偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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64階層/はじまりの街 鑑定

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 マーテンで起きた事件の概要を教えたあと、エギルに犯罪の証拠たちを【鑑定】してもらった。……金にうるさいアコギな商人だが、同時に熟練の斧戦士でもある、レッドの事となれば快諾だ。

 

「まずは、こっちのロープから―――」

 

 カインズを吊るしたロープを渡した。別に怨念が宿っているなどはないはずだが、嫌そうな顔で鼻を鳴らされた。

 受け取ると、意識をロープに集中/【鑑定】を発動させた。瞳と手のひらにソードスキル特有のライトエフェクトが灯り、ロープを覆っていった。オレが使っているような低レベルの【鑑定】ではなく、本格的なモノだ。……さすが商人だけある。

 調査が終わったのか、光を消した。そして、視界に映っているであろう獲得情報を伝えた。

 

「―――プレイヤーメイドじゃないな、NPCの店で売ってる汎用品だ。ランクもそう高くないし、耐久値が半分以上減ってる」

 

 減った理由は、フル装備のカインズを吊るしていたからだろう。よくちぎれなかったと思う。……ちぎれていれば、助かったかもしれなかったのに。

 

「傷は付けられていないようだから、重さだけで減らされたんだろうな。これだけ減るとなると……カインズってのは、壁戦士だったのか?」

 

 エギルの素朴な疑問に、答えられず目を丸くしてしまった。思わずアスナとも目を合わせた。……そういえばオレ達、カインズのことも何も知らない。

 

「そうは見えたけど、オレの【壁走り】で持ち上げられるぐらいだからな。攻略組レベルの体重はなかっただろうが、どうだろうな……。あとでヨルコさんに聞いてみるよ。

 最後に誰が使ったか、わかるか?」

「……カインズ、てことになってるな」

「え!? それって……どういうこと?」

 

 出てきた答えに二人は眉をしかめるも、オレはすぐに得心がいった。

 

「犯人が残らないように細工したんだろう。動けないカインズに持たせながら首にかけた、とかな」

「……確かにそれなら、最終使用者はカインズだな」

「証拠を残さないため……。用心深い相手、てことね」

 

 そういうこと……。証拠は残さず、自殺に偽装する。劇場型の/自己主張の激しいレッドだと思いきや、肝心の部分は隠す慎重さを持っている。……厄介な相手だ。

 ただ、ロープからはあまり期待していなかった。重要なのは短槍の方だ。

 エギルに、問題の禍々しい短槍を手渡すと、慎重に【鑑定】した。コベリ付いた情報を読み出していく―――

 そして、出てきた答えは、

 

「―――プレイヤーメイドだ」

 

 やっぱり……。今まで見たことのない形状かつ、もしもNPCの店で売っているモノだったら、そこは間違いなく裏社会と大きく関わっているはずだ。むしろNPC由来だったのなら、レッドが犯人だとの証拠になってしまう、少なくとも的がぐっと狭まる。

 

「製作者は、誰ですか?」

「名前は【グリムロック】だ。……聞いたことねぇ名前だ。少なくとも、一線級の刀匠じゃないだろうな」

 

 商売せずに、ただ自分のためだけに武器を作る鍛冶屋が、いないわけではないが……。圧倒的少数だろう。それに、高レベルへと成長するためには、どうしても数を打たなきゃならないし他人と関わる必要もある。職人として極めるには、少なからず商人にならざるを得ない。

 聞いたことのない刀匠の姿に思いを馳せていると、エギルはまた首をかしげていた。

 

「……キリト、こいつを現場から持ち出してから、どのくらい経ってる?」

「まだ……一時間ちょっとかな」

「そうか……。微妙なところだな」

 

 どうした……。エギルが抱えている疑念が読めずにいると、教えてきた。

 

「俺の【鑑定】レベルだと、【血痕】から最後の攻撃対象と使用者をよみとれる。一時間だと【血痕】じたいは見えなくなっちまってるが、モノにはまだ残ってる。この手の【貫通継続ダメージ】使うモノならなおさらだ、【血痕】の偽装処置とか洗浄なんて簡単にはできねぇ。

 だから、俺には見えるはずなんだが……おかしんだよ。どっちもカインズになってる」

 

