偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/ロブノール 救出劇の開幕

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 急いで到着した現場/商店が立ち並ぶバザールは……酷いものだった。

 

 まるで戦場跡だ―――。

 斬られ砕かれボロボロになった石の建物、遊牧民や個人経営者のテントは潰されてもいた。店頭に並べられた商品/食品類も道路に散乱している。ソレら以上に、傷ついた住民・商人NPCたちが痛みで蹲ったり、倒れたりもしていた。

 

 ただし、その悲惨さはオレ達プレイヤー目線からのもの。

 同じ/無事なNPC達は、ほぼ気にせず通常通りの行動をとっていた。傷ついた仲間も壊された町並みも気にせず/さすがに通行の邪魔なら避けるも、昨日と変わらぬ今日を繰り返し続けていた。……まるで、何事も起きていなかったかのように。

 よく見れば、傷ついたり倒れたりしているNPC達ですら、同じだ。電源が切られたか、修復のための休眠モードであるかのよう、決められた応答の一つを消化しているにすぎない。きっと完治したらまた、無事なNPC達同様のルーティーンに参加するのだろうと、直感させてくる。

 どこのフロアや街でも起こる、同じような異常性。現実なら、同情心やら不満やら怒りやらの感情が吹き荒れてるのだろうが、ここでは無い。

 この光景を見せられるといつも、ココはゲームの中/仮想世界なのだと思い出してしまう、自分たちの方が異物なのだとも。……ほぼ大部分のプレイヤーが、横暴やらぞんざいに/まるで特権階級にでもなったかのように振舞ってしまうのは、仕方のないことだと思えてしまう。常識やら道徳を固守するほうが、間違えている気がする。

 

 唯一、慰められる/つなぎ止めてくれるのは、傭兵NPCたち。クエストの枠を超えて、プレイヤーに協力してくれるようになったNPCたちの存在だ。……一部のプレイヤーから【自立型(バトラー)】と命名され、酒場やクエストなどで雇える傭兵NPCとの区別化している(ちなみに彼らのことは【半自立型(フットマンorメイド)】と)。

 ルーティーンから外れている彼らだけは、負傷したNPC達/仲間たちの下へと駆け寄り助けていた。その彼らの行動に、通常のNPC達の行動にも変化が及ぼされていた。何をしているのか不思議そうに眺めているだけの者、助けられていることを恥ずかしがって遠慮し続けている者、あるいは怒って手を振り払うまでする者も。……性格が善良に傾いていない者/救助にまでむかわない者/雇い主から釘を刺されて動けない者でも、現状に眉をひそめたり心配しているのがわかる。人間らしい。

 しかし今、そんな彼らこそが問題になっていた。

 

 

 

 

 

「―――すいません。私達のせいで、アスナさんが……」

 

 ただただ泣きそうになりながら、謝り続ける女性プレイヤー。

 白と赤を基調とした装備類から【血盟騎士団(Kob)】の一員とわかるが、二軍か補助要員なのだろう。奴らの戦闘員独特の、突き刺すような鋭さを感じない。……あるいは、オレを欺くほどの演者なのかもしれないけど。

 それも含めて、何があったのか聞き出したいが……後悔に苛まれているのだろう。まだ混乱状態で/助けられただろう現実に心が追いついていなくて、それどころではない。

 オレの他にも集まった面々ともども、どうしたらいいのかと肩をすくめていると、

 

「君達だけの責任ではない、()()()責任だ。強いては、私の責任といったところだな」

 

 警戒が甘すぎた……。Kobの団長様/ヒースクリフが団員を慰めた。同時に反省のつぶやきを漏らすも、感情の色は見せず。なので、周囲への非難にも聞こえてしまい、眉を顰めたものがいた。

 ただ……たった一言。ソレだけで、混乱状態の女性プレイヤーに落ち着きが戻ってきた。後悔から離れ、現状に向き直ってくる。

 奴の声/雰囲気には、他人を持ち直させる安心感がある、あるいは鎮圧か。あやかりたいものだけど、真似するのは癪だ。……オレはオレのままがベターだ。

 

