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奇襲からの鍔迫り合いで―――パァンッ、弾けた。
剣で押しながら飛び下がる、互いに距離を開けた。
間髪入れず再び、踏み込んだ。両断する勢いで斬りかかる。
しかし、エイリスは予期していたのか、剣の腹で受け止めた。さらに斜めへ、衝撃を流してもくる。
跳ね上げられ、懐がガラ空きにさせられる前に、即座に切り替え/引っ込めた。
再び膠着状態。ただし初めて、彼女の武器を見た。……【片手剣】と【片手斧】の間の子、鉈だ。
女性の武器には、それも箱入り娘そうな色白で細腕には、似つかわしくない。アスナのような細剣か、フジノさんのような小刀ならまだ枠内だった。だけど逆に、その不釣り合いが鉈の凶器の側面をより引き出していた。もしも刃に血が滴っていたとしたら、気にせざるを得ないほど強調される、不気味なまでに。……最も嫌な相手も、思い出してしまう。
不釣合いな不気味さに目を引かれるも、実際問題としても気を引き締めさせられた。間の子系の武器は、使い勝手が悪く性能も今ひとつ、特にソードスキルの威力や回転率が落ちるので、ほとんどのプレイヤーは好んで使わない。しかし、システム外スキル【
武器の種類から、彼女はデキる方/使ってくるとも察せられた。ソードスキルの持続時間と威力は彼女が上だ、隙を作ったら呑まれる。……厄介な相手だ。
なので、先手必勝。再び距離を詰めた、斬りかかる。
息付くヒマも無い/力押しの連撃で、エイリスに防戦を強要する―――
攻勢に次ぐ攻勢こそが、オレの本領だ。打ち合い続ける接近戦ならば、ソードスキルを出す暇もないだろう。……そもそも、時間が無い今はそうするしかない。
それでも、尽く捌かれ、防がれた。カインズの下へ駆けつけられない。
焦れそうになる心を抑えながら、必死で隙を抉りだそうしていると、
「―――借金は全て返済すべきなのか? どんな高利であっても? そもそも、『貸す』という行為そのものが浅ましいとしても?」
唐突にエイリスが問いかけてきた。
「利息を払わせているのは、破産されるのを折り込んでいるからではありませんか?」
見る目がなかった相手が悪い……。キンキン撃ち合う中、涼しげに自問自答してきた。
立場は自分が上、スポンサーはごまんといる。もっと良い相手を選び直すだけ……。何の話なのか察するも、黙ったまま剣を振った。
ソレが答えだと受け取られたのか、続けて語った。
「この世界・ゲームは、プレイヤーに多大な心理的負荷をかけている。毎日が生存競争です、他プレイヤーだって信じきれない。いつ・誰に・何に殺されるか、わかったものではありません。
ただの遊びのつもりだった。こんなこと望んでいなかった。なのに、無理やり強制させられている」
プレイヤー皆の気持ちを代弁するように、しかし無機質に言った。
無口だと思ったら、よく喋る……。おおよそ狙いは読めてきた。付き合うのは癪だが、ここらで釘を刺すしかない。
「悪いのは全て、茅場晶彦か?」
「そうは言い切りませんが、大部分は彼の責任でしょう」
まともな返答は少し、意外だった、まだ冷静さが残っていたのかと。
しかしすぐに、改めた。……エセ宗教の勧誘と同じだ。
「もちろん、グリムロック様がグリセルダさんを手にかけた責任はあります。しかし、その責任範囲は、牢屋のような場所で一生涯を潰しながら鬱々と過ごさなければ務まらないモノ、では決してないと思われます。―――貴方も、そうであるように」
瞬間、ゾクリと、首筋が泡立った。気が飲まれそうになった、斬撃まで鈍りそうになる。
その奇妙な引力に、確信させられた。コイツ、オレの過去を知ってやがる……。どこかで調べたのか、奥底のまだ癒え切っていない部分にまで触れてきた。
何とか声は出さずも、眉をしかめたのが見られた。
「この世界に歪まされたプレイヤー全員、幸せになるべきです。特に、グリムロック様のような、本来ならやるはずのない行動へと誘導されてしまった方々は、そうあるべきです。
己が幸福を追求する。ソレこそが、お亡くなりになったプレイヤー達への本当の弔いになると、愚考します」
