奴は数えるほどだった。あのタイミングを掴むのはトンでもなく難しいことなんだ」

「でも君は、できるんだろ?」

「こんな初っ端じゃできなかったさ。

 偶然やれた奴をみて、もしかしたらと思って練習して……、何とかできた。5回に1回ぐらいの成功率でな」

「すごいな! そんなに成功させられるのか」

「いやいやいやいやッ! 一発でできた奴に言われてもなぁ」

「ビギナーズラックとかいうものだろう、アレは。次に同じことをしろと言われたら、成功させられる自信はない」

 

 堂々とした/胸を張ってまでの自信のなさにオレは、それ以上何も言えなかった。

 

「……彼の方はどうだ?」

「まだ何とも。センスはないけどガッツはある、てところだな」

 

 肩をすくめながら暫定評価を下すと、生徒の奮闘へと振り返った。

 そこには、仇敵同士とでも言うかのようににらみ合う、クラインとフレイジーボアの姿。今にも弾けそうなほど気合に満ちたクラインを、まるで嘲笑するかのようにブヒブヒと鼻息ならしている……ように見えなくもないボア。まだゲームを始めたばかりだというのに、最終ボスとの戦いのような緊迫感を醸している。

 脳裏をかすめたそんな変な幻覚にヨロめきそうにながら、何とか振り飛ばして、評価理由を説明した。

 

「……ビビって腰が引けちゃうようなことが無いのは、凄いよ。できないプレイヤーの大概の原因がそこにあるからな。けど逆に、前のめりになりすぎているというか、システムが感知して承認し切る前に動いちゃって―――」

「ドぉりゃあぁァァーーーッ!!」

 

 気合だけは十二分にある雄叫びを迸らせながら、クラインは突貫していた。同じく鼻息をフゴフゴと、蒸気機関車のように噴出させながら爆走するフレイジーボア、その体には朱色のライトエフェクトを纏いながら。

 ボア唯一無二の必殺技、突進攻撃【フルタックル】。獣型モンスターが使うソードスキルの一つだ。

 

 ボアがコレを繰り出すのは、稀だ。ライブで見られたプレイヤーは数限られてる、オレも又聞きだ。見れたプレイヤーはかなりの幸運だ。……大概、繰り出さられる前に倒してしまえるから。

 ボアは最弱のモンスターだ。相手に苦戦することは稀だ。やろうと思ってもできることじゃない、慣れてレベルが上がればできなくなることだ。この初期の初期だからこそできる、奇跡のような戦いだ。

 ボアは好戦的なモンスターではない。街では家畜として飼っている者もいる、見た目か匂いでちょっとでも強い相手だとわかれば自分から争いを避ける臆病なモンスターだ。だから、必殺技も大事に温存している。どれだけプレイヤーが瀕死だろうと身動き取れない危険な状態だろうと、やることはない。【戦意】が昂ぶり普段の冷静さを失う+立ち向かってくる敵が目の前にいて初めて、解放する。

 赤い大砲となって、草原フィールドを突進していた。

 

 対するクラインにソードスキルの加護は……なかった。ただのダッシュ袈裟斬り=通常攻撃の一つ。このままぶつかれば、間違いなく吹き飛ばされてしまう、大量のHPもともに―――

 即座にクラインのHPバーを確認すると、決断した。

 まだ十分に戦える状況ではあるものの、ちょっとヤバイ。あの一撃をまともに食らってしまえば、数少ない【回復ポーション】を使用せざるをえない羽目になる。HPが0になることはないだろうが、運悪くクリティカル判定だったらその可能性も無きにしも非ず。最悪そうなれば……、【黒鉄宮】の【復活の祭壇】まで戻されてしまう。再生されるまでの時間と、この狩場までの距離によるタイムロスは地味に痛い。もちろんクラインの命も。

 素早くしゃがみ、足元に落ちている小石をひとつ掴むと、【投剣】スキル【シングルシュート】の初動モーションをとった。小石を掴んだ手を肩より上に担ぐ、投球の動きに似た形。二人の激突予測地点に向かって、その時を待つ―――

 カチリと、噛み合ったかのような感覚がした。俺のアバターの腕とSAO全体を運営している巨大なシステムとが、一つにつなげられた感触。腕の筋力とは別、目には見えないが途方もなく巨大な歯車が挽きだす運動エネルギーが、腕を通して体全体へ注ぎ込んできた。手と握った小石が、淡い緑色のライトエフェクトに包まれる。

 その力に逆らわず振り抜くままに、光を帯びた小石が手から飛び出していった。弾丸とまではいかないが、甲子園児の投げる球並みのスピード。それが、爆進しているイノシシの額に―――、衝突した。

 

 フギィッと、体をのけぞらせながら悲鳴を上げると、そのまま足を踏み外し横転した。ゴロゴロごろごろと、土埃を巻き上げながら転がっていく。

 

「おトットッとぉーー……!?」

 

 強敵の急変にクラインは、慌ててたたらを踏んだ。

 何とか転ばず踏みとどまると、原因がわかったのか、キッとオレを睨みつけてきた。

 

「何すんだキリト! せっかくできそうだったのによぉ!」

「いやいや、できてなかったから! 間一髪だったから。走馬灯見えなかったか?」

「だからこそ、だろうが! ……必殺技てぇのは、死の間際でこそ閃くもんだ」

 

 云々と自分の答えに納得するクラインに、一瞬、答えられなかった。……コイツ、頭大丈夫か? ボアにやられすぎておかしくなったのか? こんなに愉快なやつだったのか……?

