偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/ロブノール 狩人の煩悶

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 あまりの異常事態により、即決することができなかった。攻略組みなの総意が必要だった。

 迷宮区から一路、主街区へと戻ることにした。

 見渡す限りの砂礫と砂漠の中、忽然と現れたかのようなオアシス都市。黄昏色の海に揺蕩う豪華客船、蜃気楼のように現実感のない砂上の楼閣。66階層主街区【ロブノール】へ―――

 

 

 

 貸し切られた【教会】の講堂の中。50階代の中華風味/仏教・儒教的な造りの教会から一変、中東風/イスラム的な作りの教会にて、攻略組メンバーが一同集合した。今後の方針について決定するため、いや『決断』するための会議だ。覚悟を共有するための決起集会。

 しかし皆、憮然とした表情を浮かべたまま。叩きつけられた議題に沈黙し続けていた、先に知っていたメンバー達であっても、沈鬱な空気が流れた。……無理もないことだ。

 

 動揺と困惑の波が沈黙へと溶け込んだ後/しばらく、ボソリと……誰かが口火を切った。自嘲混じりの小声で。

 

「―――まさかのご指名、だったな」

 

 誰もが心に浮かべていた声の代弁。独り言の呟きながらも、伝わったその声はきっかけとなれた。

 

「都合がいいことは、確かだな。いずれは、片付けなきゃならない問題だった」

 

 続いた声に、理解の頷きと不快の顰めが波立った。どちらか片方に振り切れてる者はひと握りなので、賛同も反発もない。……オレもその一人だ。

 なので、いつもの/特にこのような時の進行役として、【聖騎士連合】のナイトが『決定』を再確認した。

 

「……そうだね。ここで本腰を入れて、対処するべきだろう」

 

 今まで見ないふりをしてきたツケとしても……。言葉の端から、罪悪感が滲んでいるのが聞こえてきた、あえて抑え込んで平静さを保っているかのように。

 

 『その問題』は、今まで何度か議題にのぼってきたが、いつしかタブーになっていた。全く問題でないわけではなかったが、主な被害者は中層域のプレイヤー達だったから。見過ごすか個人的に力を貸すのみで、攻略組としては静観を決め込んできた。

 彼らのことは、物資の供給や必要素材の収集やらで世話になっている。が、内心で侮辱していた。自分たちが、命懸けの犠牲と苦労で切り開いた道を進んでいるだけ。自分たちがいる『戦場』とは違うぬるい場所で生きていると、中途半端さが許せなかった。まだ一階層で、今だに救助を待っている待機組の方が、マシだと思えるほどに/同情だけを向けられる。……全てでないことはわかっているが、一括りで解釈すると、ソレが大勢を占めてしまう。

 しかし今日、問題と向き合わなくてはならなくなった。『力ある者達の義務』という、迷惑だが拒絶しきれない請求に、応えなくてはならなくなった。

 

「奴らがどう出るかが、問題だろう? 仲間意識なんて皆無な連中だぞ」

「ソレは俺達だって同じだ。『ゲームクリア』て目的以外は、共有できていない」

 

 したこともないし、これからもするつもりもない……。だから今まで、討伐には及び腰だった。

 改めて指摘されると眉を顰める。しかし/残念ながら……その通りだった。

 仲間意識がないのは/利害関係でしかつながっていないのは、攻略組とて同じだ。仲間ではなく競争相手、できるのなら足を引っ張るのは吝かじゃない。……その点では、攻略組の方がもっとシビアなのかもしれない。

 

「奴らの目的、ていうか、徒党を組めてる理由ってのは……何なんだ? 殺されるとか脅されてるだけじゃ、無いはずだよな?」

「ソレ以外に何があるってんだよ?」

 

 小馬鹿にしたような合いの手に、返答に窮するも……なかなか的を得た疑問だった。問題を解決するには最も重要なことだと言っていい。

 オレは個人的な経験上、ソレを理解はしている。だけど、納得はできていない。腹の底ではまだ、そんなことアリエナイと踏み切れていない。その境界では、頭と体が互いに拒絶反応を起こしてしまう。どうしてもぬぐい去れないし、踏み込む理由も宣言できるほど言葉にできない。

 おそらく、その中途半端こそが大問題になるのだろう。最後の最後で取り返しのつかない間違いを犯すことになる。が、解決方法がわからない。この会議でソレがわかれば/端緒だけでも掴めれば、良いのだが……。

 

「奴らの主張だと、『とことんゲームを愉しむこと』だったな。ここで起こされる何もかもは、茅場がおっかぶってくれるから、何をしたって許されると」

 

 それこそPKも、猟奇的なこと/変態的なことですらも……。所詮は仮想世界/ゲームの中、そのために作られた箱庭でもあるのだから、存分に鬱憤を晴らして何が悪い? そうじゃない目的でココに来た奴らなんているのか? こんな所まで来て、デス・ゲームにまで巻き込まれて、『良い子』を演じる必要はどこにある? どうせ遅かれ早かれ死ぬんだぞ。

 正直になろうぜ―――。悪魔の囁きのように、引き込まれてしまう。……抗するにはただ、あるのだと信じるだけだ、引き込まれてはならない理由が。

 

「言い分自体には一理あるが、やってることは頂けないな」

「貴重な一般論、ありがとうございます」

 

 すかさず返された皮肉に、ムッとさせられるも、何も言い返せず。……ソレはただ、オレ達の状態を説明しただけだったから。

 