 空気が一変すると、仕切り直すようにため息と愚痴がこぼれてきた。

 

「……はぁ。

 まさか、NPCたちが裏切るだなんて―――」

「おい! ……気をつけろ」

 

 別のプレイヤーが注意を促すと、こぼしたプレイヤーもハッと気づいた。こんな公の場所では口に出してはいけない禁句だ。

 思わず見返すも……傍で控えている傭兵たちは、聞こえていないように無視しているのみ。あるいは逆に/冷静に、

 

「心遣いは感謝する。が……気にせんでもいいさ。君らがそう呼ぶのには慣れているし、事実違っているのだからな」

 

 本人たちからハッキリと/そう告げられると……こちらは黙るしかない。

 

 自分たちがこの鋼鉄の城の囚人であり、さらには作られた存在であること/プレイヤーは別の世界からやってきた異邦人であることは、承知の上だ。全てを、ある程度わかりやすく脚色して伝えた。その上で協力してくれるかどうかを選択してもらっている、共に城の囚われ人として/看守たる魔王を倒す協力者として。だから、疚しさなど感じなくてよくはなったのだが……一つだけ、黙っていることがある。

 魔王を倒した/ゲームクリアした後、この世界は/彼ら自身もどうなるのか―――。

 証拠はない、倒したあとでないと証明もできない。でも皆、わかっていた。おそらく『全消去』されるだろうと。あるいはそこまでいかなくても、今までの全てがなかったことだと『リセット』はされるだろうと。

 今までと同じになどならない。魔王の居なくなったココの続きなど、用意しているとは思えない。……かの天才ならばあるいは、用意しているのかもしれないが、ソレを継続させてくれるほど現実は甘くないだろう。オレ達ですら、帰る/居なくなるために戦っている。

 彼らは有能だ、今では攻略に不可欠な存在だ。システムとは別/プレイヤー独自のスキルは使えないが、ソレを補う高い身体能力値。さらには、積み重ねてきた/書き込まれた人生の厚みがある。……彼らと協力することで、『ただ生き延びるため』のゲーム攻略が、『皆を解放するため』の大義に変わる。モチベーションを保たせてくれる。

 いつかは言わなくてはならないことだが、まだ誰も口に出せないでいた。信じてもらうことも難しいだろう、何より、信じられたらどうなるか……考えるだけでも怖い。……オレ達プレイヤーは彼らにとって、魔王とあまり変わらない害悪なのではないかと、判断されかねない。

 

 沈み込みそうな空気を仕切り直すためか、別のプレイヤーが口を開いた。

 

「ありえないことじゃなかっただろ? レッド達がそういう技術を使いこなしているのは、すでにわかっていたことだ」

 

 だから、スパイを潜伏させるなど、簡単なことだった……。もっと早く気づくべきだった。

 その通りだ。ヒースクリフが言うとおり、警戒が甘すぎた。

 

「わかってるよ、んなこと! ……そう簡単に割り切れねぇ、てことだよ」

「それじゃ、愚痴を吐きだした今ならもうできる、てことだよな?」

 

 期待してるぜ……。ポンと肩を叩きながらの、傍らのNPCからの励ましに、何も言えなくなっていた。

 今回の事件で、直接の被害を受けたのはプレイヤー側だが、最も恐怖を感じているのはNPC側のはずだ。

 同僚の中に裏切り者が潜んでいる、だけではなく、自分が裏切り者に変えられてしまうかもしれない……。知らぬ間に植え付けられた寄生虫、あるいは時限爆弾みたいなものだ。自分自身を信じぬけなくさせる状況。

 ソレを押し殺しての平静さ、さらにはシニカルながらも励ましの言葉。……相変わらず彼らには、頭が下がる、まだまだ未熟なのだと思い知らされる。

 

 暗い話題はそれまでに、今度こそ、現状打破へと一歩進んでいく。

 

「『今から48時間以内に100億コル用意しなければ、お前達の閃光を消す』……か」

 

 現場に残されたレッド風味の要求より―――

 