そう言い切ると、古風な淑女かメイドがやるような礼をするかのように、目礼してきた。……外見だけならば、思わず顔を赤くして目を逸らしてしまいそうな、素敵な微笑みだ。
彼女の言い分は、ある程度はその通りだ。誘導させられたというのは、あながち間違いではない。牢獄の中で鬱々と自罰するよりも、周囲に振りまけるぐらい幸せになった方がマシだ。しかし/だからと言って、今やっていることは許されることじゃない。
やはり、彼女はレッドだった。聞く耳など持たなくていい。―――もうお喋りは、終わりだ。
「なら、オレの幸せのためにも、さっさと―――くたばれ!」
啖呵を切ると、切り札をきることにした。
腰に巻いたポシェット/追加アイテムストレージに、空いた片手を突っ込んだ。必要なアイテムを呼び出すコマンドを念じた/脳内入力。すると、手のひらに硬い/馴染んだ感触が現れた。そのまま握りしめると、抜き出した。
二本目の剣/リズベットに用意してもらった剣を、抜き放った―――
「ッ!? ―――」
瞠目も刹那、漆黒の愛剣に雪色の斬光が、重なった。
そして、二本でエイリスの鉈を挟み込むと―――パキィンッ! 砕いた。
澄んだ破砕音が、刃の欠片とともに響き渡る。
【二刀流】―――。装備した片手で扱える二本の武器から、ソードスキルを引き出すことができる。入手経路や条件は不明、気づいた時には手に入っていた。なのでおそらく、エクストラではなくユニークスキル。……オレの切り札だ。
さらに【
やられたエイリスは、驚愕の表情を浮かべていた、信じられないと。……当然だ。切りたくもない切り札を二枚も、切ったのだから。
エイリスは、破壊されたことで驚くも、すぐさま武器を手放し後退。距離を開けようとした。
しかし、即座に愛剣を手元に寄せての、追撃の突進。体当たりしながらの突き/順手に持ち直した二本目も合わせて、追いかけた。逃がすか―――
目を見開かれるも、すぐさま転身/横にスライド移動。先に突き出した二本目の突きは躱された。
突き出した腕の影に隠れる位置だが、体勢は崩れていた。……もう躱せない。
すかさず、愛剣の突きをお見舞いした。
しかし、突き刺した/肉の柔らかい感触ではあらず。固くなおかつ逸らされような感触だった。
腕を引いて確認すると……わかった。
エイリスは自らの腕を使って、刃を受けそして致命傷から逸らした。その代償として、傷口からは鮮血が吹き出ていた。片手はほぼ皮一枚でつながっている状況だ。
普通のプレイヤーなら、これで止まるだろう。仕切り直しになるはず。あるいは最悪、今度は態勢が崩されたこちらが、反撃を受けるかも知れない。
だけどオレは、ソロでしかもビーターだ。敵は完全に沈黙させる。それまでは止まらない/止めたら生きていなかった。生存本能として染みこませていた。だから―――繋げていた。
突き出した勢いはそのまま、軸足を切り替え回転し―――蹴った。今度はこちらが死角だ。
さすがに対応しきれなかったか、残った片手を割り込ませただけだった。
衝撃は散らせず。ゴキッとの鈍い音ともに、エイリスは吹っ飛ばされた。受身も取れず背中から地面に倒れ、転がされていく―――
足を着地させると、まだ止まらず追撃/仕上げ。
吹き飛ばした彼女を追いかけ、止まりかけを狙ってもう一度―――肩を突き刺した。地面に縫い付ける。
さらに、反対側を足で踏みつけながら抑えると、もう一本、痛みと呻きで思わず開けてしまっていた喉に―――ピタリ、鋒をあてがった。
「―――お前はレッドの一員、だよな。なぜグリムロックに協力してる?」
「【ラフィン・コフィン】ということでしたら、そうです。おっと! 自己紹介がまだでしたね」
自分の状況などまるで頓着していない/笑みを絶やさぬ様子で、遅すぎる挨拶をしてきた。
「大頭目より、グリムロック様夫妻の真なる願いを叶える手伝いをするように、遣わされました。【エイリス】と申します」
以後お見知りおきを……。このような格好で申し訳ありませんと、苦笑に込めながら。
あまりのネジの外れ具合に、意気が押されそうになった。ので、無視した/睨み直した。
「……今すぐヨルコさんを解放しろ」
でなければ―――。喉に突きつけていた鋒に、力を込めた。……これでも強がれるなら、強がってみろ。
意図はちゃんと伝わったのか、黙って剣を/オレを見つめ返すと、おもむろに答えた。
