_
剣と剣が弾け合う。金属の硬質な音色が響き渡る。
アスナに匹敵するほどの高速の連撃、くわえて一撃一撃に殺意が込められている。まるで針の壁だ。
主導権を取られんと攻めていくも、一進一退。いや、守勢に回らされていた。オールマイティな片手剣ゆえだろう、あるいは斬撃主体の大味な戦い方に慣れていたからか。回転率の早い突き主体の相手では、持ち前のスピードを活かせない。小さいながらも、切り傷が刻まれていく。
さらに、詰将棋に追い込まれているようで、焦らされた。正確に確実に、こちらの逃げ道を封じ囲んでくる。無理やりザザのリズムに合わせられ、誘導させられる。体力も気力も十分なのに、処刑台を登らされているような錯覚に襲われる。何か一つでも間違えれば即座に刺殺される、そんな恐怖に侵食されていった。
隙を見つけては、ジョニーを払い除け/カインズを助けて逃げるつもりだった。殺し合いなど真っ平御免だ。しかし、そんな余地などなかった。戦いに集中させられる。
『―――どうした? お前の力は、この程度、だったか?』
鋭い突きを打ち込み続けながら、煽ってきた。
途端に、負けん気が起きた。それまで余裕などなかったが、それこそ錯覚だった。
なので―――賭けに出ることにした。
「……お前こそ、そんな爪楊枝みたいな刺突じゃ、いくらやってもオレは倒せない―――ぜッ!」
混ぜっ返すと同時に、無理矢理パリィさせた。
キイィン―――ザザの剣が跳ね上がる。攻撃が止む。
だけど、オレも懐が空いた。動けない。
この場合、武器の特性上/刺突メインのザザの方が立ち直りは早い。オレは手痛いダメージを食らうことになるだろう。
セオリー通り、ザザはすぐに手元に剣を引き戻した。オレよりも早い。そして、無防備を晒しているオレへ突き込んでこようとした。
だが寸前―――オレは剣を手放していた。
『ッ!?』
驚かれるもつかの間、いち早く空いていたザザの懐に踏み込んだ。体をすべり込ませる。
そして、その無防備な懐に掌底を添えると……叩き込んだ。
「ハッ―――!!」
小さな気合と同時に、雷鳴が鳴り響いた。
直後、ザザはたまらず体をくの字に曲げられると、吹き飛んだ。
【体術】単発重攻撃《獅子戦吼》―――。互いに組み合うほどの、超接近戦用のソードスキル。触れた掌底へ全身の力を集中させ、爆発させる。
体格が違いすぎる巨人や獣型その他のモンスター相手では、使いどころが難しい。対人型の技。ただしこの世界では、誰もが少なかれ武器を持って使いこなせてもいる。懐になど入り込ませないし、踏み込むには勇気がいる。誰も好んでは使わない格闘術だ。
しかし/ゆえに、奇襲になる。それまで武器を印象づけていれば、なおさらだ。
普通なら、これでダウン。運がよければ【気絶】も入るカウンター、勝負すら決まりだ。
しかし―――
(ッ!? 浅いか!)
打ち込んだ感触で、異常に気づかされた。
衝突の直前、ザザは瞬時に切り替えた。後ろに飛んだ。カウンターにはならず、さらにバックステップ中でもあったので、見込んだダメージの半分以下まで緩和された。加えて、衝撃も拡散させられた。
ザザは壁に叩きつけられることなく。そのまま地面を踏ん張りきってしまう……
(なら―――)
システムにより硬直させられてしまう寸前、無理やり体を動かした。別の技/【投剣】の初動モーションをとる。
【
振りかぶりながら、袖口に仕込んでいた改造クナイを取り出し/掴んだ。ワンモーションに集約するためのバネ仕掛け。通常なら、持っている武器以外不可能だった【投剣】との連結を可能にした。
発現させると、そのまま投げた。
【投剣】単発射撃《スパイラルシュート》―――。メジャーリーグの名投手さながら。手から弾丸のように、射出した。
吹き飛ばしたザザの顔面/被っている仮面を狙って―――
(アレを破壊すれば、奴は行動不能になるはず)
仕組みは全くわからないが、あの仮面が重要な役割をしているはず。外すか壊してしまえば、操られていたNPCは解放されるはず。すくなくとも、何か変化/今のオレに利する何かが起こるはずだ。
クナイが、ザザの仮面へとぶつかる/壊す。仰け反らされる―――その寸前、ザザも同じ事してきた。
【投剣】単発射撃《スワローシュート》―――。吹き飛ばされながら、空いた片手を振り上げながらの投擲。
白いナイフのような刃が、飛んでくる―――
『ッ!? ―――』
「ッ!? ―――」
まさかの追撃/反撃。互いに驚愕する。