 なんとも、むちゃくちゃな要求だ……。そんな大金、【聖騎士連合】ですらギリギリのはず。攻略組そのものが瓦解してしまう金額だ。

 なので、そもそもできないことを前提にしてるとも、取れなくはない。これから交渉をはじめましょうと、先に/大胆に吹っかけてきた。あるいは、ただの『遊び』なのかもしれない。何しろ、カネよりも大事なもののために生きている奴らだ。交渉できる/まだ人間らしさが残っていると、思わせてるだけなのかもしれない。

 

「奴らのことだから、本気……なんだろうな」

「でしょうね。けど、レッド達とは交渉しない」

 

 そもそも、約束を守るかどうかもわからない相手……。この要求も、真実かどうかわからない。なので、アリスの言うとおり、『レッド達とは交渉しない』のが基本スタンスでなければならない。こちらがやられてしまう。

 ソレは攻略組みなの共通認識、だが、人としては常識はずれだ。

 なのでだろう。皮肉じみたことを挟んできた奴がいた。

 

「それにしても……どうして我らがナイト様は、ここにいらっしゃらないのかねぇ?」

 

 お姫様が攫われたっていうのに……。唯一来ているアリスへの皮肉。無関心すぎる【連合】の対応を非難してきた。

 

「私を派遣しただけでも、充分だと判断されたんです。事実……そうみたいですし」

 

 チラリと、ヒースクリフに目を向けた。

 あなた達の問題です。自分たちだけで、解決できますよね……。言外の突き放しに、さきほど愚痴をこぼしたプレイヤーが反応した。

 

「おいおい、コイツはKobだけの問題じゃないぜ! 攻略組全体で当たるべき問題だ」

「攻略組が一丸となるべきことは、『フロアボスの撃破』だけです。そして、アスナさん他誘拐された人達は、討伐メンバーから外れることは決まっていた」

 

 攻略組全体としては、救出しない……。あくまで手を取り合うのは、ゲームクリアのため、最前線やフロアボスの攻略のためだけ。個人的な問題や一ギルドの問題は、自分たちだけで解決する。ソレができることが『攻略組』の条件であり、馴れ合いで手を取り合っているわけじゃない。

 冷徹な言い草だが、最もなことでもあった。ここで、アスナのためとはいえ/そのルールを曲げてしまえば、今後の運営に響く。攻略組のゆらぎは、プレイヤー全体に波及する。最悪、ゲームクリアそのものが瓦解する可能性すらある。

 理屈はわかる、わかっているが……納得しきれない。オレはそこまで冷たく断じることができない。

 そんな大多数の心情を汲み取ってか、おそらくは掠め取ってだろう、さきほど皮肉をぶつけた男がさらに突っかかってきた。

 

「だから見捨てる、てことかい? ……冷たい言い草じゃないか、さすが『蒼の処刑人』だ」

 

 アリスに対しての禁句―――。一瞬場が凍りついた。

 

 しかし本人は、気にせず

 

「信頼している、と言うことですよ。仲間のことは自分たちだけで解決できると」

 

 そうですよね……。皮肉をいった男とは向き合わず、ヒースクリフに投げ返した。

 

「ソレは光栄なことだ。

 是非とも、期待に応えてみせよう」

 

 奴にしては少々芝居がかった言い方で、返してきた。……皮肉をぶつけた男の舌打ちが聞こえてくる。

 

「それでは、今回の攻略については、残念ながら傭兵たちは全員、解雇した方がよさそうですね」

 

 Kobの団員の一人が、団長へ進言。同時に、ここにいるNPCたちに向けての忠告。……勝手なことだけど、構わないよな?

