偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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はじまりの街 初心者の館

 

 

 黒鉄宮を出て、はじまりの街へ歩み出た。

 

 そこは、西洋風のレンガ造りの建物がたちならぶ街並み、きれいに区画整理されてもいる。これぞRPGといった世界観だ。街の中央付近で少し高台にある黒鉄宮からだと、街を一望できる。

 キレイに/平に舗装された石畳を歩きながら辺りを見渡した。その代わり映えなさに、ホッと胸をなでおろす。

 

(よかった。βからそこまで変わってないみたいだな)

 

 視界に映っているのは見慣れた風景、β版で目に焼き付けていたものと同じものだった。

 安堵すると、あの時の思い出と被り、戻ってきたのだと感慨が湧いてきた。自然と顔に喜色が浮かんできた。

 ソレは、隣にいたコウイチも同じだったらしい。

 

「なん、という……。本当にここは、ゲームの中なのか……?」

 

 目の前に広がっている異世界の光景に/そのあまりのリアリティの高さに、唖然とさせられていた。目をパチクリ口を半開きのまま、見入ってしまっていた。まるで、山奥の田舎から大都会にやってきたお上りさんのように。

 身に覚えのあるその様子に親しみの微笑みを浮かべた。しばし黙って付き合う。

 ひとしお感動の波が収まると、自分の様子に気がついたのか、コホンと気を取り直した。そして、照れを隠しなのか頭を掻きながら、

 

「他のVRで慣れたと思ったんだが……。ココは桁違いだ」

「全くな。どうやってこんなモノ、作ったんだろうなぁ」

 

 互いに感嘆のため息をこぼした。

 まさに夢見た通りの異世界、現実では到底見られなかったであろう別天地。目に見える何もかもが新鮮で不思議で魅力的で、ワクワクさせてくれる。一緒に遊ぼうと誘われている気までしてくる。ぼぉと、軽く上せたように地平線の彼方まで見渡した。

 いつまで眺めていも、飽きそうにない……。しかし、こんなところで突っ立っていては始まらない。頭を切り替える。

 

「さぁ、街の中に行こうぜ!」

 

 コウイチもオレの掛け声に頷き、二人街の中へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 NPCとプレイヤーが入り乱れる雑踏の中、通りを歩き続けていた。

 新鮮だが同時に既視感もある光景。中に入ってソレを、より強く感じられた。

 

「―――やっぱり、βと同じか……」

 

 ボソリと、つぶやきが漏れた。

 一つ一つ、記憶と確認し合いながら眺めた街並みは、β版と同じだった。かつてみた【はじまりの街】と同じ、店の配置や名前も変わっていなかった。

 そんなオレの様子に何か察したのか、コウイチが尋ねてきた。

 

「何か、不安なことでも?」

「いや、むしろ助かってるんだが……。他の街はどうなってるのかな、て思ってさ」

「他の街……? ああ、あるほど」

 

 オレの指摘だけで理解したコウイチも、同じく考え込んだ。

 ココがβ版と同じだということは、他の11箇所も同じな可能性は高い。しかしそうなると、少々面倒な事が起きるのではないか? ……浮かんできた推測が口から出てきた。

 

「俺たちがいるココが、たまたまβと同じなのか? それとも全部がそうだったのか? 微妙に変更が加えられているだけなのか? 運が良かっただけなのか? ……オレの知識はアテになりそうにないかもな」

「そうとも限らないさ。

 先のチュートリアルでは、集団と個別があっただろう? ソレを君は、ビギナーとテスターを区別したからと推測した。そうであると確定できる証拠はないが、知識量や実力の差異が関わっていたことは確かだろう、このゲームには課金システムは実装されていないからな」

「そういえばそうだったな。普通はあってもおかしくないのに、なかった……」

 

 改めて指摘されると、不思議なことだと気づかされた。このゲームはかの若き天才かつ富豪が作ったから、浮世離れした何かがあると錯覚していた。

 制作者たちはプレイヤーたちの課金なしで、どうやって運営資金を賄うんだろうか? 無料プレイだけでやっていける何かがあるのか? 現実世界の経済とリンクしなければ、ただ目減りしていくだけなのに……? それじゃスポンサーだって離れる、茅場の資産だけで足りるとは思えないが―――

