偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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これにて、章終わり


64階層/ラーベルグ 転生

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 まっさきに駆け寄ってきたアスナが、【解毒結晶】を使ってくれた。

 

「―――キュア、【キリト】」

 

 呪文を唱えられると、全身が光に包まれた。そしてフッと、のしかかっていた重みが抜け、心地よさが広がる。

 光が消えると同時に、【麻痺】から回復した。

 

 ようやく体の自由が戻ると、ゆっくり立ち上がった。パンパンと、ついていないだろう土埃を払う。

 恥ずかしさ隠しながら、感謝をつげた。

 

「……別に、結晶まで使ってくれなくてもよかったのに」

「はい。コレも飲んで」

 

 文句の代わりにぐっと、高レベルの回復ポーションを押し付けてきた。

 飲め……。無言ながらの圧力に、受け取らない選択なんてなかった。

 手に取るとゴクリ、飲ませてもらった―――

 喉から腹へ、ひんやりとした感触がこぼれ落ちていくと、節々の疲れも洗い流されていくようだった。

 同時にHPも、グングンと全快していく。エイリスに噛まれた傷跡も消えて……

 

「―――アレ? なんで【出血】消えてないの!?」

「へ? ……あ! 本当だ」

 

 指摘されて首筋を触ってみると……確かに、傷口が残っていた。無造作に触ってチクリ、微かな痛みが走った。

 小さくなってはいるものの、傷跡は回復してない。まだジンワリと、緩やかな流血が起き続けている。

 本来【解毒結晶】は、【死亡】以外の全てのデバフを一瞬で/一括で打ち消してくれる、頼りになる万能薬だ。【出血】とて例外にはならないし、体の傷口も修復してくれる。現状はありえない状況だ。

 ただ、傷口が残ってる/血は流れてるとはいえ、見た目だけだ。全快したHPは減っていない。傷口がある方の腕には若干、力が入りづらく感じるも、気にならないレベル/傷口があるとの認識が生んだ錯覚と区別できない。

 

 なので、驚くも無頓着に、時間が経てば治るだろうと気楽に構えていた。が、アスナの方が慌てた。

 腰の外付けポーチから《救急セット》を取り出すと、「看せて」と有無も言わさず治療させられた。【破傷風】を防ぐための薬剤やら、傷口を埋め合わせる粘着性の軟膏、キレイかつ肌触りも良さそうな包帯をグルグルと―――

 

「―――これで一応、大丈夫でしょう」

「サンキュー」

 

 どういたしまして……。そっけなく応えるも、満足はいったのだろう、安堵の色を浮かべていた/ポーチを戻しながら隠すように顔を逸した。

 首にしっかり固定、だけど呼吸が苦しくならないような絶妙な具合だ。触ってみても、簡単には取れそうにない、戦闘でも支障なさそうだ。伸縮性の高い包帯なのだろう、オレが使っているものよりも明らかに高級品だ。

 

「羨ましい限りでござるな、黒の剣士殿」

 

 あの閃光殿に看病してもらうなど……。いつの間に近づいていた忍者/蜻蛉が、ニヤニヤと笑いかけてきた。

 

「来てくれて助かったよ。後ちょっとでも遅かったら、ヤバかった」

「うむ、急いだつもりだが……ギリギリだったようでござったな」

 

 むしろ、ベストなタイミングだったかもしれない……。律儀にスマンと目で謝罪してきたので、小さく苦笑した。……それでは忍者ではなく、侍になってしまうのでは?

