偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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m(_ _)m これにて本当に、章締めです


64階層/黒鉄宮 議会

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 第1階層【はじまりの街】にある特殊エリア、【黒鉄宮】。

 【アインクラッド解放軍】により独占された建造物。その幾つもある部屋の一つ、【軍】のほとんどメンバーが存在すら知らない空かずの間/情報的に密閉されたエリア、外からは一切中の様子を探ることができないプライベートルームだ。ここに入るためにも、入念に/しつこくも枝を落とされる。……愛用してる槍のみならず、衣服に仕込んでいた武器すらも、取り上げられた。

 

 いくつもの監視の関門をくぐった先、最後のトビラを開けた先にあるのは―――古めかしい荘厳な、巨大な円卓。

 既にそれぞれの席に、皆が着席していた。

 

『―――遅いぞ【ビショップ】』

「すまない【キング】。【ジャック】の仕出かした火消しに、手間どってしまったよ」

 

 暗にイヤミを込めるも、肩をすくめられただけ。……予想はしていたが、狙ってやったことだったのだろう。

 

『無理に足を運ぶ必要はなかろうに……。そのための《ドール》じゃないのかね?』

「《ドール》だらけになってしまったら、いったい誰のためにこんなことをしているのか、わからなくなってしまうでしょ? 【ジャッジ】」

 

 あなたも少なからず、噛んでいることでしょうに……。それとなくイヤミを込めるも、意に返さず。鷹揚とした雰囲気を崩すことはない。

 部屋の一番奥/入口からの対角線上に座っている、赤と黒のローブに身を包んだ/かつて【はじまりの街】の広場で見たような魔術師風の男=【ジャッジ】。フードを目深に被られているので、顔はほとんど見れず男かどうかもわからないが、声と体の輪郭からして中年の男だ。《ドール》を/NPCを使って匿名性を維持しているのに、ソレすらも隠している。実に信用できない相手だ。

 しかし、彼こそが首魁。この【アインクラッド存続議会】の創設者であり、支配者だ。円卓で平等を演出しているが、誰も彼に逆らえない/逆らえないので座らされている、『ルール』に縛られている。……実に、残念なことに。

 

「その程度で揺らぐプレイヤーが、ここに座っているとは思えませんがね」

「そう言う君だって、《ドール》を使っているところを見たことがないよ、【エース】」

 

 【ナイト】からのやんわりとした釘差しに、睨んでかえした。

 【エース】がそうしているのには、わけがある/皆知っている。わざわざ本体で会議にやってくるメンバーに対しての牽制、特に私と【ナイト】との繋がりを監視するためだ。ジャッジの番犬としてここにいる。……あるいは、その役をさせられているだけかもしれないが。

 ゆえに、二人は必然ぶつかり合う。どうあっても分かり合えない。

 しかし、剣呑になりそうな空気に……ふぁぁ、可愛らしい欠伸が鳴った。

 

『―――ごめんなさい。こんな時間に急に呼び出されたから……眠くて』

『もう正午だよ【プリースト】』

 

 剣呑さなどどこ吹く風と、暢気な彼女にもまして、穏やかにたしなめてきた。……彼女のこと以外は、どうでもいいと思っている男/守護者。

 

『え? ……あぁ、そうだった。ありがと【ルーク】。

 どうもいけないわね。最近は、昼と夜がわからなくなってしまう』

『アナタは半分寝ているようなものなんだから、どちらであっても同じでしょう?』

『そんなことないよ【クイーン】。私はずっと起きてるわ。みんながぐっすりと眠り続けられるように……夢を見続けているの』

『悪夢を、な』

 

 まさに夢見るように謳う彼女へ、【ジャック】が茶々を入れてきた。歪んだ、底意地悪い嗤いを向けながら。……いつもどおりの冗談ごとだが、【ルーク】が静かにも目を鋭くしたのが見えた。

 こちらはこちらで剣呑になりそうになると―――ため息が鳴った。

 

『……いつからここは、仲良しクラブになったんだ? さっさと本題に入ってくれ』

 

 黙し続けていたが、痺れを切らしたとばかりに咎めてきた。……【キング】とは真逆に、落ち着いているものの、似たように苛つかされているのがわかる。《ドール》越しでも伝わってしまう。

