偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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66階層/迷宮区 供物への選択

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 最前線の迷宮区を登る、フロアボス部屋まで。

 一歩一歩、進み続けるたびに、腹の底に憂鬱が溜まっていくも……止まらず。ソレを紛らわすように、ポップしてくるモンスター達を狩る/ぶつける。

 

 道順はわかっている、すでに開拓されている。まだ完璧とは言い切れないも、とりあえずの舗装や糧道の確保も整っていた。……その場合、次にやることは偵察部隊の派遣だ。

 しかし現在、メンバーの選抜は行われていない。攻略組全体の意思統一やら、下層にいるプレイヤーたちへの情報統制もやられていない。

 なぜなら皆、ボスエリア手前のエントランスで待機しているから。……まだ誰も、門番の姿すら拝んでいない。

 

 近づくに従い、他プレイヤーの姿が目に映った。数人のパーティーの塊が等間隔で配置されている。

 プレイヤーの通行を守るための警備員。周囲への警戒を怠らず、みなピリピリと険しい顔をしていた。加えて、傍まで寄ると、独特な匂いか音波に眉をしかめてしまう。エンカウント率を低下させるアイテムだ。常時発動させることで、迷宮区であろうとも安全な通行を約束している。

 見知った顔をみつけ挨拶しようとするも、警備の邪魔になるので控えざるを得ない。ここは、システム的に安全が約束されている【圏内】ではなく、最大限の危険地帯なのだ。駄弁っていいところじゃない。……そんな気分でもない。

 いつも通りの緊張感と高揚感、最前線の迷宮区攻略にはつきものの光景だ。花形の仕事ではない裏方であるものの、重要な使命だとの理解が仕事の質を高め維持している、各ギルドでの訓練の賜物でもあるだろう。しかし若干、奥に進むにつれて沈鬱な空気が漂っているのを、感じた。オレが抱えているのと同じ、彼らであっても、隠しようもなく……。

 

 その空気感で、ようやく違和感に気づいた。―――なぜ今、彼らまで同じになっているのか?

 

 嫌な予感に、立ち止まった。

 そのまま急転。踵返して、帰ろうかとすると―――

 

 

 

「―――よオ、キリ坊! 遅かタじゃないカ」

 

 

 

 突然、独特な口調の挨拶がぶつけられた。

 

 形を持ち始めた嫌な予感。無視したいも振り返らずをえず、確認してみた。

 すると―――予想通りの人物が、そこにいた。

 

 『鼠のアルゴ』―――。

 このゲームきっての情報屋。その二つ名が示すとおり、すばしっこく捕まえられそうにない体格に、頬につけている髭のペイント。……すべての化粧を取り外したらきっと、異性のみならず同性からも可愛がられることだろう。

 

 やられた―――。ニヤニヤと、朗らかすぎる笑顔を向けられているの見て、確信してしまった。

 どうしてオレが、今こんな状況下に来てしまったのか? わざわざ集合時間をズラしたのに、皆とバッティングしないようにしたのにも関わらず……誘導させられた。彼女に仕向けられた。

 

 何か言い返してやろうとするも……ため息。それしか出せない。

 彼女とこの手の勝負をしたら、勝ち目がない/勝った試しも数える程。すでに決してしまっている。証拠すら思い当たらないでは、お話にすらならない、恥の上塗りになるだけだ。……結局のところ、緩みすぎていた自分が悪いのだ。

 なので、()()()()()()()()()とするしかない。

 

「…………遅刻したかったんだよ。前回は早すぎたんでな」

「顔を合わせたくナイ理由でモ、あタのカ?」

「そいつは……あの状況を見れば、わかるだろ?」

 

 そう言ってアルゴの先、オレが行こうと/彼女が行かせようとしたボスエリア前のエントランスを示した。

 今オレが、あそこで屯している集団の中へ入っていけば/気づかれるだけでも、どういう行動をしなければいけないか決まってる。……さらなる敵を増やすことになるのは、目に見えている。

 

 ボスエリア手前のエントランスに屯している集団。彼らは、剣呑な空気を漂わせている二つの集団に分かたれていた。

 一方の中心は【聖騎士連合】、率いてるのは……予想通りリンドだ。砲火・支援大隊を率いる副長の一人、大隊長殿に次いでのイケメンなプレイヤーだ。他方は【血盟騎士団】、率いているのは……やっぱりアスナだった。騎士団の副団長にて、『閃光』の異名を持つ美女だ。

