偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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64階層/はじまりの街 横槍

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 【黒鉄宮】の前門にそびえ立つ黒曜石の巨岩、表面には一万人のプレイヤー全ての名前が刻まれている。そして、そのうち半数近くのプレイヤーのモノには横線と、日時/場所/簡潔な死因が刻まれている。

 【生命の碑】の前にたどり着くと、ドキドキとさせられていた気分から覚めた、再び厳粛な気持ちになっていった。

 

 調べる前に、しばし黙祷を捧げた……。

 そして、どちらとも言わず心が鎮まりきると、碑文を確認した。『G』のまとまりを調べる―――

 

「グリムロックは……生きてるな」

 

 横線は引かれてない……。とりあえず、生きているなら探すことができる。

 続いて、『K』のまとまりを調べた―――

 

 しかし/やはり、【カインズ】はダメだった。しかも、死因はPK/『他プレイヤーによる殺害』と刻印されていた。

 

「そんな!? PKだった、なんて……」

 

 アスナが絶句させられると、オレも息を飲まされた。

 本当に、圏内PKだったのか……。考えたくなかったが、碑文はウソをつかない。そもそも、犯人は決着寸前に転移/逃げたのだから、【決闘】はその瞬間カインズで決定した/即時終了したはず、たとえ【全損決着】モードであったとしても。オレの目撃が妄想でないのなら、【決闘】で死ぬことなどありえない。

 

「こりゃ……マズイな。最悪だ」

「マズイどころの話じゃないわ! 圏内の防壁が破られるなんて……」

 

 歯噛みさせられているアスナに、すれ違いを指摘しようとするも……やめた。彼女の言ったことこそ大問題だ。

 目撃者たちは皆、『【決闘】による死亡』と誤解したままだ。なまじオレが犯人と衝突して、その場面も目撃されたことでさらに深まった。しかし真実は……違った。圏内の絶対安全神話が崩された。

 確実に恐怖が蔓延する。みな攻略どころではなくなってしまう、ホームの中ですら眠れなくなる……。そんなことになるよりは、このままで/結果として情報統制し続けた方が無難なのかもしれない。大事になれば、生半な解決では後まで禍根が残る、犯人の思うツボだろう。

 オレ達だけで、速攻で終わらせるしかない……。まだほとんど分かっていないのに、タイミリミットを設けられてしまった。重責に胃が痛くなる。

 

「……犯人を捕まえるだけじゃ、ダメみたいね。方法も明らかにしないと」

「だな。

 色々と最悪だらけの事件だけど、前向きに考えれてみれば、一つだけラッキーだったな」

 

 オレ達が初動捜査を担当できたことが……。不遜な/不敵な笑みを向けると、アスナは不謹慎だとは咎めず、逆に同じような表情を返してきた。

 

 グリムロックの生死以上の重要情報を獲得した。もう碑文から読み取れそうなモノはない。ので、さっさと去ろうした。

 長居してしまうと、そこに刻まれてしまった名前を見てしまう/過去に沈んでしまう。今の犯人逮捕に逸る気分では相対したくない。逮捕した後、カインズに報告する時まで取っておきたい。

 振り返ると二人、そのまま次の目的地へと行こうとすると―――

 

「こんな夜遅くに、墓参りかい?」

 

 野太い男の声が、聞こえてきた。カツカツと近寄ってくる。

 また【軍】の夜警かと警戒した。同僚への情報伝達しっかりしてくれと、溜息もこぼしそうになった。また同じ芝居しなけりゃならんのか……。

 近づく大柄な男に警戒を向けるも……違った。【軍】特有のユニフォームではない。金属は左右の手甲と身の丈を頭ひとつ越える/オレの倍はありそうな錫杖のみ、後は分厚そうだが布製の墨色の道着と白の袴に一つ一つが拳大の数珠の首輪、そして下駄だ。……妙な足音だったのはそのせいか。