 なので、私でも察せられるので、ジャックにはより深く見透かされる。……抉りだそうと、舌なめずりした。

 

『いつも通り無愛想だな【キーパー】。そんなにここにいるのは嫌かなぁ?』

「よせジャック。『ルール』を忘れたのか?」

 

 私がたしなめる前に、ナイトが言ってくれた。

 メンバー同士の直接の争いは御法度……。機会が巡ってくるまでは。ソレを獲得するためには、この席に座っていなければならない。

 なので、ジャックはすぐに手を引いた。「冗談だよ」と、はんば以上は本気だっただろうに肩をすくめながら。……揺さぶりをかけられた当のキーパーも、気にしている風もなく、巌のようにムッツリとし続けていた。

 

 ようやく場が落ち着くと、おもむろにジャッジが議題を唱えた。

 

『確かに、彼の言う通りだな。みな忙しいようだし、要件だけ伝えよう。

 次の『侵蝕点』、66階層についてのシナリオだ』

『【ラフィン・コフィン】を壊滅させる、だろ? 予定通りに』

 

 よく気軽に言えるものだ。自分が作ったギルドのくせに……。呆れてしまうも、納得もできた。

 ()()()彼が作ったものではなかったのだから、()()()たまたまそうなっているだけ。できるだけ同じようにも仕立ててるらしいが、私には違いがわからない。……把握しているのはたった一人だけだ。

 

『その通りだが、同時に、地下階層の【大墳墓】へも生贄を捧げなければならない』

 

 告げられたシナリオにピクリと、キングが眉をひそめた。

 

『……吾輩にソレを、用意しろと?』

『あなたなら簡単でしょ? ちょうど反対派を粛清する良い機会ね』

 

 クイーンからの嘲るような提案に、何か言い募ろうと唸るも……やめた。

 彼も、同じような解決法に至ってはいたのだろう。躊躇うことや情に流されることはない。ただ交渉の常として、ジャッジに対して渋ってみせただけだ。……クイーンやおそらくは他の面々から、時間の無駄だからやめろと

 

『人選は君に任せよう。ビショップと相談して決めたまえ』

「……生贄ということは、殺す必要はない、むしろ生かしたままに留めおけ、ということですね?」

 

 確認事項。何より、キングに対しての牽制も込めて。……生贄=命の供物と解釈されるのを防がなければならない、人殺しの免罪がされているわけではないのだと。

 

『どちらでも構わない。その時その場所でそのようなことが行われたのなら、ソレでいい』

『となると、だ。俺も自由にしていい、てことだよな?』

 

 ジャックが挑発するように、ジャッジへ目を向けてきた。

 次の66階層では、彼に機会が巡ってくる―――ジャッジを倒す機会が。……シナリオの進行を司っている彼には、避けては通れない道だ。

 公に殺される危険。しかし/むしろ、受け入れるように鷹揚と微笑んだ。

 

『もちろんだ。万が一にも成功したら、君が次の【ジャッジ】だ』

 

 できなければ―――。ジャックに次の機会はない。全てと引換の挑戦権だ。

 ソレを恐れた風ではなく/ジャッジの堪えなさにか、ギラつきを引っ込めた。

 

『……願い下げだね、ジャッジなんて。俺はプレイヤーの方がいい』

「負け惜しみですね。アナタはいつもそうだ」

『エース、君にまでルールを説かなければならないかね?』

 

 ジャッジからの直々のたしなめに、番犬は不満を押し込めながらも下がった。

 

『それで、私まで呼び出された意味は? 彼らのサポートをしろと?』

『君らは、次の『侵蝕点』になるだろう69階層への予防だ』

 

 クイーンへの質問の答えに、エースの方が訝しんだ。

 

「なぜ69階なんです? その階層では特に、危険なイベントはなかったはず」

()()とはねぇ……』

 

 ジャックの暗に含ませた嘲笑を、凄んで黙らせた。……彼にとっての禁忌だが/ゆえに、ジャックの大好物だ。

 

『簡単な話だ。システムは6と9を区別しない。……『侵入者』たちはそこを突いてくる』

 

 一瞬唖然としてしまうも、大真面目な様子に信じるしかなかった。……そんな単純なミス、起こすのだろうか?