 何か言い知れぬ不安が染み出してきそうになる前、コウイチが自説を続けてきた。

 

「ただし、ログインしたばかりでは明確な線引きなど不可能。それ以前に持ち込んだ何かが、関わっているはずだ」

「……それがココにも、影響してると?」

「製作者たちはテスターたちのことを、予めこの世界を知っているプレイヤーを意識している。彼らにも新鮮な感動を贈れるよう配慮している。しかし、全てを変更するワケにはいかず、その時間もない。それでも、どうにかやりくりした結果が、コレなのだろう」

 

 まるで制作者の一員であるかのように、はんば断定的に言い切った。ただオレも、その考えに頷いた/頷かされるものがあった。

 βテスターとビギナーの選別、予めこの世界のことを知っている者と初対面の者。その知識格差を埋める何かが組み込まれているはず。あの茅場には、そこまでやってくれるフェアネス精神があると、期待できてしまう。……なんの確証もなくこぼした推測だったが、どうやらアタリを引いたのかもしれない。

 しかし―――、じっとコウイチの顔を見た。

 

「まぁ、すぐにわかることだ。……ところで、何か私の顔に付いてるのか?」

 

 まじまじと見つめてくるオレの様子に、首をかしげながら訝しんだ。

 

「いや別に……。なんだかコウイチの方が詳しそうだな、と思って」

「残念ながら私は初心者だよ。君にリードしてもらわんと、迷子になってしまう」

「ハッハ! ソレ、見てみたかったな。―――と、ここだ」

 

 ようやく見つけた建物の前で、足を止めた。

 そこにあったのは、西洋風の外観に仕立てられた道場、学校の体育館にも似た巨大な建物だった。開け放たれている扉の向こうには、酒場かカフェのようなくつろぎの空間が広がっている、そこで人がガヤガヤと屯していた。

 

「パブのようだが……、【初心者の館】?」

「βでは、ここがチュートリアルを担当していたんだ」

 

 説明するとその時の事が思い出されて……、溜息がこぼれそうになった。ここにはあまり心地よかった記憶がない。

 【初心者の館】―――。立てかけられている看板には、この世界特有の/アルファベットに似ているが解読不能な文字で書かれていたが、自動翻訳機能でもあるのだろう。日本語として解読できていた。

 建物の中には様々なNPCがいて、このゲームを遊ぶ上で必要な操作方法を教えてくれる。メニューの使い方や仲間との連絡方法・戦いの方法などなど、一人一人教える内容が分担されている。入口近くには知識だけでいいメニュー操作などを教えてくれる者がいて、入口からは見えない奥に広々とした大部屋があり戦闘教官がいる。……βと同じならば、そうなっているはずだ。

 

「ココを見つけたら、一応は寄っていくかもしれない。だけどもうあらかたの説明は済ませてあるから、全部は聞かずさっさと出ていくだけだろう。でも―――」

 

 ここだけの話と声を潜め始めると、館から他プレイヤーの集団が出てきた。男たち数人、皆肩をすくめ呆れ顔を浮かべていた。

 オレたちが目に映ると小さく挨拶を交わし、そっと確かめるように尋ねてきた。

 

「アンタらここ入るのか?」

「ああ。聞き逃したものないか、確かめたくて」

「ふーん……。まぁ、時間の無駄だと思うけどな」

 

 クスクスと、後ろの男たちが含み笑いをこぼした。お気の毒に/ご愁傷様と、何も知らない犠牲者を楽しんでいる。

 その様子にムッとさせられるも、我慢した。一見したところ、彼らはわからなかったらしい、ただ不快な時間を過ごしただけ。……哀れなのは、そちらさんだけだ。

 遠ざかっていく他プレイヤーたち、遅れを取り戻さんと早足で離れていった。こちらの声が聞こえなくなるまで待っていると、先の続きを再開した。

 

「……ああいう風に、最後まで聞かずに出ていく。

 説明じたいあまり有益なものでもない。実際に体験すればすぐに掴める基本中の基本だけで、そんなものはもう知っているからな」

「なら、ココならもっとその傾向が高くなりそうだ」

「βの奴らは知っているはずだから、我慢して聞くんだろうが……、初心者は大概ああなるだろうな」

 