 NPC達は顔をしかめるも、肩をすくめるだけ。了承とは言わないまでも、不承知とも言わず、好きにするといいと。……コレを不名誉だと感じて撤回を要求するNPC達は、住民を助けるために離れているため、聞こえていない。

 ヒースクリフも何も言わず、目を向けるのみ。ソレを了解と捉えてか、お節介な他プレイヤーが口を出す前に、

 

「至急、ほかのギルドにもそう忠告してきます―――」

 

 言うやいなや、さっそく触れ回りに行こうと踵返した。

 

 突然の急展開。ヒースクリフのやり方を見物しようと、静観に徹するつもりだったが……さすがに不味過ぎる。

 何も言わない団長殿に代わって、今にも触れ回ろうとする団員を引き止める。

 

「おい、ちょっと待てッ! そいつは逆効果に―――ッ!?」

 

 止めようと手を伸ばしかけた寸前、伝達しに行こうとしたプレイヤーは、羽交い締めにされた。仲間のKob達に無言で、取り押さえられた。

 

「な、何するッ!? 何のつもりだ?」

「まさか、お前だったとはなぁ……」

 

 取り押さえた団員が、皮肉げにこぼすと、

 

 

 

「―――まずは一人、確保だ」

 

 

 

 彼に賛同するように、ヒースクリフが冷たくも言い放った。

 

 事此処に至って、ようやく現状においついた。怯えた眼差しで団長殿を見上げてくる。

 

「…………どう言う、ことですか、団長? なんで僕を―――」

「残念だよ、【クリプト】。

 この状況で、()()()()()を触れ回るなど、スパイ以外の何者でもない。君自身に、自覚があろうとなかろうとも」

「そ、そんな……」

 

 連れて行き給え―――。唖然とする一同の中、命じると、部下たちが無実を喚き続ける男を引っ立てていった。

 

「ち、違うッ!? 僕じゃない。僕じゃないんです団長ッ! 

 団長? 団長ぉぉ―――…… 」

 

 悲痛な訴えの尾を引きながらも、退場させられていった。

 

 

 

 突然の急転に圧倒される面々。

 何も言えず、ただ事の中心人物/ヒースクリフに目を向けていると―――

 

「先はああ言ったが、クリプトは無自覚なスパイでしかないだろう。本物の裏切り者は、【ジョゼ】の方だ」

 

 そう断言し、指さした、クリプトを引っ立てさせた団員の一人を。

 

「彼がこの情報をどこにリークするか。そこから辿っていけるはずだ」

 

 調べろ―――。静かに控えていた団員に命じると、頷き一つで即座に仕事に取り掛かり始めた。ジョゼに気づかれないよう、気配を絶ちながら尾行する者、あるいは情報源を調べる者。

 それぞれが自分の役割を自覚し、詳しく命じられることなく遂行する……。不測な非常事態なはずなのに、ソレを感じさせない冷静な対応だ。当然のことだろうが、アスナが率いている時よりも凄味を感じさせた、Kobの異質さが際立って見えてくる。

 ただただ、圧倒されるばかりの組織力だ。軍隊を名乗っている【アインクラッド解放軍】よりも軍隊らしい。

 

「…………流石です、ヒースクリフさん。

 この調子なら本当に、大丈夫そうですね」

「ああ……と言いたいところだが、協力者が欲しい。追跡の達人が」

 

 そう言うと、オレに目を向けてきた。釣られて皆も顔を向けてくる。

 すぐに意図を察するも、あえてそっぽを向いた。……無駄だと分かってはいるけど。

 

「我々Kobは、単独での戦闘を重視している。だがそれでも、チームとしての擦り合せで偏りが生まれている。同レベルの敵地に、しかも罠を張っているだろう危険地帯からの救出ミッションには、力が足りない。シーカーや本物のソロプレイヤーが必要だ」

「どうだろうねぇ、アンタならやってのけそうだけど? ……その目立つ格好さえ変えれば」

 

 反発心から口に出すも、本当にできそうだから困る。

 だから、でもある。わざわざ部下に/オレに見せ場を譲っているだけな気がして、癪に障ってしまう。そんなに余裕があるなら、自分でやればいいのにと、オレはいつもカツカツでギリギリなのに……。ヒースクリフと対峙する時、いつも感じてしまう不愉快さだ。

 渋るオレに、ヒースクリフに代わって別のプレイヤーが説得してきた。

 

「ヒースさんには、動いてもらっちゃ困るんだ。俺たちの大半や青のナイト様までラフコフ狩りに出撃するとなれば、殿に控えてもらわねぇと……背中が痒くて戦えねぇ」

 

