偽者のキセキ   作:ツルギ剣

65 / 111
64階層/マーテン 顛末、そして事件へ

_

 

 

 

 ガヤガヤとそれなりに混雑している店内、57層の主街区【マーテン】にあるレストラン。混む時間帯をワザと外したお昼寝タイムだったが、客が多くて驚かされた。そのほぼ全ては、プレイヤーではなくNPCではあるのだが、やはり落ち着かない。

 なにせ、向かいに座っているのが、あの『閃光』なのだから……。

 

 昨日、強制的に交わされた約束を無理やり果たされている。

 別れてからのいきさつ、リズと何があったのか、なぜ63階層のボス攻略に来なかったのか等々……。色々と詰問/小言を食らわされたので、ちょうどいい。長い話になるのでどうせならと、食事に誘った。

 初めは自分でも、ナイスアイデアだと思った。一度彼女の怒りに火がついてしまうと、何を言っても論破される、「で?」ととにかく押される。なので、前に交わした約束を急遽思い出し、食事へと誘導した。美味しいものを他人の奢りでめいいっぱい食べれば、どんな怒りでも長続きできない。怒りの感情と空腹感は、根が同じだから。だけど……甘かった。こと彼女に対して、特に二人きりという状況設定がもたらす影響力の半端なさを、見誤っていた。

 レストランまでの道のり、やたらと周囲の視線が痛かった。物理的に胃がチクチクした。出会うプレイヤー達は必ずと言っていいほど見てくる、ただし視線は合わせないようにヒソヒソと、彼女とオレを見比べて首をかしげる、あるいは眉をひそめる者も。ハッキリ言われずとも、気持ちはしっかりと伝わっていた。……オレが彼らの立場だったら、同じことを思ったことだろうし。

 精神のHPをガリガリ削られながら、せめてみすぼらしくはないよう背伸びしながら歩いた。

 到着してからも、毒は続いた。店内にはプレイヤーの数は少なく、オレ達の入店を見てさらにいなくなった。なのに、どこかから彼らの視線が突き刺さってくるような気がして仕方がない。あるいは、ただの残像か、NPC達に伝染でもしたのだろうか。……『閃光』の名前はNPC達にも知られているので、もしかしたらそうなのかもしれない。

 

 食事でお怒りを宥めながら、同時に嬉しそうに舌づつみを打っている笑顔を堪能しながら、これまでのいきさつを説明しきった。

 

「―――と、言うわけさ」

 

 情けない話だ……。長々と喋っていたので喉が渇いた、注文していたドリンクを飲む。

 

 【軍】の恐喝に負けた。リズベットが作ってくれた最高の一品を、オレの愛剣にも負けない魔剣を、奪われてしまった。命懸けの冒険を無駄にしてしまった。何より、彼女の大切な想いも……。

 人の命には変えられない。犯罪を楽しむ人でなしならいざ知らず、規則に忠実なだけの怠惰な奴らは、まだ人だと言える。今ここでオレだけが未然に防げるのなら、やるしかない。例えすこぶるマイナスであったとしても、殺人よりはマシだ。

 ただ、オレだけが泥をおっ被るのならいざ知らず、リズベットにも強制してしまったのは悔やまれる。もっといい方法が、もっとオレが用心深かったのなら、もっともっと力があったのなら、あんな悔しい想いをさせずに済んだのに……。思い返すたびに、無力感にしょげてしまう。コレがソロプレイの/オレの限界なのかな……。

 後悔を悟られないように、ズズズと飲み干した。

 

「本当に、ドラゴンはいなくなってたの?」

「というか、クエスト自体がなくなってたよ。どうやっても誰がやっても、再開しない。

 ただ、【狭間】にあった洞窟は残ってた。だから、そこで採石すればあるいは……な」

 

 難しいが、可能性がないわけじゃない。アレがドラゴンの○ンコなら、食べていたのは周りの水晶ということになる。ならば後は、どうやって精製するかだけ、ドラゴンの消化器官で行われたことを再現すればいい。……鍛冶屋と錬金術師たちの奮闘にかけるしかない。

