_
まっさきに駆け寄ってきたアスナが、【解毒結晶】を使ってくれた。
「―――キュア、【キリト】」
呪文を唱えられると、全身が光に包まれた。そしてフッと、のしかかっていた重みが抜け、心地よさが広がる。
光が消えると同時に、【麻痺】から回復した。
ようやく体の自由が戻ると、ゆっくり立ち上がった。パンパンと、ついていないだろう土埃を払う。
恥ずかしさ隠しながら、感謝をつげた。
「……別に、結晶まで使ってくれなくてもよかったのに」
「はい。コレも飲んで」
文句の代わりにぐっと、高レベルの回復ポーションを押し付けてきた。
飲め……。無言ながらの圧力に、受け取らない選択なんてなかった。
手に取るとゴクリ、飲ませてもらった―――
喉から腹へ、ひんやりとした感触がこぼれ落ちていくと、節々の疲れも洗い流されていくようだった。
同時にHPも、グングンと全快していく。エイリスに噛まれた傷跡も消えて……
「―――アレ? なんで【出血】消えてないの!?」
「へ? ……あ! 本当だ」
指摘されて首筋を触ってみると……確かに、傷口が残っていた。無造作に触ってチクリ、微かな痛みが走った。
小さくなってはいるものの、傷跡は回復してない。まだジンワリと、緩やかな流血が起き続けている。
本来【解毒結晶】は、【死亡】以外の全てのデバフを一瞬で/一括で打ち消してくれる、頼りになる万能薬だ。【出血】とて例外にはならないし、体の傷口も修復してくれる。現状はありえない状況だ。
ただ、傷口が残ってる/血は流れてるとはいえ、見た目だけだ。全快したHPは減っていない。傷口がある方の腕には若干、力が入りづらく感じるも、気にならないレベル/傷口があるとの認識が生んだ錯覚と区別できない。
なので、驚くも無頓着に、時間が経てば治るだろうと気楽に構えていた。が、アスナの方が慌てた。
腰の外付けポーチから《救急セット》を取り出すと、「看せて」と有無も言わさず治療させられた。【破傷風】を防ぐための薬剤やら、傷口を埋め合わせる粘着性の軟膏、キレイかつ肌触りも良さそうな包帯をグルグルと―――
「―――これで一応、大丈夫でしょう」
「サンキュー」
どういたしまして……。そっけなく応えるも、満足はいったのだろう、安堵の色を浮かべていた/ポーチを戻しながら隠すように顔を逸した。
首にしっかり固定、だけど呼吸が苦しくならないような絶妙な具合だ。触ってみても、簡単には取れそうにない、戦闘でも支障なさそうだ。伸縮性の高い包帯なのだろう、オレが使っているものよりも明らかに高級品だ。
「羨ましい限りでござるな、黒の剣士殿」
あの閃光殿に看病してもらうなど……。いつの間に近づいていた忍者/蜻蛉が、ニヤニヤと笑いかけてきた。
「来てくれて助かったよ。後ちょっとでも遅かったら、ヤバかった」
「うむ、急いだつもりだが……ギリギリだったようでござったな」
むしろ、ベストなタイミングだったかもしれない……。律儀にスマンと目で謝罪してきたので、小さく苦笑した。……それでは忍者ではなく、侍になってしまうのでは?