 言い争いに発展しそうな空気に、ディアベルの横にいるリンドが、一喝した。

 

「論点がズレ始めてるぞ。

 今は、『狩るか狩らないか』だろう? やらない奴やれそうにない奴を、この場から排除することだ」

 

 できれば穏便に/自主的に、な……。ここは議論するためにあるのではなく、覚悟を決めるため/共有するためにあるのだと。

 無意識にか、おざなりにしてしまった決断へと引き戻されると、また沈黙が蔓延ろうとした……。

 なので、もあるが別の理由からも、リンドが続けようとしたかったであろう言葉を先んじだ。

 

「なら、そこの【血盟騎士団】の大多数は排除だな、特に『閃光』殿は」

 

 オレの言葉に、本人のみならず皆からも驚かれた、特に【連合】の面々からは。

 オレの立場は、攻略組のエンジンたる【連合】寄りではあるが、一定の距離を開けている。不仲といってもいいギスギスさがあった。なので、先の『圏内殺人未遂事件』を共に解決して回ったこともあり、彼女とは仲が良いと思われていた。……妬まれていたと言ってもいいだろう。

 なので、意外がられた、虚をつかれた。裏切られたとも。……彼女の賛同者からの睨みが、チクチクと痛い。

 ゆえに、今一度みな、オレの『立場』を思い出し始めた。

 

「……アナタから言われるとは思わなかったわ、『黒の剣士』さん」

「オレは【騎士団】のメンバーでも無ければ、君のファンですら無い。この階層をさっさと突破したい一人だよ」

 

 さらにいち早く、覚悟を表明しておいた。……閃光のアスナとは決別しているとも。

 オレの宣言にどよめきが広がっていく中、彼女は、歯噛みしながらキッと睨みつけてきた。何かを飲み込み、それでも食い下がろうと口を開こうとした。

 

「先に言っておくが、『反対意見も必要』なんて食い下がるのはやめてくれ。必要じゃないどころか、邪魔なだけだからな」

 

 そう言う奴がいるだけで、危険が増す、人死が出るかもしれない……。混乱を招くだけ、冷静になれなくなる。奴らはそこを突いてくる、ただの『隙』だとしか思っていないから。

 先んじられて目を丸くすると、さらに凝視してきた。まるで、彼女の繰り出す細剣の刺突が如き敵視。……流れ上無視しなければならないが、心情上では怖くて見られない。冷や汗が止まらない。

 その視線ビームの照射に耐えていると、さらに絶対零度の言葉を浴びせてきた。

 

「……それが一番、合理的ってわけ?」

「相手は理屈が通らない怪物だからな。少なくともまだ人間であるオレ達は、徹底したい」

 

 負けじと真っ向から跳ね返した返答に、場の空気が凍りついた。次は互いに、剣を抜くしないような睨み合い―――

 

 しかし、極まった鍔迫り合いは、鋼鉄の男の仲裁で幕がひかれた。

 

「―――確かに、今回の攻略については、アスナ君は最も不適当だろう」

「ッ!?

 だ、団長ッ! それは―――」

 

 言い募ろうと迫り出してくるも、ほんの少し挙げられた手と視線で、制された。……ギリリと、拳か歯を食い縛る音が、聞こえてくるようだった。

 

「かと言って、ソレが我々の総意ではない。この機会に、レッドギルドをも排除しようとすることには賛成だ。

 狩りに参加を希望する【騎士団】メンバーは、私の名をもって支援しよう」

 

 はっきりと宣言されると、どよめきがさらに広がった。……反対派の旗頭でもあるアスナが退かされた今、趨勢は決した。 

 皆が各々、この会議の主題に向き合っていく。決断の先に背負い込むだろう、コストとリスクに思いを馳せる、どうしたら最小限に止められるか―――。

 

 話題の中心から外れる気配を察すると、その寸前に確認した。……今この男の口から、言わせなければならない。

 

「そうなると、アンタは参加できないな」

「……ソレが最も合理的だろう、今後のことも考慮すれば」

 

 ここで狩りに不参加なら、今後【騎士団】が攻略に参加するのは難しくなる。取り仕切ってきた副団長が不参加ならなおさらだ。さらに、彼女を押しとどめるために団長も不参加なら、発言力は相当弱くなるだろう。

 だけど、【騎士団】そのものは必要だ。その戦力は欠かせられない、例え心情的には認められなくても、合理的判断を優先するのが攻略組だ。だからこそ、ヒースクリフもあえて/失望の眼差しに晒されても不参加を選んだのだろう、絶対にアスナを押しとどめておくと保証するために。あるいは、万が一の全滅を考えてのことか……。オレの狙いは少し違うけど。

 

 会議の目的には叶っている流れだが、あとは個人的な問題。どうしようもなく抱えてしまうだろう負債と、どう向き合うか/備えるか/本当にやりきれるのかどうか。……誰も全部を最後まで、背負い込んではくれない。してもらわないことに、攻略組たる自負がある。

 ただ、ほんの少しだけ、独りの時間が欲しい……。そんな空気に応えるように、ディアベルが立ち上がると、

 

「―――強制はしない。覚悟のあるメンバーだけでやろう。……一時間後、もう一度ここに集まってくれ」

 