 蜻蛉/【グゼ】との出会いは、まだオレがビーターに成り立てだった時だ。彼もまた『蜻蛉』ではなく、忍者のコスプレをしているだけの一プレイヤーでしかなかった時だ。……そしてまだ、もう一人の相方が生きていた頃。

 

 旧交を温めていると、黙って見定めていたアスナが、複雑な表情を見せながら質問してきた。

 

「……蜻蛉さん。あそこまでする必要は、あったんですか?」

「ん? 『あそこまで』というのは……殺したこと、でござるか?」

 

 ダイレクトな/衒いもない物言いに、アスナの方が言葉を詰まらせた。

 踏み込み過ぎな危険な話題に、さきに釘をさした。

 

「アスナ、アレはあの女の自殺だ。彼は捕まえようとしてくれたよ」

「それでも、一歩間違えれば危なかったわ。実際……ああなった」

 

 ムスリと返してきたアスナに、また彼女の頑固病かと眉を顰めそうになったが……違った。

 どうしてあんなにも、躊躇いなく首を掻っ切れたのか……。話し合いで解決しようとする段階をすっ飛ばした横暴さ。普通なら忌避するであろうPK/殺人を、一切躊躇しなかった理由。

 蜻蛉も言いたいことを察したのか、少し悩むも……真っ直ぐと見据え続けてるアスナを見て、口を開いた。

 

「……あの女とは、浅からぬ因縁がありましてな。我らの仲間の何人、いや何十人もが冥土送りにさせられた。拙者のこの鼻も、あの女に―――」

 

 喰われた―――。マスクをずらすとそこには、あるはずの突起がなかった。かわりに、のっぺりと削がれた、目を背けたくなるような/痛々しい穴が二つ見えた。

 その異貌に思わず、アスナは/見たことがあったオレですら、息を飲まされた。後ずさりしそうになった。

 

「……その鼻は、なんで……治さないんですか?」

()()()()のでござる。

 もう【出血】はないのでござるが、元の形にまで戻らない。それに、長く晒していると痛んで、息を吸うのも辛くなるのでござる」

 

 その代わり、あの女の臭はハッキリとわかる……。その説明/静かな執念にハッと、自分の首筋を触った。

 この傷も、もしかしたら……。嫌な想像に、顔をしかめた。それではまるで呪いだ、吸血鬼の所業だ。最悪なマーキングをつけられた。

 

「あの女は貴女とは真逆、毒蜘蛛でござる、ゆえに」

 

 退治するのに、躊躇いなど持ってはいられない……。ソレを隙だと襲いかかる相手だ。悪逆の限りを尽くしてきたから、警戒心も強い。先手必勝でなければ、生き残れない/仲間を守れない。

 理由を知ってアスナは、やはり難しい顔を浮かべていた。

 今日まで前線で生き延びてきた彼女は、青臭いわけではない。その手の非常識は充分心得ているし、身を持って味わってもいる。蜻蛉やオレのようなプレイヤー達が、そうしなければと決断している意義も。……だから問題は、彼女の強さの根源に由来している。

 

「……もう一度見かけたときは、ぜひ私を呼んで下さい。協力させてもらいます」

 

 やめろとは言わず、監視するために……。どうするのかは、現場に立ち会いながら決める。おそらくは止めるのだろうが、そこでなら/そこでなければ、蜻蛉を止めることなどできないから。

 細剣の鋒のような決意表明に、蜻蛉は「そうでござるか」と、マスク越しにもわかるほど優しげに微笑んだ。嘲笑するでも独り閉じこもることなく、受け入れるようにして……。

 あまりの大人な眼差しに、アスナは決まりが悪くなったのか、オレに話を振ってきた。

 

「ヨルコさんは見当たらないけど、ここには……いなかった?」

「いや、いたよ。今は多分……【ラオール】だ」

 

 詳しくは、グリムロックに聞けばわかる……。シュミットに縛り上げられているグリムロックへ、目を向けた。

 

 

 

「離せ、離せシュミット! 私は……私が行かなければならないんだッ!」

 

 彼女のもとに―――。暴れながら喚き続ける。

 こちらは、呆れてしまうほど子供だった。ガキの癇癪そのものだ。

 