 今はもう、人ごみにも紛れ見えなくなってしまった他プレイヤーたちの背中。改めてソレを見ると、少しばかり疚しさが染み出してきた。別に出し惜しみする必要はない、教えた方が良かったのかも……。

 オレの迷いを遮るように、コウイチがニヤリと笑って言った。

 

「中々に皮肉が効いているじゃないか。この世界のことを知っている者の方が謙虚に振る舞い、ゆえに力を獲れるとはな」

「だな。……もしかしたらソレ、ここ作った製作者の哲学なのかも?」

 

 最後は独り言として、誰に言うでもなく問いかけていた。さすがにこの一事だけで判断するのは早計すぎるが、そんな気がしないでもない。……コレはここから先、心に留めておかなければならないことかもしれない。

 気を引き締めなおすと、初心者の館と向かい合った。

 

「さて、それでは。退屈な講義とやらを受けに行こうか」

「9割がた聞き流して構わないよ。先生方は勝手にしゃべり続けてくれるはずだから、居眠りしなければ突っ立ってるだけでも構わない」

 

 そこが大問題なんだけど……。現実世界の学校の授業風景が思い出され、嘆息がこぼれた。つい先ほどまで/今なお夢の世界にいるはずなのに、どういうわけか現実に戻らされる。何も知らぬコウイチは、さっさと入ってしまった。

 オレはその背中をみて、少しばかり溜飲を下げた。……先のプレイヤー達の態度をもう、笑うことができない。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 長々と、ソレはそれは長々と続いた講義を終えて、ようやく外に出た。這い出るように、まるで悪酔いでもしたかのような有様でグッタリとしながら。

 

「―――はぁ……。しんどかったァ」

 

 心構えはしていたが、それでも堪えた。……無意味な話をただ聞くだけというのは、しかも無視せず相槌をし続けなければならないというのは、こんなにも辛いことだったとは。

 やっと解放された今、固く心に誓った。もうここには、二度と来ない。例えレアアイテムをゲットできようとも、二度と/永遠に。

 コウイチも少なからずそう誓っているのか、温厚な顔つきに険しさが差し込まれていた。

 

「フルダイブならではの陥穽だったな。旧来のゲームなら、ボタンを押し続ければ飛ばせたものだが……」

「確信したよ。こりゃ絶対、初心者はわからない」

 

 こんなモノを最後まで聴き続けられる奴は、よほど暇人かお人好しだ。アイテムなどをゲットできるとわかっているオレ達ですらこの有様だ、何も知らない初心者は早々に切り上げるだろう。

 オレが再度ため息を漏らすと、もう立ち直ったのか、いつも明るさを取戻して言った。

 

「それなら、苦行のかいはあったかな」

「あの手間を考えると、ちょっとばかし足が出そうだけと……」

 

 ここに誘ったことを後悔しそうになったが、その明るさに救われた。心の中で、肩をポンポンとさすってもらった気分、後ろ向きな考えとはソレで縁切りできた。

 肩をすくめ完全に立ち直ると、獲得した成果を確認した。【回復ポーション】×3と【地図】と路銀数百コル、何よりも【冒険者の証】

 【冒険者の証】―――。

 アクセサリの一つで、親指程度のピンバッチ、衣服のどこかにつければ効果を発揮してくれる。【敏捷値】と【耐久値】を1ポイントずつ上げ/HPを2%かさ増しする。加えて、NPCたちに見えるようにつけていれば、ソレだけで何かしらのクエストを受注できるようになる。……この初期の初期では、大変ありがたい装備だ。

 ソレを二人共、胸あたりに取り付けると、もはや忘れたとでも言うかのように出発を告げてきた。

 

「さてキリト、他にやるべき裏技はあるかな?」

「一応、この街全部回って【ロケーションポイント】開放すればソレだけで経験値貯められるんだが……、後でもやれるしな。そこまで慎重になる必要もない。

 圏外(フィールド)に出よう」

 

 オレも完全に払拭すると、遥か先の緑野へと顔を向けた。

 

「もう出ていいのか? 何か、イベントやらクエスト受注やらしなくていいのか?」

「そのために、先にゲットしておきたいアイテムがある……、てのは建前だな。

 先の鬱憤晴しだ。早くモンスターと戦いたい」

 