「ご安心を。コレはただの人形ですので、貴方が罪を犯すことにはなりません」
「元よりそのつもりだよ」
どっちであってもな―――。脅しを越えて、殺意にまで研ぎ澄ませた。……コイツは生かしておくよりも、ここで始末したほうが安全だ。
剣をそのまま突き刺す―――寸前、引き戻した。殺意も引っ込める。
「…………やらないのですか?」
「お前には、これから聞くことが山ほどあるからな」
やるのはその後だ……。視線にそう込めると、完全に殺意を引っ込めた。
本人なのか、操られただけのNPCなのか、判別できない。プレイヤーカーソルも当てにはできない。現に今、彼女の頭上にあり、【決闘】以外で攻撃したオレのカーソルはイエローになっている。……ジョニーの件もあり、本人である証拠にはならない。
何より、NPCであろうとも人間だ。少なくとも命だ、むやみに傷つけたりまして殺してはならない。システムのルールに抵触する以上に、オレの倫理観による制限だ。容疑者だから/邪魔だからといって殺害することは、越えてはならない一線だ。……レッド達とは違うと言い切れる根拠でもある。
説明してやる気や義理もないので、黙ったまま/訝しがれるままにした。
「もしかして……『ドール』の製造法、ですか?」
まさしくその通りだったが、反応は返さず。
しかし、ソレで肯定だと察したのだろう。一瞬亜然と、目をぱちくりさせられた。
「―――驚いた。知らないのですか、貴方が?」
こんな単純で、簡単なことを……。予想外のエイリスの反応に、オレの方が訝しがられた。……何のつもりだ、ここにきてハッタリか? 意外と往生際が悪い奴だ。
しかし、様子を伺うも……嘘は感じられなかった。彼女は本当に驚いている、互の認識が食い違っていることに。
どうなっているのか? オレはコレを知っているべきだったのか、オレ/レッド達以外の『誰か達』が知っているように? ……さらなる疑念が沸いてきた。
訊きだすかどうするのか、悩まされていると……目の端に、転移の光が映った。
光源へ振り向くと、祭壇に捉えられていたヨルコさんともう一人だった。ライトエフェクトに包まれると、燐光をまき散らしながら―――消えてしまった。
二人はどこかに、転移させられてしまった。
突然の出来事で、唖然とさせられた。ただし……エイリス以外。
カインズにしがみつきながらも、必死で押さえ付けていたグリムロックすらも、思いもよらなかったらしい。消えた祭壇を凝視していた。
「な、ど……どういうこと、だ? なんで―――」
「ご安心を、グリムロック様。施術のための最後の仕上げでございます」
怯えるグリムロックを、エイリスが宥めてきた。
「最初が肝心なのです。せっかく奥様として仕上げたのに、目覚める場所がここでは……具合が悪いでしょう?」
「!? ……そ、そうだな。確かに、その通りだ」
説明にグリムロックは安堵の吐息をこぼすも、カインズは顔を青ざめさせていた。
「それじゃ、何処に……転移したんだ?」
「ご自宅てお待ちになってるはずですよ。……今の時間でしたらまだ、お休みになっているはずです」
間に合わなかったか……。遅かった、カインズは止められなかった。……2分とは、ソレも含めた時間だったのか。
カインズは敗北にガクン……と、力を抜き落とした。立っていられないのか、茫然と膝立ちで絶句させられた。逆にグリムロックは、勝利から満面に喜色を浮かべ始めていく。
「そうか……そうだな。そっちの方が好都合じゃないか!」
ひとり言を呟きながら、何かを納得すると―――ニンマリ、嗤った。
「さぁカインズ、今度は私たちの番だよ!」
消沈しているカインズへ、狂気を浴びせてきた。
やばい―――。本能が警告してきた。このままで最悪な事が起きる、起きてしまう。今すぐ奴を止めなければ……。
しかし……今は動けない。エイリスを抑えておかないといけない。身動きがとれない。
「君のヨルコは、もうどこにもいない。私のユウコの一部になった。……君にとっては、悲しい現実だね」
「ッ!? ……お、お前が―――」
「私を痛めつけても無意味だ、辛いだけさ。もうヨルコは、戻ってこないのだから!」
絞め殺さんとまで掴みかかってくるカインズに、高笑いまで浴びせてきた。天井知らずの歓びが/底抜けの悦びが、カインズの殺意を掣肘していた。