 その一言で、会議に一旦、休憩が挟まれた。

 集まったメンバーは各々、教会の外へと出て行った―――……

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 人波に流されて、教会から外へと出て行った。

 ただ、目的の人物への注意はそらさず、されど気取らせないよう距離は保って、【索敵】によって拡張/鋭敏化された感覚に集中する。波を壁にしながら流されて、一定の間合いのもと追跡していく―――。

 

「―――おいキリの字。キリト! 待て、待てってば!?」

 

 大声で呼びかけながら近づいてくる顔なじみに、足を止めざるを得なかった。

 

 こんな忙しい時にいったい、何の用だよ? ……そんな非難がましさを若干顔に出しながら、追いついてきたクラインを睨んだ。

 そんなオレの態度に戸惑うものの、用意していたであろう苦言をこぼしてきた。

 

「お前、アスナさんに対してのアレ。少し……不味かったんじゃねぇのか?」

 

 フォローした方がいいんじゃね? ……オレが向かっていったのとは逆方向を視線で示すと、そこには、アスナの背中が見えた。遠間からでもわかる、その凛とした後ろ姿に今は、苛立ちの色がピリピリとまとわれていた。

 言いたいことは、それだけで分かった。心配してしまうのはわかる、オレが彼の立場だったら同じように助言したことだろう。だけど―――

 

「……どこが?」

 

 あえて簡潔に/素っ気なく。興味ないとばかりに切り捨てた。

 腹を立てられても仕方がない態度。なので予め、受け入れて返す言葉を用意していたが……クラインの顔色は変わらず。むしろ/どこか、悲しそうな色合いを滲ませていた。

 オレのほうがと惑わされた。すぐに振り払って追跡を開始するつもりが、縛られてしまった。

 

「気持ちはわからんでもねぇが……ソレでお前が無理してちゃ、元も子もねぇだろうが」

「そんなことは―――」

 

 ない……。言い切ろうとしたが、澱んでしまった。

 自問自答してしまった。本当にオレは、そんな奴だったのか? 無理してないと言い切れるのか? 

 立場上許されないこと。だけど……自信がない/確信を持てない。確かなモノが何も見いだせないまま、見切り発車している不安があった。

 だからか、ついポロリと、 

 

「……オレは今、そんな風に……見えてるのか?」

 

 弱音がこぼれてしまった。……言葉にしてしまうと、ギリギリ保たせてくれていた何かまで、抜けていくような気までしてくる。

 そんなオレをみせられてか、クラインは一瞬だけ目をつぶって、腕を組み考え込むと―――忠告してきた。

 

「―――キリト、お前も待ってろ。今回は辞退しておけ」

 

 そんなこと、できるわけがない……。反射的に出そうになった言葉を、喉元で抑えた。そして同時に、悟らされた。

 そんなセリフが出てきてしまった以上、参加すべきじゃない。遅かれ早かれ、足を引っ張ることになる、アスナ以上に。……心が折れてしまったら、いくらパラメーターが高かろうが経験値があろうが、死ぬ。殺される。

 奴らと戦うとは、そういうことだ。

 

「こればっかしは、お前の手に余る。いや、誰であっても同じだろうな。……やれば潰れちまうぞ」

 

 言われて一瞬、真っ白になった。

 兄貴ヅラふかすな―――と、負けん気を起こせなかった/しきれなかった。【麻痺】してしまったかのように、口は/舌は痺れて動かない。

 ここぞという時はいつもそうだ。嘘を突き通せない。

 

 答えられず、目まで逸らしてしまいそうになる―――寸前、通りがかった知り合い達が、代弁してきた。

 

「―――おぉい、ビーターさんよぉ! 今回も期待してるぜ」

「あんたの腕の見せどころだな!」

「いつも通り、ささっと解決してみせてくれよ!」

 

 今回だけは、LA(ラストアタック)ボーナス譲ってやるからさ……。囃子ことば。悪口に聞こえるも、根は応援だ。かなり際どすぎるけど。

 いつもなら無視するだけ、内心で苦笑いを浮かべるだけ。だけど今は、弾みをもらった。

 

「―――クライン、いちおう礼は言っとく。ありがとな。

 だけど、オレは大丈夫さ。こんなことで潰れるなんて、ありえない」

 

 ありえちゃならない……。だからたぶん、大丈夫だ。大丈夫になるんだろう。

 先のことはわからない、どんな終着点になるのかも、逃げ道の確保もできていない。でも、今のこの選択だけは、間違っていないはず。飛び込まなくては現れてくれない答えがある。……オレが目指す答えはきっと、そこにある。

 

 覚悟が固まっていくと、今度は/お返しとばかりに、クラインに尋ねた。

 

「お前らこそ、辞退したほうがいいんじゃないのか? 参加するとなれば、【連合】とか他のギルドと組まされるだろうしな」

「お礼参りしなくちゃならねぇ奴がいるんでな。そのぐらいは飲み込んでやるし、そもそも、俺達だけだったとしてもやるつもりだった」

 

 やらなきゃならねぇ―――。静かにそう宣言したクラインの顔には、不釣り合いな暗い色が漂っていた。瞳も、冷たく黒くなっていく。……それでおぼろげながらも、事情を察せられた。

 

「……オレからも忠告だ。少なからずレッド達と対決してきた先輩として、な。

 怒りとか怨恨てやつで、奴らと対峙しないほうがいい。利用されるだけだ。……その手のリベンジ野郎と戦うのが、返り討ちにするのが、奴らにとって最も『愉しい』ことだから」

 

 ついでに言えば、そういった復讐者の扱いには慣れてもいる……。忠告するも、今だに理解しきれない性だ。いや、したくないと言ったほうがいいのかもしれない。……どうしたらそんな、怨念の中で生きていられるのか?