 目の前に現れたのは、旅の僧兵/入道と見れるような格好の男だった。

 ニカリと、凶悪だが友好を示そうとだろう向けられた笑顔に一瞬、ポカーンとしてしまった。まさかこんな時間/場所で、こんなバッチリ決めたコスプレ野郎に遭遇するなんて……。とは言うものの、その威圧感ある体格と角ばった山男な顔とは相性が良すぎたので、頭の上のプレイヤーカーソルがなかったらNPCだと誤認していたはず。

 どう返事をすればいいのか、アスナと二人顔を見合わせようとするも……目の端で見えた。入道男が背負っている多種多様な武器たち、頑丈そうな葛籠に一緒くたに入れられているので、装備品ではないだろう。しかし、ソレらを加味した姿を改めて見ると、記憶の中から警戒心が呼び起こされた。

 

「……あんたこそ、ここで何してるんだ『刀狩り』?」

「ん? 嫌な二つ名言ってくれるな―――……て、なんだ『黒の剣士』かよ!? 夜だと全然わかんねぇな!」

 

 相手もオレのことを認めると、カカとオレの肩を叩きそうな勢いで笑いかけてきた。

 まるで警戒していない様子に、一瞬気が抜けそうになるも、すぐに引き締め直した。

 

「オレ等の武器賭けて【決闘】か? なら、今日の特にこの場所はやめておけよ。せっかくの気分が台無しになるからな」

 

 そう啖呵を切ると、同時に背中の愛剣の濃口も切った。

 それでさすがに、オレの警戒心を察したのだろう。笑顔をひっこめ慌てだした。

 

「待てまて、落ち着け!? ただ話しかけただけだろ? なんでそう殺気立ってるんだ!?」

「ソレはあんた自身の胸に聞くことだ」

「そ、そんなの言われてもなぁ、心当たりなんてまるでねぇのに……。て、もしかしてあれか? 『刀狩り』のせいか?

 だったら、そいつは間違ってる! その二つ名には、かなり誤解がこもってるからな」

「そうなのか? でも案外、噂は正しいからな。その通りかもしれないぞ」

 

 疑り深くさらに警戒を鋭く差し向けると、刀狩りは降参とばかりに両手を挙げた。そして、弁解をまくし立ててきた。

 

「どっかの馬鹿タレ共のせいなんだよ!

 弱ぇ奴らから脅して奪ったり、死人から引っペがしたりなんてくだらねぇことしてるのを、叱りつけてやったからだ。で、そいつらが仕返しに俺の悪評を吹聴してできたのが、『刀狩り』だ。……テメェのコレクション欲満たすためにやったわけじゃないよ」

 

 あらぬ疑念に弱りきった声/表情。

 だったら、その背中の武器はなんだよ―――。そう追求しようと再度口を開こうとしたら、アスナが止めてきた。

 

(キリト君。彼のことは初対面でよくわからないけど、そう悪い人には見えないけど?)

(ああ。オレもそう思うよ)

(え!? ……だったら、もういいんじゃない?)

(でも、オレよりも演技が一枚上手な奴かもしれない。あるいは、事件の犯人だったりとかな)

(…………やっぱり、病気なんじゃないの? 疑心暗鬼になりすぎ)

(このぐらいはまだ平常運転だよ)

 

 ああ言えばこうと言い返し続けると、大きくため息をつかれた。呆れられた。

 続けようとしたが、アスナが向こう寄りになってしまった、やめざるを得ない。敵意を収めた。

 

「……とりあえずは、そういうことにしておくよ」

「お、おう! そういうことだから助かるよ。そっちの人もわかって―――……て、おいおい? まさか『閃光のアスナ』ッ!?」

 

 安堵も束の間、オレの隣にいたアスナを見て仰天した。

 

「こんばんわ。……お名前聞いてもよろしいですか?」

「え? ……あ、はい! 【ベンケイ】ていいます!」

 

 居住まいを正して告げられた名前を聞いて、アスナは目をパチクリさせた。オレに顔を向けてくると、「だろ」と肩をすくめて答えた。

 

