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広場から離れると、家屋の角に隠れた。
そっと後ろを振り返り、確認した。……シュミット達が追いかけてくる気配は、なし。
ほっと安堵の吐息、とりあえず思惑通り。
すぐに準備した。メニューを展開し、必要な情報と装備を取り出す。
「……悪いアスナ、コウイチの所には一人で行ってもらってもいいか?」
「尾行する気?」
直截な指摘に、キョトンとさせられた。
まさにその通りではあるが、まさか彼女に悟られていたとは……。今まで黙って付いてきたのは、知っていたからか。
「……気づいてた?」
「まぁね。わざと壊して、破片をシュミットさんの鎧の中に忍ばせたんでしょ。300秒は所有者は変わらないから、GPS発信機代はりに使える」
驚いた、まさかアスナがそこまで見抜いていたとは……。彼女に対する認識を改めないといけない。
ただ、今回に限り補足事項がある。ソレは完全に手放したアイテムに限る話だ。
分離した破片/まだ手元に本体が残っている状態だと違う。300秒で自動的に所有権は移らず通知されるだけ、無視すれば本体の修復と同時に消滅してしまう/耐久値の限りGPS発信機でいてくれる。通知自体は、シュミット本人がソレに触れて、【鑑定】で/ストレージに入れてのクリックで確認するかしなければ見えない。……アレだけ意気消沈していたら、まずわからないはず。
「ちなみに、壊したのはオレにぶつけてきた方ってことも……お見通しだった?」
「そうじゃなかったら、流石に止めてたわよ」
そこまで気づいてたか……。彼女をかなり侮っていたかもしれない。もう少し気を引き締めておかないとな……。
ここまで悟られると、興味が沸いてきた。
「アスナも、他プレイヤーの尾行とかやるんだ?」
「逆よ、やられたからわかってたの。……アルゴさんにね」
当時を思い出してか、悔しそうな顔を見せた。
アルゴから聞いたのなら納得だ……。尾行方法は商売道具なので、半分だけ正しいやり方を教えたのだろう、アスナが納得してくれそうな程度を計って。……オレ以上のスニーキングの化物なので、一割程度でしかなかったかもしれないが。
「明日の朝、マーテンの転移門前で会いましょう」
「寝坊するなよ」
「そっちこそ。……どうにかして、仮眠とっときなさいよ」
カインズや事件との関わりまで探れればベストだけど……さすがに難しいだろう。ホームの所在地を知るだけで良しとする。寝たら【義眼の視晶石】を設置すればいい。……徹夜は必要ないだろう。
肩をすくめて「まぁできる限り」と伝えると、渋られるもため息/保留。
オレと別れ/一人教会へと向かっていった。
アスナを見送ると、取り出していたマントと【隠蔽】によって存在を隠した。この夜中の時間帯なら、近寄らなければ視認でも看破されることはないだろう。
破片の現在位置をもう一度確認すると……まだ広場に残っていた。
物陰からそぉっと/足音が響かないように、シュミット達の元へと近づいていった―――
手頃な暗がりに滑り込むと、覗き見た。
まだ意気消沈していたシュミット……。彼の事情を知らなかった仲間たちから説明を求められているも、答えず/答えられず、ただ項垂れたまま。
心ココにあらずな態度に苛立ち、「俺達はもう帰るからな!」との捨て台詞で、仲間たちは去っていった。【転移門】へと入っていく……。
少々無情な気がしないでもないが、何も知らずに巻き込まれた。おそらく体育会系のノリで/主将の号令に従って、無理やり連れてこられたのかもしれない。ソレがオレとの【決闘】で、化けの皮がはがれてしまった……。今後のシュミットが気になる。
一人になったシュミットはのそり、立ち上がるとフラフラ……何かに操られているかように歩いた。
方向からして……【生命の碑】だ。カインズの生死を確かめるためだろう。
前すらちゃんと見ているのかわからぬ様子だ。心配いらないだろうが、気づかれない一定の距離を保って尾行した。
石碑の前までやって来ると、仰ぎ見て探した。【カインズ】を探す……。
そして、オレが言ったことは本当だと確認してか、項垂れた。
「……何で今さら、こんなことに……」
クソッ―――。舌打ちを吐き出した。
冷たく身勝手な態度だ……。カインズが殺されことよりも、連鎖して引き起こされるだろう何かが重要なのだろう、ソレが自分の身にも降りかかるかも知れないとの恐怖で。
腹立ちが過ぎると、再び石碑と向かい合った。
「お前が犯人だった……わけじゃないよな。一番疑わしいのは俺だもんな。何せ、あの時のメンバーで一番出世したのは、俺だしな」
狙われるはずだったのはシュミット……。あの事件は、彼らが関わった過去の因縁が引き起こしたものだったのか?