 そんなことをし続けた結末は、破滅しかないはず。爆弾のような生き様だ、後には悲惨しか残さない……。実に迷惑この上ない。空に吹き飛ばして、花火にしてやる他ない。

 

「ならいっそう、退けねぇな。

 奴らがソレを手にする寸前で終わらせてやるのが、俺らの目的だ。指くわえて、歯噛みしながら消えていくのを、眺めるのがな」

 

 そう言ってニヤリと、酷薄な笑みを浮かべてきた。

 その似合わない/落ち着き過ぎた殺意に、クラインの本気度が伺えた。もう何を言っても止められない、生半可な力づくじゃ怪我するだけ。そして何より/残念なことに、オレ自身が、そうしてやれるほどの情熱の予備を持ち合わせていない。

 大きく/これみよがしにため息をついた。

 

「……オレの忠告は無視するのに、そっちは通したいのか?」

「わがままなんでな、お互いに」

 

 悪あがきも通らず、沈黙。目で語りあった。これからやること/起きること、どんな負債を抱えることになるのか、抱えながら登ることになるのか/できるのか……。

 再び大きく、ため息をついた。

 

「……パーティー編成した時、枠が余ったらオレを入れてくれ。役に立つよ」

 

 諦観混じりの、最大の譲歩。……あるいは偽善心か、責任回避か。

 それは指摘されず、ただ穏やかに微笑まれると、

 

「他にアテがなかったら、入れてやるよ」

 

 頼むよ……。互いに緩く/曖昧な、肯定とも否定ともとれない中間に着地させた。……今はコレが、限界だろう。

 

 じゃあな……。軽く挨拶を交わすと、別れた。……ここで語り合うことはもうない/できない、後はギリギリの戦場で問うしかないこと。

 仲間の元へと帰るクラインの背を、見送った。

 

 

 

 

 

 予想外に重たいモノを背負い込まされたが、得るものもあった。それなりに意義はあった寄り道。

 

 さて、今度こそアリスを見つけないと……。いつの間にか人波もなくなっていた、彼女の影もない。

 仕方がない。【連合】の住処を当たるか―――。再度追いかけようとすると、また呼び止められた。

 

「―――キリトさん、少し、いいですか?」

 

 話しかけられた相手は、【血盟騎士団】のメンバーだった。

 奴ら特有の白を主色とした装備/威圧感あるが馴染んでもいる背中の大曲剣。しかし、奴ら特有の/腹の奥そこまで突き刺さってくるような強者の雰囲気は、感じられない。団長たるヒースクリフに似ていて、落ち着かされるような重さを感じさせる。奴を縮小/若年化させたらこうなるだろう男だ。

 

「確か……分隊長の一人、だったよな。名前は……【エイジ】だったな」

「覚えていただき、光栄です」

 

 ヒースクリフ似であろうとも、アスナの共感者/『探索』に賭ける一派の一人だ。

 おそらくは、先の一幕だろう。あからさまに旗頭を攻撃した、何らかの報復でもされるのかもしれない。

 警戒していると―――深々と、頭を下げてきた。

 

「先程は、ありがとうございました!」

 

 意外な感謝に目を丸くした、どう反応すればいいか迷わされる。

 

「…………感謝されるようなこと、した覚えないけど?」

「キリトさんがああ言ってくれたおかげで、副団長を今回の狩りから遠ざけることができました」

 

 そのことか……。面と向かって言われると、ムズ痒くなってしまう。言葉通りの辛辣さもあったけど、言い訳する必要もないだろう。

 

「どうだろう、余計な口出しだったんじゃないのか? オレが言わなくても、アンタか仲間の誰かがが言ったんだし」

「……俺達が言っても、聞く耳もってはくれなかったでしょうね。ああも穏便に、ことを収めることもできなかった。団長も動いてくれたかどうか……」

 

 あれで穏便か……。本当に彼女は、厄介な性格をしている。いつも傍にいるとしたら、さぞウンザリすることが多いだろう、あの美貌と器量でも鬱憤が貯まるほどには。

 一人苦笑していると、その様子をじぃ……と見られた。

 

 観察された―――。つい緩んでしまった心に、つけこまれた。

 引き締め直そうと、逆に視線を鋭くすると、

 

「―――意外でした。アナタがこんな、心遣いができる人なんて」

 

 ボソリと、独り言のようにこぼしてきた。本当に意表をつかれたと、目をぱちくりさせながら。

 その裏表なさそうな驚きに、毒気を抜かれてしまった。オレの一人相撲になっている。……何とも、やりづらい相手だ。

 なのでオレからも、観察結果をつげてやった。

 

「……オレも意外だよ。あの【血盟騎士団】に、それも分隊長の一人がこんな、甘そうな奴だったなんて」

 

 挑発行動。こちらかも揺すってみるも……予期していた怒気は見られず。また驚いたような顔をして、目を瞬かせるのみ。

 オレも今更退けず、睨みながら見つめ合うと―――フッと、呟いてきた。

 

「……あくまでアナタは、そのスタンスを取り続けるんですね」

 

 そういうところが、副団長の気に障るのか……。こぼした声に初めて/微かに、エイジの感情が見えた気がした。

 