 カインズが自分で、自分の胸を短槍で刺し貫いた……。ロープと同じだ、まるで自殺したかのような証拠になっている。

 しかし、今は自殺するプレイヤーなんていないだろう。そうでなくてもモンスターに殺されるかもしれない毎日だ、絶望したのなら上層を目指す、高みの見物を決め込んでいる全ての元凶に会うためにも。……目的が明確なうちには、自殺など簡単には選べないはず。

 

「……カインズさんに握らせて刺したら、そうなるんじゃないのか?」

「ロープの場合とは違うだろう。アレはただ首にかけるだけでいいが、こっちは腹をつらぬかにゃいかん、おまけに硬い鎧もな。……どうしたって力がいる、握らせながらの無理やりでできるもんじゃないだろう?」

 

 確かに……。簡単に考えてしまったが、言われてみればソレが常識だ。誰だって/痛みの少ない仮想世界であっても、腹を刺されたくない、やらせないように抵抗する。

 よほどのレベル差/筋力値の差があったのなら、できるだろう。ただそれでも、手間がかかる。誤って少しでも触れようものなら、証拠としてバッチリ残ってしまう、握りづらい相手の手の甲ごしながらなおさら危険だ。

 悩まされると一つ、仮説が思い浮かんできた。

 

「カインズさんをその短槍に刺した、ならいけるんじゃないか?」

「……どういうことだ?」

「部屋のどこかに立てかけて固定しておいた短槍の穂先に、カインズさんをぶん投げたんだ。そうすれば、いけるだろ」

 

 これなら証拠が残る危険は少ない、方法としても比較的簡単だ……。逆転の発想、現実世界では色々と仕掛けをほどこさなければ難しいが、ここなら自前の腕力だけでいける。

 オレの仮説に、二人からの反論はなかった。が、その場面を想像してか嫌そうな顔をされた。……ついでに、そんな発想ができてしまったオレに対しても、いくぶんか。

 オレの人間性が疑われる前に/話を逸らしついでに、もう一つの短槍/犯人がオレに向かって投げたモノも見せた。

 

「コイツは、犯人がオレにぶん投げてきたものだ。圏内の障壁に守られたから、【血痕】はついてないけど……。お前のレベルで、前の使用者わかったりするか?」

「……悪ぃな。そこまでは極めてない」

 

 顔見知りで、今では腐れ縁と言ってもいい仲だが、パラメーターやらの命に関わるような個人情報を要求することはできない。ソレを絶対にやらない/守りぬくからこそ、信頼が成り立っている。その無理を押してのギリギリのラインなので、追求はできなかった。エギルも、あえて気にしていないように、簡単に答えただけ。……話の流れでの『図らずも』だったので、少々心が痛んだ。

 話の接穂に迷っていると、アスナが仕切り直してくれた。

 

「となるとまずは、グリムロックさんを探すところからね。中層域の人たちに聞いてまわれば、誰か知ってるかもしれない」

 

 骨が折れるが、地道にやるしかない……。ただ、面倒くさい以上に、時間がない。終わった殺人事件の捜査に手間取っている間に、第二の犯罪を起こされた無意味だ。犯人にその気を起こさせる前に、カタをつけなければならない。

 

「なぁエギル、お前中層域の顔役みたいなものだろ。詳しそうな奴の一人や二人、心当たりあるんじゃないか?」

「そう言えばそうよね」

 

 二人から、特にアスナからのおねだりに、エギルはたじろいだ。……オレ一人だけだったら突っぱねる選択肢もあったが、閃光様のご威光の前ではありえない。

 それでも何とか堪えようと/言いよどみ続けるも……観念した。大きくため息をつく。

 

「……人探しながら、『狐』に頼むのが一番だろうな。あの子なら、大概のプレイヤーを知ってるはずだ」

 

 エギルの口から零れ出たのは、オレも知らない二つ名だった。

 

「そういう情報稼業は、『鼠』の専売特許だと思ってたけど?」

「彼女でもいけるだろうが、人探しとなると『狐』の方が上手だ、個人情報についてもな。なにせ色々と、人の方から……寄ってくるからな」

 

 最後はなにか、奥歯にモノが詰まったような/含みのある言い方だった。とても言い難そうに、複雑そうな顔を浮かべている。

 

