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オレへの警戒をそのまま、グリムロックへと命じてきた。
『行け。ここは、引き受けてやる』
「あ、ありがとうございます!」
言われた通りそのまま、カインズ入りの寝袋も引きずっていこうとすると、
『そいつは、諦めろ。間に合わなく、なるぞ』
「し、しかし……。彼がいなければ、彼でなければ私は、彼女と―――ッ!?」
食い下がろうとするも、ひと睨みされて黙らされた。
『コイツを、始末したら、俺が、連れて行って、やる』
今度は何も言い返せず、名残惜しそうにもカインズを手放した。
そして一人、足早に洞窟の奥へと去っていった。
グリムロックの姿が見えなくなると、ようやく訝しりを声に出した。
「―――何が目的だ? なぜ奴に手を貸す?」
グリムロックが何をしたいのかもわかってはいない。……勘を頼りに、突っ込みすぎたのかもしれない。
なので、レッド達との繋がりが見えてこない。関わらなければならない利益はどこにあるのか? ジョニーは『興味本位』だと言った。奴の言葉を信じれば、Pohは興味を示さなかった。ならば、レッドが本腰を入れているわけではない。だとしたら、ザザの動機はどこにある?
『茅場晶彦への、報復。この世界がもたらす、祝福を、啓蒙してやる、ためだ』
…………なるほど、意味がわからん。もっとわからなくなった。
ただ、改めて再確認はできた。
コイツはそう言う奴だった、狂信者めいた怖さがある。ジョニーとは違う意味で、相互理解を拒絶させる虚しさを感じさせてくる。……同じ言語を話しているはずなのに、話が通じない。
なので、こちらもサラッと流した。今必要なことだけ聞き返す。
「これもPohの差金だったのか?」
『そうだ。お前が、関わってきたから、ジョニーだけでは、荷が重すぎると』
「へぇ~、『ヘッド』はお優しいことだな。それとも……一人じゃ何も任せられないぐらい、頼りないと思われてるのか、お前は?」
最後にわざとらしく声を大きく、誰もいないはずの方向を睨みつけた。
ちょうどオレの死角にある薄暗がり。加えて、オレが迂闊に動けば攻撃の間合いに入ってしまうギリギリの位置。この場所で取り得る、最高最悪な【隠蔽】ポイントだ。……奴が隠れているとしたら、そこしかない。
そして予想通り、しばらく睨み付けていると、
『―――あらら♪ やっぱり、バレちゃってたのかぁ』
観念したのか、ジョニーが姿を現した。
ただ、雰囲気と声は同じでも、背丈はひょろ長だった。外見は前とは別人だが、ジョニーであることは間違いないだろう。
二対一か……。奴ら相手では、かなり厳しい。それに嫌な立ち位置でもあった。ジョニーがカインズを人質に取れる位置だ。
(……最悪な展開だ)
冷や汗と震えで気持ち悪くなりそうだったが、焦りは見せず。頭をフル回転させた。
何か……何でもいい。少しでも状況を好転させる手立ては―――
『ねぇ、なんでバラしちゃったの? サプライズしたかったのに』
「……ソレは―――」
時間稼ぎに、軽口でも返そうとかとしたが……やめた。
閃いた。
「お前の兄貴に、聞いた方がいいんじゃないのか?」
代わりに、ザザを巻き込んだ。
ザザがここにいる理由……。本来ならジョニーだけで事足りたはずだった。なのに、呼び出されてしまった、不測の事態ゆえ/ジョニーだけでは状況をコントロールできないと判断されたために。ならば、ザザはジョニーとは違う意図を持っているはず、遊びではなく仕事としてここにいる。
知っているかのような不遜顔で、そう煽ると―――予想的中。
フッと、微かに笑みをこぼすと、
『賭けは、お前の負けだ。……手は、出すなよ』
ジョニーを制してきた。
舐めやがって、賭けだと! ―――反射的に顔をしかめるも、すぐにゾッとさせられた。
こうなると予測していたのか? 奴らの手の内で踊っていただけか? ……オレ達の即決即断は、奴らの想定を越えられていなかった、読まれていたなんて。
何とか焦りを隠していると、
『……ちぇッ! 仕方がないか……。
それじゃ、決着がつくまでアイツと―――遊んでいようかなぁ♪』
カインズに目を向けながら、舌なめずりしてきた。
やっぱり、そうなるよな……。二対一で戦うことは避けられたが、最悪な状況に代わりはなかった。
しかし、そうではない/そうであってはならない。
今度は演技少なめ、下らないとばかりに肩をすくめた。
「おいおい……心にもないこと言うなよ。
カインズは、何も手を加えずただそこに座らせ続ける。それが、お前にとって一番愉しいはずだろ?」
煽るように指摘すると、ジョニーは黙った。仮面越しで見えないが、眉がピクリと上がったのが見えるようだった。