 もはや、剣呑になりかけのギスついた空気。

 相手は全く悪くない。感謝するために会いに来た。友好関係を結べたはずなのに、オレが空気を悪くした。オレが一方的に悪い。

 だからと言って、謝るつもりはなかった。その空気のまま続けた。……元々オレには、友好関係など存在しない。

 

「お前はアスナの信者らしいが、今回の狩りには……不参加か?」

「いいえ、参加します。……だからこそ、と言った方がよかったですかね」

 

 今回のことで皆の心証を悪くしたアスナや仲間達が、次の階層からも支障なく攻略に参加するために……。信念よりも大義、時と場合と相手による。ゲームクリアの為には何が必要なのか? ……時には、訴え続けてきた信念を曲げる必要がある。

 やっぱりヒースクリフか……。この柔軟さ、感情がないかのような臨機応変、正しいのにどこか欠けているような気がしてならない相手。距離を置きたくなるほど、言い知れぬ不快に苛立ってしまう。……きっと彼とは、上手くやっていけない気がする。

 

「もしも仲間が必要でしたら、ぜひ私たちの元に来てください。力になります」

 

 ディアベル並みの爽やかさで勧誘してくるも、偽物感がぬぐいされない。……本性が見えない/見せようともしない相手とは、付き合っていけない。

 なので、できるだけ穏便に、お断りした。

 

「この格好のままでいいんだったら、考えておくよ」

 

 その白のコスチュームは、ちょっと……。オレの二つ名が泣いてしまう。まるで、ゴシゴシと洗われ漂白されたかのようで、みすぼらしさが際立ってしまうだろう。

 

「もちろん。ソレがあなたのスタンスみたいですから、善処します」

「……いや、それはそれで、困るな」

 

 悪目立ちしすぎる……。白の集団の中ポツリと、真っ黒がいる、まるで染みか汚れのように。……ただでさえ目立っているのに/これでも弱コミュ障なのに、無茶ぶりさせないで欲しい。

 

 

 

 

 

 エイジと穏便に/勧誘にはお茶を濁して、別れを告げると、ようやく本来の目的に戻れた。

 

 街はずれの砂漠。今の時間帯は安全だが、日が落ちればモンスターが出没するかもしれない【半圏内】。その広々とした土地に幾つもの大型のテント、遊牧民が使っているようなゲルに近い移動式住居が、建てられていた。

 【聖騎士連合】の『幕営地』―――。現地の宿や家屋を貸し切るだけの財力を持ち合わせているのに、あえて持ち込み。エリアの特徴に合わせて外面や色合いは変えてきたが、転用してきただけだろう、何度も見せられれば【連合】のものだとわかる。そこだけが街とはそぐわない、侵食までするかのような異質さがあった。

 

 この幕営の一つに、彼女がいるはずだ―――。【索敵】は使わず/使えば警戒されるので、鍛えた五感だけで探した。……幸いなこと、副長たちの幕営には、わかりやすいマークがある。

 ソレを思わしきモノを見つけると、さっそく近づいていった。何度か【連合】の面々とすれ違うが気にせず、別に立ち入り禁止までしていない/不法占拠しているのは奴らなので、堂々と歩く。

 

 目的のアリスの幕営。これといって他との差別化が図られているわけでも、女の子らしさを表してもいない。ただ屋台柱の天辺に、彼女の相棒たる梟が描かれている旗が、はためいているだけ。

 オレが近寄ってくると、門番らしき体格が良すぎるプレイヤー達が、露骨に威嚇してきた。

 

「―――何の用だ、ビーター?」

「ここ、アリス副長さんの幕営だよな?」

 

 中に入れさせてもらうぞ……。穏やかにだが強引さをにじませて、許可される前に入ってしまおうと、進んでいこうともした。

 その不躾/先制攻撃は、しかし―――読まれてしまった。

 踏みはいろうとする寸前、握っていた両手斧で通せんぼされた。……潜れはいけそうだが、ギロチンになりそうで怖い。踏みとどまらざるを得ない。

 

「……副長は不在だ。出直せ」

「先の会議には見かけたぞ。それに、あと一時間もないのに、何処に出かけるってんだよ?」

「お前には関係ないことだ。【連合】のメンバーでもないお前にはな」

「なるほど、【連合】としての用事、てわけか?」

 

 ひるまずに追求すると、図らずも答えてくれた。

 そんなオレの様子に、答えてしまった門番は、一瞬顔を真っ赤にするも、すぐに今までを倍する警戒度へと高めてきた。

 

「そう怖い顔してくれるなよ、『その通りです』て言ってるようなものだぞ」

「ッ!? お前―――」

「でも、アンタはそれ以上知らないってわけか。何も聞かされていないけど守ってる」

 

 いいガードだな……。プロ根性、というよりは信頼関係の成せる技だろう。あるいはただ、好奇心の薄い奴なだけかもしれないが。

 どんどん踏み込んでくるオレに、口を閉ざしてきた。次に何か探ろうとすれば暴力に訴えると、危険な敵意を放っていた。……こう頑なになってしまったらもう、聞き出せることはない。

 しかし、オレの狙いは別。もう片方の門番へと目を向けた。

 

「ただ、アンタの方は違うよな。知らないけど、察しはついてる。調べてしまった」

「ッ!?」

 

 ビンゴだ―――。目が泳いでしまっている、バレバレだ。巨体で頑強ゆえの弊害、心の内が外に漏れやすくなっている。腹の探り合い向きのビルドじゃない証拠だ。

 