「攻略組じゃないわよね……。中層域の人?」

「ああ、詳しいレベルは知らんが、俺よりは低いはずだ。名前は……【ストレア】だ。お前さんぐらいの見た目の女の子だよ」

「ストレア? どっかで、聞いた名前だな―――……あぁッ!?」

 

 一つ思い至ると、思わず大声を上げてしまった。そして、おそるおそるエギルを見た。

 ようやく察してくれたかと、目配せで伝えてきた。本当にそうだったのかと、息を飲まされた。そしてチラリと、まだ何も知らず首を傾げているアスナを見た。……エギルがなぜその名前を出し渋ったのか、完全に理解した。危うく遅きに失するところだった。

 オレ達が以心伝心/暗黙の了解をしていると、さすがにアスナにも気づかれた。

 

「キリト君も、知ってるの?」

「え!? い、いや、まぁ……知ってるっちゃ知ってるんだけど、会ったことはないよ。会ったことはないからな! 噂としてだけだ」

「……有名人なの?」

「アスナほどじゃないよ。……なぁエギル」

 

 わざと話を振ると、余計なことを睨まれた。……彼女とタイマンを張るなんてオレには荷が重すぎる、死なば諸ともだ

 

「……俺も、フジノ経由で聞いただけだぞ。

 一緒にパーティー組んで、開店当初は盛り上げてもくれたらしい。今はどうだかわからないが、まだ繋がりはあるんじゃないかな」

 

 責任逃れしやがったな……。取っ掛りは本当かもしれないが、今でも詳しく知らないわけはない。嫌でも情報が集まる/使う商人ならば、知らないで済まされるはずもなし。

 視線で「この卑怯者が」と伝えると、エギルはどこ吹く風と知らんぷり。……まぁ、バラせばとばっちりを受けるので、オレ達だけの秘密だ。

 

「それじゃ、フジノさんに連絡してもらえば、会えるかもしれないってことよね?」

「まずはさ、ヨルコさんに聞いてみようぜ。そっちの方が早いはずだ。

 犯人がわざわざこの短槍を使ったのには、意味があると思うんだよ。カインズさんの友人だった彼女なら、グリムロックのことも知ってるはずだ。もしかしたら、居場所も知ってるかもしれないぜ」

「……確かに、そうね。ヨルコさんに聞くのが一番だわ」

 

 やったァ、うまく逸らせた……。未来の戦争を見事に回避した。ホッと胸の中で、安堵の吐息を漏らす。

 これで、アスナとストレアがニアミスすることは無いだろう、少なくとも今回の事件については。

 水と油たる彼女たちの化学反応が引き起こす悲劇に、遭遇しなくて済む。彼女たちに夢を魅せてもらっている人々へ事前に警告することができる。ほんの少しは、被害を抑えることができるはずだ。

 

「ただ……このグリムロックさんは、少なくとも、タダで話を聞かせてくれるタイプじゃないだろうな。もし情報料を要求されたら―――」

「交渉する必要なんてないわ。きっと、自分から話してくれるはずよ」

 

 でなければ―――。何も言わなかったはずだが、放たれた凄み/無垢な微笑みに震わされた。アスナさん怖い……。やはり、オレの選択は間違ってなかった。

 エギルも同意見だったのか、再度目配せして意志を固くし合った。

 

「そう言えば……【軍】の奴らが、この手の武器を大量に集めてたな。中層域の鍛冶屋連中にも作らせてるらしい」

「何のためにさ?」

「最近、『大砲』と『機関銃』を開発したらしくてな。遠距離からの射撃と爆撃でモンスターを一掃する。そのための弾丸として、使うらしいぞ」

 

 大砲に、弾丸か……。この剣の世界には似合わない言葉だ。

 それに何より、撃たれても怯まないし傷も少ない強靭な体と、コンマ数秒の反射速度と十数メートルを一足で詰めれる超運動機能の前では、重火器などほとんど役に立たない。盾まで使われたら金食い虫でしかない。……【弓】や【銃】を採用しなかった運営の判断は、間違っていなかった。

 