蜻蛉/【グゼ】との出会いは、まだオレがビーターに成り立てだった時だ。彼もまた『蜻蛉』ではなく、忍者のコスプレをしているだけの一プレイヤーでしかなかった時だ。……そしてまだ、もう一人の相方が生きていた頃。
旧交を温めていると、黙って見定めていたアスナが、複雑な表情を見せながら質問してきた。
「……蜻蛉さん。あそこまでする必要は、あったんですか?」
「ん? 『あそこまで』というのは……殺したこと、でござるか?」
ダイレクトな/衒いもない物言いに、アスナの方が言葉を詰まらせた。
踏み込み過ぎな危険な話題に、さきに釘をさした。
「アスナ、アレはあの女の自殺だ。彼は捕まえようとしてくれたよ」
「それでも、一歩間違えれば危なかったわ。実際……ああなった」
ムスリと返してきたアスナに、また彼女の頑固病かと眉を顰めそうになったが……違った。
どうしてあんなにも、躊躇いなく首を掻っ切れたのか……。話し合いで解決しようとする段階をすっ飛ばした横暴さ。普通なら忌避するであろうPK/殺人を、一切躊躇しなかった理由。
蜻蛉も言いたいことを察したのか、少し悩むも……真っ直ぐと見据え続けてるアスナを見て、口を開いた。
「……あの女とは、浅からぬ因縁がありましてな。我らの仲間の何人、いや何十人もが冥土送りにさせられた。拙者のこの鼻も、あの女に―――」
喰われた―――。マスクをずらすとそこには、あるはずの突起がなかった。かわりに、のっぺりと削がれた、目を背けたくなるような/痛々しい穴が二つ見えた。
その異貌に思わず、アスナは/見たことがあったオレですら、息を飲まされた。後ずさりしそうになった。
「……その鼻は、なんで……治さないんですか?」
「
もう【出血】はないのでござるが、元の形にまで戻らない。それに、長く晒していると痛んで、息を吸うのも辛くなるのでござる」
その代わり、あの女の臭はハッキリとわかる……。その説明/静かな執念にハッと、自分の首筋を触った。
この傷も、もしかしたら……。嫌な想像に、顔をしかめた。それではまるで呪いだ、吸血鬼の所業だ。最悪なマーキングをつけられた。
「あの女は貴女とは真逆、毒蜘蛛でござる、ゆえに」
退治するのに、躊躇いなど持ってはいられない……。ソレを隙だと襲いかかる相手だ。悪逆の限りを尽くしてきたから、警戒心も強い。先手必勝でなければ、生き残れない/仲間を守れない。
理由を知ってアスナは、やはり難しい顔を浮かべていた。
今日まで前線で生き延びてきた彼女は、青臭いわけではない。その手の非常識は充分心得ているし、身を持って味わってもいる。蜻蛉やオレのようなプレイヤー達が、そうしなければと決断している意義も。……だから問題は、彼女の強さの根源に由来している。
「……もう一度見かけたときは、ぜひ私を呼んで下さい。協力させてもらいます」
やめろとは言わず、監視するために……。どうするのかは、現場に立ち会いながら決める。おそらくは止めるのだろうが、そこでなら/そこでなければ、蜻蛉を止めることなどできないから。
細剣の鋒のような決意表明に、蜻蛉は「そうでござるか」と、マスク越しにもわかるほど優しげに微笑んだ。嘲笑するでも独り閉じこもることなく、受け入れるようにして……。
あまりの大人な眼差しに、アスナは決まりが悪くなったのか、オレに話を振ってきた。
「ヨルコさんは見当たらないけど、ここには……いなかった?」
「いや、いたよ。今は多分……【ラオール】だ」
詳しくは、グリムロックに聞けばわかる……。シュミットに縛り上げられているグリムロックへ、目を向けた。
「離せ、離せシュミット! 私は……私が行かなければならないんだッ!」
彼女のもとに―――。暴れながら喚き続ける。
こちらは、呆れてしまうほど子供だった。ガキの癇癪そのものだ。
「シュミット、そのまま縛り上げててくれ。そいつの話は聞かなくていい」
「ああ、元よりそのつもりだ」
「……シュミット。誰のおかげで、今のその地位にいられると思ってるんだ?」
お前とて同罪だろうが……。腕を縛り上げられながら/頭を下げさせながらも、睨めつけるように吠えてきた。
何のことはわからないも、息を飲まされているシュミットを見て、察せられた。
「……やっぱりアレは、お前の差金だったのか」
「感謝されるならともかく、こんな目に遭わされる謂れは、無いと思うがね?」