 吐き散らしたかった千の罵倒が、その数と勢いゆえに出てこれなかった。ただあぽーんと、呆然としたのみ。匙を投げる前に常識が壊れた。

 

「……クライン。ソードスキルは別に、必殺技というわけではないだろう? 

 我々非力な人間が、このようなモンスターたちと対等に戦い抜くための武器の一つ、でしかないはずだ。このイノシシで言うところの牙と毛皮、程度のものだよ」

「んなこったぁ、いちいち言われんでも―――」

「ゆえに、ソレを持ち合わせていないのなら……、ただ食われるだけの豚になってしまうようなモノでもある」

 

 優しく辛抱強く、諭すような説明は、クラインを現実に引き戻させるに足る力ある結論を叩き込んできた。

 邪気のない笑顔とともに言われたソレに、今度はクラインが空気ごと沈んだ、一撃でノックアウトしたかのように。逆にオレは、極から極へと振り回されて平静さを取り戻した。

 ダウンしてしまった暗いンに、手を差し伸べるように/慰めになるように言った。

 

「ほんの少し肩の力を抜いて、こらえればいいだけだよ。ちゃんと初動モーションは取れてるんだ。あとはソレを、システムが拾ってくれるのを待てばいいだけだ」

「くそぉ……。チュートリアルの時はできたのに、ここじゃできねぇなんてよぉ……」

「場所がよかったのだろう。

 ここはあまりにも広大だ、遮るものはなく彼方の山まで見える。どうしようもなく浮かれてはしゃぎ回りたくなる。その無意識の開放感と前のめりになり安い君の性質が重なって、浮き足立ってしまっているのだろう」

 

 またバッサリと分析を突き込んできたが、今度はなるほどと頷かされるモノだった。思わずポンと、手を叩いてしまった。

 それはクラインも納得するものだったのか、それでもムッと拗ねながら返した。

 

「無意識とか言うんだったら、直しようにもできねぇじゃねぇか。……今すぐ性格変えろ、て言われても無理だしよぉ」

「いいや、簡単な方法があるぞ」

「え!? あるの……?」

 

 クラインよりも先に、オレが尋ねてしまった。……オレ自身でクラインへの慰めを否定しまった形になってしまった。

 そのオレの応えに確信を持って告げた。

 

「その【曲剣】をやめればいい。空気抵抗が良すぎて早く振れてしまうんだ、今のフライング気味な君には致命的なほどに。だから、もう少し重量があって振りが遅くなる武器……、【棍棒】あたりに変えれば改善されるはずだ」

 

 なるほど、それでいけるじゃん! と、思わず拍手を送りそうになった。

 武器にはそれぞれ固有の性質を持っている。ソレは繰り出せるソードスキルの違いではなく、形状や重さや素材などの物質面にこそ根拠がある。さらにここは、現実世界とは異なり超人的な運動機能が使え物理法則で成り立っているものの、万有引力や慣性の法則など共有しているものが多数ある。空気抵抗など存在しないような動きは出来るが、だからと言って本当に存在しないとは言い切れない。ここでもソレは、縫いとめる反発力として作用しているはず。

 もしオレであったのなら即採用の助言だったが、クラインは拒絶反応を起こした。

 

「こ、【棍棒】にぃ!? ……俺ぁそんなの嫌だぜ、【曲剣】がいいんだ」

「なんで? いい考えじゃないかクライン、オレも賛成だよ。

 斬撃よりも打撃の方が有効な敵は多いし、雑に扱っても滅多に壊れない、強化するにしても素材を集めるだけで済む。【棍棒】の何がいけないんだ?」

「そんなに勧めてくんなら、なんでお前は【片手剣】なんだよ?」

「ソロで遊ぶつもりだったから。一番融通が利く武器がコレだった」

「ほぇ? ……そういう理由で、なのか?」

 

 目をパチクリと不思議がっているクラインに、こくりと頷いた。……これ以上にない理由だ。

 しかしそんなオレをジィと、探るように眇めて見つめてくると……、何かを諦めたようにハァとため息をついた。

 

「…………お前、ロマンねぇな」

 

 呆れてモノも言えないと、含み笑いを込められながら言われた。その言い分にカチンとくるも、寸前でこらえた。

 実用一点張り。自分にはその傾向が大いにあることは、自覚していた。見た目やブランドよりも機能、装飾や細工などに費やすよりも強化、どれだけ長らく使ってこようが他にいい物が見つかればポイッと捨ててしまえる。モノへの愛着が薄い。……ソレは必然服装や髪型にも表れ、見咎めた家族に教育を施された。