「へぇ……使えるのか?」

「そこまではわからん。前線じゃ難しいだろうな。

 ただ、魅力的っちゃ魅力的だな。危険は少なくなるし、安全だ」

「それはそうだけど……なんだか、卑怯な気がするわ」

 

 その通りではあるが、安全な方がいいに決まってる。死なないに越したことはない。

 この手の発想については、【軍】が一番進んでいるだろう。攻略組だと個々の力と何より意識が強いので、チームワークやらモノに頼るということが少ない。さらには順当通りに勝ち登ってきたので、安全な遠距離から敵を駆逐するなど受け入れがたい。……その拘りがいつか、悪い結果を引き寄せないことを祈るばかりだ。

 

「【軍】か……。そっちもそっちで、お話したくないな」

「そうだ! 【軍】といえば、お前さんの兄貴に頼ればいいんじゃないか。

 【コウイチ】なら、俺なんかよりも顔は広いし、初対面の『狐』よりはずっと聞きやすいだろう? 犯罪捜査なら進んで協力してくれるはずだ」

 

 名案だとばかりに提案してくるエギルに、オレはあちゃ~と、頭を抱えた。……何という地雷を踏んでくれたんだ。

 恐る恐るアスナへと目を向けると……予想通り、ムッと顔をしかめていた。彼女自身ずっと避けてきた問題。

 しかし、すぐに不満気は消して、丁寧に断ってきた。

 

「……ごめんなさい。この件は、私たちだけで解決したいので、兄さんには関わってもらいたくないんです」

 

 無碍にも却下されたエギルは、しかし、ソレ以上は追及できず。アスナが無言で放っている『これ以上踏み込むな』オーラに退かされた。

 そのあまりの圧力ゆえか、不用意にも地雷原に踏み込もうとしたことに気づいた。

 

(……何か俺、まずいこと言っちまったか?)

(いや、しごく真っ当な意見だよ。お前に問題はない)

 

 アスナが危惧しているのは、コウイチが事件解決以外を求めた場合だ。奴はアスナとは違い、正義を遂行するよりも統治を優先する。プレイヤー全体にとって利益があるか無いかで決定する。なので最悪、犯人を隠すなんてことまでやりかねない。……実際、奴はレッドと繋がりがあるのではないかと、もっぱらの噂だ。

 オレも、どちらかといえばコウイチよりの考えだ。ビーターなんて役目を背負っているのがその証拠になるだろう。ただ、役柄そのものが公共の利益に繋がっているためか、いくぶんか個人的に/勝手に振る舞える。虚仮にしてきたレッドを逃がしてやる道理はない。

 なので、あえて彼女の地雷原に踏み込んだ。

 

「……アスナ、オレもコウイチに聞くのは賛成だ。アイツなら知ってるはずだしな」

「ッ!? キリト君、でも―――」

「たぶんだけど、もう事件のことは知ってるんじゃないか? こっちにその気がなくても、向こうは必ず関わってくる。だったら……な」

 

 知られているとわかっているのなら、先制攻撃するべし……。前線の戦闘の基本スタンスを、思い重ねさせた。

 ギリリと歯噛みされるも、ぐっと堪えた。私情と今やるべきことの区別はちゃんと付けられるからこそ、フロアボス攻略会議の議長にもなっている。

 飲み込んでみせると、

 

「……わかった。でも私、兄さんの思い通りにさせるつもりはないから」

 

 オレに向かっての宣言、だが、ここにはいない兄に向かってだろう。

 オレも同じくだ……。目の前で見殺しにさせやがった犯人を、そう安々と諦めることはできない、誰にも邪魔されたくもない。ヨルコさんのためにも、しかるべき報いを受けさせたい。

 

 エギルから聞きたいことは全て聞けた。後は、足を使って調べるのみ。

 

「手がかりにはならないとは思うが、いちおう武器の固有名も教えてくれ」

「えぇと……【ギルティソーン】だな。罪のイバラか?」

 

 何かしらの病を感じさせる名前だが、しっくりはきている。まさにこの形状の禍々しさを表す名前だ。ただ、本来の持ち主にこそぶつけなければならないモノだろう。

 

「それじゃなエギル、カタがついたら教えるよ」

「忙しいところ、お世話になりました」

「気にすんな、できるだけ早く終わらせてやれ」

 