「シュミット、そのまま縛り上げててくれ。そいつの話は聞かなくていい」

「ああ、元よりそのつもりだ」

「……シュミット。誰のおかげで、今のその地位にいられると思ってるんだ?」

 

 お前とて同罪だろうが……。腕を縛り上げられながら/頭を下げさせながらも、睨めつけるように吠えてきた。

 何のことはわからないも、息を飲まされているシュミットを見て、察せられた。

 

「……やっぱりアレは、お前の差金だったのか」

「感謝されるならともかく、こんな目に遭わされる謂れは、無いと思うがね?」

「煩かったら黙らせてもいいぞ」

 

 お節介ながら牽制しておくと、グリムロックは舌打ちしながらも黙った。……この手の話は、当人同士だけだとラチがあかない、悪くなる一方だ。傍からみて気分が良くなるものではない。

 

「……いくらでも喚けよ。俺もそのほうが、スッキリできていい」

 

 今のお前には、それぐらいしかできないのだから……。嘲りを含めた決別/先の返答。……そのぐらいの責任、背負ってみせる。

 今度こそ言葉を詰まらせたグリムロックへ、さらに宣言した。

 

「もしもお前が、まだ続けるつもりなら、カインズ達の手は煩わせない。俺が―――始末をつけてやる」

 

 それがあの罪に対する、俺の贖罪の形だ……。怖れながらも底には、強い決意を見て取れた。今度こそもう、迷わないと。

 

「……私の前で口に出している分際では、無理だろうね」

 

 負け惜しみの呪い。底意地の悪い歪んだ嗤いを向けられた。……お前なんかに、できるわけがない、きっと同じように逃げるだろう。

 しかしシュミットはぐっと、飲み込んだ/飲み込んでみせた。瞑目し息を整えるのみ。言い訳を重ねたりはしなかった。

 オレも、それ以上は助け舟を出さなかったが……感心していた。シュミットがこうもハッキリと決別してくれるとは、考えていなかった。―――胸に溜まっていた心配を、撫で下ろせた。

 あの時、カインズを止めたのは/代わりにグリムロックを手打ちにしなかったのは、間違っていなかった……。図らずもだろう。けど、そう確信させてくれる後押しだった。ようやくあの女の呪縛から開放された気分だ。

 

「シュミット。俺達はこれから、カインズと一緒にヨルコさんを……迎えに行く。お前はそいつをブタ箱に押し込んでおいてくれ」

「……わかった」

「蜻蛉、来てくれたばかりで悪いんだけど、お前らにも護送を頼んでもいいか?」

「承知してるでござる。……その男からは、聞きたいことが山ほどあるでござるからな」

 

 蜻蛉はそう悪戯げに、しかし半分以上は本気でグリムロックへ視線を向けると、顔を青ざめさせられた。これから自分の身に降りかかるであろう悪い予感に、身をすくませていた。……この調子なら、あまり面倒なことになる前に吐いてくれることだろう。

 アスナは眉をしかめるも、黙認してくれた。

 

 せっかく来てくれた援軍達にも、挨拶と感謝を送った。……活躍の場を作ってやれずに申し訳なかったが、何事もないに越したことはない。

 援軍改め護送団がグリムロックを引っ立てていく。

 

「私が、私が迎えに行かなければ意味がない! 君らが行ったところで無意味だ!」

 

 無意味なんだよ―――。連れ去られながらも、叫び続けた。グリムロックの悲痛の/狂気じみた叫びが、洞穴中にこだまする。

 その姿が見えなくなるまで、わめき声は響き続けた。

 

 

 

 護送団の姿が見えなくなると、ようやくホッと一息つけた。

 しかし……まだ重大な問題が残っていた。

 

「これで一件落着……てわけには、いかないわよね」

「ああ……」

 

 互いに耳打ちするように小声で言うと、残った問題へと目を向けた。

 そこには、【昏倒】から目覚めたカインズが、力なくヘタリこんでいた。周りの空気までも暗く、沈んでいるように見える。

 