 いつも通りの意見の対立、ゾロ目の階層特有の。……ただし今回は、前回までのことを引きずって。

 議論の話題は、このフロアの『調査』についてだろう。ギルド合同会議で何度か話題に上ってきた。今回のフロアについてソレは、無駄なのではないか/もっと『正しいこと』に人員を割くべきではないか、と。

 前回は、【聖騎士連合】の大隊長ナイト様/ディアベルの一喝で、調査に全フリすることが決定した。実際にほとんどの攻略組たちが、そうした。……ただし、実態は真逆だったが。

 なのでか、今回は静観していた。リンドの後ろで黙然と、議論の行く末を見守っている。

 さらに付け加えれば、調査は無駄だったと証明されてきた。フロアの中に解決方法は存在しない。ので、アスナであってももはや、押し切ることができない。例え、人命尊重の大義があろうとも、茅場の思惑に乗ってしまうことになっても……。

 

「はハ! またアーちゃんニ嫌われちゃうナ♪」

「……なんだ、嫌わせたかったのか?」

 

 ポロリと口から、溢れ出てきた。アルゴの思惑だろう動機。

 唐突だったのか、はたまた図星だったのか、アルゴはすぐに笑いを引っ込めた。

 

「…………言うネキリ坊。

 どうしテそんなふうニ思タんダ?」

「べつに、ただの推測さ。

 もしも、今ここにお前がオレを呼びせたのなら、必然、オレは彼女とマズイ事になるからさ。距離を置かざるを得なくなるだろう?」

 

 そこまで見込んでの仕掛けだろう。根拠など何もないが、説明した通りのことを自然に起こすことができる。

 ただ……仮説であることは変わらない。ので、曖昧に、肩をすくめられるだけだった。

 

「どちらにしてモ、遅かれ早かレそうなるだろうネ。だタラ、早い方ガいいんジャないカ?」

「タイミングぐらい、自分で決めたいね。被害おっかぶるのはオレなんだから」

 

 不満げに皮肉をこぼすも、アルゴはただ、肩をすくめるだけ。

 その彼女の様子、自分で言葉にしてもみると、ふと……新たな仮説が思い浮かんできた。

 

 もしかすると―――。尋ねようと口を開きかけるも、やめた。

 証拠は何もない。それに、もしも()()()()なら、明らかにするべきことでもない、気がする。いくら彼女とはいえ、いや彼女だからこそ、胸の内に収めている方が良いこともある。……彼女もオレと似たり寄ったりの、恥ずかしがり屋だ。

 

 マズイな、ガキはオレだったか……。何を言っていいか分からず、ただムズムズと、居住まいが悪くなっていると、

 

「―――キリ坊ノそういうとこロ、嫌いニなれないヨ」

 

 微苦笑交じりに、独り言のような答えが溢れでてきた。

 どう捉えていいのか分からず。ただ、もしも想像通りだったらと、少し目をそらしながら返した。

 

「だったら、形にしてくれると助かるけどな。例えば……いつものバカ高い情報料を、1割でも値下げしてくれるとかな」

「はハ! そいつハ難しいネ。下一桁なラ考えてやテもいいけド」

 

 言ってみただけだ……。無理な相談なのは分かってましたよ。

 真実混じりの冗談を言い合うと、居住まいの悪さは解けていった。……いつも通りの、アルゴとの距離感だ。

 

「それジャ、頑張テナ。陰ながラ応援してるゾ」

 

 区切りよく/さっぱりと、別れを告げてきた。オレもつられて、「それじゃな」と離れていった。

 しかし、互いに背中を向け合うと、突然―――

 

「―――おト! そういえバ……

 前回のシリカちゃんハ、元気かイ?」

 

 何気なく自然に/油断した死角へと、ぶっ込んできた。

 

 ギリギリ答えず、喉元で押さえ込めたが―――ギクリと、図らずも体が反応してしまった、バッチリと見られてしまった。……答えてしまったようなものだ。

 しかし、言質まで与えてはならない。

 無理やり/引きつっていることは自覚しながらも、無知の仮面をかぶり続けてみせた。

 

「…………彼女は、死んだんじゃないのか?」

「碑文にハ、そう書いてあるネ。でモ……本当にそうだタのカ?」

 