 最後に感謝を告げると、エギルの店から出た。

 

 そして、次に向かうべき場所/確認すべきこと、第一層へ行くために【転移門】へと向かった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 エギルの店から【転移門】へ、第一層の【はじまりの街】まで下降転移した。

 幾千もの星々が瞬いている、宇宙空間にも似た【転移門】の中から街へ、一際大きな輝く星の一つをくぐり抜けることで外に出た。

 あまりの白光から徐々に目が慣れていくと、そこは―――懐かしい【はじまりの街】が広がっていた。

 

 一階層/【はじまりの街】。現在のオレたちにとっては、一歩でも外にでたら窒息死してもおかしくない最下層。だが、例外的にここだけは『下層病』が起きない、どれだけレベルが上がっても支障はない。ただし、圏内の中だけだ。

 目的は【生命の碑】の確認、【グリムロック】の生死の有無。生きているか死んでいるかは、簡潔にだがどんな死に様だったのかまで、ここでハッキリとわかる。逆に言えば、その場に遭遇していなかったとしても、ここで明確にわかってしまう。

 必要なアイテムやクエストはなかろうとも、弔いのために頻繁に人が来る。それゆえにか、例外的に『下層病』がない街であり、物価も土地の値段も最も格安だ。どれだけ上に登ろうとも節約のため、ここにホームを持ち続けるなんてことで賑わっていた。しかし今は……

 

「前来た時よりも、寂しくなってるような気がする……」

「一年前まではまだ、けっこう賑わってたはずなのにな……」

 

 人自体が少ない、待機組やリタイア組すらいない。夜の街のNPC達は家の中なので、完全に無人になっている。それゆえなのか、どんよりと重々しい空気が立ち込めていた。街自体の風景も、灰色に染まっているように見えてしまう。その空気が自分たちにも染み込んでくるかのようで、嫌な気分にさせられる。

 理由はわかっていた、最近【軍】が『夜間外出禁止令』を出したからだ。無断で外に出ると、巡邏の軍人たちに補導させれてしまう。元々、無気力気味だったここの人々は、簡単に【軍】の強制に従った。

 

「仕方がない、ことなのよね……。10層以下のフロアはほぼ全部攻略しつくしたし」

「経験値稼ぎができなければ、ここでしか取れないアイテムなんてない。平均レベルも上がったから、『下層病』でますます……か」

「人がいないフロアもいるぐらいだし。むしろ、いるだけまだマシなのかもしれないわね」

 

 誰もいない/NPCだけが徘徊している街は、ここ以上の寂しさがある、かつてプレイヤーがいたとの記憶が残っていればますます。……どんよりとした暗さすら無くなると、生命力を感じさせない寒々しい清潔感が蔓延る。

 【軍】には良い印象を持ったことがないが、彼らがいなかったら下層は、もっと裏寂れた場所になっていたかもしれない。この【はじまりの街】も、ただの墓所になっていたかもしれなかった。

 ここの夜気に当てられてか、互いにしんみりしてしまった。まさに墓参りに来たプレイヤーの気分になっていた。……調査だけのつもりだったが、墓参りするのもいいかもしれない。

 そんな厳粛な静謐を、遠間からガシャガシャ近づいてくる足音がぶち壊してきた。

 

「―――お前たち、こんな時間に出歩くなんて、何してるんだ!」

 

 ダークグレーのフルプレート装備の男達/【軍】の巡邏兵たちが、目ざとくも見とがめてきた。

 

「……ああいう奴らでも、か?」

「居ないよりかはね。……この場所に相応しいかは、別として」

 

 雰囲気がぶち壊されたことにゲンナリし合っていると、巡邏兵たちが傍までやってきた。夜間外出禁止令を破っている悪童たちを補導せんと、ボックスまがいの囲い込みで威圧してくる。

 レベルも装備も圧倒的にこちらが格上、ではあるだろうが、全員が同じようなフルメタルの全身鎧かつ統率されてるっぽい動きには、言い知れぬ威圧感がある。事情を組んでくれなさそうな冷厳さにたじろいでしまう。

 しかしそれは、一般プレイヤーの話。隣にいる攻略の鬼には、通用しない。

 

「【血盟騎士団】のアスナよ。戦友の墓参りに来たわ」

 