「……その名前でその格好だと、『刀狩り』は仕方なくないですか?」

「ソレを言われちゃ、そうなんですけど……。

 でも本当に、テメェのためにやったわけじゃないんですよ。背中のコイツらだって、ほとんどが預かりもんですし。戦闘狂でもねぇし……。それに俺、あんたら相手取って戦えるほど強かねぇんですよ」

 

 見た目上は、オレが3人いて束になっても勝てそうにない厳つい大男だ。でもこの世界では、見た目から身体パラメーターを予測できる時期はとっくに過ぎてしまった。

 二つ名は知られているが、攻略組で見かけたことはない。準レッドプレイヤーとして注意を払っていた。相対して見ても/【鑑定】で調べるも、噂通りの脅威だとは判定できない。アスナと二人がかりなら余裕だ。

 完全に敵意を収めると、できるだけ穏やかに尋ねた。

 

「夜間外出禁止令はいいのか?」

「俺もいちおうは夜警の一人だからな。この時間この辺りに居て、碑文を見ようとしているプレイヤーを監視するのが仕事だ」

「【軍】に所属してたのか?」

「いや、雇われてるだけだ。……ちょいと、土地とカネを借りるためにな」

 

 最後にモジモジと濁されたので、追求しようとするも、トゲが出てしまわぬよう迂遠した。

 

「監視の仕事には、話しかけることも含まれてる?」

「いや、コレは仕事とは関係ねぇよ。俺個人の、ちょっとした提案をしようかと思ってたんだ。けど……あんたらには要らなそうだな」

「気になる言い方だ、続けてくれよ」

 

 促されると、ベンケイは少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、

 

「ちゃんとした『墓』を作ってみないかな、て話だよ」

「墓って言うと……あの長方体の石の?」

「別にソレにこだわらなくてもいいさ、十字架でも銅像でも好きな形でな。なんなら植物でもいい。

 【生命の碑】だけだと、味気ないだろう? それに、全員一緒くたにされちまって気持ちも込めずらい。ココだと【軍】の目が気になるし、もう少し静かな場所がいい。だから個別に棺桶作って、遺体が無理なら遺物を収めて埋葬する。そんな墓地があるから一つどうだい、て話しさ」

 

 攻略組には、要らないかもしれないがな……。外見とは真逆のセンチメンタルな話。驚かされた/考えを改めねばならなかった、彼は僧兵ではなく僧侶だった。

 現実ではよく見知った、しかしココでは目新しい。今から用意しておかないか、となったら墓のセールスかつ不謹慎だったが、この個人的な提案ならギリギリセーフだろう。……予想外過ぎてアスナ共々、言葉を失ってしまったが。

 

「墓参りと墓守は、生活とか攻略に追われていると負担に感じちまう。けど、全く無視しちまうのも何か違うだろ? これから先、言っちゃ悪いが……増える一方だ、どう頑張ったってな。死者を背負いすぎて身動き取れなくなるのはマズイ。だからソレを、分担する」

 

 いらんお節介では、あるんだろうけど……。苦笑しながらも、自論には胸を張っていた、必要なことだからと。

 茫然とさせられるとオズオズ、アスナが尋ねた。

 

「すごく、ありがたいことですけど……。そうするとベンケイさんは、分担された人たちは、攻略に参加できなくなりますよ?」

「いいんだ。『もう攻略するの疲れちまった』て奴らにやってもらうことにしてるんだ。……あんたらが言うところの、リタイヤ組だな。

 時間の無駄だ、て言われると反論しずらい。けどそういう奴らは、俺も含めてだが、芯の部分が削れ過ぎちまったか折れちまったからな。そいつを回復させたい、しなきゃならないと思ってはいるが……うまくいかない。頑張れば頑張るほどおかしくなっちまうんだ」

 