 おさえつけられた分、いっそう胸の高鳴りは止められない/止めるつもりもない。

 早くβでやった感覚を取り戻したい。あの痺れるような感覚を/万能感を、生きている感覚を取り戻したい。

 

「同感だ。私も早く、実際の戦闘をしてみたい」

 

 ニヤリと笑いかけると、背負っていた武器を手にとった。オレが腰に刷いている【片手剣】とは違う、背丈ほどもある長モノ=【槍】。

 

「そういえばコウイチ、【槍】を選んだのか?」

「うむ。【片手剣】にはかなり惹かれるものがあったのだが、リアルでは運動不足でね。遠間から攻撃できる【槍】を選んだ。……いい選択ではなかったかな?」

「いや、むしろ【片手剣】の方がよろしくなかったよ。コレはソロプレイヤー用だ」

 

 柄頭を撫でながら、皮肉をこぼした。

 

「万能型だと思ったのだが……、あ! だからか?」

「そ。はじめはコレでいいかもしれないけど、上に登ってパーティー組むようになったら、役割分担できたほうがいい。【片手剣】だとリーダーとか遊撃とか、面倒な役を背負わされる」

 

 万能/特徴がないからこそ、全部を任されるか一人で戦うか、この二択に限られてしまう。いずれ誰かとパーティーを組んで攻略するのなら、【片手剣】はあまりオススメできない選択だ。……何もかも満たそうと中間を選んだつもりが、いずれ何も掴めないはぐれものになる。

 βの時を思い出して、感慨にふけっていると、

 

「その顔つきだと……、面倒なことをさせられたのかな?」

「フロアボス戦で、特に。……まぁそのおかげで、LAが取りやすい立ち位置にいられたんだけどな」

 

 なんでもできるサポート役=遊撃役として、防御にも攻撃にも顔を出すことができた。そのおかげで何度も死線をくぐらされたが、得たものは大きい。

 顔を上げると、込められた心配を払うように笑いかけた。

 

「だから、ありがたいよ。【槍】の牽制と追撃のサポートがあれば、前に出て戦いやすくなるし。パーティー組むんだったら欲しかった相手だ」

「連携できるほど上手くやれる自信はないが……、期待に応えられるよう努力しよう」

 

 言葉では謙遜しているが、やってのけられる自信がにじみ出ていた。初心者とは思えない泰然とした雰囲気。……期待以上の働きが期待できそうだ。

 その空気に水を差さないように、一言だけ付け加えた。

 

「ただ……、悪いな。オレも【槍】については人聞きでしか知らないんだ。細かい使い方は、自力でどうにかしてもらうしかない」

「構わないよ。自分の武器だ、手探りになろうが使いこなしてみせる」

 

 コレでどんなことができるのか、早く試してみたくてウズウズしている……。少年じみたキラキラした眼差しで、そのときを待ち望んでいた。

 

(この人も、ゲーマーなんだ……)

 

 その横顔を見て、改めて感じ取れた。やっと同胞に出会えたような、硬くなっていた心の一部がほどけていく気分。釣られて目を輝かせていた。

 これからもっと面白くなりそうだ……。予期していた以上の、だけど何処かで望んでいた楽しさが、こみ上げ胸を弾ませてきた。

 

「さてさて。モンスターとやらはどれほどのものか、早く見てみたいもの―――」

 

 

 

「おぉい、ご両人! ちょっと待ってくれよ!」

 

 

 

 第一歩を踏み出した直後、背中から声がかけられた。

 思わず辺りを見渡し、顔を合わせた。

 

「……私たちのことかな?」

「らしいな」

 

 確認しあうとようやく、振り向いた。

 そこにいたのは、走って近づいてきたのは、赤いバンダナをハチマキのように巻いた二枚目若武者。息せきながら近づき、立ち止まる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。助かったァ、ちょうどいい所にいたぜ」

 

 息を整えフゥと、額から溢れる汗を拭うと、

 

「アンタら、βテスターだろ? ちょいと戦い方のレクチャーしてくれねぇか?」

 

 ニカッと溌剌な笑顔を見せて言った。

 悪びれることなく、疑うことなく。だけど不思議と、図々しさは感じられなかった。

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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