 アスナが顔を曇らせた。薄すぎる可能性に、胸の内でため息をついていた。……彼女もまた、攻略組の一員として/最強ギルド【血盟騎士団】副団長としても、★6の金属は魅力的に映ったのだろう。

 魔剣持ちを多数抱えている彼女たちは、60層以降の攻略に対してそれほど揺るがされてはいない。むしろ、他ギルドが変更を余儀なくされてしまったが故に、攻略組トップの地位をさらに強固なものにしていた。ただそれでも/ソレがゆえに、少数精鋭の中規模ギルド以上への成長が妨げられてしまった。ただでさえ狭き門戸だったのに、魔剣まで加わり実質閉ざされた。今はトップの輝きに覆われているが、長続きできるかどうかは……難しい。魔剣の安定生産は、彼女たちこそ必要だった。

 

(そこの事情をもっと理解していたら、巻き込んでどうにかできたかも、しれなかったのになぁ……)

 

 女々しくもまた、後悔に沈まされる。……まだ暫くは、このまま悶々とさせられ続けるかも知れない。

 オレも胸の内でため息をついていると、すぐに切り替えれたのか、なぜかオレの様子を微笑ましそうに見つめてきた。

 

「それじゃ、そのエリアは、君とリズだけしか知らない秘密の場所、だね」

「……まぁ、そういうことに、なるな」

 

 意図がわからず、ただ頷きだけしか返せないと、アスナはさらにニコリと笑みを深めた。

 不思議な笑顔に何か、ソワソワとさせられる。何か話題を振らねばと、アタフタしていると……アスナの腰の魔剣に目が止まった。

 

「アスナのその細剣、リズが作ったものだったんだよな」

「そ。はじめはただ、ちょっとだけ良い性能の細剣としか思っていなかったけど、まさか魔剣だったなんてね。リズも驚いてた」

「どうやって作ったんだ? やっぱり、偶然の産物だった?」

「そうなのか、と思ってたけど……もしかしたら、使い続けてきたモノだったから、かな?」

「使い続けてきた、て……?」

「コレ、リサイクルして作ったものなの。前に愛用してた細剣を鋳潰して金属に変えてから、新しい金属を継ぎ足したものなのよ」

 

 なるほど、だから使い続けてきか……。わざわざ、手間のかかる方法を取り続けてきた。

 新しくて強いモノを見つけたら、古いものは売って金に変えるのが一般的だ。トレードに使う場合もあるが、そこからプライベートの情報を抜き取られてしまう恐れがあるので、迂闊にはしない。刻まれた履歴を『洗浄』してから、信頼できる商人に処分してもらう。NPCの商人でも構わないが、秘密を守れる信頼関係を築いたり維持することも難しいので、用心深いプレイヤーはやらない。時間がない時は、強酸かマグマの中かフロアの外縁部から空に捨てる。

 今まで使ってきた装備品に、愛着がないわけではない。度々命を救ってくれた相棒だ、無碍に扱うことなどない、常にメンテナンスを欠かさない。だけど、オレ達は頂上を目指さなくてはならない、もっともっと強くならねばならない。何もかも背負っていけば、上になど登れないしすぐに破綻する、進むためには何かを捨てていかねばならない。合理的であらねばならない。……装備品は、取っ替え引っ替えしていく必要がある。

 

「ソレが条件、て確かな証拠はないんだけど……もしもそうだったら、納得できる気がするの」

 

 愛おしそうに優しく、己の細剣に触れながら言った。

 セオリーを無視して、あえて繋げ続けてきた結実。

 彼女のことだ、リサイクルしたのは前のモノよりもずっと前からだろう。もしかしたら、初期装備からだったのかもしれない。攻略のターボエンジンたる彼女は、最も合理的に見えながら、その実/一部においては最も非合理な方法を貫いてきた。矛盾の軋轢を耐えてきた。そのこだわりの賜物が……ソレだったのだろう。

 オレにはオレのこだわりがある、これからもやはり取っ替え引っ替えだろう。彼女のソレを全面的に支持することはできない。が……心情としては、同感だ。最後の最後、神様みたいな奴にどちらが正しいのかと問われたら、間違っていたのはオレの方であって欲しいと思う。