 弱音の吐露に、聞いているこちらが沈みそうになる。アスナに目を向けると、眉を顰めていた。……攻略組の実質の指揮者たる彼女には、嫌な心当たりがあるのだろう。

 しかし、話している本人からは、憂鬱さはみえない。

 

「死んだ人間は、もう変わらないし、変われない。そいつは悲劇ではあるけど、別の視点から見れば、もう絶対に折れない芯を持ってる奴らってことだ。だからさ、触れ合ってみれば、磨り減っちまった力を取り戻せるんじゃないか、と思ってさ」

 

 死者の鎮魂のため、ではなく、生者の衰弱を治すため……。またまた異質な考えに、どう答えればいいのかわからなかった。

 ただ一つ、察せれたものがあった。

 

「……もしかして、墓地をつくるために【軍】で働いてる?」

「墓地自体はあるんだが、手狭になってきたんでな。拡張するか、別の場所を作り変えようと思ってな。……あいつら、いい場所は大体取っちまってるからなぁ」

 

 全く、面倒な話さ……。カカと笑いながら、愚痴をこぼした。何事でもないと笑っていなす。

 再び、何も言えなくなってしまった、今度は恥じ入って。

 オレもアスナも、おそらく攻略組全てが、上に登ることしか考えてなかった。どうすれば早く確実に登れるのか、ソレに頭を悩ませ続けてきた。その最も簡単かつ確かな方法の一つとして、邪魔な/不要な荷物を切り捨てる効率化がある。人としては間違っているが、前線に人はお呼びじゃない。だからドンドン切り捨て、鋭く硬くなって、空だけを見つめる……。ソレが正しいことだと言い聞かせてきた、今ではもう誰も異論など言わない、ただ自分から脱落していくから……。

 そんな、取りこぼしてしまったモノを受け止めてくれた。……オレ達には、彼を非難する言葉などありはしない。

 

「……ワリィ、変な自分語りしちまいましたね」

「い、いえ! とても興味深い話でした」

「アンタにそう言ってもらえれば、ありがたい限りですよ」

 

 逆に恐縮してしまったアスナに、ニコリと微笑みを向けた。……見た目は鬼が無理やり笑顔を作ったようなモノだったが、仏を想起させた。

 

「もしも、それっぽい奴を見かけたら、俺のこと教えてやってください。この時間あたりにここに来れば、大体いますから―――」

 

 そう言うとベンケイは、去っていった。別の場所の見回りにいく……。

 

 

 

 

 

 ベンケイの背が完全に見えなくなると、アスナがぼそりと呟きを漏らした。

 

「墓参りの効果か……。考えたことなかったなぁ」

 

 そう呟き、考え込まされたアスナの横顔をじぃ~と、珍しそうに覗き見た。

 

「……なによ?」

「いや、ちょっと意外だったな、て思ってさ。

 君はあの手の弱音は嫌いそうだし。『そんなことしてる暇があったらもっと鍛えろ、戦え!』とか、よく噛みつかなかったな」

「何よそれ、心外だわ! 私、そんなマッチョ思考じゃないわよ」

 

 プイッとそっぽを向かれた。……これこそいつもの彼女だ。

 オレも調子を戻すと、【生命の碑】から離れた。

 

「さて、コウイチの所に行くか! 

 確か……ここから反対側の教会だよな?」

 

 勢いづけて出発の合図をすると、アスナは驚いたかのように見つめてきた。

 

「……キリト君も、来てくれるの?」

「……二人きりの方がよかった?」

「え? いえ、そういうわけじゃなくて、そのぉ……。

 ごめんなさい、なんでもないわ」

 

 慌ててかぶりを振ると、教会へと先行した。……いったい何だったんだ?