 そうじゃないよな―――。穏やかな詰問に、胃が痛くなった。つい堪えられず、告白しそうになった。

 しかし……その彼女の態度が、教えてもくれた。証拠など何も掴んでいないのだと、ハッタリで叩く/出たとこ勝負を仕掛けてるだけなのだと。……アルゴにしては、泥臭い手を使ってくるな。

 奇襲からも立ち直ると、仮面の奥で笑みを浮かべた。

 

「何故オレに訊く?」

「ちょト、小耳に挟んだことガあテネ。

 あノ事件の後、アリスちゃんの隊ニ、それまデ聞いたこともないようナ新しいメンバーが入隊しタ、らしいじゃないカ。有力候補だタ二軍メンバーを差し置いテ、サ」

 

 思わせぶりな揺さぶりにも、動ぜず、いなす。

 

「そういうことなら、オレよりも直接、アリスに訊いてみたらどうだ?」

「訊きたいンだけド、なかなかガードが堅くテ……。【連合】全体デ隠してるみたいなんダヨ」

 

 コイツでも、忍び込めないほどにね……。そういうと、アルゴの懐からチョコンと―――白黒の縞模様をした小さなネズミが、その可愛らしい顔を出してきた。

 アルゴの使い魔/【ゼブラクローンマウス】―――。戦闘ではほとんど使い物にならない、現実のネズミそのものといってもいいほど弱いモンスターだ。しかし、その体格と使いやすさ、加えて『とある特殊能力』が、敵対モンスターとして圏外に生息していた時にはなかった猛威を奮ってきた。

 諜報活動/特に街中での情報収集能力。他人のホームであろうとも、条件が満たされれば覗き込めると言われている。情報屋としての彼女の生命線と言ってもいいだろう。

 

「何度アポを取テモ無視されるシ、アポ無しで行けバ強面達が門前払イ。強引ニアタックをかけれバ、すげなく躱されル……。忍び込ませコイツらモ全部、潰されちゃタヨ。

 そこまデする理由、気になテこないカ?」

 

 すでに連合がクロなのはわかっている、クロだから隠すために暴力で守っているとも言える。だから、足りないのは証拠ではなく、その壁をこじ開けるための協力者だ、できれば内部告発者が。……オレがソレだと、暗に脅しかけてきている。

 アルゴの威圧感に、少し悩まされるも……約束は果たさなければならない。連合は/特にアリスは、今日まで彼女を守り抜いてくれた。オレの口から暴露するわけにはいかない、守り抜けたらかこそ今日までアルゴのこの質問を躱してきた。

 なので、誤魔化し抜く。

 

「……確かに、何か怪しいな。

 よし! それじゃ今度はオレも協力しよう。聞き出せるかどうかは、わからないがな」

「……あくまデシラを切ル、テ言うんだネ。私とキリ坊の仲でモ……。

 OK! それだけでモわかタかラ、いいヨ。訊いてみタかいはあタ」

 

 カラッとした捨て台詞に、胸の内でホッとため息をこぼした。

 彼女のこういう、禍根を残さないような淡白なところには、いつも助けられている。人によって冷たさと捉えるかもしれないが、オレにとっては気楽だ。

 

 今聞きたいことは全て聞いたと、去っていこうとした。

 その背中に、今度はオレが、

 

「―――アルゴ! お前は、どっちだ?」

 

 アスナか、リンドか? ……調査し尽くしてからか、それとも『狩り』に専念するのか?

 オレを呼び寄せたということは、後者だからと思うも……そうではない気がする。そこまで単純に結論をだしていいものか、とも思う、こと彼女においては。

 何より、コレが最もだが、興味があった。この正解の無い/どちらの答えにも傷のある哲学的命題に、彼女はどう答えるのかと。……意趣返しにしては少々、意地が悪いのかもしれない。

 

 予想通り、すぐには答えられず。微かに眉をしかめられた。

 そして、少し間を置くと……無難な答えを返してきた。

 

「……攻略組全員デ探索してくれた方ガ、手取り早くテ楽だネ。編集にだケ労力ヲ注げばいいからサ」

 

 どちらかといえばアスナに賛成。情報屋の立場としては……。個性の在り方についての問いかけなのに、うまくはぐらかされた。

 それ以上は聞き出せず、オレ自身もはぐらかすしかないので、引っ込めた。

 