 戦乙女然とした凛々しい宣言/ソレらしい嘘に、軍人たちの方がたじろがされた。閃光様のご威光に、オドオドと恐縮してしまっている。

 

「し、失礼しました。攻略組の方とはわからず、つい……」

「わかったのなら、もういいかしら?」

 

 さっさに消えて……。これから3日間は夢に出そうなほど、冷たい眼差しを向けた。怒りと嫌いの沸点を越えてしまい、近づかれるのすら穢らわしいと言わんばかり。

 オレなら、平謝りに半べそかきながら退散するだけだったが、軍人たちはギリギリ踏みとどまってきた。

 

「……申し訳ありませんが、付き添わせてもらいます」

「必要ないわ」

「そ、そうはいきません。なにぶん……規則ですので」

 

 軍人たちの常套文句を告げると、アスナからさらなる絶対零度の視線をぶつけられた。

 思わず、「ひぃッ!?」と悲鳴を上げそうになった。余波のオレですら鳥肌がたった、モロに受けた軍人たちはカタカタ震えていた。

 

「戦友を悼みに来たのよ? 部外者に近寄って欲しくないわ」

「そ、それは……ご心中は察します。ですが、アポイントされていない急な来訪で、しかもこの時間帯ですと、墓参りというのは少し……」

 

 疑わしい……。最後まで言おうとしたが、アスナの視線に耐えられず尻すぼみになった。

 

「私がいつ誰と墓参りしようが、あなた達には関係ない、自由なはずでしょ? それに……申し訳ないけど、ここで取れるようなアイテム、前線じゃ使えないわよ」

 

 軽蔑とも取れる発言だったが、事実でもある、攻略組のアスナの口から出たのなら。

 軍人たちの目の色が変わった。軽蔑であると強く受け止めたのだろう、怯えが幾分か払われてた。

 

「どうしてもと、言われるのでしたら……。ここでの起きた事を報告させてもらいます」

 

 軍人たちの婉曲の脅し文句に、今度はコチラが黙らされた。

 攻略組の代表/【騎士団】の副団長たるアスナが、率先して真っ向から規則を破ったとなれば、【軍】へのあからさまな挑発行為とみなされる。そうなってしまえば今後、【軍】から前線への補給に色々とケチがつく。値段を上げるようなあからさまなマネはしないだろうが、交渉には確実に響く。または、中層域で頑張っている/【軍】の庇護下にある人達に何らかのしわ寄せがされるかもしれない。……どんな影響が出るのかわからないが、悪影響であることはわかっている。

 アスナはその重責に怯みそうになるも、構わず立ち向かおうとした。

 

「構わないわ。好きにすればい―――」

「ああ、わかったわかった! そんなについて来たきゃ、ついて来いよッ!」

 

 オレの方が耐えられず、慌てて横から割り込んだ。

 急な差し手に驚かれるも、軍人たちはホッと安堵を、代わりにアスナから凄い目で睨まれた。……今後の良好な関係が危ぶまれそう。

 なので、オレは味方だと訴えた。

 

「ただし! 彼女は言ってみれば、オレ達攻略組のアイドルみたいなもんだ。いや! プレイヤー全員にとってとも言っていいだろう。

 そんな、超人気のトップアイドル閃光ちゃんにだ、お前らは権力振りかざしてまとわりつくわけだ。彼女はこんなにも嫌がってるのに、強引にな!」

 

 バッと大仰に、アスナへ手を向け注目させた。

 困っているのにみんなの為にも精一杯頑張ってる姿を見ろと、自分たちがどれほどの悪行をしているのかと、リアルで同じような目に遭ってきたはずではなかったのかと、思い出せと、力強く訴えた。……実際の困惑ぶりは、オレの意味不明さが原因だろうが。

 

「……それが、なんだと言うんだ!」

「おいおい、シラばっくれるなよ変態ども。オレには全部わかってるんだぞ!」

「なッ!? なに言って―――」

 

 ピシリッと、今度は軍人たちに指を差し向けた。そして、いきなりの意味不明動作ゆえに、思わず黙らされた。

 その機を逃さずチッチッチと、煽るように口の端を歪めた。

 