 その絶望の姿をみて、怯みそうになったが……やるしかない。踏み込まなければならない、あの瞬間に立ち会ったオレが。

 意を決すると、、カインズの元へと近づいた。言うべきことを告げる。

 

「カインズ、ヨルコさんを迎えに行こう」

「……ヨルコかどうかも、わからないのに?」

 

 力なく、自嘲までしながらこぼした。

 気持ちはわかる……。当たり障りのない慰めが出そうになったが、喉で抑えた。今は一番言われてたくない定形文句だろう。

 わかるだけではダメだ。今は、発破をかけるしかない。

 

「決めるのはお前だよ。……グリムロックの言うとおりにしたいのなら、別だけど」

 

 元凶の名前にムクリと、カインズの気が顔をあげたが……また沈んでしまった。

 

 これでもダメか……。確信が無いことは言いたくなかったが、仕方がない。例え淡くとも儚かろうとも、希望が必要だ。

 チラリと、アスナの顔に目を向けた。許可を/同意を/納得を、それ未満の反応が欲しくて、でも否定もして欲しいような複雑な頼みを込めて。

 しかし……期待とは裏腹。彼女は察することなく首をかしげているのみ。なぜ見られているのか不審がっているだけ。……当然だ、オレは何も言ってなんかいないのだから。察してもらえるなど甘えだろう。

 胸の内で苦笑すると、逆に踏ん切りがついた。

 

「―――自信が無いのなら、別の方法があるぞ」

「!? 本当……か?」

「あまりオススメしないし、確実とも言い切れない」

 

 それでも―――。縋るように見つめてくるカインズに、怯みそうになった、口にすべきではなかったと。

 でも……一度出してしまったからには、後に引けない。

 

「眠らせ続ける、ゲームクリアするその日まで」

 

 あるいは【石化】でもいい……。教えた強引な方法に、カインズはポカーンと口を開けていた。理解できていないのだろう。

 

「上書きされたとしても、表にでなければ定着できないはず。体との調和をとれなければ、齟齬に気づいて修正できる、自分を取り戻すキッカケになる」

 

 自分なんて、そう簡単に忘れられるものじゃないだろ? ……体に備わっている、記憶と意識の修復作用に期待する。……口に出してみると、我ながらも随分と自然任せすぎる。

 しかし、おぼろげではあるが、カインズの顔に意図が伝わってくれたのが見えた。

 

「ようは、()()()()()()()()()()()()()()()か、だ。

 今は無理やり変えているけど、現実では違う。ここですら一回も使わなければ、現実で本人が錯覚してしまうこともない」

「……そうじゃなかったら?」

 

 言葉に詰まった。断定口調で説得しきろうとしたが、それでもカインズの不安は払拭させられなかった。……これ以上、オレの手は無い。

 あとはただ、信じてもらうしかない……。結局のところ行き着く文句を口に出そうとしたら、今まで静観していたアスナが一歩進み出てきた。

 

「支えてあげなさい。彼女が自分を取り戻せるように」

 

 好きならできるはずよ―――。静かに/厳かにも、命じてきた。

 突き放すような強引さだ、何より無茶苦茶だ、ソレに確かな/必ず治せるだろう保証は何処にもない。

 だけど……ソレも結局行き着く答えの一つ。全てはカインズの覚悟次第だ。

 普通ならムスリと、あるいはピキリと頭の回線が弾けてもおかしくはない。続いて罵倒の連打を浴びせられるが……さすが『閃光』のオーラだ。カインズには衝撃が強すぎたのだろう、亜然と/ポカーンとさせるだけ。

 

「それに、アナタたちの話を聞く限り、グリセルダさんは高潔な人なんでしょ? なら、きっと協力してくれるはずよ」

 

 私たちも協力するから……。一転したアスナの励ましに、暗く沈んでいた空気が吹き飛ばされるようだった。

 そのためかカインズは、ようやく立ち直れた。現状を飲み込んで、頷いてみせた。

 そして何とか、自力で立ち上がると、

 