しかし……無くなってはいない。どんどん高まっていく、グツグツ煮えたぎり続ける、危険なほどにも。
グリムロックも、消すつもりなどないのか、さらに焚きつけてきた。
「君のおかげだ、君のおかげなんだよ。君が全てのお膳立てをしてくれたんだ!」
ありがとう、ありがとう、アリガトウ……。見当はずれの感謝が、カインズを黙殺してくる。
さらに、オレへと視線で意識を誘導させると、
「彼から猶予をもらったのに、止められなかった。私を殺せば届いたのに、躊躇った。君がヨルコを見殺しにしたんだ」
それなのに、のうのうと生きている。本当に助けたいとは想っていなかったから……。時間や戦闘力も関係ない、決断力の無さを抉ってきた、偽善者めと。
奥歯を噛み砕くような音が、カインズから聞こえてきた。
「君はその程度の人間なんだ。誰かを本気で愛することなど、いや何かを成し遂げることすらできやしない。
ただ生きて死ぬだけの、下らない半端者だ。この世界に住んでいるNPC達と、何も代わりはしない。いや、プレイヤーであるだけ最悪だよ!」
熱狂に浮かされながら、言いたい放題に罵倒し続けた。
カインズはただ黙って、しかし項垂れることはせず、睨め上げていた。沸き起こってくる黒い感情を、さらに暗く鋭く圧縮させながら、顔つきにまで憤怒が滲みでていた。まるで段々と、別人に入れ替わってしまうかのように……。
臨界点まで、もうわずかしかない。オレがやるしか―――
その焦りを、掴まれた。
「―――キリト様。あの戦い……いえ
エイリスもまた、焚きつけてきた。己の命を賭け金にのせながら、底のない虚そのもののような嗤いを浮かべながら。
思わずビクリと、眉を上げてしまった。剣にまで震えが伝わってしまった。
「援軍が来るのを待っているんですね。あと少しの辛抱だと。
ですが……その程度で止まりますか? どちらかが死なずに、終われるんですか?」
ここで止めても、殺し合いは続く、双方が滅びるまで……。今度はカインズが復讐に走る。憎悪を滾らせながら/世界を呪いながら、ひたむきに誰も何も巻き込んで、崩壊まで願い続ける。
「現実でしたら、もしかしたらカインズさんの器量で、アレを受け止め切ることができたかもしれませんね。……そのような聖人には見えませんが」
グリムロックに向けている顔は、明らかに殺意が乗っていた。激憤が顔を歪ませ、傷として刻みつけていた、決して忘れない/忘れるなとばかりに。……傍目でもゾッとさせられるような、彼にそんなモノがあったのかと戦慄させられる。
「ですがここでは、不可能です。ゲームシステムによって、人の微細ながらも大切な感情は切除されてしまうから。今のカインズさんなら、グリムロック様への『憎しみ』と『怒り』以外何も、浮かべられない」
その結果生まれる『殺意』が、これ以上膨らまないうちに……。殺意を止めてくれる黄金の架け橋など、この0と1の世界では生じない。誰か/まだ汚染されきっていない第三者が、止めるしかない、伝染してしまう前に。
そして今/ここで、ソレができるのは―――
「貴方だけです。貴方だけが止められるのです、今ここで」
まるで預言者のように、託宣してきた。
息をのまされた。拒絶できない、否定しきれない。引きずり込まれる……。
だからか、勝手に『最適解』が浮かんできた。そのために、オレがやるべきことは―――
「……お前を殺し、グリムロックも……か?」
オレの答えにニンマリと、禍々しい笑みを浮かべた。まるで厳格な教師が、優秀な生徒を褒めるかのように。
運命のイバラが、逃れられないよう絡みついてきた。引きずり込まれる……。
そして最後に、オレを駆動させてしまう呪文まで、唱えてきた。
「『ビーター』たる務めを、果たしてください。さすれば……貴方の疑問にもお答えいたしましょう」
天使のように悪魔のように、そのどちらでもあるかのように囁いてきた。
貴方はもう、『脇役』には逃げ込めない……と。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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