「いったいどんな用事なんだい? わざわざアンタらを立てなきゃならない理由は―――」

「おい! それ以上無駄口叩くのなら―――」

 

 ドンと―――威嚇してくると、斧を握る手が強くなった。敵意が殺気に変貌していた。

 そしてさらに、【決闘】申請までをも、叩きつけてきた。

 

「いつかのお礼を、返してやる」

 

 そう啖呵を切ってくると、猛獣のような顔つきで睨みつけてきた。……あまりの性急さに相方は、止めようか見ぬふりかを迷っている。

 最終勧告を叩きつけられるも、冷静に/あえてそうせずとも冷めたまま。殺意に満ちた視線を受け止めた。そして、彼とは反対の静けさで、助言を返した。

 

「…………アンタ、血の気が多すぎるな。そんなんじゃ、遅かれ早かれ死ぬぞ?」

「かもな。少なくとも、お前の後だ」

 

 どうした、怖気づいたのか―――。もはややる気満々、役目も忘れかけているのかもしれない。

 ここが限界だろう。これ以上つつけば、否応なしに【決闘】せざるをえなくなる。どちらかに致命的な傷が残ることだろう。

 

 溜息とともに肩をすくめると……降参のポーズをとった。

 

「…………ま、居ないなら仕方ないさ。

 伝言だけ、お願いしてもいいか?」

 

 『鼠』が接触してきたぞ―――。

 口頭での伝言。本来なら、情報を抜かれないよう別の方法を取るのだが/彼女のような情報屋を警戒中ならなおさら、あえて防衛処置は取らず、相手の反応を見るため。……そもそも、もう知っている可能性だってある。

 門番たちは、怪訝な表情を浮かべた。【決闘】を仕掛けてきた方は、出鼻をくじかれたかのように/仕事方面からの奇手に、舌打ちを漏らしていた。……こちらは予想通りだ。

 狙いはさらに奥、幕営の中で聞き耳を立てているであろうもう一人に、注意を集中する。警戒が逸れている門番たちを脇目に、【索敵】の見えない感覚触手を飛ばした。

 そこには―――確かにいた。感触があった。不在ではありえない、リアルタイムの生体反応が。

 ただし、それ以上は探れなかった。さすがに門番たちに気づかれるだろう。

 

 すぐさま【索敵】を閉ざすと、何事もなかったかのように捨て台詞を吐いた。

 

「それじゃ、確かに伝えたぞ。後はそっちで対処してくれな、()()()()()殿()

 

 気づいているぞ―――。無視するなんていい度胸じゃないか。【連合】とは共同歩調をとってるわけじゃないから、いいけど。

 隠し事したいなら、こっちも好きにやらせてもらうよ……。差し当たっては、もう一度アルゴに会いにいくことだろう。何もしなくても、それだけでプレッシャーになってしまう。予測できてしまう頭の持ち主なら、コレだけでも充分だ。

 

 後ろ手をヒラヒラ、要件は終わったとばかりに去っていこうとした。踵返す―――

 

 

 

『―――待ちなさい、キリト!』

 

 

 

 寸前、テントの中からアリスの制止が聞こえてきた。

 帰ろうとした足を止め、振り返った。……かかったと、内心ほくそ笑みながら。

 

 戸惑う門番たちの傍ら、続いて指示を命じてもきた。

 

『通して上げてください』

「ッ!? しかし副長―――」

『大丈夫です。どうせ後で、皆にも知らせることですから』

 

 頼みごとのような命令に逡巡させられるも……肩を落とした。

 通せんぼしていた斧が、手元に戻された。

 

「……それじゃ、悪いな」

 

 そう思ってるんなら帰れ―――。無言の苛立ちを浴びせられながら、門番たちの脇を抜け、入っていった。

 

 

 

 幕営の中。外からと中からでは明らかに面積が違うよう見える、拡張居住空間。くわえて、個室にしては少々広すぎる気もするが、大幹部ならコレでもいいのだろう広さ。調度品も、現実の軍人ばりの味気なさ/ストイックさを基調に、預かり物だと/粗末に扱ってはならないと言わんばかりにインテリアが綺麗に並べられていた。

 アリス専用の幕営。しかしそこには―――彼女の姿はなかった。

 代わりに棚の上、遠隔通信用のインコのような小型モンスターが、籠の中で佇んでいた。……先に感じた反応は、これだったのか。

 

『中央付近に次元の歪みがあります。《鱗粉》の持ち合わせはありますか?』

 

 なければ、この子の下の棚からおとりください―――。挨拶も説明も抜きに要件だけ。……インコと話しても仕方がないので、指示に従った。

 《次元蝶の鱗粉》は、ホームの当座金庫に保管してあるので、【圏内】にいる今なら引き出すこともできるだろう。けど……貴重品だ。できるなら使いたくない。

 せっかくなので探ってみると……確かにあった。しかし―――

 

「―――なんだ、この……霧吹きは?」

『スプレーしていただければ、同じ効果が出せます』

 

 怪訝になりながらも、言われたとおり試してみた。シュッシュッ―――

 ただの霧にしてキラキラと煌く飛沫が、次元の歪みがあるであろう場所にまぶされると―――溶けるように消えていった。

 そして次の瞬間―――虹色の黒い楕円球体/転移ポータルが発生した。

 

「おぉ!? ……本当だ」

『中にお入りください。そちらで待っています』

 