 

 

 

 

 

 途中でまた、【転移門】広場にやってきた。教会はさらに先にある。

 

 そのまま通り過ぎようとすると、【門】の前で重武装の集団が屯していたのを目の端で捕らえた。何かを/誰かを探しているのか、キョロキョロと周囲を見渡している。

 

「……【軍】の人達、よね? 何してるんだろう?」

「装備からしても、夜警じゃないよな。なかなか質も良さそうで、フルプレートの鎧で統一されてないし……『遠征部隊』だな」

 

 【軍】の『遠征部隊』……。前線に派遣された【軍】のメンバー。そしてつい先日、最悪なカツアゲをしてきた奴らの別集団だ。

 主に低階層で活動し、攻略では物資の調達と輸送を担当してきたが、最近は兵隊まで送ってきた。ただし、自前で育ててきたメンバーだけではない。見込みある中層域のプレイヤーや攻略組の補欠達をヘッドハンティングして雇い入れている。なので、【軍】の制服たるメタルグレーの重武装とガスマスクをいつも身につけてることはない、各々が動きやすいよう装備に幅がある。……代わりに、専用の腕章が代用している。

 それなりに優秀ではあるが、攻略組の風土には合わない規律がある。加えて、【軍】が前線に介入するための尖兵だとの懸念もあった。気の置けない戦友とは言えない溝がある、かつては友だが今もそうだとは断言できない。それはオレにも、それ以上にアスナにも共有されている。

 なので、できるだけ関わりたくない、特に【軍】の本拠地たるここでは。……日頃の不満をぶつけられたら堪らない。

 足早に去ろうとすると―――目があった。見つけた一人が、リーダーらしき大男に知らせる。

 ヤバい……。すぐに目を逸らすも、遅かった。

 

「おいお前ら、止まれ!」

 

 制止を命じながらガチャガチャ、重武装と肩に担いだ馬上槍らしき武器を鳴らしながら、近づいてきた。仲間たちも後ろに従ってくる。 

 無視して逃げてもよかったが、アスナが立ち止まってしまった。仕方なしにオレも止まった。

 教会に逃げ込めれば、コウイチのテリトリー/【軍】も迂闊には手を出せない治外法権だ。どんなちょっかいを出そうとも程度を弁えさせることができる。最悪な話し合いは回避できる、この敵地で取れうるベストな場所だ。しかし、ソレをしてしまうとアスナの『貸り』がますます重くなる。既に背負っているモノもあるので、これ以上は願い下げだろう。

 観念して待ち受けていると、リーダーらしき大男に挨拶した。

 

「【シュミット】さん、だったよな。何の用?」

「あんたらに話があってな」

 

 この世界/プレイヤーには珍しい体育会系の大男。馬上槍部主将と言われたら即座に納得してしまう。ただ、騎士風の格好をしているものの、顔つきからも若大将と言った風情だ。敵意未満だが友好には程遠い威圧感を放っていた。

 

「尾けてた……わけじゃないよな。ここに来るってアタリつけてた?」

 

 先手で探りを入れると、ムスリとした無言で返された。……大体合ってるといったところか。

 何度か前線で顔合わせして、互いに名前は知ってはいるものの、ソレだけだ。アスナはもう少し知っているだろうが、二言三言話をしたことがある程度だろう。どちらも、因縁をつけられるような間柄ではないはず。いったい何の用なのか……。

 

「57層で起きた圏内PK騒ぎについて、詳しく聞かせてくれ」

 

 告げられた要件に、思わず目を見張った。まさかあの事件、こんなに食いついてくる奴がいるなんて……。

 偶然とは思えず、アスナと顔を合わせた。互いに小さく頷くと、用心深く返した。

 

「……詳しく教えられるほどには、まだ何もわかってないよ」

 

 やんわりとした拒否に、シュミットは眉間をきつくしてきた。

 あからさまな反応だ……。彼の性格か/何かの事情かもしれないが、沸点が低そうな短気ぶりだった。叩けばホコリ以上の何かが出そうだと伺える。

 オレの挑発には乗らず/堪え切ると、無視して続けてきた。

 

「殺されたプレイヤーは【カインズ】といったそうだな。間違いないか?」

「事件を目撃していた友人は、そう言っていたよ。【生命の碑】にも……横線が引かれてた」

 