 別れを告げると今度こそ、ボスエリアとは別方向へ、帰っていった。

 実際に、皆と実物を確認する必要は無い、との判断だろう。あるいは、対象者の情報を集めるための準備だろうか。……アスナを支持すると言っても、『狩り』から目を背けるわけにはいかない。

 見送った、独り流れに逆行している後ろ姿に、言い知れぬ共感を覚えた。

 

 

 

 

 

 アルゴと別れたあと、そのまま対立に割り込もうかとするも……調子が整わない。その後に襲いかかってくるだろう憂鬱をこらえ切れそうにない、気がする。……オレの許容量は無尽蔵じゃない。アルゴに騙すような真似をしてしまったことからも、心配になる。

 

 立ち止まってキョロキョロ、辺りの様子を伺ってみると―――ちょうどいい相手を見つけた。

 群衆の中でも、一際目立つガタイと、ガチガチに硬そうな全身鎧の重厚感。そそり立つ身の丈の倍はある馬上槍とのコラボが、ここの門番ではないかとの威圧感も出している。

 文字通り/見た目通り大物。頼りがいのありそうな/後ろにいれば絶対の安全を約束してくれる壁戦士。だが、中身までそうではないと、つい先日に知った相手。

 

 

 

「―――よぉ、シュミット! 久しぶりだな」

 

 

 

 声をかけるとギクリ、身をすくませるも……無視された。周りの/仲間と思わしきプレイヤー達は何だなんだと注目してくるも、気づいていないと、顔すら向けない。

 あからさまな拒絶だった。そこまで嫌われる覚えもない。

 ので、改めて―――

 

「お~い、そこの派遣遠征部隊の方。【アインクラッド解放軍】随一の壁戦士、シュミットさぁん! 聞こえてますかぁ~?」

 

 わかりやすく/言い逃れできないよう大声で名指しすると、もはや無視は叶わず。ガックリと肩を落としながら、大きなため息がこぼされた。

 そして、やっと振り向くとズカズカ―――近づいてきた。

 

「…………何の用だ?」

「無愛想だなぁ。ついこの間、一緒に苦難を分かち合った仲じゃないか♪」

「だったら! 今の俺の立場を少しは、心得てもらいたいものだがな」

 

 苛立ち混じりの返事に、目をぱちくり。何のことだかわからん……。

 改めて確認してみると―――確かに、トゲトゲとした視線が見えた。

 異物であるオレに向けられているものだけじゃない。シュミットと仲間たちとの間に、不協な空気が立ち込めているのがわかった、オレの傍に来たことでさらに深まってもいる。

 

「……あんな『功績』があったのに、どうしてこんな……邪険にされてるんだ?」

「【軍】としては不始末だったからだ。色々と、越権行為もしたしな」

「それは……妬っかまれてる、てことか?」

「有力な攻略組とのコネを持っていること、とかがな」

 

 そんな大それたものではないのに……。複雑な過大評価に、自嘲した。

 

 先の事件。一人の男の妄執が生み出した、過去から続いた人災。

 誰もが大きな痛手を受けてしまったが、禍根までには至らず。復讐の連鎖を断ち切り、絡みついてきた悪意は振り払った。皆それぞれ、未来への一歩を踏み出せる結末を迎えられた。目の前のシュミットも、抱えこんだ罪悪感にケリをつけれた。

 損害だけしか無かった、わけではなかった。精神上の問題だけでなく、現実問題/抱えていた別の重大な問題を解決するための糸口にもなった。―――ようやく、かのレッドギルドの尻尾を掴むことができた。

 そのことから、率先して事件解決にあたったシュミットは、功績を受けてしかるべきだった。数々の越権行為も、先見性があったとの評価に裏返る。図らずも【軍】の株を上げてくれた。現状の冷遇は、おかしな現象と言わざるを得ない。……最も、厚遇されていたらそれはそれで、眉をしかめていたことだろう。

 

「……大変だな、組織人は」

「時々、お前みたいなソロになりたいと、思うことがある」

「指南してやろうか? 授業料は安くしとくぞ」

「また今度頼むかもな。少なくとも……『借り』を返してからだ」

 

 借り……。その単語に、思い出した/出さざるを得なかった。彼と彼女らのその後について。

 