『コネクト』後による硬直時間、身動きがとれない。下半身が石化したように固まっていた。……避けるには間に合わない。
なので―――グサッ、防御力の薄い/利き手の二の腕に刺さった。痛みに歯を食い縛る。
しかし同時に―――パキぃッ、ザザも仮面を撃たれた。頭を仰け反らされる。
(……痛み分けか)
刺さったナイフはそのまま、視線だけザザからジョニーへ向けた。来るであろう奇襲に備える。
しかし……恐れていた攻撃はこなかった。
なぜ撃ってこない? ……訝しる。
ジョニーに限って、タイミングを逸したのではないだろう。この手の嗅覚と行動力は恐ろしいほど冴え渡っている奴だ。なので、ただ約束通りにしただけ、なのだろう。それに、ザザが/兄貴が致命傷を受けたとは思っていない、のかもしれない。
再度ザザが接敵する前に、急いで落とした剣の下まで退いた。
視線はそのまま/臨戦態勢は怠らず、足と爪先で器用に跳ね上げ、拾い上げた。……粗末な扱いは嫌だが、今は仕方がない。
刺さったナイフも、一気に抜く―――
「―――つぅッ!?」
思わず、痛みに呻いた。
刺さっていたのは、獣の牙を削ったかのような刃。ギザギザとし過ぎているので、ナイフとしては使えないだろう。
しかし/やはり、【貫通継続ダメージ】があった。さらに、抜いた拍子にギザギザが幾つか欠けていた。腕の中に残ってしまったのだろう、本体を抜いたのにまだ【貫通】の表示がHPバーに貼り付いていた。……最悪だ、イイ趣味をしている。
(……ほかにも、毒が塗られているかもしれないな)
焦りを抑えながらも、警戒していると、
『―――ふっふ、ふはははッ!
やはり、お前は、いい。いいぞ! こうでなくては、なッ!』
狂気じみた高笑いを上げていると、ぽろぽろ―――顔から破片がこぼれ落ちた。
割れた仮面の奥から、ザザの悦しそうな笑が見えた。
思わずゾッと……させられた。
狂気に侵食されそうになる。その毒々しいまでに真っ赤な視線に、オレの『何か』が射抜かれたかのようで、竦まされる。後ずさりしそうになった。
嗤いを収めると、ザザは何事も無かったかのように立っていた。オレへのさらなる戦意を滾らせながら。
そこでようやく、気づいた。
(やっぱりアイツは……本人だったのか?)
人形なのかと疑うも、本人だろうとは思っていた。ザザの性格上でも、自信満々にオレと対峙したのでも。
ただし、本当かどうかは、まだわからない。あの仮面は関係なかっただけだったのかもしれない。洗脳だか憑依を強化/補助する装置でしかなかったのか。もしくは、無くても動かせる特別製だったのかも。……今は仮説の域を出ない、調べようもない。
胸の内で舌打ちした。このままでは飲まれる一方だ……奴のペースから外れなければ。
なので無理やり、話題を変えた。
「グリムロックは、お前らは何をするつもりなんだ?」
先に聞きそびれた問い。尋ねてみると、驚かれた。目を丸くさせられる。
続いて訝しり、何の意図があるのか探られ……ようやく答えた。
『……まさか、知らずにここまで、来たのか?』
「あいにくと、調べる時間も惜しかったんでな」
肩をすくめながらも、正直に教えた。……強がってもよかったが、なぜか嘘をつくのはためらわれた。
ソレが功を奏したのか。また疑られるも、すぐに本当だと察せられた。
『アハッハッハッハ! うそだろ、マジありえねぇ……』
オレ達の会話を聞いてたのか、ジョニーが笑い声を上げた。愉快そうに/腹を抱えながら笑っている。
『……あぁ~あ! なんて様だよ、全く♪』
馬鹿にされたのかと顔をしかめるも、一人腹を抱える姿を見せられると、自嘲しているようにも感じた。
さらに困惑させられていると、急に態度を変えてきた。
『―――止めたやめだ! ボクちゃん一抜けた、もう退散しまぁす♪』
そう言うと、降参とばかりにハンズアップまでしてきた。
何のパフォーマンスだと、今度はオレが訝されていると、ザザまで同意してきた。
『そうだな。少し、興が冷めた。……どうせもう、終わってること、だしな。
それに―――』
時間も頃合だろう……。そう言うと、剣まで引いてきた。鞘に収めてもしまう。
そしてくるりと、踵まで返した。
突然の戦闘中断/退散に、呆然とさせられると、
『この先に、行けば、わかる。……自分の目で、確かめると、いい』
そう言い残すと、そのまま転移してしまった。ジョニーともども、《転移結晶》を発動させる。