 何なら自分の目で確かめるといい……。疑われたらそう言い返してやろうとしたが、ソレ以上は聞かれず。代わりにゴクリと、息を呑む音が聞こえてきた。

 過剰な反応に訝しんだ。ただの興味本位とは、思えない……。

 

「知り合い?」

「……アンタらには関係ない」

「ちょっと、一方的に聞いてきてソレは―――」

「無関係なら、何故聞いた? 好奇心か?」

 

 アスナの叱咤を/放たれそうになったシュミットの逆ギレも制止ながら、同じことを尋ね直した。

 捌け口を奪われたシュミットは、凄い顔で睨みつけてくるも……飲み込んだ/飲み込まざるを得なかった。

 無理やり鎮静させると、

 

「アンタらは警察じゃない。一方的に情報を独占する権利はないぞ」

 

 平静ながら無茶苦茶な言い分を叩きつけてきた。

 警察……。怒るよりも新鮮さに驚かされた。久しぶりに聞いた、懐かしい響きなのに……。

 この二年あまり/この世界に来てからとんとご無沙汰だった。もしもいてくれたのなら、どれだけ心強かっただろう。どうしてこの無法地帯にいてくれなかったのか、レッドを取り締まってくれなかったのか……。いない事の自由も謳歌してきたので、責め立てるだけではいられないだろうが。

 

「確かにオレ達は警察じゃない。だけど、そういう権利はあるぜ。【カインズ】さんの友人から犯人を見つけ出してくれって、頼まれたからな」

 

 仇討の依頼/代理……。それこそが警察権の根源だ。ヨルコさんからの依頼ゆえに、一時的に/この事件についてだけオレ達は、警察になることができる。……そんなハッキリとは頼まれていないが、そもそも半ば無理やり請け負ったが、彼に今ソレを教えてやる必要はない。

 真っ向から論破すると、シュミットは目を丸くし、続いて反論しようとしたが……できなかった。悔しげに歯噛みする。

 激昴で振り切るにも時期を逸し、オレの横にはアスナがいる。後ろの仲間は、見たところ詳しい事情を聞かされていないのだろう、一様に戸惑いの色が見える。冷静な話し合いしかないが、焦りで上手く頭が回らない。……シュミットには次の手がなかった。

 なので/さらに、こちらから手を出した。

 

「ただ、協力してくれるのは大いに助かるからな、独占するつもりはないよ」

「なら、犯行に使われた短槍をよこしてくれ」

 

 すぐさま、食いついてきた。

 マナー違反にアスナが顔をしかめるも、交渉はオレに委ねてくれるのだろう。隣で黙って、援護に徹してくれた。

 

「なんで協力してくれるんだ?」

「……渡さないつもりか?」

「情報の独占はしないはずだろ。お互いにな」

 

 正論を叩き返すと、シュミットは何も言い返せず。しかし、怒気を露わに睨みつけてきた。

 

 しばし睨み合っていると、先に/わざと折れた。

 メニューを展開し、短槍を出す―――

 犯行に使われた凶器を現れると、シュミットの顔に恐怖の色合いが浮かんだ。

 凶悪かつ忌まわしい外見に眉を顰めることはあっても、恐怖までには至らないはず。事実オレ達はそうだった、鑑定を頼んだエギルも同じく。……ますます疑念がつのる。

 

 そのまま渡し、シュミットも手を伸ばし近づいてくると―――寸前、止めた。

 そして、寸止めされて驚くシュミットにボソり、訊ねた。

 

「あんたは【カインズ】さんを殺した犯人、じゃないよな?」

 

 教会内で見た犯人とシュミットの外見は、明らかに別人だ。彼ほどガタイがよくなかった。言いがかりでしかない質問だろう。

 しかし、ソレはオレしか知らない情報だ。【マーテン】の広場で目撃していたプレイヤー以外は全員、犯人の可能性がある。……当然、シュミットも被疑者の一人だ。

 心外だ、以上に『何言ってるんだコイツは?』との顔を向けられたが、疑り鋭くなったオレの目を見てだろう。考えを改めた、不愉快そうに答えた。

 