「……カインズ達は、あの後……どうしてる?」

 

 非常に繊細な問題なので、曖昧な言葉遣いになってしまった。……彼らが抱え込まされた『負債』には、オレにも少なからず責任がある。

 

「……解決した、とは言えないが……混乱は収まってる。俺たちよりも、彼女のほうが順応してるぐらいにはな」

 

 むしろ今は、彼女が俺達を引っ張ってるぐらいだ……。暗くなる話題だと思いきや、予想外の現状。本当なのかと、耳を疑う。

 しかし、呆れ顔まで浮かべ肩をすくめてるシュミットに、嘘も慰めも見えなかった。……本当だったのか。

 

「……そっか。そりゃ……すごいな。

 話に聞いたとおり、タフな人なんだな」

「ああ。改めて、そう思ったよ」

 

 手放しの賞賛を、こぼすように言った。

 短いながらも付き合ってきた経験から、シュミットにあるまじき言葉だとは思った。ただ、その奥に、彼の彼女に対する複雑な想いがみえてもいた。おそらく自分の口から、彼女自身がいなくなってしまった経緯/己の罪を、告白したのかもしれない。……尋ねてみたい気はするが、野暮な奴になってしまうのだろう。

 

 なので、この話題はこれまで、無事なことが分かればオレはいい。

 仕切り直すように、目前の話題をふった。

 

「お前は、【軍】はなんで、ここに来たんだ?」

 

 ふった質問で、先までの和やかな空気が反転した。

 

「……来ちゃまずかったのか?」

「今ここにいる、てことは、『狩り』に参加する意思がある、てことだからな」

 

 お前は/【軍】は、どっちだ? ……二者択一。たとえ知り合いといっても/だからこそ、ハッキリさせとかなければならないことがある。特に、個人と組織人の境で綱渡りされられている奴には。

 言葉少ないながら、言いたいことは伝わったのだろう。一つ、小さな溜息をこぼすと、答えてくれた。

 

「残念ながら、俺たちは傍観者だ。『狩り』には不参加だよ。上からも、『手出しせずに観察しろ』と命じられてる」

「観察、ねぇ……。

 もしかして、ここに来たのも、『詳しく内情が知りたいから』とかか?」

「……まぁ、そういうことだ」

 

 歯切れの悪い答え。

 まだ何か、隠していることがあるのかと疑うも……止めた。追求は控えたほうがいいだろう。シュミットとの良好だろう関係維持のため、何より、耳をそばだてているであろう彼の仲間達をこれ以上刺激しないように。

 胸の内でため息をこぼすと、忠告した。

 

「あまり褒められたことじゃないな。

 他との間合いには、充分に気をつけろよ」

「だから、ココで控えてるんだ」

 

 そうだったのか……。一応は考慮されているようだ。このまま、いらぬお節介だったで終わって欲しい。

 

 別れを告げると、さらに奥へ/戦場へ。厄介な哲学的命題の下へと歩み進んでいった。……憂鬱を飲み込める体力は、回復していた。

 

 

 

 

 

 気合を入れ直してスタスタと、直前で待機しているプレイヤー達の輪の中へと進んでいった。すると―――珍しい人物/集団たちを見つけた。

 全体的に和風テイストなギルド、思い思いの武者姿のプレイヤーがズラり。その中心には、赤を基調とした武者甲冑に身を包んだ、ホウキ頭の野武士がいた。

 

 なんでここに? ……意外だった。できれば今日、来て欲しくなかった奴らだ。……真逆の意味で、アルゴと同じほど厄介だ。

 目の端にでも映ったのか。オレに気づくと、すぐさま振り向き―――声をかけてきた。

 

 

 

「―――よう、キリの字! 久しぶりだな」

 

 

 

 気のおけないような挨拶/今までの軋轢など忘れてしまったとの有様に、返事を詰まらせてしまった。……いきなり、間合いの内側にまで踏み込まれた気分、落ち着かない。

 

「……なんだよ、そっけねぇな。

 また何かあったのか?」

「……別に、いつもどおりさ。

 ただ、お前らがここにいるのがすこし……意外だっただけだ」

 

 何でよりにもよって、ここに来てしまったのか……。責めるわけではなく、もちろん侮っているわけでもない。攻略組の戦力の一角として認められているギルドだ、来れないわけがない。加えて、おおよその答えも既に知っている。