 わかってるよ、そんなことは……。駄々をこねただけ、奴の思惑通りになるのが嫌だっただけだよ。

 これみよがしに大きく、ため息をついた。

 オレ自身に舞い込んできた厄介事しかり。本当は率先して救出しに行かなければならないのに、攻略組全体の都合から留められている不条理/見捨てると言い切った集団からの要求、ソレについて不満は一切言わずに従ってくれている男からの頼みだ。……断れるわけがない。

 

「……確かに、【索敵】や【隠蔽】も鍛えてるけど、それだけじゃ足りないだろ? レッド達の巣窟に潜入ともなれば、専門家が必要だ」

 

 最後の抵抗として、もう一人の人柱を要求した。

 オレにアテはあるけど、あんたのアテは? ……ただの先遣隊経験者だけじゃ、務まらない重役だ。フロアボス相手とは別のスキルが必要になる。レッド相手とはいえ、同じプレイヤー相手でも敵意を維持できる/決してなびく事のない執念を持っている者。

 

「心配ない。すでに依頼済みだ」

 

 当然とばかりに、そう告げると―――ガサリ、物陰からその人物が現れた。

 

 

 

「―――久方ぶりでござるな、キリト殿」

 

 

 

 急にでてきた相手/【コドクの防人】の忍者に、目を丸くした。

 いつの間に、そこにいたんだ……。全く気配がなかった、感じ取れもできなかった。

 アスナを拉致された重大事やら周囲の悲惨な光景やら、これからの話に気を取られてはいた。だがそんなことは、攻略組にとって言い訳にしかならないだろう。オレや他のプレイヤー達の警戒網を騙しきったステルス技術、【隠蔽】がもたらす以上のシステム外スキルがなければ成立し得ない凄技だ。……ステルスに関しては、アルゴより上なのかもしれない。

 

 素直に感嘆したい/ビビりたいが、そうもできないのがビーターの辛いところだ。

 内心の動揺を隠すためにも、挨拶を返した。

 

「……いいのか? こっちについたら、討伐にはいけないぜ?」

「構わんでござるよ。拙者の狙いはあの女だけでござる。それに、『赤の聖騎士』殿からの依頼とあれば、断る理由もなし」

 

 ヒースクリフのことだから、【防人】の組長との話もつけているのだろう……。善意からの助けの手、だとは信じたいが、何かしらの密約を交わしたのだろう。あるいは、今までの借りを消費したのかもしれない。……奴のことだからおそらく、後者だろう。

 

 彼なら、問題あるまい……。さきほどのオレからの返答。

 大いに問題ない、心強い限りだ。何より、ただでさえ神経すり減らされるミッションにおいて、人間関係で苦労しなくて済むのはありがたい。……その点では、オレのアテよりも断然に良い。

 

「他にも、救出隊を選抜しておいた」

「救出隊……?」

 

 

 

「―――ご協力感謝します、キリトさん。それに、蜻蛉さんも」

 

 

 

 会議のすぐ後に話した、若かりし頃のヒースクリフ/【エイジ】だ……。それに数人、Kobの猛者たちが進み出てきた。

 

 一瞥して確かめてみるも……大丈夫そうだ。オレの【鑑定】や常備してる看破アイテムでは実力を測れない以上には、警戒心も高い。

 わずかながら秀でてるだろう経験則と観察力から、少々不安は残るが、ヒースクリフの選抜だ。大丈夫なのだろう。……そう信じるしかない。

 こちらについても問題はない。無いのだが―――

 

「さすが、赤の聖騎士殿だ。やけに手際がいいじゃないか」

 

 まるでこうなるのを、見込んでたみたいじゃないか……。込めた皮肉に、救出隊の方が眉をひそめてきた。

 当のヒースクリフは気にせず、説明してきた。

 

「彼女はKobの、強いては攻略組全体にとっても要の人物だ。レッド達が我々と全面戦争するのであれば、当然狙われるだろう」

 

 予め対処策を用意していても、おかしくはない。用意しておかない方がおかしい……。そう指摘されれば、確かにそのとおりだ、正しい危機管理能力だろう。ただ、それを実行しきってしまうと、違和感を感じざるを得ない。……ソレはただの、嫉妬なのかもしれないが。