 

「【曲剣】のロマン、か。ふむ…………、山賊にでもなりたかったのか?」

「おい! なんでよりにもよって山賊が出てくんだよ?」

「いやぁ根拠はないのだが、君を見ていると真っ先にソレが浮かんできてね」

「オメェの目ん玉は節穴かぁ? 見ろ! この、どこからどう見ても二枚目の若武者を―――」

 

 そう言うとクィッと、自分の顔を覗き込ませてきた。

 自賛したとおりそこには、若武者の凛々しげな顔立ちがあった。現実世界にいたのなら、間違いなく女性が放って置かないだろう硬派な美男子だ、男からも頼られるような次期棟梁といった面持ちでもある。

 

「……なッ! コレでわかったろ?」

「な、何!? ソレが一体何の答えになってるんだ?」

「おいおい……。オメェも実用主義者か」

 

 クラインは話を噛み合わさず、勝手に直感し肩を落とした。それでコウイチは、おろろと悩み続ける。

 一歩引いていたオレは朧げながら、何となく何を言わんとしているか、わかった。

 

「もしかしてなんだけど……、【刀】使いたいのか?」

 

 オレの推測に、ニカリと盛大な笑顔を見せてきながら指をパチンと鳴らした。

 

「そう【刀】だ、日本刀だよ! 武器と言ったらソレっきゃねぇよッ! 

 『またつまらんモノを斬ってしまった』とか言ってみたくねぇか、『飛天御剣流』とかやってみたくねぇのかお前らは?」

「…………何ソレ? 何かのアニメにでも出てくるセリフか?」

 

 全くもって熱情を共有できず、さらには有名らしい決め台詞にも無反応なオレに、人であることを疑うような視線を向けてきた。理解できていないことが理解できないと、常識が無いと呆れられている。

 いわれのない中傷に、さすがに何か言い返してやろうかと口を開きかけると、

 

「クライン。ここではタブーに触れてしまうことだが……、我々とキリトでは世代が違うらしいんだ。今の10代にとってアレは、カビが生えかかった古典だよ。よほどの趣味人でなければ知る機会もないだろう」

「マジか!? そうだったの!? 今ってもうそんなんに、なっちまってたのかぁ……」

 

 ガックリと、肩を落とした。頭まで抱えそうな勢いだ。

 そんな落ち込む暗いンにコウイチは、肩を軽く叩くと、

 

「安心しろクライン。このゲームを作った製作者たちが、ソレを知らないはずがないだろう? 特に茅場は、リアルタイムで見たことがある最後の世代だ」

「……確かに、言われてみたらそうだな。……でも―――」

「だったら必ずや、【刀】スキルには『飛天御剣流』が再現されていることだろう。いやされていないはずがない、されてなければおかしい。裁判を起こさなくてはならんほどの犯罪行為だよ、ソレは」

「いやいやいや! さすがにそこまでは、言えねぇだろうが―――」

「ソレができない男に、男のロマンの何たるかもわからんような男に、この剣の世界を作れるはずがない。そうでないものが、私たちが今日まで恋焦がれてきたココで、あるはずがない」

 

 急に熱弁を奮った。クライン以上の熱情を込めて、先までの対立などミジンコほども無かったと、オレにはわからない何かを共有し合っていた。

 そんなコウイチの豹変に驚くよりも暗いンは、伝えられた熱でフツフツと蘇っていく。

 

「そうかぁ……。いや、そうだな。絶対そうだ、そうに決まってる! そうだよなッ! あるはずだよ、そうだろ!!」

「ああ、賭けてもいい!」

 

 何を……と、置いてきぼりをくらってしまったオレは、そんな/おそらく意味のない問をこぼした。

 完全に立ち直ったクラインは、熱狂の絶頂から緩やかな下りかになると、改めてコウイチと向かい合い謝罪してきた。

 

「さっきのは取り消させてくれコウイチ、すまねぇ……。アンタは男のロマンのわかる人だよ」

「気にしなくていいさ、知らなかった私の方が悪いのだから」

 

 互いに一歩引き合って和解した。重ねた握手の中には、友情が芽生えていた。

 

「……ただ、そうなるとだ。君は苦難の道を歩まなくてはならなくなるな」

「構わねぇよ、こんなハンデ。いつか【刀】使えると想っていれば、何たって乗り越えられるぜ!」

 

 【曲剣】ソードスキルがまともに使えない、少なくとも広い【圏外】では……。ソレは致命的なほどの障害だ。もうこのゲームをやめて、運営を訴えてもいいレベルだ。

 だけど/だからこそ、ソレを乗り越える/苦境をバネにする。求める夢の肥やしにするために……。オレはますます、二人から引いた。

 

「うむ、君ならそういうと思っていた! 微力ながら、私も力を貸そう」

「ああ、大いに頼らせてもらうぜ! 代わりに俺も、アンタが何かあったときは助けになるよ。精神的に、じゃなくてな」

 

 お茶目に、ウインクをするかのように付け足すと、どちらかともなく握手を離した。

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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