 向けただろうしかめ面で、伝わったのだろう。相手の/クラインの返事は、苦笑しながら肩をすくめる/「立ち会わねぇわけにはいかねぇよ」、だけだった。

 追求すれば詰問になってしまうので、強引ながら切り替えた。……クラインもオレ自身も何より、この場に漂っている空気が求めていない。もうロールプレイングの最中だ。

 

「……何でまだ開けてない? オレを待っててくれた、てわけでもないよな」

「相変わらず頑張んな……と言いたいが、あながち間違っちゃいないかもな」

 

 やっぱりか……。淡い期待は、儚く潰れた。

 

「白黒付けなきゃならん問題だが、どうしたって……平行線になっちまう。どちらの言い分もわかるから、なおさらな」

「個人プレイでどうにかなる問題でも、ないしな」

 

 暗に、オレよりももっと相応しい調停者がいるんじゃないか。いて欲しいと……。周りを見渡しても、相応しいだろう『神父』はどこにも見当たらない。最前線で戦うよりも、後方支援/【軍】との折衝に尽力しているのだから当たり前だ。

 なので次点/オレ以外の攻略組にとっては本命か対抗だろう、銀髪の『聖騎士』の姿を探してみた―――

 

「【血盟騎士団】の団長殿は―――いない、のか?」

「そうらしいぞ。今回に限って、なぜか欠席だ。

 そいつのせいで、アスナさんが少し……不利になっちまってる」

「それで平行線、か……」

 

 バックれる奴も大概だが、アスナの強引な粘り強さも呆れてしまう……。彼女のポジションはアタッカーか遊撃手だけど、実は壁戦士が性に合っているのではないかと思う。

 ただ、二つ名にあるまじきマナー違反だ、眉をひそめるよりも首を傾げた。いくら奴でも、こんな無意味で無責任でもある行動をするとは思えない。いったい何のために……。

 現状の平行線、奴の不在で生じた不安定な分裂状態。誰も舵取りができないでいる。……奴の狙いが、わかったような気がする。

 

 かの聖騎士の裏の顔に思いを馳せていると……クラインが顔を沈ませ、申し訳なさそうに言ってきた。

 

「―――悪ぃなキリト。またお前さんに頼っちまうことになる」

 

 頭まで下げそうな謝罪か感謝。ギリギリ目礼と顔だけで済ませてくれたが、周りの目を気にせざるを得なかった。……予想はしていたのに、実際に面と向かって言われると、揺さぶられてしまう。

 だけどグッと、堪えきってみせると―――話題を変えた。

 

「……意外だな。クラインはリンド寄りだったのか?」

「リンドって……? ああ、そのことか!

 どちらかといえば……そうだな。本人たちの前じゃ言いたかねぇが」

 

 だろうな……。クライン達【風林火山】と【連合】は、相性がいいとは言えない関係だ。そもそも【連合】は、自他の区別を優劣として見るところがあるので、小規模かつ成り上がり者のギルドを/最古参の誇りも相まって蔑視する傾向がある。さらに個人的にも、幹部メンバーとの諍いがあるので、今後良くなるのは望み薄だ。

 

「やるんなら手早く済ませたい。相手のためにも、ダチのためにも。何より、俺自身のためにもな」

 

 鼓舞するかのように強く、宣言してきた。……浮かべてる厳しい顔つきは、クラインらしいが、同時にクラインにあるまじきものだ。

 なので、その強ばった肩をたたくように、

 

「無理しなくていいぞ。ソレはオレの、『ビーター』の役目さ」

 

 そんなモノ背負うのはオレ一人で充分だと、あえて言ってくれた決意に感謝した。……気持ちだけで充分なことは、この仮想世界でもある。

 

 それじゃ、行ってくる……。あえて気楽に/無理してる気分でもなく、別れを告げるとクルリ、背を向けた。

 その背に―――

 

「―――キリト! 俺はお前のことを、ダチだと思ってる。ムカつくほどイカした、な」

 

 だから、独りで背負い込まなくていい……。クライン流の励ましの言葉が、押しかけてきた。

 

 一瞬、振り返りそうになるも……答えず、立ち止まっただけ。……今の顔は、見せられないだろう。

 ただ、後ろ手をヒラヒラと、感謝を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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