 自家製であろう特殊な霧吹きに驚かされながら/自然を装い拝借しながら、ポータルの中へ入ろうとした。

 しかし一瞬、その手前で……ためらってしまった。

 前の事件の後遺症が、まだ残っていた。扉の向こうに何があるのか、入ってみなければわからない。……ここが安全な【圏内】であろうとも、向こうにはおぞましい殺人鬼がいるかもしれない。

 

 だけど……このまま立ち止まっても仕方がない。こんなことで舐められてしまうのも、癪だ。

 意を決すると、踏み込んだ―――

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 転移特有の空間が歪み。虹色、というよりはごちゃまぜの色彩空間。

 無重力でもあり、吐き気がこみ上げてきそうになる寸前、通り抜けると―――白光。ウッと、痛すぎて目を閉じた。

 

 

 

 ……うっすらと、光にやられた視界が戻っていくと、そこは―――堅牢な要塞の内部。

 資料で見たことがある。【連合】の本拠地だ。名前は確か―――

 

 

 

「―――ようこそ、我らが【屠龍の塔】へ」

 

 

 

 もう聴き慣れた、感情を抑制しきった声音、あのインコとは違う本物から。

 周囲の厳しさとは真逆、淡く仄めいているかのような白銀の美少女が/アリスが出向けてきた。

 

「……歓迎してくれる、てわけじゃないよな」

「ええ、正式な客人ではありませんので」

 

 調子を整えるための軽口を、あっさりと切り捨ててきた。無理やりやってきた苛立ちすら感じ取れない。

 コレでこそだろう……。逆に、本物だと確かめられた。立ち上がる。

 

「観光案内もしてくれない?」

「独房でよければ―――」

 

 そう返すとサッと―――先に進んでいった。

 予想はしていたので慌てず、あとに従っていった。

 

「ここ、そんなものまであるのか?」

「自作しました。【監獄】は【軍】の所有物ですから」

 

 おまけに、脱獄の方法も解明されてしまった―――。睨みつけるような言葉だが、やはり無機質に/ただ事実だけを告げるかのように。

 解明したのはオレじゃないんだけど……。ソレは契約上/心情からも言えないので、肩をすくめるだけ。できたことだけ、『公表』はしてないんだからいいじゃないか、と。

 

「そう大した罪じゃなければ、懲役までいた方が懸命さ。外でサポートしてくれる奴か金が無けりゃ、脱獄なんてリスクしかない」

「その支援者が、かの神父様だった、というわけですか」

 

 そういうこと……。あの時は、なりふり構っていられなかったんだ。奴の力を借りることも/貸しを作らざるをえなかったことも。

 ただソレは、お前たちのせいでもあるからな……。言外に含ませた非難で、この話題はそれまでになった。

 

 なので、一番聞きたかったこと。アリスに会いに来た目的を尋ねた。

 

「シリカは、元気でやってるか?」

 

 かつて助けることができた少女、竜使いシリカ。

 先のゾロ目階層での被害者だったが、何とか生き延びれた。ただ、かなり異質な/おそらく仕様から外れているであろう『裏道』を通ったがために、陽の下を歩けなくなってしまった。これから歩むのも、難しいことだろう。……そういう意味では、やはり殺されたも同然だろう。

 納得しきれない感情/罪悪感に沈みそうになる手前、同じ思いからだったのか、微かに嬉しそうな色合いをにじませながら答えた。

 

「中々筋がいいですよ。ビーストテイマーとしては、私より上かも知れない」

 

 言われた高評価に、「そうか」とだけ。その通りなのかもしれないし、励ますための過大評価だったのかもしれない。その手の気遣いなどオレにはしそうにないアリスなので、本当なのかも知れない。

 どちらにしても、前向きでいてくれてるとわかった、それだけで充分だ。

 

「お前の他とは、上手くやれてるのか?」

「ええ。初めこそ戸惑いはありましたが、今では妹みたいに、可愛がられてますよ」

 

 そうか……。何となく、想像がつきそうだった。……あまりに構われすぎて、鬱陶しく思っていないことを祈るだけだ。

 

「もしかして……あの幕営で門番やってた男も、その一人だったり?」

「……よくわかりましたね。

 彼には、前衛としての戦闘訓練を担当してもらっています」

 

 彼女のポジションには不必要だろう。けど、前線で戦うには全てを一通り網羅している必要がある。場合によっては/仲間が戦線離脱してしまったら、穴を埋めなければならない、孤立したらなおさらだ。壁戦士の知識も必要だ。

 何より、自立しやすくなる。たった一つの/プロフェッショナルだけでは、前線では買い手は少ない。安く買い叩かれるか、容易には抜けられないような契約を押し付けられてしまう。……そういう意味では、彼らの善意は本物だろう。

 

「『いつかアナタに恩返しがしたい』と、張り切っていますよ」

「……あんまり気にするな、て伝えてくれよ。お前らと上手く付き合えてるだけで、十二分に恩返しはできてる」

 

 そうですね……。気にせず相槌をうってくるも、少々言い過ぎたと後悔した。……それだけのことをしてくれたのに、大人気無さ過ぎだ。

 胸の内でパンッと、自分で頬を張ると、切り替えて言った。

 

「―――ありがとな、アリス。約束守ってくれて」

 