ヨルコさんはすでに、この奥まで連れてこられたのだろう。そして、何かをされる、よろしくない何かを。ソレをカインズが、知っているかはわからない、勝利を確信できたとは言えグリムロックが喋ったとは限らない。だけど、ジョニーは教えたはず。これから自分の身に起こる不吉を、何よりもヨルコさんの身に起こる最悪を。
いい所を突けた……。今度はオレが賭けに勝った。ので、何か口に出される前にさらに踏み込んだ。
「それと、痛めつけるとしたら、兄貴がオレにトドメを刺されそうになる前にやるべきだな。……彼の悲鳴を聞かされれば、さすがに剣が鈍るだろうしな」
助っ人に来てくれたお兄ちゃんが、逆にやられるなんて不名誉なことを防げるはずだ……。先手を打った。
ジョニーだけでなくザザをも揺らす口撃。無言ながらも、そのような事にはならないとの矜持と怒りを向けてきた。なので、ジョニーはこれ以上何もできない。
『…………ほんと、面白くないね君は』
ありがとう、褒め言葉だよ……。肩をすくめて返してやった。
そもそもジョニーに、やる気はほとんどなかったはず。ザザは悪党だが、戦いにおいては真摯な所がある、特にオレのような歯ごたえがありそうな相手では。無類の決闘狂なのだ。
人質を利用するのは戦いに引きずり込むまで、勝利のためには利用しない。もしもそんなことをすれば、後でザザからお叱りを受けてしまう。なので、オレを当て馬にして余地を作ろうと、煽ってきただけだ。……ここまでザザの前で明らかにすれば、もう手はない。
ジョニーの封じ込め成功。これでジョニーは、正真正銘のピンチ以外には手を出さない。だけど……結局ザザとの殺し合いは避けられない。引きずり込まれたようなモノだ。
『援軍が、来るまで、最速でも……10分、だな』
それまでに決着をつける、充分すぎる時間だろう……。告げられた宣告に、顔をしかめた。
制限時間まで粘ればいい戦い、必ずしも殺し合いにはならない。だけど、カインズがいる、傍にジョニーがいる。オレがあからさまに逃げ回れば、ジョニーに命じることは吝かではないと……。
なので10分間以上、まともに殺し合い続けなければならない。ザザの殺意を受け流し続けなければならない。さらに、ジョニーがザザの信念を破ってでも兄貴を助けるために、カインズを痛めつけ無いように注意も払いながら。
(…………無茶苦茶だ)
あんまり過ぎる難易度に、逆に笑いがこみ上げてきた。
反射的にもそうすると、勇気が湧いてきた。根拠など何もない。ただ、今がドン底なら、あとは這い上がるだけだ……。
もう問答はなしだ。そう言わんばかり、武器を構えだしたザザ。自然とオレも応じるも、最後に煽ってみた。
「そう言えば、お前のソレも借りモノなんだよな?」
『……かもしれない。だが……教えてやる、とでも?』
だよな……。訊いただけだよ。どうせすぐにわかる。
ただ、人形化したNPCであるに越したことはない。人形が本人よりも強いはずがない、無理矢理動かしているのなら尚更だ。ソレでオレと殺し合いをするなど、随分と舐められたものだ。
だけど……あの刺突の強さ、打ち込んだ箇所の精密さも。操っているだけの人形でできる強さではない。……人形だと舐めてかかったら、痛い目を見るのはオレの方だろう。
『自分で、確かめてみる、ことだな』
できるものならな―――。踏み込むと一気に、飛び込んできた。
まるで弾丸、初速が最速の意表抜き。……今ではセオリーだけど、やられると辛い。
タイミングを逃した、躱せない/躱しても態勢が崩れてしまう。どんどん攻め込まれてしまう。ならば―――迎え撃つのみ。
構えは青眼に、衝突に備え剣を強く握り締めた。……殺し合い、開始だ。
◆ ◆ ◆
急いで《回廊結晶》のポータルを潜ると、突然、キリトが吹き飛ばされてきた。
いきなりのことで避けることもできない。
驚く暇もなくそのまま、正面からぶつかると、押し戻された。
再びグリムロックのホームへ、シュミットともども床に腰をしたたかに打った。
「あたたぁ……。
いきなり、何なのよ……て―――ッ!?」
腰をさすっている間に、ポータルが閉じてしまった。
キリトと分断されてしまった……。迂闊。今彼は一人、見知らぬ敵陣の中で孤立させられている。
(そんな……)
キリト君―――。すぐさまメニューを展開すると、キリトの安否を確認した。
「おい? アイツは……無事なのか?」
「……ええ。大丈夫よ」
今はまだ……。これからどうなるかわからない。彼なら大丈夫だと思うも、何が起きているのか把握できないのは不安だ。
居場所を特定しようとした。が……できなかった。マップに座標が表記されない。
キリトとは、かなりの【親密度】かつ【フレンド】かつパーティーメンバーでもある。転移で分断されたとはいえ、居場所の情報が送られてくるのは当たり前だ。フロア越しでもわかるはず。それなのに……わからない。
(だとすると……私がまだ、知らない場所にいる?)