 

「……そうだな。『攻略の鬼』の言葉とは思えないけど」

「やめてよ、キリト君まで! ……私、そんな風に言われるほど厳しくしてきたつもりは、ないから」

「自覚できてないから言われてるんだよ」

 

 おちょくるとムスリ、顔をしかめられた。……先日よりかは少し、受け入れられているのかな。

 

「ところで、何で二本目の剣が必要だったの? 君が今持っているモノの耐久力なら、予備なんて必要ないよね?」

 

 それとなくはぐらかしていたのに、突っ込んできた……。それでもやはり、彼女に真実を告げるわけにはいかない、魔剣を手に入れられなかった今ならなおさらだ。……話したら彼女は、オレよりも早く/どうにかしてでも手に入れてくれる気がして、怖い。

 少し迷いながらも、用意していた言い訳を出した。

 

「……コレ、攻撃力はあるんだけど重さもかなりあって、連撃とか技の繋ぎが難しいんだ。だから、もっと軽くて、刺突に偏らせたモノが欲しかった」

 

 半分ホントで半分嘘……。アスナも「ふ~ん」と同じような態度。……リズから剣のパラメーターを詳しく聞いてくれていなくて助かった、アレはオレの愛剣と似たような作りだから。

 

「剣でなくちゃいけない理由は、何なの? 小盾とかでもいいはずよね、パリィも狙いやすいし」

「パリィについては、それなりにいい篭手付けてるから問題ないよ。片手を開けてるのは、スピードを重視したいってのもあるけど、【体術】混ぜたいからだよ。……対人戦だと、超近距離も考えないといけないからな」

 

 口に出してみると、自分でも納得した。

 モンスター相手にはほぼありえないが、対人戦では鍔迫り合いが起きる。実力が伯仲すれば必ず起きてしまう。通常、武器を使いこなせている相手に【体術】単品の攻撃はほとんど使えないが、その場合は別だ。対人戦を常に想定しかつ勝たねばならないオレとしては、必須の構成だ。

 オレが言外に含ませた意味を察してくれたのか、アスナもそれ以上突っ込まずに下がってくれた。

 

「まぁ、これ以上聞くのはマナー違反だしね。そういうことにしておいてあげる」

 

 助かります……。胸の内でほっと安堵した。

 言い終わるとアスナも、注文していたドリンクに手を伸ばしズズズ、飲んだ。

 

 飲み終えたあと、一瞬ためらいを見せるも、意を決して口を開いた。

 

「……前に話した件については、考えてくれた?」

「ギルドへの参加?」

「君なら、うちの審査は余裕でパスできるし、来てくれると嬉しい」

 

 簡潔ながらも心のこもったお誘いにドキリと、勘違いしそうになった。……個人的な話でなくて残念だ。

 返答は……迷った。前ははぐらかしたが、今回はそうはいかない。誘われている内が華でもあるので、焦らせるのもここまでだろう。【血盟騎士団】に加入すれば、攻略は楽になるし何より身の安全が格段に増す、切り札を十全に使えないのだからなおさらだ。だけど……オレが背負った責任が、ソレを許してくれるとは思えない。

 

「ゴメン、話はすごくありがたいけど、断るよ。オレはソロでいい」

「……もう、君だけが無理する必要は、ないんだよ?」

「そうだな。もう、オレがビーターなんてさ、さすがに皆わかってるだろうからなぁ……」

「だったら―――」

「でも、万が一のことを考えとかないといけない。万が一、誰かが責任をかってでなくちゃ事態を収拾できなくなった場合、『ビーター』がいれば簡単だろ?」

 

 緊急時のための備え……。できるだけ気楽そうに説明すると、何か言い返そうとしたアスナはグッと堪えて、歯噛みした。

 

 オレが本物の『ビーター』かどうかは、もうどうでもいい。それらしい行動をして立場にいればいいだけ、その全てをできるのならばオレでなくてもいい。初期にあった必要悪としての要素は薄れていた。

