偽者のキセキ   作:ツルギ剣

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中間層 肆
圏内事件


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 悲鳴につられて、やってきた広場で目にしたのは、信じられない光景だった。

 教会らしき石組みの建物の二階から、フルプレートを着込んだ男が一人、首を吊っていた。その胸に深々と、短槍を貫かれながら……

 

 一瞬、何が起こっているのか真っ白になった。目を疑う。広場に集まっている十数人のプレイヤーも、街のNPC達ですら同じく。ただ、ブラブラと吊るされている男を見上げていた。

 アレは本当に、現実なのか……。隣のアスナですら、あまりの異常にポカンとなってしまっていた。趣味の悪い、パフォーマンスかなにかにしか思えない。いったい何やってるんだアイツは……。

 しかし、フルプレ男の苦しそうにもがき呻く様子が目に映って、ハッと我に返った。

 

「何してる、さっさと抜け!」

 

 吊るされている男に向かって、叫んだ。

 現実世界ならば、首吊りは致命的だ、あの高さで自重ならまず生きられない。だが、この仮想世界では/特に【アンチクリミナルコード圏内】では違う。首を締められれば窒息するものの、その先にあるのは死ではなく【気絶】だ。水の中に長く浸かっていても同じ現象が起きる。強烈な衝撃を受けてもHPは微塵も減らないが、代わりに意識がブラックアウトする。その間、本人は強制的に眠らされ人事不肖になる。が、しばらくすれば回復する。

 問題なのは、胸に刺さっている短槍の方だ。

 痛そうな逆刺でギザギザとしている黒い短槍、胸を貫通している。男は今【貫通継続ダメージ】に陥っているはずだ。あのままではHPが危ない……。そもそも、刺さっている現実が異常ではあるのだが、今はとにかく助けなければ。

 男はどうにかして抜こうとするも、力が入らず。手に力をこめると首が締まり、意識が遠のいてしまう。足掻くたびに段々と、力が抜けていく―――

 

(ダメだ、間に合いそうにない―――)

 

 足のポーチから、投擲用のピックを取り出した。買い換えた新品/掌サイズの銛、コレにも【貫通継続ダメージ】効果があるが、重要なのは打点が広いということ。当てることができれば、ロープは切れる。

 しかし、狙いを外したらどうなる? この距離と位置だと精密射撃は難しい。もしも彼に当たったら……。ここは【圏内】だからありえない。が今、目の前でありえないことが起きてしまっている。

 逡巡していると、アスナが行動した。

 

「君は下で受け止めて!」

 

 指示すると同時に、教会の中へと駆け込んでいった。

 ハッと、迷いから覚めた。

 

(オレは何を、現実みたいに考えていたんだ……)

 

 オレはプレイヤーだ、ここは現実世界じゃない、まだ方法はあるじゃないか。

 腰を落として足に力を溜め、息を整える。

 全身の力を収束させると、一気に―――爆発させた。

 クラウチングスタートからのダッシュ、弾丸のように発射した。全速前進―――

 

 群衆をスイスイ抜けながら、助走距離を一気に走り抜けた。そして、教会の壁にぶつかる……。

 衝突する寸前、足を壁に乗せた。無理やり直角にベクトルを変換する、そしてそのまま、駆け上っていく―――

 【壁走り】―――。【体術】の移動技。

 熟練度と助走次第で、十数メートルの切り立った壁すら駆け登れる。この程度の教会/たった2階程度の高さなら、簡単に駆け上ることができる。

 教会の正面の壁を駆け登った。吊るされた男の元まで一直線に、最短距離で救出しに行く―――。

 

 吊るされていた男は、壁を走ってきたオレに驚いた。朦朧としているであろう中、目を丸くしているのが見える。

 駆け上りきると、体当りするように男を抱き掬い上げた。そしてそのまま、ロープが繋がっている室内の中へと入り込む。

 これで窒息は回避だ……。あとは、すぐにこの短槍を抜いてしまえばいい。吊るされていた男のHPはまだ残っているはずだ。

 しかし、

 

 

 窓枠に足をつけ中に入ろうとした直後、第三者と目があった。

 

 

 

 深々とかぶったフードで、顔を隠している。背丈はオレよりも少し高そうだが、男女の区別はつけられない。ゴツゴツとした違和感はないので、コートの下は軽装だろう。

 驚きで一瞬、目をパチクリした。……してしまった。

 完全に虚をつかれた。

 

 そんなオレをみてか、フードの下からニヤリと……笑った。

 

 ゾクリと、背筋が凍った。全身が警告を鳴らす。

 やばい―――。すぐさま臨戦しようとするも、間に合わなかった。

 オレよりも一手早く、フードの誰かは、吊るされた男に刺した短槍と同じモノを取り出していた。そして、ソレを振りかぶり……投げつけてきた。

 オレ目掛けてブンッと、頭を吹き飛ばす勢いの大砲―――

 

 ここは【圏内】だ、ダメージなど喰らわない……。そんな常識が一瞬だけよぎるも、直感が警鐘を鳴らした、顔面攻撃への恐怖もあったのかもしれない。

 たがいに衝突し合ってしまい、硬直してしまった。避けられない……。

 なのでギリギリ、片腕で防御した。短槍がぶつかる間際に、腕を割り込ませた。

 ゴンッと、重い衝撃が腕に揺さぶった。【圏内】の不可視防壁が、敵の攻撃から守ってくれた。しかし、予想していたのはグサリだった。完全に意表をつかれてしまった。

 踏ん張りは効かず。そのまま教会の外へと、押し出された―――

 

(しま―――)

 

 窓の外/空中、足場などないので落下させられるだけ。

 吊るされていた男はどうなる? わからない。もう自力で抜き出せるはずだが、敵がさせてはくれないだろう。アスナが間に合ってくれればいいが……望み薄だろう。

 

(ならせめて、逃がさない―――)

 

 袖口に仕込んでいたワイヤー付き特殊ピック/クナイを、所定の指の動作で素早くセット/握った。投げ飛ばされた不安定な空中なれど、標的は真正面で動いていない。余裕の態度から動く予定もない。当てられる―――

 体の捻りと腕の筋力を駆使して、投げた。シュンと空を切る。

 犯人に向かって、クナイを投擲した。

 

 犯人は、飛んできたクナイ/オレの反撃に目を丸くしていた。避けることはできない。

 お返しとばかりに、犯人の顔面に飛ばしたクナイ。これなら刺さるか、せめて鼻っ柱を折ってやれるはず……

 しかし―――カンッ、小気味よい音が響き渡る。

 弾かれた……。犯人に当たる寸前、オレと同じように/不可視のバリアに阻まれてしまった。

 

 無残に落ちるクナイ、ソレと変わるように、犯人の崩れなかった余裕の笑みを見せつけられた。

 そして、いつの間にか用意していたのか転移結晶を取り出し、呪文を唱えだした。空中では声は微か過ぎて聞こえない、落下中では唇もよみきれない。

 犯人の体がライトエフェクトに包まれ―――消えた。転移されてしまった。

 

「…………くそ!」

 

 歯噛みさせられながらも、空中で猫ひねりした。危なげなく地面に着地する。

 遅れて、犯人がぶつけてきた短槍が落ちてきた。

 

 

 

_




 短かったですが、ご視聴ありがとうございました。

 例え【圏内】であろうとも、首を吊って何ともないというのは、リアリティに欠ける気がする。ので、HPは減らないものの【気絶】してしまうと変更させてもらいました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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