「スクショとかも無断で撮る気なんだろう? それで彼女のポスターとか抱き枕とかフィギュアとか作る気なんだろう? ここじゃ等身大で喋るフィギュアだって簡単に作れるからな。NPCを調教してマスク被せれば完璧だ。

 夜には部屋で、あんな事やこんな事して、しまいには興奮のあまり裸になって―――」

「ちょぉ、やだッ!? やめてぇッ!? 何言ってるのよキリト君!」

 

 オレの妄想事を、アスナが全力で止めてきた。そして、両手でしっかり体を抱きながら/身震いしながら、軍人たちへ心底からの恐怖を向けた。

 ソレを浴びせられた軍人たちは、今度こそ言葉を失った。誤解だとの弁解も出せずに固まってしまった。……ただの一方的な偏見でしかなかったが、そんな疚しさが心根に確かにあったのかもしれない。

 

「……報告すれば、オレ達はそんな風に捉えちまうぞ」

 

 怖いぞぉ、アスナのファンたちは、実力持ってる奴ばかりだから惨殺されるかもしれない……。そしてまずいぞぉ、キモヲタのレッテルは、リアルの無力さを思い出してしまうことだろう。公権力の虚飾は、いとも容易く剥がれ落ちる。

 軍人たちは、オレが言わんとしてた未来を理解してくれたのだろう。オロオロと、どうすればいいのか怯えだした。……これでもまだ、組織への裏切りの報いは近しく現実的なのだろう。

 なのでラストアタック、退散させるに足るブラフを放った。

 

「言い忘れてたけど、アポイントは取ってたはずだぜ。でも、お前たちが知らないってことは、何処かで滞ってるのかもしれないなぁ。……明日の早朝あたり、管理部に確かめてみたらいいんじゃないかな?」

 

 きっと、そういうことになっているはずだ……。嘘は真になれる、後で帳尻を合わせればいいだけだ。

 あからさまな規則破りにアスナから眉をしかめられるも、軍人たちコレ幸いとばかりに食いついてきた。

 

「……そ、そういうことなら、仕方がないな。

 くれぐれも、不審なマネだけはするなよ―――」

 

 最後にそう注意してくると、そそくさと退散していった。いそいそと離れていく―――

 

 

 

 

 

 軍人たちが完全に見えなくなると、ようやくアスナが口を聞いてくれた。

 

「別に、あんな嘘つく必要なんてなかったのに……」

「わざわざ波風立てる必要もないだろ? それに何よりだ、コウイチに会わなきゃならない理由ができた」

 

 こうでもしなかったら、アスナは会いに行こうとはしなかっただろう……。偶然だったがでっち上げてみせたオレの意図に、アスナは目を丸くし、続いて睨みつけてきた。

 

「わざわざ、貸りを作りに行くなんて……」

「『貸り』なんて考えんな、『頼む』だけだよ。……兄妹なんだから、そんなことは当たり前のことだよ」

 

 わかってくれない妹に、兄貴の気持ちを代弁してみせた。……兄貴というのは、妹に頼られてこそなれるものだ。対等な関係になられると、存在意義が揺らいでしまう。

 伝わってくれたのかどうかはわからないが、ムスりと顔をしかめられた。

 

「……まるで、妹がいるみたいなセリフね」

「ああ。言ってなかったがオレ、妹いるんだよ、義理のだけどな」

 

 簡潔ながらリアル事情を打ち明けると、アスナは目をパチクリした。

 これでオレの言葉でも、幾分か説得力があるはずだ……。いつものお返し。得意げな顔を向けようとしたら、予想外にも、

 

「そっか……。キリト君、お兄ちゃんなんだ」

 

 怒りを収める以上に、羨望めいた眼差しを向けられてしまった。

 いつもお姉さんぶってくるのに、今は妹めいた可愛げある表情。あまりの落差に、ドギマギしてしまった。「お兄ちゃん」という言葉にも、ゾクゾクさせられるものがあった。何なんだよ、急に……

 

「……じ、邪魔者は消えたし、さっさと用事済ませて上に戻ろう」

「うん!」

 

 素直に頷いてくるアスナをまともには見れず/顔を見せられず、そそくさと先を急いだ。……今はもう、墓参りという気分にはなれない。

 

 

 

 

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 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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