 

「……だったら、そもそも誘拐されないようにすべきだったな」

「それは……その通りだな。彼らが一枚上手だった」

 

 オレの言いがかりに、苦笑した。周囲からも、さすがに言い過ぎだとの視線を向けられたが、無視した。……お前らだって、たまには奴に説教してやりたいだろう? こんな絶好の機会を逃さない手はない。

 

 やり込めて、少しばかり胸がすいていると、静観していたプレイヤーが結論を出してきた。

 

「そいじゃ、お姫様の救出は、任せちまってもいいんだな?」

 

 俺らは討伐に専念しちまうぞ……。突き放すようにそう言うものの、助けてくれと頼んだら、頼まれてくれそうだった。

 助けの手は幾らあっても助かる。『狩り』をするよりも救出する方が、よほど健全でもある、目標がアスナなら尚の事だろう。参加できるのならしない手などない。

 だが、事は個人的な問題にとどまらない、Kobと攻略組のこれからにも波及する。部外者かつ助っ人でしかないオレに、口出しする権利は……ないだろう。追加メンバーを決めれるのは、全責任を負ってくれるだろうヒースクリフだけだ。そして奴には、そんな気がない。

 さらには、含みを察したのだろう救出隊も/代表のエイジが、

 

「僕らの副団長だ。絶対に、助け出してみせる」

 

 そもそも、あなた方の協力など期待してない……。傲慢じみた矜持。Kobらしい、他を寄せ付けぬ鋭さを持った言い回しだ。

 ただ少々……侮蔑さの色合いも見えた。

 彼の提案に、皆がアスナに向けてるだろう下心を見てしまったのかもしれない。もしもそうなら、この機会にハッキリと、そんな理由はお断りだと宣告したのだろう。……あるいは、ソレは俺達だけに許されたモノだと。

 

 初顔わせながら、意外と楽しそうな奴らなのかもしれない……。との妄想で、コミュ障の不安は減少した。

 まだ始まったばかりだが、やり切れそうな気が湧いてくると、

 

「あ、あのぉ……。私も、救出隊のメンバーにいれてもらっても、いいですか?」

 

 アスナに助けられた女性団員からの提案。

 弱気そうだけど、言葉の奥に芯の強さを感じる。後悔を払拭しようとの意思が垣間見えた。

 

 どうすべきか……。判断に困る。能力的には不安だが、やる気でカバーしてくれるはず。危険かつ未知の探索行には、パラメーターやスキルよりも気合こそ重要だ。……そういう意味では、彼女こそ一番救出隊にふさわしい人物だろう。

 判断をヒースクリフに委ねると、

 

「……いいだろう、許可しよう」

「あ、ありがとうございます団長!」

「ただし、キリト君やエイジたちの指示は絶対だ。撤退しろと言われたら、かならず撤退しなさい」

 

 ソレが最低条件だ……。助けられた女性はブンブンと、振り回すように強く頷いた。

 

 

 

 

 

「―――それでは各々方、善は急げでござる。すぐに出立を」

「悪い……。オレは少し寄らなきゃならないところがある。

 《フラッグ》預けとくから、後ですぐに合流するよ」

 

 そう言うと、ストレージから取り出した《フラッグ》を手渡した。

 

「【コウイチ】君のことなら、心配いらないだろう。もうすでに動いているはずだ」

 

 すかさずヒースクリフが助言してくるも、残念ながら的外れだ。……それもあったけど、もう一つあるから的外れだ。

 

「……奴の心配なんてしてない。オレの準備の方だよ」

 

 こんなに突然、戦いに行くとは思っていなかったんでね……。もうほとんど、準備は整っているけど、ラフコフ相手ではもう一味必要だ。切り札を切り札として切れるように仕立てるために、たっぷりとケレン味がついたモノが。

 

「……一刻以上かかるようなら、諦めて欲しいでござる。キリト殿のお力は不可欠でござるからな」

「依頼したモノを取りに行くだけから、そうはかからないよ」

 

 約束するとさっそく、目的地へと急いだ。

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

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