「煩かったら黙らせてもいいぞ」
お節介ながら牽制しておくと、グリムロックは舌打ちしながらも黙った。……この手の話は、当人同士だけだとラチがあかない、悪くなる一方だ。傍からみて気分が良くなるものではない。
「……いくらでも喚けよ。俺もそのほうが、スッキリできていい」
今のお前には、それぐらいしかできないのだから……。嘲りを含めた決別/先の返答。……そのぐらいの責任、背負ってみせる。
今度こそ言葉を詰まらせたグリムロックへ、さらに宣言した。
「もしもお前が、まだ続けるつもりなら、カインズ達の手は煩わせない。俺が―――始末をつけてやる」
それがあの罪に対する、俺の贖罪の形だ……。怖れながらも底には、強い決意を見て取れた。今度こそもう、迷わないと。
「……私の前で口に出している分際では、無理だろうね」
負け惜しみの呪い。底意地の悪い歪んだ嗤いを向けられた。……お前なんかに、できるわけがない、きっと同じように逃げるだろう。
しかしシュミットはぐっと、飲み込んだ/飲み込んでみせた。瞑目し息を整えるのみ。言い訳を重ねたりはしなかった。
オレも、それ以上は助け舟を出さなかったが……感心していた。シュミットがこうもハッキリと決別してくれるとは、考えていなかった。―――胸に溜まっていた心配を、撫で下ろせた。
あの時、カインズを止めたのは/代わりにグリムロックを手打ちにしなかったのは、間違っていなかった……。図らずもだろう。けど、そう確信させてくれる後押しだった。ようやくあの女の呪縛から開放された気分だ。
「シュミット。俺達はこれから、カインズと一緒にヨルコさんを……迎えに行く。お前はそいつをブタ箱に押し込んでおいてくれ」
「……わかった」
「蜻蛉、来てくれたばかりで悪いんだけど、お前らにも護送を頼んでもいいか?」
「承知してるでござる。……その男からは、聞きたいことが山ほどあるでござるからな」
蜻蛉はそう悪戯げに、しかし半分以上は本気でグリムロックへ視線を向けると、顔を青ざめさせられた。これから自分の身に降りかかるであろう悪い予感に、身をすくませていた。……この調子なら、あまり面倒なことになる前に吐いてくれることだろう。
アスナは眉をしかめるも、黙認してくれた。
せっかく来てくれた援軍達にも、挨拶と感謝を送った。……活躍の場を作ってやれずに申し訳なかったが、何事もないに越したことはない。
援軍改め護送団がグリムロックを引っ立てていく。
「私が、私が迎えに行かなければ意味がない! 君らが行ったところで無意味だ!」
無意味なんだよ―――。連れ去られながらも、叫び続けた。グリムロックの悲痛の/狂気じみた叫びが、洞穴中にこだまする。
その姿が見えなくなるまで、わめき声は響き続けた。
護送団の姿が見えなくなると、ようやくホッと一息つけた。
しかし……まだ重大な問題が残っていた。
「これで一件落着……てわけには、いかないわよね」
「ああ……」
互いに耳打ちするように小声で言うと、残った問題へと目を向けた。
そこには、【昏倒】から目覚めたカインズが、力なくヘタリこんでいた。周りの空気までも暗く、沈んでいるように見える。
その絶望の姿をみて、怯みそうになったが……やるしかない。踏み込まなければならない、あの瞬間に立ち会ったオレが。
意を決すると、、カインズの元へと近づいた。言うべきことを告げる。
「カインズ、ヨルコさんを迎えに行こう」
「……ヨルコかどうかも、わからないのに?」
力なく、自嘲までしながらこぼした。
気持ちはわかる……。当たり障りのない慰めが出そうになったが、喉で抑えた。今は一番言われてたくない定形文句だろう。
わかるだけではダメだ。今は、発破をかけるしかない。
「決めるのはお前だよ。……グリムロックの言うとおりにしたいのなら、別だけど」
元凶の名前にムクリと、カインズの気が顔をあげたが……また沈んでしまった。
これでもダメか……。確信が無いことは言いたくなかったが、仕方がない。例え淡くとも儚かろうとも、希望が必要だ。
チラリと、アスナの顔に目を向けた。許可を/同意を/納得を、それ未満の反応が欲しくて、でも否定もして欲しいような複雑な頼みを込めて。
しかし……期待とは裏腹。彼女は察することなく首をかしげているのみ。なぜ見られているのか不審がっているだけ。……当然だ、オレは何も言ってなんかいないのだから。察してもらえるなど甘えだろう。