 もしもその通りなら、96層も『侵蝕点』となるはずだが……今からは必要ない、心配する必要もないだろう。……その時にこの【議会】が続いているのか/必要なのかどうかすらも、わからない。

 

『何をすればいい? 侵入ポイントを全部封鎖するとか?』

『それも必要だが、完全である必要はない。コチラで用意した《器》へ誘導できればいい』

 

 そう告げられると、プリーストへと目を向けた。

 

『……私の出番、てことですよね。

 でも……相手は『侵入者』ですよね。どういう人かわからないんじゃ、用意したくてもできないですよ?』

『完全な特定はできないが、問題はない。『喪失者』の中から選ばれる』

 

 『喪失者』か……。意外な呼び名だ。ジャッジならもっと別/明るいイメージを持たせるためにも、『移住者』とでも言いそうだった。……どちらであっても、同じだが。

 振り返ってみれば私も、ジャックの仕出かした火消しとして『彼女』を、『喪失者』ではなく『移住者』として扱った。奪われた/失ってしまった、のではなく、生まれ変わったのだと励ますように。……もっとも、無理に私がそうせずとも、彼女の芯の部分は現状を受け入れていた。歓んでいるようにもみえた。

 

『男女どちらですか? できれば年齢層も』

『わかっているのは1人、君ぐらいの年頃の少女だ。他は不明だが……侵入できる限界人数は6人までだ』

 

 その1人も合わせてだから、他5人分の男女の器を作ればいい……。簡単に無茶な注文をつけてくると、彼女の庇護者が顔をしかめた。

 

『……今から11人分も、ですか?』

『細部にこだわる必要はない。むしろ、向こうが用意してくるので、フォーマットの方がいい』

『その少女分は、どうします?』

『彼女も同様の扱いで構わない。

 侵入者が器に入ったら、クイーン、君が支配したまえ。……どう使うかは任せる』

 

 ソレが君の機会となるだろう……。明確さをもった予言にクイーンはニンマリと/隠すことなく、捕食者の笑みを浮かべた。

 彼女の様子にわれ知らず、顔をしかめてしまった。ギリギリ表には出さずに、胸の内だけにとどめた。

 本来【クイーン】となっているのは、別の女性だ。彼女は代理として座っている。本来の権利者が覚醒したら、すぐにでも座を退かされる運命にある。今の【キング】同様に、身分違いのプレイヤーが座っているのだ。

 しかし……身分とは一体何のか? なにを私は偉ぶっているのだ? 何より、改めて考えさせられた。そもそも、クイーンになるべき女性がそうならないようにするために、私は/彼女もクイーンに納まっている。それは対となっているキングにも言えること。……現状を歪ませている元凶の一人は、私だ。

 そして、不思議なことにその歪みが、ジャッジが描いているシナリオになっている。ここまで支障なく/スムーズに運んだ。……本物よりも偽物の方が正しかったと、言うかのように、私をそのように錯覚させてきた。

 

 私はずっと、彼の手のひらで踊らされているだけか……。いつもの癖で、思索に耽ってしまっていると、ジャッジから尋ねられてきた。

 

『ところで……【ポーン】の様子はどうだったかね、ビショップ?』

 

 その名称にギクリと……固まりそうになった。なんとか、おそらく気づかれてはいないだろう喉元で、驚きを抑え込んだ。

 

「……まだ何も、気づいている様子はありません。通常のゲームを遂行中です」

『でも、《ドール》の実在は知っちまった。気づかれるのは時間の問題だな』

 

 それは君のせいだろう……。くつくつと愉快そうに笑うジャックに、素直に顔をしかめた。

 また彼女に嫌われるようなことをしてしまい、これでも傷心中なのだ。かなりの綱渡りもさせられた。要らぬ時限爆弾まで仕掛けられてしまって、無いはずの胃腸の調子が悪い。次はさすがに……我慢できそうにない。

 私の静かな殺意を察してくれたのか、代わりにジャッジが答えてくれた。

 

『もしもそうなったら、【リセット】だ。また初めからやり直しになるだろう』

 