待て―――。追いすがろうとしたが、やめた。帰ってくれるぶんにはありがたい/わざわざ危険を背負い込みたくない。それに『答え』も、教えられたとおり行けばわかることだ。
転移の光の中に消える二人を、見送った。
◆ ◆ ◆
完全にいなくなるのを確認すると、ようやく剣を収めた。
途端にドッと、緊張が抜けた。疲れが噴き出してくる。
いったい、何だって突然……。先ほどの不可解な行動。吐息を一つ漏らすと、落ち着けた。
切り替えると、解放されたカインズの下へ向かった。
「……カインズさん、だよな。これで二度目だけど……わかるか?」
簡単な自己紹介に、頷きで答えられた。……やっぱり知ってたんだ。
解放されたのに、倒れたままのカインズ。口には猿轡が巻かれていた。
状態を診ると―――【麻痺】。
もうしばらく時間を置けば、自然回復するだろうが……その時間はない。
メニューを展開、《解毒ポーション》を取り出した。
「【麻痺】用の解毒薬だ。飲めばすぐに治る」
説明し頷かれると、猿轡を外した。代わりに瓶の先を突っ込む。
【麻痺】した仲間を回復させるには、振りかけるのが常道。本人だけでは飲めないし、まともに振りかけもできない。しかし、飲ませた方が効き目は速い。……やってもらうには少々、信頼関係が必要だけど。
ゴクゴク―――体に染み渡っていくと、【麻痺】が解けた。
ようやく完全に解放された。
「―――あ、ありがとう、ございました」
「礼にはまだ早い。ヨルコさんを助けないと」
「え……あ!?
そ、そうだ、早く行かないと―――」
慌てて立ち上がると、奥へと急いだ。
呼び止めて、ザザに聞きかけた答えを貰おうとしたが……やめた。
(この先に行けば、否が応でも分かるはずだ)
少なくとも、あまり愉快な答えではないだろう……。ゲンナリさせられるのは、今じゃなくてもいい。
もう、さすがにいないだろう敵を警戒しながらも、カインズの行く手を護衛していった。
―――そして、洞穴の奥までたどりついた。
そこには、グリムロックと二つの石の祭壇。その上に横たわらされているのは……二人の女性。
一人はヨルコさん、もう一人は……見知らぬ女性だ。耳の尖りや肌の白さ、何より人間離れした美形から、エルフ族のNPCだと判断できる。
二人は今、同じようなヘルメットを被せられていた。どこかで見たような形だが、刺のような電極が伸びており、そこから幾つもあるコードで繋げられているのが違っている。さらに、頭頂部あたりから、太い銀色のホースのようなコードが伸び、二人の間にある巨大なシリンダーへと繋がれていた。
赤みを帯びた液体に満たされたシリンダー、ブーンという小さな機械音を鳴り響かせ、時折ゴボゴボと泡が舞う。その中身を見て―――固まってしまった。
(な、なんだアレは……?)
「グリムロックゥ―――ッ!」
カインズの怒りの雄叫びで、疑問が吹き飛ばされた。
突然の/いるはずのないオレ達の登場にグリムロックは、振り返させられた。
「ッ!? ど、どうして?」
な、なぜここに―――。驚愕の表情を浮かべる。
一目散にカインズは、駆け込んでいった。前しか/グリムロックしか見えていない。
しかし、今にも殴りかかろうとする寸前―――邪魔するように立ちふさがってきた。
黒のコートに身を包んだ/フードを目深にかぶった誰か、レッドの一味なのかもしれない。
死角から現れ、カインズへと急襲しようとするのが見えた―――
「ッ!? 下がれカインズ!」
「え? なにをぉ―――ぅッ!?」
警告やむなく、吹き飛ばされた。
慌てて受け止める。
「―――つぅ……ッ」
痛みに呻くカインズ/オレも受け止めてダメージを軽減させた反動に呻いた。
受け止め切ると、瞬時に見上げた。確認する―――
襲ってきたのは、スラリとした長身の女性だった。
黒の目隠しの布越し、微かに垣間見える顔は、女性を思わせる柔らかな輪郭だった。中性的な美青年という選択肢もあるが、黒いコート越しではあるが、胸の部分が盛り上がっているが見えた。フードからこぼれている艶やかな髪の筋や丸みを帯びた体のラインも、女性であることをうかがわせるものだった。それも、少女ではなく大人の女性を。
長剣らしき鋒を向けてくる『彼女』。しかし、敵意を表しているのに意思を感じさせない無機質さ。
なので一瞬、戸惑わされた。反応が遅れる……。
その隙に彼女は、さらなる追撃を浴びせようとした。足に力を込め、ふみこんでくる―――
「下がれ【エイリス】! ……そこまででいい」
寸前、グリムロックからの指示が飛ぶと、彼女/エイリスの動きも止まった。