ただの行きずりの知り合い、ではない二人、さらにはもっと人数がいる。となると、パーティー以上の関係……ギルドだろう。かつて同じギルドに所属していた、そして今は袂を分かっている、シュミットは出世した/そうでないメンバーがいる。……元凶はソコにありそうだ。
シュミットの懺悔は続く―――
「俺はチャンスをモノにしただけだ! 誰だってこうするだろ!? それに、俺は犯人じゃないし、別に手を貸したわけでも……ない。
…………俺のせいじゃない」
臓腑から搾り出すように、もうここにはいないカインズに向かってだろう、告白した。
彼らのギルドに起きた『最悪な何か』……。十中八九、殺人が起きたのだろう、ソレも仲間の裏切りが臭ってしまう形で。戦闘中の指揮ミスや想定以上の強敵に対処できなかったから、などのゲームらしいわかりやすい間違いではなく、もっと醜悪な誤ちだろう。ゆえに、今日まで/このような禍根が残った……。気が重くなる。
とりあえず吐き出せて落ち着いたのか、最後に突き放すように、
「……恨むならそいつを恨め。とばっちりなんて、ゴメンだからな」
吐き捨てると、去ろうとした。もう過去に用は無いと、踵を返す。
ばったり遭遇しないよう、進行方向から隠れようとした。しかし―――
「―――そこの騎士の旦那、もしかして……【シュミット】さんですかい?」
【黒鉄宮】の端影から、乞食風の男が声をかけてきた。
蓬髪かつ薄汚れたボロ布を重ね着した姿、ニカリとの追従の笑いで見せた歯まで黄ばんでいる。オレの位置は離れているが、それでも臭ってきそうなほどの存在感。
あまりの格好なのでプレイヤーではないだろう、待機組であってもここまで貧窮していないはず、もしもそうならかなり自虐的なコスプレ趣味をしている。実際、頭の上にプレイヤーカーソルはなかった。NPCだ。
『伝言用NPC』―――。指定した特定の条件を満たした他プレイヤーに、情報やアイテムを渡すために雇ったNPC、仲介してもらうことで匿名性を確保できる。乞食タイプの他にも、遊んでいる子供や散歩している老人タイプもいる。通行人や住民にも頼むことはできるが、行動ルーティーンの幅が狭く家や店などに縛られているので、別の『店員用』などで雇うのが主だ。
シュミットもその存在は知っていたのか、馬上槍から手を離した。警戒を解く。
ただしすげなく、
「…………人違いだ」
「え……?
そ、そんなことねぇはずですよ!? ちゃんと似顔絵通りですし―――」
ほら、見てくださいよ……。乞食は慌てながら/立ち去ろうとするシュミットに、懐から取り出した『似顔絵』をみせた。
さすがに覗き見ることはできないが、見せたモノが似顔絵なら、どこかで撮影したものを印刷した写真のはず。このゲームの/どこのフロアの世界観にもそぐわない科学文明の産物だが、絵心がありかつ写実が得意な人など稀なので仕方がない。プレイヤーにとっては写真だが、NPC達にとっては精巧な似顔絵との認識違いを引き起こしている。
シュミットはソレを確認して、ますます訝しりを強めた。乞食の自信を取り戻した様子から、確かに自分の顔だったのだろう。
「アンタに会ったら、コイツを―――渡してくれって頼まれたんですよ」
そう言いながら懐から、何の変哲もなさそうな封筒を渡してきた。
パシリと無造作に受け取るも、安易には中を開けず。差出人の宛名か何かわかるサインを見つけようとするも……何もなかった。
「……誰からだ?」
「教えるな、とは言われてねぇですが……。お恵みいただけねぇことには、どうにも」
卑屈な笑いと手もみをしてきた。
伝言用NPC特有の反応、追加料金を払えば依頼できる。対象が尋ねなかったら発生しないが、図らずもだろうがシュミットは条件を満たした。
ため息を一つつくと、ポケットから二枚ほど銀貨を取り出した。
「ホラ―――これでいいだろう?」
「おっとっと!?