 リセット、全て台無しになる……。ここまでの手順がわかっている彼からしたら、別に大した問題ではないだろう。そもそも今、その【リセット】が行われていなかったとは、誰も確かめようがない。

 ジャックだけでなく、私の頭も冷えた。浮つきそうになる心を定め直す。

 

「そうならないためにも……最善を尽くします」

 

 期待している……。無機質な激励に、言い知れぬ不快さを感じるも……顔には出さず。あまり動じない性格が功をなした。そうでなかったら一体、どうなっていたことか……。それとも、だからここにいるのか/座らされている? そもそも私は、本当にこのような性格だったのか―――

 

『私からは以上だ。

 それでは各々、その座に相応しい責務を果たしてくれたまえ。この世界の存続のために―――』

 

 ジャッジからいつもの解散文句を告げられると、各々『リンクアウト』をした。……《ドール》から本体の意識が抜けると、抜け殻となった人形が円卓に残った。

 

 力なくダラリと、椅子にもたれかかった人形/元NPC達は、本来の固有のアルゴリズムを復活させることはなく。動かなくなったまましばらくすると―――パリィンッ、砕けて消滅した。

 幾片ものポリゴンの欠片となり舞い上がり、ガラス塊を砕いたような音色とともに、空気に溶けていった……。跡にはただ、着せられていた衣服や装備を残すのみ。

 

 《ドール》の消失からしばらくすると、掃除婦たるメイドNPCが部屋に入ってきた。人間の少女と蜘蛛を混ぜ合わせたような異形のメイド。椅子の上に残った衣服やらを片付けると同時に、この場に残留している『記憶』も掃除する、【黒鉄宮】そのものへと移行/蓄積される前に。

 小さなポリゴンの形にしながら拭き取り/吸い上げ/捏ね上げて―――食べた。カリカリがつがつと、無表情で食べ続ける。消化して別の記憶領域へと送っていく。

 

 

 

 もくもくと行われるいつもの消去作業を眺めながら、残っていたエースがボソリとつぶやいた。

 

「審判ではなく、一兵卒がゲームを支配しているなんて……おかしなことだ」

 

 憎しみを込めて、あるいは自嘲するように、底深い妬ましさを感じさせながら。

 

「だが、そこが私たちの付け入る隙だ。……いや、救いと言ったほうがいいかな」

 

 気持ちは幾分か、わからないでもない……。慰めは逆効果なので、事実を織り交ぜながらのほんのひとさじ程度、まだ若い同僚に向けて言った。

 エースは突っかかることはなく、ただフン……と、しかめっ面を浮かべるのみ。……彼もなかなか、素直じゃない。

 

「……【コウイチ】さん。俺もここで失礼します」

「ああ。急に前線から、足を運ばせて済まなかったね」

「いえ、俺はどうも……《ドール》は苦手てすから」

 

 苦笑しながら【ナイト】/ディアベルはそう言い訳すると、エースに向き直り「それじゃまた」と別れを告げた。……エースは答えることなく、ただ円卓の間から去っていく彼を/本当に離れたのかどうか見送るのみ。

 

 警戒網/ルールの範囲外まで離れたのを確認すると、私へと向き直り警告してきた。

 

「あまり【ポーン】に深入りするなよビショップ。あんたもいずれ、()()()()()になるってことを忘れるな」

「それは……難しい注文だね。もう深入りしすぎてるよ」

 

 トゲトゲしい警告に、微苦笑しながら返した。

 すこしヒネクレた優しさは嬉しいが……言ったとおりだ。もう深入りしすぎてる。きっとその時になったら、後悔することになるだろう。……結果がどのようになったとしても。

 なら、覚悟だけはしておけよ……。ぶっきらぼうにもそう助言をこぼしてくると、彼もまた円卓の間から去っていった。

 

 

 

 最後に、一人の残された私も立ち去ろうとして……ふと、振り返った。

 そこにはもう、消去作業を終えようとしているメイド達。プレイヤー全員を、しいてはこの鋼鉄城アインクラッドすべてを牛耳っている【議会】の痕跡は何も……残ってはいなかった。全てどこか、闇の中へと消えていた。

 あるいはただ、私の記憶の中だけに……。抱えなければならない秘密。

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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