「……俺は事件の時、こいつらと一緒に前線の迷宮区に籠ってた」

「単独犯なのかどうかもわかっていない。共犯者がいたかもしれない」

 

 即座の切り返しに、シュミットは言葉を詰まらされた。

 まさか、俺を疑ってるのか……。しかめた顔には、そう書かれていた。事実を知っているオレには、彼の不快は当然に映った。……ただのブラフだから当然でもある。

 煽ってみても……見覚えはないらしい。彼がカインズ殺害に加担した揺らぎは見えなかった。あるいは、オレの観察眼をくぐり抜けれるほどの俳優かも知れないが、その場合はお手上げだ。ヨルコさんには諦めてもらうしかない。

 シュミットが犯人である疑いは薄れた。しかしまだ、抉り出さなきゃならないモノがある。……やっぱりお預けだ。

 

「……悪いが、犯人かも知れない奴らと協力することはできない。コイツは重要な証拠だ。オレ達が預かっておくよ」

「なッ!? ま、待て―――」

 

 思わずシュミットは、奪い取ろうとしてくるも寸前、周りを気にして止めた。

 しかし……遅すぎた。焦った顔が/伸ばした手が/正しさがなかった問答が、シュミットと仲間たちの間に亀裂を入れた。

 コレで奴は独りだ……。数の利を消し去り奪い取ると、止めの終撃を放った。

 

「コイツが欲しいのなら、明日の正午【マーテン】の教会に来い、一人でな」

 

 話は終わった。最後にそう命じると、アスナともども離れていった。背を向ける……。

 背後でギリリと、歯ぎしりが聞こえた。どうにもできずシュミットが焦っているのだろう。

 明日も一人で来れないようだったら、奴に話すことは何もない……。守ってくれることを願いつつ、そうでなかった時の対策を考えていると―――ガンっ、威嚇音が鳴り響いた。馬上槍の石突を地面に叩きつけた。

 

 

 

「俺とデュエルしろ、その短槍を賭けてなッ!」

 

 

 

 いきなり喧嘩をふっかけてくると、デュエル承諾のウインドウまで叩きつけてきた。

 あまりの行動に、思わず振り返ってしまった。呆然とシュミットを見る。いったい何考えてるんだ……。アスナも奴の仲間たちも、同じように奇異の視線を向けていた。

 緊張で固くなりながらも、仁王像のようにオレを睨みつけている。自分の言っている無茶も周りからどう見られているのかもわかって押し通している。

 確かなことは何も言えないが……一つだけ。彼は本気だということだ。

 

「……【初撃決着】でいいか?」

「ああ!」

「【助太刀】なしのタイマンだよな?」

「もちろんだ!」

「それじゃオレが勝ったら、アンタが何を隠してるのか、教えてもらうぞ」

「ッ!? …………そ、それでいい!」

 

 攻略組の流儀。とことん納得を欲すること、その最終手段として【決闘】がある。言葉で通じないなら剣で語れ、勝負に二言はない。……シュミットも確かに、攻略組の一員だった。

 短くも必要な確認を取ると、承諾のボタンを押そうとしたが……寸前、アスナに止められた。

 

「ちょっとキリト君!? ……本気なの?」

「少なくとも、シュミットさんの方はな。それに―――試したいこともある」

 

 違和感の正体、なぜシュミットはこんなにも食いついてくるのか? この事件とどんな関係があるのか? ……コレでわかるはずだ。

 承諾ボタンを押すと、しっかり向き直った。

 

「……準備は、いいか?」

「いつでも」

 

 怯えを奮起して弾きながら、馬上槍を/彼が最も得意としているだろう構えを向けてきた。両手で握り腰を落とし鋒をしっかりと定めると、コベリついていた凝りが洗い落とされていく……。