 純粋に感謝。彼女たちは、いざという時は冷酷な狩人になるが、ソレが全てじゃない。ギリギリの瀬戸際で、人間性を保ってくれている。レッドプレイヤーとは違う。

 ソレがわかっただけでも、おそらくはオレも似たような中途半端だったからか、安心できた。

 

 そんなオレの様子を見て、なぜか眉をひそめられると……ボソリ、

 

「…………また、ズルい言い方ですね」

 

 ぼやくように、呟きを漏らしてきた。

 聞かなかったふりをして、苦笑だけ浮かべた。……確かに、そうかもしれない。

 

 ながれそうになる沈黙を、ハァ……と、大きくつかれため息で吹き飛ばすと、

 

「あれだけ格好つけたのに、結局私に丸投げしたアナタとは、違いますから」

 

 その程度の感謝じゃ、足りないですよ……。そう言うとプイッと、そっぽを向かれた。

 苦笑い。今度こそ何も言い返せない、まさしくその通りだ。……埋め合わせを考えておかなければ。

 

 

 

 和気あいあい……とはいかないが、話し込んでいるうちに、目的地へとたどり着いていた。

 

「―――ここが、その独房とやらか?」

「いいえ、ここは隊員用の懲罰房です。犯罪者用の監獄はこの奥です」

 

 踏み入ると、急に―――室温が下がった。ゾクリと、首筋が泡立つ。

 反射的に、背中の愛剣に手が伸びそうになると、

 

 

 

『―――なんのつもりや、アリス?』

 

 

 

 どないしてその男を連れてきた―――。

 闇の奥から、腹の奥に直接響くような声が響いてきた。相手にとってはただの確認だろうが、込められた重みは詰問として伝わってくる、まるで尋問でもされているかのように……

 

(何……なんだ? これは―――)

 

 背筋にたらりと、冷や汗が流れる。口の中も一気に干上がって、ゴクリと唾を飲んだ。潰されそうになっている肺に、空気を押し込む。

 ここには居たくないと、早く逃げ出したい/逃げ出さねばと、体が全力で逃避行動を取ろうとしていた。なのに、金縛りにあったかのように動けなくなっていた、目線すら逸らせない。……奥に潜む何か/誰かに、完全に呑まれていた。

 

「『鼠』に悟られる危険があったからです。……刀を収めてください、キバ」

 

 アリスの言葉で、金縛りが一部だけ解けた。何とかまともに呼吸できる。そして、誰が相手なのかもわかった。

 しかし、言われてなお驚いた。口調と声音から何となく察しはついていたが、それでもアリエナイと。

 

(どうして奴が、これだけのプレッシャーを纏えてるんだ……?)

 

 こみ上げてくる疑問。しかし表には出せず、事の成り行きを見守る。

 相手はすぐには返さず、彼女の声が闇に消えていくと……おもむろに答えてきた。

 

『……悪いが、ソレはできへんな。

 こんのバケモンを前にして、【剣域(ソードフィールド)】を閉じる暇などありはせんのや』

「私たちが来たからには、一息つけるはずですよ」

 

 重ねてアリスが言うと、しばし沈黙が流れた。

 そして―――大きくため息。

 

 カチリ……鞘鳴りが響いた。

 するとようやく―――鎮まった。開放された。あの異質なプレッシャーなど、どこにもなかったかのように、ただオレの中にこびりついてる残響のみ……。

 

 

 

 刀を納めると、元凶たるプレイヤーが姿を現してきた。暗がりから、特徴的なトゲトゲ頭がみえてくる。

 

「―――なんや、呆けたような顔しよって。わいの顔になんかついとんのか?」

 

 元凶/キバオウが、普段通りの/腕組みしながらの喧嘩腰な口調で尋ねてきた。

 その姿を見て、嘘ではなかったと確認できたが……それでも、疑念はぬぐい去れなかった。今と先までの違いは、いったい何だったのか?

 しかし、尋ねようと口を開きかけたが……やめた。

 ココは【連合】のホームで、いわば敵陣だ。くわえて、目の前の二人を相手取ってでは、逃げ延びるのも困難だろう。ここは独房なのだから当然、転移無効化処置を施しているはず、絶望的だ。

 なので、挨拶がわりに軽口を返すのみ。

 

「ああ。人相悪い目と、潰れた丸っ鼻がな」

「……相変わらずの減らず口やな、キリトはん」

「お前こそ、そんなに殺気()()()()のは、なんでだ?」

 

 あえての過去形。先の異常なプレッシャーについてほのめかした。

 キバオウは、眉をピクリと動かすも、無視してきた。隣のアリスも、何の反応も示さない。……怪しさは消えないものの、これ以上は探れない。

 互いに/オレは内心だけでため息をつき合うと、キバオウは観念したかのように、

 

「……もう来ちまったんやからな、しゃーないか―――」

 

 コイツのせいや―――。そう吐き捨てるように言うと、通路の電灯をONにした。暗かった一面がパッと、明るくなる―――

 

 ただの暗がりなら、鍛え抜いた【索敵】や振ってきた感覚値だけでも事足りる。見えなかったのは、スキルや能力値を遮断させるためだろう。あの【監獄】でも同じだったように、この独房でも同じ監禁処置を施していた。

 なので、明るみに出された目の前の人物に―――目を剥いた。

 

「ッ!? な……なんで、お前が?」

 

 

 

 

 

『―――待って、いたぞ。黒の剣士』

 

 

 

 

 

 独房に捕えられていたのは―――赤目のザザだった。

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

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