あり得ない……とは思ってしまうも、絶対ではない。
これまでプレイヤーが歩んできたマップ情報は、全て集めてきた。自分の《幻書の指輪》の携帯ストレージ収まりきれない分は、ホームやセーフハウスの外部ストレージへ。ギルド/【血盟騎士団】の共有ストレージに貯められているモノも使えるので、明細なマップ情報をいつでもリアルタイムで見ることができる。今の最前線までの全てのフロアの情報を検索できる、といっても過言ではない。
誰も言ったことのない未踏エリア……。あるいは、発見したのに公開せず秘匿している、私や【血盟騎士団】の情報網から逃れるほどに。……グリムロックだけでは不可能だ、相手はレッド達だろう。
「……どうした? まさか……居場所がわからないのか!?」
「……アナタの方では、わかりそう?」
いちおう確認。【軍】の情報網ならどうだろうか?
シュミットにも確認してもらった。
「―――だめだ。俺の方でもわからん」
どうする? ……頭を抱えさせられた。
まず、簡単な方法がある。
《次元蝶の鱗粉》―――。不活性状態になっている【転移陣】や【転移孔】を起動させるアイテム。隠し通路を通り抜ける時にも使える。
そしてもう一つ、《転移結晶》を使った場所に振りかければ、同じ場所に飛ぶことができる。ただし時間制限あり。【魔素】の低い場所や向かった先が【転移門】とは別の場所だったら、使えない。さらにソレは、一度《回廊結晶》を使った場所にも適応される。再び転移の通路を復活させることができる。こちらに時間制限はなし。痕跡を消さない限りいつでも利用できる。
残念なことに、今手元にはない。レアアイテムではないが、モンスタードロップかダンジョン内のトレジャーボックスの中にしかない。あるいは、迷宮区内でランダムで現れる不気味なNPC商人のみが取り扱ってる。【調合】を使えばプレイヤーでも作り出せるが、マスタークラスの腕が必要。ただし、耐久値が低すぎる。ストレージの中に入れてもすぐに劣化し、別のアイテムへと変化してしまう。
それでも、【血盟騎士団】の金庫にはいくつかストックがある。隠しエリアへの痕跡を発見したら、誰でも使えるようにするため。しかし、その金庫番は今就寝中のはず。副団長とはいえ勝手な持ち出しは厳禁、率先して規則を守らなくてはならない。ただ、無理やり起こすか、団長に掛け合えればできなくはないだろう。
だけどそもそも、痕跡を消されてしまったのなら無意味だ。警戒心の強い相手ならそうする。そして今回、ソレは……大いにありえる。
なので次点、《導きの霊針》―――。探し人/プレイヤーに限らずNPCまでへのルートを、マップと視野に表示してくれる。ナビゲーションアイテムだ。……これなら、キリトまで導いてくれるはず。
ただ、私が知り得る限りの場所にはいない。マップにルートは表記されず、ただ視野に映る針に従うしかない。時間がかかりすぎる……。さらに、ただの未踏地ならいい、近くのエリアまでたどり着けばマップに表記されるから。だけど、場所自体に【追跡阻害】がかけられていたら《霊針》は役に立たない。数は少ないが、いくつかそのようなエリアは存在している。そしてレッド達なら、そのような場所をゴマンと知っているはずだ。
(もしもそうだったら……お手上げね)
キリトだったら、もっと別の方法を知っているのだろうが、私にはコレが限界。【索敵】を鍛えていればと、悔やまれる……。
後悔してても仕方がない、時間は一刻を争う。……今はただ、そうでないことを祈るだけだ。
踏ん切りをつけると、シュミットに向き合った。
「私とアナタがわからない、てことは……【狭間】にいる、てことよね」
「……おそらくは、そうだろうな」
「だったら―――使わせてもらえるかしら?」
何を……と首を傾げられるも、すぐに察した。難しい顔を浮かべてくる。
「【監獄】の《デビルレイ》……か」
話が早い……。もちろん、使わせてもらえるよね?
《デビルレイ》―――。【狭間】間を行き来するための【転移門】。一度誰かが発見し、通常フロアに戻る帰り道も見つけたら、アクティベートされる。……名前が違うだけ。仕組みとしては、通常フロアと同じだ。
【監獄】である必要はない。他の【狭間】の門でも使える、50層の【アリゲート】なら比較的安全だ。しかし、場所が入り組んで遠い。さらには通行許可証の提示や、税まで取られてしまう始末。【軍】の支配下にある【監獄】ならば楽に行ける。……シュミットならば。
了解の返事の前に、話を進めた。
「援軍と合流できたら、すぐに向かうわ。使えるように話をつけておいて」
「……わかった。任せてくれ」
声音の調子から、かなり越権させることになるだろうけど……知ったことではない。今は横紙破りが必要だ。後でフォローすればいいことだ。……キリトの悪影響を受けてしまってる気がするが、今は気にしないでおこう。
決断すると、すぐさまグリムロックのホームから出た。
援軍との合流ポイントまで、来るであろう【ラオール】の転移門まで行った。そこで……待つ。
(―――キリト君、私が行くまで……死なないで)
今はただ、祈るしかできない……。どこかにいるであろう神様に、彼の無事を祈り続けた。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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