 オレも応じて、武器を構えた。ただし―――手に持っていた短槍を。

 

「……そいつは何の真似だ? ふざけてんのか!」

「いや、至極真面目だよ。どんな武器使おうがオレの勝手だろ?」

「賭けの対象は違うだろう!? もしも、壊れたりしたら―――」

「なら、壊さないように勝たないとな」

 

 ルール上は問題ない、互いに了承すれば主武装も賭けの対象にする。なので、この短槍とて同じだ。

 ただ、オレの主武装は背中の【片手剣】だと知られている、事実そうだ。【槍】は手慰み程度にしか鍛えていない、前線で戦っているプレイヤーとの【決闘】で使えるレベルではない。……勝負を投げてるのかと疑われるのも、仕方がないだろう。

 しかし、オレの狙いは勝敗の先にある。

 カウントは始まっていた。開始の間に、意図不明さ/侮辱にも取れてしまう行動に苛立っているシュミットに、説明した。

 

「……カインズさんは、コイツに胸を貫かれて死んだ。【圏内】だとどんな武器でもHPに干渉できない。それなのに、だ」

 

 思い出せ、コレは殺人を犯した凶器だ……。改めて指摘すると、シュミットの顔が再び引きつった。まるで短槍から、カインズさんの怨念を浴びせられたかのように……怯えた。

 

「コイツには、見てわかるだろうが【貫通継続ダメージ】がある。一度刺したらなかなか抜けない、抜けるまでHPは減り続ける。だから、もしもコイツに貫かれてしまったら、圏内であったとしてもHPはどうなるのか……」

 

 試してみたいと、思わないか? ……カインズは【貫通継続ダメージ】によって殺された、ジワジワと嬲り殺された。でも本当に、そんなことできるのかわからない。ここで/シュミットで検証してみよう……。

 引き攣りをこえて、カタカタと震えだした。もはや目の前のオレが見えていない、彼にとって恐ろしい何かに囚われていた。

 

 5、4、3,2、1―――。カウント0。

 同時に、突貫した。突進攻撃のソードスキルを放った―――

 

「う……うあ゛あ゛ああぁぁああぁぁーっ―――!」

 

 弾丸として迫るオレに、シュミットは悲鳴を上げた。後の先も防御もない。ただこの場から逃げたい一心だ、溜め込まれた恐怖が爆発した……。

 構わず、その無防備な懐に飛び込み、刺した。思い切り、鋒に力を込める―――

 

 衝突をモロに受けたシュミットは、そのまま吹き飛ばされた。受身も取れずにドスンと、倒れる……。

 そのすぐ後、オレの目の前に『WINNER』のウインドウが展開した

 

「……オレの勝ちだな。けど―――」

 

 パリィン―――。短槍が砕けた。刃の部分から半ば粉々に、残ったのは握っていた下半分のみだ。

 

「うわぁ……想像以上に脆かったな。それとも、シュミットさんの鎧が硬すぎたせいかな?」

 

 予想はできたが、ここまで壊れるとは……。60層以降の通用する武装は、どれも格が違いすぎる。苦笑いするしかない。

 見た目は凶悪なれど、武器としては三流品の短槍。オレが込めた攻撃力と、何よりシュミットの武装の防御力に耐え切れなかったのだろう。

 尻餅ついたまま茫然としているシュミットに近づくと、

 

「景品壊しちゃったからな、アンタの隠し事はいいや」

 

 悪びれずに肩をすくめた。

 

「それでも、まぁ……話してくれるんだったら、明日の正午に【マーテン】の教会でな。一人で来てくれると助かるよ」

 

 立ち上がらせようと、手を差しだそうとしたが……やめた。払われるか無視されるのがオチだろう。それに何より、コイツ……重いし。10mは吹っ飛ばして家の壁に叩きつける気合で放った突貫だったのに、尻餅つかせるのが精一杯だったなんて……。

 これ以上敗者に鞭打つのはやめよう……。話は終わったと、今度こそ立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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