「……行くよ。会いにいく」

 

 小さくも強く、決意を口にした。

 

 覚悟を決めてくれたカインズに従い、この災厄を生み出した場所から/【狭間】の洞穴から抜けた。

 三人で、ヨルコさんが待っているであろう【ラオール】の家へと、立ち向かっていく―――

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 19階層の【ラーベルグ】。その主街区から少し離れた圏外にある、寂れた森を抜けた先にある小さな丘。年経てるであろう捻れた大樹が一本、佇んでいる。

 その大樹の根元で、とある一人の女性が、目を覚ました。

 

 静かに/深く、眠っているように目を閉じていたのが一転、ガバリと―――起き上がった。まるで電撃でも食らったかのように、叩き起された。

 

 あまりの急転に頭が、ガンガンと悲鳴を上げていた。心臓もバクバクと、不整脈を起こしているかのように暴れている。目眩でクラクラさせられながらも、気持ち悪くて吐きそうになった。

 しかし、寸前でこらえた。

 もう慣れた、いつものことなので、慌てることなどない。ただ静かに/落ち着いて、不快さを受け入れるだけ。今はもう残響しか聴こえない、『彼女』の怨嗟を/断末魔を受け入れていく……。

 ()()()()()()()()()()()()()()など、先刻承知だ。始めこそ不快感が勝っていたが、今はそうでもない、そうじゃないことに気づけたから。

 だから―――深く細かく、咀嚼しながら。丹念にゆっくりと、味わいながら、消化していく。染み渡って溶けて、一つになっていくのを感じる……。コレこそが、本当の【経験値】だと再確認させてくれる。

 

 残響が薄れていくに従い、浮き立っていた心も落ち着いていった。そして、満腹感の幸せを噛み締める。

 悦びに自然と、吐息がこぼれた。同時にいつもの如く、感謝を溢れだした。

 

「……ごちそうさま」

 

 『彼女』に向けて、そのつもりで言ってきたが……最近それだけでも無いような気がしてきた。もっと根源的な、大切な何かに向けての感謝なのかと思う。

 これもいつものこと。絶頂の瞬間を越えた虚脱感から、妙に思索的になってしまう。あるいは……別れていく淋しさから、だろうか?

 フッと、自嘲とともに切り捨てた。……実に私らしくない。

 でも/だからこそ、消化は成っていた。

 

 

 

 余韻が完全に消えた頃合、近くからよく知っている声が聞こえてきた。

 

「―――目が、覚めたよう、だな」

「あれれ、ちょっと早いんじゃない?」

 

 振り向くと傍らには、汚れたずた袋を被った少年と、髑髏マスクから鮮血色の眼光を覗かさせる青年。―――『ジョニー・ブラック』と『赤目のザザ』の姿があった。

 

「その様子だと……『ショックアウト』だよね。

 あは♪ 【リオン】ちゃんも、失敗しちゃったのかな?」

「はい……。後ちょっとのところで、邪魔されちゃいました」

 

 とても残念なことに……。食べ残してしまったみたいで、ちょっとだけ悔しい。結果的に散らかすだけにもなってしまった、マナーも悪い気がする。

 でも、()()()()()()()()()を食べれたので、あまり心残りはない。……ごめんなさい、グリムロックさん。

 

「『黒の剣士』、にか?」

「はい。直接は、援軍の一人にですが」

 

 予想より早く援軍がきた。優秀だったのか、運が良かったのか……。ふと、私だった『彼女』を殺した相手のことを、思い出した。

 どこかで見たことがあるような気はしたが……一瞬過ぎた/背後でもあったのでわからない。それに、あんなに食べ頃の匂いをさせていなかったような気もする。……これも、残り香なので確かなことじゃない。

 