胸の内で苦笑すると、逆に踏ん切りがついた。
「―――自信が無いのなら、別の方法があるぞ」
「!? 本当……か?」
「あまりオススメしないし、確実とも言い切れない」
それでも―――。縋るように見つめてくるカインズに、怯みそうになった、口にすべきではなかったと。
でも……一度出してしまったからには、後に引けない。
「眠らせ続ける、ゲームクリアするその日まで」
あるいは【石化】でもいい……。教えた強引な方法に、カインズはポカーンと口を開けていた。理解できていないのだろう。
「上書きされたとしても、表にでなければ定着できないはず。体との調和をとれなければ、齟齬に気づいて修正できる、自分を取り戻すキッカケになる」
自分なんて、そう簡単に忘れられるものじゃないだろ? ……体に備わっている、記憶と意識の修復作用に期待する。……口に出してみると、我ながらも随分と自然任せすぎる。
しかし、おぼろげではあるが、カインズの顔に意図が伝わってくれたのが見えた。
「ようは、
今は無理やり変えているけど、現実では違う。ここですら一回も使わなければ、現実で本人が錯覚してしまうこともない」
「……そうじゃなかったら?」
言葉に詰まった。断定口調で説得しきろうとしたが、それでもカインズの不安は払拭させられなかった。……これ以上、オレの手は無い。
あとはただ、信じてもらうしかない……。結局のところ行き着く文句を口に出そうとしたら、今まで静観していたアスナが一歩進み出てきた。
「支えてあげなさい。彼女が自分を取り戻せるように」
好きならできるはずよ―――。静かに/厳かにも、命じてきた。
突き放すような強引さだ、何より無茶苦茶だ、ソレに確かな/必ず治せるだろう保証は何処にもない。
だけど……ソレも結局行き着く答えの一つ。全てはカインズの覚悟次第だ。
普通ならムスリと、あるいはピキリと頭の回線が弾けてもおかしくはない。続いて罵倒の連打を浴びせられるが……さすが『閃光』のオーラだ。カインズには衝撃が強すぎたのだろう、亜然と/ポカーンとさせるだけ。
「それに、アナタたちの話を聞く限り、グリセルダさんは高潔な人なんでしょ? なら、きっと協力してくれるはずよ」
私たちも協力するから……。一転したアスナの励ましに、暗く沈んでいた空気が吹き飛ばされるようだった。
そのためかカインズは、ようやく立ち直れた。現状を飲み込んで、頷いてみせた。
そして何とか、自力で立ち上がると、
「……行くよ。会いにいく」
小さくも強く、決意を口にした。
覚悟を決めてくれたカインズに従い、この災厄を生み出した場所から/【狭間】の洞穴から抜けた。
三人で、ヨルコさんが待っているであろう【ラオール】の家へと、立ち向かっていく―――
◆ ◆ ◆
19階層の【ラーベルグ】。その主街区から少し離れた圏外にある、寂れた森を抜けた先にある小さな丘。年経てるであろう捻れた大樹が一本、佇んでいる。
その大樹の根元で、とある一人の女性が、目を覚ました。
静かに/深く、眠っているように目を閉じていたのが一転、ガバリと―――起き上がった。まるで電撃でも食らったかのように、叩き起された。
あまりの急転に頭が、ガンガンと悲鳴を上げていた。心臓もバクバクと、不整脈を起こしているかのように暴れている。目眩でクラクラさせられながらも、気持ち悪くて吐きそうになった。
しかし、寸前でこらえた。
もう慣れた、いつものことなので、慌てることなどない。ただ静かに/落ち着いて、不快さを受け入れるだけ。今はもう残響しか聴こえない、『彼女』の怨嗟を/断末魔を受け入れていく……。
だから―――深く細かく、咀嚼しながら。丹念にゆっくりと、味わいながら、消化していく。染み渡って溶けて、一つになっていくのを感じる……。コレこそが、本当の【経験値】だと再確認させてくれる。
残響が薄れていくに従い、浮き立っていた心も落ち着いていった。そして、満腹感の幸せを噛み締める。
悦びに自然と、吐息がこぼれた。同時にいつもの如く、感謝を溢れだした。
「……ごちそうさま」
『彼女』に向けて、そのつもりで言ってきたが……最近それだけでも無いような気がしてきた。もっと根源的な、大切な何かに向けての感謝なのかと思う。
これもいつものこと。絶頂の瞬間を越えた虚脱感から、妙に思索的になってしまう。あるいは……別れていく淋しさから、だろうか?