 代わりに今、『攻略組』という一団にとってなくてはならない柱となっている。ゲームクリアだけに邁進する自己中心的なソロプレイヤー/ビーター像は、攻略組一人一人が内に抱えている業だ。しかし、助け合わなければゲームクリアも生き残ることすら難しいという現実もある。矛盾を抱えてしまうとすぐに破綻してしまうので、誰か一人に象徴になってもらわないといけない。一度壊れたら、たちまち飲み込まれてしまう。この世界に、自分たちの恐怖に、ゲームクリアを阻止する全てに……。

 そんな損な役回りなど、誰もすすんではやりたくないだろう。始めた/今では慣れてもいるオレが、続けるべきだ、できることなら最後まで。

 

「オレには、オレにしかやれそうにない役目があって、ソレを優先したいって話しさ。……アスナが攻略組に、プレイヤー全てに必要とされているのと、同じにさ」

 

 自分にとって、最も自分らしくなれる場所。そこが例え最も辛そうな場所であったとしても、嘘はない。この何もかも偽りの世界を突き破るには、真実を貫かなければならない、オレ自身であり続けなければならない。オレは幸いなことに、ソレを見出すことができた……。ここまで格好はつけられない。

 だが、言いたいことはちゃんと伝わったのだろう。あるいはアスナも、同じ気持ちを内に秘めていたのか。ソレ以上は追求せず、ただ少しだけ悲しそうな顔を垣間見せると、すぐに顔を上げた。

 

「……ゴメンなさい。私、自分のこと棚に上げて、君に背負わせようとしたんだね」

「アスナにそう言ってもらえるのは、光栄なことさ、ここを出たら背中に気をつけなきゃならないぐらいにな。……ただ、今のオレには少し、荷が重すぎる」

 

 口に出してみると、我が事ながら苦笑してしまう。

 自己中心的なソロプレイヤーであるビーターなのに、他人のことを慮って目の前の超美人のお誘いを断らざるを得ない。煙に巻くように、責任を説くなんてどうかしてる。……オレは本当に、ビーターであるのかどうか疑わしい。

 それでも、アスナは納得してくれたのだろう。むしろ晴れやかになったように見えた。

 暗くなっていた空気を、ふたたびの笑顔で一掃した。

 

「あぁ~、美味しかった。ご馳走さま!」

「こちらこそ。お口にあったようで嬉しいよ」

 

 色々と危うかったが、最後は丸く収まったので良かった。……こういう食事だったら、何度奢ってもいいかもしれない。

 

 

 

 約束通り、席を立つと同時に注文表を手に取り、レジに向かった。全額オレ持ち。

 オレの奢りと言いつつも、割り勘にしようと思ってくれたのだろう。お金を払おうとするアスナを遮って、さっさと払った。

 

「……私も払ったのに」

「奢るって言ったろ? それに、君に払わせたら、後で何を言われるかわかったものじゃないしな」

 

 想像するだけでも、恐ろしい……。加えて情けなくもなる。やっぱり男子たるもの、女性を食事に誘ったら奢らないといけないだろう、例え彼女の方がカネを持っていたとしても。

 ふくれっ面に肩をすくめながら、店を出た。

 

「これからどうする? 何処か寄りたいところあったら、付き合うよ」

「いいの! それじゃ―――といきたいところだけど、ギルド本部に戻らないと。まだフロアボス戦の反省会が終わってなかったの」

「今回は、そう被害大きくなかったんだろ? 指揮も連携も悪くなかったって」

「勝ち負けや良し悪しも問題じゃないの。どれだけ次に活かせるものがあるか、それが何度もどの状況でも再現できる強度をもっているかどうか。ソレをすくいあげる為の反省会よ」

 

 【血盟騎士団】の流儀/徹底的な合理主義経営、勝ち負けよりも大事な次……。全くもってごもっともだ、オレも見習わなくてはならない。……ソロプレイに次はないけど。

 アスナに感心しながら、通りを歩く。そのまま転移門へと向かう、

 瞬間―――

 

 

 

「い、イヤアアァァーーッ―――!?」

 

 

 

 転移門の広場から、悲鳴が聞こえてきた。冗談とは思えない切迫した悲鳴。

 耳に入ると同時に二人、即座に駈けていた。広場までいっきに走り抜けていく―――

 

 

 

 

_




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。