ありがとうごぜぇやす。が、できればもう少し……いえいえ、コレで結構ですよ!」
ひと睨みされるとすぐに屈した。追従笑いしながらも、もらった銀貨は素早く懐奥深くにしまう。
「【グリセルダ】って名乗ってましたぜ。……分厚いフード付きのコート着てたんで、男か女かまではわからなかったですが、冒険者様だったのは間違いねぇです」
その名前に、シュミットは驚愕した。そしてなぜか、もう一度石碑を仰ぎ見た。その名を探す……。
オレも【グリセルダ】を探してみると―――あった。しかし……横線が引かれていた。ちょうど一年ほど前、死因は『他プレイヤーによる殺害』。
シュミットも確認できたのか、しかし恐慌は収まらなかった。疑念に震わされている。
また一人、新しい名前が/情報があがった。それもかなり、事件の核心に近いモノだろう。シュミットの怯え具合からおそらく、前に所属していたギルドのメンバーだったに違いない。さらに、袂を別れざるを得なくなった原因でもあるだろう。死因がPKであるのなら、仲間に殺されたのかもしれない、少なくとも疑うしかない状況証拠があった。レッドの仕業だと言い切れず/復讐心で再団結できず、ギルドが分解してしまうほどの何かが……。
シュミットともども、推理に頭を悩ませていると、
「それじゃ、確かに渡しましたんで、あっしはこれで―――」
別れを告げると、乞食は去っていった。シュミットが制止の声をかけるも聞かず、聞こえていない様子。
伝言用NPC特有の無反応だ。依頼が終われば通常ルーティーンに戻ってしまう。いくら声をかけても/脅しても反応せず、依頼のことはキレイさっぱり忘れてしまっている。まるで、急性の痴呆症にかかってしまったかのように……。彼らが運び屋として有用な理由だ。
また独りになると、おそるおそる封筒を開いた。ビリりと封を切る……。
そして、中から出てきたものをみて―――戦慄した。
「そ、そんな、バカなッ!? どうして、コレが―――」
カタカタ震えながら、手のひらのソレを凝視した/させられた。
指輪……。遠目からではどんな性能なのかはわからないが、どんな指輪でも売れば高値が付く、何らかのパラメーターを向上させてくれる魔法の効果があるからだ。ここではオシャレの為とはいえ、貴重な指輪装備枠をなんの変哲もない金属の指輪で埋めるプレイヤーは少ない、鍛冶屋たちが作ることも稀だ。
一体アレが何だというのか……。シュミットの青ざめた顔色に、次なる反応に注意していると―――突然、彼の目前に光の柱が現れた。
さらなる急転/瞠目、何が起きているのか驚かされるも……すぐに似た現象が想起できた。
転移だ―――。誰かが転移してくる。
しかし、【転移門】ならいざ知らず、こんな何の目印も無い場所に転移なんて……。【回廊結晶】用のマーキングがされていた? しかしあまりにもピンポイント、しかも目の前は【軍】の本拠地だ。巡邏している軍人たちに見咎められずにできはしない、そもそもする意味もない、レアドロップでしか手に入らない代物なのに……。先の指輪?
さらに繋がった。【回廊結晶】を使わなくてもできる。
アレは、フラッグに偽装処置を施したものだ―――
シュミットの目の前/光の柱から、フードを目深に被ったプレイヤーが現れた。
腰を抜かしてしまったシュミットは、震えながら仰ぎ見た。オレも、我が目を疑った。
(カインズを殺した奴―――)
背丈やシルエットは間違いない。何より、奴が今関わらないはずがない。
殺人鬼は現れるやいなや、怯えるシュミットにそっと触れた。竦んでしまって動けないシュミットはなすがまま。そして触れた直後、フード越しでもわかるほど、耳元あたりから光が漏れでた。
再び、殺人鬼をライトエフェクトが包みだした。さらに、触れた手を通してシュミットまでも―――。
狙いを察すると、即座に隠れていた場所から飛び出し、叫んだ―――
「離れろ、シュミット!!」
オレの叫びと身にまとわる異常現象で、シュミットはようやく我を取り戻した。
そして、何が引き起こされるのか理解できたのだろう。触れている殺人鬼から離れようとするも……遅かった。ライトエフェクトは消えない。
転移の『便乗認定』がされてしまった……。もうあと数秒もしないうちに、殺人鬼とともに何処かへ転移させられる。
もう手遅れか、なら―――。片手に仕込んだワイヤー付きクナイを取り出し、投げ飛ばした。今ならまだ、ほんの少しでも接触できれば、オレも便乗できる。
間に合え間に合え、間に合えぇぇ―――。クナイは音を切りながら、飛んでいく。殺人鬼へと真っ直ぐに―――。
しかし……転移が早かった。
接触する寸前、二人の姿が掻き消えた。どこかへ転移してしまった……。
クナイは空を射抜く。
「―――クソッ!」
舌打ち、何て失態だ。まさかこんなことになるなんて……。
クナイを引き戻しながら、後悔に苛まれた。しかし、やるべきことに切り替えた。反省は棚に上げろ。
まだGPS発信機は残っている……。メニューを展開、所持アイテムの位置情報を検索、持っているだけの地図を調べた。どこに転移しやがったんだ……。
急げば間に合う、まだ最悪じゃない。気づかれる/取り除かれる前に、探し出さないと―――
シュミットの居場所を特定すると、【転移結晶】を取り出した。近くのフロアまで転移する……。
同時に、今呼べる最大の援軍/アスナへと連絡した。通話する手間も惜しいので、メッセージで。
(シュミットが犯人に攫われた。追いかける。すぐに来てくれ―――)
送信すると、返信も待てず、そのまま結晶を起動させた。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
シュミットは、【カインズ】の正しい綴りを知っていたはず。トリックは通用しない。【生命の碑】を確認すれば、一発でやらせだったと気づいてしまう。
なので、どうにかして見せないよう誘導する。それか、【生命の碑】を偽装するために、さらなるトリックも仕掛けなければならない。圏内PK並の何かを。
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