「それじゃ……グリムロック氏は、捕まっちゃった?」

「おそらく。その可能性は高いと思われます」

「放置しちゃっても構わないの?」

「はい。重要な情報は一切、持たせておりませんので」

「ヘッドの、許可は?」

 

 勝手な判断は許さない……。ザザからの鋭い視線に、ゾクリと肌が泡だった。

 普段のザザからは向けられることのない/無関心なのに、とても熱のこもった視線だった。お腹の虫が騒いでしまう。悪いイタズラ心が沸いてくる、藪蛇をつついてみたい……。

 でもギリギリ……抑えた。今は抑えるしかない。

 もしもそうするなら、最後の最後まで、ヒト欠片も残さずにしたい。全部余さず一切の無駄なく、活かしたい。そのためには、特別な晴れ舞台が必要だけど……今に至ってもソレを掴めていない。最高の演出がわからない。

 だから、我慢するしかない。……いつかヘッドが、教えてくれるその日まで。

 

「もちろん、大頭目もご承知です。むしろ、()()()()()掴ませました」

 

 ちゃんと偽の情報を掴ませている……。わかりやすいのは私の名前、【エイリス】は彼女につけた/相応しい名前だ。

 そして何より、これから起きるだろう一大イベントへ向けての、布石だ。あるいは、招待状と言ってもいいかもしれない。……想像するだけでも、ゾクゾクしてしまう。

 

 ザザはそれでも納得せず、ジッと見つめ続けてきた。

 そこに含まれているであろう感情は……やはり測りきれない。だからと言って、無機質とは言えない力がある。

 なので/いつも通り、わかりやすいモノをつついてみた。

 

「気に入らないというのならば、仕方ありませんね……。『彼女』に頼んでみますか?」

 

 そう言うと視線で、そちらを示唆した。

 私がここに戻ってくる前に、転移してきたであろう彼女。エルフ族の、プレイヤーではありえない綺麗な女性だ。……かつての名前は知っているけど、今の名前は知らないで『彼女』としか言いようがない。

 その彼女は今、大樹の下にある小さな墓石の前で、佇んでいた。ただぼんやりと、喋らない墓石と静かに対話している。

 

「……不要だ。俺が、言わずとも、自分でやる」

 

 断定してきたことに、驚きを隠せなかった。

 

「彼に()()()()()()()()のは、彼女の願いだったのでは?」

「そうだ。()の彼女の、な」

 

 匂わせるような言い分に、首を傾げざるを得ない。

 

「どうするかは、運次第、彼女次第♪

 ……そうだ! みんなで賭けでもしない? どっちを選ぶかでさ」

 

 ジョニーからの無邪気な提案フッと、自信ありげに答えた。

 

「申し訳ありませんが……賭けになりませんよ。

 手を下さないわけないじゃないですか。古い因縁なんて、さっさと断ち切ってしまわないと」

「おりょ? リオンちゃんはそっちか。

 兄貴も……違うみたいだね」

「仮にも、()()()()()()()。なら、過去などもう、無いのと、同じだ」

 

 生まれ変わったら、0からなのか……。寂しい考えだ。潔癖すぎてやるせなくなってしまう。ちゃんと自分の手で断ち切ってあげるから、繋がれるのに……。

 きっと彼は、私とは違うのだろう。心残りなど一切せず/これからもこれまでもなく、この世を去るのだろう。

 

「兄貴はさすが、ストイックだねぇ♪ 皆がみんな、僕らと同じようにできるとは、限らないのに」

「ジョニー君は、どっちにします?」

 

 きっと彼なら、『面白い方♪』に決まっているが……違った。

 

「僕か……。僕ちゃんは……どうしようかなぁ?」

 

 う~んと、頭を悩ませていた。

 単純だと思っていたけど、当てが外れた。彼なら悩まないと思っていた。

 

 ……やはり私は、まだまだだ。まだ全然足りない。

 この二人については、ヘッドに相談しなければならない。

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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