そして急に、態度を変更した。命じられたとおりそのまま、オレ達へ警戒態勢を維持するのみ。
突然の出来事に混乱させられるも、この一時危機は去った。
背中の愛剣に伸ばした手を戻すと、慎重に尋ねた。
「ヨルコさんは無事なのか?」
「……この通り、傷一つないよ」
そう言うと、寝かされたヨルコさんを見せてくるも……どう判断したらいいのかわからない。
確かに傷一つない、ただ眠っているだけにしかみえない。しかし、本当に無事なのか、確信を持て無かった。
「カインズには、傷つけるつもりなんてないと、教えたはずだが……」
「ふざけんなッ! 同じことだろうがッ!!」
カインズはいきなり激昴すると、ふたたびグリムロックの下へ殴り込もうとした。
「おっと! それ以上は近づかないでくれ」
グリムロックの制止に、エイリスが反応した。カインズとの間に割って入る。そして、それ以上近づいたら斬ると、威圧してきた。
先ほどの一撃で思い知ったのか、カインズは体を竦ませた。勢いを/足を止められてしまった。……ギリリと、歯噛む音が聞こえてきた。
「準備はもう済んでるんだよ。あとは、この―――ボタンを押すだけだ」
そう言うとグリムロックは、シリンダーに付属しているコンソールらしき機械に、その中央にあるボタンに手を乗せた。
これで動けまい……。脅しは効果的だった。カインズは顔を青ざめさせた。
「そう邪険にするなよ。ヨルコにとってもきっと、幸せなはずさ。……『彼女』の方が優れてることは、ヨルコが一番理解しているからね」
「そんなの!? だからって……あり得ないッ!」
「証明してあげることはできるよ。これから、すぐにね」
ボタンに乗せた手に力を込めようとすると、「やめてくれ!」―――
カインズが全身で懇願した。
その願いを聞き届けるようにグリムロックは、「冗談だよ」とばかりに力を込めるのをやめた。
二人の、真剣を越えて切実までの空気から、置いてけぼり。何が起きているのか、何が起きようとしているのかもわかっていない。
なので今一度、尋ねた。
「―――何をやらかすつもりだ、グリムロック?」
予想はつきそうだったので、幾分か声は低めに、脅すような声音で言った。
しかし返答は、苛立ち混じりの非難だった。
「君こそ、何のつもりなんだ?」
「……なに?」
「何故首を突っ込んできた? なぜこんな場所にまできた!?
君らさえいなければもっと、完璧な形になれたのに……」
どうして放っておいてくれなかった、どうして関わったりしたんだ。どうしてなんで、部外者のお前が―――。腹の奥底からにじみ出てきたような怨嗟。まるで全ての責任はオレにあると、恨みがましそうに睨んできた。
心当たりなどさっぱりない。どころか、どんな『罪』を犯したのすらわかっていない。ソレを訊きたいのに……。
顔をしかめる、腹が立ってきた。何だコイツの態度は……。もう真相などどうでもよくなった。
おもむろに、カインズを脇に寄せた。そのままズカズカ、愛剣も引き抜きながら、グリムロックの元まで歩いていく―――
「―――う、動くなと言ったはずだ!?」
オレの激怒に気圧されたのか、グリムロックは声を裏返させた。先ほどのボタンにも手を乗せる。
しかし……オレには関係ない。何が起きるのかも知らない。なので/当然、全ての責任はグリムロックにある。
やるならやれよ、何をするつもりか知らないけど―――。脅しを無視して、そのまま護衛のエイリスごと、グリムロックを叩き切ろうとした。
「き、キリトさん……お願いです」
どうか、言うとおりにしてください……。寸前、カインズが止めてきた。縋り付くように……。
その必死かつ底深い悔しさに、怒りを収めた。収めざるを得ない……。
シュミットにも言ったばかりのことだ。この事件の主役は、オレではなく彼らだと。
剣を収め足も止めると、気持ちも鎮ませた。そして、改めて尋ねた。
「……もう一度だけ聞く。何をするつもりなんだ?」
最終警告だ……。カインズが止めたとしても、返答次第では爆発させる。そんな威圧感を込めて問い詰めた。
オレが止まって安堵したのか、ホッと胸を撫で下ろすと、自慢げに答えてきた。
「ヨルコを【ユウコ】に、私の最愛の妻に書き換えるのさ」
高らかにも告げられた真相。書き換える……?
そのとんでもなさに一瞬、呆然としてしまった。
_
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。