愚者の結末
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計画の最終段階。
本来は必要なかったが、確認のためにやってきた。ただの寄り道……いや、本当にそうだったのかは、わからない。自分でも自分の行動に説明をつけられない。
『―――ねぇ、アニキ。神様っているのかな?』
唐突に弟は、弟の
「……ここには、いるぞ」
答えてやる必要などなかったが、答えてやった。醸し出されてる奇妙な空気に、口が勝手に動いていた。
『僕がやったこと、楽しんでくれたかな? 参加できなくてさ、悔しがってくれたかな?』
「会って、確かめてきて、やる」
ソレが気持ち悪く、遮るように被せた。約束していた。
『アニキも頂上を目指すんだ?』
「これからは、もう、やるしかない、からな」
言い訳ではない、はずなのに、どこか上滑りしてるように感じた。
この塔の頂上を目指すとは、必然ゲームクリアを目指すことであり、今まで敵対していた攻略組その他たちと協力し合うことになる。……別に、妨げてきたわけではないので問題はないだろう。俺は今まで、俺のルールで戦って生き残ってきただけ。今までは摩擦して、これからは協調しそうだというだけだ。そもそも何より、仲良しごっこをするつもりなど毛頭ない。気に入らないなら殺しにくればいい。何時でも何処でも歓迎だ、強者なら大歓迎だ。
ソレが俺の理由。俺が定めた、俺だけのルールだ。……ソレ以外は全て、不純物だ。
『……だよね。
あ~あ! 上手くいくと思ったのになぁ……』
「ツメが、甘かった。攻略組を、奴を、舐めすぎた。ゲームに、没頭、しすぎた。……お前らしい、ミスだ」
ゲームの状況は、断片的ながら伝えられてきた。それらを組み立ててれば、自ずと全体像は浮かび上がり、粗も見えてくる。……ソレ以外にはすることなどない場所で、何より、次にあるだろう俺のゲームへの糧にするため。
辛辣ではあるが正確だろう総括に、フッ……と苦笑してきた。紛い物ながら/人間の有様から大きく外れた姿ながら、そのように見えた。
『僕らしい、か……。こんなに
自嘲とも取れるが、ソレすら楽しんでいるような口ぶり。
羊水にも似た赤色の液体に満たされた巨大なシリンダーの中、プカプカとたゆたっている肉塊―――片目と鼻をえぐり出された
さらに言えば、『細切れ』はこの程度ではない。いちおうは弟であるとわかる欠損した生首の大半も、別のモノを変換して構成されている。外部の状況を把握するため、終わりを告げるコードと生存本能とのせめぎあいの結果だ。……本当に弟のモノと言える部分は、小指の爪ほどにも、無いかもしれない。
いつもなら、動けるだけの体を再構成させられるが……できていない。それだけもう、コードに抗らえ切れなくなった。現状の有様は、弟の瀕死を表している。
「だが、もうじき……消える」
『うん♪ あと2体ぐらいの《ドール》が壊されたら、僕は溶けちゃうと思う』
溶ける……。つまりは、本当の終わりを迎えること。この世界で意識を保つことができなくなる。
ソレは、現実世界にある肉体に戻される、ということを意味しない。そうするにはあまりにも、コードを蔑ろにし続けてきた。戻される手前で/この世界で、消滅することだろう。……まさしく、溶けてしまう。
『いったいどんな奴になるのか、楽しみだなぁ♪ ……僕よりもずっと、楽しい奴だったら最高だな♪』
ソレをできることが楽しくて、でもソレを見ることができなくて残念。……ジレンマだが、仕方がない。創造者とはそういうものだ。完璧だと確信できたのなら、バックドアなど造らない。
そんなことを言ってやろうと口を開きかけると、紛い物がピクリと硬直した。
そしてブルリと、震えだすと―――顔半分の皮と肉が、剥がれて落ちた。頬も削げ落ち、歯と顎骨まで露わになった。
『―――ラスト1体。……アレもすぐに壊されそうだ』
ニンマリと、壊れた顔で不敵に嗤う。……悪意を持ったゾンビのようで、なかなかの迫力だ。
振り払ったと思った空気が、また立ち込めてきた。腹の奥底に不快な瘧が溜まっていく、顔までしかめそうになった。……一体何なんだ、これは?
自問自答。気持ち悪さに言葉が当てはまりそうになった時、
『それじゃアニキ、『コレ』を壊してもらってもいいかな♪』
不意に、紛い物から頼まれた。
『本当は、僕自身で始末をつけたかったんだけど……もうコレじゃん? ちょっと難しすぎる。それに、こっちで【転化】するよりもあっちでした方が楽しそうだし、最後のサプライズは必要でしょ? フロアボスとしてもさ。
せっかく来てくれたんだから、やってくれないかな?』
何の気もなしに、まるで何事でもないと言い切っているかのように、軽々しい。常識はずれな発言。
それは、実に弟らしく、【ラフィン・コフィン】の流儀にも沿っている。
当初の計画では、こうなる前に【転化】が起こるはずだったが……想定外のしぶとさ。あるいは、本来いるはずのない俺がここに来たこと/話していることが、楔になっていしまったのかもしれない。だとすると、弟のゲームを穢したのは俺になる、不始末をつけなければならない。
だから、腰の帯びた柄に手をかけるも―――固まった。抜けずただ、止まってしまった。
すると、腹に溜まっていたはずの瘧が、胸までせりあがってきた。
『―――アニキ、0と1だよ』
吐きそうになる寸前、不意に、弟が告げてきた。まるで、俺の怯懦を嗜めるように。……俺がいつもそうしてきたように。
『所詮は全て、電気信号が作り出した幻さ。僕もアニキも皆みんなぜェ~ん部、そう♪ 現実がそうであるように、ここだって……ね♪』
「言われ、なくても……わかっている」
その通りだ、幻なんだ。ただ解像度が高いだけだ。……囚われてはいけない。すべきことはもっと別にある。
俺はNPCではなく、プレイヤーだ。そのことを証明しなければならない。証明し続けなければならない。
改めて意を決すると、震えは止まった。柄を握っている手からも、無駄な力が落ちていく。……今ならすぐにでも、抜ける。
そして、その通り―――スラリ、抜き放った。
『……それで、いい』
ニヤリと、皮肉げに頷いてきた。……俺がやってきたことを、真似してきた。
嫌味なシンクロだが……もはや何も言わず。心を研ぎ澄ます。
言葉は不要。ただ身構え、鋒を定める、力を込める。
そして―――
『神様と新しい僕に、よろしく!』
差し込ま込まれた言葉の返答に、ソードスキルを叩き込んだ。
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短いですがご視聴、ありがとうございました。
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