フッと、自嘲とともに切り捨てた。……実に私らしくない。
でも/だからこそ、消化は成っていた。
余韻が完全に消えた頃合、近くからよく知っている声が聞こえてきた。
「―――目が、覚めたよう、だな」
「あれれ、ちょっと早いんじゃない?」
振り向くと傍らには、汚れたずた袋を被った少年と、髑髏マスクから鮮血色の眼光を覗かさせる青年。―――『ジョニー・ブラック』と『赤目のザザ』の姿があった。
「その様子だと……『ショックアウト』だよね。
あは♪ 【リオン】ちゃんも、失敗しちゃったのかな?」
「はい……。後ちょっとのところで、邪魔されちゃいました」
とても残念なことに……。食べ残してしまったみたいで、ちょっとだけ悔しい。結果的に散らかすだけにもなってしまった、マナーも悪い気がする。
でも、
「『黒の剣士』、にか?」
「はい。直接は、援軍の一人にですが」
予想より早く援軍がきた。優秀だったのか、運が良かったのか……。ふと、私だった『彼女』を殺した相手のことを、思い出した。
どこかで見たことがあるような気はしたが……一瞬過ぎた/背後でもあったのでわからない。それに、あんなに食べ頃の匂いをさせていなかったような気もする。……これも、残り香なので確かなことじゃない。
「それじゃ……グリムロック氏は、捕まっちゃった?」
「おそらく。その可能性は高いと思われます」
「放置しちゃっても構わないの?」
「はい。重要な情報は一切、持たせておりませんので」
「ヘッドの、許可は?」
勝手な判断は許さない……。ザザからの鋭い視線に、ゾクリと肌が泡だった。
普段のザザからは向けられることのない/無関心なのに、とても熱のこもった視線だった。お腹の虫が騒いでしまう。悪いイタズラ心が沸いてくる、藪蛇をつついてみたい……。
でもギリギリ……抑えた。今は抑えるしかない。
もしもそうするなら、最後の最後まで、ヒト欠片も残さずにしたい。全部余さず一切の無駄なく、活かしたい。そのためには、特別な晴れ舞台が必要だけど……今に至ってもソレを掴めていない。最高の演出がわからない。
だから、我慢するしかない。……いつかヘッドが、教えてくれるその日まで。
「もちろん、大頭目もご承知です。むしろ、
ちゃんと偽の情報を掴ませている……。わかりやすいのは私の名前、【エイリス】は彼女につけた/相応しい名前だ。
そして何より、これから起きるだろう一大イベントへ向けての、布石だ。あるいは、招待状と言ってもいいかもしれない。……想像するだけでも、ゾクゾクしてしまう。
ザザはそれでも納得せず、ジッと見つめ続けてきた。
そこに含まれているであろう感情は……やはり測りきれない。だからと言って、無機質とは言えない力がある。
なので/いつも通り、わかりやすいモノをつついてみた。
「気に入らないというのならば、仕方ありませんね……。『彼女』に頼んでみますか?」
そう言うと視線で、そちらを示唆した。
私がここに戻ってくる前に、転移してきたであろう彼女。エルフ族の、プレイヤーではありえない綺麗な女性だ。……かつての名前は知っているけど、今の名前は知らないで『彼女』としか言いようがない。
その彼女は今、大樹の下にある小さな墓石の前で、佇んでいた。ただぼんやりと、喋らない墓石と静かに対話している。
「……不要だ。俺が、言わずとも、自分でやる」
断定してきたことに、驚きを隠せなかった。
「彼に
「そうだ。
匂わせるような言い分に、首を傾げざるを得ない。
「どうするかは、運次第、彼女次第♪
……そうだ! みんなで賭けでもしない? どっちを選ぶかでさ」
ジョニーからの無邪気な提案フッと、自信ありげに答えた。
「申し訳ありませんが……賭けになりませんよ。
手を下さないわけないじゃないですか。古い因縁なんて、さっさと断ち切ってしまわないと」
「おりょ? リオンちゃんはそっちか。
兄貴も……違うみたいだね」
「仮にも、
生まれ変わったら、0からなのか……。寂しい考えだ。潔癖すぎてやるせなくなってしまう。ちゃんと自分の手で断ち切ってあげるから、繋がれるのに……。
きっと彼は、私とは違うのだろう。心残りなど一切せず/これからもこれまでもなく、この世を去るのだろう。
「兄貴はさすが、ストイックだねぇ♪ 皆がみんな、僕らと同じようにできるとは、限らないのに」
「ジョニー君は、どっちにします?」
きっと彼なら、『面白い方♪』に決まっているが……違った。
「僕か……。僕ちゃんは……どうしようかなぁ?」
う~んと、頭を悩ませていた。
単純だと思っていたけど、当てが外れた。彼なら悩まないと思っていた。
……やはり私は、まだまだだ。まだ全然足りない。
この二人については、ヘッドに相談しなければならない。
_
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。